2018年6月16日土曜日

万引き家族

曇天。ユナイテッドシネマ豊洲で、是枝裕和監督作品『万引き家族』を観ました。

東京23区の北東部、綾瀬、北千住あたりか。再開発エリアの谷間に取り残された瓦葺の木造平屋。衣類や食器や生活雑貨で乱雑に汚れた家に暮らす5人家族。祖母初枝(樹木希林)の年金、日雇い建設作業員の父親治(リリー・フランキー)、クリーニング工場パートの妻信代(安藤さくら)の収入は不安定で、足りない分は食品や日用品の万引きで賄っている。

2月、真冬の夜。父子は通りかかったアパートの廊下に放置されていた5歳の少女ゆり(佐々木みゆ)を家に連れて帰り、ともに暮らし始める。

「自分で選んだ方が強いんじゃない?」「何が?」「絆よ」。6人家族のうち血縁があるのは初枝と信代だけ。翔太の補導と初枝の老衰死によってそのことが明らかになる。疑似家族の在り方を通じて「家族とは?」という疑問を提示するのは、『海街diary』『そして父になる』等、最近の是枝作品に共通するテーマです。

風俗店に勤める松岡茉優(左利き)と客の池松壮亮もそのフラクタル。若いふたりの関係だけが上映時間中に一歩進む。

芸達者な役者たちを芸に走らせずリアルな会話をさせる是枝監督は、今回も子役たちの自然な声と表情を引き出すことに成功しています。翔太役の城桧吏(左利き)の撮影中の成長は物語の時間軸とリンクして感動的ですらあります。

近藤龍人のカメラワーク。隅田川の花火の夜、縁側から夜空を見上げる6人家族の顔を庇の上から俯瞰で切りとる。細野晴臣の音楽も控え目な穏やかさの中に不穏の前兆を感じさせて見事です。

カンヌ映画祭パルムドールを受賞したことで注目され、戦前大日本帝国の伝統的家族観を信奉するみなさんの批判を集めていますが、作中の家族が、表面上はヤンキーカルチャーを支える地元血縁主義に似せて、実際は疑似家族というカウンター構造になっている点において、是枝監督が一枚上手と言えましょう。


2018年6月2日土曜日

レディ・バード

梅雨入り前の晴天。ユナイテッドシネマ豊洲グレタ・ガーウィグ監督作品『レディ・バード』を観ました。

カリフォルニア州サクラメントは州都とはいえLAやサンフランシスコと比べたらだいぶ郊外。カトリック系私立高校3年生のクリスティン・マクファーソン(シアーシャ・ローナン)は、自身を「レディ・バード(てんとう虫)」と名付け、周囲にもその名で呼ばせている、反抗的でちょっとイタい女子です。

母マリオン(ローリー・メトカーフ)は医療関係、カーステレオでスタインベックの『怒りの葡萄』の朗読テープをかけて母娘で泣く。直後に進学のことで口論となり、高速走行中のドアを開けて道路に飛び降り腕を折るレディ・バード。おバカである。

2002年春から2003年初秋の1年半を断片の集積として構成、十代の自意識のイタさ、ころころとめまぐるしく変わる思春期の心情をシアーシャ・ローナンが好演。その横顔はボッティチェッリの絵画のように美しい。

はじめて好きになったダニー(ルーカス・ヘッジズ)が実はゲイだった。それを知って拒絶するレディ・バードだが、未だにロナルド・レーガンを支持している保守的な家族にカミングアウトできず苦悩している姿を見て友情が芽生えたり、里子であるヒスパニック系の兄ミゲル(ジョーダン・ロドリゲス)が正社員の職に就けたり、リサイクルショップで買ったプロムのドレスをマリオンが素敵に仕立て直したり。初監督の女優グレタ・カーヴィクのマイノリティに対する目線が優しいです。

高校教師たちも皆善人ばかり。病身の神父(スティーヴン・ヘンダーソン)の代役でフットボールのコーチ(アンディ・バックリー)が急遽ミュージカルの指導をすることになり、配役に背番号をつけて、黒板でフォーメーションを指示するシーンには大爆笑。

