2024年12月30日月曜日

私にふさわしいホテル

師走晦日。堤幸彦監督作品『私にふさわしいホテル』を観ました。

相田大樹(のん)は売れない小説家。古今の文豪たちが執筆したお茶の水の山の上ホテルに自費でカンヅメになり、万年筆で原稿用紙に向かう。ドアをノックしたのは文鋭社の文芸編集者で大学の先輩の遠藤(田中圭)。大樹のいる401号室の真上の501号室で執筆中の人気ベテラン作家東十条宗典(滝藤賢一)へ千疋屋のフルーツサンドイッチを差し入れに来たという。

大樹はデビュー作でプーアール社新人賞を受賞したが、その短編小説を東十条が雑誌で酷評したことでその後は鳴かず飛ばず、東十条に恨みを抱いている。遠藤が担当する小説ばるす50周年記念号に今夜中に入稿しなければ東十条の作品は載らず、大樹の短編に差し替わる。バイト先のファミレスのウエイトレスの制服を着てホテルの従業員に扮し、大樹は501号室に潜入する。

昭和末期から平成初期の文壇を舞台にしたスラップスティックコメディです。バーカウンターの黒ダイヤル電話で呼び出される、携帯電話の存在しない世界。破天荒なのんに振り回される滝藤賢一とそれを見守る田中圭という配役の良さと歯切れに良い演出、スピード感のある編集で年末年始に笑って観るのにうってつけの作品だと思います。

のんさんは役の上の本名中島加代子、ふたつのペンネーム相田大樹と有森樹李、思い付きの偽名白鳥氷を絶妙に演じ分け、というより演じ分け切れない加代子をオーバーアクションで表現し、遠藤が自分より新人作家に執心と見るや東十条と結託する。性悪なのになぜか憎めないという古典的なアメリカンコメディのヒロイン像を見事に体現しており、1980年代風のもっさりした髪型や太眉や衣装もとても似合っています。

2020年の『私をくいとめて』に続き、カリスマ書店員を演じた橋本愛さんとのワンシーン限りの邂逅がアツい。東十条の娘役高石あかりさんは本当に表情豊か。ホテルのマネジャー役の光石研さんは360度ホテルマンにしか見えないし、田中みな実さんは銀座のクラブの人気ホステスが超はまり役です。

現在営業休止中の山の上ホテルはウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計し、1954年に開業したエレガントなクラシックホテルです。映画にも登場するバーを20代の頃に何度か利用したことがありますが、だいぶ背伸びしていたな、と自らを顧みて思うのでした。

 

2024年12月28日土曜日

クリスマスの3日後に

晴天。下高井戸ぎゃるりでんぐりで『クリスマスの3日後に Poetry Reading Live "On The Third Day After Christmas"』を開催、出演しました。

さいとういんこさん2020年から毎年末開催している二人会の5回目です。ご来場のお客様、ぎゃるりでんぐりオーナー詩子さんとご令嬢千映さん、いんこさん、ありがとうございました。

僕のソロは以下5篇を朗読しました。

2. Judy Garland
4. 道へのオード(究極Q太郎

つづいて「追悼とか好きじゃないんだけど」と言い添えて、今年8月に39歳で夭逝した京都の詩人chori氏が登場する自作の詩「終のマクドナルド」「ちょりのしっぽ」をいんこさんが朗読。2024年は、いんこさんにとってもひさしぶりの詩集『ハンバーガー関連の詩数編と、その他の詩』を出版した節目の年。同詩集から「アンハッピーセット」で締めました。大きなステージでも常に自然体ないんこさんですが、でんぐりさんはご近所さん(元)ということもあり、いつも以上にリラックスしているように感じます。

お客様ご参加のパートでは、ジュテーム北村さん、あられ工場さんsamiさんURAOCBさんの4人が朗読し、それぞれが詩的と考えるものを、それぞれの語り口で、会場に集まったひとりひとりに丁寧に手渡してくれました。

最後の連詩のコーナーは、今年6月16日に渋谷Flying Booksの『SPOKEN WORDS SICK 5』のために書いた作品、お客様としてご来場いただいたURAOCBさんも交え、3人で12月1日の『NAKED SONGS vol.14 -Beat Goes On, Life Goes On -』で披露したビートニクをテーマにした連詩、そして今回の新作「クリスマスの3日後に」を朗読しました。

2024年に巻いた上記3篇に加え、過去4年の連詩4篇を加えた7篇を編んだ連詩集 "before and after Christmas" も多くのみなさんに手に取っていただきました。ライブ朗読という、その場で消えてしまう音声によってのみ存在した連詩作品たちが、読者を得ることができ幸いです。

おかげさまで今年の詩のお仕事の良い締めくくりができました。2024年のライブは12本、よくがんばりました。そのうち4本がいんこさん関連。いつもお声がけいただきありがとうございます。

 

2024年12月22日日曜日

【推しの子】The Final Act

小春日。TOHOシネマズ池袋スミス監督作品『【推しの子】The Final Act』を鑑賞しました。

さりな(稲垣来泉)は小児がんで宮崎県総合病院に入院している。アイドルグループB小町の絶対的センターであるアイ(齋藤飛鳥)を推すことを生きる力にしてきたが、病の前に力尽きてしまう。その死を看取った研修医のゴロー(成田凌)はアイの魅力にはまりオタクになる。

産婦人科医になったゴローの元に事務所の社長壱護(吉田鋼太郎)に連れられて診察に訪れるアイは世間に隠して双子を妊娠している。アイの陣痛が始まった夜、病院に忍び込んだ不審者を追ったゴローは崖から突き落とされて死ぬ。アイは無事に出産したが、男女の双子にはゴローとさりなが転生していた。

アクアとルビーと名付けられた双子と共に東京に戻ったアイはB小町に復帰する。東京ドーム公演の朝、マンションを訪ねてきた男にアイは刺され、アクアの前で息絶える。

赤坂アカ原作、横槍メンゴ作画の人気コミックの実写化です。劇場版の主人公はアクア(櫻井海音)ですが、新生B小町のルビー役、元イコラブ齊藤なぎさの脇を固める有馬かな役原菜乃華、MEMちょ役あのが好演しているほか、成田凌、吉田鋼太郎、尾美としのり要潤金子ノブアキ倉科カナ二宮和也ら、脇役陣の重厚な芝居で成立させた感があります。

転生というファンタジー要素、復讐劇というサスペンス要素を下敷きに、最も紙幅を割いているのが、アイドルビジネス、恋愛リアリティショー、2.5次元舞台(実写版では月9連ドラ)制作など、芸能界の内幕なのですが、実写劇場版では映画制作のさわり以外ほとんど描かれません。サブタイトルの通り、物語を終わらせる機能に徹しているため、あらかじめAmazon Prime実写ドラマもしくはアニメ第2期までを観ておくとよいでしょう。

新生B小町ステージシーン、特に有馬かな卒業公演の完成度が高く、感動的です。3人のメンバーでひとりだけ現実世界でアイドル経験のない原菜乃華さんが、元天才子役でアイドルグループのセンター有馬かなとして輝いているのは、相当な努力をしたんじゃないかと思います。

 

2024年12月21日土曜日

Hope and Future EKODA GOSPEL CHOIR CHRISTMAS CONCERT 2024

冬至。江古田聖書キリスト教会で開催された EKODA GOSPEL CHOIR CHRISTMAS CONCERT 2024 "Hope and Future" にお邪魔しました。

昨年に引き続きmueさんご出演のクワイヤ(聖歌隊)を教会の礼拝室で聴いて、ポジティブなバイブスに打たれました。というよりむしろ打たれに行きました。

"We've Come To Praise" のグルーヴィなビートに乗り、走って登場した約70名の男女混声クワイヤが、テンションMAXのMaster Of Ceremonyの指揮で、生バンドと一体になり、パワフルにぶちアゲる。アフリカ系アメリカ人由来のゴスペル・クラシックに加え、日本語詞のオリジナル曲も交え、クラップはひたすら裏拍。とにかく盛り上げます。

「賛美します」と曲紹介し、ステージ後方のスクリーンに投影される歌詞と翻訳は神への愛、感謝、賞讃、献身。2024年のサブタイトル "Hope and Future" はユダヤ民族のバビロン捕囚を描いたエレミア書29章11節「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ― それはわざわいではなく、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」より。

詩の教室の講師をしていたときに、象徴派詩人の作品理解のために聖書は多少読み込みました。ここで言う「主(Lord)」はダヴィデであり、エホヴァ(ヤハウェ)であり、イエスである(三位一体説に基づく)のは理解しているのですが、現代的な評伝として再解釈された新約聖書物語に描かれるイエスの一筋縄ではいかないパーソナリティに肩入れしてしまっているので、やはりギャップは感じます。

しかしながら、そのギャップを跳ね返すビートやグルーヴを19~20世紀の被虐の民が強靭に磨き上げた結果が現代のゴスペルだとすると納得せざるを得ないし、それが音楽の力だとも思うのです。同様に、HANAさんのHIPHOPダンスはエンタメ要素だけではなく、歌詞という言語表現を超えた身体性による祈りを体現していると感じ、「とりなし(他人のために祈ること)」のお話もすっと入ってきました。

去年も感じましたが、生バンド演奏、音響、照明のクオリティが半端ないです。特に堀木健太さんのベースはヘヴィなタイム感が心地良く、いつまでも聴いていたくなります。mueさんはエモーショナルな歌唱でアンコール曲 "Freedom" のソリストのひとりを務めていました。コーラス時の楽しそうに歌う表情が見られたのもよかったです。

 

