2015年8月30日日曜日

青柳拓次×曽我大穂 at BAOBAB

8月だというのに夏は終わりみたいな雨の日曜日。吉祥寺 world kitchen BAOBAB へ、青柳拓次さんLittle Creatures)と曽我大穂さんCINEMA dub MONKS)の音楽を聴きに行きました。

カセットテープレコーダーから異国の流行歌。ループ、ディレイ、リヴァーブ、コーラス等、空間系エフェクターで歪まされアンビエントノイズ化した曽我さんのウクレレで始まり、青柳さんのガットギターと訥々とした歌声が続く。

青柳さんのオリジナル曲の弾き語りをベースに曽我さんが前述のウクレレのほか、フルート、スチールパンや小さなおもちゃたちによる音響処理で音楽的空間的な彩りと拡がりを加える演奏スタイル。基本的には穏やかな中にも、お互いの音に反応しながら、繊細に、時に暴力的な熱量を帯びた音楽がリアルタイムで紡がれる様はスリリングでもありました。

青柳さんは10代の頃から長年のロックバンドのフロントマンを務めながら、声高なところやエキセントリックな言動、無駄な気負いがなく、寡黙でどちらかというと性格も控え目です。若いころから老成した渋い作風ではありましたが、40代になったいま真摯さはそのままに更に力が抜けてとても自然に自身の表現と向き合えているように見えます。

青柳さんのギターに乗せて曽我さんが朗読した石川達三の「最近南米往来紀」(1931)の神戸出港シーンの昭和初期の南米渡航者たちの高揚感。曽我さんのメロディオンの和音と共に朗読された青柳さんの沖縄の暮らしを描いた自作詩の日常に流れる緩やかな空気。通底する南国的ビートと旋律の心地良さ。

かつて細野晴臣マーティン・デニーを引用して描いた非日常と憧れとノスタルジーの詰まったトロピカリズムよりも、アンコールで飛び入りしたラッパーロボ宙氏がフリースタイルを聴かせたことに象徴されるように、もっと現実の生活リズムと皮膚感覚に裏打ちされた音楽が、観客の脳神経を旅に誘う。そんな知的興奮をも呼び起こすライブでした。

 

2015年8月15日土曜日

ラブ&マーシー 終わらないメロディー

70回目の終戦の日、角川シネマ有楽町で、ビル・ポーラッド監督作品『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』を観ました。

ザ・ビーチボーイズのリーダーでほとんどの楽曲を手掛けているブライアン・ウィルソンの1966年と1985年をポール・ダノジョン・キューザックの2人が演じる、本人公認の伝記映画。2つの時間軸が映画の中で並行します。

3人兄弟と従兄弟と幼馴染で結成したバンドが絶頂期を迎えた1960年代に、長男ブライアンはパニック障害でツアーをスポイルし、スタジオに籠ってポップミュージック史上に輝く名盤『ペット・サウンズ』を制作します。しかしそれまでのビーチボーイズにはなかった(実は前々作あたりから兆候はある)内省的な深みと豊かで複雑な構造を持つ音楽はツアーから戻った他のメンバー、特にマイク・ラブ(ジェイク・アベル)に理解されず、セールス的にもイマイチ。強圧的な父親から受けるストレスも重なり、マリファナからLSD、コカインとドラッグに依存するようになる。

作詞家トニー・アッシャージェフ・ミーチャム)にドラマーのハル・ブレインジョニー・スニード)を紹介するシーンから始まる『ペット・サウンズ』制作時のスタジオ風景が素晴らしい。「神のみぞ知る」作曲時のブライアンのたどたどしいピアノが、フレンチホルン、フルート、ティンパニ、チェロ、プリペアドピアノ、テルミン、クラクション、犬2匹など、それまでのロックンロールの常識を覆す手法で、立体的に時に即興的に構築されていく瞬間に立ち会えた喜び。このシーンだけでも観る価値があります。

ハル・ブレインといえば1960年代後半に米西海岸で録音された主要なレコードのほとんどで叩いている偉大なスタジオミュージシャンですが(ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのドラマーといえばピンとくる方も多いはず)、彼がブライアンの音楽の最大の理解者だったことがわかります。ヴァン・ダイク・パークスマックス・シュナイダー)とマイク・ラブの確執も。

