2018年8月17日金曜日

追想

8月とは思えない湿度の低さ。TOHOシネマズシャンテドミニク・クック監督作品『追想』を鑑賞しました。

イアン・マキューアンが2007年に発表した小説『初夜』(原題: On Chesil Beach)を原作者自身が脚色し、シアーシャ・ローナン主演でBBCが映画化した作品です。

チェジル・ビーチは英国南部のリゾート地。1962年初夏、エドワード(ビリー・ハウル)とフローレンス(シアーシャ・ローナン)はEメジャーのブルース進行について語り合いながら足元の不安定な玉砂利を踏んで長い海岸線を歩いて行く。ふたりは海の見えるホテルで新婚初夜を迎えようとしている。

歴史学者を目指すエドワードは労働者階級。母親(アンヌ=マリー・ダフ)は事故で脳に損傷を負い奇行を繰り返す。妹は双子。弦楽四重奏団の第一ヴァイオリン奏者フローレンスは経営者の長女。ボーダーのワンピースにピースマークの缶バッジをつけている。大学の反核兵器集会で出会ってお互いに一目惚れ。初恋同士だった。

出会った日にタンポポの花を摘んでフローレンスに贈るエドワード、河畔のピクニック、夏休みのエドワードのバイト先のクリケット場に最寄駅から11キロ歩いて会いに来るフローレンス、随所に挿入される恋愛時代のエピソードがどれも甘美で輝かしく、新婚初夜のぎこちない二人の緊張感を際立たせる。

小さな失敗を許し合うことができず結局6時間しか続かなかった結婚。お互いのコンプレックスを気づかうことができないばかりか、自分自身のこともよく理解していない若さ、幼さ故のすれ違い。そこはさっさと謝っちゃえよ! と何度画面に向かって思ったことか。でもそれは歳月を経て得たもので同じ年頃の自分を想うと痛い記憶は多々あります。

水平線を目一杯活かすロングショットを多用したイギリス映画らしい静謐な画面構成。モーツァルト弦楽五重奏曲第五番ニ長調K. 593を基調としながら、チャック・ベリーからT.REXまでロックンロールナンバーを散りばめたサウンドトラックが不変の愛と時代の移ろいを象徴している。そしてシアーシャ・ローナンは明るいブルーのセットアップが似合って大変美しいです。

 

2018年8月16日木曜日

カメラを止めるな!

時折吹く風に夏が後半に入ったのを感じます。TOHOシネマズ日比谷上田慎一郎監督作品『カメラを止めるな!』を観ました。

元浄水場の廃墟でインディーズのゾンビ映画を撮影中。「君に死が迫ってる。本物の恐怖があったか? 出すんじゃなくて、出るんだ!」。一所懸命な主演女優(秋山ゆずき)の芝居に切れる監督(濱津隆之)。仲裁に入るメイクさん(しゅはまはるみ)。主演俳優(長屋和彰)と女優は恋人同士。そこに本物のゾンビが現われパニックに。

昨年11月の公開時の上映館は新宿K's cinemaと池袋シネマロサという渋めのミニシアター2館のみ。現在は全国180館以上に拡大し、僕が観た回も1000席以上の大箱が満席でした。この夏最大のヒット作と言ってもいいでしょう。

こういうコアな拡がりを見せる作品って、近年はタイムラインだけでお腹一杯で、怒りのデスロードズートピアバーフバリも観ていない残念な僕ですが、この映画を観ようと思ったのは、たまたまTOKYO MX情報バラエティ番組に監督が出演しているのを観て、そのあまりに楽しげな様子に心打たれたからです。

そして実際作品も楽しかったし、登場人物たちのポンコツさに大爆笑して、家族の物語にちょっとだけホロっとして、前半の「え、ここは笑うところ?」みたい微妙なシーンも後半見事に伏線回収され、最後はすっきりしました。

ヒロインは白のタンクトップとか、ホラー映画の定型もしっかり押さえられていて、いやむしろテンプレがあるがこその自由度というか、予算も含め、映画制作に関わるすべての制約を裏返しにする情熱とスピード感がある。撮影は8日間で終えたそうです。

卒業制作の低予算映画で世界的ヒットになったといえば、ジム・ジャームッシュ監督の『パーマネント・バケーション』を思い出します。あるいは映画製作にまつわる悲喜劇を多数撮ったフェリーニウディ・アレン。上田監督もいずれそんな風になっていくのかな、と思います。

 

2018年8月5日日曜日

TRIOLA

台風が近づいているせいか、猛暑はすこしだけ落ち着いていますが、湿度を余計に感じます。日曜夜、下北沢leteで開催されたTRIOLAのワンマンライブに行きました。

1曲目は「TR11」。須原杏さんのヴァイオリンのソリッドな重音が刻む等拍のリフに軟体的に絡む波多野敦子さんの5弦ヴィオラ。TR10番台は硬質でクラウト的な曲想に始まり演奏の後半は脱構築に向かう。