2024年12月13日金曜日

Chimin live concert in 吉祥寺Strings

冬本番。吉祥寺Stringsで開催されたChiminさんのライブに行きました。

「静かに燃える炎をみんなで見つめているような時間にできたらいいなと思います」と始まった2024年3回目で最後の単独公演は加藤エレナさんのコンストラクティブなピアノの左手のベースラインが印象的な「茶の味」が一曲目。

この日唯一のアップテンポ曲「残る人」のアウトロに入る際に井上 "JUJU" ヒロシさんが湯舟に浸かったように「あ゛ー」と声を上げる。そしてJUJUさんのフルートとエレナさんのピアノのスリル溢れるコレスポンダンス。「sakanagumo」の歯切れい良いピッコロ。

Chiminさんの歌も「住処」のコーダで転調後のリフレインの繊細なボイスコントロール、「午後」や「」のロングトーンの息を呑むような透明感、歌詞のワードセンスが抜群なうえに、オリジナル曲もカバー曲も一語一語をしっかり確実に手渡そうという姿勢がある。谷川俊太郎作詞の「死んだ男の残したものは」の「平和ひとつ」という一言に乗せる思いも心に迫るものがありました。

2023年11月にライブ活動復帰以来、2024年は全7公演を聴くことができましたが、今回のStringsのワンマンライブは、Chiminさんの歌の表現力とサポートの2人の強固なミュージシャンシップの相乗効果によって、2024年のベストアクトになったのではないでしょうか。

もうひとつうれしかったのは、昨年の復帰後は歌に専念していたChiminさんのギター弾き語りが聴けたこと。在日コリアン3世という自身のルーツに向き合った「アリラン」のハングル語原詞カバーは10年程前にSEED SHIPでも歌ってくれた曲です。JUJUさんやエレナさんのようにわかりやすい上手さではないのですが、その歌声同様に一音一音を丁寧に鳴らすChiminさんのギターが僕は大好きです。

 

2024年12月4日水曜日

BACK TO BLACK エイミーのすべて

小春日。TOHOシネマズ シャンテにてサム・テイラー=ジョンソン監督作品『BACK TO BLACK エイミーのすべて』を観ました。

2001年ロンドンの下町カムデン・タウン。18歳のエイミー(マリサ・アベラ)が父方の祖母のホームパーティで "Fly Me To The Moon" を歌い始めるとその声に一同聞き耳を立てる。

祖母シンシア(レスリー・マンヴィル)はロンドンの老舗ロニー・スコッツで歌っていた元ジャズシンガー、母と別居している父ミッチ(エディ・マーサン)は歌の上手いタクシ―ドライバー。中流階層のユダヤ系の家で育った。

アイリッシュ・パブで歌っているところをスカウトされるが、アイランド・レコードでプロデューサーやA&Rにストラトキャスターの弾き語りスタイルを否定されてキレたエイミーはオフィスを飛び出す。パブGOOD MIXERのカウンターで酒をあおっているところにフレッド・ペリーを来たイケメンが登場。ジュークボックスでザ・シャングリラズの "Leader Of The Pack" をかけたブレイク(ジャック・オコンネル)に一目惚れする。

2008年のグラミー賞で5部門受賞し、"FRANK"と"BACK TO BLACK" 2枚の名盤を残して2011年に27歳で亡くなった不世出のミュージシャン、エイミー・ワインハウスの伝記映画です。生前はアルコールとドラッグの影響による奇行でメディアをしばしば賑わしました。本作では、音楽と同じかそれ以上の比重で私生活を描いており、不実な恋人ブレイク(のちにマイアミで結婚)との破滅的な共依存関係は見ていて少々滅入りますが、音楽は素晴らしいです。

サラ・ヴォーンダイナ・ワシントンに憧れているが、ローリン・ヒルマッシヴ・アタックも好き。そのバランス感覚がノスタルジックなソウル/R&Bを2000年代の最新テクノロジーで再構築する。1990年代のレニー・クラヴィッツや2010年代の藤井風にも通じるセンス。デビュー前のソロステージはフロレンシア・ルイスフアナ・モリーナらアルゼンチン音響派の影響も感じます。アルバム・アートワークや使用するフォントが近未来的なのはSPICE GIRLSのプロダクション19 Entertainmentサイモン・フラーが関わっているからなんですね。

劇伴とエンドテーマニック・ケイブが担当。カムデン・タウンは東京で言えば下北沢みたいな感じなのかな。台詞は全編コックニー訛りで、エイミーはアイミー、ブレイクはブライクと聞こえます。

 

2024年12月1日日曜日

NAKED SONGS vol.14 -Beat Goes On, Life Goes On -

師走。高円寺ShowBoatsami "PRESENTS"
NAKED SONGS vol.14 - Beat Goes On, Life Goes On - にPOETS on SUNDAYの一員として出演しました。

早世した音楽ライター下村誠さんの遺志を継いでsamiこと若松政美さんが主催し続けているライブ NAKED SONGS。12年前のvol.4 -Rolling Words Revue- にも呼んでいただいたことがあります。

今回は、さいとういんこさんURAOCBさんとユニットを組み、ビート・ジェネレーションをテーマにしたパフォーマンスというsamiさんのリクエストを受け、ユニット名はいんこさんとURAさんが町屋で隔月開催しているリーディングイベント "POETS on SUNDAY" からいただきました。

はじめにソロ朗読を数篇、いんこさんの自然体なのに華のあるステージ、URAさんのよく通る声でアクションを交え緩急をつけた朗読、僕は「スターズ&ストライプス」「夜警 ~Billie Eilishに」を、そして今回のために共作した連詩を3人で朗読しました。

連詩の面白さのひとつに、制作の過程でその作品内における自身の役割が像を結ぶ瞬間があるというのがあります。今作の場合は、いんこさんの問いかけに応えて僕が具体例を挙げてURAさんが修飾するというリフレインを書いているときが楽しかったです。

高橋研 & the acoustic gentlemen。小泉今日子さんの「スターダスト・メモリー」や故中村あゆみさんの「翼の折れたエンジェル」など多数のヒット曲を持つソングライターとしても一流の高橋研さんのバンドは、ベース、フィドル、アコーディオンというドラムレスの編成ながら強靭且つ柔軟なグルーヴ。時にフォークロア、時にアイリッシュなテイストを持つ楽曲のキャッチ―さが、リベラルなメッセージを搭載する高性能なヴィークルになっている。以前、港ハイライトのゲストで拝見していたアコーディオンの佐藤史朗さんに楽屋でご挨拶できたのもうれしかったです。

ジャック・ケルアック小説のタイトルを冠したThe Subterraneansはトリプル・ボーカル&ポエトリーリーディング。NAKED SONGSがきっかけで生まれたバンドです。ベースの篠原太郎さんTHE BRICK'S TONE)、ギターのCROSSさんthe LEATHERS)のふたりはvol.4でもお会いしていました。CROSSさんの「失われた言葉〜LOST WORD〜」はそのときに初披露されたポエトリー作品の発展形。センターの黒水伸一さんThe Shakes)も大変チャーミングな方です。1980年代からシーンに立ち続けるベテランロッカーたちの本気の遊び心に痺れました。

2022年末の「クリスマスの午後に」で再会し、今回お声掛けくださったsamiさん、ありがとうございます。地下のライブハウスに満杯のオーディエンスに声と言葉を届けることができて幸せでした。

 

2024年11月28日木曜日

とまり木にて7

木曜夜。吉祥寺MANDA-LA2で開催された『とまり木にて7』に行きました。

『とまり木にて』はノラオンナさんが不定期に企画するツーマンライブで、セットリストを決めずに1曲ずつ交互に演奏するという趣向ですが、今回はそのレギュレーションではなく、ノラオンナさんのデビュー20周年を17組のミュージシャンがノラさんの作品を1人1曲カバーして祝うというものです。

4月に開催された全曲演奏ライブ『ノラオンナ58ミーティング デビュー20周年「風の街へ流れ星を見に行こう」』のボーナスディスク的な位置づけと言っていいと思います。

客電が落ちると真っ暗なステージでバリトンウクレレを爪弾いて歌い始めるノラさん。曲は今年12月24日にリリースを控える新譜『スサー』から「」です。次に舞台上手に置かれたピアノにスポットが当たり、デビュー盤の1曲目「流れ星」を藤原マヒトさんが歌う。

以降は出演順に、えとらんぜ尾張文重/小林治郎)、さみぃマユルカカナコ矢舟テツロー寺田貴彦ブックエンズ)、中川五郎小西康陽。休憩を挟んで、永井サク水ゐ涼宮坂洋生ayumi melodyおきょん古川麦ほりおみわ外園健彦曽我部恵一(以上敬称略)、という豪華出演陣がノラさんの楽曲をラブ&リスペクトをもって歌い、演奏する。クララズさんの病欠が惜しまれます。

ノラさんはずっとステージ後方の椅子にいて、曲間に各演奏者との関係性や楽曲の制作に関するエピソードを話す。「夜のヒットスタジオ」の芳村真理のポジション、もしくは『俊読』における故谷川俊太郎氏の位置付けか。若手から大御所まで、一曲入魂の御前試合をやり切って、清々しい表情でステージを降りる出演者たち。そこに勝ち負けはない。

みなさん素晴らしかったのですが、個人的に印象に残ったアクトをいくつか。マユルカとカナコさんの「僕のお願い」のイントロのうみねこを模したようなヴァイオリンとアウトロの清涼な二声のフーガ。ayumi melodyさんの「フルーツサンドウィッチ」の温かくて、このうえなく丁寧な再解釈。「こくはく」をスチールパン弾き語りで聴かせたおきょんさんの耳に心地良い歌声と背筋の伸びた佇まい。曽我部恵一さんの「やさしさの出口で」の恐ろしいほどにフレッシュなシズル感。

