2017年4月21日金曜日

港ハイライト「抱かれたい女」リリースパーティ ”踊りませんか?”

金曜日の吉祥寺は夜も大にぎわい。『港ハイライト「抱かれたい女」リリースパーティ ”踊りませんか?” ~ノラオンナ51ミーティング~』に行きました。

地階へ降りてSTAR PINE'S CAFEの厚いドアを押すとゴリゴリの中低域、大音量で流れるフレンチポップス。小西康陽さんのDJで贅沢なお出迎え。それだけで特別な夜だとわかります。

オープニングアクト水井涼佑さんがリリカルなピアノと透明感のある歌声で描く無国籍な小都市の情景と客席からの大きな拍手を縫って7人のミュージシャンが登場する。

港ハイライトの1stアルバム『抱かれたい女』。昨年7月のリリースからだいぶ時が経ってのレコ発ですが、そのタイムラグまでもが大人の余裕を感じさせる、めくるめくエンターテインメントの2時間でした。

ノラオンナさんのウクレレ弾き語り「港がみえない」に始まり、ワタナベエスくものすカルテット)のフレットレスベースに導かれレコードよりわずかにテンポを落とした「無理を承知で言ってるの」から「港ハイライトブルーズ」まで。全9曲のアルバムのうち収録順に8曲が立て続けに演奏されます。普段はギタリストでもある古川麦くんはほぼ全曲をハンドマイクで歌い通しました。

そしてほりおみわさんが見た夢でノラさんが歌っていた曲のタイトルから作られた新曲「都電電車」を再びウクレレ一本で。水井さんの澄んだ音色のピアノと麦くんのフレンチホルンに乗せた「風の街」も美しかった。もうひとつの新曲「踊りませんか?」はボ・ディドリー・ビートのハイテンションなダンスチューン。最近演奏される機会があまりなかった「あばんぎゃるどあなくろにずむあいどる」と「ボサボサ」、5人編成のオリジナルメンバー時代の名曲を水井さんとノラさんの二声で聴けたのもうれしかったです。

プライベートなホームパーティの趣きがあった昨年末のプチレコ発とは対照的に、これはもうライブというより一幕の舞台芸術と呼んでも差支えないのではないでしょうか。一夜限りの贅を尽くしたノラオンナシアター。小西さんの選曲はノスタルジーの額縁、バンドメンバーは腕の立つ水夫たち。いぶし銀の匠も、血気盛んな若衆も、異国のリズムを連れてくる。ノラさんは一言のMCも挟まず、丙午生まれのファムファタールたる港の酒場のコケティッシュな女主人を見事に演じ切っていました。



2017年4月16日日曜日

夜は短し歩けよ乙女

初夏の日差し。COREDO室町2 TOHOシネマズ日本橋湯浅政明監督作品『夜は短し歩けよ乙女』を観ました。

大学3回生の先輩(声:星野源)は黒髪の乙女(声:花澤香菜)に恋しているがプライドの高さと小心さから気持ちを伝えることができない。一方、乙女は先輩の恋心にまったく気づいていない。

春の木屋町・先斗町、下鴨神社糺の森の納涼古本市、秋の大学祭、風邪が蔓延する真冬。京都の四季を背景に衒学的で癖の強いキャラが交錯する森見登美彦の小説を一夜の物語に再構成しています。

ボーイミーツガールのテンプレートのひとつに、天真爛漫で奔放な女子に不器用な男子が翻弄されるというものがありますが、この物語の場合は黒髪の乙女も巻き込まれる側。ただその巻き込まれ方に迷いがなく、どんなにエキセントリックなコミュニティにも微塵の躊躇も先入観も偏見も持たずに溶け込み、結局主役になってしまう。

