2013年4月29日月曜日

舟を編む

よく晴れた三連休の最終日、ユナイテッドシネマ豊洲で、三浦しをん原作、石井裕也監督作品『舟を編む』を鑑賞しました。思った以上に、地味で、静かで、誠実で、骨太で、楽しい文芸映画でした。

老舗出版社のベテラン辞書編集者荒木(小林薫)が定年を迎えるにあたり、後継者に選んだのが、営業部でまったくうだつの上がらなかった馬締光也(松田龍平)。「今を生きる辞書『大渡海』」をゼロから作るという、15年に及ぶ大プロジェクトを、この2人に加えて、編集主幹である老言語学者松本朋佑(加藤剛)、馬締の先輩編集者西岡(オダギリジョー)の4人の男たちを軸に描いています。

「言葉の意味を知りたいとうことは、誰かの考えや気持ちを正確に知りたいということ」という松本の冒頭の台詞に共感しました。自分の気持ちを伝えるよりも、誰かの気持ちを知りたい、とまず思うこと。そこからしか人間関係は生まれないと思うんですよね。

僕は古書店で朗読をする機会が割合多いのですが、書棚に囲まれていると、一冊一冊の本に注がれた情熱に圧倒されそうになることがあります。まして辞書ともなると、内容の深さ、豊かさはもとより、最高レベルの正確さを求められる。しかも文芸書とは異なり、読者は必要なページの必要な部分だけを読むわけですから、ひとりの読者がすべてを読み通すということはほとんどないと言ってもいいと思います。

たとえば映画のなかで何度か登場する「右」という言葉の語釈。誰もが知っている言葉であるが故に説明が難しいのですが、誰もが知っている言葉であるが故に辞書で引かれることは稀でしょう。なのにそこに多大な時間と労力を費やす。

波打ち際に夥しい数の用例取集カードが打ち寄せ、それを拾うために狂奔する、という馬締の悪夢のイメージがありましたが、言葉を生業にするものとして、程度こそ違えど、似たような強迫観念に捉えられることがあり、十数年前に「世界の渚」という詩作品でそのような描写をしました。

片思いの香具矢(宮﨑あおい)とはじめてのデートで浅草花やしきに行き「観覧車って誰が発明したのかな?」と訊かれた馬締がバッグから辞書を取り出し「調べなくていいから!」とキレられる場面を観て、それはフェリスっていうアメリカ人だよ、って教えてあげたい僕はきっとモテないと思う(笑)。

宣伝部に異動したオダギリジョーが、完成した『大渡海』のポスターに起用した女優が麻生久美子。『時効警察』ファンとしてはうれしいかぎりです。


 

2013年4月28日日曜日

THE XANGOS × SHOGO IWAKIRI LIVE & PAINT

すこしずつ気温が上がってきましたね。三連休の中日は吉祥寺 world kitchen BAOBABThe Xangos の演奏と 岩切章悟さんのライブペイントを観賞しました。

The Xangos は、ギターの中西文彦さん、7弦ギターとバンドリンの尾花毅さん、ボーカルのまえかわとも子さん(左利き)の3人組。オルタナ・ボッサ・トリオとも称されるその音楽はMPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)に基礎を置きますが、サウダージ(郷愁、哀愁)よりも、爆発的な熱量を孕んだもの。

この日は画家の岩切さんの地元吉祥寺ということもあって満員の店内を、その挑発的なグルーヴを存分に発揮した演奏で、ぐらんぐらんに揺らしました。

昨年吉祥寺の別の店で聴いたときと一番印象が異なったのは、2本のギターのアンサンブルです。前回は尾花さんの正確なタイム感に乗せて、自由に逸脱しまくる中西さんのノイジーでハードドライヴィンなギターを初期The Rolling StonesBrian Jonesに喩えたのですが、今回は尾花さんがガツガツ突っ込んだタテ乗りで、むしろ中西さんのほうがタメを効かせ、その微妙なズレがお祭り感のある狂騒的なテンションを創造していました。

