2023年11月29日水曜日

こいびとのみつけかた

いい肉の日。新宿シネマカリテにて前田弘二監督作品『こいびとのみつけかた』を観ました。

予告編が終わり照明が落ちると画面に「これはメロドラマである」の字幕。主人公トワ(倉悠貴)は植木職人見習い。独立系コンビニ(というより何でも屋)のアルバイト園子(芋生悠)に恋をして、自分で妄想した園子のプロファイルをしゃべり続け植木屋の先輩にウザがられている。剪定枝の葉を園子の店の前から道路に並べ、それを辿って園子はトワの元にやって来る。

そして変わり者のふたりは恋仲に。理髪店でもらう古雑誌から切り抜いたニュース記事をいつもポケットに入れ誰かれ構わず読んで聞かせ、空気を読むことをしない社会不適合者の主人公は現実に身近にいたら厄介な存在だと思いますが、演じる倉悠貴の可愛さによって帳消しにされ、純粋で愛すべきキャラクターに転換されています。芋生悠は、昨年放送した初主演ドラマ『あなたはだんだん欲しくなる』の天真爛漫なきらら役と異なり、鬱屈を抱えた園子役も上手に演じている。

トワの誕生日に園子が歌う自作の「つまらない世界」。植木屋大沢(川瀬陽太)、理髪店主(宇野祥平)やその常連の中高年男性たちがトワと園子を受け入れる。ふわふわ優しいファンタジーかと思いきや突如訪れるカタストロフ。これが冒頭の字幕のメロドラマなのか、と考える間もなく、園子の誕生日にトワが作った「おかえりただいま」を歌って、ほんわかと終わります。

TVドラマ『かしましめし』や『わたしの一番最悪なともだち』でもつかみどころのないキャラクターを演じている倉悠貴の魅力が堪能できる本作、歌はお世辞にも上手とは言えませんが、旬の役者の輝きって眩しいなあ、と思わせてくれます。

 

2023年11月23日木曜日

シンデレラガール

勤労感謝の日。新宿K's Cinema緒方貴臣監督作品『シンデレラガール』を観ました。

「私ははじめて見る自分の足の骨を美しいと思った」。高校生の佐々木音羽(伊礼姫奈)は、小学6年生で骨肉腫により右膝下を切除し、その後中学校に入学したが入退院を繰り返し、入院中の卒業式の当日級友たちと担任が病院の屋上でサプライズの卒業証書授与式をした動画がSNSで拡散され話題になったことでティーン誌のモデルになる、という自身の半生を描いた再現VTRを観て覚えた違和感を母親に共有する。翌日の教室で親友の朱里(佐月絵美)は「あれ音羽じゃなくね?」と笑ったが、他のクラスメートたちは感動を伝えてくる。

健常者の俳優が障がい者を演じるTVドラマを健常者の俳優が演じる障がい者が批判的に評するという二重の入れ子構造から映画が始まり、61分という短い上映時間に重層的な問題提起がある。退院後に病院で開かれたハロウィンパーティの帰りに交通事故に遭い左足も失った音羽の今後について、モデル事務所のマネージャー(辻千恵)、看護師(泉マリン)、母親(輝有子)の3人が当人不在の病室で話し合うシーンの緊迫感を、二本の松葉杖と一本の義足で廊下の端から端まで何度も往復する音羽の足音が更に増幅し、3人の女性の立場の狭間で我々観客の感情が激しく揺れます。

長い暗転が多用され、その沈黙は我々に問いかけ、思考を促しているように感じました。そしてなによりラストカットのランウェイで赤いドレスを纏う音羽の透徹した眼差し。重なる不運に対して感情的にならない主人公の強さがその眼に宿っています。緒方監督はこの表情を撮りたくてこの映画を作ったんだろうな、と思いました。主演した17歳の伊礼姫奈さんは『推しが武道館いってくれたら死ぬ』ではコミュ障のアイドル役を好演していましたが、本作で役者としてひとつステージが上がったのではないでしょうか。

 

2023年11月16日木曜日

快進撃バッテリー Vol.09

晩秋。渋谷Club Malcolmにて開催されたIRIS MONDO企画ライブ『快進撃バッテリー Vol.09』に行きました。

地下のフロアに降りるとBOW WOW WOWの "See Jungle! See Jungle! Go Join Your Gang Yeah, City All Over! Go Ape Crazy!" (邦題:ジャングルでファン・ファン・ファン)がかかっている。なるほどマルコム・マクラーレンね。で客電が落ちる。

