2022年5月21日土曜日

The Xangos is BACK!!!

夏日。吉祥寺World Kitchen BAOBABTHEシャンゴーズライブを観ました。

ブラジルの民間信仰カンドンブレの雷神から名付けられたTHEシャンゴーズ(The Xangos)は、まえかわとも子さん(Vo)、中西文彦さん(Gt)、尾花毅さん(Gt)の3人組。パーカッションやピアノが加わる演奏形態もありますが、今日はオリジナルメンバーで演奏しました。

東京でライブをするのは知るかぎり5年ぶり。普段は湘南~伊豆エリアを活動拠点にしています。オルタナ・ボッサ・トリオと呼ばれるそのサウンドは、MPB(ムジカ・ポプラール・ブラジレイラ)をベースにしながら爆発的なグルーヴによってアンビエント/音響派の領域にまで逸脱していく唯一無二とも言える存在です。

まえかわとも子さん(左利き)は弾き語りも素敵ですが、THEシャンゴーズでのパフォーマンスは格別。パッションとエモーションを解放させて多幸感が溢れる。尾花毅さんは最近導入した8弦ギターで時にベースラインを強調したソリッドなリフで楽曲の基盤を構築し、ガットギターをエフェクターに通した中西文彦さんの演奏は、エキセントリックな外見に関わらず柔らかなタッチで優しい音色。

ミルトン・ナシメントほかのカバーは、ブラジルの軍事独裁政権時代に検閲をくぐり抜けた楽曲群を時勢を反映して並べた。THEシャンゴーズの演奏は生もの。何度も聴いたオリジナル曲も毎回異なるアンサンブルで即興的に再生される様を眼前にするのは奇跡的な瞬間に立ち会う興奮があります。まえかわさんも多彩な声色でふたりのギタリストとスリリングなインタープレイを聴かせる。

強烈なグルーヴの中にも、祈りにも似た静謐な美が感じられる演奏でした。まえかわさんの産休期間を経て、久方ぶりの東京ライブに対する客席の期待感を斜めに横切り、それに応えてより一層熱を上げるフロア。音楽を演奏する喜び、聴く・感じる喜びに溢れた幸福な時間です。

ゾーンに入ったときのまえかわさんの歌は人間が歌っているように聞こえない。虫の鳴き声、鳥のさえずり、狼の遠吠え、風が揺らす麦の穂、陽光、大地への求愛行動。2012年4月、Poemusica Vol.4でその声に触れてちょうど10年。来し方行く末に思いを馳せずにいられませんでした。

 

2022年5月11日水曜日

スージーQ

水曜日の夜。新宿シネマカリテにてリーアム・ファーメイジャー監督作品『スージーQ』を観ました。

スージー・クアトロは1950年、ミシガン州デトロイト生まれ。父アーサーはミュージシャン、母ヘレンは敬虔なカトリック教徒。14歳のときに姉パティと近所に住む別の姉妹と共にThe Pleasure Seekersを結成、担当パートはベースギターだった。

時代はマージ―ビートからヒッピー文化に移り、揃いの衣装で演奏するスタイルが時代遅れになったと感じた彼女たちは、裸足にジーンズに着替えCRADLEと改名する。第2期ジェフ・ベック・グループのレコーディングでデトロイトを訪れていたプロデューサーのミッキー・モストがCRADLEのライブを観て、スージーにイギリスでソロデビューを持ちかけ、翌1971年、21歳で単身ロンドンに渡りグロスポイントに小さなフラットを借りる。

女性ロッカーの草分け的存在で71歳の現在もなお現役のスージー・クアトロの50年のキャリアを振り返るドキュメンタリーフィルムです。1970年代前半には日本の洋楽雑誌のグラビアページの常連だったので、小中学生の頃から顔と名前は存じ上げておりました。

十代でショービズ界に入り、失ったものは膨大(huge)と当時から感じていたと答える。学校生活、成長すること、大人になるための苦い経験。とても正直で頭の良い人なのだと思います。ロンドンでマイク・チャップマンニッキー・チンのソングライターチームと出会い、レザーのジャンプスーツに着替えて、ベースを強調した "Can The Can" でブレイク。"48 Crash"、"Wild One"、"Devil Gate Drive" とブギーを基調にしたワイルド路線で欧州とオーストラリアでスターの仲間入りをする。

屈強な男どもを従え、腰骨より低く構えたフェンダーベースをぶりぶり指弾きするスタイルは多くの少女たちに影響を与えた。The Runawaysからシェリー・カーリージョーン・ジェットリタ・フォード。特にジョーン・ジェットは地元のロッククラブの壁からスージーの水着ピンナップをパクった疑惑を暴露される程の心酔ぶり。

他にも、ブロンディデボラ・ハリートーキング・ヘッズティナ・ウェイマスGO-GO'sジェーンL7ドニータ、イギリスからKTタンストール、と錚々たる顔ぶれが現在の姿でインタビューに答えています。トランスヴィジョン・ヴァンプウェンディ・ジェームスの落ち着きのなさがヤバい。

28歳で自身のバンドのギタリストレン・タッキーと結婚し、ロンドンで挙式。来日公演時の白無垢姿はプロモーターのやらせだった。「オイシイナ、サケロックオオゼキ」のTVCMはなんとなく憶えています。星野源SAKEROCKの元ネタですよね。

ドラッグとは距離を取り、1977年から2年間、アメリカのTVシチュエーションコメディ『Happy Days』にレザー・トスカデロというベーシスト役で出演し、1980年代にはウエストエンドミュージカル『アニーよ銃をとれ』で主役を演じる。姉妹バンドから引き抜かれたがゆえの家族との確執を包み隠さず述べる出演者たち。老境を迎えてようやく和解できて本当によかった。

