2025年7月31日木曜日

海がきこえる

真夏日。アップリンク吉祥寺望月智充監督作品『海がきこえる』を観ました。

「僕が里伽子と出会ったのは2年前、高校2年の夏。こんな日だった」。JR中央線吉祥寺駅のホームから物語は始まる。大学1年生の杜崎拓(飛田展男)は電車で羽田空港へ向かい、旅客機で故郷の高知に帰る。

中高一貫の進学校の高校2年生の杜崎は夏休みにアルバイト中の居酒屋で松野豊(関俊彦)から電話を受け、早退して夏休み中の教室で待つ松野に会う。東京から来た転校生の武藤里伽子(坂本洋子)が1階の職員室で説明を受けているところを教室の窓から見下ろす。

杜崎と松野の出会いは更に2年遡る中学3年のとき。校内放送で突然告げられた京都への修学旅行の中止。松野の抗議文を読んだ杜崎はその大人びた考えに尊敬の念を抱いた。

高二の二学期に転校してきた里伽子は体育も勉強もできて目立つ存在だが、クラスに馴染めずにいた。地味でおとなしい小浜裕実(荒木香恵)とクラス委員の松野だけが里伽子を気にかけていた。やがて季節は冬。中高で一本化された修学旅行の行先はハワイ。ホテルのロビーで杜崎は里伽子に「お金貸してくれない?」と突然言われ、アルバイトで稼いだうちから6万円を貸す。

氷室冴子氏が『月刊アニメージュ』に1990~1992年に連載した原作小説スタジオジブリが日本テレビ40周年記念作品としてアニメ化し1993年に地上波放送された本作を劇場リバイバル上映で観ました。台詞は八割方土佐弁です。

ヒロイン里伽子が主人公杜埼とその親友松野を心情的にも物理的にも振り回す。里伽子の不安定さは思春期そのものでもあるが、現在だとメンヘラもしくはサイコパス寄りにカテゴライズされそうで、共感できないのがいい。そもそも物語に「共感」を求めすぎる風潮を僕は疑問視しています。自分が経験できない別の人生を想像力を駆使して体験できるのが物語であって、理解できない、共感できない人物と出会えることも物語の醍醐味だと思っています。

宮崎駿が初めて関わらなかったジブリ作品である本作で描かれる思春期の揺れは『耳をすませば』や『猫の恩返し』の源流となり、笑わないヒロイン像はのちに『コクリコ坂から』で結実する。

作画は流石のジブリクオリティ。緻密で美しく古さをまったく感じさせない一方で、永田茂が手掛けたサウンドトラックのYAMAHA DX-7Fairlight CMI系統のデジタル音による生楽器の模倣の平板さは逆に、『もののけ姫』(1997)以降のジブリ作品の音響の奥行と陰影の深さを再認識させます。

羽田空港からモノレールに乗り浜松町駅でJR山手線に乗り換え新宿駅の小田急線の改札へ。成城学園前駅は線路がまだ地上を走っており、都庁は建ったばかり。吉祥寺駅のホームからTAKA-Qや横書きのオデオン座の看板が見える。往年の吉祥寺を描いた作品を吉祥寺の映画館で鑑賞できて楽しかったです。

 

2025年7月21日月曜日

詩を興ずる者あれば詩に傾倒する者もあるvol.1


ご来場いただいた皆様、オープンマイクに参加してくれたみんな、ゲスト出演者の小夜さん、藤谷治さん、ラズベリー、企画段階からサポートしてくださったURAOCBさん、主催者さいとういんこさん、LIVE BAR BIG MOUTHオーナー田井さん、ありがとうございました。

JR線でモバイルバッテリーの発火事故があり、新宿駅を通る電車が運転休止というアクシデントにより、開演時間を若干遅らせましたが、8名がエントリーしたオープンマイクの1時間弱から幸せな気持ちになりました。一番手のジュテーム北村氏が僕の「」をカバーし、自作に「彼は還暦、俺は古希」というフレーズを織り込んだのを呼び水に、身に余るほどのトリビュート、オマージュ、コメントで祝ってもらいました。

ゲストの3組も素晴らしかった。祖師ヶ谷大蔵の商店街の夏祭りの合間を縫って駆けつけ、変わらぬポジティブなバイブスで盛り上げてくれた幼馴染のラズベリー。20年ぶりに会えてうれしかったよ。小夜さんは僕の詩をサンプリングした新作と『四通の手紙』からの抜粋、最後は「夜の庭」の連詩を二人で朗読しました。僕にとって下北沢といえば2000年から14年間にわたり詩の教室の講師をやらせてもらった書店フィクショネス店主の藤谷さんです。その後店を閉じて専業小説家となり、今年出版した『エリック・サティの小劇場』から「第十章ジムノペディ」を朗読してくださいました。

