2026年1月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

鏡開きの夜。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ新春の朗読に出演しました。

去年最も回数多く出演させていただいたお店の新年最初のライブを、4年連続で務めさせていただき大変光栄です。ご来場のお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくださいました全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、新人バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号、あらためましてありがとうございました。

松の内を過ぎれば世間の正月気分もだいぶ薄まりますが、何かはじまりを予感させるような空気を受け取ってもらえたら幸いでございます。本編は下記17篇を朗読しました。

8.
15. 白木蓮
 
敬愛する詩人・作詞家の故岸田衿子さんの「十二か月の窓」から一月の詩で始まり、前日1月10日が10回目の命日だった故デヴィッド・ボウイの歌詞のカワグチタケシ訳で終わるセットリストで、ソネット「声」6篇を連続して読むという以前からやりたかったことを実現しました。同じタイトルで別の詩を書くのは、北村太郎の「センチメンタル・ジャーニー」や吉本隆明の「恋唄」など戦後詩世代に倣ったものでもあり、詩作品のタイトルを識別の役割から解放する試みでもあり。「朝」「月の子供」「観覧車」「白木蓮」も合わせて10篇のソネットを聴いていただきました。

このところ出演者としても観客としても昼間のノラバーが続いたので、ひさしぶりのノラバー御膳は落ち着くおいしさでした。定番のポテトサラダ、大根油あげ巻、たまごやき甘いの。メインは煮込みハンバーグ。小松菜のごまあえ、やきなす、さつまいもごはん、とうふのみそ汁。新メニューの切干しキムチはありそうでなかった新食感です。そしてノラバープリンとバニラアイスノラブレンドコーヒーをいただき、30分のインスタライブ配信、デザートミュージックへ。

4. 日々(新作)

本編以上に、梨ちゃん3号と対話できたように感じます。ノラバーの真赤なカウンターに並んだお客様は、気持ちの良い方ばかりで、終演後も夜更けまで、楽しいおしゃべりが尽きませんでした。

昨年は10年ぶりの新詩集『過去の歌姫たちの亡霊』を出版しましたが、今年もう1冊新詩集を出したいと考えており、初披露した「日々」はその最後のピースになる作品と考えています。ともあれ還暦を過ぎて健康で、ライブ出演のオファーをいただけることが当たり前ではなく、感謝の気持ちを持って過ごしていきたい所存です。皆様にとっても良い一年となりますよう祈念しております。

 

2026年1月3日土曜日

世界一不運なお針子の人生最悪な1日

お正月に映画館に行くという日本古来の風習にのっとり、ヒューマントラストシネマ有楽町フレディ・マクドナルド監督作品『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』を観ました。

枯れ葉に赤い糸巻きと縫い針。地面を舐めるカメラに若い女性の死体が映る。次のカットは室内、そして火事現場。3つの死体は同じ女性のように見える。

主人公バーバラ(イブ・コノリー)は自室で目を覚まし、天井に張り巡らされた刺繡糸から垂れ下がった一本を引く。その糸は亡くなった母親の制作したトーキングポートレート(肖像刺繍)につながり、布の裏面に仕込んだ記憶媒体から幼いバーバラを起こす母の声が聞こえる。

スイス連邦チューリヒ近郊の山村で母が営んでいた刺繍店を継いだが、開店休業状態。母の顧客グレース(キャロライン・グッドオール)の3度目の結婚式の当日朝、ウエディングドレスのボタンを手を滑らせて床に落とし「汚れたボタンを使うつもり?」と責められたバーバラは、予備のボタンを取りに戻る途中、山道でバイク2台の事故現場に遭遇する。傍らには、血を流して倒れている2人の男、破れた袋から白い粉、手錠に繋がれたアタシェケースが散乱している。「完全犯罪」「通報」「直進」3つの選択肢がバーバラの頭をよぎる。

