2017年2月18日土曜日

サバイバルファミリー

春一番の翌日は曇り空。白木蓮の花が咲きました。土曜日の午後、ユナイテッドシネマ豊洲矢口史靖監督作品『サバイバルファミリー』を観ました。

主人公(小日向文代)は中堅企業の経理部長、妻(深津絵里)と大学生の長男(泉澤祐希)、高校生の娘(葵わかな)の4人家族で中層マンションの10階に暮らしている。

ある朝目覚めたら、あらゆる電気製品が止まっていた。停電に加え、懐中電灯、スマホ、自動車など、電池駆動のものもすべて。徒歩で出勤するも仕事にならず会社も学校も自宅待機。1週間後、食糧は底をつき、自転車で妻の実家である鹿児島を目指す旅に出る。

一応はコメディ映画のイディオムに則ってはいるものの、腹の底から笑える箇所がほとんどないディストピア・パニック・ロードムービー。軽妙洒脱が売りの矢口監督作品としては演出が重たく、まるで山下敦弘監督の映画みたいにブルージィでオフビートな感覚です。

そのひとつの要素として「音」があると思います。電気が止まった都市はとても静かで、我々が普段いかに動力音や電子音に囲まれて暮しているかがよくわかります。それを強調するように、生活音や自転車の走行音などの人が立てる以外の音が徹底して排除され、サウンドトラックの弦楽アンサンブルが初めて画面に重なるのが、上映開始90分後。父親が自分たち以外の者を心配していることを告げる感動的なシーンです。

道中の救いは、時任三郎藤原紀香大野拓朗志尊淳の一家。雑草や昆虫を採取しながら、派手なサイクルウェアでロードバイクを軽快に駆り、休憩時にはトランプやボードゲーム、どんなに困難な状況であっても、むしろその困難を楽しもうという。

そして、路上における人間の最大の敵は「水」だな。と思いました。飲料水が入手困難で渇きに苦しむ、雨に打たれ体温を奪われる、増水した川に流される。一方で、清潔な井戸水にありつけたとき、数か月ぶりに入浴できたとき。人を幸せにするのも「水」。テクノロジーの重要な一側面は水の力を制御することか。人間の70%は水でできている、と言いますが、まさしくそういうことなんでしょうね。

最後の最後にニュース映像として停電の原因が示唆されますが、あれはしないほうがよかった。意味の分からない強大な力(もしくは無力)に翻弄される家族の姿を描いた映画だし、渦中においては原因を探究する余裕すらないわけですから。


 

2017年2月12日日曜日

あの街の猫の夢

晴天。2月に入って空の色が明るくなった気がします。銀座2丁目マロニエ通り、昭和通りを渡った先の左側、ギャラリー銀座で開催しているイラストレーター/装幀家佐久間真人さんの個展『あの街の猫の夢』の最終日にお邪魔しました。

くすんだセピア色の画面にはモダニズム建築や路面電車。ブリキの配管が縦横に走り、日が暮れるとセメントの階段に猫たちが集まってくる。ノスタルジックで物語性のある作風に惹かれ、年に一度の個展に足を運ぶようになって数年経ちます。

従来の作風に加え、最近のミステリ小説の装幀の仕事では、バウハウスロシア構成主義等、20世紀初頭を想わせる強い原色の組み合わせや、反対に水墨画のような繊細なタッチも。手書きの描線とデジタル処理を効果的に組み合わせた作品群を作者ご本人の解説と共に観賞しました。

原画やポストカードは購入したことがあるのですが、何かグッズを作ればいいのに、と思っていたところ、今回からブックカバーが投入されました。地元豊橋の2軒の個人書店とタイアップして、実在の書店名が架空の情景にしっくり馴染んでいる。それがまた人々の手に渡り色々な書籍を包み持ち運ばれる、と考えると幾層にも入れ子になって心躍ります。

佐久間さんご本人とも1年ぶりにご挨拶することができました。昨年購入した作品のことを気にかけてくださって。それはミステリ小説の表紙画で、矢で射られたコマドリが血を流している構図。食卓に飾って毎日眺めています。

ギャラリー銀座さんは残念ながら今年閉廊とのこと。来年また別の場所で佐久間さんと作品たちに会えることがいまから楽しみです。

 

2017年2月10日金曜日

CUICUIのUIJIN 〜 キューでキュイキュイ

小雪舞う金曜日の夜、下北沢へ。CLUB Queで開催された空前絶後のガールズバンドCUICUIのデビューライブ『CUICUI の UIJIN ~ キューでキュイキュイ』に行ってきました。

