2020年3月21日土曜日

Sunny

春分の翌日。サニーデイ。品川駅前のメガネのネハシ跡地で本日から開催している eri-nyo 5th album『urion』発売記念 植田陽貴 原画展にお邪魔しました。

エリーニョさんとはじめて出会ったのは下北沢 Workshop Lounge SEED SHIP、2012年2月に Poemusica Vol.2で共演したとき。あれから8年の月日が経ち、彼女は結婚して2児の母となりました。

5枚目のアルバム『urion』は、リード曲 "Sunny" の歌詞から派生したオリジナルストーリーをエリーニョさんが書き、植田陽貴さんが描いた絵本とセットアップされた形式で、その原画展がリリースイベントを兼ねています。

白うさぎの幼い兄妹が人をよろこばせるためのものを探す旅に出る。旅の途中で無垢な子どもたちが汚れていく。池の水で汚れを落とそうとしても落とせない。変わってしまった自分たちを世界は受け入れてくれるのか。森の奥に灯りが見えて、両親が子どもたちを汚れたままの姿で迎え入れる。

"Sunny" は、第1子の産休明けとなった2015年9月のPoemusica Vol.42で初披露された、僕にとっても思い出深い楽曲です。植田陽貴さんの油彩画を観ながら、昨日聴いた石渡紀美さんの詩「家」の「帰る場所をなくしたのではない/わたしが/帰る場所になった ということ」という一節を思い出していました。

兄妹を迎える両親が描かれたオレンジ色の背景に午後3時半の会場に差し込む春のやわらかな西陽がきらきらとあたたかく反射してとてもきれいでした。

会場のメガネのネハシはエリーニョさんの引退したお父様が営んでいたお店。まもなく再開発でなくなるそうです。JR品川駅高輪口徒歩1分。実家も程近い港区高輪とのこと。エリーニョさんの音楽に通底する洗練された都会的な空気にはそのルーツがあったのだな、と納得です。

 

2020年3月20日金曜日

あなたの好きな花の名前

春分の日。Pricilla Label presents 石渡紀美 新詩集『「ママは、ばらの花が好きだな」と彼女は言った。』出版記念ライブ “あなたの好きな花の名前” が幡ヶ谷jiccaさんにて開催されました。

路地に面した大きな窓から差し込む午後3時の明るい陽光のなか、まるで縁側にいるように椅子に腰掛けて、新詩集に収録されている全20作品を頁順に、各篇の創作の動機や書いているときの身の回りのできごとなどを交えて約70分間。落ち着く声でゆったりと語りかけました。

前作『十三か月』は東日本大震災後を描いていましたが、今作のモチーフになっているのは子どもとの日々です。ありがちな子ども子育て賛美でもなく、苦労譚でもなく、日常に潜む不穏な感情、本来理性的な性格でありながらもそこからどうしてもはみ出してしまう動揺をポジティブなものもネガティブなものも等しく見つめ、名前をつけることに力を注いでいます。

紀美さんの端正な文字表現で読むぶんには淡く感じられるそのまなざしが、声に乗せることで生々しく増幅され伝わってくる。

イベントタイトルにちなんで紀美さんが客席のみんなに好きな花の名前を尋ねる場面で僕はうまく答えることができませんでした。ここで故岸田衿子氏のエッセイから引用させてもらいます。

 “木の名前や、草の名前を、正確に覚えたほうがいいと思っているが、いくら調べても、すぐに忘れてしまう花の名がある。そんな時は、かりに自分でつけた名前のほうは本当らしくなって、気にいってしまう――。「コギツネアザミ」などもそうだった。何度も人に聞かれるので、本名を調べてみるが、すぐに忘れてしまう困った名前だったので、やっと覚えた今でもそのかりの名前を使っている。”「花の名前」(1999)

花は自身の名前を認識していない。親の願いを託した名前を子どもにつけるように、花にも自分の好きな名前をつけたらいいですよね。

MCで紀美さんも言っていたように、どんな状況下でも子どもは生まれてくる。詩も詩集も生まれる。それを絶やさないこと、各々が最良と考える方法で祝福すること、それこそが希望であると僕は考えます。

新しい詩集は正方形で濃いピンクの表紙。僕が装幀デザインし、用紙を一枚ずつカッターで裁断して、インクジェットで出力して手折りしたものをホチキスでとめました。これらの作業はすべて自宅のキッチンテーブルで行っています。

外出してライブイベントに参加する判断が難しいときにご来場くださったお客様、jiccaのトリちゃん会場展示する原画と今日のために特別なスタンプを作って貸し出してくださったはんこのこまちさん、どうもありがとうございました。

詩集『「ママは、ばらの花が好きだな」と彼女は言った。』の通信販売も始まっております。詳細は こちら をクリックしてご覧ください。

 

2020年3月14日土曜日

星屑の町

みぞれ降るホワイトデーの午後。丸の内TOEI②杉山泰一監督作品『星屑の町』を観ました。

久間部愛(のん)には父親がいない。歌手を夢見て上京したが挫折し、岩手県の小さな町で母親(相築あきこ)が経営するスナックを手伝っている。

ムード歌謡グループ山田修とハローナイツの唯一のヒット曲は大阪市生野区の有線チャートで6位になった「MISS YOU」。リーダーでMC担当の山田修(小宮孝泰)の故郷でキティ岩城(戸田恵子)とともに歌謡ショーを開くために帰ってくる。前後のドタバタを描いた喜劇映画です。

