2019年12月30日月曜日

この世界の(さらにいくつもの)片隅に

師走の新宿駅地下コンコースの大雑踏に揉まれて。テアトル新宿片渕須直監督『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞しました。

昭和8年(1933年)12月の広島。商店街のスピーカーから "O Come All Ye Faithful"(神の御子は今宵しも)が流れてくる。既に大日本帝国軍はアジア各国の侵略を始めているが、クリスマスの街はいつもどおり賑わっている。

昭和19年(1944年)2月、主人公すず(のん)は18歳で軍港の街、呉に嫁ぐ。「冴えんのお。広島から来たからもっと垢抜けとると思うとった」と義姉径子(尾身美詞)に言われる。闇市への途上すずは花街に迷い込む。道案内してくれたリン(岩井七世)は、すずの夫周作(細谷佳正)がかつて思いを寄せていた遊女だった。

「あっけらかんとしていても、姿が見えなければ声は届かなくなる」。2016年に単館から始まり全国的に大ヒットした『この世界の片隅に』に約40分のシーンを追加したディクターズカット。すずと径子、姪の晴美(稲葉菜月)3人の関係を軸にして、前作にはなかったリンのエピソードを加えることで物語の陰影が深まった印象を持ちました。すずとリンの幼少期の出会いのシークエンスによって、すずと周作の出会いのファンタジックな設定をより自然に受け取ることができたように思えます。

戦時下にあっても日々の暮らしは続いており、すずは迷いも失敗も「うーーん」「ぐぬぬぬ」「あちゃー」でやり過ごします(玉音放送後に一度だけ声を荒げる)。のほほんとしたキャラクター造形は、のんの声と演技に拠るところが大きく、描かれる深刻な状況に救いをもたらしています。しかし戦争は次第に日常を浸食していく。市街地にも爆撃や機銃掃射が行われる。配給の食糧は減り、防空壕で眠れぬ夜を明かす。

そんな過酷な環境においても、4月になって桜が咲けば、大勢の人たちが集まって、ござを敷いて花見をする。花は見上げるだけなら無料だしなあ、と思いましたが、花見とは花の盛りを楽しむよりも、散りゆく春を惜しむ行事なのだ、とあらためて気づかされました。


2019年12月22日日曜日

カツベン!

曇り空。クリスマス前のショッピングモールの喧噪を抜けて。ユナイテッドシネマ豊洲周防正行監督作品『カツベン!』を観ました。

舞台は大正4年(1915年)の滋賀。貧しい少年染谷俊太郎は活動寫眞の作品よりも弁士が好きなヲタク。撮影現場で友だちとふざけて警官に追われて、撮影中のオープンセットに入ってしまう。一緒に逃げた梅子に万引きしたキャラメルをあげる。

10年後、ふたりが再会したとき、梅子(黒島結菜)は端役の活動女優、俊太郎(成田凌)は窃盗団の一味になっていた。俊太郎は才能を発揮し、国定天聲という人気活動弁士になる。

少年少女時代の冒頭シーンがとてもナチュラルなコメディタッチで周防監督も大人になったものだなあ、と感心しました。10年後、竹中直人渡辺えり徳井優田口浩正正名僕蔵らおなじみの脇役陣が勢揃いすると、一気に空気はいつもの周防組のテンポに。それでも過去作に顕著だった説明のための台詞(そしてそれは学生相撲、競技ダンス、芸妓というマイナージャンルに観客を引き込むために必要だった)が極力排されており、役者の芝居にすべてを語らせようという監督の意欲が伝わってきます。

「うたかたと心に刻む秋の聲、闇の詩人、不肖山岡秋聲でございます」酒に身をやつした往年の名弁士を演じる永瀬正敏。愛する活動寫眞を汚す偽弁士と盗賊団の逮捕に執念を燃やす刑事を演じた竹野内豊(左利き)。2人のベテラン俳優がセクシーな芝居で画面を引き締めます。女優陣では、めずらしく悪役の妖艶な娘を演じた井上真央が良い。

活動弁士がスターだったこと。その話術で無声映画を大胆にアレンジしてより魅力的に見せていたこと。和洋楽器混成の生演奏アンサンブル。映写技師との共同作業であること。いずれトーキーに取って代わる存在であることを自覚していたこと。などを知ることができました。

エンドロールに流れる「カツベン節」を聴いて、奥田民生も以前なら桑田佳祐あたりが受注していたであろうこういった落ち着いた仕事をする年代になったのだなあ、と同年生まれとして思ったのでした。

 

2019年12月14日土曜日

Smoke デジタルリマスター版

師走の小春日和。シネマイクスピアリウェイン・ワン監督作品『Smoke デジタルリマスター版』を観ました。

舞台は1990年夏、NY市ブルックリン3丁目7番街の角に建つ煙草屋の店主オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)。常連客で作家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は4年前の銀行強盗事件で妊娠中の妻を亡くしている。ある夜、閉店直後の店に煙草を買いに来たポールは、オーギーが毎朝自分の店の街角を撮った4000枚以上の白黒写真を見せられる。そこに偶然写り込んだ亡き妻エレンが通勤する姿を見つけたポールは慟哭してしまう。

その余韻で覚束ない足取りのまま通りに出たポールは車に轢かれそうになり、ラシードと名乗るアフリカ系の家出少年(ハロルド・ペリノー・ジュニア)に助けられる。

ポール・オースターの短編小説『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を基にして、オースター自身が脚本を書いたこの映画を劇場で観るのは、1995年の公開当初、2016年のデジタルリマスター版公開時、そして今回が3度目。25年に亘りスクリーンで見続けていることになります(ちなみにいままで劇場で一番回数多く観たのはウォン・カーウァイ監督の『天使の涙』で4回なのですが、いずれも公開時とその翌年です)。

2時間弱の上映時間は「1. ポール」「2. ラシード」「3. ルビー」「4. サイラス」「5. オーギー」と、登場人物の名を冠した5章立てになっていますが、それ以外にもすべての登場人物、エピソード、伏線が絡み合い、過去の不幸な体験も最終的に貸し借りなしのイーブンに収まる気持ち良さは、舞台が夏でも、衣装やセットがきらびやかでなくても、クリスマス映画と呼ぶに相応しい。

時が経ち、主要登場人物たちと自分の年齢が同じぐらいになり、感じ方も変わってきました。今回はクラック依存症のフェリシティ(アシュレイ・ジャッド)が、心配してスラム街を訪ねてきた両親を罵倒し追い返したあとに見せるなんとも言えない複雑な表情にぐっときました。そして書店員エイプリル(メアリー・B・ウォード)は何度観ても可愛い。

素晴らしい脚本、無駄のない演出、あたたかなユーモアを感じさせるカメラワーク、達者な役者たち、魅力的な音楽がパーフェクトに調和した傑作であることは、回を重ねるごと実感しています。

 

2019年12月8日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

数日続いた冷たい雨が上がり、よく晴れた日曜日、郊外私鉄に乗って西武柳沢まで。リスペクトするミュージシャン、ノラオンナさんのお店ノラバーで毎週開催されている『ノラバー日曜生うたコンサート』に出演しました。

前回出演は6月16日のバースデーライブ。約半年ぶりのワンマンライブとなりました。遠くから、近くから、ご来場のお客様、いつも素敵なお料理でおもてなししてくださるノラさん、どうもありがとうございます。

 1. ジェラス・ガイ(ジョン・レノン)
 2. (タイトル)
 3. 永遠の翌日
 4. スターズ&ストライプス
 5. 名前
 6. ケース/ミックスベリー
 7. 11月の話をしよう
 8. Doors close soon after the melody ends
 9. 虹のプラットフォーム
10. コインランドリー
11. 観覧車
12. 水玉
13. 花柄
14. fall into winter
15. クリスマス後の世界
16. ウーマン(ジョン・レノン)

以上16篇、約1時間の朗読を聴いていただきました。この日、12月8日はジョン・レノンの命日ということで、The Beatlesから5曲、ソロになってから5曲、計10曲を選曲してカワグチタケシ訳ジョンレノンソングブック "sugar, honey, peach +Love (is real)" を製作し、ご来場のみなさんにプレゼント。プログラムの最初と最後にそのなかから2曲、特に甘いラブソングを選んで朗読しました。

「永遠の翌日」「スターズ&ストライプス」「名前」「ケース/ミックスベリー」「11月の話をしよう」の5篇は、前作詩集『ultramarine』出版後に書いたもので、次の詩集の骨格をなす作品群と考えています。いまのところライブでの朗読のみで、ネットにテキストも上げていません。早くみなさんの目に届くようにできたらと思います。

後半は『ultramarine』収録作品とその他冬の詩を中心に。建物があたたまってくるのか、特に終盤はマイクを通さない生声がよく響いているのが自分でも感じられました。

終演後はノラさんのおいしい手料理をみんなでいただきながら、楽しくおしゃべりしました。お客様の近況がいちいち面白くて、笑いの絶えない夜に。出汁の効いたおでん(大好きなうずら卵が入っていてうれしかった)、豆腐のみそ汁のフレッシュな味わいが深く印象に刻まれました。

2019年の詩のお仕事はこれで終了。今年も大変お世話になりました。現場で会えた方、この惑星のどこかで気にかけてくださったみなさん、ありがとうございました。2020年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

2019年11月10日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

秋ですね。11月は一番好きな月です。大気がすこしぴりっと乾燥して、遠くから薪の燃える匂いなんかしてきたら最高です。東京はこれから紅葉が本番を迎え、街を美しく彩ることでしょう。

リスペクトするミュージシャン、ノラオンナさんのお店、西武柳沢ノラバーさんで、今年6/16(日)のバースデーライブ以来半年ぶりとなるソロ公演を開催します。完全予約制先着11名様限定のお食事付ライブ。只今ご予約受付中です。

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ノラバー日曜生うたコンサート

出演:カワグチタケシ
日時:2019年12月8日(日)
   17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:ノラバー 
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
   ○吉祥寺からバスもあります。
料金:4,500円
   ●ライブチャージ
   ●6種のおかずと味噌汁のノラバー弁当
   ●ハイボール飲み放題(ソフトドリンクもあります)
   ●スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。
   
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銀座のノラの物語アサガヤノラの物語でお世話になり、西武柳沢にお引っ越ししたノラバーは今年7月で2周年を迎えした。こちらには5度目、銀ノラ、アサノラと通算すると13回目の出演です。

西武柳沢? どこそれ遠そう、ってお思いの方、高田馬場から約20分です。うちからだと阿佐ヶ谷まで行くのと10分しか変わりません。

恒例のご来場者全員プレゼントは、この日が忌日ということで、ノラバー限定カワグチタケシ新作訳詞集 "sugar, honey, peach +Love (is real)"。ジョン・レノンの名曲をカワグチタケシ訳でお届けします!

