2021年11月26日金曜日

リスペクト

TOHOシネマズ日比谷リーズル・トミー監督作品『リスペクト』を鑑賞しました。

1952年、デトロイト。バプティスト教会の人気司祭(Master of Ceremony)である父クラレンス・フランクリンフォレスト・ウィテカー)のホームパーティで、10歳のアレサ(スカイ・ダコタ・ターナー)は "My Baby Likes to B-Bop" を歌い、その歌声はダイナ・ワシントンメアリ・J・ブライジ)、エラ・フィッツジェラルドデューク・エリントンスモーキー・ロビンソンら、招待客たちを驚かせる。

1959年、17歳になったアレサ(ジェニファー・ハドソン)は父と共に全米の黒人教会をツアーする。ひさしぶりに帰宅したアレサを迎えるふたりの息子。父のパーティの酔客にレイプされ12歳で長男を、15歳で次男を妊娠出産していた。

1972年にロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたライブ・アルバム『AMAZING GRACE』の録音まで、ソウルの女王アレサ・フランクリンの10歳から30歳の半生記です。

別居している聡明で優しい母バーバラ(オードラ・マクドナルド)はゴスペル歌手。「歌いたい歌を歌いなさい。男も強制できない。できるのは神様だけ」と言う。マーティン・ルーサー・キング牧師と父は親交があり、公民権運動のなかでアレサは黒いジュディ・ガーランドともてはやされるが「歌をうたってみんなを戦いに送り出すだけでは十分じゃない」とアクティヴィストとしても先鋭化していく。

デビューしてしばらくヒットに恵まれなかったアレサが、一旦NYを離れ、アラバマ州のマッスル・ショールズ・スタジオで、白人演奏家たちとアイデアを交換しながら "I Never Loved A Man (The Way I Love You)" を作り上げていく過程、更にオーティス・レディングの "Respect" に二人の姉妹とコーラスアレンジを施し、マッスル・ショールズが加わってハイパーダンスチューンに仕上げるシーンにはテンションが上がります。

人種差別と性差別。自身の表現スタイルを見つけ、世間に認められ、抑圧的な父親と暴力を振るう夫(マーロン・ウェイアンズ)に三行半を叩きつけるのは痛快ですが、その後アルコールに溺れていく。幼少期からの被虐が呪いとなっているのか、自分を傷つけるものから離れることができないのがなんとも切ないです。

生前アレサが伝記映画の自身の役に指名していたという主演のジェニファー・ハドソンは熱演で歌唱力も申し分ないですが、エンドロールでスクリーンの右半分に映る73歳のアレサ本人がキャロル・キングの2015年ケネディ・センター名誉賞授賞式にサプライズ出演した際の歌声が圧倒的過ぎて、天賦の才とは、と思わずにはいられませんでした。

 

2021年11月23日火曜日

ミュジコフィリア

秋晴れ。TOHOシネマズ日比谷谷口正晃監督作品『ミュジコフィリア』を観ました。

漆原朔(井之脇海)は京都文化藝術大学美術学科の一回生。初日から遅刻し入学式は終わっていた。キャンパス(ロケ地は京都市立芸術大学)で通りがかった青田(阿部進之介)に巨大な箱を運ぶのを手伝わされる。鴨川の河原で現代音楽研究会の花見が行われており、箱はエオリアンハープ。鴨川の対岸に渡した弦を川を渡る風で共鳴させようとしていた。

宴が終わり、ひとり残された朔は明るい河原に置かれたグランドピアノを即興で奏でる。自転車で四条大橋を渡る浪花凪(松本穂香)はその音色に魅了される。凪はピアノ科の一回生。いつもアンサンブルと揉めていた。

ピアノ教室で教えるシングルマザーの君江(神野三鈴)と暮らす朔は子どもの頃からいろいろなものの色や形が頭の中で音楽として響いていた。母を捨てた作曲家の父(石丸幹二)と兄(山崎育三郎)への反発から音楽の道を選ばなかった。

「京都の庭には音のアンサンブルがある。作曲は庭造りに似ている。どこに山を作り、どこに花を咲かせ、その中を川が流れ、花を映す」。現代音楽に熱中する若者たちを描いたさそうあきら同名漫画の映画化。京都の春、夏、秋、季節の光を背景に物語が進みます。

