2016年12月25日日曜日

港ハイライト1stアルバム「抱かれたい女」プチレコ発 ~クリスマスディナーライブ~

クリマスソングが流れる師走の商店街を歩いて。祖師ヶ谷大蔵 Cafe MURIWUI にて開催された『港ハイライト1stアルバム「抱かれたい女」プチレコ発 ~クリスマスディナーライブ~』に行きました。

港ハイライトは、ノラオンナさん(作詞作曲/ Vo/Ukulele)、柿澤龍介さん(Dr/Per)、藤原マヒトさん(Ba/Key)の3人組バンド。その3人に古川麦さん(Vo/Gt/Tp/etc)をフィーチャーした4人で制作し、7月にリリースされた1stアルバムが『抱かれたい女』。

更に今夜は、くものすカルテットワタナベエスさん(Ba)をサポートに迎えてのスペシャルなディナーショーです。会場に入ると厨房にノラさんと柿澤さん。アサノラの人気メニュと柿澤さんのナポリタン。メンバー2人が料理したプレートをワタナベエスさんが客席に運び、マヒトさんがウェルカムドリンクをサーブする。みなさん玄人筋では知らぬ人のいない一流ミュージシャンです。

そして「お食事のBGMに」とノラさんと麦くんのデュオ演奏。The Beatles "Here, There And Everywhere" という意外性あるカバーに始まり、Antônio Carlos Jobimの"Corcovado"、「Green Tarquoise」「流れ星」他、2人の代表曲に、なかにし礼訳"We're All Alone"まで40分、本編と見まごうばかりのクオリティ。この導入部だけで歳末らしいファン感謝祭的サービス精神が満載ですが。

短いインターバルを挟んで始まったアルバム全曲を収録順に演奏する本編がそれを軽く凌駕するものでした。チャコールグレーのニットワンピースからロイヤルブルーのサテンドレスに着替えたノラさんがダークスーツの4人の男たちを従える姿は清々しいまでの格好良さ。レコードのアレンジを基盤に置きつつ、オーバーダブのないライブならではの緊迫感と遊び心溢れる演奏に男女ボーカル。普段の抑制されたスイートネスだけでなく絞り出すようにワイルドな一面も聴かせる麦くんの歌唱。ノラさんの確信に満ちた歌声。

MCで明かされた『抱かれたい女』制作中の仮題が「踊りませんか?」だったということに象徴されるように、場末を描くブルーズも、軽やかなワルツも、スローなバラードも、カオスに転じたアンコールも、港ハイライトの音楽はダンスミュージックなのです。音楽って、歌うって、そうことだよな。と感じました。このアルバムのフライヤーにレビューを寄稿させてもらえたことを光栄に思います。

これが僕の2016年のライブ納め。このブログも今年最後の更新です。おかげさまで良い一年になりました。どうぞみなさま良いお年をお迎えください。

 

2016年12月18日日曜日

Smoke デジタルリマスター版

クリスマス前の日曜の人混みを抜けて。恵比寿ガーデンンシネマで、ウェイン・ワン監督作品『Smoke デジタルリマスター版』を観ました。

1990年夏のNYブルックリン。煙草屋の雇われ店主オーギー(ハーヴェイ・カイテル)は12年間毎朝8時にCANON AE-1で3丁目と7番街の角の写真を撮り続けている。常連客の作家ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は妻を事故で亡くしてから小説が書けなくなってしまった。

ポール・オースターの短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」をベースにオースター自身が脚本を書き、製作したこの映画を、日本公開時の1995年に、開業したばかりの恵比寿ガーデンシネマで観ています。21年の時を経て、同じ映画館で同じ映画を観るということに。その間に、9.11があり、イラク戦争が起き、大統領はブッシュからオバマに。スクリーンに映るマンハッタンにはワールドトレードセンターのツインタワーが聳えている。

「誰か一人でも信じる人間がいるかぎり、本当でない物語などありはしないのだ」。登場人物がみな多少の差こそあれ何らかの欠落を抱えており、都合の良い嘘もつけば、他人のものを盗みもする。感情に流されて判断を誤ることもある。それでも、ポール、オーギー、サイラス・コール(フォレスト・ウィテカー)がそれぞれの声で語る寓意に満ちた物語はいずれも大変に魅力的で、そのコミットメントの強さは語られる物語が真実であるか否かを超える。それこそがポール・オースターの作品の強さなのだと思います。

トム・ウェイツの1970年代の名曲「トム・トラバートのブルーズ」が全然クリスマスの歌じゃないのにクリスマスっぽい感じがするのって『スモーク』のせいだよね。とずっと思っていて、もしかしたら誰かにそんな話をしたかもしれませんが、完全な記憶違いでした。本編の最後にモノクロ画面で綴られる「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」に流れるのは "Innocent When You Dream"。画面の盲目の老婆(クラリス・テイラー)の寝顔とシンクロしている。

もうひとつ忘れていたのが、黒髪ショートボブの書店員エイプリル・リーを演じたメアリー・B・ワードのとてつもない可憐さ。いろいろ調べてみたのですが、残念ながらその後の出演作が見つかりません。彼女が登場するダンスフロアのシーンでは同じくトム・ウェイツの1980年代の名曲「ダウンタウン・トレイン」がかかります。

 

2016年12月4日日曜日

ブルーに生まれついて

早起きした日曜日、舞浜シネマイクスピアリロバート・パドロー監督作品『ブルーに生まれついて』を観ました。

スタン・ゲッツジェリー・マリガンアート・ペッパーらと並び米西海岸ジャズを代表するミュージシャン、チェット・ベイカー。エラが張っている、へインズの白Tシャツを着ている、声が小さくボソボソ喋る、などの共通点からジャズ界のジェームス・ディーンとも呼ばれた。

トランペット吹き語りという特異なスタイルで1950年代に絶大な人気を誇ったが、ヘロイン依存で身を持ち崩し、1988年にアムステルダムのホテルの窓から転落死した。享年59歳。彼の1966年(当時37歳)をイーサン・ホークが熱演しています。

1954年NYバードランドで対バンしたマイルス・デイヴィスケダー・ブラウン)に「甘くて綺麗なキャンディみたいな音楽だ。金や女のためにジャズをやるやつは信用しない。ビーチに帰れ」と酷評されたことがトラウマに。プッシャーへの支払いが滞った報復に前歯をへし折られ管楽器奏者には致命傷と思われたが、駆け出し女優の恋人ジェイン(カルメン・イジョゴ)だけは再起を信じていた。

「ジャズは死に、ディランがエレキに持ち替えた」1966年。故郷に帰りガソリンスタンドでバイトしたり、ピザ屋のオープンマイクでアマチュアミュージシャンに「もっと練習して来てくれ」と言われたり、変なソンブレロを着せられてマリアッチをレコーディングしたり。「吹けないのと下手なのとどっちが残酷だ」と。

断崖の上のトレーラーハウスで暮し、なんとか音楽を取り戻そうと必死に練習する。トランペットはKevin Turcotteの演奏への当て振りですが、歌はイーサン・ホーク自身の声。無邪気で不安定で傲慢で承認欲求が強い芸術家像に深く没入して演じています。

逆光を活かした自然描写、1954年の回想シーンのモノクロ処理、1966年の演奏シーンのダイナミックなカット割り。映像がスタイリッシュで美しい。

1954年の名盤 "Chet Baker Sings" はすべてのアドリブを口笛でなぞれるほど繰り返し聴きましたが、名曲名演といわれる "My Funny Valentine" だけはどうしても好きになれずに飛ばしてしまいます。

2016年12月3日土曜日

この世界の片隅に

よく晴れた土曜日の午後、運河も凪いでいます。ユナイテッドシネマ豊洲片渕須直監督作品『この世界の片隅に』を観ました。

「うちはようぼうっとしとるじゃいわれとって」。昭和8年の広島市江波、三角州の南端で海苔の養殖を営む浦野家の長女すず(声:のん)は絵が上手な小学生。現実と空想がないまぜになった絵物語を描いて妹すみ(声:潘めぐみ)に語って聞かせる。

太平洋戦争が開戦し、18歳になったすずは呉で両親と暮らす陸軍法務局の事務官周作(声:細谷佳正)に見初められ嫁入りする。そして終戦までの12年間の物語。こうの史代の原作漫画をアニメ化。

「戦争しよっても、ちょうちょは飛ぶ、せみは鳴く」。すずの声を演じたのん(能年玲奈)が素晴らしい。のんびりしていて妙に前向きな主人公の造形を柔らかい広島弁とちょっと舌足らずなのほほんとした語り口で表現しており、シリアスなストーリーをカラッと明るく見せることに成功しています。

「なんでも使って暮し続けるのがうちらの戦いですけ」。風景、家屋や調度、炊事、洗濯、裁縫。生活のディテールがこれでもかというぐらい丁寧に描写されています。家族の物語は僕はどちらかというと苦手で、依存の空気が流れ込むと途端に居心地が悪くなってしまうのですが、このお話の登場人物たちは、まず個人として立っており、その上で身の周りの人たちには適度な思いやりを示すので、人間関係がべたつかず心地良いです。

戦争がバトルフィールドから市街地に滲出し、非戦闘員を巻き込むようになったのは、空爆が技術的に可能になった第二次世界大戦から。核兵器出現以降の我々の感覚からすると、戦場で生身の人間が斬り合ったり撃ち合ったりする行為は野蛮極まりなく映ります。でも本当に残酷なのはどちらも変わらない。人が人を殺すことで帰属する国家なり集団なりの優位性を保とうとすることは。大空襲を受け、防災無線で「呉のみなさん、がんばってください」と繰り返されても、一体どうがんばれというのでしょう。戦争中の時間の経つのの遅いこと。

タイトルバックの讃美歌 "O Come All Ye Faithful"(神の御子は今宵しも) からザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」のカバーへの流れ。コトリンゴさんのサウンドトラックも終始優しく物語に寄り添っています。

 
 

2016年12月1日木曜日

TRIOLA a live strings performance

師走初日は雨上がりの木曜日の夜。下北沢leteへ。TRIOLAを聴きに行きました。波多野敦子さん(作曲、5弦ヴィオラ)と須原杏さん(ヴァイオリン)。長いブランク経て7月に新編成になってから3度目のワンマンライブです。

アンティークな木製のドアを開け、小さな木箱のようなleteに入ると誰もいないステージから微かに流れるドローンの荘厳な響き。開演時刻にふたりが登場し、波多野さんがスイッチを踏んで和音は唐突に打ち切られる。

そして立て続けに新曲をふたつ。以前のハードエッジなリフを基盤にした楽曲から更に細分化されたポリリズムで展開が読めない。中世の細密なエッチングめいた感触。かと思えば、阿波踊りあるいはウェスタン調に飛び跳ねる疾走感も加わり。

スイートでメロウな旋律を持つ過去の楽曲も容赦なく解体する手際の生々しさ。一方で、ループには白日夢を思わせる深いリヴァーヴがかけられている。実験的でありながら思いがけない美しさも併せ持つノイズ/アンビエント。

波多野さんのエッジの利いたヴィジョン/イマジネーションと杏さんの確かなプレイヤビリティが、他には聴いたことのない音楽を実現している。生楽器、生演奏のインタープレイはライブで体感すべき現在進行形の音楽と言えるでしょう。

小文字表記のtriola時代の色彩からこの5ヶ月間で脱け出し、新しいフェーズにシフトしたことが明らかに分かります。聞けば来年からユニット名を改め、アルバムのレコーディングを経て、春に再々始動するとのこと。2017年の彼女たちの動向に注目したいと思います。



2016年11月27日日曜日

ねむのにわ

初冬の雨。東急大井町線に乗って等々力まで。坂を上り、坂を下る。上野毛通りのファニチャーショップ巣巣さんで開催中の『ishikawa ayumi exhibition GARDEN vol.9 ねむのにわ』を鑑賞しました。

