2024年3月31日日曜日

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章

夏日。ユナイテッドシネマ豊洲黒川智之監督作品『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』を観ました。

8月31日13時25分、東京湾に前触れなく飛来し母艦と名付けられた巨大な未確認飛翔体。駐日米軍が新型兵器で攻撃するが東京上空にとどまり続ける。その目的が示されることはなく、時折小型船が地上近くまで降りてきては迎撃される。侵略者と呼ばれる者たちは小さく弱く攻撃の意図を持たないように見える。

「別に不自然なぐらいさせてください。夢ぐらい見たっていいじゃないですか。明日どうなるのかなんて誰にもわからないんだから」。3年後、都立下蛸井戸高校3年3組の眼鏡っ子小山門出(幾田りら)は担任教師渡良瀬(坂泰斗)に片思いしている。

「人類にとっての本当の脅威は侵略者じゃなくて僕だってことを教えてやる」。幼馴染で同級生のおんたんこと中川凰蘭(あの)はツインテールのエキセントリックなハイテンションガール。

キホちゃん(種崎敦美)はサブカル系男子小比類巻(内山昂輝)に告白して付き合いはじめるが「世界なんでどうなってもいいからもっと私のこと考えて」とすぐに別れてしまう。

得体の知れない脅威が上空を覆っていても、サイゼリヤで放課後をぐだぐだ過ごす日常は続く。それは9.11同時多発テロ、東日本大震災、コロナ禍の空気感の静かに精神を削るあの感じを暗示しているようです。

浦沢直樹の漫勉(Eテレ)浅野いにお回で観たステンレスの灰皿や蚊取線香の缶のデジカメ画像を加工した小型船がそのまま再現されて日常を切り取っている不穏さ。おんたんの兄ひろし(諏訪部順一)の「希望を失わないためにはどうしたらいいと思う? 誰かを守ればいいんだ」と言う台詞がどちらの方向に転ぶのか。作者自身が原作漫画とは異なる結末を書いたという5月公開の後章が楽しみです。

 

2024年3月25日月曜日

COUNT ME IN 魂のリズム

雨上がり。新宿シネマカリテにてマーク・ロー監督作品『COUNT ME IN 魂のリズム』を観ました。

山頂の天文台の白いドームの空撮から映画は始まる。大きなドームの中ではスティーヴン・パーキンスJane's Addiction)のドラム・サークルのセッション。ドラムセット、コンガ、ジャンベ、あらゆる打楽器を叩く誰もが笑顔になる。そしてうねるシンバルのスーパースロー画像から "COUNT ME IN" のタイトルバックへ。

スティーヴン・パーキンス、チャド・スミスRed Hot Chili Peppers)、シンディ・ブラックマン・サンタナSantana / Lenny Kravitz)、ジェス・ボーウェンThe Summer Set)のインタビューとセッションを軸に古今のロックドラマーにフォーカスしたドキュメンタリー映画です。

マックス・ローチバディ・リッチらジャズドラマーがジンジャー・ベイカーCream)に影響を与え、その影響を受けたイアン・ペイスDeep Purple)に影響を受けたニコ・マクブレインIron Maiden)。スチュワート・コープランドThe Police)の落ち着きのない早口はヲタクそのものだし、サマンサ・マロニーHole)がモトリー・クルーのツアーサポートに入るエピソードも熱い。

トッパー・ヒードンThe Clash)やラット・スキャビーズThe Damned)らパンクバンドのドラマーが出てくるのもイギリス映画ならでは。一方でプログレ勢はニック・メイソンPink Floyd)ぐらい。ビル・ブラッフォードKing Crimson)、カール・パーマーEL&P)、フィル・コリンズGenesis)あたりは取り上げられてもいいんじゃないかと思います。

ドラマーに対するクレイジーなパブリック・イメージは、キース・ムーンThe Who)が作り、ジョン・ボーナムLed Zeppelin)が固めたといっても過言ではなく、ホテルの部屋の破壊をテレビ番組でキース本人が実演するのは衝撃映像だし、同世代のボブ・ヘンリットThe Kinks)の「キースは延長コードを繋いで電源を入れたままホテルの窓からテレビを投げていた」という証言は最高ですが、キース・ムーン生前最期の作品 "Who Are You?" の計算され尽くされたドラミングに関するスティーヴン・パーキンスの解説が僕的ハイライトでした。