そこからMCをほぼ挟まず立て続けに前半6曲。第一期triolaではリアルに鳴らしていた手廻しサイレンは弦楽器の不協和音のポルタメントに置き換わった。

2016年再起動後のTRIOLAは、増殖と消滅を繰り返すインテンポの細かなリフレインを主軸に置いていますが、前半最後に演奏された新曲 "waves horn"(ホワイトノイズ抜きver.)には、しばらく封印していた哀愁の旋律が帰ってきて、また後半のいくつかの楽曲は従来の演奏より意識的にテンポダウンされ、且ついままでにないダイナミックなアチェレランドが取り入れられています。

会場限定のCD-Rも前回行けなかった5月のワンマンで一旦区切りとのこと。波多野さんの作曲は緻密に記述された調性の崩壊。新しいCOLORSシリーズは五線譜を用いず、写真と色彩を主題にした即興演奏で、ある種のアクションペインティングのような聖性を獲得している。

第一期triolaも再起動後TRIOLAもふたりのプレーヤーのタイム感の微細なズレからグルーヴを生んでいたのが、じわじわと重なりが強くなり、うねりに変わってきたこともあわせ、再起動後のTRIOLAが第二章に入ったように感じました。僕の知る範囲では、いま最もライブで体験すべき音楽ではないか、と思います。

 


2018年7月22日日曜日

BOOKWORM 7/22 at TOKYO CANAL LINKS

連日の猛暑日。東京メトロ有楽町線と東京臨海高速鉄道りんかい線を乗り継いで。天王洲キャナルイーストTMMT(天王洲マルシェマーケット東京)にて開催されたBOOKWORMに出演しました。

20年続くこの言葉のイベントに原宿で隔月開催されていた初期の頃からずっと参加しています。「人は自分の好きなものについて語るとき、とても上手く語ることができる」というミヒャエル・エンデの言葉をコンセプトとし、朗読を聴かせることよりも、日々感じることやストリートワイズの提供、共有を重んじる空気があります。

今日はオープンマイク参加3人を含む、計18名がマイクの前に立ち、あるいは座り、各々の声と語り口で好きなこと、気になること、伝えたいことを会場に集まった人たち、通りすがりの人たちに手渡しました。

僕が一番印象に残ったのは泡之音fat freeミツハシコウイチさん。横須賀の街の歴史と今の眺望について、ユーモアを交えながら真摯に語って聴かせてくれました。まちの保育園の根岸拓哉さんが紹介した子供の作ったシュールなかるた(ダラス、君はなぜダラスetc.)も最高。ダンサー藤平真梨さんの即興ダンスアンサンブルもキュートで素敵でした。

顔馴染みのメンバーたち、遠藤コージさんのブルージィな夜のうた、坂井あおさんの形而上学的集合的無意識の自作詩「不自由」、板井龍くんレイモンド・カーヴァーぼくの船」、アライジュンくんの沢山の同じフレーズを二度反復する詩、主催・MC山﨑円城さん(画像)によるD.H.ロレンスのコラージュカバー。もうひとりのMCtotoさんが「思い出してごらん」というワンフレーズから紡ぎ出したフリースタイルは声もフローも描写される情景も意味も心地良い。

TOKYO CANAL LINKSは、運河によって東京の歴史や文化がつながり、"東京"が国際的な"TOKYO"へとつながる架け橋となることを目指すアートプロジェクト。それにちなんで僕は矢島翠著『ヴェネツィア暮らし』(平凡社ライブラリー)、タニア・クラスニアンスキ著『主治医だけが知る権力者』(原書房)の2冊の紹介と運河を描いた自作詩「Universal Boardwalk」を朗読しました。

聴いてくれたみなさん、会いにきてくれた友人たち、今回お声掛けくださった円城さん、ありがとうございました。また遊びに行きます。

 

2018年7月14日土曜日

フィクショネス詩の教室 @tag cafe 2018

猛暑日。若く行き先の見えない情熱に溢れた下北沢の路地も日が陰るとすこしだけ涼しくなります。今年もフィクショネス詩の教室 @tag cafe が開催されました。

2014年7月に閉店した下北沢の伝説的新刊書店フィクショネス。詩の教室が始まった2000年には普通に店主だった藤谷治氏はいまや文芸誌の表紙に名前を見ない月は無いほどの人気小説家です。

14年半続いた詩の教室の特に後半の数年熱心に通ってくれた杵渕里果さんが毎年7月にこの会を企画してくださいます。いつもありがとうございます。

究極Q太郎「朝の夢」「石神井池のほとり」
小1男子(堺市)「はっとり」
建畠哲中腰の女
蜂飼耳「沼」
藤本徹「無題(口の中で~)」
最果タヒ移住者
芦田みのり「扉」
清水あすか「夏を口に入れる。」
A.A.ミルン「頭のわるいクマのうたえる」(石井桃子訳)
    〃  「頭のわるい混乱(ぼく)のうたえる ―くるくるまわれる―」(内野里美訳)

以上11篇の詩作品を参加者のみなさんが紹介し、お互いに共有しました。知らなかった作者や作品との出会い、思いもよらない新鮮な解釈。おかげさまで刺激的で楽しい時間を過ごすことができました。詩作も読書も基本的な孤独な行為だと思います。でも詩の読み方に唯一の正解は無い。いくつもの正解があって、それぞれが異なる光を放っているのです。そんな楽しみ方があってもいいですよね。