そしてお料理は必ずご満足いただけるクオリティ。ノラバー弁当は季節ごとの素敵なメニューをノラさんが考えてくださいます。

*銀ノラ、アサノラより1人増えた先着11名様限定の完全予約制です。
 ご予約は rxf13553@nifty.com まで。お名前、人数、お電話番号を
 お知らせください。お席に限りがございます。どうぞお早目に!



2019年11月3日日曜日

小さな小さな舟灯りvol.4

文化の日。下北沢Workshop Lounge SEED SHIPで開催されたアカリノートレコ発ワンマンライブ『小さな小さな舟灯りvol.4~未知なる円盤に乗ってみたい気持ち』に行きました。

アカリノート氏との出会いは2012年7月。共演が決まっていた同じく SEED SHIP の Poemusica Vol.7 の3日前、井の頭公園のベンチライブにお邪魔したときのことです。

それから何度か共演もし、僕が翻訳した "Melody Fair" の歌詞に新たな旋律を付け歌い継いでくれています。ライブはすこしご無沙汰していましたが、ひさしぶりに生で聴くその音楽は、はじめてのときと変わらず、みずみずしく美しく信頼に足るものでした。

豊かな声量で安定した歌唱、繊細さと粗野さを持つギタープレイ、染み渡るバラッドから賑やかなパーティソングまでアカリノート刻印されたソングライティング、聴かせどころ盛り上げどころを心得たショーマンシップ。いずれも磨きがかかりながらも、その揺るぎなさはどこから来るのだろう、と思いながら。

おそらくそれは、彼が彼自身の音楽を誰よりも愛し、信じ、且つ、常に冷徹な目で見てもいるからではないでしょうか。家族や周囲の人々に愛されて育った幼少期に形成された自己肯定感の強さがその基盤を強固にしているように感じます。

盟友と呼んでも差し支えないQooSue那須寛史くんのギターが更に広大なアンビエンスを加えて、アンコールの「戦ぎ」(そよぎ)まで全20曲。SEED SHIP わかちゃんの隅々まで神経の行き渡った最高のPAで聴く、なつかしい「金平糖は炬燵の上に」のような珠玉の旋律はもちろん「ボヘミアンララバイ」や、新譜 "croquis" 収録の「慄き」「ネコはいいな」「遠い夜凪のバルカローレ」など、奇数拍の楽曲群が今日は殊に響きました。
 
 

2019年11月2日土曜日

イエスタデイ

晴天の土曜日。TOHOシネマズ日比谷ダニー・ボイル監督作品『イエスタデイ』を鑑賞しました。

売れないミュージシャンのジャック・マリク(ヒメーシュ・パテル)は誰も聴く人がいなくても路上や桟橋やカフェでギターを弾いて歌っている。その傍らにいつも寄り添うマネージャーのエリー(リリー・ジェームス)は普段は中学校で数学教師をしている。

フェスの出演を取りつけたもののテントステージの客足はまばら。もう音楽を辞めようかと自転車で帰る途中、太陽フレアの影響で全世界規模の12分間の停電が発生し、ジャックはバスに轢かれる。目覚めたのは、自分以外にはビートルズを知る者がいない異世界だった。ビートルズの楽曲を歌いジャックはスターダムにのし上がる。

トレインスポッティング』のボイル監督が描くロマンチックファンタジーミュージカルコメディ。掛け値無しに楽しめました。主人公が白人ではなく南アジア系、ローディ役がアフリカ系のジョエル・フライというキャスティングもよかったです。

パラレルワールドで、ビートルズだけではなくオアシスも消失しているのは、ビートルズの影響下にあることを強調しているのかも。ボイル監督は同じマンチェスター出身のギャラガー兄より一回り年上ですが、思うところがあるのでしょうか。一方、ローリング・ストーンズは存在しています。他に、ハリー・ポッターや煙草も消失しているのですが、その意図は上手く汲み取れませんでした。

他人の楽曲で売れたことに当然葛藤を持つ主人公の前に現れたビートルズを知るおそらく世界でたった2人がヲタクの鑑ともいうべき態度で心洗われるのと、エリーが本当に可憐で一途で愛おしくなります。

劇中で演奏されるビートルズの楽曲群は僕にはどうしても懐古的に聞こえてしまうのですが、それはおそらくビートルズの音楽に慣れ親しんでおり、且つビートルズに影響を受け更にアップデートされた音楽(例えばオアシス)も知っているからで、1960年代当時の耳にどれだけ斬新で画期的に響いたのか。

またサウンドトラックの選曲は、初期のレノン/マッカートニー混然一体な曲は別として、中期以降 "A Day In The Life" 以外はほぼポール・マッカートニー作品が選ばれています。ビートルズのソングライティングのわかりやすい革新性はポールによるものが大きかったのかな、逆にジョン・レノンは声と歌詞だな、と思いました。

 

2019年10月25日金曜日

こんなはずでしたⅡ

激しい雨も18時の開場時刻にはほぼ上がり、谷中工房ムジカさんにてllasushi氏の企画ライブ『こんなはずでしたⅡ』が開催されました。

不安定な気象の中ご来場いただきましたお客様、共演者の皆様、主催者llasushiさん、工房ムジカの葛原りょうさんとスタッフのみなさん、どうもありがとうございました。

今回は、現在プリシラレーベルで新作準備中/制作中のふたり、小夜さん石渡紀美さんと3人セットでの出演オファーをいただきました。共演の多い印象のわたくしたちですが、3人揃ってというのは2017年の『胎動 Poetry Lab0. vol.6』以来、2年半ぶりです。

僕はソロで「」「線描画のような街」「虹のプラットフォーム」の3篇、「無重力ラボラトリー」は小夜さんとデュオ、3人で「風の通り道」を朗読しました。「風の通り道」は小夜さんにアレンジしてもらいましたが、素晴らしいリミックスでした。鼻炎ですこし鼻声の石渡紀美さんの新作、小夜さんの代表中編作「マチネチカ」、小夜/紀美2声のマチネチカアンサリングもよかった。

共演者のみなさんを総合したイベントの振れ幅の大きさも尋常でなく。Diezineさんyvonxhe)はチャイルドギターの弾き語りでブラックメタルの魅力、シリアスなバカっぽさを教えてくれました。井上陽水の「最後のニュース」のカバーも衝撃的で爆笑に次ぐ爆笑。

吉田和史さんは今回の出演者では唯一共演経験があります。リリカルでワイルドでアルコホリックでセンチメンタル。寂しがりなのに誰か近寄ってくるとふっとその場を離れる猫のような男。ガットギターの音色が美しく、渋い美声。夜の音楽。欲しかった新譜もゲットできました。

ブズーキ(ギリシャギター)のyoyaさん。鉄弦の硬質な響きをループマシンで重層化する。ギリシア音楽の中近東風でメランコリックな旋律にコンテンポラリーダンスの要素も入っています。

仕事帰りのスーツ姿で出演時間ぎりぎりに駆けつけたジャストドゥ伊東さん。社会生活に支障がないのか心配になるレベルのハイパーテンション。説明不能でエキセントリックな愛されキャラ。客席が失笑、爆笑のループから全員笑顔というミラクル。

主催者llasushiさんはポエトリースラムジャパン2019のファイナリストにもなっている実力者ですが、ブッキングセンスも振り切っていました。

会場の工房ムジカさんは古書信天翁さんだった場所。今年の2月まで9年間、本当にお世話になりました。このようなかたちで帰ってくることができてうれしかったです。

 

2019年10月20日日曜日

真実

薄曇り。TOHOシネマズ日比谷是枝裕和監督作品『真実』(字幕版)を観ました。

現代のパリ。国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)の自伝出版を祝うためニューヨークで脚本家をしている娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)がテレビ俳優の夫ハンク(イーサン・ホーク)と幼い娘シャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)を連れて帰ってくる。

リュミールは母の自伝の内容に不満を持っている。書かれているほど自分は愛されていなかったと感じているし、なによりファビエンヌの姉妹でありライバル女優でもあった伯母サラについて一言も触れられていないから。

母娘の確執の元となった過去の真実に迫るみたいなミステリーテイストの強いプロモーションですが、完成作は毒舌、アイロニー、エスプリ満載でくすっと笑えるフランスらしく上品なコメディ映画といっていいと思います。『真実(La vérité)』というのは自伝のタイトルに過ぎず、しかも相当盛っている。それをリュミールに責められ「私は女優よ。本当のことなんて言わない」と平然と言い切るファビエンヌ。撮影をボイコットしようとして「映画と自分とどっちが大事なの?」という詰問に「私が出ている映画が好き!」と半ギレで即答する。僕的日本最高の女優賛美映画『Wの悲劇』の三田佳子と見まごうばかり。

リュミールも負けじと芝居がかった科白を書いて登場人物たちに演じさせるのだが、そのなかにはファビエンヌも含まれており、二重三重の入れ子が観客を戸惑わせ笑わせます。そしてスクリーンには一度も登場しない故人サラの存在感の大きさ。

紅葉のパリの風景も美しく、執事リュック(アラン・リボル)、サラの再来と呼ばれる若手女優マノンを演じるマノン・クラベル、子役クレモンティーヌ・グルニエら脇役たちも大変魅力的でした。

 

