2022年11月25日金曜日

ビー・ジーズ 栄光の軌跡


2019年、合衆国フロリダ州マイアミ。「家族を亡くすことは人生の一部だ」という73歳のバリー・ギブのモノローグから映画は始まる。ドラマーだった父ヒューのもと、ローティーンの頃からオーストラリアで芸能活動を始めた長兄バリー、双子のロビンモーリスのギブ三兄弟は、1967年に家族でイギリスに帰国。

当時ブライアン・エプスタインNEMSを離れ、クリームのマネジメントをしながら自身のレーベルRSOを立ち上げたロバート・スティグウッドの元、"New York Mining Disaster 1941" でデビュー。続く "To Love Somebody" はオーティス・レディングに当て書きした提供曲だったが、レコーディング直前に26歳のオーティスが飛行機事故で亡くなってしまったため、ビー・ジーズの持ち歌となった。その後も流麗な旋律と清新な和声でヒット曲を連発する。

「兄弟の歌声は誰にも買えない楽器だ」とインタビューに答えるノエル・ギャラガーは、同時に家族でバンドを続けることの困難を語ります。コールドプレイクリス・マーティンは「僕たちの世代はバンドには浮き沈みがあることを知っている。世界的な成功を収めた最初の世代である彼らの戸惑いは想像を絶する」と言う。

バリーとロビンは対立しがちでモーリスがいつも仲裁役でした。ロビンは1969年に脱退するが、2年後に戻ってきます。その後アルコールとドラッグに溺れた数年の低迷期を経て、アメリカに渡り再ブレイクする。ダンスナンバーにシャウトを入れたい、というプロデューサーのアリフ・マーディンのアイデアをスタジオで様々試したうちのひとつがファルセット。映画『サタデー・ナイト・フィーバー』の大成功によりビー・ジーズの代名詞となる。

やがてディスコブームはアンチを生み、シカゴの極右ラジオDJスティーブ・ダールが1979年にMLBホワイトソックスのホームスタジアムで開催したヘイトイベント "Disco Demolition Night" 以降、ビー・ジーズは二度目の低迷期を迎えるが、バーブラ・ストライサンドケニー・ロジャーズセリーヌ・ディオンらの大御所たちが楽曲提供依頼で彼らを経済的にサポートした。

昨今公開数の多いミュージシャンのドキュメンタリー映画のなかで、今作は取材、撮影、編集等、非常にしっかりした作りになっており、クオリティが高いです。翻訳監修が吉田美奈子さんということで音楽用語の字幕も違和感がない。

意外だったのは、三兄弟だけでなく、ロンドン時代はヴィンス・メロニー(Gt)とコリン・ピーターセン(Dr)、マイアミではデニス・ブライオン(Dr)、アラン・ケンドル(Gt)、ブルー・ウィーバー(Key)とのセッションにより楽曲制作が進められていたこと。三兄弟を含めた5人組もしくは6人組のバンドと言っていいと思います。

"Stayin' Alive" のレコーディング時にブライオンが家族の介護のため一時的にマイアミのスタジオを離れなくてはならなくなり、苦肉の策でオープンリールテープデッキにより世界初のドラムループが生まれたエピソードは熱い。

2017年、双子の弟たちと四男のアンディを亡くしソロになった71歳のバリー・ギブが英国グラストンベリーフェスで歌う "Stayin' Alive" は高音もしっかり出ており、ステージ前のいかつい警備員たちも全員踊り出す光景に心温まりました。

 

2022年11月23日水曜日

母性

勤労感謝の日。TOHOシネマズ日本橋廣木隆一監督作品『母性』を観ました。

休耕田を俯瞰するドローン映像から映画は始まる。第一部は「母の真実」。ルミ子(戸田恵梨香)は24歳。油絵教室で出会った田所(三浦誠己)は作風が暗く苦手だったが、母(大地真央)が称賛したことから交際を始め、結婚する。森の中の新居に引っ越し、娘(永野芽郁)を出産する。そして台風の夜、悲劇が起こる。

第二部は「娘の真実」。娘の幼少期から台風の夜の悲劇までを娘目線で描く。第三部の「母と娘の真実」では、夫の実家に身を寄せた三人家族と義母(高畑淳子)、義妹(山下リオ)の関係性を戸田恵梨香と永野芽郁の視点で交互に描写する。

湊かなえの原作小説が無駄のない脚本と抑制の利いた演出で重厚な映画に仕上がっています。コトリンゴさんのミニマルな劇判も効果的。俳優陣の演技が素晴らしく、特に主演の戸田恵梨香にとって今後は本作が代表作と呼ばれるようになるのではないでしょうか。

「母の真実」は、教会の懺悔室で神父(吹越満)にルミ子が告白した過去の悔恨を物語化したという枠組みです。ルミ子と母の会話は「~だわ」「~かしら」「~してよ」というチェーホフ(の翻訳)然とした古風な戯曲調で、ルミ子の美化された記憶を象徴するかのよう。娘を愛能うかぎり大切に育てたというが、母は自身の価値観を妄信、隷属させてしまっていることに気づいていない。

「娘の真実」は一転して現代的で自然な口語体になり、同じシチュエーションを同じ台詞で演じていても戸田恵梨香の表情、声色、所作、すべてが異なり狂気じみて映る。調度も服装も料理も「母の真実」とは細部がことごとく異なる。やがて娘は「余裕や遊びを人から感じ取っても自分には必要ないと思う人間」に育つ。