イシカワアユミさんと知り合ったのは2000年頃。外部スタッフとしてお手伝いしていたウェブサイトPoetry Japanでイシカワさんのフィルム写真作品がメインビジュアルになっており、清涼でセンチメンタルな抒情性に惹かれました。2005年、経堂のギャラリ・カタカタの個展『呼吸』の印象はいまでも鮮明です。

GARDENシリーズは、vol.4 『根っこの記憶』、vol.5 『音庭』、vol.8 『おとしぶみ』を拝見しており、写真作品以外にもイラストレーション、ドローイング、木版画、空間インスタレーション、刺繍、人形、ポエトリーリーディング、鍵盤演奏、雑草食(?)など、数多くのメディアを用いた作品群に断続的に接してきました。

アウトプットが多岐にわたっても、シンプルでナチュラルでオーガニックなテイストがビシッと通貫しており、ゆるふわそうに見えて実はしっかり地に足を置いている。それは精密で確かな技術によってはじめて実現されるものです。そういうことを言うと彼女は「独学なんで」と笑いそうですが、人から教わるものよりも、自分の感覚を信じ、自ら手を動かし、試行錯誤しながら時間をかけて身につけた技術のほうがより強いものであってしかるべきでしょう。

今回の主役は木綿やウール、ニットやレザーで縫われた身長20cm前後の人形たち。人間と妖精の中間的な存在、あるいは人間の衣服を纏ったなで肩の妖精たちは、眠っているようにも耳を澄ましているようにも見える静かな表情。テーブル1卓と壁面1面という決して大きくはない展示スペースですが、枯れ枝や木の実を使って効果的に空間を構成しています。

ちょうどお伺いした時間は店舗の片隅にあるアップライトピアノでレッスン中。おかっぱの少女にピアノと鉄琴を教えるアユミ先生の優しい表情にほっこり。なんだか得をした気分です。


 

2016年11月26日土曜日

fall into winter 2 Poetry Reading Live by Pricilla Label

早過ぎる初雪が東京に降った2日後、凛と冷えた土曜日の午前、京王新線に乗って幡ヶ谷へ。fall into winter 2 Poetry Reading Live by Pricilla Label にご来場の皆様、準備に協力してくださった方々、jiccaさん、イベントスタッフのリュウくん、出演者の小夜さん石渡紀美さん、ありがとうございました。

音楽家の場合、レコード会社一社と専属契約することが多いですが、弊社は出版社ですので所属という概念はなく、あくまでも作家さんとは作品単位のおつきあいです。

とはいえ個人経営で、出したい作品を選び、編集や装幀に関わる以上、レーベルのカラーというものは自ずと出てしまうもの。お客様の前に生身を晒すライブイベントとなれば殊更です。

今回のライブに関しては、会場や日程、お客様にご提供するお料理やグッズ、料金などの外枠はレーベル主体で決めましたが、パフォーマンスの構成や作品の選定に関しては出演者ふたりにお任せしました。

紀美さんはフラットで散文的、小夜さんはエモーショナルで音楽的。声質も語り口も対照的なふたりが今日のために綴った新作連詩から始まり、互いの作品をカバーしたり、同時に発声を重ねたり。ふたつの色の境界線がぼやけて混然一体となり、且つ言葉と声だけのシンプルな素材なのに多義的で豊かで、ひとつのインスタレーションアートを鑑賞するような趣きがありました。小夜さんが紀美さん以外の詩人の作品の朗読を挟んだのも効果的だったと思います。

作品単位では、小夜さんの「てのなるほうへ」の朗読が特に印象的でした。12分超の長編詩を集中力をしっかり保って読み切る姿には余裕さえ感じられ、フィジカルの強さも垣間見せた。朗読でこれだけの時間をもたせるのって想像以上に大変なことなんです。

小夜さんの作品「はじめのなまえをわすれてしまった」の朗読に、時にオクターブユニゾン、時にカウンターメロディのように重ねられた紀美さんの声も繊細で美しかった。音楽と違い拍子が均等ではない朗読の特性を逆手に取った重層的な表現は目から鱗、創造的でした。

jiccaさんのおふたりにご提供いただいたランチプレートのお料理も、丁寧で思い切り良く、ウィットとアイデアに溢れていて素晴らしかったです。

無題/小夜』の制作から始まり、レコ発ライブ「やがて、ひかり」から今回の "fall into winter 2" まで、プリシラレーベルの2016年はおかげさまで充実した一年になりました。来年も良質な製品や興業をお届けできるよう日々精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いします。


2016年11月20日日曜日

ぼくのおじさん

よく晴れた暖かい日曜日。丸の内TOEI②で、山下敦弘監督作品『ぼくのおじさん』を観ました。

日向第一小学校4年1組春山雪男(大西利空)が、公務員の父(宮藤官九郎)、専業主婦の母(寺島しのぶ)、小学生の妹(小菅汐梨)、猫のニャム(たまお)と暮す都内の2階建一軒家には父親の弟で哲学の非常勤講師のおじさん(松田龍平)が居候している。

「身近な大人について作文を書きましょう」。みのり先生(戸田恵梨香)から出された宿題に雪男は悩んだ末、おじさんのことを書き始める。

せこくて、やる気もお金もなくて、屁理屈をこねてばかりで、何も成し遂げないおじさん。それでもチャーミングに映るのは人の言葉を素直に受け取るからでしょうか。松田龍平のいつもどこか遠くを見ているような焦点の合わない目。

原作は1972年刊行の北杜夫の少年小説で、映画の舞台は現代に置き換えられていますが、台詞まわしは原作のまま。先月観たばかりの同じ山下監督の『オーバー・フェンス』はモノローグがまったくなく、役者の動きと表情で感情の襞を表現していました。対して本作には、雪男が作文を朗読する体裁でナレーションが入り、それがコミカルな味わいを醸し出しています。

特に東京を舞台にした前半は、おじさんのスローペースが周囲のスピード感とまったく合っておらず、そのギャップがいちいち面白い。画廊経営者役のキムラ緑子の下町出身らしい前のめりでせっかちさが溢れる芝居が光りますが、その光が照らす先はおじさん。後半のハワイロケは現地の時間の流れがゆっくりなせいか、おじさんが画面に馴染んでしまって少々間延びして見えましたが、風景はきれいです。

テレ東系深夜ドラマ、山田孝之主演『東京都北区赤羽』とはまた感触の異なるオフビートコメディの隠れた佳作として数年後にカルト化しそうな気がします。


 

2016年11月19日土曜日

つつみとくるみ

雨上がりの千駄木。しっとり湿った秋の土曜日の午後、団子坂を上って(団子坂、菊坂、三崎坂。このあたりの坂の名前を聞くと漱石を思い出します)。フリュウギャラリーさんで昨日から開催中のねもとなおこ個展『つつみとくるみ』を鑑賞しました。

ねもとさんの好きなものは、マレーグマと鉱石。もふもふとキラキラ。対照的なテクスチュアが共存し、且つ融和しているのがその作品の魅力です。そしてインテリジェンスとたくまざるユーモアがある。なによりも色彩が素晴らしい。ソフトなグリーン系の中間色も、印刷されることを意識した明快な原色も、品良く、バランス良く収まり、デザインとアートの隙間を軽々と往来します。

『つつみとくるみ』と題された今回の展示の主題は包装でしょうか。つつまれること、くるまれることによって得られる安心が感じられるとともに、くるみは胡桃でもあり。白インクでドローイングを施された胡桃の実が秋の画廊の壁のいたるところに貼り付けられており、その姿にくすっとさせられる。

ことほどさように、言葉のセンスも併せ持つ方なのです(僕の詩作品「風の通り道」ではねもとさんの言葉からの引用が重要な位置を占めています)。

ファブリック/テキスタイルにも挑戦し、あのエレガントな描線と色彩が布帛になり、加工されてロゼットやワンピースになる。あんな素敵なカシュクールをふんわり纏った女の子に出会ったらきっと片想いしちゃうだろうな。

平面作品では「思っていたこと」とキャプションのついた星空に浮かぶ百葉箱と入り口右手に展示されていた鉱物の原石を想像させる抽象画群の画面の硬質な輝きが印象に残りました。


 

2016年11月5日土曜日

fall into winter 2

Pricilla label (プリシラ・レーベル)というインディーズ出版社をやっています。1998年にポエトリーリーディングのカセットテープをリリースしてから18年、詩集を中心とした書籍や朗読CDを制作したり、ライブイベントを主催したりしています。

そのPricilla label が主催し昨年12月に開催しご好評をいただいたポエトリーリーディングライブ "fall into winter" の第二弾が11月26日(土)に同じく幡ヶ谷jiccaさんで、メンバーを変えて行われます。

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"fall into winter 2"
Poetry Reading Live by Pricilla Label

2016/11/26 Sat. open/start 12:00
charge ¥2,500(ランチプレートつき ~ベジ対応可/20名限定 要予約)

〇presents:
 石渡紀美
 小夜

◎幡ヶ谷jicca http://fromjicca.com/
 tel.03(5738)2235
 東京都渋谷区西原2-27-4 升本ビル2F
 →京王新線 幡ヶ谷駅南口より徒歩4分
 (改札出て右マクドナルド側出口より地上へ、商店街を直進)

※ご予約、お問い合わせ pricilla.label@gmail.com

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今回の出演者は女性詩人ふたり。石渡紀美さんは昨年詩集『十三か月』を、小夜さんは今年リーディングCD『無題/小夜』をそれぞれプリシラレーベルからリリースしました。派手なアクションや過剰な感情表現はありませんが、作品とパフォーマンスの本質的なクオリティが高く、自信を持ってお勧めできます。

そして当日僕はフロアDJを担当します。1990年代の英国インディーズ音楽を中心に選曲してランチタイムのBGMをお届けする予定。お楽しみに!

美味しいお食事付のスペシャルなライブです。農家直送野菜をたっぷり使ったランチプレートは天然酵母の自家製パン付、ベジ対応も可能です。

秋から冬へ。移り変わる季節の中のほんの数時間ではございますが、皆様と共に過ごすことができましたら幸いです。ご予約は、お名前、人数、お電話番号を(ベジ希望の方はその旨も)pricilla.label@gmail.com まで、お知らせください。皆様のお越しをお待ちしています!