女性ドラマーに対する男性オーディエンスからの偏見、1980年代のLinn Drum(サンプリング・リズム・マシン)の台頭についても触れられる。

鍋やフライパンを叩くが好きな子どもがクリスマスにおもちゃのドラムキットをプレゼントされたときの狂喜乱舞のホームビデオが映りますが、そのまま大人になったドラマー自身が、ベテランも若手も、好きなドラマーを語るその語り口がみな楽しげでいい。「ドラムのコミュニティはあたたかくて間口が広い」というドラムドクターのロス・ガーフィールドのコメントに尽きる。近年量産される音楽ドキュメンタリーのフォーマットを借りているものの、ミュージシャンの伝記映画につきまとうドラッグなど負の側面がなく、好きなことについてしか話さない。ずっと観ていたくなるハッピーな映画です。

 

2024年3月23日土曜日

12日の殺人

小雨。ヒューマントラストシネマ有楽町ドミニク・モル監督作品『12日の殺人』を観ました。

2016年10月11日土曜日。フランス南東部グルノーブルの警察署で老リーダーの定年退職式が行われ、主人公ヨアン(バスティアン・ブイヨン)が新班長に任命された。

翌10月12日午前3時。グルノーブル近郊の瀟洒な登山口の町 Saint-Jean-de-Maurienne。親友ナニー(ポーリーヌ・セリエ)の自宅のいつもの女子会から帰宅する夜道で21歳の大学生クララ(ルーラ・コットン=フラピエ)は何者かに突然ガソリンを掛けられ、生きたまま焼き殺される。

ヨアンのチームが殺人事件の捜査を担当することになるが、複数浮かび上がる容疑者を訪ねてもどれも決め手に欠ける。実際に起きた未解決事件を題材にしたこの作品は、真犯人を見つけ動機を明らかにしてカタルシスを得る映画ではありません。

娘が殺されたことを母親に告げる際の葛藤、聞き込み、張り込み、取り調べなどに加え、憲兵隊と警察の不明瞭な分担、PCのキーボードを叩いて膨大な調書を作成する、コピー機の紙詰まりにいらいらする、配偶者との関係の悩み、刑事たちの日常とそこで受けるストレスが詳細に描かれる。新米班長ヨアンとベテラン熱血刑事マルソー(ブーリ・ランネール)のバディものの要素もあるが、男同士の絆よりも証拠収集手続きの適法性が優る。

フェミニズム映画としての側面も持つ。容疑者は全員がクララと性的関係を持ったことのある男性で、なぜクララは殺されたのかと聞かれたナニーは「女の子だから」と答える。一度は断念した捜査を3年後に再開させたのは女性判事ベルトラン(アヌーク・グランベール)、初めて配属された女性キャリア警察官ナディア(ムーナ・スアレム)は「いつも男が殺して、男が取り締まる」と、刑事課のオールドボーイズネットワークに一石を投じる。

主人公ヨアンのストレス解消法は夜間に自転車できつい傾斜のトラックを全力疾走すること。その堂々巡りは進展しない捜査の隠喩になっている。終盤でロードに出て山道を走るシーンの解放感。事件は解決しませんが、後味は悪くないです。

  

2024年3月17日日曜日

Chiminと塚本功

彼岸入り。所沢音楽喫茶MOJOChiminさん塚本功さんを聴きに行きました。

Gibson ES-175Fender Hot Rod Deluxeに直挿しした塚本功さんは、フロントピックアップひとつで、抒情的なクリーントーンから激しい歪みまで、エフェクターなしでもフィンガーピッキングで多彩な音色を奏でる。

僕がその特徴的なギタープレイを初めて認識したのは2006年リリースの松田聖子トリビュートアルバム "Jewel Songs" に収録された "Sweet Memories" です。微熱を感じる柔らかい音色とメロウなタイム感に痺れました。ドビュッシーハース・マルチネスのカバーを含む全10曲。唯一無二のギターを初めて生演奏で聴けてうれしかったです。

長い空白期間を経て昨年11月にライブ活動を再開したChiminさんは前回と同じ加藤エレナさん(key)、二宮純一さん(g)、井上"JUJU"ヒロシさん(fl, sax, per)の3人のサポートで。1曲目は「茶の味」、次が「時間の意図」という愛聴するアルバム『住処』と同じ曲順のスタートにまず震えました。