誰よりもノラさんが楽しんでいるのが伝わって、会場全体に幸福感が満ちていました。20周年おめでとうございます。たくさんの素晴らしい楽曲を生み出してくださってありがとうございます。
 

2024年11月24日日曜日

詩の朗読会 3K17

薄曇り。阿佐ヶ谷mogumoguで『詩の朗読会 3K17』を開催しました。

当日朝に小森さんからめずらしく電話。波乱含みで始まった17回目の3K朗読会にご来場のお客様、mogumogu店主moguさんとスタッフのみなさん、Qさん、小森さん、ありがとうございました。

2000年6月に西荻窪のBook Cafe Heartland で始まった小森岳史究極Q太郎、カワグチタケシというイニシャルKの3人によるポエトリーリーディング「3K」が、途中12年のブランクを挟みながら、25年目を終えることができました。

僕は以下7篇を朗読しました。

1. 十一月の話をしよう
4. ピース(小森岳史)
5. 言葉にむすぶまえに(究極Q太郎)
6. かなしみ(谷川俊太郎
先日亡くなった阿佐ヶ谷在住の大詩人谷川俊太郎氏が20歳で出版した第一詩集『二十億光年の孤独』収録の「かなしみ」には「透明な駅」というフレーズがあります。

Qさんは12月に現代書館から出版される詩集(はじめてのハードカバー!)『散歩依存症』から「にしこく挽歌」の連作を。小森さんが自身で訳したアレン・ギンズバーグの「カリフォルニアのスーパーマーケット」を朗読したのをはじめ、ビートニク、ザ・ドアーズ、ドナルド・トランプなど、「アメリカ」が今回は3人の共通のキーワードとなっていました。過去の3Kでも何度かそのような符牒が生じたことがありました。

会場のmogumoguさんは中国のオルタナティブミュージックのレコードショップです。店内がきのこづくしで中国人オーナーのmoguさんもマッシュルームカット。パールセンター商店街の雑居ビルの3階まで狭い階段を上らないとなりませんが、ライブ専用ではないのに音響がとてもよく、チャージバックも良心的ですので、数十名規模のライブイベントにはおすすめです。

 

2024年11月17日日曜日

ベルナデット 最強のファーストレディ

曇りのち晴れ。ヒューマントラストシネマ有楽町レア・ドムナック監督作品『ベルナデット 最強のファーストレディ』を観ました。

タイトルバックにパイプオルガンと発声練習が重なり、教会で聖歌隊が「この映画は史実に基づくフィクションです。ベルナデット・シラクは1933年パリ生まれ、父親はジャン=ルイ・ショソン・ド・クールセル、母親はマルグリット・マリー・ド・ブロンドー・ドゥルティエール。繰り返しますが、これはフィクションです」と歌う。

1995年5月のパリ。左派のジョスパン候補を破って大統領となったジャック・シラク(ミシェル・ビュイエルモーズ)の妻ベルナデット(カトリーヌ・ドヌーヴ)は、集まった支持者の声援にバルコニーから応える夫ジャックと彼の広報官である次女クロード(サラ・ジロドー)に疎まれ、室内に引っ込む。摂食障害で入院している長女ロランス(モード・ワイラー)が当選祝いに贈った亀をベルナデットはマリー・アントワネットと名付けた。

新しいファーストレディに対する「所帯じみている」「古臭い」という世評を覆そうとクロードは市庁舎で干されていたベルナール・ニケ(ドゥニ・ポダリデス)をベルナデットのイメージ戦略コンサルタントに任命する。ダイアナ元妃がパリで交通事故死した日、シラク大統領はパレルモでイタリア人女優と浮気していた。そのことよりも、自宅の庭でジャックの立小便が愛亀アントワネットにかかったことでベルナデットのスイッチが入り、ニケとバディを組んで快進撃が始まる。

地方議会で発言中のベルナデットに急用だと電話を掛けるシラク大統領の質問は「生牡蠣は今が旬か?」。1995年から2007年に在位していた実在のフランス大統領夫人を主人公にしたコメディ映画は、故人も存命中も全登場人物が実名で描かれ、当時シャネルのデザイナーとしてDIESELとコラボしていたカール・ラガーフェルド(オリヴィエ・ブライトマン)やシラクの政敵で次の大統領になるサルコジ(ロラン・ストケル)、当時の米国大統領夫人ヒラリー・クリントン(本人のニュース映像の合成)も登場します。相当戯画化されているとはいえ、日本で言えば三代前の首相夫人安倍昭恵氏を主役にしたアイロニー溢れる喜劇を撮るようなもの。それを笑って受容するフランス社会の器の大きさ。

ヒロインを演じる81歳のカトリーヌ・ドヌーヴの存在感が凄い。松坂慶子にもっとドスを利かせた感じですが、貴族的な優美さや可憐さも併せ持つ。『しあわせの雨傘』(2010)、『真実』(2019)など、年輪を重ねて尚コメディエンヌとしての切れ味が増しているように感じます。

冒頭に記述した聖歌隊はテロップ的な役割で、エンドロール前には「主人公や脇役たちはこのあとそれぞれこうこうこうなりました」と歌う。ニケの模造紙によるプレゼンのしょぼさや1998年フランスW杯をテレビ観戦するシーンには爆笑しました。約90分の上映時間に多くのエピソードをテンポ良く盛り込み、女性の自立を主題とした現代的で痛快な喜劇作品に仕上げた劇場版初監督のレア・ドムナック氏の今後の活躍が楽しみです。

 

2024年11月14日木曜日

Chimin Live @yummy

曇天。高円寺yummyへ。Chiminさんのライブに行きました。8月の吉祥寺Stringsに続き、昨年音楽活動再開後2度目のワンマンライブです。

1曲目はStringsと同じ「チョコレート」。客電が落ちるとカフェとしては暗い客席、開場直後に着いて案内された最前列で、音楽に集中することができました。2曲目サンバのリズムの「残る人」では、間奏の加藤エレナさんのピアノの二拍三連に井上 "JUJU" ヒロシさんがフルートのスタッカートで応え、達人同士の呼吸に痺れる。

「本当はずっと黙っていたい、静かにしていたい人なんやけど」というChiminさんではありますが、めずらしく楽曲毎に作った当時の環境や思いをMCで添えてくれて、今夜はお喋りしたい気持ちだったのかも。お店のアップライトピアノは微かにホンキートンク気味で味わいがあり、Chiminさんのサポートではフルートやソプラノサックスを吹くことが多いJUJUさんのテナーサックスの低音がよく合う。

最近セットリストに入ることが多いフォークルの「悲しくてやりきれない」で6曲の1stセットを終えてインターバルへ。Chiminさんは前半すこしファルセットが出しづらそうに見えました。逆に地声は普段以上によく響いていたのでコントラストからそう感じたのかもしれません。声量の落ちるところをJUJUさんの演奏が優しくカバーしているように聞こえました。

2ndセットは4ビートのブルーズ「茶の味」から。「まるで昔のことのように」の直線的な唱法が新鮮です。アンコールの「世界」まで全13曲のステージからはいつも以上に熱を感じたのと同時に、僕には既に完成しているように聴こえるChiminさんの音楽が、実は毎回が新しく、変化の過程にあるんだな、と思いました。次回12月の吉祥寺Stringsのライブもとても楽しみです。

 

2024年11月9日土曜日

夜の庭 -jardin à nuit-

秋晴れ。文京区目白台の肥後細川庭園松聲閣で『Pricilla Label présente 詩の朗読会 夜の庭 -jardin à nuit-』を主催し、出演しました。ご来場のお客様、肥後細川庭園松聲閣さん、小夜さん、石渡紀美さん、どうもありがとうございました。

僕が代表者を務めるインディーズ出版社Pricilla Labelから詩集を出している石渡紀美さんが1か月間フランスに滞在すると聞いて、帰国直後にライブをしたいと思い、同じくプリシラから朗読CDをリリースしている小夜さんにもお声掛けしました。帰国ライブなので和テイストの会場がよく、昭和の終わりから平成初期の5年間近くに住んでいたことがある日本庭園の大正時代の建築を思い出しました。

秋の日はつるべ落とし。すっかり暗くなった夜の庭園を背にした縁側で朗読しているとガラス越しに時折ししおどしの音が聞こえます。

3. 十一月の話をしよう
4. 十一月(Universal Boardwalkより)
5. 十一月、ブラームスを聴く詩人(石渡紀美)

僕は以上6篇に加え、小夜さんとライブ当日の午前0時半まで巻いていた連詩「夜の庭」を朗読しました。連詩をふたりで交互に読み、小夜さんに交代しました。十四畳の会場にマイクを通さない肉声がほどよく響き、小夜さんの言葉が息づかいを伴ってよく伝わっているのが、客席最後列で聴いていてわかりました。CD『無題/小夜』収録の初期作品「放課後のあとの即興詩」が久しぶり聴けてうれしかった。

2016年11月のライブ『fall into winter 2』で小夜さんと石渡紀美さんが共作した同題の連詩を挟んで、石渡紀美さんが座布団に正座して朗読しました。パリの夜の情景を描いた「ル・ボン・マルシェ、グラン・マガザン・フランセ」、11歳になる第二子の反抗期に対する多面的な心境を綴った「この嵐を抜けたら大人になってしまう君へ」はアンケートでも多くのオーディエンスの印象に残ったようです。