*2016/11/20追記:おかげさまで満席となりました。ご予約のお客様ありがとうございます。当日お待ちしております。



2016年10月30日日曜日

手島絵里子 ヴィオラリサイタル

ハロウィンで賑わう渋谷駅を抜け、歩道橋を渡って、明治通りを恵比寿方面に向かって徒歩約5分。 l'atelier by APC で開催された手島絵里子さん蓮沼執太フィルF.I.B Journal Ghetto Strings)のヴィオラリサイタルを聴きに行きました。

ピアノは明利美登里さん。このふたりによるデュオリサイタルには何度お邪魔していますが、今回は手島さんのソロリサイタルなので出ずっぱり。オーセンティックなクラシック演奏のヴィオラの音色を味わう90分でした。

ヴュータン エレジー ヘ短調 Op.30
ミヨー ヴィオラソナタ 第1番 Op.240
シューマン 3つのロマンス Op.94
ブラームス ヴィオラソナタ 第1番 ヘ短調 Op.120-1
アンコール: フォーレ 夢のあとで

ヴュータンは小品ですが、初ソロらしく3つの大曲にチャレンジして、特にブラームスの複雑で重厚な音楽を高い集中力で表現できていたと思います。調性の定まらないふわっとしたミヨーの楽曲との対比も面白かったです。

ヨーロッパで100~200年前、バロックまでさかのぼれば400年前に作られた音楽を21世紀の東京においてライブ演奏で聴く意味とは。疵の無い音楽を求めるのであれば、ヒストリカルレコーディング(歴史的名盤)があり、ブラームスのヴィオラソナタならスークパネンカスプラフォン盤(1990)を実際に愛聴しているわけですが。

それよりも目の前で1曲のはじめの一音からおわりまで演奏されるという奇跡を共有したいし、スコアの解釈の先に見え隠れする演奏家の考え方や人となりを感じたい。

l'atelier by APCさんは弦楽器工房が所有するサロンです。適度にドライで且つまろやかな音の響きが室内楽には最適で、高い天井から差し込む自然光とスポット照明のミクスチュアも美しい。ちょうど僕の席からは、明治通りの向いの古い雑居ビルの壁面に描かれたタギング(HIPHOPのグラフィティアート)が窓ガラス越しに覗いていました。

 

2016年10月22日土曜日

帰ってきた同行二人 A POETRY READING SHOWCASE Ⅶ

隅田左岸のお洒落ゾーンといえば清澄白河。戦災で焼け残った古い商家が点在しており、道幅に江戸の名残りを感じます。そんな深川、このシリーズの出発点に7年目の今年、『同行二人』が帰ってまいりました。

初回深川芭蕉庵から程近いそら庵さん。そして今回、そら庵さんにご紹介いただいて、深川いっぷく(どうぶつしょうぎcafeいっぷく)さんで『帰ってきた同行二人 A POETRY READING SHOWCASE Ⅶ』の開催と相成りました。ご来場のお客様、いっぷくのふじたまいこさん、共演者村田活彦さん、ありがとうございました。

僕のセットリストは以下の通りです。10月の詩を中心に組みました。

1. 無題(出会ったのは夏のこと~)
2. Subterranean Homesick BluesBob Dylan / 片桐ユズル訳)
3. Ballad For A Friend (    〃    )
4. もしも僕が白鳥だったなら
5.
6. 山と渓谷
**
7. 線描画のような街
8. 風の通り道
9. 永遠の翌日(新作)
10. オルゴール(村田活彦)
11. Walk Out To WinterAztec Camera / カワグチタケシ訳)

この『同行二人』シリーズは3~5月に開催することが多かったので、秋の風景をまとめてお聴きいただく機会にできたことをうれしく思います。アンケートでは新作詩の評判も上々。また、自作は淡々と、カバーはエモく読む、という最近のマイブームを反映したパフォーマンスになったかと思います。

村田さんのリーディングも面白かったです。「帰ってきた」ので、2010年の初回にやった芭蕉の『奥の細道』の序文をリクエストしたところ、トラックを選んでヒップホップにアレンジしたり。僕の「無題(都市の末梢神経が~)」もカバーしてくれました。

毎年定点で同じ顔ぶれのライブを続けているからこそ見えてくるものもあります。僕は割合スタイルが変わらないほうだと思いますが、村田さんはいつも好奇心旺盛で勉強熱心。アウトプットされるものだけで判断してしまうとブレブレなところもありますが、むしろもっとずっとブレ続けて、そのブレ続ける姿を見せる芸を、唯一無二のスタイルに昇華してもらいたい。

将棋界が揺れている中での開催でしたが、白い壁に一脚毎に表情が異なる手作りの椅子。たくさんのボードゲームと澄んだ空気のどうぶつしょうぎcafeいっぷくさんの雰囲気が良く、程好くリラックスしたライブになりました。

さて、帰ってきたからには再出発しなくてはなりません。同行二人オンザロードアゲイン。来年また違う街でお会いできたら幸いです。どうか皆様も佳き旅を。


2016年10月16日日曜日

オーバー・フェンス

日曜日の東京は薄曇り。テアトル新宿山下敦弘監督作品『オーバー・フェンス』を観ました。

仕事と妻子を失い故郷に帰った白岩(オダギリジョー)は、失業保険を受給しながら函館職業技術訓練学校建築科に通い大工仕事を教わっているが、特段大工になりたいというわけでもない。唐揚げ弁当と缶ビール2本の夕飯。

同じ建築科の生徒である代島(松田翔太)に誘われた店で働く情緒不安定なキャバ嬢サトシ(蒼井優)と出会う。サトシは昼間は函館公園こどものくに(遊園地)で働いている。

故佐藤泰志の函館が舞台の小説の映画化は、『海炭市叙景』(2010)、『そこのみにて光輝く』(2014)に続いて3本目。監督は3本それぞれ異なりますが、本作の山下敦弘監督の過去作は『リンダ リンダ リンダ』『天然コケッコー』『マイ・バック・ページ』『味園ユニバース』など、まあまあ観ているほうです。

「いまのうちにたくさん笑っておいたほうがいい。すぐに面白くなくなるから」。日々の暮しに夢や希望を見いだせない底辺に生きる人々がいかに生きるべきかという佐藤泰志の小説の主題に、旬のアイドルを撮っても必ずブルージィな仕上がりになってしまう山下監督の作風は合っていると思います。

リアリティには欠けるが感触がリアル。閉園後の夜の動物園。おびただしい数の鳥が突然鳴き出し、鳴き止んだ途端に空から雪のように白い鳥の羽が降ってくる。自転車二人乗りで坂を下る。荷台のサトシが両手で白い鳥の羽を次々に空に放つ。

普段軽乗用車を運転しているサトシですから、坂の上の遊園地への通勤は当然自動車だろう。翌日の出勤を考えたら白岩の自転車で帰るなんてありえない。そんなリアリティ批判がまかり通る昨今ですが、そういうくだらない言説はここではあえて唾棄したい。フィクションにはフィクション的リアリティが、映画には映画的リアリティがあり、それが表現たらしめているのだから。

めずらしく主人公に感情移入してしまいました。白岩は、恋人サトシに「その目で見られると自分がゴミのように思えてくる」と、元妻(優香)には「あなた、私のこと要らないと思ってたでしょう」と言われる。僕も近しい間柄の人に、男女問わず、それも自分としては大事に思っている人に「馬鹿にしているでしょう」とか「私の話に興味無いよね」的なことを言われることがあります。とても悲しい気持ちになるので、そういうの本当にやめてもらいたいです。



2016年10月15日土曜日

絵と音と、流れる夜に

よく晴れた秋の土曜日の夕方。東京メトロ銀座線で外苑前まで。TAMBOURIN GALLERY で開催中のイケダユーコ個展[flow]、今夜は「絵と音と、流れる夜に」と題されたイケダユーコさんのライブドローイング、イシカワアユミさんの即興演奏を鑑賞しました。

まずグラスに生けた野の花のデッサンから。インクと水彩絵の具を用いて画用紙に描かれる確かな線と淡い色彩。イケダさんの手が早い。つけペンが画用紙に立てるガリガリと硬い音。しかし紙の上の植物の表情は柔らかい。あっという間に仕上げて2枚目に取りかかる。

今日一番大きな画用紙に幅広の刷毛でホリゾントからグラデーションをつけたボーダーを重ねていく。夕刻の空と地平線。その手前には細い茎の花の群生が風に揺れている。水平の刷毛跡に対して垂直に穿たれるペン先の音。水彩に重なりインクが滲んで広がる。

3枚目は不規則なドット。抽象の先に透けるぼやけた心象風景。4枚目、赤い色鉛筆で引かれる稜線。途中で色鉛筆の芯が折れ、その折れた短い芯を指先でつまんで稜線を引き続ける。

イシカワアユミさんがJuno-DSで奏でるリリカルでイノセントなピアノの分散和音。そして虫の声と線路と波の音のSEが重なり、アンビエントな通奏低音にグロッケンシュピールが散発的に鳴らされる夜の音楽へ。それに呼応して2枚目の夕景のボーダーに再び水彩とパステルでダークトーンが重ねられ、暗い海面に満月が現われる。約1時間のプログラム。

水彩画が描かれる過程とは、画用紙を濡らす水とその蒸発のことなんだな、と思いました。それが予期しない方向に進んでしまってもその偶発性を楽しみ、音楽はもちろん、周囲の気配やノイズ、時間の流れ、観客の動きに反応し、自分に引き寄せる気持ちの強さと懐の深さ。そして乾いた紙の上には痕跡としての描線と色彩だけが残る。ギャラリーを出れば空に満月。いいものを観ました。



2016年10月14日金曜日

地獄に堕ちた野郎ども

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した翌日。シネマート新宿のレイトショーでウェス・オーショスキー監督作品『地獄に堕ちた野郎ども』を観ました。

ザ・ダムドはロンドンパンクのバンドとして最初にレコードデビューし、セックス・ピストルズザ・クラッシュと並ぶオリジネーター。メンバーチェンジ、解散、再結成を繰り返し、現在結成40周年。在籍したメンバーは20人以上。全員が一度は(もしくは数回)脱退している。

オリジナルメンバー4人を軸に、1977年から2012年までのライブ映像、オフショット、スタッフや関連の深いミュージシャンのインタビューで構成されたドキュメンタリーです。

中学生のときにはじめて聴いた1stアルバム"Damned Damned Damned"(邦題:地獄に堕ちた野郎ども)は衝撃的でした。セックス・ピストルズの政治性もザ・クラッシュのインテリジェンスもザ・ジャムのスタイリッシュさもザ・ストラングラーズの文学性もなく、やかましくて下品で粗雑でバカっぽくて楽しそうでした。

2nd"Music for Pleasure"の鈍重な演奏にげんなりしてその後のリリースには積極的になれませんでしたが(キャプテン・センシブルのポップセンスが光る 3rd "Machine Gun Etiquette"や5th "Strawberries" は悪くないアルバムです)、1stだけはずっと愛聴しています。

「俺たちミュージシャンは自尊心が低い人間なのさ。ステージに出て拍手してもらってやっと人並みだ」。還暦を過ぎたいまも自分で機材車を運転してツアーをしています。アメリカでは革ジャンにスタッズ、全身タトゥの40~50代オールドパンクスたちに大歓迎されますが、香港や東京などアジア圏は客層が若い。さすがに恰幅が良くなりましたが、デビュー当時ひょろひょろの4人の破壊的なパフォーマンスはいま観てもやはり血わき肉踊るものがある。

ザ・クラッシュのミック・ジョーンズ、ストラングラースのジャン=ジャック・バーネルバズコックススティーヴ・ディグルビリー・アイドルザ・プリテンダーズクリッシー・ハインドデッド・ケネディーズジェロ・ビアフラデペッシュ・モードデイヴ・ガーンモーターヘッド故レミー、その他大勢のレジェンドたちのインタビューも演奏シーンも数秒から数十秒でカットアップされるハードドライヴィンな編集から監督のザ・ダムドの音楽へのリスペクトが伝わってきます。

ルキノ・ヴィスコンティ監督映画から引用した『地獄に堕ちた野郎ども』がその代表例ですが、SEX PISTOLS 『勝手にしやがれ "Never Mind the Bollocks"』、THE STRANGLERS 『野獣の館 "Rattus Norvegicus"』、THE CLASH 『動乱(獣を野に放て) "Give 'Em Enough Rope"』 etc、この頃の邦題はレコード会社の担当者が楽しんでつけている感じがとてもいいですよね。

大貫憲章氏と写真家菊地茂夫氏による上映前のトークは、ノスタルジーに流され過ぎず、現在のバンドの姿も客観的に伝え、且つパンク愛に溢れており、ちょっと甘酸っぱい気持ちになりました。


 

2016年10月10日月曜日

EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years

今年は10月10日が体育の日。角川シネマ有楽町で、ロン・ハワード監督作品 『ザ・ビートルズ ~Eight Days A Week ‐ The Touring Years』 を観ました。

1963年、セカンドアルバム『ウィズ・ザ・ビートルズ』発売直前、マンチェスターABCシネマの公開録画から映画は始まる。それから1966年サンフランシスコ・キャンドルスティック・パークのラスト・コンサートまで。デビュー前の静止画+ライブ録音を含めてもわずか5年間のライブ活動期間を編集したドキュメンタリーフィルム。

4K技術とデジタルリマスターにより格段に鮮明になった映像と音声は冷酷なまでにバンドの状態を伝えてしまいます。1966年日本武道館公演の4人に1963年当時の溌剌さは消え、特にリンゴ・スターの表情は冴えない。

