2019年7月6日土曜日

海獣の子供

梅雨冷えの曇り空。ヒューマントラストシネマ渋谷で、STUDIO 4℃制作、渡辺歩監督作品『海獣の子供』を観ました。

江ノ電沿線に母親(声:蒼井優)と暮らす中学2年の琉花(芦田愛菜)は、身長こそ低いが俊敏性と跳躍力のあるハンドボール部のゴールゲッター。夏休み初日の練習試合中に足を掛けたチームメイトに対しシュート時に顔面肘打ちで報復し、顧問(渡辺徹)から部活に出ることを禁じられる。

制服のまま向かった別居中の父(稲垣吾郎)が務める水族館のバックヤードで、ジュゴンに育てられ10年間前にフィリピン沖で保護されたという少年、海(石橋陽彩)に出会う。

ひと夏のガール・ミーツ・ボーイが隕石の落下を経て、あやゆる海の生き物たちを統べる「祭り」へ、そして壮大な宇宙誕生譚へ回帰する物語。その後半の難解さを否定的に捉えるか、映像美を讃えるかで評価が二分しているという印象です。実際に上映後に「環境映像だったわ」と言うヲタクの声も聞きました。

確かに、アニメーション表現は緻密且つ精妙で、実写に寄せたリアリズムというよりもアニメーションならではの描写を試み、その多くは成功しています。セメントの防波堤に容赦なく降り注ぐ真夏の陽光、水族館の水槽の分厚いガラス越しに泳ぐ魚たち、夕立に打たれ肌に張り付く制服のシャツなど、特に映画前半の地上場面を丁寧に描いたことが、後半の海中、宇宙のダイナミズムに説得力を加えているように感じます。

鉄コン筋クリート』(2006)『ハーモニー』(2015)でも最先端の作画を提示したSTUDIO 4℃が今作でもいい仕事をしている。久石譲のスコアも米津玄師エンディングテーマも見事な出来。

ストーリーに関しては『2001年宇宙の旅』や『地球交響曲』と比較する向きもありますが、僕は『ツリー・オブ・ライフ』『クラウドアトラス』の系譜かな、と思いました。「虫も動物も光るものはみんな、見つけてほしくて光っているんだ」「風はあらゆる海の記憶を孕んでいる。それを私たちは詩や歌にしてきた」科白が大変詩的なのと、琉花が海に惹かれた過程が説明不足、海という名前と一般名詞の海が紛らわしいのですが、難解さって案外そんなことなのかも。

そして何よりも特筆すべきは芦田愛菜です。広瀬すず上白石萌音も上手だとは思いますが、俳優本人の顔がどこか現れてしまう。その点、芦田愛菜は完全に役に同化しており、琉花の声しか聞こえてこない。朝ドラ『まんぷく』では神々しいまでの母性を感じさせるナレーションをしていましたが、ここでもその天才性を遺憾なく発揮しています。

 

2019年6月16日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

梅雨の晴れ間、月齢14日、大潮の前日。西武柳沢ノラバーで日曜生うたコンサート、カワグチタケシ2019年雨季のバースデー朗読ワンマンライブが開催されました。

ご来場の皆様、店主ノラオンナさん、ありがとうございました。

前回こちらのお店で朗読したのは昨年11月25日。いつも18時開演なのですが、道路に面した大きな窓のすりガラスの明るさに季節のうつろいを感じます。

 1. 言葉と行為のあいだには(長田弘
 2. 雨期と雨のある風景
 3.
 4. ガーデニアCo.
 5. 離島/地下鉄を歩く
 6. 都市計画/楽園
 7. チョコレートにとって基本的なこと
 8. 無重力ラボラトリー
 9. 星月夜
10. ボイジャー計画
11. バースデー・ソング
12. スターズ&ストライプス
13. 永遠の翌日
14. 11月の話をしよう(新作)
15. 新しい感情
16. We Could Send LettersAztec Camera

以上16篇を朗読しました。54歳の誕生日当日ということで、僕が生まれた1965年の詩作品から故長田弘氏の「言葉と行為のあいだには」。音韻が信じられないほど美しい。また梅雨入りした昨今を意識したセットリストを組みました。

ご来場様限定特典として制作した『カワグチタケシ句集2005~2011』には主にフィクショネス句会のために作った俳句を144句を収録しました。同時期に書いていた詩には直接間接に自作の俳句の影響が強い。

たとえば「ガーデニアCo.」は「ぬくい雨とつめたい雨が交互に降り」「六月とJUNEの間の青い淵」「夏花の残像白く夜の庭」という3句、「」は「人の手の届かぬ先に飛ぶ灯火」「蛍火を待ち分け入りぬ森の声」の2句、「チョコレートにとって基本的なこと」は「冬の声が海底をくぐって届く」、「星月夜」は「草を分け少女兵士泣く星月夜」という句をそれぞれ下敷きにしています。

客席の年代も幅広くてノラバー豪華。なかには小学校3年生からの同級生も! 夏らしくさっぱり味付けられたノラバー弁当も美味しく。サプライズのケーキまでいただいて、夜更けまでにぎやかに。

半年前、バースデーライブに決めたのは自分なのに、もう祝ってもらうような歳じゃないし、あざとさ満載だなあ、と後悔しかけた瞬間もありましたが、みなさまのおかげで大変楽しく過ごすことができ、やってよかったと思います。どうもありがとうございます。



2019年6月8日土曜日

BOOKWORM at Viscum Flower Studio

梅雨入り2日目。都営地下鉄大江戸線で蔵前まで。隅田川を厩橋で渡った対岸は墨田区本所。Viscum Flower Studio は春日通り沿いに建つ古い家屋をリノベーションしたビルの2階にあります。

フローリングの床に低いベンチとパイプ椅子がいくつか並べられ、21年目に入ったBOOKWORMが始まりました。

高田馬場Ben's Cafeをはじめ、1997~98年当時の東京で同時多発的にたくさんのオープンマイクが生まれました。その多くは自作の詩の朗読でしたが、現在も唯一継続しているBOOKWORMは「好きなことについて語る」というコンセプトで自作詩の発表は少数派。最近読んだ本、今朝のニュース、友達や家族との会話、体験したり見聞きした出来事。それらがひとりひとり異なる声と語り口に乗せて手渡され、皆が聞き耳を立てる。

この日は15人の話を聞きました。なかでも印象に残ったのは、小説家滝口悠生さんの日記ワークショップのお話。日記とは出来事の記録。でもそれだけではなく、その場にはないが思ったことも書き綴ろう、というもの。1日の時間のほとんどはその日その場所以外のことを思っている。それも今日の出来事には違いない。

写真家飯坂大さんは毎年1か月以上ネパールで過ごし、数年かけてグレート・ヒマラヤ・トレイルを踏破しながら、村人たちの暮らしを記録しています。

と革高見澤篤さんはジビエクラフトのアーティスト。ある日、北海道の猟師さんから送られてきた荷物に入っていた熊の手を見て、害獣と人間に呼ばれる動物たちの皮革で製品を作ってみようと思い立つ。野生の鹿や熊、猪の革は傷や穴があるので日本人には好まれないが海外に販路を広げている。

それぞれが異なる立場でそれぞれ違う話をするのに、なぜかキーワードめいたものが生まれるのもBOOKWORMの特徴です。この日は「余白」とみんな感じていたと思います。

