2018年6月26日火曜日

光の街

雨上がりの夜を縫って渋谷WWWへ。古川麦シースケープ』リリース記念ライブ "光の街" 素晴らしい夜でした。

レコーディングメンバー+αでこの日のために編成されたthe Seascape Orchestraは、ドラムス田中佑司さんbonobos)、ベース千葉広樹さんKinetic) 、ヴァイオリン須原杏さんASA-CHANG&巡礼TRIOLA)、ヴァイオリン/ヴィオラ田島華乃さん、チェロ関口将史さんJa3pod)、コーラス/ギター橋本翼さんcero) 、コーラス/キーボード中川理沙さんザ・なつやすみバンド) という7人編成の強力布陣。TRIOLAではセンターポジションに立つことの多い須原杏さんが脇に回ったときの見事な引きの芸が聴けたのもうれしかったです。

新譜収録曲を中心に新曲と前作からもいくつか披露された楽曲の質がどれも高く、繊細かつダイナミックなバンドアンサンブルに呼応して、ボーカルスタイルが弾き語りのときよりもかなりワイルド。

音作りも心地良くコンセプチュアルに整理整頓されています。サスティンが強調されたキックとレガート気味なウッドベース、対称的にガットギターとストリングスはスタッカートと細かなパッセージが耳に残る。サックス加藤雄一郎さん、ボーカル優河さん、ふたりのゲストミュージシャンも麦くんの音楽の実現にフルコミットしつつ、個々の良さを存分に発揮していました。

そしてステージ下手端に立つ中川理沙さんの佇まいが印象的。どんなに激しい音楽が鳴らされても、客席が湧いても、その周囲だけ時が止まってしんと静まりかえっているかのようです。

シースケープ。海の光景。海を見ている人を正面から捉えると海は視界に入らない。海を見ている人の背には防砂林があり、更に背景には街がある。バンドは光の街。満員の観客が揺れる海。WWWの傾斜のついた客席でダブルアンコールのBlackbirdの弾き語りを聴きながら、そんなことを考えました。




2018年6月24日日曜日

first

雨期。出かけるときに降っていた細かい雨は、中央線に乗り換えて信濃町駅を過ぎる頃には止みました。西荻窪アートリオンで開催された後藤雪絵さんのワンマンライブ『first』に行きました。

後藤雪絵さんは大阪を拠点にするシンガーソングライター。東京で初ワンマンライブ。彼女の音楽をはじめて聴いたのは3年前の北参道ストロボカフェ2015年6月16日、僕の50歳の誕生日のことでした。

自作曲「テレパシー」を「非科学的な歌です」と紹介する。後藤さんは理性の人。何か出来事に対峙したときに、無条件に受け入れることを選ばない。よく観察し、疑問を持ち、考え得る限り複数の視点から、その経緯を理解しようとする。

歌詞は勿論、大きく跳躍する旋律も、転調の多い脱構築的な和声も、思考の必然性と深く結びつき構成されているように思えます。そして、クリーンでグルーヴィなピアノ演奏に乗せ、レンジの広いハスキーボイスがある一点を超えるとき、肉声のエモーションがロジカルなソングライティングを凌駕する。その瞬間を味わいたくてライブに足を運びます。

約90分間、アンコールを含め、全16曲。初期の名曲からレコーディング中の新作まで。後藤さんの音楽を堪能しました。唯一惜しかったのは僕が座った最後列からだとボーカルのリバーブが少々深過ぎるように聴こえたこと。個人的な好みですが、昼間のライブには若干ドライ目な音響のほうが合うと思います。歌唱技術が確かなだけに。もっと細かな息づかいまで聴きたい。

14時過ぎの終演時には空はすっかり晴れ上がり、半地下の坪庭の新緑がアートリオンのよく磨かれた床に映ってとても綺麗でした。

 

