2024年5月13日月曜日

トラペジウム

雨天。TOHOシネマズ日比谷にて篠原正寛監督作品『トラペジウム』を観ました。

海岸線を走るローカル線。城州東高校1年生の東ゆう(結川あさき)は制服のまま同市内のお嬢様学校聖南テネリタス女学院へ向かい、お蝶夫人に憧れるテニス部2年生の華鳥蘭子(上田麗奈)を見つける。

「実はわたしこの学校で友だちを作りたかったんだ」。西テクノ高等専門学校でロボコン優勝を目指す2年生大河くるみ(羊宮妃那)がふたつめのピース。ゆうは用心深いくるみに写真マニアの高専生工藤真司(木全翔也)を利用して近づく。

「私かわい女の子を見るたび思うんだ、アイドルになればいいのにって」。ゆうの計画は城州市の東西南北の美少女を集めてアイドルグループを結成すること。くるみと書店にいるときに声を掛けてきた小学校の同級生で城州北高に通う亀井美嘉(相川遥花)が最後のピースだった。

2021年9月に乃木坂46を卒業した1期生高山一実がグループ在籍時に雑誌連載し書籍化された小説のアニメ化です。主人公東ゆう(左利き)の性格が強い。友だちを作るのもボランティアに参加するのも、目的はアイドルになって注目されるため。一方で「南ちゃんの強烈なキャラクター、くるみちゃんの破壊力抜群の笑顔、美嘉ちゃんの万人受けするルックス」とメンバーの推しポイントを挙げるが自身に際立った長所がないことを自覚している主人公ゆう。

現役アイドルであった作者のアイドル観が反映されていると考えられますが、主人公の傲慢さに起因する他メンバーの反目をストレートに描いたところは、現実世界でその渦中にあってなお自身とその周囲を客観視していた作者の自己相対化能力を認めたいです。

優しさや正義感に欠け共感しづらい主人公であるため、ポピュラリティを得ることは難しいと思いますが、青臭い十代の痛い姿は記憶に残り続けるのではないでしょうか。りおさんが手掛けたキャラクターデザインとCloverWorksの作画は歌唱シーンの3DCG含めハイレベルです。


 

2024年5月11日土曜日

ドレミの歌

夏日。池袋東京芸術劇場シアターウエストにて平塚直隆オイスターズ)脚本・演出の舞台『ドレミの歌』3日目のソワレ公演を鑑賞しました。

下校時間を過ぎた校舎で先生(秋山ゆずき)が割れた窓ガラスの破片をほうきで集めている。2年生の堂上(山口乃々華)が登場し「女子校ってもう少しがさつなものだと思っていましたわ、わたくし」と言う。蓮華(高井千帆)と反町(嶋梨夏)が合流し、高い壁の向こう側に思いを馳せる。

男子校が共学に変わった年に入学した彼女たちは、2年生の2学期になっても男子生徒の姿を一度も見ていない。壁の向こうが見渡せそうな2階より上に行くことは校則で禁じられている。蓮華の幼馴染で風紀委員の水野(横山結衣)が現れ、規則によりこれから1時間は校舎から出られないと言う。トイレ掃除をしていて下校時間を逃した城田(佐々木優佳里)も校舎内に取り残される。

納品業者(田野聖子)を案内する先生についてなんとか上階に上がった女子生徒たちは、3階の音楽室で出会った工業高校からの転校生不破由紀子(須田真魚)に合唱部を作って壁の向こうの男子生徒に歌声で女子の存在を知らしめようと誘われる。

「世の中が訳の分かることばかりだったら、そんな世界は面白くないと思わない?」。カフカの『』を思わせる不条理劇且つスラップスティックコメディ。転校生の女子生徒役を恰幅のいいベテラン男性俳優に演じさせることでファンタジーみを強調する。壁は分断の象徴。ベルリンの壁の東側の若者たちに向けて "HEROES" を歌う1987年のデイヴィッド・ボウイが重なる。

「エロいことばかり考えている女は尋という字を見てもエロしか目に入ってこない」。高校という舞台設定、テンポのいい軽妙な台詞回し、アイドル出身の若手俳優陣の振り切ったハイテンションな芝居、その熱量を受け流す先生のおっとり感で不条理なのに重苦しくない。そもそも壁を越えたいのが、男子生徒と出会いたい、あわよくば恋に落ちたい、若さを無駄にしたくない、という青春過ぎる欲求です。

「あなたは卒業するためにこの学校に入ったの?」という問いかけにハッとする。確かに出口に至るためだけに入口に立つのではない。過程を存分に味わい楽しむために私たちは生きている。そんなことに気づかせてもらいました。

蓮華役の高井千帆さんは『幕が上がる』とも『魔法歌劇アルマギア Episode.0』とも違うラウド系の役柄を全力で演じています。体幹の通った立ち姿が上品ですが、グループ在籍時から思い切りの良さはメンバー随一。お芝居の面でも今回更に一皮むけたのではないでしょうか。

劇中歌の違う「♯」「♭」の2パターンが上演され、僕が観た「♯」は、オッフェンバック天国と地獄ベートーヴェン第九でした。歓喜の歌の主旋律ってたった5音でできているんですね。おどろきです。


2024年5月5日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ③

夏日。東京国際フォーラムのクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024』最終日は3公演を鑑賞しました。

■公演番号:322〈Viva 1685! バロック名曲+ベートーヴェン晩年のソナタによる祈りの時〉ホールC(エスプレッシーヴォ)12:00~12:45

バロックの巨匠、J.S.バッハ、ヘンデル、スカルラッティの3人は1685年生まれの同い年。先輩マルチェッロとヴィヴァルディの器楽曲をバッハが鍵盤アレンジした2曲とその逆の2曲。ニ短調の曲群の歌謡性にシャンソンのオリジンを感じます。ベートーヴェンは苦難の果て1821年のクリスマスに第31番を脱稿、バッハの技法を借りて第3楽章をフーガで構成しました。76歳のケフェレックの静謐でありながら一音一音に魂を込めた演奏は技術の先にある手に触れられない何かを我々に示すものでした。