スージーは2016年に自伝的詩集"Through My Eyes"を出版しています。映画の中で本人が抜粋を朗読しているのが素晴らしいです。

 

2022年5月7日土曜日

ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック

初夏のにわか雨。新宿シネマカリテアリソン・エルウッド監督作品『ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック』を観ました。

LA郊外、ウェストハリウッドから蛇行する山道を走るとローレル・キャニオンに着く。ハワイで結成されたモダンフォークカルテット(MFQ)が1963年にこの谷間に移り住んだことから伝説的な西海岸ロックの歴史が始まった。

サイケデリックなフォークロックサウンドでデビューしたが鳴かず飛ばずだったザ・バーズは当時新人スターだったボブ・ディランのボツ曲「Mr.タンブリンマン」に目をつけレコーディング、シングルは大ヒットとなる。

奇才ニール・ヤングを擁するカナダ/アメリカ混成のバッファロー・スプリングフィールド。黒人ボーカリスト、アーサー・リーをフロントマンに据えたラヴは人種差別の根強い南部では演奏できない。サンフランシスコ出身の彼らはザ・バーズの影響から脱却しようともがく。

当時はめずらしかった男女混成グループのママス&パパスのメンバーであるママ・キャスはローレル・キャニオンのガートルード・スタインと呼ばれ、いつも彼ら彼女らの中心にいた。

1960~70年代前半の米国音楽の名だたるミュージシャンが暮したローレル・キャニオンを主人公にしたドキュメンタリーフィルムです。オリジナルパンク世代の僕はでどちらかというとUK寄りの音楽嗜好なので、CSN&Yの成り立ちやザ・バーズのカントリー化の経緯など、人物相関と音楽的影響関係を知ることができました。

社会や政治とは無縁のお花畑だったキャニオンの住民も、公民権運動やベトナム戦争によって考えることを始め、作品に反映させる。マリファナはコカインやスピードに置き換わり、商業主義がじわじわと押し寄せる。シャロン・テート殺害事件オルタモントの悲劇が起こり荒廃していくキャニオン。ジム・モリソンとママ・キャスの死によってその輝きは失せる。

ザ・バーズのロジャー・マッギンの12弦ギターに象徴されるキラキラとしたサウンドのなかでザ・ドアーズが異彩を放っています。そしてジョニ・ミッチェルの音楽の別次元の独創性とクオリティ。友人宅の庭でジョニ・ミッチェルのオープンチューニングに釘付けになるクリーム時代のエリック・クラプトン。キャニオンに住む誰もが彼女の才能に恋をしていたのではないかと思います。

ライブ映像やプライベートフィルム、MFQのベース奏者ヘンリー・ディルツザ・モンキーズピーター・トークのガールフレンドだったヌリット・ワイルド、ふたりの写真家による瑞々しくもリラックスした表情の素晴らしいポートレートで構成されている。

リンダ・ロンシュタットの声は現在のものを使用していると思われますが、存命のミュージシャンも画像は当時のもの。ヘンリー・ディルツとヌリット・ワイルドだけが現在の姿でスクリーンに登場しています。

現在の年老いた姿を映さないことでノスタルジアから逃れ、あたかも数年前のことのように錯覚するという逆説。オーストラリア出身の女性監督のその時代に対するリスペクトと優しさを感じました。

 

2022年5月3日火曜日

MEMORIA メモリア

憲法記念日の夜。新宿シネマカリテにてアピチャッポン・ウィーラセタクン監督作品『MEMORIA メモリア』を鑑賞しました。

舞台は現代の南米コロンビア第二の都市メデジン。深夜自室で眠っていたジェシカ(ティルダ・スウィントン)は爆発音により目を覚ます。真っ暗な部屋は静寂に包まれている。明け方、駐車場に停められた自動車が次々に警報音を鳴らしウィンカーを点滅させる。

時々突然驚かされる爆発音は自分の脳内だけで鳴っていることに気づいたジェシカは、音響エンジニアのエルナン(フアン・パブロ・ウレゴ)の勤務するスタジオを訪ね、音を再現してもらう。首都ボゴタで入院している姉妹を見舞った際に、掘削中のトンネルで発見された6000年前の人骨を調査する考古学者のアグネス(ジャンヌ・バリバール)と出会う。そしてジャングルで魚を捕って暮すもうひとりのエルナン(エルキン・ディアス)から受け取るメッセージ。

タイ出身のアピチャッポン監督が2021年カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した作品です。極端な長回しで、冒頭の自室で目覚めるシーンは一言の台詞もなく5分以上のワンカット。ジェシカは花や植物にまつわる仕事をしているようだが、研究者なのか生花店経営者なのか明かされない。だだでさえ少ない台詞の会話はことごとく噛み合わず、全体に夢っぽい感じを受けます。

これが冗長で退屈なのかというとまったくそんなことはなく、画面には終始適度な緊張感が投影されています。そして音響が格別に素晴らしい。劇伴はほぼ存在しないのですが、雨の音、川のせせらぎ、風が木々の葉を擦る音、都市の喧噪、レストランのさざめき、そういったひとつひとつの自然音、生活音にたっぷり時間をかけて向き合う時間は豊かなものです。

そもそも私たちの現実の生活では、話している時間より黙っている時間のほうがはるかに長い。そしてそのあいだも生活音は絶え間なく鳴り続けている。そういう意味でのリアリズム。カフェで打ち合わせた詩人が即興のスペイン語で詠む菌類の詩、夜の公園で主人公ジェシカがアグネスに聞かせる眠れない夜の詩。ラテン世界では詩が日常に近いのだな、と思いました。