オリジナルはコント赤信号ラサール石井と小宮孝泰が立ち上げた星屑の会の舞台作品。大衆演劇のフォーマットを丁寧になぞる笑いと涙の物語に誰もが知っている昭和歌謡の名曲をちりばめる。

山田修とハローナイツのメンバーはオリジナルキャスト通りとのこと。全員芸達者で、特にボーカル天野真吾役の太平サブロー師匠はけっして美声というわけではありませんが、心に残るハスキーボイスで歌も上手。のんが主人公というより、群像劇の色合いが濃いです。

映画化にあたりのんを起用したわけですが、フレッシュな演技はバラエティや報道番組でのハラハラさせる姿と表裏一体か。『あまちゃん』では猫背の印象が強かったのんですが、手足の長い長身がスクリーンにとても映えます。それと田舎道を自転車立ち漕ぎで全力疾走するのがやっぱり似合う。

愛の父親探しという物語の伏線は「もう振り返んのはやめだ」の一言で終わってしまうのですが、ハローナイツを出て行く真吾と入れ替わりに加入する愛のすれ違いが親子関係を示唆しているのでしょうか。

 

2020年3月8日日曜日

ジュディ 虹の彼方に

ミモザの日。ユナイテッドシネマ豊洲ルパート・グールド監督作品『ジュディ 虹の彼方に』を観ました。

1939年のミュージカル映画『オズの魔法使』の主役ドロシーを演じ、圧倒的な歌唱力と可憐な容姿で16歳にしてハリウッドを代表するスターのひとりとなったジュディ・ガーランド(1922-1969)。

映画は少女時代のジュディ(ダーシー・ショウ)の画面一杯の顔のアップから始まります。しかしその生涯をつぶさに描くのではなく、47年の短い人生の最晩年のエピソードが少女時代の回想を交えて進行するという脚色です。

1968年のLA。薬物とアルコール依存症に伴う度重なる現場放棄によってハリウッドで食い詰め、一緒にドサ回りさせていた幼い姉弟は元夫に親権を獲られる。起死回生を狙って単身挑んだロンドン公演。リハーサルに用意された教会が気に入らず1曲も歌わずに帰ってしまうが、いざ本番となると生来のエンターテイナーぶりを発揮して観客を魅了する。

「子役時代はほとんど寝られなくて、フォークの使い方を覚えたのが奇跡」。長時間の撮影に耐えるために映画会社から与えられ10代の未熟な身体を蝕んだ向精神薬アンフェタミンから生涯逃れられず、うつ病に深酒も加わって千鳥足でステージに上がり、野次を飛ばした客をマイクで罵倒してしまう。

「会いたくなったらかかとを鳴らして、願いが叶う」初恋の人ミッキー・ルーニーと同じ名前の若い恋人ミッキー・ディーンズ(フィン・ウィットロック)と公演中に婚約して有頂天になれば最高のパフォーマンスで魅せ、痴話喧嘩で気持ちが荒れれば舞台も荒れる。

不安定で難しい役柄をレネー・ゼルウィガーがアカデミー主演女優賞に相応しい流石の熱演。ロンドンの劇場付マネージャーのロザリンを演じたアイルランド出身のジェシー・バックリーもチャーミングです。

スターの身勝手な振る舞いが才能の名の下に許された時代。ハイパーゴージャスなステージの裏で繰り広げられる重苦しい物語のなかで、心温まるシークエンスはロンドン在住のゲイカップルとの交流。ラストシーンの「虹の彼方に」で声を詰まらせたジュディに客席から起こるシンガロングも彼らの先導あってのこと。その後LGBTQのアイコンとなったジュディ・ガーランド(左利き)のジェンダー観を掘り下げてみてもよかったかも、と思いました。

 

2020年3月1日日曜日

架空OL日記

映画の日。ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場で、住田崇監督、バカリズム脚本・主演『架空OL日記』を観ました。

「月曜日の朝はみんないつもより性格が悪い」。11月25日、地方銀行の東京郊外の支店勤務の主人公「私」の月曜のモーニングルーティンから始まる。スマホのアラームで目覚め、トイレのドアを足で閉め、バナナを食べ、化粧をして家を出る。主人公を演じるのはバカリズムで、衣装は婦人服だが、メイクも髪型も声色も男性のまま。

「いまのうちらに必要なのは、真実じゃなくて矛先だからさ」。上映時間の半分以上は、同期のマキちゃん(夏帆)、先輩行員の酒木さん(山田真歩)と小峰様(臼田あさ美)、天然な後輩サエちゃん(佐藤玲)と女子更衣室で繰り広げられる5人の会話劇です。女子同士は空気を読み合いつつ役割を演じ、男性行員には容赦がない。

21世紀の土佐日記。OLたちの日常を毒気のある視点で描くバカリズムの脚本がリアルで、息苦しくなりそうなところを、女装の中年男が演じることで巧みにファンタジー風味に転換しているのと、いろんな方向性の女子のガサツさ、ズボラさが魅力的に撮られていて救われます。

主要キャスト5人に加え、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』に続き夏帆(左利き)と共演したシム・ウンギョン、主人公の高校時代の同級生役の志田未来、仕事は出来るが何かちょっとズレてる課長役の坂井真紀もよかったです。

日記なので、基本的にバカリズムのモノローグによって進行しますが、最後の最後に来る設定の反転を説明する科白がなくて、エンドロールのスマホ動画に吉澤嘉代子さん主題歌のアコースティックバージョンを重ねてくるところなんか上手いなあ、と思いました。