僕は西崎憲さんの『全ロック史』(人文書院)を紹介し、この本には書かれなかった(正史からはみ出た)けれど、僕の偏愛するいくつかのバンドやミュージシャンの話を聞いてもらいました。

会場のViscumは宿り木の意。全員で河内音頭の動画音声に合わせて盆踊りのレクチャーを受けたり、にぎやかで時々厳かで楽しい数時間を過ごしました。主催の山﨑円城さん(画像左)、Viscumのオーナー岡本俊英さん(画像中央)、いつも握手であたたかく迎えてくれる遠藤コージさん板井龍くん(左利き)他、会場で出会ったみなさん、どうもありがとうございました。


2019年6月1日土曜日

ベン・イズ・バック

ザ・ファースト・デイ・オブ・ジューン。日比谷TOHOシネマズシャンテピーター・ヘッジズ監督作品『ベン・イズ・バック』を観ました。

舞台はiPhoneと電子タバコが存在する現代の米国中西部郊外の住宅地。うっすらと雪の積もっている。ページェントのリハーサルを終えた子供たちを車に乗せて帰宅したホリー・バーンズ(ジュリア・ロバーツ)を待っていたのは、ドラッグの過剰摂取で倒れ、薬物依存更生施設に入所していた長男ベン(ルーカス・ヘッジズ)だった。

幼い異父妹弟は喜びはしゃぐが、継父ニール(コートニー・B・ヴァンス)と聖歌隊のセンターを務める実妹アイヴィ(キャスリン・ニュートン)はベンの自宅滞在に反対する。母ホリーは1日だけと限定し、その場で尿検査を受けさせる。

MYライフタイムベストムービーの1本に挙げてもいい『ギルバート・グレイプ』の原作者で脚本家のピーター・ヘッジズが監督。クリスマスイブとクリスマスの24時間を描く。非常にタイトでサスペンスフルなツイストがあり、説明的なカットやナレーションを排し、音楽も最小限で効果的。ジュリア・ロバーツ(左利き)とルーカス・ヘッジズのお芝居も非の打ちどころがないです。

薬物依存者がドラッグディーラーにもなり、友人や恋人を依存症に引きずり込んでしまう。当人が更生を望んでも、彼のせいで亡くなったり、苦しんでいる人が存在する。この視点には本作で気づかされました。ベンの依存症の発端は興味本位ではなく、怪我の治療のために処方された鎮痛剤だったため、母親は外科医を憎んでいるが、老医は認知症でその事実を忘れてしまっている。

そして、母親と息子の距離感が心身ともに近いなあ、いまどきの男の子ってお母さん大好きだよなあ、と感じました。僕自身はおばあちゃん子だったこともあり、同世代の友人たちと比較しても母親との関係性が超ドライなためその点に関して共感の度合いは薄いのですが、良く締まった素晴らしい作品であることは間違いない。教会で "O Holy Night" を歌う妹アイヴィのアルトが大変美しいです。


2019年5月19日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

初夏ですね。寒くもなく暑くもない、野外で過ごすのに気持の良い季節です。意味もなく遠回りして帰りたくなります。

次の満月と大潮の前日、6/16(日)和菓子の日に西東京市保谷町(最寄駅は西武柳沢)のノラバーさんで、完全予約制先着11名様限定のお食事付ワンマンライブを開催します。只今ご予約受付中。僕の54歳の誕生日当日です。祝いにいらしていただけたら幸いでございます!


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ノラバー日曜生うたコンサート

出演:カワグチタケシ
日時:2019年6月16日(日) 17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:ノラバー 
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
   ○吉祥寺からバスもあります。
料金:4,500円
   ●ライブチャージ
   ●6種のおかずと味噌汁のノラバー弁当
   ●ハイボール飲み放題(ソフトドリンクもあります)
   ●スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。
   
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銀座のノラの物語アサガヤノラの物語でお世話になり、超リスペクトするミュージシャンのノラオンナさんのお店ノラバーは今年7月で2周年を迎えます。こちらには昨年11月以来の4度目、銀ノラ、アサノラと通算すると12回目の出演です。

西武柳沢? どこそれ遠そう、ってお思いの方、高田馬場から約20分です。うちからだと阿佐ヶ谷まで行くのと10分しか変わりません。

恒例のご来場者全員プレゼントは、ノラバー限定カワグチタケシ『カワグチタケシ句集2005~2011』です。あまり発表はしていないのですが実は俳句も書いておりまして、ピースの又吉直樹さんに『すばる』誌上で拙句を選んでいただきました(興味のある方は書店で集英社文庫『芸人と俳人』P.214を立ち読みしてください)。その記念ということで、いままで作った俳句を自選して一冊にしたものです。

そしてお料理は必ずご満足いただけるクオリティ。ノラバー弁当は季節ごとの素敵なメニューをノラさんが考えてくださいます。

*銀ノラ、アサノラより1人増えた先着11名様限定の完全予約制です。
 ご予約は rxf13553@nifty.com まで。お名前、人数、お電話番号を
 お知らせください。お席に限りがございます。どうぞお早目に!



2019年5月14日火曜日

ルート・ブリュック 蝶の軌跡

小雨降る火曜日の夕方、日比谷から東京メトロの地下コンコースを歩いて大手町まで。東京ステーションギャラリーで開催中のルート・ブリュック展『蝶の軌跡』を鑑賞しました。

ルート・ブリュック(1916-1999)はフィンランドとオーストリアのミックス。スウェーデンで生まれフィンランドの首都ヘルシンキ郊外アラビア地区にある名窯アラビア製陶所内に1932年に設立された美術部門(Art Department)で活躍した作家です。

展覧会ポスターに使われている「ライオンに化けたロバ」を見ると、モード・ルイス風なフォークアートの愛らしいイメージですが、生涯を通じて制作した膨大な作品群、特に1960年代後半、50歳代以降のものは緻密な計算と直感と偏執が混在する「芸術作品」としか呼びようのないものです。

それ以前の作品はいわゆる「用の美」であり、1枚の皿や灰皿やレリーフとしてチャーミングに完結していました。1959年作の「都市」がひとつの契機となり、多数のタイルのパーツを組み立てて作品を構成する手法に変わります。インド旅行を経て1969年に発表した「黄金の深淵」で抽象表現を獲得し、より微細で構築的に転換する過程で「用途」から自由になり、最後にはタイルの凹凸による陰影だけが残る。

1978年の「泥炭地の湖」の底知れぬ深みと水面の滑らかで暗い光沢、1979年の小品「忘れな草」白と水色のグロスとマットだけで構成された可憐なミニマリズム。1960年代後期の多色ながらシンプルなブロックチェックによるテキスタイル作品に惹かれました。

東京駅の赤茶けた古い日干し煉瓦の壁の乾いた質感としっとりしたタイル作品のマッチングとコントラストも良かったです。

 

2019年5月5日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ③

子供の日は晴天。午後から東京国際フォーラムへ。ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019「Carnets de voyage―ボヤージュ 旅から生まれた音楽」。大変な賑わいです。3日目の最終日は2公演を鑑賞しました。

■公演番号:322
シルクロード
ホールB7(アレクサンドラ・ダヴィッド・ネール)11:30~12:15
カンティクム・ノーヴム(地中海沿岸の伝統楽器アンサンブル)
小濱明人(尺八)、山本亜美(箏)、小山豊(津軽三味線)、姜建華(二胡)
アルフォンソ10世奇跡を讃える歌
カンテミール朝のそよ風が