2019年10月13日日曜日

ブルーアワーにぶっ飛ばす

台風一過。テアトル新宿箱田優子監督作品『ブルーアワーにぶっ飛ばす』を観ました。

舞台は21世紀の東京。30歳のCMディレクター砂田友佳(夏帆)は寛容な夫(渡辺大知)と平穏に暮らしているが、職場の上司冨樫(ユースケ・サンタマリア)と不倫関係にある。仕事では、使えない代理店に苛立ち、わがままな俳優に振り回されるが、その鬱憤を酒を吞んで毒舌を吐くことで晴らしている。

そんな酒に吞まれる日々、中古車を買った後輩で親友の清浦あさ美(シム・ウンギョン)の運転で、入院中の祖母を見舞うため、嫌いな故郷茨城に数年ぶりに帰省することになった。

「その笑顔、私は嫌い。かわいいって言われるかもしれないけどブスだからね。癖になるから気いつけな」と場末のスナックのママに言われ、「私を好きって人あんまし好きじゃない」と強がる。周囲が羨むクリエイティブな仕事に就きながら、生きづらさを抱えたアラサー女子を夏帆(左利き)がナチュラルにリアルに演じています。

シム・ウンギョン演じる天真爛漫なキヨは主人公スナさんのアルターエゴ。少女時代のひとり遊びのパートナー。家族にはその両方の姿が見えている。

酪農を営むがさつな両親をでんでん南果歩が好演。兄役黒田大輔は超怪演。キャストが奇跡的に素晴らしいです。

僕自身が千葉で生まれ育って東京で仕事をしているので、犬を轢きそうになったり、トンボを殺してしまったり、老描が死んだり、生き死にが生々しく存在する中途半端な田舎の幼少期の記憶は胸に迫るものがありました。

ブルーアワーとは、夜明け直前、日没直後の短時間に訪れる薄明、トワイライト、誰そ彼時のこと。東京に帰る常磐道を飛ばすエンドロールでかかる松崎ナオさんのざらっとした歌声がやさぐれた心に染みます。


2019年10月6日日曜日

アジア オーケストラ ウィーク 2019

小雨降る日曜日。新宿中央公園のダイバーシティパーク2019をちょっとだけ覗いて、徒歩で初台まで。

東京オペラシティで開催している令和元年度(第74回)文化庁芸術祭主催公演 アジア オーケストラ ウィーク 2019 東京公演の2日目に行きました。

アジアの各都市からオーケストラを招くこの意欲的なプログラムに参加するのは、2014年2018年に続いて3度目です。

香港シンフォニエッタ
指揮:イップ・ウィンシー(葉詠詩)
ヴァイオリン独奏:ツェン・ユーチン(曾宇謙)
ダンス・語り:ウーカン・チェン(陳敏兒)
ダンス:ウォン・マンチュイ(黃磊)、ジェイ・ジェン・ロウ(劉傑仁)、白井剛

ロ・ティンチェン(盧定彰) / オータム・リズム
モーツァルト / ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219「トルコ風」
ストラヴィンスキー / 兵士の物語(バレエ付)

1曲目のロ・ティンチェンは1986年香港生まれの新進作曲家。オータム・リズムはジャクソン・ポロックの同名の絵画作品にインスパイアされ香港シンフォニエッタのために書かれたとのこと。チェロの低音弦の細かいパッセージから未来派風のリズム、管楽器に息を吹き込む音程のない音でホワイトノイズを表現する。アジア人女性指揮者の先駆けともいえるイップ・ウィンシーが木管アンサンブルの精緻な響きを引き出しています。

モーツァルトは、台湾出身の25歳ツェン・ユーチンのヴァイオリンの光沢感、若々しい躍動感がまぶしい。オケも管楽器が若干前に出ている感はありましたが、終始安定した演奏でした。全体にゆったりしたテンポで、2楽章は特に遅め。たっぷり間をとって美しい音色を聴かせようという意図の感じられるものでした。

ストラヴィンスキーは、ヴァイオリン、コントラバス、クラリネット、ファゴット、コルネット、トロンボーン、打楽器の7名編成にダンサーが4人(男3、女1)。そのうちのひとりウーカン・チェンが中国語のナレーションというよりも詩的な韻文を語る。バレエ付という紹介でしたが、スポークンワーズに乗せたコンテンポラリーダンスという趣向で、前2曲は深く腰掛けて大人しく聴いていた小学校低学年の女の子が乗り出して舞台に釘付けになっていたのが印象的です。

香港市内は現在デモ隊と警察の衝突による緊張状態が続いています。そんなときにクラシック音楽なんてどうなの、という意見もあるかもしれません。しかしながら自由で平和な日常を守るために抗議をしている彼らのために、音楽の流れる日常の継続を支援するのも、僕らにできることのひとつではないかと思います。

 

2019年10月4日金曜日

あなたとわたしの間に流れる

10月最初の金曜日の夜、井の頭線に乗って吉祥寺まで。MANDA-LA2で開催されたmueさんのワンマンライブ『あなたとわたしの間に流れる』に行きました。

予定の19時半から約10分押しでタカスギケイさん(g)、市村浩さん(b)、RINDA☆さん(per)の3人が登場。mueさんのグルーヴィなピアノに先導され、心を使ってこの世界を見る、と歌う「パラダイス」から。2曲目は「笑ってほしい」(言いたいことは全部言っておきたい性格)。

毎年4月11日に同じMANDA-LA2ワンマンライブをしているmueさんバンドメンバー毎年変わりますが、2019年4月の顔ぶれでの再演のリクエストを受け、秋に同じ4人でワンマンを開催することが発表されたのは『その先のうた』の直後のことでした。

普段弾き語りスタイルで演奏しているミュージシャンがバンドセットのワンマンライブをするのはよくあることですが、mueさんは実に興味深い人選をするなあ、と常々感じていました。mueさんが実現したい音楽のビジョンがあり、そのビジョンが緩やかに変化している。それは彼女の内面にだけ存在し明確に言語化されることはないが、メンバー選びとライブ本番でアウトプットされる音楽にしっかり反映している。

明確に言語化できないが故の自信なさげなMCに反して、演奏と歌声から我々が受け取るのは確信に満ちた心地良さです。

RINDA☆さんのパンデイロとスルド、市村浩さんの5弦ベース、タカスギケイさんのギターは、いずれも手数、音数の多いアレンジになっており、レースのように繊細なテクスチュアで会場の空気を包み込み、mueさんの柔らかく澄んだ声と溶け合って客席に多幸感が満ちる。僕はmueさんの音楽に恋しているし、これからもしつづけるのだと思います。

春のワンマンの細部まで作り込まれたショーに比べて、1曲毎に込めた思いを口にしながら緩く進行する、よりインティメイトでリラックスした雰囲気。今夜初披露の2つの新曲をはじめ、バンドセットではレアな選曲も多く、コアなファンにとってもお得感満載のライブでした。

 

2019年9月28日土曜日

ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-

TOHOシネマズ上野藤田春香監督作品『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』を鑑賞しました。

主人公ヴァイオレット・エヴァーガーデン(CV:石川由依)は元少女兵士。一切の感情を排し任務を遂行する訓練を受け戦績を上げたが、戦闘で両腕と最愛の上官を失ってしまう。戦後、ハイスペックな義手を得て手紙の代筆をするドール(自動手記人形)の職に就く。代筆を通じていろいろな人たちの感情に触れ、自身も感情を取り戻す。

というのが2018年冬クールに放送していた本編で、僕もMXTVの深夜放送を毎週録画していました。

今回の外伝は、デビュタントを控えた貴族ヨーク家の娘イザベラ(寿美菜子)に令嬢としての振る舞いを指導してほしいとドロッセル王家から依頼を受けたヴァイオレットが上流階級の全寮制女学校に3ヶ月間同室するところから始まるストーリーです。

「出会わない」という美学が物語全体に貫かれています。手紙に書かれた文字を媒介にした関係性に自らの行動を限定しており、物理的に近くにいてほんの数歩踏み出せば触れられるというときにあっても、文字という視覚情報に喚起される感情、それ以上は自制してしまう登場人物たち。幼い孤児テイラー・バートレット(悠木碧)にもその美学を適用することでより強調される。

本作は7月18日に起こった京都アニメーション放火事件の直前に完成しており、事件後最初の公開作品となりました。風に揺れる髪、膨らむスカートの裾、バスタブの湯気、スノードロップから落ちる朝露の雫、雪と白い息、石畳を灰色に染める夕立。京アニならではの繊細で優美な「あらゆる光の目録(©宮沢賢治)」を堪能できます。本作に関わり事件で亡くなったスタッフも多数いると聞きます。どうか安らかに。

 

2019年9月22日日曜日

マユルカとカナコとタケシ

それは4月のこと。mayulucaさんから一通のメッセージが届きました。mayulucaさんと西田夏奈子さんのユニット「マユルカカナコ」が池ノ上ボブテイルさんに出演するにあたり、僕とツーマンライブで、というお誘いです。

2013年秋に阿佐ヶ谷イネルで聴いて以来、mayulucaさんの都内のライブはほとんど通っており、下北沢SEED SHIPPoemusica何度共演してもらっています。西田夏奈子さんは劇団フライングステージ客演を10年以上前にはじめて拝見し、その後『俊読2017』で共演。お芝居以外にも何度もステージに足を運びました。そんなおふたりからのオファーをお断りする理由がありません。

当初はツーマンで1、2曲共演するようなものを想像したのですが、ボブテイルさんにお邪魔して打ち合わせるあいだに、もっと3人の声と音と言葉が有機的に絡む作品を構成してみようということになりました。これが場の持つ力というものなのでしょうか。

僕の12ヶ月連作ソネット「Universal Boardwalk」を時間軸を示す縦糸に、mayulucaさんの楽曲群を空間の拡がりとしての横糸に、夏奈子さんの声とヴァイオリンを色彩に例え、3D化する90分のパフォーマンス作品、というのが僕の中のイメージでした。