最後の公式映像となった1970年アップルレコードのルーフトップ・コンサートの4人は50過ぎといってもおかしくないぐらい。疲弊と悟りと数年ぶりに皆で音を合わせる喜びが表情に出ている。

ジョン・レノンリンゴ・スターは1940年、ポール・マッカートニー(左利き)が1942年、ジョージ・ハリスンが1943年生まれなので、最年長のジョンとリンゴですらザ・ビートルズの活動期間は22歳から30歳、ジョージに至っては19歳でデビューし27歳で解散。いかに早熟な天才だったかが判ります。

本編の後に上映される1965年NYシェイスタジアム公演の演奏が素晴らしい。十代の頃『The Beatles at the Hollywood Bowl』のLP盤を聴いて、録音のショボさと嬌声のデカさに辟易しましたが(だって Yessongs とか好きだったんだもん)、最新テクノロジーが当時のバンドのクオリティを蘇らせ、めっちゃ格好良いです。でもこれ、現場で客席に流れてたのはメガホンみたいなスタジアムスピーカーから数秒だけ聴こえるペラぺラな音なんだろうな。

世界中の少女たちの熱狂ぶりがやはりすさまじい。失神してスタジアムの警備員に担ぎ出されたガールズもいまや60~70代でしょう。「1曲目の途中までしか記憶がないのよ」なんて武勇伝を何度も孫に話してウザがられているのかと想像すると、鼻の奥がツンとします。映画館の客層もそれぐらいな感じでした。


2016年10月8日土曜日

帰ってきた同行二人

朗読会のお知らせです。村田活彦カワグチタケシ、年に一度の朗読二人会「同行二人」 。

畏れ多くも自らを芭蕉と曽良になぞらえたオトナ系男子二人旅。2010年春に深川から出発して谷中白山渋谷渋谷吉祥寺。西へ西へと進んで7年目の今年、出発の地深川におめおめと帰ってまいりました。

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帰ってきた同行二人 A POETRY READING SHOWCASE Ⅶ

日時:2016年10月22日(土) 14時半開場 15時開演
会場:深川いっぷく(どうぶつしょうぎcafeいっぷく)
   東京都江東区白河3-2-15 03-3641-3477
   地下鉄都営大江戸線清澄白河駅A3出口より徒歩9分
   東京メトロ半蔵門線清澄白河駅B2出口より徒歩5分
料金:1,000円(御飲食代別途)
出演:村田活彦カワグチタケシ

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7回目にしてはじめての秋開催です。会場はサードウェーブの聖地、隅田左岸のおしゃれタウン清澄白河のどうぶつしょうぎcafeいっぷくさん。元プロ棋士でどうぶつしょうぎのデザイナーでもあるふじたまいこさんがマネージャーを務める、木の香りのする可愛らしいギャラリーカフェです。

ご予約は不要ですが「行くよ!」と言ってもらえると俄然モチベーションが上がります。暦の上ではオクトーバー、耳をかたむけるが吉。ということで皆さま是非お運びください!


2016年10月1日土曜日

< present >

都民の日の東京は細かい雨が降ったり止んだり。JR中央線信濃町駅と東京メトロ丸の内線四谷三丁目駅のまんなかあたり、金木犀の香る住宅街を抜けて。The Artcomplex Center of Tokyoで、櫻井あすみ個展< present >を鑑賞しました。

昨年の芸工展、根津さんさき坂カフェの展示『ここからの世界』で、櫻井さんの作品をはじめて観て「いいな」と思い住所を書いたところ、今回の個展のご案内を送ってくださいました。その間に第34回上野の森美術館大賞展優秀賞(産経新聞社賞)を受賞したりと、活躍が目覚ましい。

モノクロームに近いくすんだ画面には都市の風景。それも高層建築が立ち並ぶ再開発エリアではなく、古びたトタン屋根や電柱が並ぶ旧市街。日本画の画材と技法を用いていますが、一点透視遠近法による陰翳の深い遠景、キュビズム的な画面分割など、西洋画の発想も上手く取り込んでいるのが印象的です。

街中に人物は多くなく、あっても後ろ姿で、顔の表情も描かれていませんが、そこには人々の暮らしが息づいています。自己と他者との距離感が作品群の主題だという。人の思考や感情に必要以上に踏み込みたくはない。それでも誰かと、世界と、いつも関わってはいたい。そんなSNS時代の新しい日本画。

一方で、原画ならではの岩絵具や銀箔による鉱物質の輝きに「直接」ということを想わされずにはいられない。そのアンビヴァレンツを精密なデッサンと画面構成力でまとめ上げる力量は確かです。来春には東京藝術大学大学院の修了作品展が予定されているとのこと。若い才能のこれからがとても楽しみです。



2016年9月25日日曜日

VAMOS ブラジる!?

長い雨が上がり彼岸過ぎの東京に夏日が戻ってきました。毎年この時期、9月末のお楽しみといえば『♪音楽で結ぶ中央線ブラジル化計画♪ VAMOSブラジる!?』です。

阿佐ヶ谷から吉祥寺まで約6km。JR中央線沿線のラテン、ジャズ、ワールドミュージック系ライブハウスやカフェを巡るブラジル音楽縛りのライブサーキット、今年は7軒のお店で2日間、計84のアクトを電車で行ったり来たりしながら楽しめるというお祭りです。25日日曜日にふたつのライブにお邪魔しました。

まずは西荻窪駅から徒歩1分、COCO PALMBanda Choro Eletrico(画像)。流動的なメンバーのビッグバンドの今日のメンバーは、ベース沢田譲治さん、ピアノ堀越昭宏さん、ドラムス沼直也さん、フルート尾形ミツルさん、トロンボーン和田充弘さん衣山悦子さん、スルドちっちさん、パンデイロRINDA☆さん、トイピアノ伊左治直さん、ボーカルまえかわとも子さん(左利き)、ボーカル&パーカッション新美桂子さん、ダンス坂本真理さんの12人編成。

1曲目が終わって観客は唖然。ショーロはあくまでも名目上のもので、かなり異端に位置するエッジの効いたブラジル音楽です。むしろウェザー・リポートや後期のゴングなんかに近い。現代音楽とエスニックとジャズを遠心分離機にかけたみたいな演奏は、しかしシリアス一辺倒なものではなく、超高速パッセージを超絶技巧で繰り出すほどに笑える。実際RINDA☆さんはパンデイロを叩きながら終始笑顔です。

そして吉祥寺に移動して、World Kitchen BAOBABで、THEシャンゴーズ。もうひとりのギタリスト尾花毅さんは別の店に出演中ということで中西文彦さんまえかわとも子さん(左利き)のデュオで。前のアクトで中西さんと演奏していたパーカッション荒井康太さんが飛び入りで加わって、こんな偶発的なセッションもサーキットイベントならでは。

こちらは、まえかわとも子さんのレンジの広い歌声にパッションが解放されており、心揺さぶられました。中西さんはギターひとりだとこんなにも休符を活かした演奏をするんですね。これも発見。荒井さんがまた別の店に行くため途中退場すると、観客たちがテーブルや食器を叩いて応援し、最後はアンセム「夜明けのサンバ」の大合唱で締め。みんなが幸福な表情になりました。

ひとつのアクトが45分とコンパクトなので少々聴き足りなさはありますが、ショーケースとしてはちょうどいいし、投げ銭というのも気楽に足を運べる、素敵なイベントだと思います。未体験の皆様、来年は是非中央線で会いましょう!


 

2016年9月24日土曜日

声とギター と 声とウクレレ

谷根千のランドマークであり、誠実で明快なテーマ性を持つ新しい個人経営店舗の先駆けとしてある意味シンボリックな存在だった谷中ボッサさんが、昨日9月23日をもって12年半の歴史に一旦幕を下ろしました。

その翌日の今日、ボーナストラック、あるいはカーテンコール的なライブ『声とギター と 声とウクレレ』が開催されました。出演者は石塚明由子さんノラオンナさん。いずれ劣らぬ実力とキャリアを持つシンガーソングライターで、僕も普段から愛聴しているふたりです。

意外にもふたりは今回が初共演。それがこの多くの人に愛された名店のクロージングというのも何かのご縁でしょうか。ボッサさんの白い塗り壁を意識してかふたりとも白のブラウスを着て。

明由子さんは10年前の初出演(当時は2人組ユニットvice versaとして)から現在に至る各回のエピソードと当時の代表的な楽曲をクロニクル構成で。ノラさんはさざなみのようにかすかな音色のウクレレといつも通り静かな、でも気持ちの入った生声の響きで。それぞれの仕方で感謝と惜別の想いを伝えるように。

明由子さんが今朝作ったという新曲「谷中ボッサ」とラストの「Ohシャンゼリゼ」のカバーの2曲をふたりで演奏し、満員の客席のコーラスも加わって、あたたかくなごやかに名店の最後を飾りました。

僕がはじめて谷中ボッサさんで朗読したのは2006年12月(そう、明由子さんの同期です)、藍かすみさん主催のsyfte.のイベントp-cafeでした。2008年2月には2度目のp-live。このときボッサさんではFIESTA ARGENTINA!の開催中で、サッカーアルゼンチン代表の水色のジャージを着てホルヘ・ルイス・ボルヘスの詩を朗読しました。帰り道、谷中墓地に雪が積もっていて、ブエノスアイレスは今頃は真夏だな、と思ったのをよく憶えています。

そして昨年、2015年2月22日にはmueさんとラブソング縛りのツーマン・カバーライブ"sugar, honey, peach +love"。とてもスイートな真冬の夜でした。どれも深く記憶に残るライブです。

谷中ボッサさんは長野県松本市に居を移して2016年11月から営業再開します。しえさん、ともみさん、いづみくん、大変お世話になりました。松本にも遊びに行きます。どうか変わらずお元気で!



2016年9月23日金曜日

TRIOLA a live strings performance

雨が上がって湿度の高い金曜日の夜。下北沢leteへ。波多野敦子さん(作曲、5弦ヴィオラ)と須原杏さん(ヴァイオリン)の2人による最小単位弦楽アンサンブルTRIOLAを聴きに行きました。メンバーチェンジして再起動後、2回目のa live strings performanceです。

前回7月のセットリストには旧triola時代のボーカル曲が2曲ありましたが、今回はオールインストで、現在の編成になってから作られた新曲も数多く演奏され、創作の充実期を迎えているのが伝わってきます。

波多野さんの書く曲には、ポップミュージックのAメロ、Bメロ、サビも、クラシック音楽の第一主題、変奏、第二主題、展開部という構成も無く、多少のリフレインは存在するものの、総じてフリーフォームです。小刻みなパッセージから発展して大きなうねりに変化し、調性や拍子を変えながら進んでいく様は、粘液の流動や細胞の増殖と死滅をクローズアップで眺めているような感じに近い。

特に無題の新曲群は更に抽象度が増しています。緻密に設計されたスコアに則り演奏されるインテリジェントな音楽が演奏家の身体を通過しフィジカルに解き放たれる瞬間が随所にあり、あたかも一瞬の凪に深海に差す一筋の光明のように感覚が開く。そこにこのデュオのライブ演奏の魅力があります。

須原杏さんのヴァイオリンの多彩な音色。かすれた溜息から澄んだコロラトゥーラ、生真面目な面に時折見せるユーモアの欠片が大変チャーミングです。そして波多野さんのソロ曲でループマシンを駆使して紡がれるノイズは、FrippEno の"No Pussyfooting" のような美しさ。

前回聴いたときからわずか2ヶ月で厚みを増したアンサンブル。波多野さんがバックに回って縦乗りのリフを刻むとき、湿った木箱のような会場を共振させる音像の強さに、杏さんが正確なボウイングで応える。

leteのライブ限定で未発表の新曲CD-Rを毎回発表していくとのこと。次回のa live strings performanceは12月1日。年明けには正規盤のレコーディングと、とても楽しみです。