最後は2019年10月工房ムジカ『こんなはずでしたⅢ』で小夜さんがトリオ編成にアレンジしてくれた僕の「風の通り道」を三人で。

ひりひりするようなアウェーも、ひとりで背負うワンマンの重みも好きですが、信頼できる仲間とひとつの場を作り上げる今回のようなライブもいいものです。公共の会場の制約でフリーライブにしたことで、お客様の参加のハードルも下がり、演者側もいい意味で力みのないライブができたと思います。

このあと、11/24(日)3K17、12/1(日)NAKED SONGS vol.14とライブ出演が続き、12/28(土)はさいとういんこさんと下高井戸で年末恒例の二人会、来年1/12(日)にはノラバー生うたコンサート&デザートミュージック(ワンマン)が控えています。よきタイミングのものがございましたら是非お越しください。

 

2024年10月26日土曜日

FLOWER SPELLS

曇天。原宿Atelier MITULLEで開催のイラストレーター兎月結花さんとシンガーソングライターmandimimiさんによる12ヶ月の花言葉を目&耳で楽しむ展示会『FLOWER SPELLS』にお邪魔しました。mandimimiさんのお誕生日の8/31~9/1に当初開催を予定していたものが台風接近により延期され今回あらためて開催となりました。

原宿キャットストリートのヴィンテージアパートメントの急な階段を上った3階にそのギャラリーはあります。昭和の木造建築ですが、小花柄の壁紙やタイルの床、ネオン管のピンクに彩られ、キュートでガーリィな雰囲気。出迎えてくれたmandimimiさんは子猫柄のドレスです。

玄関ドアの右手壁に展示されているのが、1月デイジーのイラストレーション。入口左手の洗面台は古い真鍮の蛇口の周りにカラフルな小瓶が飾られている。

兎月結花さん(左利き)の今回の展示作品は、水彩画、アクリル、ペン画、刺繍、写真、コラージュ、ガラス瓶に入れた立体と表現手法が多彩。淡い色調ながら、かわいいだけではない、ソリッドな筆致も持つ作家さんです。

僕の知る限り2017年頃からmandimimiさんがひとつずつ積み重ねてきた12ヶ月の花と花言葉をモチーフにした楽曲群 "FLOWER SPELLS"が揃ったのは大変よろこばしいこと。その12曲を聴いた兎月結花さんが12点のアート作品に落とし込んでいます。

各曲のQRコードをスマートフォンに読み込んで各々持参したイヤホンで再生しながら、アート作品を鑑賞するという趣向ですが、僕が会場に伺ったのがたまたまお客様が多い時間帯で、それでは1曲ずつ歌いながらガイドツアーをしましょう、ということになり、ひと月ごとに楽曲と作品の成り立ちのコメントつきで12曲のキーフレーズをご本人がアカペラで歌ってくださいました。薄いカーテンを風が膨らませ、鳥のさえずりが聞こえる、小さな会場内の1~2mの至近距離で生の歌声を聴く幸運で贅沢で優しい時間をありがとうございました。

 

2024年10月25日金曜日

国境ナイトクルージング

にわか雨。アンソニー・チェン監督作品『国境ナイトクルージング』を観ました。

凍てついた川の厚い氷をチェーンソーで切り出し流す男たちの頭上には鉄橋が掛かり列車が通り過ぎる。

朝鮮民族式の披露宴の会場に氷を噛み砕く音が響く。噛んでいるのは上海の金融エリート社員ハオファン(リウ・ハオラン)、結婚式に出席するため中国と北朝鮮の国境の町、延吉に来た。心療内科の予約をすっぽかして何度も電話が来るが無視する。

翌日、ハオファンは延吉の観光バスツアーに一人で参加し、スマートフォンを紛失する。ガイドのナナ(チョウ・ドンユイ)は「会社にクレームを入れないで」と現金を渡してハオファンを食事に誘い、ナナに片思いしている料理人シャオ(チュー・チューシャオ)がナナを誘った店に同席させる。泥酔した三人はナナの部屋に泊まり、目覚めたときは1日1本しかない上海便には間に合わない時間だった。そして三人の無軌道なクルージングが始まる。

ナナは足首の大怪我で五輪をあきらめた元フィギュアスケーター。『負けヒロインが多すぎる!』の八奈見杏菜の名台詞「女の子は二種類に分けられるの。幼馴染か、泥棒猫か」を本作の男子に置き換えると、シャオが幼馴染でハオファンが泥棒猫。報われることがなくても健気で無邪気でちょっといい加減なシャオが、ナナとハオファンの無表情をすこしずつ崩していく。だが青春は有限、それぞれの現実に帰る時が来る。

アンソニー・チェン監督はシンガポール出身で香港在住。南国で生まれ育った監督は『燃冬 The Breaking Ice』という原題の本作で、冒頭の凍結した川や氷の迷路、雪道、辿りつけない長白山の天池によって中国の若い世代の閉塞感を、それらを割り、踏み越えていくさまに未来を照らす仄かな光を、象徴的に表現しています。

 

2024年10月20日日曜日

More...

秋晴れ。下北沢DAISY BARで開催されたTHE ANDS主催イベント3マンライブ『More...』に行きました。

オルタナティブ/ポストロックバンドTHE ANDSがリスペクトしているお気に入りのミュージシャンを招いて不定期で開催しているライブイベントです。

一番手はCUICUI。デビュー曲「彼はウィルコを聴いている」から始まり、ココ・シャネルを歌った「皆殺しの天使」で終わる。挟まれた楽曲群が、CUICUIで一番強い(ワンマンライブのMCより)「ゆびさしちゃん」、NIRVANAオマージュの「真夜中のラブレター現象」、ハードトランスナンバー「信号はいつも赤」に、80's POPな新曲「悪魔的にロマンティック」とみんな大好き「サマーガールニッポン」。激烈な爆音の中に抒情性を滲ませるTHE ANDSの音楽性に絶妙に寄り添ったセットリストでした。

ソングライターERIE-GAGA様、ベースAYUMIBAMBIさん、ドラムスRuì Suì Liuさんのトリプルボーカル、ギターMAKI ENOSHIMAさんジャズマスターはいつものブラウンサンバーストではなくミントブルーでリアをハムバッカーにカスタムした太い音。笑顔で楽しげに演奏する姿は4人全員が主役で、現在のバランスの拮抗と変わらぬフレッシュネスを感じます。

さめざめwithバナナとドーナツは、ボーカル笛田サオリさんのキャラが立ち「渋谷」「東新宿」と実在の地名を歌うのは椎名林檎的ですが、声質や唱法にはむしろ小泉今日子みを感じます。ツインテールのギタリストりなぱるさんがリラックマ仕様のピンクのZO-3マーシャルに挿しているのがぶっ飛んでいて、一周してロックだなあ、と思いました。

本日の主催バンドTHE ANDSは2017年2月の『CUICUIのUIJIN 〜 キューでキュイキュイ』、CUICUIのデビューライブのゲストでした。スリーピースの轟音シューゲイザーサウンドは更に厚みを増した気がする。リズムに対する姿勢がイノべーティブで、エイトビートの可能性を追求しているのがダイレクトに伝わってくるのが素晴らしかったです。

 

2024年10月18日金曜日

ECMレコード サウンズ&サイレンス

霧雨。ヒューマントラストシネマ渋谷ペーター・グイヤーノルベルト・ビドメール監督作品『ECMレコード サウンズ&サイレンス』を観ました。

白い部屋で脚を組んで椅子に腰掛け、疲れたように目尻を指で押さえている白髪の男がマンフレート・アイヒャー。1969年に西独ミュンヘンで創業したレコード会社ECM(Editon of Contemporary Music)の創業者で音楽プロデューサーである。

風景が認識できないほどのハイスピードで過ぎていく車窓にキース・ジャレット静謐なピアノが重なり、舞台はエストニアの首都タニンへ。聖ニコラス教会の礼拝堂で現代音楽家アルヴォ・ペルトの弦楽合奏と合唱によるミニマルな宗教曲のレコーディング風景を映す。アイヒャーと作曲者ペルトは演奏の解釈と音響の確認のため、指揮者トヌ・カリユステをしばしば止める。

ECMはジャズから出発したレコードレーベルだが、現代音楽や東欧、中東、南米、アフリカの民族音楽にも対象を広げ、各ジャンルでクオリティの高い作品を制作している。そのブランドを一代で築き、現在もほとんどの作品をプロデュースしているドイツ人マンフレート・アイヒャーを主軸にECMから作品を発表しているミュージシャンたちをフィーチャーした2009年制作のドキュメンタリーフィルムです。

「音の輝きが何より重要だ」というアイヒャーの音作りは、クリアな音色とエレガントな残響がアイコンとなっておりアートワークもクールでスタイリッシュ。創業時は、ノイズ混じりのAMラジオのモノラル音源こそジャズという米国音楽のステレオタイプに対する欧州からのカウンターアクションだったのかもしれません。金太郎飴的な要素もあるが、支持者も多い。

話題は録音に留まらず、チュニジアのウード奏者アヌアル・ブラヒムレバノン侵攻(2006)を憂い、アルゼンチン出身のバンドネオン奏者ディノ・サルーシは祖国の酒場で旧友たちが奏でるタンゴをアイヒャーと踊り、その神髄を伝えようとする。

出演しているミュージシャンは2000年以降にECMでレコーディングしている者が中心で、ジャズにカテゴライズできるのはドイツ人ピアニストのニック・ベルチュぐらいか。キース・ジャレットパット・メセニーの制作秘話を期待するとコレジャナイ感があると思いますが、近年アルヴォ・ペルトに着目していたこともあって僕は楽しめました。シンプルに音の響きの面白さで言えばNY出身の打楽器奏者マリリン・マズールが最高です。

 