しばらく関西で仕事をしていて10年ぶりに参加してくれた方がいたのもうれしかった。それでも一瞬で時間が巻き戻される。あの14年半は僕の年齢でいうと34~49歳。遅い青春だったのかもしれません。

 

2018年7月7日土曜日

女と男の観覧車

七夕。ユナイテッドシネマ豊洲で、ウディ・アレン監督作品『女と男の観覧車』を観ました。

予告編が終わると、レコード盤に針を落とす音。The Mills Brothers の "Coney Island Washboard" のノスタルジックなハーモニーに共に映画が始まります。 

米国ニューヨーク市ブルックリン区コニ―アイランドのペニーアーケード。物語の舞台である1950年代でも既に寂れかけている。日本に置き換えれば、ロケーションとしてはお台場、雰囲気は熱海といったところでしょうか。

主人公ジニー(ケイト・ウィンスレット)は遊園地内のレストランのウェイトレス。劇中で40歳の誕生日を迎える偏頭痛持ち。回転木馬担当の夫ハンプティ(ジム・ベルーシ)と放火癖のある小学生の連れ子リッチー(ジャック・ゴア)と見世物小屋をリフォームした園内施設で暮らす。ギャングスタと駈け落ちしたハンプティの実娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が元夫の仲間の刺客に追われ5年ぶりに帰宅した。

狂言回し役のミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)がカメラ目線で客席に語りかけるのはウディ・アレン映画では常套手段だがやはり笑ってしまう。グリニッジ・ヴィレッジに下宿する劇作家志望の大学生。「生まれながらの詩人(poet by nature)」で「ロマンチック過ぎることが欠点(I fall in love too easily)」と自称する。他人事とは思えません。ナンパの小道具がアーネスト・ジョーンズの『ハムレットとオイディプス』、誕生日プレゼントが『ユージン・オニール戯曲集』とか。

ミッキーが狂言回しでありながら問題の中心にいることが映画に歪みを与えてしまっています。また、かなり舞台演劇寄りの脚本演出のため、感情表現や発声にやや過剰なところがありますが、俳優たちの熱演と懐古的な画面色調で愛すべき作品に仕上げたアレン監督の剛腕は流石。

原題は "Wonder Wheel" コニ―アイランドのDeno's Parkにいまも実在するちょっと変わった観覧車。変則的なゴンドラの動きが登場人物たちの人生を象徴しています。

  

2018年7月1日日曜日

柳沢ノラバー1周年

梅雨明けして最初の日曜日。西武柳沢まで。ノラバーの1周年をお祝いしに行ってきました。

リスペクトする同学年のミュージシャン、ノラオンナさんが長年暮した阿佐ヶ谷から生活拠点ごと西東京市保谷(最寄駅は西武柳沢)に移し、ご自身のお店をオープンしたのが昨年7月。銀座阿佐ヶ谷から続く「日曜生うたコンサート」に木曜のライブとトークショー『わたしの好きをおはなしします』が加わって、午後の喫茶営業(不定期)や平日モーニングも始まりました。

この1年で出演2回、観客として3回、サブメッコ展で喫茶ノラバーにもお邪魔しているので、箱単位で行ったら一番お世話になっているかもしれません。

普段のライブは11名限定ですが、この日はお祝いということで無制限。ノラさんの美味しい手料理もビュッフェ形式の食べ放題。もちろんハイボールも飲み放題。細長いお店のカウンターの内も外も20人以上のお客様がぎゅう詰めです。

ライブは港ハイライトノラオンナさん(作詞作曲/ Vo/Ukulele)、柿澤龍介さん(Dr/Per)、藤原マヒトさん(Ba/Key)の3人組音楽ユニット。元々男女デュオの5人編成でスタートしているのと、過去に観たライブではゲストミュージシャンが入ることがほとんどだったので、オリジナルメンバー3人だけの演奏を聴くのは実は初めてでした。

オープニングは "Tristeza"。4月のノラオンナ52ミーティングのアンコール曲で、ノラさんの音楽的キャリアの流れを大きくつなぎ、『なんとかロマンチック』『抱かれたい女』2枚のアルバム収録曲を中心にラストの「こくはく」「流れ星」のメドレーまで全14曲をたっぷり聴かせます。

スターパインズカフェではシアトリカルでゴージャスなショータイムを、MANDA-LA2だとハードエッジなロックンロール、ムリウイはフォーマルなパーティバンド。確固とした音楽の軸を持っていながら、否持っているからこそ、港ハイライトのライブの印象は会場によって大きく異なります。ノラバーの港ハイライトはチャーミングな大人の遊び心を感じました。

演奏家もお客様もこれから出演する何人かのミュージシャンも、集まったみんながこの夜とノラバーに感謝と祝福をしています。自らの音楽活動と並行してお店を続けることに苦労や葛藤もあると思いますが、是非末永く、と願います。