いんこさんと去年の誕生日に巻いた「SPOKEN WORDS SICK 5」と2023年の「クリスマスイブの前の日に」、URAOCBさんが加わり三人で「NAKED SONGS vol.14」、計3篇の連詩を披露しました。

ソロパートの朗読作品は以下10篇です。

6. コインランドリー
7. 糸杉と星の見える道    Billie Holiday
8. 眠るジプシー女 Linda Ronstadt
9. 星月夜    Syndi Lauper
10. 夜警 Billie Eilish

終演後にはたくさんのプレゼントをもらい、URAさんが用意してくれたハート型のラズベリームースのケーキのろうそくを吹き消し、ラブリーなガールズ&ボーイズと写真を撮り、詩集にサインを求められ、こんなにちやほやされることは生涯ないだろうなってぐらいちやほやしてもらいました。みなさん本当にありがとうございました。

 

2025年7月8日火曜日

この夏の星を見る

七夕。ユナイテッドシネマ豊洲山元環監督作品『この夏の星を見る』を観ました。

2014年、小学5年生の亜紗(松井彩葉)がFM土浦の科学番組に送った質問が取り上げられ、スタジオから電話がかかってきた。質問に答えた茨城県立砂浦第三高校天文部顧問の綿引(岡部たかし)は、月までの距離は38万km、紙を42回折ると月に届くと教えてくれた。

2019年春、砂浦三高に入学した亜紗(桜田ひより)は迷わず天文部の扉を叩く。同時に入部した1年生の凛久(水沢林太郎)は、ナスミス型望遠鏡を自作したいと言い、ふたりはペアを組んで上級生たちとスターキャッチコンテストに挑む。

2020年が明け、世界中に猛威を奮った新型ウィルスはCOVID-19と名付けられ、砂浦三高は臨時休校になった。長崎県五島の県立泉水高校3年の円華(中野有紗)の自宅は旅館、東京からの観光客を受け入れていたことで近隣住民から誹謗中傷を受け、祖父母と同居する親友の小春(早瀬憩)からも距離を置かれていた。五島へ離島留学していた興(萩原護)は東京の自宅に戻っている。渋谷区立ひばり森中学に進学した安藤(黒川想也)は学年唯一の男子生徒。サッカー部が廃部になり、同級生の天音(星乃あんな)の執拗な誘いで科学部に入部する。

コロナ禍の2021年に新聞連載された辻村深月原作小説の実写化は『ケの日のケケケ』『VRおじさんの初恋』の森野マッシュが脚本を手掛けていると聞いて観に行きました。たかだか4~5年前なのにもう忘れかけていた、色々な形態のマスクや濃厚接触者、ソーシャルディスタンスというワードを見聞きして喉元過ぎればを感じました。

指定された企画の望遠鏡を自作して、出題者がコールする星を見つけるスターキャッチコンテストを、茨城と長崎と東京をオンラインで結んで開催する。ひと夏の青春の物語はひと夏で終わらずに冬まで続きます。続く、というのは良いことだという概念は先の見えないパンデミックの渦中で悪い意味で価値転換してしまいました。この映画を観ている青春をとうに過ぎた僕は青春の有限性に輝きを見出したくて、二度と来ない夏をコロナで台無しにされた彼らを憐れんでしまいそうになるのですが、知恵を絞って工夫して、結果的に忘れられない夏に昇華してしまったことを称えるべきだと思います。

中野有紗は『PERFECT DAYS』、早瀬憩は『違国日記』、それぞれ主人公の姪を演じた五島の二人の実力は本物。マスク着用1の目だけの芝居で、小春(早瀬憩)にいたってはオンラインミーティングのカメラがオフなのに、友愛も鬱屈も疎外感も余すことなく表現している。そのふたりがすれ違いの果てに堤防の上でマスクを外して抱き合い和解するシーンには暴力的なまでに心を掴まれる。実写とCGを重ねた星空も綺麗で七夕に観るにはうってつけの映画でした。

劇中に流れるニュース映像の小池百合子都知事の声に違和感を持ちましたが、エンドロールに清水ミチコの名前を見つけて腑に落ちました。安倍晋三首相の声は誰が演じているのでしょうか。

東日本大震災のすこし後、僕もJAXAのウェブサイトでISS(国際宇宙ステーション)を調べて、何度も肉眼で光跡を追いかけました。約90分で地球を1周するISSは流れ星よりは相当遅いですが、旅客機よりはかなり早いので、手製の望遠鏡で捉えるのは高難易度だと思います。
 