2016年9月19日月曜日

エル・クラン

敬老の日の東京は雨。2日続けて恵比寿ガーデンシネマへ。2015年ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞、パブロ・トラペロ監督作品『エル・クラン』を観ました。

1983年サン・イシドロ。アレハンドロ(ピーター・ランサーニ)はプッチオ家の三男二女の長男でラグビー・アルゼンチン代表チームのポイントゲッター。父アルキメデス(ギレルモ・フランセーヤ)は軍事政権下で情報管理官だったが民主化により失脚し、息子たちと誘拐を犯し身代金で生計を立てている。アルゼンチン人なら知らない者のない実話に基づくストーリー。

同時代のブエノスアイレスを描いた仏作家カリル・フェレのクライムサスペンス『マプチェの女』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んだばかりだったので、アルゼンチンの軍事独裁政権とELN(民族解放戦線)がいかに残虐で腐敗にまみれたものであったか、ある程度の知識があったのですが、そういった前提なしに物語の背景を理解するのはなかなか難しいかもしれません。

普通の感覚では、誘拐した人質を家族6人が暮らす自宅の一室に監禁するという事態が異常に思われるのですが、監督のインタビューによると、主犯アルキメデスは罪の意識を持っていなかった、という。軍事政権下で利権を貪り豊かになった富裕層が、政権が揺らぎ始めるとみるや資産を海外に移し始め、国力が低下する。そのことに義憤を感じ、金持ちから高額の身代金を詐取しようと義賊的な志で誘拐を重ねる。その犯行の過程で多くの命が失われる。

当時のアルゼンチンの司法制度もぐだぐだにユルくて酷いです。共犯の疑いのある被疑者を当事者の求めに応じて同じ檻に収監するわ、拘留中に家族や恋人に直接接触させるわ、挙句の果てには、アルキメデスは無期懲役で服役中に司法試験に合格して弁護士の国家資格を取得したという。

El Clanはスペイン語で「一族」の意。家族の結びつきの強固さはラテン世界ならではのものかもしれませんが、昨今の日本の絆至上主義ともいえる空気に違和感を持ってしまうのは、同族的、単一的な価値観が大義を得たときにファナティックな行動に向かうことに対して本能的な恐怖を感じるからでしょう。

手ブレとフォーカスアウトを意図的に多用したカメラワークがクールなのと、CCRThe KinksDavid Lee Ross等、アッパーなビートの効いたサウンドトラックのおかげで後味は悪くない。むしろ爽快です。

 

2016年9月18日日曜日

グッバイ、サマー

嵐の予感のする初秋の日曜日、恵比寿ガーデンンシネマミシェル・ゴンドリー監督作品『グッバイ、サマー』を観ました。

女の子によく間違えられる左利きの美少年ダニエル(アンジュ・ダルジャン)が午前6時のアラームで目を覚ますシーンから映画が始まる。淹れ終えた紅茶のティーバッグはテーブルに直置き、ビスケットを浸して食べ二度寝。午前7時にセットしたアラームで再び目覚める。

母親(オドレイ・トトゥ)には「あなたは特別」と言われるが「特別なんかでなくていい。でもみんなと同じだとムカつくんだ」と答える。転校生のテオ(テオフィル・バケ)と、はぐれ者同士、スクラップを集めて家型自動車を自作し旅に出る。中2と中3の間の夏休みの冒険物語。露出オーバー気味の画面に思春期の自意識と二度とない輝きがキラキラと焼きつけられている。バカ男子ポンコツ・ロードムービーです。

「個性っていうのは型じゃないだろ。自分の選択や行動によって決まるんだ」。

原題はMICROBE et GASOIL。主人公二人のあだ名です。 ミジンコとガソリンみたいな感じ。MICROBEはマクロビオティックとも掛けているのかな。スピリチャルな自然志向に嵌った意識高い系の母親が「今日からうちは菜食」と宣言する。

そもそも、オーガニック、マクロビはプラマイゼロ。それ自体が人体に対して何かプラスの効果があるわけではなく、非オーガニック、非マクロビにより害されるものを回避する手段なのだと思います。主張すればするほど、自らの良さを伝えるよりも、相手の欠点を挙げて追い詰めてしまいがち。

ポスターには「ミシェル・ゴンドリーの自伝的青春ストーリー」と書かれています。「自伝的」が宣伝文句として成立するのは、作家自身の体験に立脚したリアリティにより重きを置いて作品を評価する層が一定以上存在するということ。僕は逆に、作家のイマジネーションの逸脱ぶりや荒唐無稽さを求めたい。

そういう意味でこの作品は、随所にゴンドリー監督らしい現実離れしたおかしなところがあって、そういう辻褄の合わなさも、赤いフェイクレザーのジャケットに学校ジャージにおっさんぽい革靴という80's的なテオの衣装や髪型の絶妙なダサさも、全部ひっくるめて中2的で素晴らしいなあ、と思いました。

 

2016年9月11日日曜日

君の名は。

NY、ワシントンDCで起きた大規模な自爆テロ攻撃から15年が経った今日。東京は細かい雨が降ったり止んだり。ユナイテッドシネマ豊洲新海誠監督作品『君の名は。』を鑑賞しました。

1200年ぶりの彗星がまもなくやってくる2013年9月のこと。カルデラ湖畔の小さな町の町長の娘で神社に住む女子高生宮水三葉(声:上白石萌音)が、ある朝目覚めると、都立高校に通う男子立花瀧(声:神木隆之介)と身体と精神の組み合わせが入れ替わっている。

大林宣彦監督の『転校生』をはじめ、入れ替わり物語は多々ありますが、きっかけにフィジカルコンタクトを伴わず、且つ短期的可逆性が生じるものは目新しいのかな、と思います。なにより主人公ふたりが最後の最後まで出会わないのと、地理的な距離に加えて、時間軸のギャップが設定を重層的にしています。

会わないけれども、クラウド上(もしくはモバイル端末内)で情報共有することで、入れ替わりの事実を徐々に受け入れ、生活になるべく支障がないように気をまわすのが現代的。美濃太田行の電車に乗るシーンがあるので、三葉の暮らす町はJR高山線沿線でしょうか。オープニングの雲を割いて落下する流星群から、ラストの階段(目白台?)まで、風景描写は終始美しく、物語は儚い。

劇中RADWIMPSの音楽をはじめてまとめて聴きましたが(4曲ほぼフルサイズでかかります)、いい声ですね。「君の名をいま追いかけるよ」という主題歌の歌詞。2004年に書いた「」という詩で似たレトリックを使用しております。

エンドロールにプロデューサーとしてクレジットされている市川南氏は卒業後一度も会っていませんが学習院大学の同学年で、僕がいた現代詩研究会とは部室が斜向いの映像文化研究会出身です。美少年だった市川くんもいまや東宝の取締役。『シン・ゴジラ』の製作も手掛けているので、この夏はさぞ大忙しだったことでしょう。

2016年9月3日土曜日

GORAKU GOKURAKU

北沢八幡神社例大祭の宵宮、下北沢は細かい天気雨。鈴なり横丁の裏手の坂の途中にあるライブバーCIRCUSへ。UN-JAMI presents GORAKU GOKURAKUUN-JAMI と hotel chloe のツーマンライブに行きました。

ボーカルのひろたうた君のソロは東京でも何度か聴いていて、去年は Poemusica Vol.38 に出演してもらったのですが、大阪を拠点とするhotel chloe(画像)は、バンドとしてはこの日が東京初ライブ。これは見逃せません。

奇妙礼太郎トラベルスイング楽団天才バンドなどでも活躍中のドラマーテシマコージさんが加入して4人組になり、2nd フルアルバム"THIS BAND" をリリースしたばかりのバンドサウンドは、ソロ弾き語りのフォーキーで微細な襞とは趣きの異なるロックンロールを体現しています。

ひろたうた君は僕基準でいう男子ミュージシャンの完全体。一聴して彼と判る特徴的なハスキーボイスは所謂美声とは違いますが、歌詞が実に良く届く。ブルースハープも上手で、ゲストのUJさんのテナーサックスとのソロ交換では客席の温度が一気に上がりました。そしてバンドメンバーから次々に明かされる天然エピソード。演奏中もMCもオフステージも終始キュートな愛されキャラ。

主催のUN-JAMI の見事に削ぎ落とされ無駄なく整理された演奏に比べると、アンサンブルにところどころガチャガチャしたところがありますが、それすらもチャーミングに聴かせてしまう勢いがある。

UN-JAMIさんのライブは2度目かな。ウッドベース&ボーカル、ギター、サックス、パーカッションのジャグ・カルテットでブルース/スウィングを基調に、サンバやカリプソ、サルサ等、ラテンのリズムもさりげなく取り込んだパーティミュージック。転換時にはモンキーレンチによるユルいマジックショー。ザッツ・エンターテインメント。こんなにも客席に笑顔が溢れているライブはひさしぶりでした。

 

2016年8月27日土曜日

Hello, my sister - Folk song & Swing music

諏方神社例大祭の夕べ。東京下町は細かい雨が降ったり止んだり。根津の静かな住宅街のお店 COUZT CAFE + SHOP さんへ、石塚明由子さんのライブ "Hello, my sister - Folk song & Swing music" を聴きに行きました。

オープニングは「エンドロール」。昨年暮れにリリースされた1stソロアルバム "Hello, my sister" でも1曲目に収録されている名曲です。そこからウッドベースの須藤ヒサシさんWATER WATER CAMEL)とデュオで4曲。そしてジャズギタリストの加治雄太さんが加わり、全8曲のオリジナル曲を演奏した前半。

「永遠じゃないから美しいんだね」(エンドロール)、「ほんとの気持ちが言えないまま/このまま僕らは離れていくの」(ほんとうのこと)、「二人で歩く最後の道」(二人に落ちる月の影)。オールドギブソンを小さな音で丁寧に爪弾き、往く夏を惜しむかのように、物語の終わりを綴る。小さな真珠玉のような楽曲たち。

短いインターバルを挟み後半はギターを置いてジャズとブラジリアンスタンダードを8曲。エメラルド色の麻のワンピースがよく似合う明由子さん。MCや普段の会話から察するに、少々姉御肌なところがあると思いますが、音楽は清楚で可憐です。そして歌声をコントロールする高い技術がある。"Tea For Two" の7/4拍子アレンジには痺れました。加治さんのギターがオーセンティックなバップスタイルで支え、ギターソロもベースソロもたっぷり聴かせます。

演奏全体の印象が静か。クールとも抑制とも違う、微熱を帯びた静寂は、他にはない魅力です。ジャズが本職じゃない人の歌うジャズが好き。リンダ・ロンシュタットリッキー・リー・ジョーンズビョーク、etc.. 僕の中にある系譜の新たなリストに明由子さんが加わりました。


2016年8月15日月曜日

シング・ストリート 未来へのうた

終戦記念日。図らずもアイリッシュ強化週間に。ヒューマントラストシネマ有楽町ジョン・カーニー監督作品 『シング・ストリート 未来へのうた』 を観ました。

1985年、アイルランドの首都ダブリン。主人公、15歳のコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)の家族は、不仲で喧嘩の絶えない両親、大学中退後ひきこもる兄、建築家志望の姉。不況で父親が失業し荒れた労働者階級地域のカトリック系男子高 SYNGE STREET HIGH SCHOOL への転校を余儀なくされる。

粗野な同級生にも厳格な校長にもマッチョな校風にも馴染めずにいたが、ある日街角で見かけた美少女ラフィーナ(ルーシー・ボーイントン)に「僕のバンドのMVに出てみないか」と声を掛ける。それからあわててメンバーを探し、組んだバンドがSING STREET。ギターのエイモン(マーク・マッケンナ)と曲作りを始める。

セックスピストルズは上手いか? お前はスティーリーダンか? ロックは上手にやろうと思うな! ロックをやるなら笑われる覚悟をしろ!」

1985年といえばMTV全盛期。曲作りやバンドアレンジとMV制作のシーンが同等の比重です。TOP OF THE POPSデュラン・デュランを観ればそれ風の曲を書き、ジョー・ジャクソンザ・キュアホール&オーツ風と、兄の影響で聴いたレコードそのままをなぞる曲調。衣装や髪型、メイクアップ、ビデオの演出までそれ風にせずにはいられないのが微笑ましい。

監督は1972年ダブリン生まれで1990年代初頭にはロックバンドでベースを弾いていたという。ジャスト同世代ではないものの「あー、わかる」という瞬間が多々。The Jam "Town Called Malice"、The Clash "I Fought The Law"、はいはい、コピーしましたとも!