でも、この物語の本当の主役は京都の夜。画角には収まらない深い闇を登場人物たちの狂騒が際立たせる。カラフル、ノンストップ&ジェットコースティンな展開は、1951年制作のディズニー映画『ふしぎの国のアリス』にも比肩しうるサイケデリックムービーといってもいいでしょう。乙女がとにかくよく酒を呑む。第三幕、学園祭のパートはミュージカル仕立てです。

もう7~8年前になりますが、映画化するなら誰をキャスティングするか、原作小説ファンで京都在住の友人と議論したことがあります。そのとき僕は上野樹里を推したのですが、今回映画を観て、アニメで、花澤香菜さんでよかったと心底思いました。

バャリース赤玉パンチ電気ブラン浅田飴といったノスタルジックなアイテムにも事欠かない。『シング』や『モアナと伝説の海』などハリウッドアニメーションが3D方面に映像表現を突き詰めていくのとは相反して、フラットな作画と色彩に徹しているのがとても日本画的です。
 


2017年4月15日土曜日

森のテラスライブ ~不思議の森へようこそ~

気温が上がり、風がすこし湿気を帯びて、春ですね。京王線に乗って仙川へ、商店街から住宅街を抜け、『森のテラスライブ ~不思議の森へようこそ~』にお邪魔しました。

武蔵野台地のきわ、断層崖の高低差を活かして建てられた一軒家。造園会社の事務所兼自宅の一室と広いウッドデッキを解放した森のテラス。鳥の声とすこし強めの風にさわさわと葉擦れの音が聞こえます。

最高の環境の中、アンプラグドライブは、主催者まりさんによる絵本『もりのおふろ』の朗読から始まりました。去年5月にここで同じ二人の音楽を聴いたときは新緑でしたが、今日は葉桜を背に。床まで届く大きな窓から明るい光が入り、逆光で表情はよく見えませんが、そのぶん音楽のコアが直接届きます。

ある種のレボリューションアンセムとして聴いていた中田真由美さんの「希望のカケラたち」は、窓から吹く風に花びらが足元まで運ばれ、隣室のキッチンにはジャガイモを剥く父親、オン眉の幼い姉と、母親に抱かれる生まれたばかりの妹、そんな家族の実景を脇に置くと、シンプルに平和を祈る歌なのだと思え、MVの演出意図が理解できました。

普段はループマシンやエフェクトを用いたファンタジックなサウンドスケープが魅力のオツベルくんは、生音生声の演奏も鮮やかで、音楽の本質的な豊かさを表現できるミュージシャンだということがよくわかります。演奏中に空がだんだん暗くなり、俄か雨が降ってきました。テラスに上がるときに脱いだ靴をみんなで玄関に並べ直したのも楽しかった。出演者とスタッフ、観客が協力してより良い時間を作ろうとしている。

中田さんが描いた絵本『ゆめくいバクとにじいろキャンディ』の朗読と、その物語にオツベルくんが書いた新曲のデュエットも素敵でした。中田さんが自作曲以外を歌うのを初めて聴いたような気がします。澄んだ声にフレッシュなたどたどしさがあって美しかったです。カバー曲なんかももっと聴いてみたいな。

終演の頃にはまたすっかり晴れ上がった空。慌ただしかったこのひと月の雑事を忘れて、のんびりした時間を過ごすことができました。



2017年4月11日火曜日

この新しい星で、一緒に遊ぼう。

冬に戻ったような冷たい雨の降る火曜日の夜、中央線に乗って吉祥寺MANDA-LA2へ。mueさんのアニバーサリーワンマンライブ「この新しい星で、一緒に遊ぼう。」に行きました。

mueさんが弾き語りではじめてステージに立ったのが2001年4月11日、MANDA-LA2ではじめて歌ったのが2002年4月11日。それから毎年同じ日に同じ場所で16年。僕がはじめて来たのは2013年4月11日。それから毎年欠かさずに5回目の参加です。

mueさん自身、昨年4月11日以来ライブをお休みして旅に出ていたので、1年ぶりの帰還を待ち焦がれていたみんなで会場は一杯です。そんな期待感をよそにいつものようにふわっと登場したmueさんが、去年と同じく客電を上げてもらい客席のひとりひとりの顔を確認するところからスタートしました。