 

2025年7月6日日曜日

ルノワール

曇りのち晴れ。TOHOシネマズ シャンテにて早川千絵監督作品『ルノワール』を鑑賞しました。

色々な国や民族の子どもたちの泣き顔が次々に映し出されるVHSテープを暗い部屋のテレビ画面で観ている沖田フキ(鈴木唯)は小学5年生。停止ボタンを押し、取り出したテープを紙袋に入れて、マンション1階のゴミ捨て場に持っていくと、フォーカスやフライデーが捨ててある。知らない男に話しかけられるが無視して部屋に戻る。

父親(リリー・フランキー)は末期がん、浴室で吐血して救急搬送される。母親(石田ひかり)は企業の管理職、行き過ぎた指導を部下が人事に訴えメンタルトレーニングの外部研修を受講させられる。

1987年の夏、11歳の少女フキが、それぞれ問題を抱える複数の大人たちと関わって成長する物語、ということになるのですが、具体的な成長ポイントが明示されないのがいいと思いました。それでも我々観客はフキの大人に対する接し方や観察するまなざしや感情を向けられたときの表情の変化に成長を感じることができます。

映画の時代設定を象徴するツールとして、テレビの超能力特番とそれに影響を受けたフキたちのテレパシーの実験、SONYのウォークマン、キャンプファイアでYMORYDEENを踊るシーンなどが採用されたと思うのですが、1987年というよりもなぜか1979年を強く感じました。

英会話教室で出会った同世代の裕福な美少女チヒロ(高梨琴乃)と、森のくまさんの輪唱で関係性を深めるのは、早川監督の実体験なのか、とてもいいアイデアであり、最も心温まるシーンになっています。一方、不穏さを補完するためか、室内の足音の音響が強調されているように感じて、集合住宅歴40年の身にはすこし心配になりました。

主人公の事務所の先輩で同じマンションの上階に暮らす若い未亡人を演じた河合優実の芝居がたったワンシーンなのに深く印象に刻まれます。夫を亡くした自責と空虚さを視線と声のトーンで演じ切る技術に痺れました。中島歩は今作でも怪しいです。

 

2025年7月2日水曜日

Chimin TRIO

熱帯夜。吉祥寺Stringで開催されたChiminさんのライブに伺いました。

加藤エレナさんのピアノと井上 "JUJU" ヒロシさんのテナーサックスによるインスト曲 Carla Bleyの "Lawns" で始まったライブ。テナーとピアノの右手のユニゾンがしっとりと夜露を含んだ柔らかな芝生を描写する。5月に高円寺Yummyでも聴いた佳曲です。

グレーのシアサッカー地のジャンプスーツ姿のChiminさんが加わり、ロマンティックなピアノのイントロに導かれミドルテンポのサンバ「残る人」、JUJUさんがストリング・ビーズと小ぶりなマラカスでリズムを刻む。

「夏の日に作った曲を歌います」というMCからの「シンキロウ」は、ちょうど今咲いているノウゼンカズラの色彩が鮮やか。「死んだ男の残したものは」のカバーで前半は終わりました。

後半もピアノとテナーサックスのインストセッションから、夏曲「チョコレート」へ。同じくEP盤『流れる』収録の「sakanagumo」へ。初期の3枚と名盤『住処』の間に位置するターニングポイントとなった小品は、このあとレトリカルに抽象性を高めていく歌詞とソウルフルで多彩な歌唱が拮抗する手前で、海底の真珠のように控えめに輝いている。

そしてこのメンバーでは初めて演奏するという「たどりつこう」は2004年の1stアルバム『ゆるゆるり』から。「不安だとかぬけだせない夜だとか/まざりながらまた朝は来るから」という19歳で書いた歌詞が6年後に「sakanagumo」で「悲しい涙があふれる/夜があっても無くても」と変奏されるとき、その「無くても」という文節の存在にソングライターとしてのジャンプアップを感じるのです。

先週の『うたものがたり』に続いてChiminさんのコンディションがとても良く、且つ、セットリストの重複がないリピーターにはうれしい構成で、『うたものがたり』の7曲と今回の12曲とアンコール「呼吸する森」まで、全20曲のステージとして心から堪能できました。

「音楽に救われた」とはよく聞く言説ですが、そもそも救いを求めるような窮地を経験していないので、実感として僕はよくわかりません。それでもChiminさんの音楽を聴くといつも感じる美しさや心地良さは、仮に僕が窮地に立っていたのなら「救い」と思うものかもしれないです。