谷川俊太郎作詞、武満徹作曲の反戦歌「死んだ男の残したものは」はビリー・ホリデイの "Strange Fruits" にも匹敵する超重量級のマイナーブルーズですが、Chiminさんの澄んだ声で歌われると、漆黒の闇の先に小さな灯りがともっているのが見えるようです。

「垂れる髪を後ろで束ねて/私はきれいな手でお茶を入れる」(茶の味) 「あたためられて殻が破れて/触れるもの全てが新しい/めぐりめぐるものがあるのなら/この小さな枝に祈りましょう」(住処) 

自作曲の歌詞も素晴らしい。2010年の『流れる』以降のChiminさんの歌詞には喜怒哀楽を直接的に表現するワードがほとんど使われていない。にもかかわらず、すべてのエモーションは彼女の歌声が代弁している。Chiminさんは理由を歌わない。にもかかわらず、我々オーディエンスは彼女の歌声の抑揚の中に理由を見つける。

「まるで昔のことのように言うけど/本当は今も何も変わらない//夜が明けて私は見てる/祈りの先にあるものを」(まるで昔のことのように)。「なぜ」だけではなく、目的語「何を」も明示されない。にもかかわらず、彼女の歌声を通して我々は無加工の感情と温度を同時に受け取ることができる。

「日本語の歌の可能性を追求したい」と言い、詩や短歌を読んで自由を感じているという。それらを胸の底に沈殿させて掬う上澄みによって新しい歌が生まれることをとても楽しみにしています。

 

2024年3月10日日曜日

でんちゅうさん みつけたよ

快晴。浅草花やしきで開催されたでんちゅう組のインクルーシブ・パフォーミング・アーツ『でんちゅうさん みつけたよ』に行きました。

遊園地の入口で手渡されたプログラムに折り込まれた短冊状の紙。僕が受け取ったものには「星を[____]」と印刷されている。その空欄に好きな言葉を書いて回収箱に入れます。この時点で観客は言葉を意識し、傍観者から共謀者になる。

電飾を巻き付けた白い衣装で妖精のような出演者たちの中で極彩色のマダム・ボンジュール・ジャンジさんがひときわ艶やか。2000年前後に僕が現代舞踊の故黒沢美香さんのカンパニーの若手ダンサーたちとご一緒させていただいていたときぶりにご挨拶。彼女は希少な女性のドラァグクイーンです。主にゲイの男性が女性性を極限までデコラティブに表現するアートを女性の身体で体現するという、二周三周して説明不能な孤高を極めた心優しき人。

完全に日が落ちて、ピンク色の桜の花びら型イルミネーションでライトアップされた赤い橋の上で西田夏奈子さんが歌う今夜のために書かれた「夜の遊園地」を聾者である Sasa/Marieさんのサインポエトリーと新人Hソケリッサ! メンバーのダンスが支え、上層のテラスから向坂くじらさんが朗読で響きを加える。

3月初旬の夜の野外公演ですが、園内の随所に暖房設備があり、園内を移動しながらの鑑賞は寒さをそれほど感じません。しょうぼうずさんの拍手喝采なつかし大道芸ではジャグリングのキャッチャーに指名していただきました。ネオン管の大階段を背にシルエットを映したソケリッサ! はメンズアイドルばりの恰好良さ。パンダカーにくじらさんと乗ったクマガイユウヤさんのリリカルなギター。

最後は園内に常設されたステージへ導かれ、ジャンジさんが花やしきの歴史を字幕付きで紹介。黒船来航の1853年に江戸町人の観光スポットとして開設された植物園が、明治維新、関東大震災、東京大空襲、東日本大震災、激動を乗り越えた170年間。ジャンジさんの明るく端正な朗読が僕には平和の祈りに聞こえました。

そしてみんなが入口で書いた短冊を3人の詩人、カニエ・ナハさんケイコさん向坂くじらさんがエディットしホワイトボードに貼りつけていく。3~5枚の紙片が1行の短詩となり、その連なりが大きな詩篇となる。3人の詩人の声で再生される言葉たち。自分で書いた言葉は膨大な断片の中からでも自分の耳に届きやすいんだな、という発見もあり。僕の短冊は知らない誰かの言葉と素敵に繋がり「まだ見ぬ夢を叶えて/鳥になって/星を食べる」に。

グランドフィナーレはでんちゅう組の2つのオリジナル曲「夜の遊園地」と「でんちゅう組のテーマ」で聞こえる人も聞こえない人たちもみんなで楽しく賑やかに。あっという間の2時間に、上品で幸福な夢を見たような感触が残りました。