第一声がマイクに向けて放たれたとき、試合勘が鈍ったかな、と思いましたがそういうことじゃないとすぐに気づきました。この一年間、PAを通さずに、風や雲や小鳥や昆虫や遠い国の子供たち、そしてなにより自分自身に向き合って歌い続けてきたのでしょう。小さき者に語りかける声がそのまま増幅され、ライブハウスの地下空間を丸ごとハグしているかのよう。それはとてもパーソナルなのに、同じ場所にいる誰もが共有できうる幸福感。

キーボード谷口雄さん(ex.森は生きている)、ベース千葉広樹さんKinetic)、ペダルスティール宮下広輔さんPHONOTONESきわわ)は、それぞれ別のアクトでも聴いたことのある名手揃い。神谷洵平さんの表情豊かなドラムスに乗っかって、mueさん史上最高にエモーショナルな演奏になったのではないでしょうか。

夢のように緻密且つダイナミックに構築された音楽とは裏腹に、MCはこれまで以上に迷走を極めましたが、そこには逡巡を、自身の迷いや不安を隠さないと決めた人の強さがあって、それが歌声に演奏に自然にフィードバックされている。アンコールまで全17曲、「おかえりなさい!」というあたたかな雰囲気に会場全体が覆われた夜。終演後、地上に出ると雨はすっかり上がり、大きな月がこの星を明るく照らしていました。

 

2017年3月29日水曜日

TRIOLA a live strings performance

3月最後の水曜日。にぎやかな年度末の商店街を抜けて。下北沢 leteで、波多野敦子さん(作曲、5弦ヴィオラ)と須原杏さん(ヴァイオリン)によるオルタナティヴ弦楽デュオ TRIOLA を聴きました。

昨年夏に現体制になりコンスタントにライブを重ねてきたふたりですが、前回12月1日にleteで行われたワンマンライブ以降、約4ヶ月の制作期間を経て、ひさしぶりの生演奏です。

薄いリヴァーヴがかかった5弦ヴィオラの低音弦の弱音のピチカートからスローなグリサンドへ、第一部は穏やかに進んでいく。セットリストは徐々にテンポを上げ、前半ラストの「クジラの駆け落ち」はめまぐるしくい奇数拍子の奔流に。

後半は山籠もりして制作した新曲が中心。全体的なトーンとしては、以前の中近東/東欧調のメランコリックな旋律は隠し味となり、北欧的な和声と構築性が前面に出ている。前回までのワンマンライブで尺を取っていたソロ即興パートはなく、「2つの弦が吸い付くようになりました」という波多野さんのSNSの発信のとおり、全篇がスコアに則ったアンサンブルによる演奏です。

敢えて喩えるなら、一方にモーリス・ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を、もう一方に Boards Of Canada の "Dayvan Cowboy" を置き、そのはざまに断続する混沌の浪間から時折美しい旋律の断片が見え隠れする音楽を緻密に組み立てています。

ますます抽象性が高まった新曲群には「tr 2」「tr 6」というように作品番号が付けられています。「tr」はトラックなのか、トリオラの略なのか。演奏しているふたりのなかには楽曲毎のストーリーが存在するのだと思いますが、リスナーの多層的な解釈を許容する意味で、いまのまま数字のタイトルのほうがいいんじゃないでしょうか。

波「次の曲はテクノです」杏「この編成で」波「できますよ」杏「感じてもらいましょう」というやりとりから演奏された「tr 10」のヴィオラのリフレインから幻聴される4つ打ちのキック。重ねるヴァイオリンのきらきらしたフレーズはゼロ年代のエレクトロニカへのオマージュか。淡いパステルを重ねたような二声のフーガへの展開も美しかったです。