ロックとは初期衝動。しかも初ライブともなれば初期衝動の塊です。実力とキャリアのあるメンバーたちなので、これから続けていけばおそらく洗練されたり熟成されたりするわけですが、一度しかない今夜の彼女たちの輝きはとても眩しいものでした。

事前にネット公開されていたスタジオテイクはポップでカラフル。「彼はウィルコを聴いている」「リツイートする機械」という人を食ったような曲名。アナログシンセのチープな音色を活かし、たとえていうならば、元セックス・ピストルズグレン・マトロック(Ba)と元XTCバリー・アンドリューズ(Key)が参加したイギー・ポップの"SOLDIER" を超ガーリィにアップデートした感じ。

ライブでは一転して荒削りでハイテンションでノイジーなロックを聴かせる。第一印象はベースの音がデカい! でもその荒削りなところもアンバランスさも魅力に変えるフレッシュな勢いがあります。オフィシャルサイトをご覧いただければ判る通り、一応覆面バンドの体裁をとっていますが、覆面が緩くて(笑)。タイトル同様、どこか半歩ズレた天然な歌詞をベースのAYUMIBAMBIさんとキーボードのERIE-GAGAさんのツインボーカルであっけらかんとゴリ押しする。

新バンドですべて新曲。初披露された7曲は、NWONW、グランジ、ディスコ等々多彩なビートで、作り込みのクオリティが高いうえに、効果的に挿入されるGAGAさまのラップのライミングや、ギターソロが「恋はみずいろ」だったり、随所にユーモアのセンスが光ります。

そして静止画ではなかなか伝わりづらいかもしれませんが、赤ちゃんとおばあちゃんが同居したようなAYUMIBAMBIさんのキャラ、笑顔が超絶キュートで、年齢性別国籍を超えて愛されること必至。

共演のayumi melodyさんのウールライクな歌声、The Doggy Paddleはストレートエッジな8ビートのロンケンロー。THE ANDSマイブラを通過したGANG OF FOUR的な趣きの轟音も最高でした。
 

2017年2月5日日曜日

ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち

曇天は春の兆し。ユナイテッドシネマ豊洲ティム・バートン監督作品『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を観ました。

主人公ジェイク(エイサ・バターフィールド)は16歳。学級にいまいち溶け込めていない。見舞いに行った認知症の祖父は森で殺され両眼をくり抜かれていた。形見に受け取ったR.W.エマーソンの詩集に「ウェールズのケインホルム島を尋ねろ」というメッセージが。そこにはミス・ペレグリン(エヴァ・グリーン)が異能の子どもたちと暮す古い洋館があった。

ミス・ペレグリンは時間をコントロールすることができる鳥の化身「インブリン」。その館はナチスドイツの空襲を受ける前日である1943年9月3日をずっと繰り返すループの中にあり、毎夜リセットされている。

チャーミングなフリークスたちが活躍し、モンスターとスケルトンが闘う、ティム・バートンらしい映画。これだけのスケールとテクノロジーと予算でアウトサイダーたちを美しく且つアホっぽく描けるハリウッド映画の監督はいないと思います。この作品では得意のクリーチャーに加えタイムリープの設定や巨大艦船と大量の水の描写などにより物語を重層的に構成する一方、『シザーハンズ』(1990)に代表される初期作品や『フランケンウィニー』(2012)にあったチープな魅力は薄まっているように感じました。そしてめずらしくハッピーエンドです。

空気を自在に操り空中浮遊する水色のワンピースの少女エマ役を演じた英国人女優エラ・パーネルが恐ろしくキュートで、エヴァ・グリーンは終始格好良い。テレンス・スタンプサミュエル・L・ジャクソンルパート・エヴェレットジュディ・デンチ。脇を固める重鎮たちも楽しんで演じているのが伝わってきます。

2016年はくすんだ色調、1943年は鮮やかな画面で、主人公の心情を表現した映像美。完璧な一日は悲劇の前日。主人公はユダヤ系ポーランド人移民の家系。障碍のメタファーともいえるさまざまな異能を持つ子どもたちが親元を離れ共同生活している。ポリティカルな見方をすれば、昨今のグローバルな傾向である排他主義に警鐘を鳴らし、ダイヴァーシティ&インクルージョンの重要性を訴えているのではないでしょうか。