2024年10月14日月曜日

画家ボナール ピエールとマルト

10月の夏日。シネスイッチ銀座マルタン・プロボ監督作品『画家ボナール  ピエールとマルト』を観ました。

1893年パリ。26歳の売れない画家ピエール(バンサン・マケーニュ)のアパルトマン、路上でスカウトした造花店員(セシル・ドゥ・フランス)がコルセット姿でポーズをとる。画家の求めに応じて乳房を出すが、しばらくして「じっとしているのに飽きた」と言って勝手に帰ろうとし、引き留めたピエールと身体の関係を持つものの性交の最中に激しい喘息の発作を起こす。

翌日、勤め先の造花の花束を持ってアトリエを訪ね、イタリアの没落貴族の末裔マルト・ド・メリニーと名乗り、両親は死んで身寄りがないと言う。「絵画とは小さな嘘をいくつも重ねて大きな真実を作ることである」。印象派とキュビズムの架け橋となったナビ派の画家ピエール・ボナールと妻マルトの出会いから1942年の死別までの50年間を実名で描いた史実に基づくフィクションです。

1925年に入籍するまで、内縁の夫に30年以上本名を明かさず、上記の自己紹介も嘘、一日の大半を浴槽で過ごした、そしてボナールは入浴する妻を生涯描いた、という伝説的なマルト像は僕にとっては長年の謎でした。映画を観ると、確かに感情的に不安定なところはありますが、家事をしっかりやっているし、友人が訪ねて来れば心からもてなします。入浴も呼吸器疾患の当時の療法のひとつだった。若い金髪の画学生ルネ(ステイシー・マーティン)への嫉妬の苦しみを跳ねのけるように自らも絵筆をとる。案外ちゃんとしているというか、むしろ才能豊かな女性だったんだな、と思いました。

雪の翌朝ナビ派展に向かう黒衣の男たちの俯瞰ショット、郊外の川べりの美しくのどかな風景、脚本も演出も撮影も音楽も瑞々しく小気味よく、芝居は重厚でみな達者。派手さはないですが、これから長く愛好される作品になるのではないでしょうか。

ジヴェルニーからセーヌ川をボートを漕いでボナールとマルトの川べりの家マ・ルロットを訪ねてくる大先輩画家クロード・モネアンドレ・マルコン)がとてつもなくスイートでジェントル。芸術家たちのパトロンでありファム・ファタールであるミシア(アヌーク・グランベール)の印象は『ボレロ 永遠の旋律』とはかなり異なり、オタサーの姫というかサークルクラッシャーというか。その口からこぼれる、画家たちはもちろん、音楽家ラヴェルサティ、象徴派詩人ヴェルレーヌたちとのエピソードを聞くにつれ、前世紀初頭の絢爛たるパリのサロンを覗き見するような楽しさも感じました。

 

2024年10月6日日曜日

ドキュメンタリー オブ ベイビーわるきゅーれ

曇天。109シネマズ木場高橋明大監督作品『ドキュメンタリー オブ ベイビーわるきゅーれ』を観ました。先月公開の『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の制作過程を記録した劇場版映画です。

アイコンに使うスチール撮影後、フラペチーノを片手に歩く杉本ちさと役の高石あかり(左利き)と深川まひろ役の伊澤彩織

前作『ある用務員』の編集時に阪元裕吾監督のPCが故障し、エグゼクティブプロデューサー鈴木祐介氏のオフィスで編集作業を行っていた。鈴木氏がたまたま画面を覗いたときに映っていた二人の少女殺し屋のやりとりが面白く、坂元監督にスピンオフを勧めて本シリーズが誕生した。

「アクションとアクションの間にリアリティが生まれる」。本作においてはドラマシーンよりアクションシーンの撮影の裏側にウエイトを置いており、坂元監督よりアクション監督園村健介氏の尺が長い。映画の後半は『ナイスデイズ』のクライマックス、伊澤彩織と敵役冬村かえでを演じる池松壮亮の素手の戦闘シーンの撮影。数秒のカットを何度も検証しながら撮り直し詰み上げていく過酷な現場をリアルに映し出します。身体の位置、関節の角度、銃やナイフの構え方をミリ単位で試行錯誤する、死闘はデュオダンスでアクション監督はコレオグラファーだとの思いを強くしました。

「かえではちさとと出会っていない世界線のまひろ」だと坂元監督は伊澤彩織に伝えたという。上記のクライマックスシーンはその意味でも自身との闘いなのだと思います。極限まで体力を消耗して食欲が湧かないが、座り込んだ地面に置いたロケ弁の白米を次のシーンのために無理やり口に押し込む伊澤彩織の姿に胸が詰まります。

池松壮亮のプロフェッショナリズムと優しさが滲む。初登場シーンの撮影直前にロケ地の森の泥濘を自ら手に取り、はだけた胸と腕と顔に塗りつける。ネット動画をひたすら観て真似ることで、組織に属さず誰にも教わらず殺しの腕を上げたかえでの役作りをした。クランクアップ後しはらく経ったインタビューでは「敵役とはいえ女性の腹を蹴るのは生理的に抵抗があった」と言い、苛烈を極めたクライマックスの撮影には自身も満身創痍でアイシングしながら臨み、カットがかかるごとに敵役でありダンスパートナーである伊澤彩織のコンディションを気遣う。

主要キャストの怪我や体調不良で宮崎ロケのスケジュールが狂う。スタッフが集まって臨時会議が開かれ、日程や予算の対策を議論するシーンの赤裸々さは身につまされます。

もうひとりの主人公ちさとを演じる高石あかりさんがカメラの外でも終始笑顔で、太陽のように周囲を照らしているのも印象的でした。

 

2024年10月5日土曜日

Viva Niki タロット・ガーデンへの道

秋雨。シネスイッチ銀座にて松本路子監督作品『Viva Niki タロット・ガーデンへの道』を観ました。

遠くから土鳩の鳴き声。伊トスカーナの丘陵にオリーブ畑が広がっている。丘の上の森の中に原色のオブジェ群はタロット・ガーデンと呼ばれている。その作者である現代美術作家ニキ・ド・サンファル(1930-2002)の生涯とタロット・ガーデンを紹介するドキュメンタリー映画です。

監督は写真家の松本路子。1970年代後半から女性アーティストたちのポートレートを世界中で撮影る中で、1981年6月にニキ・ド・サンファルとパリで出会う。

統合失調症のセラピーの一環として美術作品の創作を始めたニキだが、1961~1962年の射撃絵画、1963~1964年の半平面作品の時代は、いずれも性的抑圧に対する憎悪を表現の核としている(最晩年の自伝で実父から性的虐待を受けていたことが明かされた)。1965年に登場するナナと呼ばれる土偶にも似たフォルムを持つ原色の巨大な女性像には、憎悪から解放へと大きな転換が見られる。

現代美術作家ニキ・ド・サンファルの経歴をクロニクルに辿り、且つ、ベルギーのコレクター、ロジェ・ネレンスの自宅庭園に制作した「ドラゴン」と1978年から没年までトスカーナで制作した彫刻庭園「タロット・ガーデン」に重点を置いて成立過程と細部を映し出す。

ニキ・ド・サンファルの作品は、フェミニズムの視点とアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの視点の両面から今後も論じられていくことになると思います。本作においては前者にウエイトを置いていて上野千鶴子のコメントを撮影しているのですが、もう一歩踏み込みがあってもよかったのではないでしょうか。

写真家が監督していることもあり、フレームワーク、アングル、自然光中心のライティング、作品を自由に楽しむ観客たち、特に子供たちの表情、など映像は素晴らしく、現地で作品に触れているような臨場感がある。半面、小泉今日子と松本監督の二声のナレーションは役割が整理されておらず少々困惑します。

存命中から美術界で評価され、商業的にも成功していたニキは、日本中いたるところに作品があります。同世代の草間彌生にも似て商魂たくましく映るかもしれませんが「(パトロンの意向や貧困による制約を受けず)自分のやりたい芸術を実現するために自分の作品で稼ぐ必要がある」という発言にハードコアなDIY精神を感じました。

 

2024年10月2日水曜日

水辺にて

10月の真夏日。所沢音楽喫茶MOJOで開催されたChiminさんの企画ライブ『水辺にて』に行きました。

きれいな水辺で大人たちが寝転んでゆっくり聴けるようなライブ、という思いを込めて、Chiminさん2024年5月に立ち上げた自主企画の第2回。ゲストに同じ西武鉄道ユーザーのノラオンナさんを招いたツーマンで、ふたりの共演は僕も出演した2016年6月のPoemusica Vol.48以来です。

長く熱い夏が終わり疲れが出ているというMCから始まったノラオンナさんの演奏には、フィジカル面でトップコンディションでない、ウクレレという楽器の構造上のハイポジションのピッチが甘い、といった通常はネガティブに捉えられる要素も取り込んで緩やかで大きな渦を起こすように、自身の音楽を美しく昇華させる強靭さがある。

現時点の公式最新版『ララルー』収録の楽曲で2004年のデビュー盤の2曲をバインドした終盤の「わたしの暮らしの音楽」「パンをひとつ」「少しおとなになりなさい」「愛を」の流れには、僕がノラさんのライブ演奏の最大の美点と考える緊張と弛緩の交錯に揺さぶられました。ソプラノ、テナー、バリトンの歴代のウクレレとの関係性の話も興味深いものでした。

Chiminさんの1曲目は「住処」。一番好きな楽曲です。加藤エレナさんのピアノとコーラス、井上"JUJU"ヒロシさん のフルートも透明で優しい。僕はおそらくライブでは初めて聴く世界」「午後」の2曲は、こちらも2004年の1stミニアルバム『ゆりゆるり』から。同年デビューのノラさんとChiminさん、いずれも静謐さをその音楽の基盤に持つが、ベクトルは大きく異なります。