ブライアンの最初の妻マリリン(エリン・ダーク)は当時16歳。サイケデリックなプリントのワンピースが似合ってとてもキュートです。

手持ちカメラを多用した1966年のソフトでノスタルジックな色調と対比して、再起不能かと言われていた1985年は解像度の高い画面。精神科医ユージン・ランディポール・ジアマッティ)から妄想型統合失調症の診断を受け薬漬けになったブライアンを2人目の妻となるメリンダ・レッドベター(エリザベス・バンクス)が救い出すという、まあ普通のラブストーリーです。

カリフォルニアの光と闇。突出した才能とそれゆえの孤独。クリエイティヴィティとショービズ。ビーチボーイズのファンはもちろん、そうでない方でも楽しめる見応えのある映画です。



2015年8月13日木曜日

Separation ~離別と喪失にまつわるオブジェクト

JR中央線立川駅から多摩モノレールに乗り換えて7分、砂川七番駅からほど近い住宅街にある一軒家のgallery SEPTIMAにて。フィラデルフィア在住のアーティストKay Healy(ケイ・ヒーリー)さんの本邦初個展『Separation ~離別と喪失にまつわるオブジェクト』のオープニングレセプションで詩の朗読をしました。

テキスタイルとキルティングによって創られる実物大の家具や人体のオブジェ。大きなものは箪笥やソファ、小さなものは電灯スイッチやコンセントまで。それは既に誰かの生活から失われてしまっているが、記憶の中に保存されているもの。元の持ち主へのインタビューに基づいて製作されています。

実物大であるがゆえの生々しさと、キルティングというフィルターを通したときに付加される優しい感触とユーモアがあります。今回は初めて日本で展示するために、第二次世界大戦中の日系アメリカ人収容所に隔離されていた人たちにインタビューし、記憶を収集した。カメラであったりレンチであったり。

レセプションでは作家本人の挨拶と作品の簡単な解説に続き、村田活彦さんが自作の詩を朗読しました。村田さんは喪失した関係性を記憶に留めておくために書いたというを、また今夜がペルセウス座流星群の極大ということで「何か書いてきて」とお願いしたら新作を間に合わせて来てくれました。

小林うてなさんは小さくて底抜けに明るくてチャーミングな方。蓮沼執太フィルをはじめ多くのプロジェクトに参加しているミュージシャンです。ソロ演奏はブリストル系っぽい重低音の変拍子ブレイクビーツにせせらぎにようなスチールパンとエンジェリックなヴォイスが重なる耽美的なミニプログレ(自己申告ベース)。ボッチンさんのファー星人(着ぐるみ)ダンスも加わり一気にお祭りに。

僕は、伊藤比呂美「アウシュビッツ ミーハー」、石原吉郎葬式列車」、山城正雄たそがれ――M嬢に捧げて」の3篇をカバー朗読しました。第二次世界大戦中および戦後のアウシュビッツ、シベリア、カリフォリニアの強制収容所にまつわる作品です。展示の趣旨のひとつを掘り下げ、複数の異なる視点を提示したいと思い選びました。

記憶を作品化して固定すること、居住地域や生活スタイルが国家により制約を受けること、差別や非人道的労働について、考える機会を得ました。客席の皆様にもそんな何かを手渡せていたらいいなと思います。ケイさん、村田さん、うてなさん、オーガナイザーの増田奈保子さん、ギャラリーセプチマさん、ありがとうございました。

レセプションは終わりましたが、展示は8月19日(水)まで続きます。中央線ユーザーの方、モノレール好きな皆様、是非会場に足をお運びください。

 

2015年8月12日水曜日

フィクショネス句会@SEED SHIP

下北沢南口のアトリエ、発信する書店 "ficciones"(フィクショネス)で2003年から閉店する2014年7月まで毎月開催されていた「句会@フィクショネス」が一夜限りの復活祭。真夏の夜の夢的な何か。蜃気楼。

普段ライブでお世話になっているSEED SHIPオーナーの土屋さんから「夏にワークショップ的なことをやってみないか」と持ちかけられたときに最初に考えたのがこの句会でした。