■公演番号:323〈室内楽で描くロマンとモダン、対照的な美〉
ホールC(エスプレッシーヴォ)13:45~14:30

ヴェーベルンが無調性に移行する前、1905年に23歳で書いた清新な小曲を若いカルテットが小気味よく料理する。弦楽四重奏曲のメカニカルな面白さを聴覚と視覚から堪能できます。ベテランピアニストが加わったシューマンはゆったりと波打つように。第四楽章の終盤に先程聴いたベートーヴェンのピアノソナタ第32番のフーガの音型がふたたび奏でられたのには心震えました。

■公演番号:335〈今夜は映画館で〉
ホールD7(カンタービレ)17:15~18:30
ブラームス:主題と変奏 ニ短調

ピアニスト自身と家族の逸話と共に、映画のスチールを投影しながら、サウンドトラックに使用されたクラシックの名曲を弾くという趣向。ケフェレックとは対照的にざっくりした演奏でしたが、こんなリラックスしたプログラムもLFJならでは。上記9曲以外に、ニノ・ロータ甘い生活」、スコット・ジョプリンソラース」、戦場のメリークリスマス、最後は「男と女」でまさかのダバダバダ・シンガロング、予定の75分に収まるはずもなく、お腹いっぱいの90分でした。

フェス最終日の夕暮れ時の寂寥感。サウダージを感じつつ帰途につく。今年も3日間たっぷり楽しませてもらいました。演奏家のみなさん、スタッフとボランティアのみなさん、ありがとうございました。

 

2024年5月4日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ②

夏日。東京メトロ有楽町線に乗って東京国際フォーラムへ。クラシック音楽の祭典『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024』の2日目は有料公演2本を鑑賞しました。

■公演番号:232
ホールD7(カンタービレ)11:30~12:15

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタはピアノ協奏曲と同じくジャズの影響が強く楽しい音楽です。その1927年の初演時にヴァイオリンを弾いたのがルーマニア出身のジェルジェ・エネスク。初めて聴きましたが、反復するピアノの単音に最小限の音数のヴァイオリンが重なるアンビエントな響きからロマの旋律で情熱的に盛り上がり、最後は弱音の長い余韻をふたりの演奏家も観客もたっぷりと味わう第二楽章が最高でした。

■公演番号:212〈心とかすロマンティック・コンチェルトたち〉
ホールA(グランディオーソ)12:45~13:55

グーアンがパガニーニ、グッチが3番を弾く構成でした。グーアンの第18変奏は副題通りロマンティックでしたが、やはりマリー=アンジュ・グッチの技術と表現力が際立つ。5000人収容のAホールはクラシックには向かないサイズ。にもかかわらず、自分の音をしっかり立たせて満員の客席のすみずみまで届ける。1時間近い長尺曲の一瞬も途切れない集中力は広いステージの両脇のビジョンに映る表情からも伝わってきます。

ホールから出ると目に青葉。午後早い時間にすっかり賑わいの戻った街に出て初夏の空気を呼吸しました。
 

2024年5月3日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2024 ORIGINES ①

快晴。毎年GWに東京国際フォーラムで開催されるクラシック音楽フェス「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」がコロナによる休止期間を経て昨年4年ぶりに開催、今年も張り切って参加しています。

2024年のテーマは「ORIGINES ーーすべてはここからはじまった」。3日間の日程で8つの有料公演を予約しました。

■公演番号:121〈バロックの"定番"を照らす新しい光〉ホールC(エスプレッシーヴォ)10:00~10:45
成田達輝(Vn)

よく晴れた初夏の朝にぴったりのフレッシュなヴィヴァルディでした。誰もが知る「春」の第1楽章に続く短調のラルゴの郷愁を帯びたカデンツァはソリストとヴィオラで構成されます。ヴィオラの音色が固めでやや強いかな、と思いましたが、その場で修正したのが小編成アンサンブルのいいところ。「夏」の第2楽章のアダージョのピチカートに乗せた伸びやかな旋律の歌わせかたもきれいでした。

■公演番号:122〈静かな才が明らかにする近代ロシアの魂〉
ホールC(エスプレッシーヴォ)11:45~12:55

LFJ2018で鮮烈な日本デビューを飾ったマリー=アンジュ・グッチも26歳に。難曲をつぎつぎと、超絶技巧を惜しまず明朗に表現する。キャリアを積んで柔らかい音色のバリエーションが増えたように感じます。スクリャービンの空洞感、プロコフィエフのレトロフューチャーな響き。アンコールはLFJ2018と同じラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」カデンツァ。終始圧倒されました。

■公演番号:134〈Ya Maryam ヤー・マルヤム〉
ホールD7(カンタービレ)15:30~16:20
カンティクム・ノーヴム(地中海沿岸の伝統楽器アンサンブル)
サリンディ・バチェイェ・ジルディ(トルコのアレヴィー派の伝統音楽)
おお聖母マルヤムよ(マロン派の伝統音楽)他

LFJ2019以来の伝統器楽アンサンブル。今回は打楽器1、木管楽器2、弦楽器4、声楽1にトルコの歌姫ギュレイ・ハセル・トリュクを加えた9人編成です。約45分のセットのテーマは非西欧のキリスト教音楽。中近東、東欧の旋律に通奏低音とフレームドラムが絡む重低音の強い音像が現代的。このアンサンブルを聴くと逆に所謂「クラシック音楽」は西欧のローカルミュージックなのだと実感させられます。