一昨日聴いた「"Paz, Salam et Shalom" ~平和~ パス・サローム・シャローム」のメンバー9人に和楽器3と二胡を加えた13名編成で、13世紀のスペインを発し、バルカン半島、オスマントルコ、中国を経て、日本へ。時空を超えた音楽の旅。スコアに基づく緻密な構築美で魅せた "Paz, Salam et Shalom" とは異なり(おそらく)アドリブ含みのアゲ系なインタープレイ。西洋の伝統楽器の中にあって、尺八と二胡が常に主張してくる。コブシ強い。どこにも嵌らない雅楽「遊聲」の異物感もすごかったです。エンディングは「こきりこ節」で高揚しました。

■公演番号:364
G409(ラ・ペルーズ)15:15~16:00
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
ブラームスヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 op.100
モーツァルト「泉のほとりで」の主題による6つの変奏曲 ト単調 K.360
ドヴォルザークヴァイオリンとピアノのためのソナチネ B.183

梁美沙さんも初日に引き続き。こちらは小編成で。ブラームスの第2番は数多あるヴァイオリンソナタのなかでも1、2を争う好きな曲。それを好きなヴァイオリニストで聴けるということだけでもう満足です。昨年も共演し、モーツァルトのCDも一緒に録音しているジョナス・ヴィトー氏とも息の合った演奏で、美沙さんもエレガントに躍動していました。

今年も3日間の音楽の休日を堪能しました。スタッフとボランティアのみなさんには毎年感謝しています。いつか恩返しができたらいいな、と思います。

東京の正式発表はまだですが、本家ナントの2020年のテーマは生誕250周年のベートーヴェンとのこと。ピアノソナタ32曲、弦楽四重奏16曲、全制覇とか無茶してみたいです。

 

2019年5月4日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ②

国民の祝日は薄曇り。東京メトロに乗って有楽町東京国際フォーラムへ。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019、2日目の今日は有料プログラムを1公演だけ聴きました。

■公演番号:263
G409(ラ・ペルーズ)13:30~14:15
フローベルガー:パルティータ第27番 ホ短調から アルマンド 荒れ狂うライン川を小舟で渡りながら


昨夜と同じ部屋で同じ演奏家マリー=アンジュ・グッチの別プログラム(一部重複楽曲あり)を聴きました。冒頭のスクリャービンから圧倒的な質量の演奏でした。言葉で表現すると抽象的になってしまいますが、音楽の芯を捉えて空間を満たすことができる才能を持っていると感じます。アンコールで弾いたサン=サーンスの「6つのエチュード op.111」から「ラス・パルマスの鐘」が特に美しかったです。

眼鏡も髪型も衣装も靴も昨年見たときと同じものを身につけています。これはスティーブ・ジョブスがかつて言っていたのと同じように、自身の有限なリソースをピアノ以外のことに割きたくないということか。それぐらい打ち込まなければ、あの若さでこのクオリティは出せないのでしょう。

 

2019年5月3日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ①

憲法記念日は五月晴れ。毎年5月の連休に開催されるクラシック音楽フェス「ラ・フォル・ジュルネ」。昨年は有楽町東京国際フォーラムと池袋東京芸術劇場の二会場を東京メトロ有楽町線で行ったり来たりしながら楽しみました。

今年は東京国際フォーラムに会場が絞られ、「Carnets de voyage―ボヤージュ 旅から生まれた音楽」のテーマのもとに各ホールには航海家、探検家、冒険家の名前がつけられています。

5/3~5/5の3日間で有料プログラムを7つ。初日は4公演を聴きました。

■公演番号:122
"Paz, Salam et Shalom" ~平和~ パス・サローム・シャローム
空の星たち(セファルディム=スペイン系ユダヤ人によるアレクサンドリアの音楽)


昨年のLFJで初めて聴いて印象に残った古楽/伝統器楽のアンサンブルです。前回は12名編成でしたが、今年は打楽器1、弦楽器4、木管2、声楽2の9人編成。ヨーロッパとアジアの文化境界。ニッケルハルパカヌーンのビジュアル的な面白さもありますが、Ismail Mesbahi氏が4サイズのフレームドラムとジャンベで刻む超タイトなビートとショートカット美女Nolwenn Le Guernヴィエール(チェロの先駆形)の通奏低音の現代的な音響がこのアンサンブルの肝だと思います。

■公演番号:144
幻想の旅 ~チュニジアの砂漠とスコットランドの風景
ホールC(マルコ・ポーロ)15:00~15:55
梁美沙(ヴァイオリン)
ブルッフスコットランド幻想曲 op.46

パリで活躍中の在日コリアン梁美沙さんの演奏も毎年楽しみにしています。フロレンツは20世紀フランスの作曲家。「クザル・ギラーヌ」は本邦初演とのこと。砂漠というよりも僕には熱帯雨林の夕暮れから夜明けみたいに聞こえました。梁美沙さんのブルッフは昨年も同じプログラムを聴きましたが、弱音の美しさと安定感には更に磨きがかかっていました。技術も確かで、あとはオケに負けない音量だけなのですが、そこを強化することで彼女の音楽の一番の美点が損なわれてしまうのではないか、という贅沢な杞憂もあります。

■公演番号:146
北欧人が南国の旅で見たもの
ホールC(マルコ・ポーロ)18:45~19:30
廖國敏(リオ・クォクマン)指揮 ウラル・フィルハーモニー・ユース管弦楽団
シベリウス交響曲第2番 ニ長調 op.43

公演番号144と同じ指揮者とオケでシベリウスを。さざなみのような可憐な主題で始まる第2番はフィンランドの短い夏を惜しむ曲と思っていたのですが、イタリアで書かれたものだったんですね。どうりでフィナーレがくどい。ウラル・フィルハーモニー・ユースはユースだけにみな若くて男子も女子も可愛い(一部オーバーエイジ枠あり)。144と同じく体調不良で欠場したエンヘの代役リオ・クォクマンが若いオーケストラの瑞々しい勢いを短期間でよく引き出していました。

■公演番号:167
G409(ラ・ペルーズ)20:30~21:15
ラヴェル:「鏡」から 海辺の小舟

昨年鮮烈な日本デビューを飾った気鋭の21歳です。ダイナミズムと透明感溢れる美しい音色を超ハイレベルで兼ね備えている。今夜のプログラムではリストの「エステ荘の噴水」が特に素晴らしかった。ラヴェルもそうですが、明るい陽光を反射して弾けるおびただしい水滴がそのまま音符になったように見える。実際には聴こえているのですが、見える、と錯覚してしまうような演奏。150席の小さな会場の最後列に白いニットの普段着姿の梁美沙さんがいて、終演後楽屋に入って行きました。
 
 

2019年4月28日日曜日

ビル・エヴァンス タイム・リメンバード

4月最後の日曜日の肌寒い朝、アップリンク渋谷で、ブルース・スピーゲル監督作品『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』を観ました。

ジャズ界きっての眼鏡のイケメンピアニスト(左利き)ビル・エヴァンス(1929~1980)の生涯を、本人の演奏とインタビュー音声、近親者や共演者のインタビューで構成したドキュメンタリー映画です。