衣装は花柄。骨格がしっかりしつつ澄みきっており、厳選された最小限の言葉で綴られたmayulucaさんの音楽に向き合うために、極力フラットで明瞭な発声をしようと臨みましたが、始まってみれば良い意味で覆され、いつになくエモーショナルなmayulucaさんのパフォーマンスに呼応した夏奈子さんのテンションに導かれて、ドライブ感のあるライブになったと思います。それには客席のみなさんの一音も聞き漏らさないという熱やボブテイルの持つ磁場も大きく影響していたはずです。

「Universal Boardwalk」以外には「コインランドリー」と夏奈子さんのリクエストで「虹のプラットフォーム」「MAR November 4 2003」を僕が朗読し、花の名が出てくる3篇「六月(Universal Boardwalk)」「森を出る」「クリスマス後の世界(部分)」は夏奈子さんに朗読をお願いしました。

録音を聴くと、3人の声が溶け合わずぶつかり合わず絶妙な相性で、完成度の高い音声インスタレーションになっています。もっと多くの方に聴いてもらいたいのと、なにより打ち合わせから本番、終演後のあれこれまで心地良く楽しかったので、またこのメンバーでお届けできたら幸いです。

最後になりましたが、ご来場のお客様、ボブテイル店主たかえさん、mayulucaさん、夏奈子さん、どうもありがとうございました。

 

2019年9月15日日曜日

ダンスウィズミー

日曜日の夜、丸の内ピカデリー1矢口史靖監督作品『ダンスウィズミー』をレイトショー鑑賞しました。

大企業の本社勤務OL鈴木静香(三吉彩花)は、小さい頃は歌が大好きで小学校の学芸会でミュージカルの主役に選ばれた。本番での大失敗がトラウマになりミュージカル嫌いになったが、場末の占いテーマパークで老催眠術師マーチン上田(宝田明)に音楽が聞こえると歌い踊らずにはいられなくなる体質に変えられてしまう。

会社の若手エース村上(三浦貴大)にプロジェクトに抜擢されるが、仕事にも私生活にも支障が激しく、催眠術を解いてもらうべく、マーチン上田を追いかけ、元アシスタントの千絵(やしろ優)、探偵渡辺(ムロツヨシ)とともに、新潟、秋田、青森、函館、札幌と旅をするロードムービーです。

華やかなダンスシーンがスクリーンに映し出されますが、実は主人公の脳内イメージで、実際にはもっとずっとドタバタで格好悪い、というモンタージュになっており、その意味ではメタミュージカルといってもいいと思います。そもそもミュージカルという枠組み自体が虚構オブ虚構なわけですから、一回りしてリアリズムという入れ子になっている。オフィス内の群舞では紙吹雪がシュレッダーの屑というのが最高です。

そして主人公を演じる三吉彩花さんが大変魅力的に撮られています。Tシャツにデニムというシンプルなスタイルでも、モデルらしく身体のラインがきれいなのに加え、体幹がびしっと通っていてダンスが美しい。宝田明のこれぞスターという佇まいも流石。

オープニングとラストに2度かかる山下久美子の "Tonight" は本当に名曲だし、エンドロールの「タイムマシンにおねがい」の群舞にもテンションが上がります。終演後に照明の点いた客席を出ると、映画館のロビーがいつも無音であったことに気づかされました。

 

2019年9月14日土曜日

ロケットマン

十六夜の夕。ユナイテッドシネマ豊洲デクスター・フレッチャー監督作品『ロケットマン』を観ました。

1950年代、ロンドン郊外の中流住宅街。レジナルド・ドワイト少年の父親は英国空軍将校、母親は専業主婦。両親はそっけなかったが、同居する母方の祖母には愛されていた。ある日ラジオから流れてきたヨハン・シュトラウスを居間のピアノでなぞってみせる。類い稀な耳の良さと記憶力を持っていた。

依存症の自助グループのセッションにオレンジ色のド派手な衣装で現れたポップアイコン、エルトン・ジョンタロン・エガートン)が、ファシリテーターに促され自らの半生を回想するミュージカル仕立てのノンフィクション・ファンタジー映画です。

王立音楽院の入試からロックンロールとの出会い、米国R&Bグループのバックバンド時代、そして作詞家バーニー・トーピンジェイミー・ベル)とコンビを組んでソロシンガーとしてデビュー、ヒット曲を連発し、全米ツアーも大成功。と、ここまでで大体1時間。その後は酒とドラッグと金とセックスに溺れ、生活が荒れていく。お約束の展開ですが、惜しげもなく披露される名曲の数々の歌もダンスも明るく元気でカラッとしています。

エルトン・ジョンが動いているところを初めて見たのは、ザ・フーの『トミー』で「ピンボールの魔術師」を歌うシーン。デイヴィッド・ボウイマーク・ボランロキシー・ミュージックら、同時代の英国のグラムロックと比較してあまりにも正統的な音楽性とグラマラスで奇抜過ぎるビジュアルを当時結びつけることができずにいましたが、この映画で表現される小太りでハゲでド近眼のゲイという自身に対するコンプレックスでだいぶ理解できるようになりました。

街角の電話ボックスから母親に電話して同性愛をカミングアウトするときの難しい表情が印象に残ります。母親のリアクションは冷淡で「それは前から知っていた。認めるけれど、孤独な生き方を選択したことを自覚しなさい。誰もあなたを愛さない」と突き放します。これが呪いとなり、また一方で依存症から立ち直るきっかけともなる。母シーラ役のブライス・ダラス・ハワードは終始チャーミングです。

まだ誰でもない者同士が出会って、お互いの才能を信じ、苦しみながらも成功への階段を上る。名曲「僕の歌は君の歌」は朝のキッチンテーブルで生まれました。ハリウッドのライブハウス・トルバドールで「クロコダイル・ロック」を演奏する主人公も満員のオーディエンスたちも踵が宙に浮いている。音楽を聴きに行ってそんな気持ちになったことが僕にもあります。

映画のコスチュームとエルトン・ジョン本人のスナップを答え合わせのように並べて次々に映し出すエンドロールも楽しかったです。


2019年9月1日日曜日

CUICUIのSHINGEKI

9月1日はキュイキュイの日。西永福JAMで開催されたCUICUIのレコ発企画ライブCUICUIのSHINGEKIに行きました。

Joy DivisionNew Order が歌詞に登場するが、音の作りは Dislocation DanceA Certain Ratio 寄りの捻れたファンクテイストがある神々のゴライコーズ

男声Vo、女子Dr、Keyの3ピースユニットHappleのちょっとイッっちゃってる爽やかさに、四半世紀以上忘れていた Terry, Blair & Anouchka を思い出す。

ドラム、ベース、ギター、ボーカルにDJが入った5人組 Half Mile Beach Club のハウスビートはマッドチェスターの今日的解釈か。3アクトで1980年代を一気に駆け抜けるようなセレクションにCUICUIのセンスを感じます。

そして、Frankie Goes To Hollywood の "Relax" のSEでCUICUI登場。センターポジションが AYUMIBAMBIさん(Vo,Ba)からマキ・エノシマさん(Gt)に、これまでの白衣装から白紺ツートーンに。CUICUI第二章の幕開けを印象づける。

先行配信された「YouTubeのない時代」、新曲「アップデートを忘れずに」のメロウでスムースなサウンドが、ライブでは初期衝動全開のいびつでゴリゴリなロックに。なのにポップに弾けています。

「明日の中身を強制終了させないで」「言葉は通じても話がSiriに通じない」「いいね!が止まらない」「スマートフォンの向こうにはビール片手に特大スマイル/あの娘がまぶしくて」、頻出するテクニカルタームは奇を衒っているように見えて実は日常の人間関係がソーシャルメディア中心に置き換わった現代においてはむしろ切実で真摯な姿勢を示しているのではないでしょうか。

ERIE-GAGA様(Key)、AYUMIBAMBIさん、Ruì Suì Liuさん(Dr)のトリプルボーカルも冴えて、剛腕グルーヴに思わず笑ってしまいます。最高のバンドマジックをありがとうございました。


2019年8月31日土曜日

The Last Day Of Our Vacation

8月最後の日。白山JAZZ喫茶映画館にて「ノラオンナ小夜 The Last Day Of Our Vacation」を主催しました。

6月8日の夕暮れ時、BOOKWORM at Viscum Flower Studio が終わって、御徒町で乗り換えをしようとしていたとき、ノラさんからメッセージを受信しました。映画館さんに日程を伺ってみたところ、8月31日が可能とのこと。加えて絹子ママに「なら小夜ちゃんと一緒にどう?」とご提案をいただきました。

夏が大好きで、梅雨が明けた途端にもう夏の終わりが近づくのが悲しくなってしまうという小夜さん。夏休み最後の日にこれ以上ない組み合わせです。

ライブは通常のツーマンとはすこし異なる構成に。まずノラさんがジョージ・ガーシュインの "Summertime" のスキャットで静かに会場の空気を揺らします。朗読作品「詩集『君へ』」から「ばらあどばあさん」へのつなぎが序盤のハイライトでした。

そして小夜さん。夏が好きすぎて夏の終わりの詩が書けない、と言う。夏へのつぎつぎに扉を開いていく19篇の美しい断章。この長編詩の朗読を聴くのは十数年ぶり。門前仲町の交差点に籠もった暑熱を思い出しました。「放課後のあとの即興詩」の前のめりな焦燥感。ノラさんの「こくはく」の歌詞の朗読は、軽快なボッサのリズムで歌われる大人の恋の機微とは異なる少女の切実な感情が前面に出ます。

つづくパートの冒頭で歌われた当初セットリストになかったはずのノラさんの「こくはく」オリジナルバージョンとの対比も鮮やかです。

最後はノラさんのウクレレ弾き語りアルバム『めばえ』の(ほぼ)全曲演奏。主題と変奏を繰り返し、聖と俗とを往き来しながら、崇高な場所を指していくさまに、ジャズ喫茶での演奏にもかかわらず僕は J.S.バッハの『インベンションとシンフォニア』を思い出していました。