2001年9月11日のNY同時多発テロに続く、イラク進攻、アルカイダやタリバンとのゲリラ戦など、当時の世界の不穏な空気。カーラジオから流れるアラニス・モリセットの"Hand In My Pocket" に甘酸っぱい気持ちになりました。


2018年5月26日土曜日

海が見えたら

5月最後の土曜日は薄曇り。サーキットイベントでごった返す真昼の雑踏を抜けて、下北沢440で開催されたクララズ1stミニアルバム『海が見えたら』発売記念ライブに行きました。

クララズクララズさん(左利き)のソロユニット。ノラバーメイツでもありますが、今年の2月にサトーカンナさんワンマンライブに行った際に、お客さんで来ていたのをカンナさんに紹介してもらったのが初対面でした。

「ひとりでもクララズ、たくさんでもクララズ」ということで、本日大半の楽曲はレコーディングメンバーでもある橋本あさ子さん(Dr)、アダチヨウスケさん(Ba)、渡瀬賢吾さん(Gt)との4ピースで演奏しました。小柄で華奢なクララズさんが持つとテレキャスターがとても大きく見えますが、そのバンドサウンドにも大きなグルーヴがあります。「マイケル・ショート」「Just Coffee For Now!」の2曲にはhenrytennisのホーンセクションが加わり更にスケールアップする。

ギターポップという括りからザ・パステルズ等のアノラックバンド群に喩えられ、またご自身も好きなのだと思いますが、僕はコートニー・ラヴ的なアティテュードを感じました。コートニー・ラヴからエロさと挑発性を剥がしたら、がっしりとした音楽の骨格が現われたみたいな。半ひねりの効いたソングライティングとアレンジ、直線的な発声もさることながら、スーパークールなステージ運びが超格好良かったです。

オリジナリティある共演の2バンド。Eupholksは5人編成。ザ・バンド風のレイドバックミュージックとノイジーなシューゲイザーサウンドの奇妙な同居をカウンターテナーの美声でまとめ上げる。アレンジのアイディアが豊富で、Uさんのドラムスもイマジネーションに溢れています。

henrytennisはアルト/ソプラノサックス、トロンボーンの3管を配する7人編成。インストロックバンドと自己紹介していましたが、音楽の基盤は1970'sジャズロックに2000'sポストロックをまぶしたテイスト。リズムセクションのあえて整理していない音像はグランジ以降のものでした。

 

2018年5月19日土曜日

しあわせの絵の具

サリー・ホーキンス主演映画の『シェイプ・オブ・ウォーター』じゃないほう。アシュリング・ウォルシュ監督作品『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』をキネカ大森で観ました。

1930~70年代、カナダ東部ノバスコシア州の港町マーシャルタウン。若年性関節リウマチで四肢に軽い障がいを持つモード・ダウリー(サリー・ホーキンス)。兄チャールズ(ザカリー・ベネット)が借金の肩に生家を売却したため叔母アイダ(ガブリエル・ローズ)の世話になっていたが、厄介者扱いされる日々であった。

ある日立ち寄った雑貨店で家政婦を探している魚の行商人エベレット・ルイス(イーサン・ホーク)と出会う。孤児院出身で無学で粗野。貧しい小屋に強引に押しかけ住み込みで働くことになる。

原題は"Maudie"。カナダのナイーブ派の画家モード・ルイスの実話は邦題から想像されるような胸キュンほんわかストーリーではありません。生活は厳しく、貧困と偏見、無理解と暴力に満ちています。タフな環境下、不器用なふたりが、反目し合いながら何十年という時間をかけて互いを思いやるようになる。

主演ふたりの真に迫る演技にウォルシュ監督のオーセンティックかつセンシティブな演出が光ります。海辺の寂しい一本道。エベレットの行商の手押し車をびっこを引きながら必死で追いかけるモード。次には並んで歩くふたり。しばらく経つと手押し車に乗せて運ばれるモード。ロングショットを夕日の逆光がまぶしく照らします。

はじめは読み書きできなかったエベレットが物語の終盤では自分たちの新聞記事を読むことができるようになっている。晩年症状が進行して不自由な指で絵筆を握るモードが一瞬口ずさむのはザ・ビートルズの"Let It Be" でしょうか。