米国東海岸ニュージャージー州プレインフィールドでストラヴィンスキーを愛好した幼少期、ぽっちゃりで陽気な兄ハリーと共に笑う家族写真。大学で楽理を教わった恩師。朝鮮戦争期に徴兵されたが前線には出ず音楽部隊でピアノを弾いていた。

退役後NYに出る。月75ドルの安アパートに住み、週3回ブルックリンでピアノを弾いて稼ぎが55ドル、1stアルバムは800枚のセールスで惨敗、という短い下積みを経て、マイルス・デイヴィスのコンボに抜擢され大ブレイク。この頃からヘロインの常習が問題視されるようになった。自身のトリオのベーシスト、25歳のスコット・ラファロの突然の交通事故死が大きなきっかけとなりドラッグの沼にはまっていく。

しかしその生涯に発表した音楽はどれも優雅で穏やかで耽美でヘヴンリィな響きを持ち、現在も多くの人々に愛されています。映画の中で紹介される楽曲では"Peace Piece" のミニマリズムが殊更に美しい。

更生施設に入り一度は止めたヘロイン。次にコカインに手を染めたのは、自らが捨てた内縁の妻エレインと統合失調症を患った兄ハリーの相次ぐ自殺が一因だった。そしてビル自身も薬物依存の治療のため病院に向かう車の中で大量吐血します。死を看取った最後の恋人ローリー・ヴェコミンが言う「私は救われた気分で幸福だった。だってビルの苦しみが終わったんだもの」。

凄惨を極める後半生のエピソードに重なるスナップショットはどれもアメリカの裕福な白人家庭の光溢れる幸福な風景で、そのギャップが人生の過酷さをより浮き彫りにする。

晩年のポール・モチアン(Dr)のインタビューの尺が最も長く、ラメの入ったボストン眼鏡と共にインパクトが強いです。可憐な名曲「ワルツ・フォー・デビィ」のモデルになった幼い姪デビィ・エヴァンスも大人になった現在の姿で登場します。


2019年4月21日日曜日

ノラオンナ53ミーティング~ めばえのぬりえ~

晴天の日曜日、吉祥寺STAR PINE'S CAFEへ。ノラオンナ53ミーティング ~めばえのぬりえ~ NORAONNA NEW ALBUM「めばえ」リリースライブ にお邪魔しました。

2004年4月21日はノラオンナさんが 1st ミニアルバム『少しおとなになりなさい』でデビューした記念すべき日。それから毎年同じ日にワンマンライブを行い、50歳になった2016年に会場をMANDA-LA2からSTAR PINE'S CAFEに移しています。

1部は斉藤由貴の「卒業」のカバーから。名曲に自分の曲が負けたくないという思いから以前はカバーに積極ではなかったが、キャリアを重ねるごとにその拘りも解けた、という。橋本安以さんHAM)、エビ子・ヌーベルバーグさん、2棹のヴァイオリンが間奏から加わります。

2曲目はデビュー盤の表題曲「少しおとなになりなさい」。リラックスしたMCを挟みながらカバーとオリジナルが交互に進む前半。ノラさんの音楽の確かな骨格が輪郭線となり、安以さんの弦楽アレンジがあたたかく爽やかな春の色彩を添える。オリジナル曲「こくはく」のメインボーカルはエビ子さん。「さくら」のラップパートのアンニュイな表現の意外性。「Baby Portable Rock」「夢で逢えたら」の3声のハーモニーも大層チャーミングでした。

2部はノラさんひとりで昨年11月リリースの最新盤『めばえ』全16曲をノンストップで演奏する濃密な50分。1部のガールズパーティといった趣きからがらりと空気を変え、会場は深夜の雰囲気に。『めばえ』は珠玉の短編集。ピンク・フロイドの『狂気』やザ・ビートルズの『アビー・ロード』B面のような作りのコンセプトアルバムと言ってもいいと思います。個々の楽曲が独立した美しい旋律を持ちながら、ひとつの主題を中心に有機的に連鎖し、アルバム全体として大きな流れを形成している。それを声とテナーウクレレだけで作り上げた冒険作です。

ブルージィだったり、ジャジィだったり、ホーリィだったり、時にコミカルに、またウクレレを激しくかき鳴らしたり。いわゆる一般的な美声とは異なるのですが、ベルエポック時代のシャンソン黎明期を想起させるようなソウルフルな歌唱。わかりやすくポジティブなメッセージがあるわけではないのにも関わらず、一周して人生賛歌になっている。

『めばえ』を歌い終えたあと、ノラバーの壁時計の秒針の響きとともに、ステージにも客席にも深い余韻が残る夜でした。

ノラオンナ50ミーティングのフライヤー制作と来場者特典の冊子『詞集 君へ』の装幀・製本に続き、今回は会場BGMの制作を担当させていただきました。現在レコーディングされているノラさんの64曲のオリジナル曲のうち『めばえ』収録曲を除く48曲。約4時間の音源を2時間15分にMIXしました。どの曲にもストーリーがあってカットアップするのは難しかったですが、20年に亘り創造されたひとりの音楽家の作品と向き合うのはとても楽しく発見の多い仕事でした。どうもありがとうございます。


2019年4月13日土曜日

同行二人#卯月ノ朝 A POETRY READING SHOWCASE IX

風おだやかな晴天の土曜朝、都営バス海01系統に乗って門前仲町まで。深川モダン館通りのフリースペース chaabeeさんで 『同行二人#卯月ノ朝 A POETRY READING SHOWCASE IX』が開催されました。ご来場のお客様、chaabeeさん、どうもありがとうございました。

2010年に清澄白河そら庵さんでスタートし、ほぼ毎年一回開催している村田活彦 a.k.a. MC長老との朗読二人会。9回目にしてはじめての午前開演と相成りまして、築約60年の元鉄工所をリノベーションした会場の大きなガラス戸から射し込む午前の陽光が白い壁に良く映えます。

1. Universal Boardwalk
2. 虹の岸辺(村田活彦)
**
3. 希望について
4. 観覧車
5. スターズ&ストライプス
6. 永遠の翌日

10分超の長尺作品をふたつ入れたため篇数こそ少ないものの、30分の持ち時間を密度のあるものにできたと思います。村田活彦作品のカバーは「虹の岸辺」を選びました。「道ばたに添えられた/花に手を合わせたら 行こう/それがただ自分のためだとしても」東日本大震災直後に発表されたレクイエムです。chaabeeさんの音響が素晴らしく、気持良く聴いていただけたのではないでしょうか。

村田さんによるカワグチ作品カバーはもはや彼の作品といっても過言ではない「Planetica(惑星儀)」でしたが、バックトラックが新しくなっていました。化粧直しをありがとうございます。冒頭ブレイクビーツに乗せて朗読した言葉の断片の集積は新しい一面。深みのある美声と滑舌の良さ、声の表情の多彩さ、ステージマナーを含めた朗読の技術は、ポエトリーリーディングシーン随一だと思いますが、それでもなお毎回新しいことにチャレンジする姿勢を称賛したい。

毎回会場を変える「同行二人」は来年2020年が10回目。たいして見栄えのしない初老二人の旅ですが、末永くお付き合いいただれば幸いでございます。

 

2019年4月11日木曜日

その先のうた

三日月が高い空に輝く金曜日。吉祥寺MANDA-LA2へ。mue弾き語り18周年記念ワンマンライブ『その先のうた』に行きました。毎年4/11に開催されるアニバーサリーライブに2013年から皆勤しています。

mueさん(Vo/Gt/Pf)が今年の特別な日に選んだメンバーは、タカスギケイさん(Gt)、RINDA☆さん(per)、市村浩さん(B)の3人。ツインギターのドラムレス・カルテットです。

