白い部屋で脚を組んで椅子に腰掛け、疲れたように目尻を指で押さえている白髪の男がマンフレート・アイヒャー。1969年に西独ミュンヘンで創業したレコード会社ECM(Editon of Contemporary Music)の創業者で音楽プロデューサーである。
風景が認識できないほどのハイスピードで過ぎていく車窓にキース・ジャレット静謐なピアノが重なり、舞台はエストニアの首都タニンへ。聖ニコラス教会の礼拝堂で現代音楽家アルヴォ・ペルトの弦楽合奏と合唱によるミニマルな宗教曲のレコーディング風景を映す。アイヒャーと作曲者ペルトは演奏の解釈と音響の確認のため、指揮者トヌ・カリユステをしばしば止める。
ECMはジャズから出発したレコードレーベルだが、現代音楽や東欧、中東、南米、アフリカの民族音楽にも対象を広げ、各ジャンルでクオリティの高い作品を制作している。そのブランドを一代で築き、現在もほとんどの作品をプロデュースしているドイツ人マンフレート・アイヒャーを主軸にECMから作品を発表しているミュージシャンたちをフィーチャーした2009年制作のドキュメンタリーフィルムです。
「音の輝きが何より重要だ」というアイヒャーの音作りは、クリアな音色とエレガントな残響がアイコンとなっておりアートワークもクールでスタイリッシュ。創業時は、ノイズ混じりのAMラジオのモノラル音源こそジャズという米国音楽のステレオタイプに対する欧州からのカウンターアクションだったのかもしれません。金太郎飴的な要素もあるが、支持者も多い。
話題は録音に留まらず、チュニジアのウード奏者アヌアル・ブラヒムはレバノン侵攻(2006)を憂い、アルゼンチン出身のバンドネオン奏者ディノ・サルーシは祖国の酒場で旧友たちが奏でるタンゴをアイヒャーと踊り、その神髄を伝えようとする。
出演しているミュージシャンは2000年以降にECMでレコーディングしている者が中心で、ジャズにカテゴライズできるのはドイツ人ピアニストのニック・ベルチュぐらいか。キース・ジャレットやパット・メセニーの制作秘話を期待するとコレジャナイ感があると思いますが、近年アルヴォ・ペルトに着目していたこともあって僕は楽しめました。シンプルに音の響きの面白さで言えばNY出身の打楽器奏者マリリン・マズールが最高です。
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