映画後半の兄弟の確執と和解がメインテーマだと思いますが、前半の学園群像劇がいい。朔が思いを寄せる幼馴染みのヴァイオリニスト小夜(川添野愛)のプリンセス感。

ワグナートリスタンとイゾルデ』の冒頭の不協和音に始まり、シェーンベルクケージシュトックハウゼン。現代音楽の基礎的な歴史は作曲科教授で現代音楽研究会顧問役の濱田マリが易しく解説してくれるので大丈夫。「京都人の行けたら行くは信用でけへんねん」。いけずな学部長を辰巳琢郎が好演しています。

鴨川ホルモー』や『夜は短し歩けよ乙女』は京都の学生生活を描きながら標準語ですが、本作の台詞は京言葉。ひとり標準語を話す山崎育三郎演じる貴志野大成がクライマックスで一度だけ京都弁になるのが効いている。

京都の大学に進学して夏休みに再会した同級生が半年足らずで関西弁に同化していたのを映画を観ながら思い出しました。ロストジェネレーションのパリを「移動祝祭日」と表現したのはヘミングウェイですが、青春時代を京都で過ごすということも、その後いつまでもどこで暮らしても続く移動祝祭日なのだな、と周囲の友人知人を見ても感じます。

 

2021年11月14日日曜日

We can fly

秋晴れ。三鷹SCOOLにて、舘そらみ脚本・演出 ガレキの太鼓We can Fly』を観劇しました。

「みなさんようこそ来てくださいました。小学校の同級生とはそんなに連絡取ってない。誰かに相談してても気づけば相手の相談を聞いてているタイプの人たちです」。

“見よう見真似のミュージカル” の登場人物は7人。婚活中の不動産業OL(稲葉佳那子)、正義感が強く怒りっぽい青年(貴瀬雄二)、人に譲ってばかりの女(西田夏奈子)、ダメンズの彼女(日高ボブ美)、気の弱いシネフィル(ホリユウキ)、酒を愛するボクサー(奥田努)、絵描きの卵(水口早香)。

ドラマチックな展開もストーリーらしいストーリーもない。くるぶしソックスがすぐ脱げる。狭い舗道ですれ違うとき車道に出て譲ってしまう。コンビニの一番くじを店員が開けるのが許せない。彼氏がくれた誕生日プレゼントがロッテのチョコパイ。そんな日常のもやもやを時に朗々と時に切々と歌う。

ミュージカルというと感情の高まりを歌い上げるアリアやスペクタクルな群舞を思い浮かべると思いますが、これは逆転の発想。そして、普通の人たちの当人ですらしょうもないと思っている心情が歌に乗せられることによってにわかにドラマ性を帯びるという二重の逆転。どこにでもいそうな7人おのおのが愛おしい謎の感情が生まれる。

20人規模の小さな会場は満席で、コロナ後初の劇場観劇でしたが、やはり目の前で生身の人間が悩んだり困ったりしながら一所懸命に動く姿を見るのはそれだけで感動的だなと思います。

みなさんミュージカル未経験者とのことですが達者です。貴瀬雄二さん(特撮Boyz)は外見だけでなく歌声もイケメン。稲葉佳那子さん(こちらスーパーうさぎ帝国)はまっすぐな熱演でしたが、実は「以後お見知りおきを~♪」の合唱時のステップが超絶可愛かったです。

ご縁があって何度か共演したことのある西田夏奈子さんは、いままでどちらかというと強めな性格の役柄を見る機会が多かったのですが、今作では気弱な役を普段よりかなり声量控えめ、歌唱力も封印気味に演じており、自己表現よりも作品に奉仕するその引きの芸に痺れました。

強くなりたいだけ、悩みはないというボクサー奥田努さん(Jr.5)の「悩みとかある人はすごいな、そういう生き方って恰好良いなと思います」という言葉にこの舞台のメッセージが集約されていると思います。フィナーレの「しょうもない私であることを受け入れて始めませんか?」に大変前向きな気持ちにしてもらいました。

 

