2019年4月28日日曜日

ビル・エヴァンス タイム・リメンバード

4月最後の日曜日の肌寒い朝、アップリンク渋谷で、ブルース・スピーゲル監督作品『ビル・エヴァンス タイム・リメンバード』を観ました。

ジャズ界きっての眼鏡のイケメンピアニスト(左利き)ビル・エヴァンス(1929~1980)の生涯を、本人の演奏とインタビュー音声、近親者や共演者のインタビューで構成したドキュメンタリー映画です。

米国東海岸ニュージャージー州プレインフィールドでストラヴィンスキーを愛好した幼少期、ぽっちゃりで陽気な兄ハリーと共に笑う家族写真。大学で楽理を教わった恩師。朝鮮戦争期に徴兵されたが前線には出ず音楽部隊でピアノを弾いていた。

退役後NYに出る。月75ドルの安アパートに住み、週3回ブルックリンでピアノを弾いて稼ぎが55ドル、1stアルバムは800枚のセールスで惨敗、という短い下積みを経て、マイルス・デイヴィスのコンボに抜擢され大ブレイク。この頃からヘロインの常習が問題視されるようになった。自身のトリオのベーシスト、25歳のスコット・ラファロの突然の交通事故死が大きなきっかけとなりドラッグの沼にはまっていく。

しかしその生涯に発表した音楽はどれも優雅で穏やかで耽美でヘヴンリィな響きを持ち、現在も多くの人々に愛されています。映画の中で紹介される楽曲では"Peace Piece" のミニマリズムが殊更に美しい。

更生施設に入り一度は止めたヘロイン。次にコカインに手を染めたのは、自らが捨てた内縁の妻エレインと統合失調症を患った兄ハリーの相次ぐ自殺が一因だった。そしてビル自身も薬物依存の治療のため病院に向かう車の中で大量吐血します。死を看取った最後の恋人ローリー・ヴェコミンが言う「私は救われた気分で幸福だった。だってビルの苦しみが終わったんだもの」。

凄惨を極める後半生のエピソードに重なるスナップショットはどれもアメリカの裕福な白人家庭の光溢れる幸福な風景で、そのギャップが人生の過酷さをより浮き彫りにする。

晩年のポール・モチアン(Dr)のインタビューの尺が最も長く、ラメの入ったボストン眼鏡と共にインパクトが強いです。可憐な名曲「ワルツ・フォー・デビィ」のモデルになった幼い姪デビィ・エヴァンスも大人になった現在の姿で登場します。


2019年4月21日日曜日

ノラオンナ53ミーティング~ めばえのぬりえ~

晴天の日曜日、吉祥寺STAR PINE'S CAFEへ。ノラオンナ53ミーティング ~めばえのぬりえ~ NORAONNA NEW ALBUM「めばえ」リリースライブ にお邪魔しました。

2004年4月21日はノラオンナさんが 1st ミニアルバム『少しおとなになりなさい』でデビューした記念すべき日。それから毎年同じ日にワンマンライブを行い、50歳になった2016年に会場をMANDA-LA2からSTAR PINE'S CAFEに移しています。

1部は斉藤由貴の「卒業」のカバーから。名曲に自分の曲が負けたくないという思いから以前はカバーに積極ではなかったが、キャリアを重ねるごとにその拘りも解けた、という。橋本安以さんHAM)、エビ子・ヌーベルバーグさん、2棹のヴァイオリンが間奏から加わります。

2曲目はデビュー盤の表題曲「少しおとなになりなさい」。リラックスしたMCを挟みながらカバーとオリジナルが交互に進む前半。ノラさんの音楽の確かな骨格が輪郭線となり、安以さんの弦楽アレンジがあたたかく爽やかな春の色彩を添える。オリジナル曲「こくはく」のメインボーカルはエビ子さん。「さくら」のラップパートのアンニュイな表現の意外性。「Baby Portable Rock」「夢で逢えたら」の3声のハーモニーも大層チャーミングでした。

2部はノラさんひとりで昨年11月リリースの最新盤『めばえ』全16曲をノンストップで演奏する濃密な50分。1部のガールズパーティといった趣きからがらりと空気を変え、会場は深夜の雰囲気に。『めばえ』は珠玉の短編集。ピンク・フロイドの『狂気』やザ・ビートルズの『アビー・ロード』B面のような作りのコンセプトアルバムと言ってもいいと思います。個々の楽曲が独立した美しい旋律を持ちながら、ひとつの主題を中心に有機的に連鎖し、アルバム全体として大きな流れを形成している。それを声とテナーウクレレだけで作り上げた冒険作です。

ブルージィだったり、ジャジィだったり、ホーリィだったり、時にコミカルに、またウクレレを激しくかき鳴らしたり。いわゆる一般的な美声とは異なるのですが、ベルエポック時代のシャンソン黎明期を想起させるようなソウルフルな歌唱。わかりやすくポジティブなメッセージがあるわけではないのにも関わらず、一周して人生賛歌になっている。