カナダの至宝カウボーイ・ジャンキーズマイケル・ティミンズが担当したサウンドトラックが素晴らしいです。ほぼギターインストですが、ニューヨーカーのサンドラ(カリ・マチェット)にはじめて絵の注文をもらうシーンでかかる Mary Margaret O' Hara でスクリーンいっぱいに色彩が溢れる。

モードとエベレット本人たちがモノクロフィルムで登場するエンドロールで懐かしいマーゴ・ティミンズの歌声が流れます。1988年の奇跡の名盤 "The Trinity Session" には何度も何度も孤独な夜を救われました。


2018年5月5日土曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ③

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』最終日。今日は午後から池袋スタートです。

■公演番号:T323
パリのモーツァルト』 
東京芸術劇場シアターイーストボウルズ) 14:00~14:45
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

初日に国際フォーラムで聴いたM156『パリのモーツァルト』と同プログラムです。一昨日すこし気になったピアノのミスタッチが改善されてヴァイオリンの美しい音色により集中することができました。ふたりの音量バランスもよくなった気がするのは座席のせいでしょうか。K.304第2楽章の澄んだロングトーンに心洗われる心地になりました。

■公演番号:T314
東京芸術劇場コンサートホールブレヒト) 1715~18:00
梁美沙(ヴァイオリン)
廖國敏(リオ・クォクマン)指揮 シンフォニア・ヴァルソヴィア
ノスコフスキ序曲「モルスキェ・オコ」
ブルッフスコットランド幻想曲 op.46

1曲目のノスコフスキで、このオケこんなに音デカかったっけ、大丈夫かな、と思いましたが杞憂でした。ブルッフのスコットランド幻想曲はブラームスの盟友ヨーゼフ・ヨアヒムが初演した実質的にはヴァイオリン協奏曲。難曲ですが、大ホールらしく音楽を大きく捉え、且つ細部まで行き届いた見事な演奏でした。ドイツの作曲家が英国を描いた作品をマカオの指揮者が振るポーランドのオーケストラとパリ在住の在日コリアンのソリストが熱演する。音楽が国境を越える瞬間。ちょっとだけ夢を見てもいいかな、と思えます。

■公演番号:M337『ソワレ・スカルラッティ
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 21:00~21:45
ピエール・アンタイ (チェンバロ)
スカルラッティ:ソナタから

3日間の音楽祭の締めにバロックで気持ちを整えて、と臨みましたが、想定外の自由な展開に。演目はあらかじめ決められておらず、555曲残されているソナタから即興的に選ばれる。45分の予定時間を30分以上延長して約20曲。アンコールはJ.S.バッハ無伴奏ヴァイオリン・パルティータから。学究的な一方ドラッギィでもあり、執拗に反復される音階によりトランス状態に。バロックとは歪み。その深淵を覗いた気分です。

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018。生演奏に浸った3日間。運営スタッフやボランティアのみなさん、今年もありがとうございました!

 
 

2018年5月4日金曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ②

晴天。昨日よりすこし気温が低め。5月の連休恒例のクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018』、2日目の5/4は有楽町東京国際フォーラムで3公演を聴きました。

■公演番号:M251 
東京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 9:30~10:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン:ロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ:練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
ショパン:スケルツォ第2番 変ロ短調 op.31
ショパン:スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39

ショパンのop.16とラフマニノフは昨日と同じですが、プロコフィエフに代えてショパンのスケルツォを2曲演奏。ピアノの音色が多彩でどの音もきらきら輝いているように聴こえました。楽曲の解釈に優れているのでしょう。完璧な技巧の先に見えるのは演奏者の内面ではなく、作曲者の人生のような気がします。アンコールはサン=サーンストッカータop.111-6でした。

■公演番号:M232『中世の伝統歌Ⅱ』 
東京国際フォーラム ホールB5(ツヴァイク) 12:15~13:00
アンサンブル・オブシディエンヌ

ホールの扉からリコーダーを先頭にチターやダルシマーなどを演奏しながらステージに上がりました。中世ヨーロッパや中近東の古楽器を古い絵画やタペストリーを手掛かりに再現した5人組(歌、打楽器、木管楽器、弦楽器×2)のアンサンブルが13~15世紀の音楽を奏でます。ケルト調の旋律に乗せて古語で歌われる信仰、悲恋、戦争、投獄。酔っ払いの小芝居。ファンタジーで読む吟遊詩人が眼前に現われたかのようです。