僕はどちらの歌詞もとても好きです。事象や風景のディテールを最少語数で描写し感情を浮き彫りにするようなノラさんに対して、Chiminさんは心象や抽象概念、手触りから感情にアプローチする。それはこの日Chiminさんがカバーした「悲しくてやりきれない」にも通じています。悲しんでいる自身の目に映るもの、自身の状態を歌っても、悲しみの理由、原因については触れない。

アンコールは、アイリッシュトラッドの "The Water Is Wide" をノラさんが日本語詞、Chiminさんが英語詞で歌いました。2016年1月の Kitchen Table Music Hour vol.4 では古川麦さんがつけていた上ハモをノラさんが歌ったのも大変感慨深かったです。

 

2024年9月29日日曜日

本日公休

にわか雨。シネスイッチ銀座にてフー・ティエンユー(傅天余)監督作品『本日公休』を観ました。

皮革のシザーケースに鋏、剃刀、櫛をセットし、シャッターを下ろして、30年もののボルボ240GLのエンジンを掛ける。あちこちぶつけながら車を出すアールイ(ルー・シャオフェン)は台中市の下町にある理髪店主。常連の高齢男性の髪を長年切ってきた。古くからの顧客である歯科医の許先生が危篤と聞き、約20km離れた彰化市の自宅へ出張散髪に向かう。

台北で映像関係のスタイリストをしている長女シン(アニー・チェン)が実家に帰るとシャッターには「本日公休」の札。怪しい儲け話に乗ってばかりで定職に就かず実家暮らしの長男ナン(シー・ミンシュアイ)も、台中の市街地で美容師をしているピンク色の髪の次女リン(ファン・ジーヨウ)も、理髪店にスマホを置き忘れていなくなった母の行方を知らないと言う。

全編を通じてゆったりした時間が穏やかに流れる映画です。母アールイのロードムービーは、常連客たちとのヒストリーに加え、性格の異なる3人の子どもたちも丁寧に描かれる。次女リンの別れた夫で自動車修理工のチュアン(フー・モンボー)がいい。幼馴染同士で結婚したが、優しく利他的で人が良すぎリンに見限ぎられたチュアンは、元義母を気遣い、幼い息子アンアンの散髪を口実にアールイの店を実の娘たちより頻繁に訪れ、その関係性は『東京物語』の原節子と笠智衆にも重なる。

アールイの道中にはいくつかのファンタジックな出会いがあり、旅がひと段落つくと、出発までの過程がチュアンの視点で再度描かれ、それがまた時の流れを心地良く減速させます。

主な撮影場所であるレトロ理髪店は、第37回東京国際映画祭(2024)の監督賞にあたる黒澤明賞を受賞したフー監督の実家とのこと。柔らかな陽光あふれる画面をずっと眺めていたくなる佳作です。

 

2024年9月27日金曜日

ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ

雨上がり。ユナイテッドシネマアクアシティお台場阪元裕吾監督作品『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』を観ました。

草むらを疾走する黄色いニットキャップに眼鏡の少年が、森の中で冬村かえで(池松壮亮)が149人目のターゲットを仕留めているところに出くわし、顔に返り血を浴びたかえでにミニタオルを手渡す。

舞台は変わり、宮﨑のビーチリゾートではしゃぐ杉本ちさと(高石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)。協会所属の殺し屋である二人は依頼を受けて、昨夜は色違いのマリメッコのポンチョを着て複数名の半グレを葬ってきた。

次のターゲットは松浦(かいばしら)。偽情報をつかませ宮崎県庁に呼び寄せたが、まひろとちさとが部屋に踏み込んだとき、かえでが松浦に銃を向けていた。銃撃戦の末、かえでも松浦も逃したふたりのもとに現れた殺し屋協会の入鹿(前田敦子)と七瀬(大谷主水)。協会に属さない野良の殺し屋のせいでターゲットを逃がしたとなると協会のメンツが潰れる、4人チームでかえでと松浦を探し出して始末する、と告げる。

女子二人組の凄腕殺し屋のゆるふわな日常とガチ過ぎる殺戮シーンのギャップが魅力の人気シリーズの劇場版第3作です(地上波30分ドラマ『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』も現在テレ東で放映中)。ザッツ・エンターテインメント。今作も安心してハラハラできます。

前二作と比較して、日常シーンの脱力トークよりアクションの比重が若干上がったかと思います。かえでがとにかく強いので、まひろとのバトルは見応えがある。池松壮亮が身体作りから相当気合を入れてがんばっており、前田敦子(左利き)も灰原哀に憧れたというコミュ障でドSの先輩役を得意のツンデレ演技で好演しています。清掃係の宮内さん(中井友望)も存在感が大いに増しました。

アクション映画の優れた戦闘シーンは、血しぶきこそ上がるものの、ミュージカル映画における複雑なシークエンスの群舞シーンみたいだな、と思います。そこには形式性と様式美があり、形式性からはみ出してしまう身体性があり、様式美から逸脱しようという作家性とせめぎ合う。

まひろの二十歳の誕生日にちさとが用意した苺のショートケーキは第一作のラストシーンとつながる主人公二人の絆。「ビジュ爆発」など第二作からの引用もリピーターにはうれしい。まひろが着ているTシャツは、第一作の 忘れらんねえよLOU REED、第二作の BUZZCOCKSWEEZERRIDEに続いて、今作は FenderandymoriFUGAZIでした。

 

2024年9月16日月曜日

LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー

敬老の日。角川シネマ有楽町 "Peter Barakan's Music Film Festival 2024" で、ジュリアン・テンプル監督作品『LONDON CALLING/ザ・ライフ・オブ・ジョー・ストラマー』を観ました。

レコーディングスタジオでジョー・ストラマー(左利き)が「白い暴動」を歌う。バンドの演奏はヘッドホンから漏れ聞こえず、ストラマーのシャウトだけが映画館に響き渡る冒頭シーンから引き込まれる。

1977年にデビューしたロンドンパンクの雄 The Clash のボーカリスト ジョー・ストラマー(1952-2002)の生涯を回顧するドキュメンタリー映画です。

外交官の父親の赴任地であるイスタンブールで生まれ、カイロ、メキシコシティ、西独ボンに暮らし、ロンドン郊外の全寮制中高ではリーダー的存在だったが、素行が悪い。1歳上の内向的な兄はネオナチに傾倒し在学中に薬物死。パブリックスクール卒業後はアートスクールに進み、ヒッピームーブメントの最中squattering(空家不法占拠)してLSDに嵌る。ロックンロールバンド The 101'ers を結成するが、前座に起用した SEX PISTOLS に衝撃を受け、パンクバンド THE LONDON SS のギタリストだったミック・ジョーンズと The Clash を結成する。

「40歳になっても演奏し続けますか?」とインタビュアーに問われ「尊厳を保ちたい」と答える20代のストラマー。故人のドキュメンタリーでは友人知人のコメントが中心になることが多いですが、本人のインタビュー音声が多く使われているのが特徴的です。第二次世界大戦中にナチスドイツ占領下のヨーロッパ諸国向けにBBCが放送していた "London Calling" の番組名(The Clashの3rd album名でもある)を引き継いで1998~2001年にストラマーがDJを務めていた国際放送の音声も随所に挿入されており、情報量は俄かに処理しきれないほど多いです。

焚火を囲んで故人を偲ぶのは、101'ersとThe Clashの元メンバーはじめ、級友、元恋人たち、ボノレッチリフリーアンソニーボビー・ギレスピーThe Slits/The Raincoatsパルモリヴジョン・キューザックジョニー・デップ、映画で共演したコートニー・ラヴ、と豪華。なかでもThe Clashの初期メンでのちにPiLの結成メンバーになる故キース・レヴィンの晩年の姿が見られたのがうれしい。欲を言えば現在のポール・シムノンも見たかったです(The Clashのフッテージのシムノンは全カットかっこいい)。

SEX PISTOLS の故マルコム・マクラーレンにあたる、The Clashの悪徳敏腕マネジャー(とされる)バーニー・ローズが意外に若くてハンサム。クスリをキメて楽屋の洗面台を枕にして眠る姿が映ります。

革命家気質だが情に厚い親分肌というストラマーのパブリックイメージをなぞるも、育ちの良さが随所に垣間見える。ライブ会場前の路上でチケットを手売りし、2人連れのギャルに「行けたら行く~」と軽くいなされ苦笑する2000年頃のザ・メスカレロス時代の映像にロックスターの尊大さは微塵もない。

終映後のピーター・バラカン氏によるトークショー(司会は判澤正大氏)では、バラカン氏が現地で見た1982年の中野サンプラザ公演の楽屋口で出待ちするファンひとりひとりにサインし話を聞くストラマーの姿や出演しない年も自費でフジロックフェスティバルに来場し、テントを張って、たまたま気づいたファンと気さくに交流していたなど、心温まるエピソードが聞けました。

 

2024年9月8日日曜日

キング・クリムゾンの世界

真夏日。角川シネマ有楽町 "Peter Barakan's Music Film Festival 2024" にてトービー・エイミス監督作品『キング・クリムゾンの世界』を観ました。

2018年のワールドツアーのリハーサルから映画は始まる。1969年の1stアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』の衝撃的デビューから50年以上、分裂、解散、再結成を繰り返している英国のプログレバンド キング・クリムゾンのドキュメンタリーフィルムです。

「私にとって最も深い経験は静寂の中にある」。全活動期間を通して在籍しているリーダー、現在78歳のロバート・フリップのインタビューを軸に撮影時に存命の過去と現在のメンバー、ツアースタッフ、数名の観客のコメントで構成されています。