その時々で表現したい音楽に合わせたアンサンブル。今年はRINDA☆さんのパンデイロが超効果的。サンバやボッサはもちろん、ロックンロール、ラテン、ジャズ、mueさんの音楽が持つ多彩なリズムを広い音域と正確な技術と満面の笑顔で支える。

冒頭2曲の新曲はめずらしくオーソドックスな8ビート。ポップな表情を堅固で複雑な土台に乗せる印象が強いmueさんのソングライティングが、シンプルにそぎ落とされてきた。いろいろな環境変化や経験の積み重ねによって自己肯定感が高まってきたのかな。

「みんなで力を合わせて最高の夜にしましょう」というMCの「みんな」にはバンドメンバーやスタッフだけではなく我々観客が含まれているし、「答えもないままわかりあう」という歌詞にもそれを感じる。そしてなによりmueさん自身のコンディションが心身共に充実しているように思えました。

「宇宙の生活」の文字通りスペイシーな拡がり。「輪郭のない自由を知る」のアウトロのアチェレランドのサイケデリックな高揚感。確かな技術を持つ4人が共感力の高いミュージシャンシップを発揮し、ずっと弾き語りをしていたmueさんが、はじめて自分の曲がバンド演奏されたときに感じた多幸感を、十数年の時を経てなおフレッシュな状態で我々観客に伝えてくれる。年に一度の幸せな夜がずっと続きますように。

 

2019年3月31日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

花冷え。上石神井で各駅停車に乗り換えて西武柳沢まで。今月2度目のノラバー日曜生うたコンサートはマユルカとカナコの回でした。

昨年10月28日に同じ店で同じふたりの初共演を聴きました。ミュージシャンのmayulucaさんと舞台俳優の西田夏奈子さん。とあるアクシデントが発端で生まれたユニットが誕生要因解決後も続き、美しい音楽を奏でています。

mayulucaさんの現在の基本編成はギター弾き語り。一般的にはシンガーソングライターと呼ばれるスタイルだと思いますが、あえてミュージシャンと呼びたいのは、歌を書いて歌う、それはもちろんなのですが、ギターと声という最小単位のサウンドスケープの可能性を拡大する、それも品良く端正に。その意思をリスペクトし、また強く共感しているからです。

楽想が溢れて止まらないというタイプの作家ではない。日が暮れて朝までに僅かずつたまった雫がひとつぶ木の葉の端から草むらに落ちるように紡がれた歌をこれ以上ない丁寧さですっと差し出す。この夜披露された2コードの新曲はフォーキーな外見にもかかわらず、ハードコア、ミニマルミュージックを感じさせる。

夏奈子さんはその空気感を受け取り、ヴァイオリンと歌声を控えめに重ねることで遠近感と陰影が加わる。その硬質で淡い色彩を会場の光ごと味わうようなライブです。

店主ノラオンナさん手作りのノラバー弁当は蟹ご飯メインの春の御膳。うどの辛子和えのほろ苦さも春の味覚。乱反射する衣装のまま観客と並んでバーカウンターではしゃぐふたりにほっこりしました。

 

同行二人#卯月ノ朝

畏れ多くも自らを芭蕉と曽良になぞらえてオトナ系男子二人の詩の道行き。村田活彦カワグチタケシによる毎春吉例朗読二人会「同行二人」のお知らせです。

2010年春に深川から出発して谷中、白山、渋谷、吉祥寺。一昨年秋に深川に戻り再出発。昨年は田原町のセレクトブックストア Readin' Writin'さん。9回目の今年は、近頃なにかと話題の門前仲町に2016年秋オープンしたフリースペースchaabeeさんにて。

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同行二人#卯月ノ朝 
Dōgyō-Ninin#April_morning
A POETRY READING SHOWCASE Ⅸ

日時:2019年4月13日(土) 10時半開場 11時開演
会場:chaabee
   東京都江東区福住1-11-11 080-5409-5099
   https://www.chaabee11111.com
料金:1,500円(御飲物代別途)
出演:村田活彦a.k.a.MC長老カワグチタケシ

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chaabeeはヒンディ語で「鍵」の意。古い鉄工所をリノベーションしたお店で、初回2010年のそら庵さんに雰囲気が似ています。そしてはじめての午前開演。朝活。意識高い系です! 午後もゆっくり下町散歩を楽しめます。

ご予約はこちらのリンクから。皆様お誘い合わせの上、是非早起きしてご来場ください。お待ちしています!

 

2019年3月17日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

春分間近。だいぶ日が落ちるのが遅くなってきました。西武柳沢ノラバー日曜生うたコンサートmandimimiさん の回に行きました。

昨年10月に同じくノラバーで店主ノラオンナさんツーマンライブを聴いていますが、本格的な単独公演は、渋谷サラヴァ東京で開催された 1st EP "Unicorn Songbook: Journeys" リリース記念ライブ以来約1年半ぶり。マイペースな活動が彼女らしい。

3月17日はナット・キング・コールの誕生日ということで "unforgettable" を清楚にカバーしてスタートしました。

2ndセクションのテーマは「3月」。EPに収録されている "March On My Mind"、現在制作中の12ヶ月の花に寄せたフルアルバムからポピーの曲「わすれもの」、「世界が眠っているあいだ/星がまたひとつ消えた/それから水色の歌/空の向こうから聴こえた」と歌う勿忘草曲「永遠の水色」の3曲を。

女の子らしい華やかな話し声とは異なるすこしだけハスキーなアルトの歌声。ミディアム~スローナンバーで構成されたセットは、春霞のようにただようピアノと響き合い、儚く美しい。

3rdセクションのテーマは Platonic Love。2001年9月11日にニューヨークで起きたディザスターの当日はワシントン大学に通っていた、当時の割り切れない感情を数年後に振り返った作品群は神戸在住時に書かれたもの。9.11とPlatonic Love。そのミッシングリンクに強靱なアティテュードを感じさせます。

台湾生まれシアトル育ち東京在住のmandimimiさん。歌詞には英語、中国語、日本語が立ち替わり現れます。最も語彙が豊富なのは英語とのことですが、中国語ネイティブの方特有の日本語の弾力的なイントネーションがソングライティングにも反映しており、ヒーリングを超えるジャンピングボードとなっている。

最新曲 "MOONBEAM" まで全12曲、ファッション、ヘアメイクなどビジュアル面も含めてコンセプチュアルなライブ。終演後はガーリィな普段の姿に戻り、若い女子だらけのバーで、ノラさんのお料理を味わいながらおしゃべりが尽きない夜でした。

 

2019年3月16日土曜日

ピアニシモ、ラルゴ

土曜日の午後、開場直前の雨に降られた人たちが賑やかに石段を駆け下りて来る。小夜さん石渡紀美さん、弱小で、とにかく遅い二人の、小さな朗読会(自己申告ベース)『ピアニシモ、ラルゴ』が白山の老舗JAZZ喫茶映画館で開催されました。

スタートは「ノイエ・ムジーク~パラドクシカル」。紀美さんの詩をふたりで朗読します。ユニゾンとも輪読とも違う。ひとりが主旋律を読み、キーフレーズにもうひとりがコーラスやカウンターメロディを控えめに添える。