『めばえ』を歌い終えたあと、ノラバーの壁時計の秒針の響きとともに、ステージにも客席にも深い余韻が残る夜でした。

ノラオンナ50ミーティングのフライヤー制作と来場者特典の冊子『詞集 君へ』の装幀・製本に続き、今回は会場BGMの制作を担当させていただきました。現在レコーディングされているノラさんの64曲のオリジナル曲のうち『めばえ』収録曲を除く48曲。約4時間の音源を2時間15分にMIXしました。どの曲にもストーリーがあってカットアップするのは難しかったですが、20年に亘り創造されたひとりの音楽家の作品と向き合うのはとても楽しく発見の多い仕事でした。どうもありがとうございます。


2019年4月13日土曜日

同行二人#卯月ノ朝 A POETRY READING SHOWCASE IX

風おだやかな晴天の土曜朝、都営バス海01系統に乗って門前仲町まで。深川モダン館通りのフリースペース chaabeeさんで 『同行二人#卯月ノ朝 A POETRY READING SHOWCASE IX』が開催されました。ご来場のお客様、chaabeeさん、どうもありがとうございました。

2010年に清澄白河そら庵さんでスタートし、ほぼ毎年一回開催している村田活彦 a.k.a. MC長老との朗読二人会。9回目にしてはじめての午前開演と相成りまして、築約60年の元鉄工所をリノベーションした会場の大きなガラス戸から射し込む午前の陽光が白い壁に良く映えます。

1. Universal Boardwalk
2. 虹の岸辺(村田活彦)
**
3. 希望について
4. 観覧車
5. スターズ&ストライプス
6. 永遠の翌日

10分超の長尺作品をふたつ入れたため篇数こそ少ないものの、30分の持ち時間を密度のあるものにできたと思います。村田活彦作品のカバーは「虹の岸辺」を選びました。「道ばたに添えられた/花に手を合わせたら 行こう/それがただ自分のためだとしても」東日本大震災直後に発表されたレクイエムです。chaabeeさんの音響が素晴らしく、気持良く聴いていただけたのではないでしょうか。

村田さんによるカワグチ作品カバーはもはや彼の作品といっても過言ではない「Planetica(惑星儀)」でしたが、バックトラックが新しくなっていました。化粧直しをありがとうございます。冒頭ブレイクビーツに乗せて朗読した言葉の断片の集積は新しい一面。深みのある美声と滑舌の良さ、声の表情の多彩さ、ステージマナーを含めた朗読の技術は、ポエトリーリーディングシーン随一だと思いますが、それでもなお毎回新しいことにチャレンジする姿勢を称賛したい。

毎回会場を変える「同行二人」は来年2020年が10回目。たいして見栄えのしない初老二人の旅ですが、末永くお付き合いいただれば幸いでございます。

 

2019年4月11日木曜日

その先のうた

三日月が高い空に輝く金曜日。吉祥寺MANDA-LA2へ。mue弾き語り18周年記念ワンマンライブ『その先のうた』に行きました。毎年4/11に開催されるアニバーサリーライブに2013年から皆勤しています。

mueさん(Vo/Gt/Pf)が今年の特別な日に選んだメンバーは、タカスギケイさん(Gt)、RINDA☆さん(per)、市村浩さん(B)の3人。ツインギターのドラムレス・カルテットです。

その時々で表現したい音楽に合わせたアンサンブル。今年はRINDA☆さんのパンデイロが超効果的。サンバやボッサはもちろん、ロックンロール、ラテン、ジャズ、mueさんの音楽が持つ多彩なリズムを広い音域と正確な技術と満面の笑顔で支える。

冒頭2曲の新曲はめずらしくオーソドックスな8ビート。ポップな表情を堅固で複雑な土台に乗せる印象が強いmueさんのソングライティングが、シンプルにそぎ落とされてきた。いろいろな環境変化や経験の積み重ねによって自己肯定感が高まってきたのかな。

「みんなで力を合わせて最高の夜にしましょう」というMCの「みんな」にはバンドメンバーやスタッフだけではなく我々観客が含まれているし、「答えもないままわかりあう」という歌詞にもそれを感じる。そしてなによりmueさん自身のコンディションが心身共に充実しているように思えました。

「宇宙の生活」の文字通りスペイシーな拡がり。「輪郭のない自由を知る」のアウトロのアチェレランドのサイケデリックな高揚感。確かな技術を持つ4人が共感力の高いミュージシャンシップを発揮し、ずっと弾き語りをしていたmueさんが、はじめて自分の曲がバンド演奏されたときに感じた多幸感を、十数年の時を経てなおフレッシュな状態で我々観客に伝えてくれる。年に一度の幸せな夜がずっと続きますように。