宣伝文句は「クライムサスペンス」ですが、ブラックコメディだと思います。主人公バーバラの3つの選択によってそれぞれ異なる物語が順番に展開し、そのいずれにおいても主人公は刺繍糸と縫い針と糸巻きを使い、瞬時の判断でピタゴラ装置のような滑車の仕掛けを作って窮地を脱するのですが、結局3回とも命を落とします。強欲は不幸を招く。そして4つめの選択は。いろいろと辻褄の合わないところも含め、グリム童話の現代版と思えば、とても楽しめる映画です。

最小限の登場人物、最小限の台詞、ナレーションは4回の場面展開時の主人公のモノローグのみ。亡母の回想シーンもなければ、主人公が刺繍をするシーンもなく、プロットに一切の無駄がない。乾いたタッチの暴力描写。無口な主人公がランチタイムのレストランで突然躍り狂うのは最高。役者が真剣に芝居するほど笑いを誘います。脇役では警察官兼判事兼公証人エンゲル(K・カラン)と運び屋ジョシュ(カルム・ワーシー)の父親(ジョン・リンチ)のヤバさが際立つ。バーバラのFIATでかかる古いラブソングもよかったです。

2000年生まれ弱冠25歳のマクドナルド監督の商業長編映画第一作。若さに似合わず、引き算が徹底しており素晴らしい。次回作が楽しみです。

 

2025年12月30日火曜日

ジョージ・マイケル 栄光の輝きと心の闇

冬晴れ。ヒューマントラストシネマ有楽町サイモン・ネイピア=ベル監督作品『ジョージ・マイケル 栄光の輝きと心の闇』を観ました。

ゲルギオス・キリアコス・パナイオトゥは1963年、キプロス系ギリシア人の父とユダケ系イギリス人の母のもと、ロンドン郊外の労働者階級の家で生まれた。子どものころからスターになってみんなに愛されたかったが、鏡に映る眼鏡をかけた少年には無理に思えた。夢を叶える理想の別人格を内面化し、ジョージ・マイケルと名付けた。

ハイスクールの同級生アンドリュー・リッジリーを誘ってWham!を結成した際にステージネームをジョージ・マイケルとし、18歳でInnervison Recordsと契約するまで失業保険を受給していた。

1981年に"Wham Rap! (Enjoy What You Do)"でデビューすると、またたくまに全英女子のハートを掴み、イギリスのポップグループとして初の中国公演を敢行する。FILAをスポンサーにつけて真冬の北欧公演にも短パンのテニスウェアで臨んだ。

1986年、ウェンブリーアリーナで解散コンサートを開催後、ソロ歌手としてアメリカでも成功して世界的スターとなり、2016年に53歳で亡くなったジョージ・マイケルのドキュメンタリーフィルムです。

1998年にLAの公衆便所で男性(実はおとり捜査の警官)に対する猥褻行為未遂で逮捕された際に同性愛者であることをカミングアウトし、その後は性的少数者やHIV感染者を支援するアクティヴィストの側面が強くなる。薬物依存によりロンドン市警に数回検挙拘束される一方で、匿名で高額の寄付を繰り返した。

僕の思春期にリアルタイムで売れていたワム!は、いかにもアイドル然とした佇まいで、それは彼らのメディア戦略でもあったと思うのですが、現在の耳目で捉え直すと、素晴らしい歌声を持ち、シンプルで美しい楽曲を書く音楽家であったことがわかります。恋人アンセルモ・フェレッパがエイズで死の床に就いていたとき、フレディ・マーキュリー追悼コンサートのスタジアムの大観衆の前で熱唱したクイーンの「愛にすべてを」は本家フレディに優るとも劣らない美声です。

映画の作りとしては、ジャーナリストや研究者、レーベル関係者などのインタビューが中心で、字幕を追い切れないほど情報量が多い。ワム!時代はさらっと流して後半生にウエイトを置いているため、自身のセクシャリティに対する葛藤と克服、社会活動が中心ですが、音楽や歌詞も絡めています。僕自身、ソロ2作目の "Listen Without Prejudice: Vol.1" 以降あまり作品を追うことがなくなってしまい、ゴシップが聞こえてくるばかりでしたが、その後のグルーヴィなクラブサウンドもメローなバラードも佳曲揃いでした。