小夜さんのすこし鼻にかかった甘い声、紀美さんのゆったりとたゆたうような抑揚。はじかず溶け合わずな対比が奥行きと陰影を作る。あえてマイクで増幅しないことでナチュラルで心地良い遠近感が生まれる。

次にじゃんけんで負けた紀美さんからソロで9篇を朗読。「まだ誰の鼓膜もふるわせない声が/誰かののどをいためている」(声)。このソネットをはじめ、現在制作中の新詩集に収められる小品を中心に。

小夜さんのソロパートは過去作から最近の作品まで網羅した長編詩をレトロスペクティブ的な構成で。

短いインターバルを挟んで、紀美さんの「みんなのうた」、小夜さんの「各駅停車」、同じ詩を異なる声で2度ずつ朗読する後半。このパートは殊に朗読を聴く愉しみが凝縮されていると感じました。最後はふたりの共作と連詩を3篇。

いろいろな聴き方があっていいと思うのですが、僕の場合は言葉の意味やストーリーやメッセージよりなにより、声として、音として、朗読を聴いているのだなあ、と気づきました。音階や拍節という音楽的な形式から解放された純粋な声を聴きたくて朗読会に足を運ぶ。

今回フライヤーデザインやモギリをさせてもらって、御予約のお客様ひとりひとりのお名前を確認したりしたのも楽しかったです。

 

2019年3月9日土曜日

ヨーゼフ・ボイスは挑発する

春一番。アップリンク渋谷アンドレス・ファイエル監督作品『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』を観ました。

ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)は西独のアーティスト。戦後現代美術界のスターのひとりです。意外に遅咲きで、フルクサスに参加し名を知られるようになったのは1962年、40代に入ってから。それから1986年に64歳で亡くなるまで、当時のフィルム、ビデオ映像、スチル写真と親交のあった作家たちの現在のインタビューによって構成されたドキュメンタリー映画です。

僕がボイスの作品に生で触れたのは1990年代初頭。軽井沢のセゾン現代美術館でした。1997~98年に故・黒沢美香氏のカンパニーの若手ダンサーたちが主催したパフォーマンスイベント『森のポリフォニー』に参加したときに、会場になったカスヤの森現代美術館にも作品が展示されていました。

作品のフォーマットとしてはレディメイドに近いのですが、もっと人肌や土の匂いを感じさせるようなところがあります。厚手のフェルトや獣脂を使うのは、第二次世界大戦中ドイツ帝国空軍で戦闘機パイロットをしていたときにソ連軍機に撃墜され、不時着した草原で土着のタタール人が介抱してくれた際、体温保持のため身体に獣脂を塗られフェルトの毛布で包まれた体験から来ていると自ら語っています。

フェルトの中折れ帽、フィッシングベスト、白シャツ、リーバイスというテンプレで自己をキャラクター化、虚像化しました。フィルムには妻と2人の子が写りますが、生活者として、夫として、父親としての姿を見つけることができません。家族に科白がないせいかもしれないです。

事実として知っていたことでも、その時代の空気を直接的に伝える映像を観ると印象が変わります。テレビの討論番組で声を荒げて自説を主張し続けても最終的には笑いに落とす。直接民主制を標榜し、緑の党の創設に尽力するが国政選挙前に老害として切られる。

「挑発(米国の大学のディベートでは "sensation")は必要だ。挑発することによって対話が始まる。私の社会彫刻は対話の道具なのだ」。トリックスターだとか、なにかとコントラバーシャルな面が強調されて伝わっていますが、実のところは誰よりもコミュニケーションを重んじ、人間の善意を信じていた。ボイスの人間性が伝わる映画でした。


2019年3月8日金曜日

TRIOLA

金曜の夜、満員の京王井の頭線に乗って。下北沢leteTRIOLAの演奏を聴きに行きました。

TRIOLAは、波多野敦子さん(作曲、5弦ヴィオラ)と須原杏さん(ヴァイオリン)による弦楽アンサンブル。杏さんのボウイングによる「キラル11」のイントロの一音目から圧が強く、重心の低いグルーヴ感も僕が聴いたTRIOLAのなかでは一番でした。

2曲目「ミラーボールの暴走」冒頭部分の脱臼感のあるデコンストラクティブなアンサンブルも強烈で、耳に入ってくる空気の振動を頭のなかで組み立て直すような、従来のクラシック音楽にはないエクスペリメンタルな感覚。

7年ぶりの2nd(そして現体制になって最初の)アルバム "Chiral" の発売を3/22に控えているということでlete限定の先行販売があったのですが、ライブの構成もアルバムの曲順に沿って、1曲毎にコメントを添えて演奏するという進行です。

いままで数字で識別されていた楽曲にタイトルがついて、アルバム全体としてストーリーが構成されました。スペイシーなピーター・グリーナウェイといった趣向の物語もさることながら、物語を凌駕する音楽自体の豊かさが溢れるライブでした。

アルバム未収録の2曲、"waves horn" のノイズから立ち上る優美な旋律、 "Yellow Boys" の細かい点を穿ち続けていつのまにか面を構成しているような不可逆性。カオスとリリカルと幻聴。TRIOLAのライブには「音楽って体験だな」と実感させられる何かがあります。

 

2019年2月24日日曜日

家へ帰ろう

埃っぽさに春の兆しを感じる日曜日。シネスイッチ銀座パブロ・ソラルス監督作品『家へ帰ろう』を観ました。

2015年ブエノスアイレス。88歳のアブラハム・ブルステイン(ミゲル・アンヘル・ソラ)は引退したテーラー。大勢の孫たちに囲まれているが、翌日には老人介護施設に入れられ、具合の悪い脚を切断されてしまうだろう、という前夜、地下チケット屋で入手した航空券でスペインに飛ぶ。

アブラハムはポーランドのウッチ出身のユダヤ人。ナチスのホロコーストで両親と幼い妹を亡くし、自身は強制収容所を脱走。アルゼンチンに亡命した。キャリアの最後に仕立てた背広を命の恩人である幼馴染に贈るための旅を描くロードムービーです。

70年経った現在も、ドイツの土地を踏みたくない、祖国の名を口にしたくない、と言う。トラウマというよりもはや憎悪。

飛行機で隣に座ったオルタナ系鍵盤奏者レオナルド(マルティン・ピロヤンスキー)、マドリッドのホテル経営者マリア(アンヘラ・モリーナ)、パリ出張中のドイツ人文化人類学者イングリッド(ユリア・ベアホルト)、ワルシャワの看護師ゴーシャ(オルガ・ボラズ)の4人に旅の途中で出会う。いずれも第一印象は最悪だが、自然と心を開き、アブラハムの助けとなる。

重たいテーマながら、ラテンらしいユーモアが全編にちりばめられており、演出もスピーディで、気持ちの良い映画です。派手なブルーのストライプと赤いベルベット、自ら仕立てた2着のスーツの見事な着こなし。旅の途中はナイキだが、最後に旧友と再会するときにはぴかぴかに磨いたドレスシューズに履き替えているのが最高にエモいです。



2019年2月11日月曜日

ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー

建国記念の日。TOHOシネマズシャンテダニー・ストロング監督作品『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』を鑑賞しました。

1939年。ニューヨーク市立大学を中退した二十歳のジェローム・デイヴィッド・サリンジャーニコラス・ホルト)は、ストーククラブに入り浸り酒とナンパに明け暮れる無為な日々を送っていた。