まえかわさんは、モニターの返しが悪いのか、出だしこそすこし唄いづらそうにしていましたが、2曲目からは全開で、鳥たちの求愛行動を模したようなスキャットにはもはや神々しさすら感じます。

岩切さんは3人の演奏の躍動感を摑まえようと画布に向かいます。最初に青空、そして山脈。山の中腹には人々の暮らす灯火、大地に炎。大地は海に、最後には空からパレードの紙吹雪が舞う。

それに、手拍子、コーラス、ダンスで応える客席。ライブはナマモノですね、本当に。いい夜でした。

 

2013年4月18日木曜日

Poemusica Vol.16

4月に時々ある初夏のようによく晴れた日。下北沢Workshop Lounge SEED SHIPにて"Poemusica Vol.16"が開催されました。

黒髪のマッシュルームカットで華奢な身体に大きなエピフォンを抱えて登場したカネコアヤノさんは20歳。セミアコ・ギターの中音域を活かしたローファイなカッティングに乗せて、ノン・ビブラートで唄います。淡々と紡がれる歌詞は、思春期の自意識、世界との不協和をベースにしていますが、客観的なシニシズムがあってチャーミング。すこしねじれたメロディはトモフスキーアンディ・パートリッジなんかの影響がうかがわれ、NW世代には懐かしい感じがしました。

静岡在住の唄子さん(画像)はガットギターの弾き語り。繊細な分散和音に乗せて、和テイストの旋律を静かに唄います。ひとつひとつの音符を丁寧に確かめるように進む演奏はタイム感が薄く、そしてどこまでも美しい。一見ゴシックに閉じた世界のように見えるのですが、昆虫や動物に心情を投影した寓話的な歌詞が時折ダイアローグに転じるところがあり、聴く人の感情移入を許容する構造を持っています。新曲「鯨の結婚式」は名曲。恋する乙女たちの共感を得るでしょう。

Little Woodyの『うな兄弟』も対話篇。うなぎの兄弟が、うなぎの身体がどうして黒いのか、という議論から、夜→夜空→宇宙→人工衛星、というシュールな展開を見せる快作。楕円の尾びれは神様の団扇なんだって!

僕は新詩集『新しい市街地』から5篇を朗読しました。今夜のPoemusica全体のイントロダクションとして「風の生まれる場所」「風の通り道」「風のたどりつく先」。そして、スナメリ宇宙ステーションを見上げる「」「新しい感情」。

食卓に上がり人間に食べられる魚の気持ちを唄ったカネコアヤノさん、Little Woodyのうなぎと人工衛星、僕のスナメリと唄子さんの鯨。けっして濃くはないですが、細い糸を紡ぐようにライブ全体の流れが自然とできました。SEED SHIP土屋さんのブッキングの妙です。

そんなミラクルがさらっと起きるPoemusica。来月は「~すこしだけブルースが沁みる夜~」というサブタイトルが。僕なりのブルースを考えてみたいと思います。どうぞお楽しみに!

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Poemusica Vol.17 ~すこしだけブルースが沁みる夜~
日時:2013年5月23日(木) Open 18:30 Start 19:00
会場:Workshop Lounge SEED SHIP
    世田谷区代沢5-32-13 露崎商店ビル3F
    03-6805-2805 http://www.seed-ship.com/
    yoyaku@seed-ship.com
料金:予約2,300円 当日2,500円(ドリンク代別)
出演:栗田裕希 from大阪 *Music
    アカリノート *Music
    いわさききょうこ *Music
    Little Woody *Animation
    カワグチタケシ *PoetryReading

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2013年4月11日木曜日

宇宙から見たらどんなことだってまるでチリのようじゃない?

吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmueさんの弾き語りデビュー12周年記念ソロライブ『宇宙から見たらどんなことだってまるでチリのようじゃない?』。会場に集まった人たちの多くが同時に音楽に恋をしているような幸福なライブでした!