ブルックリン』から30年後も共通するアイルランドの美しい自然と社会的閉塞感。エクソダスの象徴としてのロンドンであり英国ポップチャートであり。そのコントラストを強調するためか、当時のアイルランドの優れたロックバンドで商業的にも成功していたブームタウン・ラッツU2ホットハウス・フラワーズザ・ポーグス等に対する言及は避けられている。あ、シン・リジィの曲は流れます。

ジョン・カーニー監督の脚本演出はタイトで無駄がなく、カメラワークや編集もスピーディで爽快なドライヴ感があります。ノスタルジックでスピリチュアル、みたいなアイリッシュ感は薄いですが、地方都市の青春ものが好きな人、バカ男子がわちゃわちゃしているのが好きな人、1980年代に洋楽を聴いていた人ならきっと楽しめる一本です。

 

2016年8月13日土曜日

ブルックリン

湿度が低く涼しいお盆初日。渋谷アップリンクジョン・クローリー監督映画『ブルックリン』を観賞しました。

舞台は1950年代、アイルランド第二の都市エニスコーシーに老いた母親と暮らす美人姉妹。不景気で妹エイリシュ(シアーシャ・ローナン)に高待遇な地元の職はなく、同郷の神父(ジム・ブロードベント)を頼り、ひどい船酔いに苦しみながら単身ニューヨークに渡る。

NYブルックリンのアイリッシュコミュニティの女子寮の寮生は複数の百貨店に勤務している。人材不足のポストに神父が斡旋しているのだ。食事前には厳格なカトリックの祈禱、メニュは羊のシチュー、パーティではアイリッシュダンスを踊る。

フィジカルな意味でもメンタルな意味でも厳しい境遇をリアリズム的視点で描いていますが、登場人物に本質的な悪人がいないので、優しい感触が残ります。女子寮のいじわるな先輩2人も肝心なところでは助けてくれるし。その2人とイタリア人の末弟や寮母の台詞に控え目なユーモアがにじみます。

イタリア系移民のボーイフレンド(エモリー・コーエン)ができたことで、イタリアンコミュニティに接するが、彼らもまた礼儀正しく奥ゆかしい。大航海時代にイギリスとオランダというプロテスタント大国が侵攻した北米大陸において、後発のカトリック教徒であるアイルランド系とイタリア系は反目しつつもシンパシーを感じ、ブルーカラーとして多様性社会を形成していった。アメリカという国家はこういう風に成り立ってきた、ということが理屈ではなく体感的に理解できる。

主人公や同僚たちの衣装がノスタルジックで可愛い。パステル主体でヴィヴィッドな差し色をわずかに加えたスクリーンの色調。弦楽アンサンブル中心のマイケル・ブルックのサウンドトラック。演出には抑制された美があります。

主人公を演じるシアーシャ・ローナンは翡翠色の瞳のアイルランド人。16歳にして冷徹な殺人マシンを演じた『ハンナ』が印象的ですが、22歳になり、すこしたっぷり感が出て、お芝居で魅せる大人の女優になりました。

 

2016年8月11日木曜日

Poemusica Vol.49

山の日。新しい祝日を下北沢で。Workshop Lounge SEED SHIPにて Poemusica Vol.49 が開催されました。昨年9月のVol.42以来の昼間のPoemusicaです。満員御礼。ご来場の皆様ありがとうございました。

Vol.39(2015/04)、Vol.44(2015/11)に続きPoemusicaは3度目のたけだあすかさん。大阪から歌いに来てくれました。先週体調を崩し、声が出せない状態と聞き心配していたのですが、きっちりコンディションを仕上げてきました。その経験も「声」という新しい曲に。あの愛らしい歌声が戻って本当によかったです。

さわひろ子さんも3度目のPoemusica。Vol.41(2015/06)とVol.45(2015/12)ではガットギターのサポートでしたが、今回はピアノ古賀小由実さん、パーカッションまぁびぃさんとトリオ編成。古賀さんとは声の相性が抜群で、ジャズファンクテイストからクラシカルな二声対位法まで振り幅がとてつもなく大きい「童謡メドレーハイパー」が圧巻。まぁびぃ氏の繊細な音作りも相変わらず美しかった。

初芝崇史さん(画像)。素晴らしくフォトジェニックです。どの角度からどの表情を撮っても絵になる。甘いメロディもジャキジャキとしたストロークも持ち、曲調によってガットと鉄弦の2本のギター、ピアノを器用に使い分けます。MCでは天然なところも見せて。11回も富士山に登頂しているし。もちろん努力はしているに違いありませんが、才能とは不公平なものだなあ、と思ってしまいます。

SOONERSはKeiさん(Gt)とガジャGさん(Per)の兄弟デュオ。ヨティさんのギターを加えてダイナミックなグルーヴを聴かせる。アコースティック編成ながら、高揚感のある四つ打ちを用い、エモやメロコア、HIPHOP、レゲエ等の要素もあるアーシーなミクスチャーロック。困難な現実をしっかり認識しながら人生を肯定する強さを持つ歌詞がずっしり響く。ヨティさんのボトルネックも効いていました。

山の日ということで、僕は山の詩を中心に、「八月の光」「山と渓谷」「八月」、たけだあすかさんの新曲と同名の「」、小さな光を描いた「」をエンドロールに計5篇。いまから思えば夜の詩ばかり(笑)、よく晴れた真夏の明るい午後のガラス越しの陽光のなかでリーディングしました。

SEED SHIPオーナー土屋さんの退院と職場復帰という祝福ムードも手伝って、いつになくにぎやかでハイテンションなPoemusicaになりました。2週間ひとりでがんばってSEED SHIPを切り盛りしたスタッフわかちゃん、お疲れ様&ありがとう!

 

2016年8月7日日曜日

アサガヤノラの物語

猛暑日。阿佐ヶ谷駅前は提灯がにぎやかに飾られて、サンバにフラに盆踊り。中央線沿線らしいカオスな七夕祭り。それでも線路沿いを5分も歩けば小道は閑静な住宅街に入る。

夏至を過ぎて1ヶ月経ちましたが、まだ充分に明るい午後6時。Barトリアエズでウェルカムかき氷。日曜音楽バー『アサガヤノラの物語』、mayulucaさんの回にお邪魔しました。

自らのレーベルFENETRE RECORDを立ち上げ、2016年1月に3rdアルバム『幸福の花びら』をリリースしたmayulucaさんは、今年一年を『幸福の花びらイヤー』と位置づけ、出演時間の許すかぎりアルバム全曲を歌っている。このアサノラが僕にとっては3度目の『幸福の花びらライブ』です。

「聴こえていたのは風と波とそれくらい/失望はしていたが絶望はしていない」(風と波とそれくらい)。失望はしてい「た」。「た」の一音に閉じ込められた過去の時間。「た」を「る」に置き換えてしまうと全く別の感情になってしまう。そんなミニマルな差異を味わう音楽。「集積」とは、「善良」とは。

声とギターという最小限の音で空間を満たす術を知っており、しかも程好く、品良く響かせることで、聴き手は感覚や思考を音の浪間に自由に泳がせることができる。そしてそれはとても心地良い。彼女の音楽を聴きながら、ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』で大学に進学した主人公ジュディが妄想するレモンゼリーのプールのことを考えていました。

暮色の移ろいのなかで、新譜の9曲と1stから2曲、またしても意外性のあるカバー曲を含め全12曲。1時間きっかりのセットリストが終わる頃、トリアエズの大きなガラス窓の外の街は熱帯夜に変わり、ノラオンナさんの素晴らしい手料理とハイボールをいただきながら、静かに夜は更けていくのです。

 

2016年8月4日木曜日

デヴィッド・ボウイ・イズ

8月に入って東京はようやく気温が上がってきました。シネ・ロック・フェスティバル2016丸の内ピカデリー3で『デヴィッド・ボウイ・イズ』を観ました。

ロンドンの英国王立ヴィクトリア&アルバート博物館で2013年に開催された大回顧展 "David Bowie is"。デビューから2013年の "The Next Day" まで。キュレーター3人が展示を紹介する映画です。

1947年生れのデヴィッド・ボウイ(左利き)が幼少期に実際に使用した食糧配給手帖、十代のアマチュア時代に描いたライブ会場のパース画、1960~70年代の自筆歌詞、制作されなかった映画の絵コンテ、数々のステージ衣装、等々。膨大な物量の展示物を当時のエピソードやMV、来館者のコメントを交えて時系列で解説する。ゆかりのあるゲストが円形ステージでスピーチするギャラリートークが時折インサートされます。

「ボウイで検索すれば数十万の画像が表示されるが、映りの悪いものはひとつもない」。自己演出に心血を注いだ彼は、今年1月10日に69歳で亡くなっていますので、この回顧展もフィルムも最晩年、死期を悟ったボウイが自ら監修して、自らの望むかたちで残したかったのではないかと思います。

リンゼイ・ケンプウィリアム・S・バロウズからの影響、ブライアン・イーノThe Oblique Strategies。Against the system. 既成概念を常に覆しつつも、その一歩はあくまでもポップスターとして留まる。絶妙なさじ加減は天性のものだったのでしょう。

基本的に博物館内の映像で構成されており、サウンドトラックは既存のスタジオ盤からの選曲で、フルコーラスのライブ映像は3曲のみ。ですが、その3曲が素晴らしい。なかでも2001年54歳のときにグラストベリー・フェスティバルで演奏された "Changes" は、原曲よりだいぶキーが下がったな、と思いつつ、やはり心が震えました。

ゲストスピーカーでは、完全カタカナ発音のブロークンイングリッシュで通した山本寛斎も堂々としていてよかったですが、一番ぐっときたのはパルプジャービス・コッカーの "David Bowie is one of us" という一言。

回顧展は2017年1~4月に天王洲アイルの寺田倉庫に巡回します。直筆の歌詞を見ながらヘッドホンで曲を聴けるコーナーは是非再現してほしいものです。

 

2016年7月27日水曜日

TRIOLA a live strings performance

梅雨明け前夜の水曜夜。下北沢leteへ。4月のリリース以来楽しみにしていた、実に3年8ヶ月ぶり、2012年11月以来のTRIOLAのライブです。前回最後に観たのも同じくleteで。そのときとはメンバーが変わり、小文字から大文字表記になった新生TRIOLAです。

作曲、編曲と以前はヴァイオリンを弾いていた波多野敦子さんが5弦ヴィオラに持ち替え、そしてASA-CHANG&巡礼のメンバーでありSEKAI NO OWARIをはじめとしたメジャーシーンの仕事も多く手掛ける須原杏さんが新たにヴァイオリニストとして加わりました。

波多野さんのソロ作「13の水」、triolaの1st "Unstring, string"、ライブでよく聴いたtriola後期作品、ソロとデュオのインプロヴィゼーション、新生TRIOLAの新曲、各々2曲ずつ(ボーカル曲は「Close to you」と「青いトカゲ」)。アンコール含め12曲の構成は、このユニットの来し方行く末を示しているよう。

波多野さんの口から出るのは「ハードコア」「グルーヴ」といったおよそ弦楽アンサンブルからは遠い言葉たち。変拍子を多用しゴツゴツしたリフに東欧/中近東寄りの哀愁を帯びた旋律が絡む以前のtriolaのスタイルから、メロディアスな要素を排し、より抽象的で細密なモザイク画のように9本の弦が緻密に響き合う2つの新曲がスリリングでした。