2017年3月25日土曜日

オルセーのナビ派展

よく晴れていますが風が冷たい。三寒四温でいうと三寒のほう。丸の内三菱一号館美術館で開催中の『オルセーのナビ派展』に行きました。

「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である前に、本質的に一定の秩序の下に集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを思い起こすべきだ」モーリス・ドニ新伝統主義の定義』(1980)

村野四郎ノイエ・ザッハリヒカイトにも通じるナビ派の即物主義的なアティテュードは、僕が大人になり、反抗的な十代の自己愛と自己嫌悪を超えて、詩作を再開した時期に大変影響を受けたものです。既成概念を一旦脇に置いて、対象物を見る、聞く、触る。そのときに自分の内外に起きたことを起きた順番に書き記す。自身の感覚に対する疑念も等価に扱う。

ドニ、ピエール・ボナールポール・セリュジエ。1870年前後に生まれた彼らのひとつ上の世代の象徴主義、印象派、後期印象派に対するリスペクトと強い反発。二十歳そこそこの画学生たちの青臭く清潔な野心と気概が画布から伝わってきます。

自然や人物には元来備わっていない輪郭線を描き、平坦な色彩で塗り分ける。現実を写しとるのではなく、絵画ならではの価値を模索していったのは、当時の最新テクノロジーである写真の登場も大きかったのではないかと思います。グループとしてはわずか9年程の活動期間ですが、一方では第二次世界大戦後米国の抽象表現主義に、他方では現代のアニメーション表現へ、両極端な継承のされ方をしているのも興味深い。

従来はゴーギャン展のゲスト的に扱われることが多かった彼らの作品をナビ派前後の時期も併せて一堂に観賞できます。のちのエドワード・ホッパーを思わせるフェリックス・ヴァロットンの都市の倦怠、エドゥアール・ヴュイヤールの「ベッドにて」、そしてなにより1890年代のドニの作品がどれも、コンセプト的にも技術的にも素晴らしかったです。


2017年3月18日土曜日

ひるね姫

ずいぶん春らしくなってきました。昼間の日差しがまぶしい。ユナイテッドシネマ豊洲神山健治監督作品『ひるね姫 ~知らないワタシの物語~』を観ました。

森川ココネ(声:高畑充希)は高校3年生。倉敷市児島、瀬戸大橋の見える高台で小さな自動車修理工場を営む無愛想な父親モモタロー(声:江口洋介)と二人で暮らしている。舞台は2020年の夏、東京五輪の直前。家でも教室でも居眠りばかりしているココネには決まって見る夢があった。

映画の冒頭10分は主人公の見る夢で「お、寅さん」と思う。ハートランドはすべての人が機械作りに携わっている国。その国に災いをもたらすという魔法の力を持つ王女エンシェンの冒険譚はロボットSFファンタジー。そして瀬戸内ののどかな島の女子高生の日常のパラレルワールド。父親の逮捕を機に、夢と現実の世界が交錯しはじめる。

キャラクター造形と動きの滑らかさが見事で、背景描写も美しく、アクションにもキレがある。夢と現実の世界がそれぞれ魅力的に描かれているところは高く評価できます。一方でふたつの物語が溶け合ってドライヴがかかる後半は、変化し続ける設定の複雑さを観客に伝えるには脚本の力が充分ではないように感じました。

高畑充希さんの抑えた演技。岡山弁のお芝居も達者ですが、達者すぎてときどき女子高生の台詞には聞こえないのが難点かも。エンドロールでご自身の歌う「デイドリーム・ビリーバー」は舞台ミュージカル出身の面目躍如。とても上手だし素敵です。もっと歌えばいいのに。

はじめて会った祖父に「人生は短い」と言われ、「人生って短いんだ」とおどろくココネ。ありそうでなかった会話で、この映画の一番の名場面だと思います。僕も18歳の頃、人生が有限なことは理性では認識していましたが、体感はしていませんでした。