精肉業で成功した厳格なユダヤ人の父に反対されながら、母親の支援を受けてコロンビア大学のクリエイティブライティングコースに再入学。担当教授ウィット・バーネットケビン・スペイシー)と出会う。

「作家の声が物語を圧倒すると、物語を乗っ取ってしまう」「作家に必要な第二の才能は不採用に耐えることだ」。若きサリンジャーの成長譚であるとともに、教師であり文芸誌の編集者であるウィットとの関係性、邂逅と薫陶、共感と確執に重点を置いて描いています。

ニューヨーカー誌に短編が載ることになり、いままで目もくれなかった劇作家ユージン・オニールの娘ウーナ(ゾーイ・ドゥイッチ)が急接近してくるが、徴兵されD-DAY(ノルマンディ上陸作戦)やアウシュビッツ強制収容所の解放など、凄絶な戦闘行動に従軍している間に30歳以上年上のチャーリー・チャップリンと結婚してしまう。泥まみれの塹壕で彼を唯一支えたのは、のちに『ライ麦畑でつかまえて』に結実するホールデン・コールフィールドの物語を綴ることだった。

『ライ麦畑』の成功により大戦後のセンシティブなアングリーヤングマン代表的な扱いを受け、東洋思想に嵌まった後半生の隠遁生活などからコミュ障でエキセントリックな印象が強いサリンジャーですが、『ミッドナイト・イン・パリ』のスコット・フィッツジェラルドフィリップ・シーモア・ホフマンが演じた『カポーティ』なんかと比べると「生きることの苦しみを偽ることなく伝えたい」と言うとてもまともな人。

十代の頃、20世紀アメリカ文学の金字塔ってことで『ライ麦畑でつかまえて』を読んで全然夢中になれなかったのですが、ニューヨーカー誌の編集長やベテラン編集者が「作家意識が前に出過ぎで読むのが疲れる」と言うのを聞いて、作品本来の意図とは逆の意味で、僕は独りじゃなかった、と思わせてくれる映画でした(『ナインストーリーズ』『フラニーとゾーイー』は好きです)。

 

2019年2月3日日曜日

ナチス第三の男

節分の午後TOHOシネマズシャンテセドリック・ヒメネス監督作品『ナチス第三の男』を観ました。

1929年独キール。海軍少尉ラインハルト・ハイドリヒジェイソン・クラーク)は将来を嘱望されていたが、女性問題で失脚し不名誉除隊となった。婚約者リナ(ロザムンド・パイク)はナチ党員。その紹介で入党、反対勢力の大粛正とユダヤ人虐殺で実績を上げ、ヒトラー、ヒムラー(スティーブン・グレアム)に次ぐ党ナンバー3まで昇りつめ、ナチ統治下のプラハを任された。

一方、チェコスロヴァキアのレジスタンス、ヨゼフ(ジャック・レイナー)とヤン(ジャック・オコンネル)がハイドリヒ暗殺のために、亡命先のロンドンから飛び立った英国空軍機から豪雪のチェコスロヴァキア山中にパラシュートで降下する。

ローラン・ビネの小説『HHhH プラハ、1942年』の映画化。台詞は英語、映画の原題は "The Man With The Iron Heart" です。

前半はハイドリヒの物語。エリート士官が挫折を経てナチスの思想にのめりこみ、反対勢力や疑わしき者は容赦なく殺す。その経緯を短いエピソードの積み上げで上手く描写しています。彼が率いたナチスSS(親衛隊)、ゲシュタポ(秘密国家警察)の冷徹な非道ぶりには憎しみや嫌悪を超えて、無気力すら覚える。

後半はチェコのレジスタンスたちが主人公。英国軍とのパワーバランス、暗殺計画、実行、ナチスの報復。志を持つ男たちが圧倒的な物量に敗北するリアリズム。手持ちカメラの躍動的な画角でスリリングに切り取っています。

そして女たちはいずれの側でも翻弄され、時代の奔流に飲み込まれていく。ハイドリヒの妻リナもヤンの恋人アンナ(ミア・ワシコウスカ)も美しく、強く、人間的に描かれている。

残念なのは、前半と後半が別の映画のように見えてしまうところ。救いのない物語ではありますが、ラストカットでヨゼフとヤンの輝かしい青春の1ページに巻き戻したことが、やり直しの利かない人生に微かな光明を与えてくれます。


2019年1月27日日曜日

バハールの涙

寒日和。シネスイッチ銀座エヴァ・ウッソン監督作品『バハールの涙』を鑑賞しました。

2014年11月、イラク共和国クルド人自治区ゴルディン。フランス人女性戦場ジャーナリストのマチルド(エマニュエル・ベルコ)はiPhoneの着信音で目覚め眼帯を着ける。取材中に破裂弾の破片に当たって左目を失明していた。

ヤズディ教徒のバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)はフランスに留学経験のある元弁護士。自宅をIS(イスラミック・ステイト)に襲われ、父親と夫は目の前で銃殺、幼い息子は誘拐され、妹はIS戦士に強姦され手首を切って自殺、自身もISの性奴隷にされた後、四度目の人身売買先から決死の覚悟で逃亡し、ISの元奴隷による女性部隊 Les Filles Du Soleil に加わる。

「無謀だ、相当数の男が犠牲になる」「女はもう犠牲になった」。ムスリムは女に殺されると天国に行けないと信じていて、戦場で女の声を聞くと怯えるという。透徹した眼差しで銃を構えるバハールが美しい。

「女! 命! 自由の新しい世界!」尊厳を侵され家族を奪われた憎しみを忘れることはないが、人を撃つことに葛藤がある女兵士たちを鼓舞する。『パターソン』の妻役、イラン出身のゴルシフテ・ファラハニ(左利き)が熱演しています。

平穏で豊かな家族の暮らし、ISに囚われていた凄惨な日々、そして砂埃にまみれた戦場。3つの時系列をカットアップし、終盤の児童救出のシーンまで息をつかせぬ見事な演出です。マチルドの言う「どんな悲惨な世界も人は1クリックして、あとは無関心だ。それでも危険を冒して報じ続けなければならない」という科白が重く響く。

どうしたら争いを、憎悪の連鎖を断ち切ることができるのか、そのためにできること、すべきことは何なのか。その一方で、過酷な現実をエンターテインメントとして消費してしまうことの是非。深く考えさせられる映画です。


2019年1月5日土曜日

ホイットニー ~オールウェイズ・ラヴ・ユー~

お正月気分も少し薄まってきた小春日和の土曜日。TOHOシネマズ日比谷ケビン・マクドナルド監督作品『ホイットニー ~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』を観ました。

1985年に『そよ風の贈りもの』(原題:Whitney Houston)でレコードデビューして世界中を虜にし、2012年に48歳の若さで不慮の死を遂げた世紀の歌姫ホイットニー・ヒューストンの生涯を家族や友人、スタッフなど、近親者のインタビューと生前の映像によって構成しています。

1963年、米国ニュージャージー州ニューアーク市でホイットニーはソウルシンガーの母シシーと市の都市計画の責任者ジョンの間に生まれた。公民権運動の最中、多数の死者を出したニューアーク暴動の4年前。長兄ゲイリーは元NBAデンバーナゲッツの選手、いとこにはシンガーのディオンヌ・ワーウィック故ディーディー・ワーウィックがいる。

