2019年7月28日日曜日

天気の子

遅い梅雨明け。TOHOシネマズ日比谷新海誠監督作品『天気の子』を観ました。

さるびあ丸に乗って神津島から竹芝桟橋に向かう道中、16歳の帆高(醍醐虎汰朗)は豪雨の甲板で足を滑らせ、須賀圭介(小栗旬)に助けられる。何週間も雨が降り止まない東京新宿。泊まるところもなく過ごすマクドナルドで夜勤バイト陽菜(森七菜)と出会う。陽菜は祈ることで晴れ間を呼ぶ100%の晴れ女だという。

須賀は『ムー』に寄稿するうさんくさいサイエンスライター。その事務所に居候することになった帆高は陽菜と弟の凪(吉柳咲良)とともにネットで晴れ女の派遣業を起業する。

故郷から、風俗斡旋業の男たちから、警察から、現実から、主人公帆高は映画の冒頭から終盤まで追われ、逃げ続けます。その一方で、晴天が人の気持ちをポジティブにすることに気づき、雨ばかりの都市に一筋の晴れ間を提供することにいっとき喜びを見いだすものの、世界をより良くすることよりも、愛するひとりの少女を救うことを選ぶ。

そしてその選択が世界に雨を降らせ続け、東京の大半を海に沈めたことに責任を感じている。「気にすんなよ、青年。世界なんてもともと狂ってんだから」という須賀の科白が、夢や理想を求めるのではなく、現実を甘んじて受け入れる、諦観とも言える、現在の日本の保守的な空気を映し出していると思いました。

成層圏からドローンで空撮しているようなスーパーダイナミックな俯瞰とそこから大気を滑り落ちるアニメーション描写は最高にスリリング。声優陣では本田翼の新たな魅力を発見。小栗旬(左利き)の声の響きの心地良さ。またRADWIMPSの楽曲にフィーチャーされた三浦透子さんの歌声はとても素敵です。


2019年7月27日土曜日

フィクショネス詩の教室 @tag cafe 2019

台風8号の進路は首都圏を逸れましたが、その名残りのひどい湿気と熱気が下北沢南口商店街の緩い下り坂に溜まって、ゆっくり歩くだけでもじわじわ汗ばんできます。

下北沢の書店フィクショネスで2000年に始まり、2014年7月に閉店するまで14年半続いた詩の教室で講師をしていました。いつも熱心に参加してくれていた杵渕里香さんが毎年7月にフィクショネス跡地に隣接したカフェで詩の教室を企画してくださって、今年が5回目。

以前は僕がひとりの詩人を取り上げて、作品とその技法を紹介していました。現在の開催方式になってからは、参加者みんなで好きな詩を持ち寄って、その魅力をシェアしています。

ボブ・ディランラモーナへ
   〃   「サブタレニアン・ホームシック・ブルース
ドン・マーキス蛾のレッスン
ポーラ・ミーハン「ホウスの丘で」「At Dublin Zoo
井戸川射子「母国」
ジュテーム北村「夏」
電通戦略十訓
石原吉郎いちごつぶしのうた
芦田みのり「国立科学博物館」
黒瀬勝巳「ラムネの日」
谷川俊太郎「昔はどこへ」

今回は翻訳作品が多かったり、ジュテーム北村氏の自作詩の一節にボブ・ディランが引用されていたり、複数の紹介作品に人名の固有名詞や妊婦のイメージがあったり、他にもいくつも偶然の符合があって、連句のような趣きも感じられます。

詩の読み方はさまざまで唯一の正解は存在しない。各々の経験と思考に基づく解釈を知ることは刺激的で楽しいことです。今回初めて知った黒瀬勝巳(1945~1981)の作品は本当に素晴らしいと思いました。

僕が一応進行役を務めてはいますが、以前の講師と受講者という立場ではなく、参加者全員がフラットに自分のペースで臆することなく意見交換できるようになってきて、フィクショネスの閉店から時を経たこともありますが、やはりその後5年続けてきた成果なのではないでしょうか。

杵渕さん、参加者のみなさん、tag cafeさん、ありがとうございました。是非また来年お会いしましょう!

 

2019年7月15日月曜日

きみと、波にのれたら

海の日に海辺の映画館で海が舞台の映画を観る。ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場湯浅政明監督作品『きみと、波にのれたら』を鑑賞しました。

海洋学部へ入学し南房総の海辺でひとり暮らしを始めたサーファーのひな子(声:川栄李奈)。引っ越したばかりのマンションに違法な花火が飛び火して火事になり、クレーン車で助けに来た消防士の雛罌粟港(片寄涼太)と恋に落ちるが、港は非番時の海難救助で命を落としてしまう。

湯浅監督のアニメーションは透明感や立体感よりも平板な色彩の重なりとデフォルメされた透視遠近法が特徴で、浮世絵のようなテクスチュアが持ち味だと思います。『夜は短し歩けよ乙女』では、原作の持つ京都という限定された空気感のなかで最大限発揮されていました。

もうひとつは水の表現に非常に長けていることで、今作では前作『夜明け告げるルーの歌』を更に推し進めた格好で、膨大な水量も小さな水滴も降り積もり溶ける雪の結晶も自在にコントロールしています。

死んだ恋人のゴーストが主人公のピンチを救い、その依存から脱却する成長譚は少なくない。本作では、ひな子が水(海でも水筒でも水洗トイレでもいい)に向かって特定のメロディを歌うことによってゴーストが召喚される。

その曲がふたりがはじめてドライブしたときにカーラジオから流れてきたGENERATIONS from EXILE TRIBEの新曲 "Brand New Story"。港役の片寄涼太センター曲なので、タイアップ的な意味合いが強いのだと思いますが、曲調が軽快過ぎて。もしもこれが、"Danny Boy" だったら、"I Loves You, Porgy" だったら、"The Rose" だったら、と思いました。