ミュージシャンでは、テレンス・トレント・ダービー(現サナンダ・マイトレイヤ)の姿を久々に見たほか、スティーヴィ・ワンダートム・ロビンソンのインタビューも。同じくゲイでありジョージ・マイケルに "Going to a Town" を楽曲提供しているルーファス・ウェンライトの声が聴けたもうれしかったな。

そして僕にとってのWham!は、「ヤング・ガンズ」でも「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」でも「フリーダム」でも「ラスト・クリスマス」でもなくて「クラブ・トロピカーナ」なんだよな、と思ったのでした。

 

2025年12月27日土曜日

クリスマスの2日後に

クリスマスの2日後はこの冬一番の寒さ。下高井戸のぎゃるりでんぐりさんで開催の Poetry Reading Live "On The 2nd Day After Christmas"クリスマスの2日後に』に出演しました。

毎年12月末に同じ会場で、さいとういんこさんと共催している朗読会二人会は今年で6回目。ご来場のお客様、ぎゃるりでんぐりオーナー詩子さんいんこさん、ありがとうございました。

10名様限定という小さな会ではありますが、年末のこの日を楽しみにしてくださっているリピーターの方も、初めてご参加いただく方も毎年いて、大変ありがたく感じています。

5. ココア(さいとういんこ

「ココア」は、いんこさんの2003年の第二詩集『Too much caffeine makes her a poet』に収録の詩作品。その可憐さは、いんこさんが今書いている詩にも隠れている。自ら声に出し、またいんこさんの声で現在の詩を聴くことで、変わらないコアの部分を強く感じました。

いんこさんは前作『ハンバーガー関係の詩数編と、その他の詩』から昨年夭折した京都の詩人choriくんへのレクイエム「ブランコ」とマクドナルド詩篇「しゅくだい」、今年出版した『#セカヘワ』から300行超の長編詩「永遠すぎて、ねむい」の3篇を朗読。「葉を摘まれるのは 痛くないの と聞くと/花は 大丈夫 その時に歌う歌があるからと言った/歌っていれば 痛くないから と」、何度か繰り返されるこのモチーフがいんこさんの言葉の強さを象徴していると思います。

参加者の朗読の時間も充実したものになりました。初めて人前で自作の詩を音読するという方がいて、立ち上がって隣席の初対面の男性の肩に手を置き、言い淀んだり、つかえたりしながらも、自身の言葉を声に出して共有しようという勇気に、忘れていた感情が呼び起こされました。

今回は初めての試みとして、三角形に切った色画用紙にひとつのワードから連想する言葉を全員が自由に書いて連ねるポエトリーツリーのワークショップを行いました。いんこさんが提示したテーマは "HOPE"。可愛らしいツリーができました。

最後に毎年恒例の連詩を披露しました。ひとつは初回2020年12月27日「クリスマスの翌々日に」、もうひとつは本日「クリスマスの2日後に」に向け、いんこさんとLINEの往復で作ったものです。2025年の新作は、過去一優しく、穏やかで、可愛らしい仕上がりです。

2025年の詩のお仕事はこれにて終了。今年も大変お世話になりました。正月11日(日)にはノラバーで新年最初のワンマンライブがございます。2026年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

2025年12月21日日曜日

アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦

雨上がり、竹橋へ。東京国立近代美術館の企画展『アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦』を鑑賞しました。

企画展の入り口に展示されている田部光子の半平面作品「繁殖する(1)」の質感にまず圧倒される。60号のキャンバスに短く切断された無数の細い竹炭が白い石膏で貼り付けられ、周囲にはアスファルトが塗られている。作品の前に立つと約130cm×97cmのテクスチュアが視界を埋め尽くす。

1950年代後半、特に1956年末から59年にかけて、日本人女性現代美術作家がフランス人美術評論家ミシェル・タピエ(1909-1987)が提唱した「アンフォルメル」の名のもとに注目され、わずか2年で美術史の埒外に追いやられた。美術史学者中嶋泉氏の2020年の著作『アンチ・アクション - 日本戦後絵画と女性画家』に基づくコレクション。