経験上、音楽とポエトリーの組み合わせは観客の求めるものの違いからか意外に難しいものだと感じていますが、アンケートでは好意的なご意見を多数いただきました。つきすぎずはなれすぎず、ちょうどいい関係性が提示できたのは、タイトルの "Our" Vacationに込めたように、出演者がたがいの作品とパフォーマンスをリスペクトしているからだと思います。暑いなかご来場のお客様、映画館さん、ノラさん、小夜ちゃん、素敵な夏の思い出をありがとうございました。

 

2019年8月18日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート


大潮の真夏日。郊外私鉄の明るい駅に降りる。西武柳沢ノラバー日曜生うたコンサート mayulucaさんの回に行きました。

バスの運転手さんに語りかける「出発」は、ライブの序盤に歌われることの多い曲です。運転手さんの答えは「どこかには行くだろうね」。その楽観的な声色とは裏腹に歌の主人公は知らない街に連れて行かれることに怯えている。と同時にかすかに期待もしている。

張り替えたばかりのスチール弦のブライトな響き。インテンポで安定感のあるギターに乗せて呼吸のように無理のない発声で歌われる微細な感情の揺れ。形容詞と別の形容詞のはざまに落ちた感情を掬い上げます。

「花ヲ見ル」「ほんとうのこと」「ひかりの時間」1stアルバムの収録曲が続き、祈り、聖性、アンセムというキーワードが脳内に浮かんでは消える。「きこえる」「熱風」「月の下 ぼくはベランダに」など、続く2ndアルバムのターンでは「温度を上げる曲を」と言っても、外見的には低体温で声を張ることもなく淡々と進んでいく。最新の3rdアルバムからは「彼と彼女のそれぞれ」「幸福の花びら」の2曲。「いろんな人がいろんな場所でひとりひとり何かをしている」というMCはマユルカさんのアティテュードそのものを表しているように思えました。

60分11曲というコンパクトながら、マユルカとしてのキャリアを振り返るクロニクルなセットリストでした。最近は俳優の西田夏奈子さんとのデュオ演奏聴く機会が続いていたのですが、ひさしぶりの完全ソロはまた別の淡い単彩の素描画のような味わいがあります。

8月、真夏のノラバー弁当は麻婆茄子ととうもろこしごはんがメイン。店主ノラオンナさんの手料理はいつも美味しく、ヤイヤー!と夜は更けてゆくのです。

9月、秋分の日の前日に、池ノ上の名店ボブテイルさんで、マユルカさん、西田夏奈子さんと共演します。ご都合つきましたら是非いらしてください。

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マユルカとカナコとタケシ

日曜昼下がりの地下
季節はずれの花
日常と非日常の間で
音楽と朗読がこっそりたゆたう
マユルカの音楽
西田夏奈子の声とヴァイオリン
カワグチタケシのポエトリーリーディング
90分のスペシャルライブです

2019年9月22日(日)
14:00open 14:30start
2000円 +DRINK ORDER

池ノ上ボブテイル
世田谷区代沢2-45-9 飛田ビルB1
https://ikenouebobtail.jimdo.com/
※ライブ終了後は通常カフェ営業になります。
   
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2019年8月14日水曜日

田園の守り人たち

にわか雨の真夏日。神保町岩波ホールグザヴィエ・ボーヴォア監督作品『田園の守り人たち』を鑑賞しました。

ガスマスクを装着したドイツ兵の夥しい死体が戦闘後の湿地帯に転がる俯瞰ショットで映画は幕を開ける。

1915年、第一次世界大戦下の北フランスの農村。寡婦オルタンス(ナタリー・バイ)の二人の息子コンスタンス(ニコラ・ジロー)とジョルジュ(シリル・デクール)、娘ソランジュ(ローラ・スメット)の夫クロヴィス(オリビエ・ラブルダン)は西部戦線に出征中。母娘で守る広大な小麦畑に期間契約で雇われた20歳のフランシーヌ(イリス・ブリー)がやってくる。

男たちは立ち替わり自宅に帰り、ひとときの休暇を過ごす。長男コンスタンスは小学校教師。ひさしぶりの訪れた勤務先で女性同僚教師が児童に朗唱させる「ドイツ野郎」を罵倒する詩に表情を曇らせる。次男ジョルジュは戦場に戻ってからもフランシーヌと文通で愛を深める。娘婿クロヴィスはどこか横暴な性格に変わってしまった。

女たちも不安定な感情を抱えきれないでいる。ソランジュはアメリカ兵に抱かれ、オルタンスは心から信頼していたフランシーヌを子供たちと家族の名誉のために切り捨てる。悲劇が重なるが、それでも種子は蒔かれ、麦の穂が刈り取られる。

フランス陸軍の空色の制服、女たちのインディゴ染めの野良着のブルーが美しい田園風景のなかでとてもよく映えます。

音楽は先頃亡くなったミシェル・ルグラン。『シェルブールの雨傘』のように映画全編を覆うものではなく、フランシーヌの運命の節目節目にポイントを絞って甘美な旋律と魅惑のオーケストレーションが寄り添う、ミニマルながら非常に効果的な扱いです。


2019年7月28日日曜日

天気の子

遅い梅雨明け。TOHOシネマズ日比谷新海誠監督作品『天気の子』を観ました。

さるびあ丸に乗って神津島から竹芝桟橋に向かう道中、16歳の帆高(醍醐虎汰朗)は豪雨の甲板で足を滑らせ、須賀圭介(小栗旬)に助けられる。何週間も雨が降り止まない東京新宿。泊まるところもなく過ごすマクドナルドで夜勤バイト陽菜(森七菜)と出会う。陽菜は祈ることで晴れ間を呼ぶ100%の晴れ女だという。

須賀は『ムー』に寄稿するうさんくさいサイエンスライター。その事務所に居候することになった帆高は陽菜と弟の凪(吉柳咲良)とともにネットで晴れ女の派遣業を起業する。

故郷から、風俗斡旋業の男たちから、警察から、現実から、主人公帆高は映画の冒頭から終盤まで追われ、逃げ続けます。その一方で、晴天が人の気持ちをポジティブにすることに気づき、雨ばかりの都市に一筋の晴れ間を提供することにいっとき喜びを見いだすものの、世界をより良くすることよりも、愛するひとりの少女を救うことを選ぶ。

そしてその選択が世界に雨を降らせ続け、東京の大半を海に沈めたことに責任を感じている。「気にすんなよ、青年。世界なんてもともと狂ってんだから」という須賀の科白が、夢や理想を求めるのではなく、現実を甘んじて受け入れる、諦観とも言える、現在の日本の保守的な空気を映し出していると思いました。

成層圏からドローンで空撮しているようなスーパーダイナミックな俯瞰とそこから大気を滑り落ちるアニメーション描写は最高にスリリング。声優陣では本田翼の新たな魅力を発見。小栗旬(左利き)の声の響きの心地良さ。またRADWIMPSの楽曲にフィーチャーされた三浦透子さんの歌声はとても素敵です。


2019年7月27日土曜日

フィクショネス詩の教室 @tag cafe 2019

台風8号の進路は首都圏を逸れましたが、その名残りのひどい湿気と熱気が下北沢南口商店街の緩い下り坂に溜まって、ゆっくり歩くだけでもじわじわ汗ばんできます。

下北沢の書店フィクショネスで2000年に始まり、2014年7月に閉店するまで14年半続いた詩の教室で講師をしていました。いつも熱心に参加してくれていた杵渕里香さんが毎年7月にフィクショネス跡地に隣接したカフェで詩の教室を企画してくださって、今年が5回目。

以前は僕がひとりの詩人を取り上げて、作品とその技法を紹介していました。現在の開催方式になってからは、参加者みんなで好きな詩を持ち寄って、その魅力をシェアしています。

ボブ・ディランラモーナへ
   〃   「サブタレニアン・ホームシック・ブルース
ドン・マーキス蛾のレッスン
ポーラ・ミーハン「ホウスの丘で」「At Dublin Zoo
井戸川射子「母国」
ジュテーム北村「夏」
電通戦略十訓
石原吉郎いちごつぶしのうた
芦田みのり「国立科学博物館」
黒瀬勝巳「ラムネの日」
谷川俊太郎「昔はどこへ」

今回は翻訳作品が多かったり、ジュテーム北村氏の自作詩の一節にボブ・ディランが引用されていたり、複数の紹介作品に人名の固有名詞や妊婦のイメージがあったり、他にもいくつも偶然の符合があって、連句のような趣きも感じられます。

詩の読み方はさまざまで唯一の正解は存在しない。各々の経験と思考に基づく解釈を知ることは刺激的で楽しいことです。今回初めて知った黒瀬勝巳(1945~1981)の作品は本当に素晴らしいと思いました。

僕が一応進行役を務めてはいますが、以前の講師と受講者という立場ではなく、参加者全員がフラットに自分のペースで臆することなく意見交換できるようになってきて、フィクショネスの閉店から時を経たこともありますが、やはりその後5年続けてきた成果なのではないでしょうか。

杵渕さん、参加者のみなさん、tag cafeさん、ありがとうございました。是非また来年お会いしましょう!