ブラック・コミュニティ出身でありながら、人種を超えて広く支持され、レーガンブッシュ(父)政権下のアメリカ合衆国を代表するポップスターになったが、はじける笑顔の裏側では黒人社会と白人社会のダブルコンシャスネスに揺れ苦悩していた。

サブリミナル的に挿入される暴動、デモ、ダイアナ妃の葬儀、サダム・フセイン、湾岸戦争などディザスターのニュース映像がバッドエンドを暗示させる。なにより印象に残るのは、アメリカのゴシップジャーナリズムのあけすけなまでの容赦の無さ。セクシャリティ、ドラッグ、人種意識。これ本人に訊いちゃうの? ってことをテレビ番組のインタビューで掘り下げます。それが翌朝タブロイド版に載り、昨日までのプリンセスが突如ヒールになる。死後は一転してヒロインに返り咲く。

十代からのコカイン中毒や元夫ボビー・ブラウンによるDV、血縁者の依存、幼少期の性的トラウマなど、複数の要因があったには違いないが、ジャーナリズムも彼女の死の責任の一端を担っている。その先にいる我々視聴者も。

おそらく1990年頃のプライベートビデオなのでしょう。当時チャートを賑わしていたC&Cミュージックファクトリージャネット・ジャクソンポーラ・アブドゥルを呂律の回らない舌でディスるホイットニー。最晩年のコンサートにおける "I Will Always Love You" の荒れ果てて輝きを失った歌声の痛々しさに胸が潰れる思いがしました。

 

2019年1月4日金曜日

バスキア、10代最後のとき

冬晴れ。東京メトロ日比谷線の乗客たちが心なしかすこし疲れた表情に見えます。恵比寿ガーデンシネマサラ・ドライバー監督作品『バスキア、10代最後のとき』を鑑賞しました。

1978年、ニューヨーク・ロワーイーストサイド。NY市、NY州共に財政破綻し、富裕なWASP層が去ったマンハッタンは荒廃していた。空室だらけでゴミが散乱した褐色砂岩のビル群に貧しい移民が流入し、ドラッグと暴力がストリートに蔓延した。

シド&ナンシーパティ・スミスラモーンズグランドマスター・フラッシュアフリカ・バンバータ。パンクロックとヒップホップが同時多発的に起こる。

「そんなこんながどんどん増えて/そのうちみんながブルーズを歌い出すんだ/そうやってまるで絶望的な環境から素晴らしい音楽が生まれるようにそして/素晴らしい音楽ががっちりとネットワークを作って何かを伝承していくように/犠牲になることを頑なに拒絶するための道具として/あのブリクストンの反抗的なレゲエ・ビートのように強烈な言葉だけを頼りに」(Rumbling Under The Rain)

トーキョーポエトリーシーンの伝説的詩人故カオリンタウミが1997年に書いたこの詩句を地で行くような当時のNYで、まだ何者でもなかった18歳のジャン=ミシェル・バスキア(1960-1988)がコンテンポラリーアート界のアイコンになるまで、同時代人たちのインタビューによって構成し検証したドキュメンタリーフィルムです。

グラフィティチーム "SAMO" をバスキアと組んでいたアル・ディアス、ヒップホップカルチャーの先駆的映画『ワイルド・スタイル』に出演したファブ・ファイブ・フレディリー・キュノネス(レイモンド・ゾロ)。バスキア、ヘリングと並び称されたケニー・シャーフ。彼らは現在の自身の作品を背にインタビューを受けているが、いずれも技術があり、アブストラクトなファインアート寄りの作風に変貌している。生きていれば58歳のバスキアが当時のまま粗野な新鮮さを保っているのかは知る由もないが、夭折によりその勢いが真空パックされ価値を高めたことも事実なのだと思う。

そしてバスキアの元カノたち。ミュージシャン、画家、映像作家、研究者。クラブ57マッドクラブ。当時を語る彼ら、彼女らの姿にNYという街自体の青春時代を共有したんだなあ、という感慨が湧きます。そして服飾デザイナーのパトリシア・フィールドを除いて、登場する全員(の現在の姿)が誰一人としてファッショナブルではない。

バスキアが当初、画家(グラフィティ・ペインター)としてよりも詩人(グラフィティ・ポエット)として評価されていたこと(その流れで、ニューヨリカン・ポエトリーの父と言われるホルヘ・ブランドンのスポークン・ワード・パフォーマンスが数秒ですが写ります)、ヒップホップよりもテスト・デプトノイバウテンなどノイズインダストリアル音楽が好きで、その後チャーリー・パーカーディジー・ガレスピーらのビバップジャズに傾倒したことなど、この映画を通して知りました。

バスキアの作品は2019年現在の目で見てもとてつもなく格好良い。でもその魅力を論理的に伝えることは大変な困難を伴う。「鑑賞者が作品を前にして、なぜ自分がその作品の前に立っているのかを自問することこそがアートだ」というリー・キュノネスの言葉が本質を突いています。

 

2019年1月3日木曜日

アリー/ スター誕生

お正月は映画館で過ごすのが恒例です。2019年はユナイテッドシネマ豊洲ブラッドリー・クーパー監督出演、レディー・ガガ(左利き)主演『アリー/ スター誕生』を観ました。

アリー(レディー・ガガ)は売れないシンガー。高級ホテルの配膳スタッフで糊口をしのぎ、週末はゲイクラブ"BLUE BLUE"のドラァグショーで歌っている。レコード会社のオーディションを受けても「鼻が大き過ぎてスターになれない」と言われて落とされる。ロックスターのジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)はアルコール依存症。移動中のリムジンが渋滞に巻き込まれ、酒を求めてたまたま入った "BLUE BLUE"で、アリーの歌うシャンソン「バラ色の人生」に涙してしまう。

ジュディ・ガーランド(1954)、バーブラ・ストライサンド(1976)らが主演し、何度も映画化された原作に基づくが、設定を現代に移して、楽曲もレディー・ガガとブラッドリー・クーパーが新たに書き下ろしています。ナレーションやモノローグを排し、回想シーンもない。音楽はほぼ演奏シーンのみ。役者の表情と科白、カメラワークと見事な編集で全てを語らせている。シンプリシティの勝利はクーパー監督の手腕。

加えて、ブラッドリー・クーパーが曲が書けて、歌えて、ギターも達者という驚きと、映画初主演のガガ様がこんなにもお芝居が出来るのかという驚き。

自己肯定感の低いアリーが初めてジャクソンのステージに呼び込まれ大観衆の前で自作曲 "Shallow" を歌い始めるときの不安で一杯な眼差し。オーセンティックなロックンロールからダンスミュージックにセルアウトしていく自分に対する恋人ジャクソンのアンビバレンツな想いを敏感に感じ取り、己の才能が愛する人を潰してしまうことに気づくアリー。

19歳で Def Jam Recordings と契約したガガ様にショービズ界で下積みのイメージはあまりないですが、それでも最初から世界的なスターだったわけではない。演技が本業ではないだけに、才能を信じ人並外れた努力で運を掴みステップアップしていった自身のキャリアをアリーに映じたはずで、我々もそのふたりを重ね合わせて観るというメタフィクションでもあると同時に、ガガ様がアリーという役を演じることで自己を再肯定する過程を観客と共有する感動的なドキュメンタリーフィルムと言ってもいいのではないでしょうか。