2021年11月12日金曜日

そして、バトンは渡された

秋晴れ。TOHOシネマズ日比谷にて前田哲監督作品『そして、バトンは渡された』を鑑賞しました。

小学生のみいたん(稲垣来泉)は製菓会社勤務の父水戸(大森南朋)と二人暮らし。友だち思いの泣き虫でいつもみいみい泣いているからみいたんと呼ばれている。チョコレート作りのためにブラジルに移住する父。みいたんは継母の梨花さん(石原さとみ)と日本に残ることを選ぶ。梨花さんはみいたんに愛情を注ぎ「笑っていれば必ずラッキーが転がり込む」と教える。

優子ちゃん(永野芽郁)は笑顔の絶えない高校三年生。誰にでもふりまく笑顔が敵を増やしている。継父(田中圭)のことを親しみを込めて「森宮さん」と呼ぶ。クラスでは若干浮いており、卒業合唱のピアノ伴奏を押しつけられ、別のクラスの伴奏者でリストを弾きこなす早瀬くん(岡田健史)に惹かれていく。

2019年本屋大賞を受賞した瀬尾まい子同名小説を実写化した作品は、前半がみいたんと優子ちゃんのふたつの時間軸で構成されており、ふたりの物語がつながる中盤にカタルシスがあります。残り1時間は優子と早瀬による「親巡りの旅」。ここで伏線が回収されるのですが、よくある終盤にどさどさという感じではなく、ゆっくり時間をかけて回収される伏線は、前半の不穏な空気と裏腹に、結果的には悪者の登場しないこの作品を特徴付けるタイム感を持っています。

血縁ではない親子が自然に無償の愛情で結びついている様子が感動的。それは頻繁に登場する食事シーンや調理中の田中圭と永野芽郁のシンクロした動きなど随所で表現されています。

過干渉でちょっとヒステリックな母親を演じさせたら戸田菜穂は本当に上手い。賀来千香子と双璧かと思います。

最近の石原さとみは往年の大女優のような風格を身につけてきました。娘の卒業式で、まぶたいっぱいにためるだけためた大量の涙を、まばたきひとつで一気に決壊させる。その技術の高さと技術を感じさせないリアリティ。素晴らしかったです。

 

2021年11月3日水曜日

ジョゼと虎と魚たち


地方大学の工学部の学生ヨンソク(ナム・ジュヒョク)は坂道で車椅子から投げ出され倒れているジョゼ(ハン・ジミン)を助け、5千ウォン払ってリアカーを借り、壊れて動かない電動車椅子とジョゼを町外れの家に送り届ける。
 
生まれつき足が不自由で歩けないジョゼは廃品を拾って生計を立てている老婆(ホ・ジン)とふたり暮らし。アイロンをひっくり返したホットプレートでスパムを焼きヨンソクにふるまう。

田辺聖子短編小説犬童一心監督が渡辺あや脚本で当時22歳の池脇千鶴と23歳の妻夫木聡を撮った2003年の実写版はゼロ年代の恋愛映画の金字塔。2020年のタムラコータロー監督、清原果耶中川大志劇場アニメに続きリメイクされた今作は韓国映画らしい綺麗なメロドラマに仕上がっています。

ハン・ジミンのジョゼは、池脇千鶴のように傍若無人でもなく、清原果耶のように身勝手でもなく、無口で他人を寄せ付けない。ラフマニノフ緩徐楽章のようにロマンチックで感傷的なNARAE(ナレ)のスコアが全編に流れ、俯瞰ショットとスローモーションを効果的に取り入れた秋、冬、春の背景は潤いがある。静かな映画ですが、主人公ふたりの姿が美しく、それだけで画面がもちます。

2003年版では車、2020年アニメ版では電車での移動がストーリー上の重要なファクターになっているが、本作において移動はiPhoneディスプレイ上のGoogleストリートビューに置き換えられており、タイトルの「魚」が象徴する閉塞感を表現しつつ、サイバースペース内とはいえふたりをスコットランドまで連れて行く。調理音や咀嚼音、枯れ葉がアスファルトに落ちる音、雪を踏む靴音、これら生活音を丁寧に掬いとって、映画の静謐さを更に強調しています。

それにつけても、工学部の学生が常時チェックのネルシャツを着用するのは日韓共通なんですね。長身で小顔のナム・ジュヒョクが着るとネルシャツの最高峰という感じがしました。