 

2019年7月15日月曜日

きみと、波にのれたら

海の日に海辺の映画館で海が舞台の映画を観る。ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場湯浅政明監督作品『きみと、波にのれたら』を鑑賞しました。

海洋学部へ入学し南房総の海辺でひとり暮らしを始めたサーファーのひな子(声:川栄李奈)。引っ越したばかりのマンションに違法な花火が飛び火して火事になり、クレーン車で助けに来た消防士の雛罌粟港(片寄涼太)と恋に落ちるが、港は非番時の海難救助で命を落としてしまう。

湯浅監督のアニメーションは透明感や立体感よりも平板な色彩の重なりとデフォルメされた透視遠近法が特徴で、浮世絵のようなテクスチュアが持ち味だと思います。『夜は短し歩けよ乙女』では、原作の持つ京都という限定された空気感のなかで最大限発揮されていました。

もうひとつは水の表現に非常に長けていることで、今作では前作『夜明け告げるルーの歌』を更に推し進めた格好で、膨大な水量も小さな水滴も降り積もり溶ける雪の結晶も自在にコントロールしています。

死んだ恋人のゴーストが主人公のピンチを救い、その依存から脱却する成長譚は少なくない。本作では、ひな子が水(海でも水筒でも水洗トイレでもいい)に向かって特定のメロディを歌うことによってゴーストが召喚される。

その曲がふたりがはじめてドライブしたときにカーラジオから流れてきたGENERATIONS from EXILE TRIBEの新曲 "Brand New Story"。港役の片寄涼太センター曲なので、タイアップ的な意味合いが強いのだと思いますが、曲調が軽快過ぎて。もしもこれが、"Danny Boy" だったら、"I Loves You, Porgy" だったら、"The Rose" だったら、と思いました。

主人公ひな子の声を演じた川栄李奈さんはAKB48の卒業生では一番成功しているのではないでしょうか。ここでも高いクオリティを見せています。港とふたりで "Brand New Story" を歌うシーンのサビ前の「That's right!」で笑いを堪えきれないお芝居は最高にチャーミングです。


2019年7月14日日曜日

ノラバー2周年

長梅雨。西武新宿線西武柳沢駅徒歩数分。出演者として、オーディエンスとして、喫茶店の客として、いつも大変お世話になっているノラバーさんの開店2周年のお祝いに行きました。

ノラバーの通常営業ライブは11名限定ですが、昨年の1周年と同じく今日は無制限。17時のライブ開演の5分前に着くと、既に20名近いお客様でぎっしり。赤いカウンターテーブルにはおなじみのお料理が大皿でどっさり。飲み放題食べ放題です。

真っ赤なサテンのドレスの橋本安以さん(ヴァイオリン、弦楽アレンジ)、乱反射するおびただしいパーツを纏ったエビ子・ヌーベルバーグさん(ヴァイオリン、ボーカル)、店主ノラオンナさん(声とウクレレ)の3人がカウンターの内側に並び、ノラさんのオリジナル曲「少しおとなになりなさい」から演奏が始まりました。

4月21日の「ノラオンナ53ミーティング~ めばえのぬりえ~」の1部と同じ編成ですが、吉祥寺スターパインズカフェのゴージャスな音響とは対照的に、至近距離で鳴らされる生音がくっきりとした遠近感をもってダイレクトに届きます。ノラさんのスタンダードな旋律に安以さんの清潔であたたかな弦楽が彩りを添える。

大箱の特別なワンマンライブでスペシャルな編成をするミュージシャンは多いですが、一度きりだからいい、と、もう一回聴きたいな、の両面がありますよね。再現性という意味でノラさんのサービス精神を感じ、またそれは大皿に盛られたお料理にも共通しているように思えます。

更に、お客さんで来ていた水ゐ涼さんがリリカルなピアノを即興で重ね2曲のカバー「赤いスイートピー」のエビ子さんのコーラスワーク、「夢で逢えたら」では4声のハーモニーで魅了しました。

終盤は「流れ星」「やさしいひと」「めばえ」の流れで珠玉のメロディを惜しげもなく。アンコールは「メキシコ」の歌詞を「ヤギサワ」とご当地ソングに替えて盛り上げます。

リスニング環境として、尋常ならざる「近さ」をどう味方につけるのか、というのは僕自身がノラバーでライブをするときにも試行錯誤し、また最も面白みを感じるところですが、その近さを気にせず、逆に近いが故に、音楽を純粋に楽しめた。ということが今日一番の収穫でした。


2019年7月6日土曜日

海獣の子供

梅雨冷えの曇り空。ヒューマントラストシネマ渋谷で、STUDIO 4℃制作、渡辺歩監督作品『海獣の子供』を観ました。

江ノ電沿線に母親(声:蒼井優)と暮らす中学2年の琉花(芦田愛菜)は、身長こそ低いが俊敏性と跳躍力のあるハンドボール部のゴールゲッター。夏休み初日の練習試合中に足を掛けたチームメイトに対しシュート時に顔面肘打ちで報復し、顧問(渡辺徹)から部活に出ることを禁じられる。

制服のまま向かった別居中の父(稲垣吾郎)が務める水族館のバックヤードで、ジュゴンに育てられ10年間前にフィリピン沖で保護されたという少年、海(石橋陽彩)に出会う。

ひと夏のガール・ミーツ・ボーイが隕石の落下を経て、あやゆる海の生き物たちを統べる「祭り」へ、そして壮大な宇宙誕生譚へ回帰する物語。その後半の難解さを否定的に捉えるか、映像美を讃えるかで評価が二分しているという印象です。実際に上映後に「環境映像だったわ」と言うヲタクの声も聞きました。

確かに、アニメーション表現は緻密且つ精妙で、実写に寄せたリアリズムというよりもアニメーションならではの描写を試み、その多くは成功しています。セメントの防波堤に容赦なく降り注ぐ真夏の陽光、水族館の水槽の分厚いガラス越しに泳ぐ魚たち、夕立に打たれ肌に張り付く制服のシャツなど、特に映画前半の地上場面を丁寧に描いたことが、後半の海中、宇宙のダイナミズムに説得力を加えているように感じます。

鉄コン筋クリート』(2006)『ハーモニー』(2015)でも最先端の作画を提示したSTUDIO 4℃が今作でもいい仕事をしている。久石譲のスコアも米津玄師エンディングテーマも見事な出来。

ストーリーに関しては『2001年宇宙の旅』や『地球交響曲』と比較する向きもありますが、僕は『ツリー・オブ・ライフ』『クラウドアトラス』の系譜かな、と思いました。「虫も動物も光るものはみんな、見つけてほしくて光っているんだ」「風はあらゆる海の記憶を孕んでいる。それを私たちは詩や歌にしてきた」科白が大変詩的なのと、琉花が海に惹かれた過程が説明不足、海という名前と一般名詞の海が紛らわしいのですが、難解さって案外そんなことなのかも。

そして何よりも特筆すべきは芦田愛菜です。広瀬すず上白石萌音も上手だとは思いますが、俳優本人の顔がどこか現れてしまう。その点、芦田愛菜は完全に役に同化しており、琉花の声しか聞こえてこない。朝ドラ『まんぷく』では神々しいまでの母性を感じさせるナレーションをしていましたが、ここでもその天才性を遺憾なく発揮しています。

 

2019年6月16日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

梅雨の晴れ間、月齢14日、大潮の前日。西武柳沢ノラバーで日曜生うたコンサート、カワグチタケシ2019年雨季のバースデー朗読ワンマンライブが開催されました。

ご来場の皆様、店主ノラオンナさん、ありがとうございました。

前回こちらのお店で朗読したのは昨年11月25日。いつも18時開演なのですが、道路に面した大きな窓のすりガラスの明るさに季節のうつろいを感じます。

 1. 言葉と行為のあいだには(長田弘
 2. 雨期と雨のある風景
 3.
 4. ガーデニアCo.
 5. 離島/地下鉄を歩く
 6. 都市計画/楽園
 7. チョコレートにとって基本的なこと
 8. 無重力ラボラトリー
 9. 星月夜
10. ボイジャー計画
11. バースデー・ソング
12. スターズ&ストライプス
13. 永遠の翌日
14. 11月の話をしよう(新作)
15. 新しい感情
16. We Could Send LettersAztec Camera

以上16篇を朗読しました。54歳の誕生日当日ということで、僕が生まれた1965年の詩作品から故長田弘氏の「言葉と行為のあいだには」。音韻が信じられないほど美しい。また梅雨入りした昨今を意識したセットリストを組みました。

ご来場様限定特典として制作した『カワグチタケシ句集2005~2011』には主にフィクショネス句会のために作った俳句を144句を収録しました。同時期に書いていた詩には直接間接に自作の俳句の影響が強い。

たとえば「ガーデニアCo.」は「ぬくい雨とつめたい雨が交互に降り」「六月とJUNEの間の青い淵」「夏花の残像白く夜の庭」という3句、「」は「人の手の届かぬ先に飛ぶ灯火」「蛍火を待ち分け入りぬ森の声」の2句、「チョコレートにとって基本的なこと」は「冬の声が海底をくぐって届く」、「星月夜」は「草を分け少女兵士泣く星月夜」という句をそれぞれ下敷きにしています。

客席の年代も幅広くて豪華。なかには小学校3年生からの同級生も! 夏らしくさっぱり味付けられたノラバー弁当も美味しく。サプライズのケーキまでいただいて、夜更けまでにぎやかに。

半年前、バースデーライブに決めたのは自分なのに、もう祝ってもらうような歳じゃないし、あざとさ満載だなあ、と後悔しかけた瞬間もありましたが、みなさまのおかげで大変楽しく過ごすことができ、やってよかったと思います。どうもありがとうございます。



2019年6月8日土曜日

BOOKWORM at Viscum Flower Studio

梅雨入り2日目。都営地下鉄大江戸線で蔵前まで。隅田川を厩橋で渡った対岸は墨田区本所。Viscum Flower Studio は春日通り沿いに建つ古い家屋をリノベーションしたビルの2階にあります。

フローリングの床に低いベンチとパイプ椅子がいくつか並べられ、21年目に入ったBOOKWORMが始まりました。

高田馬場Ben's Cafeをはじめ、1997~98年当時の東京で同時多発的にたくさんのオープンマイクが生まれました。その多くは自作の詩の朗読でしたが、現在も唯一継続しているBOOKWORMは「好きなことについて語る」というコンセプトで自作詩の発表は少数派。最近読んだ本、今朝のニュース、友達や家族との会話、体験したり見聞きした出来事。それらがひとりひとり異なる声と語り口に乗せて手渡され、皆が聞き耳を立てる。

この日は15人の話を聞きました。なかでも印象に残ったのは、芥川賞作家滝口悠生さんの日記ワークショップのお話。日記とは出来事の記録。でもそれだけではなく、その場にはないが思ったことも書き綴ろう、というもの。1日の時間のほとんどはその日その場所以外のことを思っている。それも今日の出来事には違いない。