展示室の各所に置かれた14枚のリーフレットが、ムーヴメントのあらましを説明しています。その第12葉より。「そもそもアンフォルメルとは、未だかたちを持たないという意味である。美術史家グリゼルダ・ポロック(1949-)が語るように(中略)、抽象絵画は外界を再現する役割から解放され、素材と空間により見る人との間に出来事を起こす場となったのだ。したがって見る側は、作品に何が描かれているかでなく、作者が画面上で何をどう行ったかに、まずは目を向ける必要がある」。

人は意味の奴隷であるという仮説。何を見聞きしても意味を探し、意味がわからないと不安になる。現代美術の鑑賞者が持つ疑問「この作者は何を言わんとしているのか?」に対してひとつの回答になっていると思います。その結果生まれた作品をどこまで仔細に観るかは、鑑賞者に委ねられる。

芥川紗織(1924-1966)や毛利眞美(1926-2022)はキュビズムから抽象に移行した。赤穴桂子(1924-1998)や田部光子(1933-2024)に共通する「円」を用いたミニマルな表現。山崎つる子(1925-2019)の原色中心のヴィヴィッドな色彩も円のモチーフの変奏と言える。クローム塗装したアクリルやアルミ板の曲面に映る観客をも作品に取り込む多田美波(1924-2014)のクールネス。宮脇愛子(1929-2014)の真鍮作品の冷やかさとあたたかさの同居。草間彌生(1929-)は最初から草間彌生です。

近年亡くなった作家が多いのですが、いずれも60年以上を経てなお色褪せない魅力があります。男性中心の美術論壇によりなきものとされた「旋風」と、それでも個人の審美眼によって蒐集された作品群に、作品本体の価値のみでなく、多くの付加情報によって左右されるアートの在り方を問う側面も感じました。

「アンチ・アクション」という呼称は、アンフォルメルの次にムーヴメントとなった「アクション・ペインティング」の対称として後の時代に付けられたものですが、過去に起った、未来に対するカウンターと捉えると予言を孕み、二重三重に時空が歪む感覚がして面白いです。

 

2025年12月14日日曜日

3人のKによる詩の朗読会 3K18

氷雨。ロネッツのクリスマスソングが流れる商店街を抜けて。江古田の名店 Cafe FLYING TEAPOTで開催された 3人のKによる詩の朗読会 3K18 An afternoon of poetry reading with 3K に出演しました。

究極Q太郎の『ラブ、アイリス、そしてライフ』という詩集がヤバい、と小森岳史と意気投合したのは、2000年のある日。小森さんと僕も知り合ったばかりで、当時西荻窪にあった古書店 Heartlandの店主斉木氏とフリーペーパー『POETRY CALENDAR TOKYO』の準備をしていた頃でした。

小森さんからQさんに声掛けしてもらい、2000年6月にHeartlandで最初の3K朗読会が開催され、2006年までに11回、そして12年のブランクを経て2018年に3K12で再開し、25年目の今回が3K18。Qさんの詩集『散歩依存症』、僕の『過去の歌姫たちの亡霊』が出版されてから初めての3Kは2022年10月の3K14と同じ Cafe FLYING TEAPOT。小森さんも新作翻訳詩集『変化のときが訪れた』を作り、トリプルレコ発となりました。

僕のセットリストは以下の通りです。

5. 着陸時誘導灯(小森岳史
6. 浮くこと(究極Q太郎
7.