■公演番号:M227『Ararat ~アラーラ(アララト山)~』 
東京国際フォーラム ホールB7(クンデラ) 21:00~21:45
カンティクム・ノーヴム

女声1、男声2、縦笛2、打楽器2、弦楽器5、計12名の小楽団。民族楽器によるアルメニアのフォークロア。ヴィオラ・ダ・ガンバのドローン(通奏低音)に重なるリュートの低音弦のリフレインが演奏全体の基盤となり、打楽器群の緻密なタイム感と相俟ってウルトラモダンな音像を構築しています。リコーダーの低く柔らかい音色、三声の掛け合い。1970~80年代のアンビエントミュージックの原型ともいえる美しい音楽です。

中日の今日は西欧以外の伝統音楽の普段はなかなか聴く機会の少ない生演奏を楽しみました。LFJならではの好企画だと思います。


2018年5月3日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2018 ①

有楽町の東京国際フォーラムを中心とした丸の内エリアで毎年この時期に開催されていたクラシック音楽フェス『ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン』が、今年から『ラ・フォル・ジュルネ TOKYO』と名を改め、開催エリアを池袋にも広げました。

今年のフェス全体のテーマは「モンド・ヌーヴォー 新しい世界へ」。様々な理由で母国を離れた作曲家の作品によるプログラム構成。各ホールには亡命した文学者の名前が付けられています。

3日間で有料公演を9つ、初日の5/3憲法記念日は3公演を鑑賞しました。

■公演番号:T134 
東京芸術劇場シアターウエストツェラン) 16:30~17:15
マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)
ショパン序奏とロンド 変ホ長調 op.16
ラフマニノフ練習曲集「音の絵」op.39から 第4、5番
プロコフィエフピアノソナタ第6番 イ長調 op.82

欧州クラシック音楽界で最注目の二十歳は前評判以上でした。フィジカルの強靭さと精妙な技巧と陰翳の深い抒情性を兼ね備えている。ショパンの包み込むような優しい響き、ラフマニノフのドラマチックな表現力、プロコフィエフの構築性。まったく集中が途切れることなく、しかもひとつひとつの音色が澄んでいる。アンコールで弾いたラヴェルの「左手のためのコンチェルト」カデンツァも鮮烈でした。

■公演番号:M156『パリのモーツァルト』 
東京京国際フォーラム ホールD7(ネルーダ) 19:10~19:55
梁美沙(ヴァイオリン)
ジョナス・ヴィトー(ピアノ)
モーツァルト:「ああ、ママに言うわ」による変奏曲(キラキラ星変奏曲)K.265
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第21番 ホ短調 K.304
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第23番 ニ長調 K.306

LFJ2015で初めて聴いて虜になり、昨年もフォローしたパリで活動するヴァイオリンの梁美沙さんが今年も来日してくれました。18世紀のヴァイオリンソナタは鍵盤から弦に主役が移り変わる端境期。繊細な色彩を一筆ずつそっと置くような彼女のヴァイオリンに似合います。演奏中は独特の伸びあがるように優美な動きで大きく見えますが、巨漢のヴィトー氏と並ぶとびっくりするほど小柄で華奢です。

■公演番号:M167 
東京国際フォーラム ホールG409(デスノス) 20:30~21:15
オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)
フローラン・ボファール(ピアノ)
マルティヌーチェコ狂詩曲
ストラヴィンスキー:「妖精の口づけ」から ディヴェルティメント
シェーンベルク幻想曲 op.47
クライスラーウィーン風狂想的幻想曲

梁美沙さんの師匠筋にあたるシャルリエ氏はサッカー元ポルトガル代表ルイス・フィーゴ似のハードボイルドタッチ。ピアノのボファール氏はMr.ビーンを2倍縦長にした感じ。手練ふたりがしちめんどくさい現代曲を笑顔で弾き倒す。マルティヌーのピアノの硬質な空洞感。クライスラーの重音を多用した懐古的な旋律。20世紀は既にノスタルジーの中にあるんだなあ、と思いました。