3曲の即興演奏。それぞれ、ロングトーン、プレストのパッセージ、ピチカートをサンプラー・ループマシンにより反復させて、ノイジーに不協和音を重ねていく剛腕は波多野音楽の真骨頂。ヒーリング的なネオクラシカルミュージックとは対極のエッジは更に研ぎ澄まされている。

新編成ではじめてのライブということもあり、アンサンブルとしてはまだこれから熟成されていくところだと思いますが、その荒削りささえも音楽の魅力に変えてしまう。

2010年に画家足田メロウさん個展のオープニングではじめて共演し、東日本大震災直後のざわついた時期に何度も通ったleteのtriolaライブ。アップデートされたTRIOLAをまたあらためてフォローしていきたいと思います。

 

2016年7月23日土曜日

古川麦 7inch "Seven Colors" 発売記念ワンマンライブ『七七七』

7月下旬、涼しい土曜日。渋谷7th FLOOR古川麦 7inch "Seven Colors" 発売記念ワンマンライブ『七七七』」に行ってきました。

弾き語りソロ、関口将文さんノラオンナさんとのデュオ、弦楽トリオ、ちみんさんannieくんのトリオ、表現(Hyogen)港ハイライトなど、いろいろな編成の麦くんのライブを聴きましたが、リズムセクションが入るフルバンド編成は実は初めてでした。

コーラスをループさせたジャジーなアレンジの "Coming Of The Light" からソロで3曲、ピアノ谷口雄さん(ex.森は生きている)、ウッドベース千葉広樹さんKinetic)、ドラムス田中佑司さん(ex.くるり)の強力なバッキングを得て、更にチェロ関口将文さん(JA3POD)、ヴァイオリン田島華乃さんが繊細な色彩を添える。

段階的に演奏者が増えていくストップメイキングセンス形式で、ラストの"Seven Colors"まで全14曲90分の本編に、宮沢賢治の「星めぐりの歌」、初めて作った曲「Summer Song」のアンコールという構成。そして会場DJをつとめた藝大の同級生KAZUHIRO ABOさんに促され小沢健二の「大人になれば」で客席は大盛り上がりでした。

メンバー間の信頼関係の深さが音楽に如実に表れている。部室で男子たちが先輩後輩混じってわちゃわちゃしている僕の好きな感じもあり、唯一の女子である華乃さんが「これだから男子って、、」みたいな感じで若干距離を置いて大人っぽく見守る姿もまた一興。

トレードマークのハットと眼鏡はあえて避けたのか。麦くんが元から持っている誠実さも几帳面さも知性も小生意気な青さもバンドサウンドによってフィジカルに躍動する。7th FLOORのステージのレッドカーテンから連想させる、たとえばヴェガスのショーに出しても全く見劣りしないぐらい、音楽そのものの力で満員の観客を魅了する一流のエンターテインメントに仕上がっています。

美しく正確なギターのパッセージはバンドのグルーヴに溶け込んでしまいますが、それを聴きたいときはソロやデュオのライブに行けばいいし、むしろそういった意味でも多彩な才能を確認したライブでした。


2016年7月22日金曜日

南国恋情

梅雨明け間近の涼しい夕方、ゆるやかな坂を上って下って外苑前のTAMBOURIN GALLERYへ。『森宏の個展2016「南国恋情」』にお邪魔しました。閉廊間際の時間に着いたにも関わらず、歓待してくださってありがとうございます。

小さなスピーカーから流れる島唄。入り口にはオリオンビールの提灯と椰子の鉢。壁一面を埋め尽くす夏の光景。作家森宏さんのサービス精神に溢れる楽しい展示で、とても幸せな気持ちになりました。

パンチラ、パンモロ、胸の谷間、脇乳と思春期男子目線が潔く痛快です。クローズアップだけでなく、大勢の食事風景があったり、真夏の日差しに輪郭が滲んだ南島の樹木があったり。特にギャラリーの壁面上方をぐるりと囲んだ午睡のパノラマは壮観です。

21世紀の東京のゴーギャン。エロを基調としながら、じめじめとしたものになっていないのは、明確なコンセプトと確かな技術に裏打ちされているから。迷いがなく正確な描線、明るく健康的な色使い、繊細なタッチ、ウィットに富んだコラージュ。そして時間とともに移ろう光を捉える眼。

昼間の日向を明瞭な色彩で描く一方、正午過ぎのビーチは眩しく緩ませる。柔らかく斜めの早朝の日差し、宵闇の深さと温度を持つ電球の輝き。ノスタルジックで幸福な夏の空気。

タンバリンギャラリーさんを訪れたのは2010年12月のワンマンライブ以来。療養中だった共同経営者のイラストレーター永井宏さんはその後お亡くなりになられましたが、あの冬の夜の賑わいを夏の絵を眺めながら思い出しました。

展示は明日7/24(日)まで。雨期の東京に咲いた170葉の夏の光をきっとお楽しみいただけると思います。東京メトロ銀座線ユーザーのみなさん、是非!


2016年7月18日月曜日

声ノマ 全身詩人、吉増剛造展

真夏日、晴天。東京メトロ東西線15000系に乗って竹橋へ。東京国立近代美術館で『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』を鑑賞しました。

存命中にこれだけの規模のレトロスペクティブが開催される詩人が今の日本に存在していること。教師や研究者、翻訳家、小説家、随筆家など、他の生業を持たずに、詩一本で暮している数少ない人。それが吉増さんだということに驚かされる。

僕の自宅近くのイオンに以前入っていたブレンズコーヒーで、いつも午前中に執筆していらして、休日に買い物に出かけるとご挨拶していた間柄なので、「その競技のことはよく知らないけれどご近所さんなので応援しています」的な気持ちがなきにしもあらずなのです。本当は同業者なのですが。。

「声ノート」の展示が特に印象に残りました。暗い部屋の中央に2列で並べられた、ゆうに1000本以上はあると思われるカセットテープ。民謡や相撲甚句、落語、ジャズ、ポップミュージック、歌謡曲、イタコの口寄せ。最も本数が多いのがメモがわりに自らの声を吹き込んだテープ。今ならスマホのボイスメモを使うところですね。

天井から十数基の小型スピーカーが等間隔に吊るされており、その先に別々のポータブルカセットレコーダーがつながっている。スピーカーの真下に立つとレコーダーに語りかける吉増さんの言葉が聴こえ、位置を外れると、意味を失った複数の声が、まるで群れをなす蛙の鳴き声のように響き合って聞こえる。

1990年代以降の作品は、手稿の判読すら困難で、意味や物語ではなく感応そのものを表現しているように思えます。大詩人(例えばエリオットとかオーデンとか)といって想像されるような「ばーん!」「どかん!」「ドヤァ!」みたいな詩ではなく、小鳥のさえずりみたいな詩。吉増さんの声自体も、コアのない、どちらかといえば不安定で、か細い声です。それがこれだけリスペクトされているということ自体、とても日本的なのかもしれません。

僕が以前編集スタッフをしていたポエトリーリーディング情報のフリーペーパー "TOKYO READING PRESS" で2007年に行ったインタビューが図録に掲載されています。小森岳史と僕がインタビュアー、発行人の斉木博司が撮影を担当した、みぞれ降る午後、銀座伊東屋の喫茶スペースで、2時間超の刺激的な時間。あちこちに飛びまくる話を苦労して掲載原稿にまとめたのを思い出します。

展示は8月7日(日)まで。入館しなくてもミュージアムショップには無料で入れますので、図録だけでも是非お手に取ってご覧ください。P.202に載っています。



2016年7月16日土曜日

フィクショネス詩の教室 @tag cafe 2016

連日の猛暑からすこしだけ解放されて、今日の東京は過ごしやすい気温です。2014年7月の閉店まで14年半、下北沢の書店フィクショネスで続けた詩の教室のエキストラトラックが今年もtag cafeさんで開催されました。

ご参加の皆様、企画してくれた杵渕里果さん、tag cafeさん、ありがとうございました。

今回も昨年同様、自作他作問わず好きな詩を数編ずつみんなで持ち寄って、その素晴らしさをプレゼンし、基本全員で褒め称える、というスタイルです。

逸見猶吉報告(ウルトラマリン第一)
ジャック・プレヴェール灯台守は鳥たちを愛しすぎる高畑勲
北村太郎おそろしい夕方
村田活彦オルゴール
エミリー・グロッショルツ地上の星早川敦子
小西とっこ「波は私が立てました」「本当の詩を読んだ夢を見た」
谷川俊太郎世代

等々、全部で22篇が紹介されました。詩の教室の講師を長年やってきましたが、当然のことながら読んだことのない詩のほうが多いわけで、世界中にはじめて出会う詩作品が溢れています。あるいはひっそりと少数の誰かに大切に読まれ、あるいは静かに息をひそめて誰かに見つけてもらうのを待っている。

自作の詩も歌詞も素敵な作品に触れることができ、特にジュテーム北村氏の新作(なのかな?)「pretty things」の瑞々しいボーイミーツガールにはときめきました。

かつて書店フィクショネスに通ってくれたOBOGだけでなく、初参加の方がいたのもうれしかったです。読み方も解釈もさまざまで面白い。意味を議論することも、技巧を味わうこともできる。言葉と文字と声だけでこんなにも豊かなメディアになれる。詩っていいな、楽しいな、と思います。

何年後になるかわかりませんが、次回がまた巡ってきますように。


2016年7月9日土曜日

ころがる余白

飯能のギャラリーで詩の個展をするので一緒に朗読をしませんか、というメッセージを森本千佳さんからいただいたのは昨年末。その後、熊本で大きな地震があり、チャリティ公演にしようという話になりました。

森本千佳さんの旧姓は井口さん。元々下北沢の書店フィクショネスの常連で、2000年に詩の教室を始めたときから数年、熱心に通ってくださいました。とても素敵な詩を書かれ、僕が教えることなど何もなかったにも関わらず。

その後、東京から埼玉、そして2年前に熊本県天草に引っ越して、すこし疎遠になっていましたが、この日十数年ぶりに再開しました。真白なカバーオールに濃紫のカーディガン。楚々としていながら時折いたずらな少女のように瞳が光る。長い長い空白が一瞬にして埋まりました。

展示された詩作品はタイポグラフィの要素の濃いヴィジュアルポエトリー。ご主人が手がけたという額装と相俟って、シンプルな造形と大きな余白のバランスがとても詩的です。

詩の教室で持参した自作詩を一篇読んでもらったことは何度もありましたが、千佳さんの朗読をこれだけまとまった数聴くのもはじめてでした。いくつもの小さなガラス片が軽くぶつかりあうような声の響きが心地良く、熟練した朗読ではないのですが、丁寧に生活を掬った作風によく合っていました。

事前に千佳さんからいただいた「距離」というテーマに沿って選んだ40分のセットとアンコールは下記の通りです。

 1. ANOTHER GREEN WORLD
 2. チョコレートにとって基本的なこと
 3. 無重力ラボラトリー
 4. ボイジャー計画
 5. 星月夜
 6. バースデーソング
 7. 無題(青空を飛ぶ鳥と鳥を~)森本千佳
 8. Planetica (惑星儀
 9. 距離
10. 都市計画/楽園
en.