CUICUIの1曲目は2017年のデビューEP収録の「リツイートする機械」。King CrimsonもしくはDeep PurpleオマージュのイントロからRui Sui Liuさんの重厚なフロアタムを合図にAYUMIBAMBIさんの「リツイート!」で自然と踵が跳ねます。現実世界ではTwitterがXになり、リツイートはリポストになりましたが、電話のダイヤルやポケベルや帝都コンスタンティノープルや営団地下鉄と同じように、失われた名詞が詩の中に生き続け、語り継がれていくのはロマンチックなことだと思います。

新曲 "Chanpeichonpechai" を何と形容したらよいのだろう。ランジャタイの漫才のように底知れぬ闇とキャッチ―が混沌と渦巻く。ひとつ言えることは、とにかく面白い。ERIE-GAGA様(画像)のソングライティングが無双。そしてマキ・エノシマさんジャズマスターが全編にそこはかとないユーモアを添える。

主催のIRIS MONDO は、くるみスカイウォーカーさん(vo)とスーパーさったんさん(Gt)の二人組エレクトロバンド。打ち込みに生ドラムのサポートが加わる。ヴィジュアル系のイディオムに則ったステージングで、どれだけ激しく動いても音程も声量も微塵も揺らがず、直線的でクリアな声質に完璧な滑舌でノイジーなトラックにかき消されないスキルフルなボーカル。

ハイテンポでバキバキなアッパーチューン中心だが、本質は抒情的で、伝えたい気持ちが旋律に収まりきれなくなるとスポークンワーズになる。「Day.1」のリリックや高速フローは不可思議/wonderboyの「銀河鉄道の夜」に対するアンサーのよう。夭逝のポエトリーラッパーの遺産が思わぬところで相続されているのを感じ、うれしくなりました。

 

2023年11月4日土曜日

魔法歌劇アルマギア Episode.0

11月の夏日。北千住シアター1010にて松多壱岱ILCA)脚本演出の舞台『魔法歌劇アルマギア Episode.0』を鑑賞しました。

平和を愛する国イクタルの王女が亡くなり、ティア太田奈緒)とミア高井千帆)の姉妹が新たなディーバとマーギアーに選ばれ王家に迎え入れられた。マーギアーとはディーバの歌声によって覚醒し比類なき戦闘力を得る少女のことだ。

気弱な妹ミアは戦いたくないと言い実戦訓練を嫌うが、姉妹の指導役ケラ・ジュリィ長谷川里桃)の「誰かを傷つけるんじゃなく誰かを守るために闘う。誰かを守るための力、それは優しさ」という言葉に心を動かされる。

隣接するオリジアース帝国は「永久の平和を作るための戦いだ」と主張して、ディーバとマーギアーを軍事目的で育成し、領土を拡大しており、イクタルが次の標的となった。

いわゆる2.5次元ミュージカルを初めて観て、よくできているな、と思いました。この作品は役者もダンサーも全員が女性。芝居、歌、ダンス、殺陣、音響、照明、プロジェクションマッピングと沢山の要素を詰め込んで、娯楽であることに迷いがない。

6人のディーバの中では元こぶしファクトリー浜浦彩乃さん演じるアカネ・パークライドが出演時間は短いものの存在感が光っていました。ひとりだけバディを組むマーギアーを持たず且つ人工的に作られたディーバゆえの孤高の歌声。帝国軍から離反しイクタルに合流するラミノーズ役の反田葉月さんの芯の通った低音も素敵でした。

5人のマーギアーではミア・イクタルの葛藤と成長を演じた高井千帆さん(画像)が素晴らしかったです。歌唱パートの多いディーバと殺陣で活躍するマーギアー。ディーバの歌声をバックグラウンドにしてマーギアーのアクションが展開する。その意味でこの舞台の主役はミアであり、姉ティアはその成長を見守る役に僕には見えました。

冒頭引用した台詞の「大切な家族や故郷を守るための闘い」「戦争を終結させ平和を取り戻すためのマッシブな攻撃」というコンセプトは、そのために失われるひとつひとつの命を思うと、現実社会においてはどうしても同意できない部分があり、あくまでもファンタジー世界の中に留まっていてほしい。闘いを競技として頂点を目指すククル・マイド星守紗凪)や敵兵を倒す快感を知ってゾーンに入るマーブル・ハチェット小山璃奈)のほうがむしろ清々しいです。

 

2023年11月3日金曜日

人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした

11月の夏日。TOHOシネマズ錦糸町オリナス穐山茉由監督作品『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』を観ました。