12年前の4月11日に初めてひとりでステージに立ち、翌年の同日にも偶然ライブのオファーがあったことから、毎年この日にソロライブを開いているという、日付という数字にまつわる神秘。それは偶然なのか運命なのか。

前回同じ会場で聴いたときは、同じ熊谷大輔さん(dr)、chubby!さん(b)の強力なリズムセクションのうえにふんわりの乗ったmueさんのギターとピアノと声、という印象でしたが、今回は打って変わってがっちりタイトなギター・トリオ。タイム感が完全にバンド化していました。それに呼応するかのようにmueさんの声がいつもより力強く、ピアノもソリッド。そしてチェロの橋本歩さんが、ともすれば無骨に傾きがちなトリオの演奏に、空間と色彩を添える。

冒頭のアシッドフォークな3曲で流れをつかみ、ギターからピアノに移り3曲、ギターに戻って弾き語りを3曲。FUTTONG大久保欽哉さん(Vo,G)とのデュオ2曲以外はすべて3曲を単位とした5セットで構成され、ここにも数字にまつわる神秘が。アンコールを急遽2曲に増やしたのも、デュオの2曲とバランスを取っていたのでは。

チェロのオブリガートがダイナミックな "Lucy In The Sky With Diamonds"、高速ボッサにアレンジされた"トレイントレイン"、「私の心はあなたのために大変痩せた死ぬかもしれない」と唄う"小笠原の南洋踊り"。カバーの選曲センスもさることながら、編曲と演奏がしっかりと自分の曲になっていることからも、mueさんの音楽的基礎体力の高さが窺えます。

そして「恋」。音楽を形容するのによく「愛」という言葉を使いますが、あるいは「信じる」「信頼」。「恋」はちょっと違うんですよね。まだおたがい気持ちが不安定で、でも不安定ゆえに抗いがたい。自分が恋していることを確信しながら、相手の気持ちをどこかで信じきれない。それゆえの切なさ。なのに切なさを超える幸福感。

愛くるしいビジュアルにエッジの効いたアティチュードを持つmueさんもとても魅力的な人ですが、それ以上に彼女が奏でる音楽に、観客も、会場スタッフも、バンドメンバーも、mueさん自身も恋をしている。そんな高揚感が満員の会場を包んでいました。


2013年4月7日日曜日

小西博子個展

日本中を暴風雨が通り過ぎた翌朝、東京は快晴。先々週地下化された下北沢駅北口を出てLatte&Art BALLOND'ESSAIへ。カフェのスタッフに案内されたアパートメントギャラリーで小西博子さんの個展を鑑賞しました。

小西さんの作品はアクリルの色彩を活かした抽象絵画です。キャンバスに太い筆で引かれた絵具から描き手のスピーディなアクションが直接伝わってきます。壁に沿って順番に作品を眺めているうちに"Sublime"という形容詞が浮かんできました。

かといって気難しいものではなく、とてもエモーショナルで、観る人たちの記憶の底を浚うような優しさや温かさがあります。26歳の小西さんにとっては、これがはじめての個展ということでしたが、実に堂々たる存在感のある作品群でした。

なかでも「他人」と題された作品(画像参照)が最も印象に残りました。他の作品が水平あるいは楕円のフォルムを持つなかで、この作品だけが垂直に描かれています。会場にいらした古くからのお友達との会話から、作者の「人はそれぞれ違う色を持って独立している。でも何か、たとえば水を加えれば溶け合い、交じり合う」というコンセプトを知りました。

僕にはこの絵が新しい宗教画に見えます。中央やや左に位置する黄色い像が光輪を戴いたイエス、三人右のブルーがフードをかぶった聖母マリア。周りにいる使徒たちや群衆のなかで孤立しているイエスを直視できず、悲しげに背を向け俯いて祈っている。そして1世紀エルサレムの群衆は、色とりどりの服を着て渋谷駅前スクランブル交差点を渡る2013年の我々に重なる。

抽象絵画ですから解釈はそれぞれですが、「この絵を観て勇気をもらったと言うもいれば、悲しいと言う人もいる」と作者ご本人は語っていました。

これからライブペインティングも多く手がけていきたいという、若き才能の今後がとても楽しみです。