「距離」という詩は2000年に制作したカセットテープ "at St. Alban's Church" に収録し、その後詩集には掲載していない詩で、朗読したのも15年ぶりぐらいです。きっとこの日のために静かに出番を待っていたのでしょう。千佳さんの作品も一篇、詩集『新しい関係』から無題の詩をカバーさせてもらいました。

「今日も誰かの誕生日ならきみの誕生日を毎日にしたい」(森本千佳/バステト)、「今日も見知らぬ誰かの誕生日/惑星は公転軌道上の/去年と同じ場所に戻ってくる」(カワグチタケシ/バースデーソング)。うれしい偶然の符合が随所にあり。

そしてボーナストラック的に、ご来場のMC長老こと村田活彦さんが登場し、マツコ会議でも朗読した詩「オルゴール」を披露して、華を添えてくれました。

会場は西武池袋線飯能駅からほど近く、詩人宮尾節子さんが地元の仲間たちと営むギャラリー食堂「厩戸」さん。実はここが別の名前のお店だった頃、7~8年前でしょうか、一度朗読させていただいたことがあります。キュートな女性スタッフさんたちが提供するお食事もコーヒーも大変美味しかったです。



2016年7月3日日曜日

アサガヤノラの物語

梅雨明け前だというのに東京は猛暑日になりました。阿佐ヶ谷駅前のロータリーは真夏のアスファルトとガソリンの匂い。それでも住宅街をしばらく歩くと、静かに澄んだ空気のその店があります。

先週 Poemsica Vol.48で約2年ぶりに共演したリスペクトする音楽家ノラオンナさんが毎週末にBarトリアエズで開いている日曜音楽バー『アサガヤノラの物語』。普段は弾き語りのワンマンライブをブッキングしていますが、3週間のインターバルを置いたこの日はカワグチタケシのポエトリーリーディングの回でした。

ご来場の皆々様、それぞれの持ち場で気に留めてくれていた方々、いつも気配りのあるおもてなしと美味しいお料理を用意してくださるノラさん、どうもありがとうございました。セットリストは下記の通りです。

 1. We’re All AloneBoz Scaggs
 2. 無題(薄くれない色の闇のなか~)
 3. 雨期と雨のある風景
 4. ホームカミング
 5. Universal Boardwalk
 6.
 7.
 8. 観覧車
 9. 新しい感情
10. すべて
11. 水玉
12. 花柄
13. The Rain SongLed Zeppelin

テーマは雨期。雨の描写の入っている自作詩を11篇とご来場者プレゼントのカワグチタケシ訳詞集 "sugar, hpney, peach +love3" から雨の歌を2曲、歌詞を朗読しました。読み始めた18時過ぎには明るかった街路が次第に暮れて、1時間後に読み終わる頃に僕らは夜の入り口にいました。今年は空梅雨で、当日も晴れでしたが、すこしでも雨期の気分を味わってもらえたなら幸いです。

他のライブにはないアサノラ独特の空気が好きです。僕の言葉と声を聴くためだけに集まっていただけるのがうれしいことですし、みなさん本当に真剣に聴いてくださっているのが朗読している最中にじわじわ伝わってきて、それは内面的コール&レスポンスと呼んでもいいくらい。

そして、ライブが終わって素敵なお食事が供されるときに、ふっと緩む空気。そのコントラストもアサノラの魅力。観客としては来月8/7のmayulucaさんの回にお邪魔する予定ですが、僕の次の出番は真冬かなあ。どうぞお楽しみに。

さて、次の週末は飯能で詩人、宮尾節子さんが共同経営するお店で、震災チャリティライブです。詩作品のギャラリー展示はなかなかめずらしいと思います。お時間の許す方は是非いらしてくださいね。

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森本千佳個展「ころがる余白
熊本地震被災地支援朗読ライブ

日時 2016年7月9日(土) 19:00開演
会場 ギャラリー食堂「厩戸」埼玉県飯能市仲町13-4
   042-978-7589 http://umayado.hatenablog.com/
料金 1500円+1オーダー ※入場料は熊本地震の被災地に寄付します。
出演 森本千佳、カワグチタケシ

森本千佳さんは熊本県天草在住。「言葉をかたち」でとらえ、「詩を絵で描く」方法を実践しているユニークな詩人の展覧会。作品の展示期間は7月6日(水)~10日(日)です。

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2016年6月23日木曜日

Poemusica Vol.48

夏至の翌々日、午前中降っていた雨がすっかり上がって、茶沢通りの一本裏の緑道は満開のクチナシの花の甘い香りがします。下北沢Workshop Lounge SEED SHIPで Poemusica Vol.48 が開催されました。

忙しい平日の夜に集まってくださったみなさん、ありがとうございます。期待に見合ったクオリティのライブがお届けできたと思います。

FENETRE RECORDを自ら設立して、3rdアルバム『幸福の花びら』を1月にリリースしたmayulucaさんは、2016年を『幸福の花びら』イヤーと銘打って、この日もアルバムの全9曲を演奏しました。先月別のお店で同様のセットを聴きましたが、SEED SHIPのナチュラルで陰翳の深い残響で聴くとまた違った魅力があります。シンプルな素材だからこそ会場の空気によってがらりと味わいが変わる。生音生声で聴かせる8月アサノラも楽しみです。

ちみんさん(画像)は「すべて」のアカペラでスタート。1月のKitchen Table Music Hour vol.4 でお会いしたときよりすこし伸びた髪をきっちりと束ねて。空間をたっぷりと活かし、あえて音数を抑えた弱音のアルペジオが、透明感のある美しい歌声を一層引き立てます。地声とファルセットの滑らかなつながり。コリアン・トラディショナルも交えスローナンバーに絞ったセットリストには、かつて傷を負った者がようやく手に入れた平穏さにも似た切実な響きがありました。

最後はノラオンナさん。「Poemusicaということで」と、この日先行発売した港ハイライトfeat.古川麦抱かれたい女』から、バンドのテーマ曲「港ハイライトブルーズ」のなんと歌詞の朗読から。匠の技ともいえるその歌唱とは違ったフレッシュネスがあって、ノラさんの朗読が僕は好きです。「めんどくさい」のアウトロでウクレレをがっしりストロークしたときの力強さ。そこから逆に、小さな音で爪弾かれる弦の音の粒立ちの良さが更に際立ちます。

3人の共演者が、言葉と旋律を紡ぐソングライターとして、シンガーとして、素晴らしいのはもちろんですが、ギタリスト/ウクレレ奏者としても卓越したセンスを持つことがよくわかる。音楽の芯を捉える強さと言ったらいいのでしょうか。

僕は自作の詩を5篇「Universal Boardwalk」から「六月」、クチナシの詩「ガーデニアco.」、mayulucaさんとちみんさんの歌詞の一節をそれぞれお借りした「森を出る」と「すべて」、最新詩集『ultramarine』の巻末作品「fall into winter」雨期ver.、そして港ハイライトの新譜からノラオンナさん作詞の「やさしさの出口で」の男声パートを朗読しました。

僕自身、3ヶ月ぶりのライブで、リハーサルの第一声をマイクに向かって発したとき、正直試合勘が鈍ったな、と思いましたが、パンプアップして以前通り、もしくはそれ以上のコンディションに上げることができたのは、セルフコントロールのすべをこの48回のPoemusicaで学んだからだと思います。

これからもPoemusicaの、声と言葉の探究の旅は続きます。どうかまたみなさんとお会いできますように!


 

2016年6月19日日曜日

教授のおかしな妄想殺人

日曜日の東京は2日連続の真夏日。丸の内ピカデリー3ウディ・アレン監督の新作映画『教授のおかしな妄想殺人』を観ました。

米国にはニューポートという地名が各地にありますが、この映画の舞台は東海岸ロードアイランド州ニューポート。海辺にある落ち着いた大学街です。サードウェーブで有名なオレゴン州のじゃなくて、ジャズフェスティバルのほうね。

そこに赴任したエイブ・ルーカス(ホアキン・フェニックス)は厭世的でアルコール依存気味な哲学科教授。まあツイッターなんかやっていたら、いい大人のくせして「死にたい。。」とか呟いちゃうようなオヤジです。

女子学生(エマ・ストーン)や同僚の既婚化学科教授(パーカー・ポージー)と恋仲になったりするけれど、モチベーションは総じて低い。ある日デート中のダイナーで耳にした隣席の会話。悪徳判事によって親権を奪われそうな母親とその親類。当の母親にも知らせずに判事の殺害を企てることで生きる希望を見つける、というお話。

よくできたコメディですが、『ミッドナイト・イン・パリ』『ローマでアモーレ』なんかに比べると終始オフビートで、爆笑シーンはありません。でもこのむずがゆい感じこそウディ・アレンなんじゃないでしょうか。エマ・ストーンは『マジック・イン・ムーンライト』の1920年代フラッパースタイルもチャーミングでしたが、この作品では適度に肉付のあるヘルシーでエレガントな脚線美を前面に出しています。

そして主役ホアキン・フェニックス(ex.リーフ・フェニックス)。いまだに故リヴァー・フェニックスの弟という扱いは不憫ですが、かつての美少年の面影はなく、下腹の出たスノッブなおっさん。イラクで地雷を踏んだだの、親友がテロリストに斬首されただの、発言がいちいち胡散臭い。胡散臭いイケメンはモテる、の典型。ナイス・キャスティング。

音楽の使い方がいつもながら気が利いていて、ラムゼイ・ルイス・トリオの "The 'In' Crowd" が要所要所を格好良く締めていました。

 

2016年6月18日土曜日

やがて、ひかり

梅雨の晴れ間という呼ぶには真夏過ぎる土曜日の午後。白山の名店、JAZZ喫茶映画館で。Pricilla Label presents 小夜1stアルバム『無題/小夜』リリースライブ「やがて、ひかり」が開催されました。

最近は詩集やエッセイ集など印刷物の出版ばかりでしたが、プリシラレーベルは1998年にポエトリーリーディングのカセットテープ制作からスタートした会社。前のエントリーでもご紹介した通り、10年ぶりのCDリリースに至ったのは「これを世に問いたい」と心から思えるものに出会えたからです。

とはいえ、小夜さんとは15年来の友人であり、ずっと信頼すべき詩人のひとりです。近年の彼女のパフォーマンスに、研ぎ澄まされた集中に加えて意識の拡がりが生れた。このタイミングで記録しておきたいと思いCDを制作しました。

ライブ前半はテーブルにマイクをセットした校内放送スタイルで(笑)、自作の詩と彼女が敬愛する詩人のカバーを半分ずつ。最初の詩の一行目から満員の会場の空気を掌握しました。僕はPAをしながら、小さくて泣いてばかりいた少女がいつのまにか大人の詩人に成長した姿に静かに感動していました。

後半は店の中心に立てたヴィンテージマイクの前、スタンディングで(画像)。CD『無題/小夜』の全7篇を収録順に。MCはほとんど挟まず、若干の手ぶりを加え、行間に壁時計の振り子の規則正しく柔らかな音色をたっぷりと響かせて。その声と姿は、客席の視線を一身に集めていました。

「ゆうべ/夜はふるふるとして/からだをきつくまるめたまま/部屋の隅に落ちていた」(ゆうべ、夜は)、「もう戻っては来られないかもしれないと/親指のはらで中指をさすった」(Re.)、「雲がうごくたびに遠い記憶が降りてきて彼女がみみもとに口を寄せる。くちびるのかたちがみみに伝わりわたしはひどく泣きそうになる。」(いつか、ひかりの)。

彼女の詩には、わかりやすいメッセージも、キャッチーなリフレインもない、たちどころに共感を得る種類の詩篇ではありません。でもそこにはリアルな皮膚感覚が存在します。それが声に出されることで震えを伴って人々の耳に届くときに再生される我々聴き手の触覚。その共感覚が会場の空気を満たす。

JAZZ喫茶映画館さんは特別なサムシングのあるお店。それは何十年ものあいだここで交わされた言葉や鳴らされた音楽たちが深く浸み込んでいるからだと思います。今日の朗読会もその歴史のヒトコマとなり、またこの場所にいたひとりひとりの記憶に刻まれる一日になったのではないかと思います。

CD『無題/小夜』は小夜さんのライブ会場のほか、千駄木の古書ほうろうさん、日暮里の古書信天翁さんの店頭でもお買い求めいただけます。弊社の社運を賭けた一枚でございます(笑)。是非!