 

2024年3月6日水曜日

フレディ・マーキュリー The Show Must Go On

雨のち曇。池袋シネマ・ロサにてフィンレイ・ボールド監督作品『フレディ・マーキュリー The Show Must Go On』を鑑賞しました。

1946年9月5日に英領(当時)ザンジバルでゾロアスター教徒の家に生まれたファルーク・バルサラは1960年代にイギリスに渡り、その後ブライアン・メイ(Gt)、ロジャー・テイラー(Dr)らのバンドSMILEに加入。バンド名をQUEENに変えて、フレディ・マーキュリーと名乗る。

フレディの幼少期を回想する実妹カシミラから映画は始まります。音楽ライターのロージー・ホライド、TVキャスターのポール・ガンバッチーニ、写真家ミック・ロック、レコード会社A&Rポール・ワッツら、生前フレディと親交が深かった人たちのインタビューとQUEENのメンバーのTVインタビュー、各時代のMVとライブフッテージで構成されたドキュメンタリーフィルムです。

役者が演じた伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』を実話として補完する面はありますが、約50分という尺に新たなエピソードはほぼなく、当時のライブ映像もリマスターされておらず荒い。

オフステージはシャイで礼儀正しかったフレディがステージ上の人格に侵食されていった、と言うミック・ロック。放蕩な生活からHIVに感染し長い潜伏期間を経て発症したAIDSで弱っていく姿を語るポール・ガンバッチーニは思わず声を詰まらせる。周囲の人たちを楽しませることをいつも望んでいたチャーミングなフレディが誰からも愛されていたことが伝わってきます。

3曲を並行して書いていたが完成させられず、制作期限が迫って苦し紛れに1曲にした、という "Bohemian Rhapsody" 成立の逸話は、僕ははじめて聞きました。ザンドラ・ローズの衣装デザインは天才的だと思います。

 

2024年3月2日土曜日

Early Spring Homecoming

早春曇天。幡ヶ谷の名店 カフェ&ワイン jiccaにて、Pricilla Label presents "Early Spring Homecoming" を開催しました。ご来場のお客様、jiccaトリちゃん、ありがとうございました。

開演時間は午後3時半。おやつタイムのライブに特製のスイーツプレートを出してもらいました。

ざくろのチョコレートケーキは濃厚なカカオ風味の中に果実の酸味、カルダモンのバニラシャーベットのスパイシーな香りに、季節のフルーツが爽やかさと彩りを添える。jicca の提供するメニューはカジュアルですが、五感に訴える作品だといつも思います(開場前のランチタイムにいただいたクラムチャウダーも素晴らしかったです)。

石渡紀美さんとの二人会は2015年12月に同じjiccaで、紀美さんの『十三か月』と僕の『ultramarine』のWレコ発 "fall into winter" 以来。

紀美さんの一篇めは自作の「声」。次に僕の「」。どちらもソネットです。もう一篇僕の「風の生まれる場所」を「平和の詩」と言って朗読してくれたのですが、それが自作ながら目から鱗で。思えば出会った頃から彼女は、平和のために詩を書いている、と言っていました。その意味が二十数年経ってようやく理解できた気がします。

平和の対極に戦争を置いてそれを否定するような手法ではなく、日常を日常として送ること、それをつぶさに観察し描写することが彼女にとって平和の実現に近づく一歩めなのだと思います。例えば、湯を沸かす、洗濯物を取り込む、野菜を吟味するなどして。

僕のセットリストは以下5編です。

1. ナルシスの旅石渡紀美
4. 路上にまつわる断章 Fragments On The Road

短いインターバルを挟んで後半はトークと今回のライブのためにふたりで書いた「連詩:Early Spring Homecoming」を聴いてもらいました。毎年末にさいとういんこさんと巻く連詩が対話篇だとしたら、紀美さんとの連詩は共同でひとつの庭園を造り上げるような趣きがある。連数や行数、前の連とのリレーションなど、ある程度形式を決めて取り組んだのもその理由のひとつだと思います。書いている最中にはそういう話はしなかったので、トークでお互いの制作過程の手の内を明かしました。

jicca の雰囲気とも相まって、客席のみなさんが僕たちの声を集中して熱心に聴いてくださるのが伝わってきて、自然と熱が入る。アンケートでは、他の季節の連詩も聴きたい、というありがたいコメントもいただきました。実現できたらいいな、と思います。