Qさんは『散歩依存症』収録作品以外にも、福島在住の仲間たちと作っているZINE『甦rebirth福島文芸復興』に掲載され、3K Podcastでもいくつか紹介していた英語詩の原文と究極Q太郎訳の朗読や宮沢賢治の『春と修羅』を朗誦し、小森さんも新作翻訳詩集『変化のときが訪れた』からサム・クックオーティス・レディングルー・リードの歌詞、アレン・ギンズバーグの小森岳史訳を中心に朗読しました。また小森さんは僕の「夜警 Billie Eilishに」を、Qさんは「糸杉と星の見える道 Billie Holidayに」を読んでくれました。

昨年11月の3K17以来13ヶ月ぶりに生で聴くふたりの声に、初対面から変わらないコアと老境に踏み入りつつある成熟を感じ取ることができ感慨深かったです。3K19、3K20と続いていく我々の今後覚束なくなるであろう足取りをあたたかく見守っていただけますと幸いでございます。ご来場のお客様、 Cafe FLYING TEAPOTさん、コメントを寄せてくださったヤリタミサコさん小夜さん古書ほうろうさん、そしてQさん、小森さん、あらためましてありがとうございました。

 

2025年12月13日土曜日

くるみ割り人形 '25 クリスマス特別上映

晴れのち曇り。ローソンユナイテッドシネマアーバンドックららぽーと豊洲で『熊川哲也 K-BALLET TOKYO くるみ割り人形 '25クリスマス特別上映』を鑑賞しました。

舞台は19世紀初頭のドイツ。子どもも大人も浮足立つクリスマスの街並み。クララ・シュタールバウム(吉田このみ)はドロッセルマイヤー(宮尾俊太郎)からくるみ割り人形をプレゼントされ大いに気に入るが、兄フリッツ(関野海斗)が人形を壊してしまう。客人たちが帰った深夜、クララはクリスマスツリーの下に置かれたくるみ割り人形を見に行く。柱時計が鳴るとクララの身体は小さく縮み、真夜中の大広間で人形の王国とねずみの王国の抗争が勃発する。

チャイコフスキーの三大バレエのひとつ、くるみ割り人形は荒唐無稽な夢オチの物語。登場人物は全員無言で、急に踊り出したりジャンプしたり回転したりする。アジア人が演出するアジア人に最適化したバレエ(褒めています)は、まさしく虚構オブ虚構だが、アンリアルをふたつ掛け合わせるとリアルになる。雪の王国のシーンの紙吹雪の容赦ない降らせ方は、NHL紅白歌合戦における北島三郎の影響が明らか。雪の王(石橋奨也)の口にも入ります。

くるみ割り人形/王子(栗山廉)とクララの分身マリー姫/金平糖の精(小林美奈)のパ・ド・ドゥのシンクロ度が熊川哲也演出の真骨頂か。他のソリストでは、雪の女王を演じた毛利実沙子さんの重心の低い安定したターン、クリスマスらしい賑やかな長調曲群の中で数少ない短調のアラビア人形を踊った成田紗弥さんの華のあるしっとり感と煙を使った演出が素敵でした。

レコードで聴くのとは違いバレエの舞台では、ソロやデュオダンスの見せ場のあとに演奏を止めて拍手待ちをする。井田勝大指揮のシアターオーケストラトーキョーは、第一幕は拍手待ちが短く喰い気味に次曲に入る演奏でしたが、第二幕はたっぷり余韻を取ります。

本公演は2020年12月、コロナ禍の開催、オーケストラの弦楽器奏者はマスクを着用しています。その中でおそらくソーシャルディスタンスに基づき席の間隔を開けて観客を入れて公演を行った。演者側の覚悟と気概、観客の舞台に対する希求がいい方向に作用して、緊張感ある名演になりました。

くるみ割り人形は、松山バレエ団とレニングラード国立バレエ(現ミハイロフスキー劇場バレエ)の公演をホールで鑑賞したほか、マリインスキー劇場ほか、映像もいくつか観ています。映画館のスクリーンで観るのは初めてですが、ダンサーたちの表情がよく見えるのとマルチカメラでいろいろな客席からの角度が同時に楽しめる。軽々とジャンプしているように見えて、トウシューズが舞台に着地する足音が聞こえるのもリアルです。欲を言えば、群舞をドローンで真上から俯瞰するなど、映像作品ならではの表現があってもよかったかもしれません。