主人公ひな子の声を演じた川栄李奈さんはAKB48の卒業生では一番成功しているのではないでしょうか。ここでも高いクオリティを見せています。港とふたりで "Brand New Story" を歌うシーンのサビ前の「That's right!」で笑いを堪えきれないお芝居は最高にチャーミングです。


2019年7月14日日曜日

ノラバー2周年

長梅雨。西武新宿線西武柳沢駅徒歩数分。出演者として、オーディエンスとして、喫茶店の客として、いつも大変お世話になっているノラバーさんの開店2周年のお祝いに行きました。

ノラバーの通常営業ライブは11名限定ですが、昨年の1周年と同じく今日は無制限。17時のライブ開演の5分前に着くと、既に20名近いお客様でぎっしり。赤いカウンターテーブルにはおなじみのお料理が大皿でどっさり。飲み放題食べ放題です。

真っ赤なサテンのドレスの橋本安以さん(ヴァイオリン、弦楽アレンジ)、乱反射するおびただしいパーツを纏ったエビ子・ヌーベルバーグさん(ヴァイオリン、ボーカル)、店主ノラオンナさん(声とウクレレ)の3人がカウンターの内側に並び、ノラさんのオリジナル曲「少しおとなになりなさい」から演奏が始まりました。

4月21日の「ノラオンナ53ミーティング~ めばえのぬりえ~」の1部と同じ編成ですが、吉祥寺スターパインズカフェのゴージャスな音響とは対照的に、至近距離で鳴らされる生音がくっきりとした遠近感をもってダイレクトに届きます。ノラさんのスタンダードな旋律に安以さんの清潔であたたかな弦楽が彩りを添える。

大箱の特別なワンマンライブでスペシャルな編成をするミュージシャンは多いですが、一度きりだからいい、と、もう一回聴きたいな、の両面がありますよね。再現性という意味でノラさんのサービス精神を感じ、またそれは大皿に盛られたお料理にも共通しているように思えます。

更に、お客さんで来ていた水ゐ涼さんがリリカルなピアノを即興で重ね2曲のカバー「赤いスイートピー」のエビ子さんのコーラスワーク、「夢で逢えたら」では4声のハーモニーで魅了しました。

終盤は「流れ星」「やさしいひと」「めばえ」の流れで珠玉のメロディを惜しげもなく。アンコールは「メキシコ」の歌詞を「ヤギサワ」とご当地ソングに替えて盛り上げます。

リスニング環境として、尋常ならざる「近さ」をどう味方につけるのか、というのは僕自身がノラバーでライブをするときにも試行錯誤し、また最も面白みを感じるところですが、その近さを気にせず、逆に近いが故に、音楽を純粋に楽しめた。ということが今日一番の収穫でした。


2019年7月6日土曜日

海獣の子供

梅雨冷えの曇り空。ヒューマントラストシネマ渋谷で、STUDIO 4℃制作、渡辺歩監督作品『海獣の子供』を観ました。

江ノ電沿線に母親(声:蒼井優)と暮らす中学2年の琉花(芦田愛菜)は、身長こそ低いが俊敏性と跳躍力のあるハンドボール部のゴールゲッター。夏休み初日の練習試合中に足を掛けたチームメイトに対しシュート時に顔面肘打ちで報復し、顧問(渡辺徹)から部活に出ることを禁じられる。

制服のまま向かった別居中の父(稲垣吾郎)が務める水族館のバックヤードで、ジュゴンに育てられ10年間前にフィリピン沖で保護されたという少年、海(石橋陽彩)に出会う。

ひと夏のガール・ミーツ・ボーイが隕石の落下を経て、あやゆる海の生き物たちを統べる「祭り」へ、そして壮大な宇宙誕生譚へ回帰する物語。その後半の難解さを否定的に捉えるか、映像美を讃えるかで評価が二分しているという印象です。実際に上映後に「環境映像だったわ」と言うヲタクの声も聞きました。

確かに、アニメーション表現は緻密且つ精妙で、実写に寄せたリアリズムというよりもアニメーションならではの描写を試み、その多くは成功しています。セメントの防波堤に容赦なく降り注ぐ真夏の陽光、水族館の水槽の分厚いガラス越しに泳ぐ魚たち、夕立に打たれ肌に張り付く制服のシャツなど、特に映画前半の地上場面を丁寧に描いたことが、後半の海中、宇宙のダイナミズムに説得力を加えているように感じます。

鉄コン筋クリート』(2006)『ハーモニー』(2015)でも最先端の作画を提示したSTUDIO 4℃が今作でもいい仕事をしている。久石譲のスコアも米津玄師エンディングテーマも見事な出来。

ストーリーに関しては『2001年宇宙の旅』や『地球交響曲』と比較する向きもありますが、僕は『ツリー・オブ・ライフ』『クラウドアトラス』の系譜かな、と思いました。「虫も動物も光るものはみんな、見つけてほしくて光っているんだ」「風はあらゆる海の記憶を孕んでいる。それを私たちは詩や歌にしてきた」科白が大変詩的なのと、琉花が海に惹かれた過程が説明不足、海という名前と一般名詞の海が紛らわしいのですが、難解さって案外そんなことなのかも。

そして何よりも特筆すべきは芦田愛菜です。広瀬すず上白石萌音も上手だとは思いますが、俳優本人の顔がどこか現れてしまう。その点、芦田愛菜は完全に役に同化しており、琉花の声しか聞こえてこない。朝ドラ『まんぷく』では神々しいまでの母性を感じさせるナレーションをしていましたが、ここでもその天才性を遺憾なく発揮しています。