2025年8月4日月曜日

水の中で深呼吸

猛暑日。新宿シネマカリテにて安井祥二監督作品『水の中で深呼吸』を観ました。

コースロープがまだ張られていない競泳用プールに仰向けに浮かび、波紋を作りながらゆっくり横切っていくショートカットの葵(石川瑠華)は高校1年の水泳部員。「上がるよ」と同級生の日菜(中島瑠菜)に手を引かれたときに感じたときめきに戸惑う。

昌樹(八条院蔵人)は葵の幼馴染で部活の1年先輩。放課後に葵の部屋をしばしば無造作に訪れる。葵に恋心を抱いているが、自分が恋愛対象として見られていないことを知っている。

1年生だけが部活後のプールサイドにデッキブラシをかけていたところにわざわざペットボトルを捨てたことを注意した日菜に暴言を吐いた理奈子先輩(伊藤亜里子)に葵がキレて、2週間後に1年生と2年生が400mリレーで競って、1年が勝ったら2年生も掃除をする、2年が勝ったら今まで通り1年は2年の言いなりになる、という勝負を賭ける。

「水の中は苦しい。けど水の外も苦しい。でも飛び込まなくちゃ。自分の足で」。キャプテンの玲菜先輩(松宮倫)は水泳の実力も部内一だが人知れず地道なトレーニングをしている。コースロープが張られ、葵は同級生の胡桃(倉田萌衣)と梨花(佐々木悠華)の協力を得るが、もう一人のリレーメンバーが決まらない。

山岳を背景にした田園地帯の公立共学校の水泳部のひと夏の物語。自身のジェンダーアイデンティティに揺れる主人公とチームのゆるい絆と小コミュニティ内の息苦しい恋愛模様。74分というコンパクトなサイズの中に、十代の感情の振れ幅がよく描かれており、青さも酸っぱさも身に覚えがあります。昔ながらの個人経営のパン屋の店先に置かれたベンチで部活後の時間を過ごすのは僕にも懐かしさのある夏の風景でした。

腹筋バキバキでひとりだけ身体の仕上がった昌樹は水泳部内で女子をとっかえひっかえするクズですが、その底にある満たされない焦燥は、多寡やアウトプットの違いこそあれ、多くの十代が通過するところです。

泳ぐ選手たちの体幹がしっかり通っていて、水上と水中のカメラワークも目に心地良いのですが、劇伴が映像を弛緩させてしまっているような気がしました。特にレースシーンでは、水音や泳ぎ終えたあとの荒い息遣いや心拍音だけを聴かせるほうが緊張感が出せたと思います。エンドロールのビートレスなアンビエントミュージックはとても素敵でした。

 

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