「私たちの生命を未来に繋げてくれてありがとう」という呪いが世代を超えて継承されることに底知れない恐怖を感じました。高畑淳子がべらぼうに性格の悪い姑を見事に演じ切っていますが、そのパワーをもってしても母娘の呪いを断ち切ることができない。

ラストシーン近くでルミ子が一度だけ「清佳」と娘の名前を呼びます。名前で呼ばないということは独立した人格として存在させていないのと同義だな、と思いました。

どの登場人物にも僕は感情移入することができませんでしたが、この事実こそが本作の訴えるものであり、本作の価値であると強く思います。


2022年11月11日金曜日

すずめの戸締り


舞台は現代の宮崎県。小高い丘の上の戸建住宅に叔母の環(深津絵里)と暮らす主人公の岩戸鈴芽(原菜乃華)は自転車で坂を下って登校中に左目に泣きぼくろのあるロン毛のイケメン宗像草太(松村北斗)とすれ違う。「ねえ君、このあたりに廃墟はない? 扉を探しているんだ」。尋ねられた鈴芽は山の中腹にある廃業した温泉リゾートを教える。

温泉リゾートの中心に位置する浅い噴水池に古い木の扉から巨大な赤い力が噴き出して荒れ狂っていた。ミミズと呼ばれるその現象は土地に災厄をもたらす日本列島の下を蠢く力。草太は全国各地を旅して後ろ戸(扉)を閉じ、災害を未然に防ぐ閉じ師の家系を継ぐ者。鈴芽の部屋で怪我の手当てを受けた際、要石でもある白猫のダイジン(山根あん)の呪いで三本足の椅子に姿を変えられてしまう。

君の名は。』で巨大隕石、『天気の子』で気候変動を主題にした新海誠監督が今作では大震災を正面から描いています。宮崎→愛媛→神戸→名古屋→東京→福島→宮城と移動するロードムービーでもあり、旅をする鈴芽と自走する椅子である草太は行く先々で人々の親切に触れる。

ガール・ミーツ・ボーイを描いていても、新海監督の本質はSF作家なのだと思います。物語は壮大で、アニメーション表現はダイナミック且つ精妙。見ごたえがあるのですが、主要人物の心情の機微まで期待するのはお門違いなのかも。鈴芽が命を賭してまで椅子になった草太を守りたいという強い思いに至る道筋が僕には見えませんでした。

「大事な仕事は人から見えないほうがいいんだ」という草太の台詞は新海監督の矜持なのかな。岩戸鈴芽の名は、洞窟に引き籠った天照大御神に歌舞音曲で天の岩戸を開けさせた天鈿女命から。後ろ戸は仏堂の背後の入口のこと。閉じ師が唱える神道の祝詞。保守回帰は更に極まる。

草太の同級生芹沢役の神木隆之介、鈴芽の亡き母椿芽役の花澤香菜、神戸のスナックのママ役の伊藤沙莉、脇役の声優がリアリティのある良いお芝居をしています。

  

2022年11月3日木曜日

デュラン・デュラン:ハリウッド・ハイ


ハリウッド大通りからサンセットドライブへ、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説の舞台の真昼のストリートビューから映画は始まる。

ロジャー・テイラー(Dr)、ニック・ローズ(Key)、サイモン・ル・ボン(Vo)、ジョン・テイラー(Ba)、デュラン・デュランの現在のメンバー4人の個別インタビューと1982年の2ndアルバム "RIO" のアメリカ盤をREMIXしたプロデューサーのデイヴィッド・カーシェンバウムとニックの対談により、バンドヒストリーと全米進出時のエピソードを振り返る冒頭10分。

そこからは全12曲の演奏をナレーションやテロップなしのフル尺で。ヴァインストリートのキャピトルレコード本社の斜向いの低層ビルの屋上で2022年3月に行われたライブは、上記4名に加え、ドミニク・ブラウン(Gt)、アナ・ロス(Cho)、エリン・スティーブンソン(Cho)によるもの。招待された300名程の観客は西海岸の白人富裕層。1985年の007の主題歌 "A View To A Kill" に始まり、1982年の全米第3位曲 "Hungry Like The Wolf" に終わりますが、その2曲と "Notorious"(1986)以外は昨年リリースした新譜収録のナンバー中心。"Ordinary World" ではキャピトルタワーをウクライナの国旗色にライトアップする。40年間コンスタントに活動しているだけあって演奏も現役感溢れるタイトなものでした。

メンバー4人とも還暦を過ぎ、たっぷり感が出てきましたが、その中でジョン・テイラー(62)のスタイルの良さが際立つ。1980年代の少女たちを熱狂させたマット・ディロン似の端正な容貌に皺が増えてキース・リチャーズ的渋みが加わった。サイモン・ル・ボン(64)は現在のほうが声量も技術も増し、フェミニンな雰囲気を持つ美少年だったニック・ローズ(60)は相変わらずアイラインを引いているがそれが逆に老婆感を漂わせる。ロジャー・テイラー(62)は普通におじさんです。

ニューロマンティックとは何だったのか。代表的なバンド VisageSpandau Ballet、後期Ultravoxらはいずれも世紀末ヨーロッパの退廃的ダンディズムやロココの煌びやかさをカリカチュアライズしたスタイルを採用したが、デュラン・デュランはブラック・ミュージックに接近することでグローバルな成功を得て、その過程で演奏技術を高め、息の長い活動をしている。

クイーンチープ・トリックジャパン、デュラン・デュラン。最初に日本でブレークしたバンドは当時硬派のロックファンから下に見られることが多かったのですが、僕はどのバンドも大好きでした。