俳句は座の文芸。匿名で投句した自作の俳句をランダムに清記して読み上げ、気に入った作品を選んで発表し、ひとしきり評が出揃ったところで作者が名乗りを上げる。投句や選句の数、特選並選など様々なローカルルールが適用されることもありますが、基本はこれだけ。シンプルな遊びです。

選は創作なり。人の作品をわがことのように讃え、その素晴らしさを解説する。そこには、近代以降の文芸が自我への拘泥により失ってしまった共同体による創作が生き続けているのです。とまあ、小難しく言えばそうなりますが実際は、超短いポエムを好き勝手に解釈して、誉めたり貶したり、笑いの絶えないのがフィクショネス句会です。これは進行をつとめる小説家藤谷治氏の反権威的エンタメ精神によるものも大きい。

何気なく作った句に点数が入れば良句に思えてきたり、意外な解釈に作者自身が驚いたり。フィクショネス時代のOBOGに新しい参加者も加わり、爆笑に次ぐ爆笑の2時間でした。

第7回本屋対象最終候補作『船に乗れ!』三部作のほか、『世界でいちばん美しい』、『船上でチェロを弾く』など音楽小説・エッセイも手がける藤谷氏が、開始前にエリック・サティピアノ曲をポロポロと弾きました(画像参照)。聴き慣れたSEED SHIPのピアノですがクラシック音楽が演奏されるのを聴いたのは初めてだと思います。

 

2015年8月11日火曜日

バケモノの子

夏休みの夜の映画館が好きです。ユナイテッドシネマ豊洲に、スタジオ地図製作、細田守監督作品『バケモノの子』を観に行きました。

渋谷を根城にするホームレス小学生蓮(声:宮崎あおい)は、宮下公園ガード下の違法駐輪場で声を掛けてきたバケモノ熊徹(声:役所広司)の後を追って異界に踏み込む。そこは半獣半人(顔と表皮が動物で体型と服装が人間)たちが暮らすパラレルワールド渋天街。強くなりたい蓮は弟子を探していた熊徹とWINWINの関係を結び、九太と名付けられ弟子入りする。

エンドロールに参考文献として中島敦の「悟浄出世」が挙げられていて「そうか!」と思ったのですが、前半は「西遊記」(とおそらく中島敦の「弟子」も)、後半はメルヴィルの「白鯨」の枠組を借用しつつ、細かいプロットを積み上げて、複雑な構成のストーリーを、きっちりロジカルに組み上げる手腕はお見事です。

17歳になった九太(声:染谷将太)と私立進学校生楓(声:広瀬すず)の出会いは区立渋谷図書館(Amazonにボーイ・ミーツ・ガールなし)。このふたりはあたかも『おおかみこどもの雨と雪』の花と彼の前日談のよう。

「人間はひ弱なゆえ、胸の奥に闇を宿らせる」。中島敦の小説では、元来悩みや迷いを持たない妖怪が人肉を喰らうことで自我が芽生え実存主義的自己懐疑に陥るのですが、この映画では逆にバケモノが概念化して主人公の胸に収まることで闇を打ち消す解決を描いています。

市庁舎前に広場があり、狭い階段で住居をつなぐ渋天街の中近東風の市街描写はとても魅力的。一応電気は通っているようですが、通信インフラがなく移動は徒歩です。いくつかのフラワーアレンジメントがパスワードになって渋谷の街と行き来できるのですが、人間界に戻った瞬間に流れこんでくる複数の流行歌、エンジン音、旅客機のジェット音、街のノイズの奔流がリアルです(音楽は高木正勝)。勝敗の決した瞬間にスタジアムの天井から吊り下げられた垂れ幕が砕片化し紙吹雪に変わって舞い散る様は大変美しい。

残念だったのは、作品全体にマッチョイズムが横溢しており女子キャラクターの存在感が希薄で、そのせいかこれまでの細田作品には必ず登場したヒロインの入浴シーンがなかったことです。次回作での復活を希望します!