パブロ・カザルスをリスペクトし、スーツにネクタイ、眼鏡姿でステージ後方の椅子に座ってレスポールを弾き、ツアー中も毎日4~5時間を運指練習に費やすフリップは、ロックバンドのギタリストでありながらセックス、ドラッグ、アルコールとは縁遠く、理想の音楽を体現できないメンバーは即刻解雇する偏屈で冷徹な完璧主義者と言われている。実際そうなんだろうなという面と血の通った人間的な面が垣間見られます。

1974年に最初の解散をしたのちフリップは、グルジェフの弟子筋にあたる神秘主義者J.G.ベネットに傾倒しワークショップに通った。最晩年のベネットを回想するフリップが、突然カメラの前で数分間の沈黙し、涙を流すクローズショット、1969年最初の全米ツアーの移動中に自ら脱退を告げたオリジナルメンバーの故イアン・マクドナルドの「ロバートを傷つけてしまった」という悔恨は本作で特に印象に残るシーンです。

結腸癌を患ったドラマーのビル・リーフリン(ex.Ministry, NIN etc.)を鍵盤奏者として復帰させたり、初期メンバーが初期楽曲を演奏する 21st Century Schizoid Band、中期メンバーによる BEAT、 The Crimson ProjeKCtCrimson Jazz Trio など、他所だったら権利関係で揉めそうなカバーバンドを複数公認し、且つそこからキング・クリムゾン本体に抜擢したりしている。フリップ個人のエゴよりもバンドのヴィジョンが優先し、それが一周してフリップの強烈なエゴになってもいる。

緊張感溢れる画面において、60~70代のメンバーがライブ直前に組む緩い円陣は微笑ましく、尼僧服でライブに全通し「プログレ修道女」の通り名でメンバーにもスタッフにも認知されているオスロ在住のドミニコ会聖職者シスター・ダナ・ベネディクタの存在に心和みます。

 

2024年9月6日金曜日

きみの色

真夏日。ユナイテッドシネマアーバンドックららぽーと豊洲山田尚子監督作品『きみの色』を観ました。

「変えることのできないものはそれを受け入れる心の平安をください」。校内礼拝堂のレッドカーペットにステンドグラスの影が差している。坂道の上にあるカトリック系女子校私立虹光高等学校の寄宿舎に暮らす主人公日暮トツ子(鈴川紗由)は、幼い頃から人を色彩として認識する感覚を持っており、同級生の聖歌隊リーダー作永きみ(高石あかり)に憧れている。

きみが体育の授業で投げたボールがきみに見とれていたトツ子の顔面に直撃し、トツ子は気を失う。きみは翌日から登校してこない。生徒たちの噂では、退学し商店街の書店で働いているという。トツ子は市内の書店をしらみつぶしに探すが見つからない。舗道で出会った猫に路地裏の古書店しろねこ堂へと導かれる。レジ奥でリッケンバッカー360を弾くきみと再会する。

古書店の常連客の高校3年生影平ルイ(木戸大聖)に「ふたりはバンドをやっているんですか?」と聞かれて「メンバー募集中です!」というトツ子の咄嗟のでまかせに「やりたい……」と、きみも同意する。

現代の長崎と五島を舞台に溌溂としていない側の高校生たちを描いています。『けいおん!』『聲の形』『平家物語』の山田尚子監督は京アニ出身。本作の制作会社サイエンスSARU湯浅政明監督が水の描写に定評があるのに対して山田監督は光の表現がこのうえなく美しい。陽光を反射して凪いだ内湾を渡る海鳥の描写にはため息が出ました。

主人公トツ子がぽっちゃりなのもいい。声優初挑戦の鈴川紗由さんのおっとりしたテンポが心地よい。「善きもの美しきもの真実なるものを歌えばそれは聖歌なのです」と説くシスター日吉子(新垣結衣)は在学中にロックバンド "GOD Almighty" を結成していた。この伏線回収は爽快。

TVアニメ『平家物語』は全人類にお勧めできる大傑作でした。簡素で迷いのない描線や特徴的なまつげはキャラクターデザイン高野文子氏の仕事だと思っていたのですが、本作でも踏襲されており、目のアップが多い。一方、人を色で認識するトツ子の特性はストーリー上あまり影響がないです。山田監督が光と色彩を描きたかったゆえでしょうか。

音楽は『平家物語』に続き牛尾憲輔。『サイダーのように言葉が湧き上がる』や『子供はわかってあげない』で聴かせたフォークトロニカ的アプローチに加え、木製の打鍵音を強調した生ピアノのアンティークな響きが効果的です。バンド形態は『けいおん!』から『ぼっち・ざ・ろっく』に至るアニメの定型であるボーカル、ギター、ベース、ドラムではなく、ギター&ボーカル、ツインキーボードで、曲調もThe xx的なダークでマットなもの。そして高校生の初ライブらしく適度に拙い(テルミンは上手)。

聖バレンタイン祭で演奏するオリジナル曲は3人のメンバーが1曲ずつ書いた設定だと思いますが、四七抜きで耳に残る「水金地火木土天アーメン」を書いたトツ子がソングライティングの才能があると思います(実際は3曲とも作詞:山田尚子、作曲:牛尾憲輔)。演奏開始後に遅れて最後列に入場したルイの母親が小幅に横スライドしてベターなポジションを見つけるやつ、僕もライブハウスでやっちゃうなあ、と思いました。

 

2024年9月2日月曜日

aespa: MY First page

晴天。TOHOシネマズ日比谷キム・ジソンチョ・ヒョンジョン監督作品『aespa: MY First page』を観ました。

2023年と2024年に東京ドーム2DAYS4公演を完売させたK-POP発のグローバルガールズグループ aespaの2020年10月のデビューから12ヶ国21都市31公演を回る初のワールドツアー aespa LIVE TOUR 2023 'SYNK:HYPER LINE' の初日2023年2月26日までを追ったドキュメンタリーフィルムです。

「レンズを割るぐらいの気持ちでがんばらないとインパクトは残せない」。コロナ禍でデビューし、無観客配信ライブしかできず本当にファンがいるんだろうかと不安を募らせる日々。初めての有観客公演は2022年6月、LAのYouTube Theaterのショーケースライブ「aespa Showcase SYNK in LA」。6,000人の大歓声を浴び感極まるメンバーたち。

「私たちの最大値はまだ見せられていない」。ワールドツアーのコンセプト会議に参加し、自ら設定したクオリティに向けて連日の超ストイックなリハーサルにもカメラが入る。今年4月に公開された『aespa: WORLD TOUR in cinemas』はライブ映像中心、本作はインタビューと舞台裏にウエイトを置き、4人のパーソナリティを掘り下げています。

韓国生まれの2センター、アバター以上にアバターと言われビジュアルの強いKARINAさんと歌唱とダンスのパフォーマンス面をリードするWINTERさんに注目が集まりがちですが、NYの国連本部における持続可能な開発目標に関するハイレベル政治フォーラムで流暢な英語でスピーチする日韓ハーフのGIZELLEさんの知性と自己肯定感が高くいつも強気な中国ハルビン出身のNINGNINGさんの存在感、4人の役割と補完し支え合うシスターフッドを映像を通して理解することができました。

ツアー初日のライブパートは初期楽曲中心です。aespaといえばVRなのですが、生身の人間の振り付けをアバターに寄せているようなところがありました。2023年5月リリースの "MY WORLD" 以降はよりナチュラルな新機軸を打ち出しており、その成果が "next PAGE" として届けられるのが楽しみです。

4人のソロコーナーはいずれも見ごたえ聴きごたえがありますが、あえてダンスを封印し一歩も動かずにスローバラードを歌い上げたWINTERさんの "LIPS" にぐっときました。

同じ事務所の先輩、東方神起少女時代SUPER JUNIORRED VELVETSHINeeのメンバーが初日の楽屋見舞いに訪れるシーンは心温まります。私服がみなさん地味めなのもリアルでよかったです。

 

2024年9月1日日曜日

CUICUIのDOKUDAN2

9月1日は防災の日。そしてキュイキュイの日。下北沢CLUB251で開催された『CUICUIのDOKUDAN2』に行きました。CUICUIの5年ぶり2度目のワンマンライブです。

会場BGMのNewJeansFrankie Goes To Hollywoodの "RELAX" に変わり客電が落ちるとメンバー4人が登場。

2017年リリースのデビューEPから「リツイートする機械」の思い切りテンポを落としたAYUMIBAMBIさんのディストーションベースのイントロ(King CrimsonをサンプリングしたKanye Westへのオマージュと推測)から瑞穂玲(ルィスィリュー)さんのキック&フロアタム2打で会場の熱が一気に上がる。

ERIE-GAGA様が書くCUICUIの歌詞は一貫してSNS時代のディスコミュニケーションを主題にしているように思えます。コミュニケーションを求めるからディスコミュニケーションが苦しい。それが脱コミュニケーションへ連なり、時には不条理を歌うのだが、適度な距離を置き、いつもユーモアを忘れず、ポップソングとして高次元で成立させる。センスとバランス感覚が抜群のソングライティング。

リーダーのマキ・エノシマさんは今日は3回お立ち台に立つと指定されていたそうで、2回はギターソロでしたが、3回目はアンコールの最終曲「彼はウィルコを聴いている」のなんてことないコードストロークで、そういうところも好き。