写真家飯坂大さんは毎年1か月以上ネパールで過ごし、数年かけてグレート・ヒマラヤ・トレイルを踏破しながら、村人たちの暮らしを記録しています。

と革高見澤篤さんはジビエクラフトのアーティスト。ある日、北海道の猟師さんから送られてきた荷物に入っていた熊の手を見て、害獣と人間に呼ばれる動物たちの皮革で製品を作ってみようと思い立つ。野生の鹿や熊、猪の革は傷や穴があるので日本人には好まれないが海外に販路を広げている。

それぞれが異なる立場でそれぞれ違う話をするのに、なぜかキーワードめいたものが生まれるのもBOOKWORMの特徴です。この日は「余白」とみんな感じていたと思います。

僕は西崎憲さんの『全ロック史』(人文書院)を紹介し、この本には書かれなかった(正史からはみ出た)けれど、僕の偏愛するいくつかのバンドやミュージシャンの話を聞いてもらいました。

会場のViscumは宿り木の意。全員で河内音頭の動画音声に合わせて盆踊りのレクチャーを受けたり、にぎやかで時々厳かで楽しい数時間を過ごしました。主催の山﨑円城さん(画像左)、Viscumのオーナー岡本俊英さん(画像中央)、いつも握手であたたかく迎えてくれる遠藤コージさん板井龍くん(左利き)他、会場で出会ったみなさん、どうもありがとうございました。


2019年6月1日土曜日

ベン・イズ・バック

ザ・ファースト・デイ・オブ・ジューン。日比谷TOHOシネマズシャンテピーター・ヘッジズ監督作品『ベン・イズ・バック』を観ました。

舞台はiPhoneと電子タバコが存在する現代の米国中西部郊外の住宅地。うっすらと雪の積もっている。ページェントのリハーサルを終えた子供たちを車に乗せて帰宅したホリー・バーンズ(ジュリア・ロバーツ)を待っていたのは、ドラッグの過剰摂取で倒れ、薬物依存更生施設に入所していた長男ベン(ルーカス・ヘッジズ)だった。

幼い異父妹弟は喜びはしゃぐが、継父ニール(コートニー・B・ヴァンス)と聖歌隊のセンターを務める実妹アイヴィ(キャスリン・ニュートン)はベンの自宅滞在に反対する。母ホリーは1日だけと限定し、その場で尿検査を受けさせる。

MYライフタイムベストムービーの1本に挙げてもいい『ギルバート・グレイプ』の原作者で脚本家のピーター・ヘッジズが監督。クリスマスイブとクリスマスの24時間を描く。非常にタイトでサスペンスフルなツイストがあり、説明的なカットやナレーションを排し、音楽も最小限で効果的。ジュリア・ロバーツ(左利き)とルーカス・ヘッジズのお芝居も非の打ちどころがないです。

薬物依存者がドラッグディーラーにもなり、友人や恋人を依存症に引きずり込んでしまう。当人が更生を望んでも、彼のせいで亡くなったり、苦しんでいる人が存在する。この視点には本作で気づかされました。ベンの依存症の発端は興味本位ではなく、怪我の治療のために処方された鎮痛剤だったため、母親は外科医を憎んでいるが、老医は認知症でその事実を忘れてしまっている。

そして、母親と息子の距離感が心身ともに近いなあ、いまどきの男の子ってお母さん大好きだよなあ、と感じました。僕自身はおばあちゃん子だったこともあり、同世代の友人たちと比較しても母親との関係性が超ドライなためその点に関して共感の度合いは薄いのですが、良く締まった素晴らしい作品であることは間違いない。教会で "O Holy Night" を歌う妹アイヴィのアルトが大変美しいです。


2019年5月19日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

初夏ですね。寒くもなく暑くもない、野外で過ごすのに気持の良い季節です。意味もなく遠回りして帰りたくなります。

次の満月と大潮の前日、6/16(日)和菓子の日に西東京市保谷町(最寄駅は西武柳沢)のノラバーさんで、完全予約制先着11名様限定のお食事付ワンマンライブを開催します。只今ご予約受付中。僕の54歳の誕生日当日です。祝いにいらしていただけたら幸いでございます!


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ノラバー日曜生うたコンサート

出演:カワグチタケシ
日時:2019年6月16日(日) 17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:ノラバー 
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
   ○吉祥寺からバスもあります。
料金:4,500円
   ●ライブチャージ
   ●6種のおかずと味噌汁のノラバー弁当
   ●ハイボール飲み放題(ソフトドリンクもあります)
   ●スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。
   
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銀座のノラの物語アサガヤノラの物語でお世話になり、超リスペクトするミュージシャンのノラオンナさんのお店ノラバーは今年7月で2周年を迎えます。こちらには昨年11月以来の4度目、銀ノラ、アサノラと通算すると12回目の出演です。

西武柳沢? どこそれ遠そう、ってお思いの方、高田馬場から約20分です。うちからだと阿佐ヶ谷まで行くのと10分しか変わりません。

恒例のご来場者全員プレゼントは、ノラバー限定カワグチタケシ『カワグチタケシ句集2005~2011』です。あまり発表はしていないのですが実は俳句も書いておりまして、ピースの又吉直樹さんに『すばる』誌上で拙句を選んでいただきました(興味のある方は書店で集英社文庫『芸人と俳人』P.214を立ち読みしてください)。その記念ということで、いままで作った俳句を自選して一冊にしたものです。

そしてお料理は必ずご満足いただけるクオリティ。ノラバー弁当は季節ごとの素敵なメニューをノラさんが考えてくださいます。

*銀ノラ、アサノラより1人増えた先着11名様限定の完全予約制です。
 ご予約は rxf13553@nifty.com まで。お名前、人数、お電話番号を
 お知らせください。お席に限りがございます。どうぞお早目に!



2019年5月14日火曜日

ルート・ブリュック 蝶の軌跡

小雨降る火曜日の夕方、日比谷から東京メトロの地下コンコースを歩いて大手町まで。東京ステーションギャラリーで開催中のルート・ブリュック展『蝶の軌跡』を鑑賞しました。

ルート・ブリュック(1916-1999)はフィンランドとオーストリアのミックス。スウェーデンで生まれフィンランドの首都ヘルシンキ郊外アラビア地区にある名窯アラビア製陶所内に1932年に設立された美術部門(Art Department)で活躍した作家です。

展覧会ポスターに使われている「ライオンに化けたロバ」を見ると、モード・ルイス風なフォークアートの愛らしいイメージですが、生涯を通じて制作した膨大な作品群、特に1960年代後半、50歳代以降のものは緻密な計算と直感と偏執が混在する「芸術作品」としか呼びようのないものです。

それ以前の作品はいわゆる「用の美」であり、1枚の皿や灰皿やレリーフとしてチャーミングに完結していました。1959年作の「都市」がひとつの契機となり、多数のタイルのパーツを組み立てて作品を構成する手法に変わります。インド旅行を経て1969年に発表した「黄金の深淵」で抽象表現を獲得し、より微細で構築的に転換する過程で「用途」から自由になり、最後にはタイルの凹凸による陰影だけが残る。

1978年の「泥炭地の湖」の底知れぬ深みと水面の滑らかで暗い光沢、1979年の小品「忘れな草」白と水色のグロスとマットだけで構成された可憐なミニマリズム。1960年代後期の多色ながらシンプルなブロックチェックによるテキスタイル作品に惹かれました。

東京駅の赤茶けた古い日干し煉瓦の壁の乾いた質感としっとりしたタイル作品のマッチングとコントラストも良かったです。

 

2019年5月5日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ③

子供の日は晴天。午後から東京国際フォーラムへ。ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019「Carnets de voyage―ボヤージュ 旅から生まれた音楽」。大変な賑わいです。3日目の最終日は2公演を鑑賞しました。

■公演番号:322
シルクロード
ホールB7(アレクサンドラ・ダヴィッド・ネール)11:30~12:15
カンティクム・ノーヴム(地中海沿岸の伝統楽器アンサンブル)
小濱明人(尺八)、山本亜美(箏)、小山豊(津軽三味線)、姜建華(二胡)
アルフォンソ10世奇跡を讃える歌
カンテミール朝のそよ風が


一昨日聴いた「"Paz, Salam et Shalom" ~平和~ パス・サローム・シャローム」のメンバー9人に和楽器3と二胡を加えた13名編成で、13世紀のスペインを発し、バルカン半島、オスマントルコ、中国を経て、日本へ。時空を超えた音楽の旅。スコアに基づく緻密な構築美で魅せた "Paz, Salam et Shalom" とは異なり(おそらく)アドリブ含みのアゲ系なインタープレイ。西洋の伝統楽器の中にあって、尺八と二胡が常に主張してくる。コブシ強い。どこにも嵌らない雅楽「遊聲」の異物感もすごかったです。エンディングは「こきりこ節」で高揚しました。

■公演番号:364
G409(ラ・ペルーズ)15:15~16:00
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
ブラームスヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 op.100
モーツァルト「泉のほとりで」の主題による6つの変奏曲 ト単調 K.360
ドヴォルザークヴァイオリンとピアノのためのソナチネ B.183

梁美沙さんも初日に引き続き。こちらは小編成で。ブラームスの第2番は数多あるヴァイオリンソナタのなかでも1、2を争う好きな曲。それを好きなヴァイオリニストで聴けるということだけでもう満足です。昨年も共演し、モーツァルトのCDも一緒に録音しているジョナス・ヴィトー氏とも息の合った演奏で、美沙さんもエレガントに躍動していました。

今年も3日間の音楽の休日を堪能しました。スタッフとボランティアのみなさんには毎年感謝しています。いつか恩返しができたらいいな、と思います。

東京の正式発表はまだですが、本家ナントの2020年のテーマは生誕250周年のベートーヴェンとのこと。ピアノソナタ32曲、弦楽四重奏16曲、全制覇とか無茶してみたいです。

 

2019年5月4日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ②

国民の祝日は薄曇り。東京メトロに乗って有楽町東京国際フォーラムへ。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019、2日目の今日は有料プログラムを1公演だけ聴きました。

■公演番号:263
G409(ラ・ペルーズ)13:30~14:15
フローベルガー:パルティータ第27番 ホ短調から アルマンド 荒れ狂うライン川を小舟で渡りながら