 

2015年8月5日水曜日

ビョーク: バイオフィリア・ライブ

シネ・ロック・フェスティバル2015。2本目は『バイオフィリア・ライブ』。2013年のロンドン公演をニック・フェントンとピーター・ストリックランドが撮っている。ビョークという名の世界一かわいい生き物(当社比)。その固有種が飛んだり跳ねたり歌ったりする姿を愛でるためのフィルムです。

360度の円形ステージには20数名の女声聖歌隊(Icelandic Female Choir)。楽器演奏者はマット・ロバートソン(key)とマヌ・デラーゴ(dr/per)のふたりだけ。暴力的なアナログシンセ音に巨大なテスラ放電管がシンクロする。

ビョークの音楽の独自性、革新性について僕があらためて言うまでもないのですが、ライブフィルムを通して感じたのは、もしかしたら自己の快感原則に従って普通のポップソングを作っているだけなのかもしれないな、ということ。ネリー・フーパーからmatmosまで、常に最先端のミュージシャンと共同制作していること、楽曲にキャッチーなサビがないことなどから前衛的に思われがちですが、おそらく彼女は最先端や前衛なんてこれっぽっちも意識していない。

なのにラスト近く、唯一のタテノリ曲 "Declare Independence" でホールを煽りまくっても、そのハードコアなビートに観客の半分も乗れないでいる。そのギャップ、異物感こそがビョークの音楽なのだと思います。

頭上の複数のモニターに投影されるグラフィックや微生物、クラゲ、星雲などが時折ライブシーンを覆い尽くす。"Hidden place"のヒトデやイソギンチャク、 "Possibly Maybe" のイカを喰い尽くす小魚の群なんかは美しいのですが、それよりも、へんてこなハンドメイド楽器たち、ガムランとスチールパンの中間みたいなやつ、木製の自動演奏パイプオルガン、一戸建サイズの手廻しオルゴール的な何かなどなど、できればもっとアップで見たかったな。

洋楽のライブの敷居がまだ高かったローティーンの頃、飯田橋や池袋の名画座で『レッド・ツェッペリン狂熱のライブ』や『トミー』や『ウッドストック』、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』なんかを2本立で5時間も6時間も観たのを思い出して甘酸っぱい気持ちになりました。

 
 
 

2015年8月1日土曜日

クイーン・ロック・モントリオール 1981

夏はやっぱりフェスでしょ。でも暑いし、虫に刺されるし、テントとか無理だし。というわけで有楽町へ。丸の内ピカデリー3で開催中のシネ・ロック・フェスティバル2015クイーン・ロック・モントリオール 1981』を観ました。

1曲目の"We Will Rock You" から脈拍数がダダ上がり、ラストの "We Are The Champions" まで20曲以上、息もつかせぬ名曲てんこ盛りの渦に巻かれる95分。

この1981年のアルバム『ザ・ゲーム』のワールドツアーの映像はDVD化もされているそうですが、テレビ画面で観るよりはるかに臨場感があるし、画質、音質も完璧。劇場の音量も申し分ないです。このときのメンバーは30代前半。最もコンディションの良い時期のバンドの魅力をあますことなく伝えてくれます。

ライダースジャケットにスーパーマンのタンクトップ、GUESS?のホワイトジーンズ、アディダス・カントリーという姿で登場するフレディ・マーキュリーは、この時代で既にロックのメインストリームから外れた異形の存在。前半15分あたりで上半身裸になると胸毛も背毛もすごいです。終盤は裸足にホワイトデニムのホットパンツ、首には赤いバンダナ。格好良いんだか悪いんだかわからないのですが、終始暑苦しく熱唱する姿に感動して泣けてくる。声がとんでもなく強く美しく、この世のものとは思えない(1991年没)。

バラードの名曲 "Love Of My Life" は、自身のピアノではなくブライアン・メイの12弦ギターで歌い上げます。シンプルなセットでサポートミュージシャンも入れずに、4人だけで硬軟、緩急自在のロックをこれでもかとばかりに投げ続ける("Bohemian Rhapsody" の中間部のコーラスパートだけテープを使用したライトショーになっています)。

美少年ロジャー・テイラーのティンパニ・ソロ、終始寡黙で地味なベースのジョン・ディーコン、"Save Me" 1曲だけのブライアンのピアノ、フレディのステージドリンクはハイネケン。バックステージショットや幻想的なイメージカットなどは一切はさまず、ステージ上の4人だけにフォーカスしたソウル・スイマー監督の演出は、スピーディなスイッチングでメンバーの表情をよく捉えている。ブライアンの衣装が3~4パターンあるので、何日かにわたって撮影されたフィルムを編集しているものと思われます。