前回2019年4月29日の「CUICUIのDOKUDAN」はロッカジャポニカラストライブと重なって行けませんでした。初めて本気で推したアイドルの最期を見届けられて後悔はないのですが、僕にとっては今日が初めてのCUICUIのワンマンライブでした。演奏機会の少ない「ちりめんじゃこはあたりつき」「Nightcrusingggggg」「アップデートを忘れずに」などのメロウチューンが聴けてうれしかった。新曲2曲は切れ味最高、「ぼくたちのナツ」と「サマーガールニッポン」の新旧サマーアンセム(for陰キャ)ではシンガロングで会場が一体に。

本編最終曲「皆殺しの天使」はココ・シャネルを歌っていますが、今後のCUICUIのマニュフェストのように僕には聴こえました。「YouTubeのない時代」「パンはいつでもはだかんぼう」等、他にも聴きたい曲がたくさんある。次は5年後と言わずワンマンライブの開催をお願いします。

 

2024年8月16日金曜日

Chimin Live @吉祥寺Strings

台風7号接近。吉祥寺Stringsへ。Chiminさんのワンマンライブに行きました。

Stringsさんはグランドピアノがある地下のお店。9年ぶりに訪れました。ピアノの側面の曲線に沿ったテーブルが他にはないしつらえです。この日のサポートは、加藤エレナさん(key)と井上"JUJU"ヒロシさん(ssax, fl, per)の二人。夏曲「チョコレート」でスタートしました。

2曲目は4ビートの「シンキロウ」。ジャズの箱らしく、JUJUさんのソプラノサックスとエレナさんのピアノのアドリブの掛け合いがいつもより長め且つ熱めに盛り上げます。

2部構成のワンマンライブとあって、進行もゆったりです。普段のステージではあまり口数の多いほうではないChiminさんが歌詞の成り立ちや十代の頃のエピソードなどを話してくれて、部活のことや「茶の味」のバックグラウンド、どれも面白かったです。

ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」は、矢野顕子さんがカバーしたものを最初に聴いて僕にとってはそれがスタンダードだったのですが、あの一歩一歩立ち止まるようなメロディを一音ずつ手渡すように歌うChiminさんのバージョンに上書きされました。

自身のオリジナル曲でも基本的に旋律の原型を崩すことがないChiminさんが、「住処」で一箇所だけフェイクを入れていたのはワンマンならではで、とても新鮮でした。

休憩を挟んで2部は新曲「光の方へ」で始まりました。3月のライブの感想で「Chiminさんは理由を歌わない」と書いたのですが、理由はきっと知っている。次の「」は特別に好きで何度も聴いている曲。歌い出しの息の柔らかさがいままでで一番でした。19歳のデビュー盤『ゆるゆるり』収録の「午後」も聴けて、アンコールの「すべて」ではまさかのクラップ。

好きな歌声がたっぷり聴けるワンマンライブがやっぱり好きだなと思いました。Chiminさんのあたたかく澄んだ美声の向こう側になぜかいつも荒涼とした地平を感じてしまいます。その理由を僕なりにいつか解き明かしてみたいと思っています。

 

2024年8月15日木曜日

内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙

終戦の日。上野国立西洋美術館の企画展『内藤コレクション「写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」』を鑑賞しました。

ヨーロッパでは1450年代にドイツのグーテンベルクが活版印刷を発明する以前、書物は人が羊皮紙に羽根ペンで書き写していた(中国では9世紀の唐代に既に木版印刷が存在した)。日本では毛筆で写本が作られた。枕草子や源氏物語もそうです。

13~15世紀の写本が150点以上展示されていますが、大学図書館所蔵の5葉を除き一人の日本人コレクターが40年以上かけて収集し、国立西洋美術館に寄贈したものです。収集家は内藤裕史氏(1932ー)。麻酔学・中毒学が専門の医学博士で札幌医科大学や筑波大学で教えていた。

段落の最初の文字を大きく書きキリスト教的寓意を持つ装飾を加えることをイニシャルと呼ぶ。イニシャルが華美に発展し、枠や行末の余白も装飾され、時代を経るごとに過剰さが増す。本来は綴られた本のかたちをしていたものが切り離され美術品/装飾品として商われた。

展示は、①聖書、②詩編集、③聖務日課のための写本、④ミサのための写本、⑤聖職者たちが用いたその他の写本、⑥時祷書、⑦暦、⑧法関係の写本、⑨世俗写本、の9カテゴリーに分類されており、教会祭壇の書見台に載せるような大きなものもありますが、多くは手帳サイズ。イオセリアーニ監督の『トスカーナの小さな修道院』で現代の修道僧たちも使用していたのが「聖務日課のための写本」、その信徒用ダイジェストが「時祷書」です。

「コレクションが私の手を離れたいま改めて考えてみれば、中世の、無名の画家の無名の作品に夢中になってきた30年だった。そうして集めた自分の分身が、散逸せずに安住の地を得て、しかも多くの人に観てもらえるということは、コレクターとして、何にも優る喜びである」という内藤氏のコメント。僕も詩集の装幀をするので参考になればいいな、ぐらいの気持ちで訪れたのですが、それ以上にコレクターの業というか、熱に打ちのめされ、またコレクター人生の終わらせ方についても考えさせられました。

帰宅後に目録を眺めていたら、反復する「内藤コレクション」の文字の中で、「ギステルの時祷書」だけ「内藤裕史氏蔵」とあり、92歳の内藤氏がその1葉だけ手元に残したという事実に、それだけはどうしても棺に入れて旅立ちたいと思っているのかな、と想像し胸が熱くなりました。

 

2024年8月14日水曜日

台北ストーリー

猛暑日。新宿K's Cinemaの『台湾巨匠傑作選2024』にてエドワード・ヤン監督作品『台北ストーリー』を鑑賞しました。

NEC、SONY、FUJI FILM、日本企業のネオン看板が彩る1985年の台北市の中心街のマンションを内見する一組のカップル。大きなサングラスをかけた女アジン(蔡琴)は「ここに決めた」と言うが、男アリョン(侯孝賢)は海外移住するという。

アジンは不動産会社に勤め、大規模な再開発事業に携わっているが、会社が外資系ファンドに買収され尊敬していた女性上司が解雇されたことで、高額の雇用継続オファーをされたにも関わらず自ら退職を申し出る。

原題は『青梅竹馬』。中国語で男女の幼馴染を指します。アジンとアリョンは共に旧市街の繊維問屋街で祖父母の代から付き合いがある家で育った。アジンはせかっく工面した渡米資金をアリョンの父親(吳炳南)の借金返済に充て、取り戻そうとした賭けポーカーで負けて車も失う。

出口の見えない閉塞感に飲み込まれまいともがく若者たち。1990年代の台湾ニューシネマを代表するエドワード・ヤン(楊德昌)監督の1985年公開の初期作は、寒色系のクールな画面、生活音中心の音響、淡々と過ぎる中で時折表出する冷徹な暴力描写、徹底したリアリズムでありながらあらゆる背景が寓意に満ちている、という独特の作風が既に確立されています。

カンヌ映画祭の常連でもありアジア映画の巨匠となった侯孝賢(ホウ・シャオシェン)は本作の撮影以前に既に監督デビューしていますが、本作では俳優として主演しています。現在は苦み走った渋い見た目の77歳ですが、この頃は時任三郎(の若い頃)を縦に圧縮した感じです。

僕は、主人公たちの一世代下、アジンの妹で空きオフィスを非行グループで不法占拠しているアキン(林秀玲)たちと同年代です。ディスコで "FOOTLOOSE" を踊っていた二十歳の頃を懐かしく思い出しました。

 

2024年8月13日火曜日

BLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK] IN CINEMAS

猛暑日。新宿バルト9ミン・グンオ・ユンドン監督作品『BLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK] IN CINEMAS』を観ました。

2022~2023年に世界34都市66公演が開催され180万人を動員したBLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK]。ツアーファイナルである2023年9月17日(日)の韓国ソウル市Gocheok Sky Domeのライブの映像化です。

ツアータイトルにもなっている2022年リリースの2ndアルバム "BORN PINK" 1曲目の "PINK VENOM" のイントロが流れ、逆光で4人のメンバーのシルエットが映ると、35,000人収容のドームスタジアムから熱狂的な歓声が上がる。

続く "Pretty Savage" "Kick It" のチェアダンスの完成度。第2ブロックのソロコーナーでは、白黒ミュージカル映画へのオマージュをダンサー陣とドローンで真上から空撮したROSÉさんのパフォーマンスが素晴らしかった。最年長メンバーのJISOOさんはChristian Diorのグローバルアンバサダー。スチルではクールなのに、ライブ中は隙あらばウィンク、ウエーブ、複数種類の指ハートを繰り出すプロ意識の高さ。グループのキュートな邪悪さを象徴するJENNIEさんは喜怒哀楽を包み隠さず。逆にソロ曲MVでは強面な最年少LISAさんはライブでは終始笑顔を絶やさない。

前作 "BLACKPINK THE MOVIE" から3年。ガールクラッシュというサブジャンルからK-POPのガールクループの頂点に上り詰めたBLACKPINKの自信に満ちた立ち姿はチャーリーズエンジェルを思わせ、同じ韓国でいえば2010年のバンクーバー五輪フィギュアスケート金メダリスト、キム・ヨナ選手が氷上で演じたボンドガールにも重なる。

4人の黒人男性ミュージシャン、Young(Key)、Chuck(G)、Omar(B)、Bennie(Dr)の生演奏も超グルーヴィ。音声は前述のソウル最終公演のものですが、映像はLA、ニュージャージー、ラスヴェガス、パリ、バンコク等のカットアップが編集されており、曲中で衣装が次々に変わるのが楽しい。ハードボイルドタッチの黒衣装も似合いますが、パリ公演のカジュアルテイストな衣装も好きです。