2018年6月16日土曜日

万引き家族

曇天。ユナイテッドシネマ豊洲で、是枝裕和監督作品『万引き家族』を観ました。

東京23区の北東部、綾瀬、北千住あたりか。再開発エリアの谷間に取り残された瓦葺の木造平屋。衣類や食器や生活雑貨で乱雑に汚れた家に暮らす5人家族。祖母初枝(樹木希林)の年金、日雇い建設作業員の父親治(リリー・フランキー)、クリーニング工場パートの妻信代(安藤さくら)の収入は不安定で、足りない分は食品や日用品の万引きで賄っている。

2月、真冬の夜。父子は通りかかったアパートの廊下に放置されていた5歳の少女ゆり(佐々木みゆ)を家に連れて帰り、ともに暮らし始める。

「自分で選んだ方が強いんじゃない?」「何が?」「絆よ」。6人家族のうち血縁があるのは初枝と信代だけ。翔太の補導と初枝の老衰死によってそのことが明らかになる。疑似家族の在り方を通じて「家族とは?」という疑問を提示するのは、『海街diary』『そして父になる』等、最近の是枝作品に共通するテーマです。

風俗店に勤める松岡茉優(左利き)と客の池松壮亮もそのフラクタル。若いふたりの関係だけが上映時間中に一歩進む。

芸達者な役者たちを芸に走らせずリアルな会話をさせる是枝監督は、今回も子役たちの自然な声と表情を引き出すことに成功しています。翔太役の城桧吏(左利き)の撮影中の成長は物語の時間軸とリンクして感動的ですらあります。

近藤龍人のカメラワーク。隅田川の花火の夜、縁側から夜空を見上げる6人家族の顔を庇の上から俯瞰で切りとる。細野晴臣の音楽も控え目な穏やかさの中に不穏の前兆を感じさせて見事です。

カンヌ映画祭パルムドールを受賞したことで注目され、戦前大日本帝国の伝統的家族観を信奉するみなさんの批判を集めていますが、作中の家族が、表面上はヤンキーカルチャーを支える地元血縁主義に似せて、実際は疑似家族というカウンター構造になっている点において、是枝監督が一枚上手と言えましょう。


2018年6月2日土曜日

レディ・バード

梅雨入り前の晴天。ユナイテッドシネマ豊洲グレタ・ガーウィグ監督作品『レディ・バード』を観ました。

カリフォルニア州サクラメントは州都とはいえLAやサンフランシスコと比べたらだいぶ郊外。カトリック系私立高校3年生のクリスティン・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)は、自身を「レディ・バード(てんとう虫)」と名付け、周囲にもその名で呼ばせている、反抗的でちょっとイタい女子です。

母マリオン(ローリー・メトカーフ)は医療関係、カーステレオでスタインベックの『怒りの葡萄』の朗読テープをかけて母娘で泣く。直後に進学のことで口論となり、高速走行中のドアを開けて道路に飛び降り腕を折るレディ・バード。おバカである。

2002年春から2003年初秋の1年半を断片の集積として構成、十代の自意識のイタさ、ころころとめまぐるしく変わる思春期の心情をシアーシャ・ローナンが好演。その横顔はボッティチェッリの絵画のように美しい。

はじめて好きになったダニー(ルーカス・ヘッジズ)が実はゲイだった。それを知って拒絶するレディ・バードだが、未だにロナルド・レーガンを支持している保守的な家族にカミングアウトできず苦悩している姿を見て友情が芽生えたり、里子であるヒスパニック系の兄ミゲル(ジョーダン・ロドリゲス)が正社員の職に就けたり、リサイクルショップで買ったプロムのドレスをマリオンが素敵に仕立て直したり。初監督の女優グレタ・カーヴィクのマイノリティに対する目線が優しいです。

高校教師たちも皆善人ばかり。病身の神父(スティーヴン・ヘンダーソン)の代役でフットボールのコーチ(アンディ・バックリー)が急遽ミュージカルの指導をすることになり、配役に背番号をつけて、黒板でフォーメーションを指示するシーンには大爆笑。

2001年9月11日のNY同時多発テロに続く、イラク進攻、アルカイダやタリバンとのゲリラ戦など、当時の世界の不穏な空気。カーラジオから流れるアラニス・モリセットの"Hand In My Pocket" に甘酸っぱい気持ちになりました。