28歳の青木安希子(深川麻衣)は元アイドル。グループを卒業後は広告代理店に勤めている。出勤中の最寄り駅前でマンホールの蓋にヒールが刺さり転倒、過呼吸を起こした。朝起きられなくなって3か月が経ち、会社を退職する。

高級マンションの前で自撮りしてSNSにアップしていたが、実際は家賃5万円の風呂なしアパート住まい。1本1,000円のウェブ記事は書いていても、貯金残高は10万円。

「寂しいとか寂しくないとかじゃなくて、一人でいると自分のことがわからなくなるじゃん」。心配した高校からの親友で会社経営者のヒカリ(松浦りょう)に紹介されたのは56歳の会社員ササポン(井浦新)とのルームシェアだった。月3万円の部屋代に惹かれ戸建の自宅を訪ねた安希子をササポンは「まあ、適当に」と迎え入れる。

「止まっちゃいけない。走り続けないと自分をディスる自分の声に追いつかれてしまう」、「私は寂しいという妖怪に憑りつかれて奇行を繰り返している気がします」。元SDN48第2期生大木亜希子がウェブメディアDybe!に連載したコラム「赤の他人のおっさんと住む選択をした」を書籍化した原作を元乃木坂46深川麻衣が演じる。自身の承認欲求に振り回され息苦しさを感じている世代の焦燥感やドロップアウトに対する恐怖感、それをある程度受け入れ客観視することで人生を取り戻す過程を描くコメディ映画です。

非常に淡々とした日常を適度な丁寧さで描き、ふたりの主人公の関係性を過剰にハートフルにしない演出に好感が持てます。「まあ、誰でもひとつぐらい才能ってあるんじゃないの」というササポンの安希子に対する距離感が心地よいです。安希子の29歳の誕生日に同級生3人が深夜の橋上で「幸せになりたい!」と叫ぶシーンがいい。深川麻衣のほくろがいい。ドタキャンした有名雑誌編集長を「少しだけ呪われろ」と言う安希子の三白眼がいい。ササポンの過去の傷が意外と普通なのもいい。正直あまり期待せず時間潰しのつもりで映画館に入ったのですが、観てよかったです。

 

2023年11月2日木曜日

Chimin × 佐藤嘉風

11月の夏日。所沢音楽喫茶MOJOで開催されたライブ『Chimin × 佐藤嘉風』に行きました。

まずマイクに向かったのは佐藤嘉風さん。ガットギターの一音一音に神経が行き届いており美しい。Chiminさんとは旧知の仲で、出会いや共にツアーしたエピソードを話しながら、自身がAI美空ひばりに楽曲提供した「あれから」含む7曲を披露しました。Chiminさんの音楽活動復帰を心から歓迎しているのが端々から伝わってきます。

休憩を挟んでステージに上がるChiminさん。2016年6月23日のPoemusica Vol.48以来、7年ぶりにライブ活動を再開すると知ったのが今年8月。それからずっと楽しみにしていました。サポートミュージシャンは加藤エレナさん(key)、二宮純一さん(g)、井上"JUJU"ヒロシさん(fl, sax, per)の3人です。

1曲目は名盤『住処(sumika)』の1曲目でもある「茶の味」。ブルージィなピアノのイントロからChiminさんが歌い始めた途端に鳥肌が立ちました。彼女が音楽活動を休止してあいだも『住処(sumika)』と『流れる』はよく聴いていたのですが、生の歌声に触れて、こんなにもこの声を欲していたのか、と自分に驚く。正確で柔らかく透明。特別な声。静謐で穏やかで力強く温かみがある。

その歌声を聴くと、日常感じる割り切れない思いも、混沌も、懊悩も、きれいに腑分けされてあるべき場所にあるべき姿で収まっていく感覚になります。名前の表記はひらがなからローマ字に変わりましたが、7年というブランクを全く感じさせない美しい歌声です。

「大阪の在日コリアンコミュニティで育って自分のアイデンティティというものを子どもの頃から意識させられることが多かった」と言う。「」は拍を2倍に伸ばして更にゆったりのびやかに。以前より肩の力が抜け何かから解放されたように良い表情で楽しんで歌っている。アンコールでは、Chimin作詞、佐藤嘉風作曲の2008年作品「呼吸する森」をふたりでハモりました。

終演後、Chiminさんとすこしお話しすることができたので、ご自身のペースで構わないのでずっと歌い続けてほしいとお願いしました。2012年の『住処(sumika)』は理想的な高音質で現在に至るまで僕がオーディオディバイスを購入する際にリファレンスとして使用しています。そのことに対する感謝をアレンジャー、プロデューサーである井上 "JUJU" ヒロシさんに直接伝えられたのもうれしかったです。