昨夜と同じ部屋で同じ演奏家マリー=アンジュ・グッチの別プログラム(一部重複楽曲あり)を聴きました。冒頭のスクリャービンから圧倒的な質量の演奏でした。言葉で表現すると抽象的になってしまいますが、音楽の芯を捉えて空間を満たすことができる才能を持っていると感じます。アンコールで弾いたサン=サーンスの「6つのエチュード op.111」から「ラス・パルマスの鐘」が特に美しかったです。

眼鏡も髪型も衣装も靴も昨年見たときと同じものを身につけています。これはスティーブ・ジョブスがかつて言っていたのと同じように、自身の有限なリソースをピアノ以外のことに割きたくないということか。それぐらい打ち込まなければ、あの若さでこのクオリティは出せないのでしょう。

 

2019年5月3日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2019 ①

憲法記念日は五月晴れ。毎年5月の連休に開催されるクラシック音楽フェス「ラ・フォル・ジュルネ」。昨年は有楽町東京国際フォーラムと池袋東京芸術劇場の二会場を東京メトロ有楽町線で行ったり来たりしながら楽しみました。

今年は東京国際フォーラムに会場が絞られ、「Carnets de voyage―ボヤージュ 旅から生まれた音楽」のテーマのもとに各ホールには航海家、探検家、冒険家の名前がつけられています。

5/3~5/5の3日間で有料プログラムを7つ。初日は4公演を聴きました。

■公演番号:122
"Paz, Salam et Shalom" ~平和~ パス・サローム・シャローム
空の星たち(セファルディム=スペイン系ユダヤ人によるアレクサンドリアの音楽)


昨年のLFJで初めて聴いて印象に残った古楽/伝統器楽のアンサンブルです。前回は12名編成でしたが、今年は打楽器1、弦楽器4、木管2、声楽2の9人編成。ヨーロッパとアジアの文化境界。ニッケルハルパカヌーンのビジュアル的な面白さもありますが、Ismail Mesbahi氏が4サイズのフレームドラムとジャンベで刻む超タイトなビートとショートカット美女Nolwenn Le Guernヴィエール(チェロの先駆形)の通奏低音の現代的な音響がこのアンサンブルの肝だと思います。

■公演番号:144
幻想の旅 ~チュニジアの砂漠とスコットランドの風景
ホールC(マルコ・ポーロ)15:00~15:55
梁美沙(ヴァイオリン)
ブルッフスコットランド幻想曲 op.46

パリで活躍中の在日コリアン梁美沙さんの演奏も毎年楽しみにしています。フロレンツは20世紀フランスの作曲家。「クザル・ギラーヌ」は本邦初演とのこと。砂漠というよりも僕には熱帯雨林の夕暮れから夜明けみたいに聞こえました。梁美沙さんのブルッフは昨年も同じプログラムを聴きましたが、弱音の美しさと安定感には更に磨きがかかっていました。技術も確かで、あとはオケに負けない音量だけなのですが、そこを強化することで彼女の音楽の一番の美点が損なわれてしまうのではないか、という贅沢な杞憂もあります。

■公演番号:146
北欧人が南国の旅で見たもの
ホールC(マルコ・ポーロ)18:45~19:30
廖國敏(リオ・クォクマン)指揮 ウラル・フィルハーモニー・ユース管弦楽団
シベリウス交響曲第2番 ニ長調 op.43

公演番号144と同じ指揮者とオケでシベリウスを。さざなみのような可憐な主題で始まる第2番はフィンランドの短い夏を惜しむ曲と思っていたのですが、イタリアで書かれたものだったんですね。どうりでフィナーレがくどい。ウラル・フィルハーモニー・ユースはユースだけにみな若くて男子も女子も可愛い(一部オーバーエイジ枠あり)。144と同じく体調不良で欠場したエンヘの代役リオ・クォクマンが若いオーケストラの瑞々しい勢いを短期間でよく引き出していました。

■公演番号:167
G409(ラ・ペルーズ)20:30~21:15
ラヴェル:「鏡」から 海辺の小舟

昨年鮮烈な日本デビューを飾った気鋭の21歳です。ダイナミズムと透明感溢れる美しい音色を超ハイレベルで兼ね備えている。今夜のプログラムではリストの「エステ荘の噴水」が特に素晴らしかった。ラヴェルもそうですが、明るい陽光を反射して弾けるおびただしい水滴がそのまま音符になったように見える。実際には聴こえているのですが、見える、と錯覚してしまうような演奏。150席の小さな会場の最後列に白いニットの普段着姿の梁美沙さんがいて、終演後楽屋に入って行きました。
 
 

2019年4月28日日曜日

ビル・エヴァンス タイム・リメンバード

4月最後の日曜日の肌寒い朝、アップリンク渋谷で、ブルース・スピーゲル監督作品『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』を観ました。

ジャズ界きっての眼鏡のイケメンピアニスト(左利き)ビル・エヴァンス(1929~1980)の生涯を、本人の演奏とインタビュー音声、近親者や共演者のインタビューで構成したドキュメンタリー映画です。

米国東海岸ニュージャージー州プレインフィールドでストラヴィンスキーを愛好した幼少期、ぽっちゃりで陽気な兄ハリーと共に笑う家族写真。大学で楽理を教わった恩師。朝鮮戦争期に徴兵されたが前線には出ず音楽部隊でピアノを弾いていた。

退役後NYに出る。月75ドルの安アパートに住み、週3回ブルックリンでピアノを弾いて稼ぎが55ドル、1stアルバムは800枚のセールスで惨敗、という短い下積みを経て、マイルス・デイヴィスのコンボに抜擢され大ブレイク。この頃からヘロインの常習が問題視されるようになった。自身のトリオのベーシスト、25歳のスコット・ラファロの突然の交通事故死が大きなきっかけとなりドラッグの沼にはまっていく。

しかしその生涯に発表した音楽はどれも優雅で穏やかで耽美でヘヴンリィな響きを持ち、現在も多くの人々に愛されています。映画の中で紹介される楽曲では"Peace Piece" のミニマリズムが殊更に美しい。

更生施設に入り一度は止めたヘロイン。次にコカインに手を染めたのは、自らが捨てた内縁の妻エレインと統合失調症を患った兄ハリーの相次ぐ自殺が一因だった。そしてビル自身も薬物依存の治療のため病院に向かう車の中で大量吐血します。死を看取った最後の恋人ローリー・ヴェコミンが言う「私は救われた気分で幸福だった。だってビルの苦しみが終わったんだもの」。

凄惨を極める後半生のエピソードに重なるスナップショットはどれもアメリカの裕福な白人家庭の光溢れる幸福な風景で、そのギャップが人生の過酷さをより浮き彫りにする。

晩年のポール・モチアン(Dr)のインタビューの尺が最も長く、ラメの入ったボストン眼鏡と共にインパクトが強いです。可憐な名曲「ワルツ・フォー・デビィ」のモデルになった幼い姪デビィ・エヴァンスも大人になった現在の姿で登場します。


2019年4月21日日曜日

ノラオンナ53ミーティング~ めばえのぬりえ~

晴天の日曜日、吉祥寺STAR PINE'S CAFEへ。ノラオンナ53ミーティング ~めばえのぬりえ~ NORAONNA NEW ALBUM「めばえ」リリースライブ にお邪魔しました。

2004年4月21日はノラオンナさんが 1st ミニアルバム『少しおとなになりなさい』でデビューした記念すべき日。それから毎年同じ日にワンマンライブを行い、50歳になった2016年に会場をMANDA-LA2からSTAR PINE'S CAFEに移しています。

1部は斉藤由貴の「卒業」のカバーから。名曲に自分の曲が負けたくないという思いから以前はカバーに積極ではなかったが、キャリアを重ねるごとにその拘りも解けた、という。橋本安以さんHAM)、エビ子・ヌーベルバーグさん、2棹のヴァイオリンが間奏から加わります。

2曲目はデビュー盤の表題曲「少しおとなになりなさい」。リラックスしたMCを挟みながらカバーとオリジナルが交互に進む前半。ノラさんの音楽の確かな骨格が輪郭線となり、安以さんの弦楽アレンジがあたたかく爽やかな春の色彩を添える。オリジナル曲「こくはく」のメインボーカルはエビ子さん。「さくら」のラップパートのアンニュイな表現の意外性。「Baby Portable Rock」「夢で逢えたら」の3声のハーモニーも大層チャーミングでした。

2部はノラさんひとりで昨年11月リリースの最新盤『めばえ』全16曲をノンストップで演奏する濃密な50分。1部のガールズパーティといった趣きからがらりと空気を変え、会場は深夜の雰囲気に。『めばえ』は珠玉の短編集。ピンク・フロイドの『狂気』やザ・ビートルズの『アビー・ロード』B面のような作りのコンセプトアルバムと言ってもいいと思います。個々の楽曲が独立した美しい旋律を持ちながら、ひとつの主題を中心に有機的に連鎖し、アルバム全体として大きな流れを形成している。それを声とテナーウクレレだけで作り上げた冒険作です。

ブルージィだったり、ジャジィだったり、ホーリィだったり、時にコミカルに、またウクレレを激しくかき鳴らしたり。いわゆる一般的な美声とは異なるのですが、ベルエポック時代のシャンソン黎明期を想起させるようなソウルフルな歌唱。わかりやすくポジティブなメッセージがあるわけではないのにも関わらず、一周して人生賛歌になっている。

『めばえ』を歌い終えたあと、ノラバーの壁時計の秒針の響きとともに、ステージにも客席にも深い余韻が残る夜でした。

ノラオンナ50ミーティングのフライヤー制作と来場者特典の冊子『詞集 君へ』の装幀・製本に続き、今回は会場BGMの制作を担当させていただきました。現在レコーディングされているノラさんの64曲のオリジナル曲のうち『めばえ』収録曲を除く48曲。約4時間の音源を2時間15分にMIXしました。どの曲にもストーリーがあってカットアップするのは難しかったですが、20年に亘り創造されたひとりの音楽家の作品と向き合うのはとても楽しく発見の多い仕事でした。どうもありがとうございます。