2013年11月21日木曜日

Poemusica Vol.23 "Muse Incarnation"

僕の暮らす埋立地の銀杏もすっかり金色になりました。ボジョレーヌーヴォー解禁の夜、下北沢Workshop Lounge SEED SHIPで、Poemusicaが開催されました。

Poemusicaにはサブタイトルがつくときがあります。SEED SHIPのオーナー土屋氏がつけるのですが、この日は"Muse Incarnation"。「ミューズの化身」とでも訳したらいいのでしょうか。先月のPoemusicaの終演後、土屋氏から「次回は3人のミューズに、それぞれの音楽に合う詩を添えてもらいたい」というオーダーをもらいました。

YuReeNaさんは二十歳。先月まで武井ゆりなという名前で活動していたので、こちらをご存じの方が多いかも。1曲目はゲストボーカルにYOUYOU.さんを迎えて "TODAY" からスタート。2曲目からはひとりで。Celtic Womanのカバー"You Raise Me Up"。新曲のクリスマスソングも含め自作曲もクオリティが高く、ピアノの左手は複雑なシンコペーションを正確に弾きこなす技術を持っています。肌が真っ白で憂いのある表情の和風美人ですが、天性の明るさとテンションの高さでみんなを笑顔にします。

ざっくりと編んだ生成りのセーターで登場したさとう麻衣さん。眼鏡美人。すこし低めのソウルフルな声が耳に残ります。躍動感のある楽曲とか、演奏とか、歌唱とか、ステージングとかって言いますが、麻衣さんの場合は「声」そのものに弾力性があって躍動している。これはもう天賦の才です。もちろん努力を怠らずにいるのだと思いますが。開演前に楽屋でカップラーメンを食べている彼女とカーテンのすきま越しに目が合ったときのいたずらっぽい表情がチャーミングできゅんとしました。

3人目は小林未郁さん(画像)。ミューズという呼び名がこれぐらいしっくりくる人もなかなかいないと思います。眉の高さでまっすぐ切り揃えられた黒髪のボブ。小柄で(公式プロフィールによると150cm)華奢なスタイルをヴェルヴェットのワンピースに包んで、お人形のような姿ですが、曲調も歌詞もゴシックの極み。イタリア、ポーランド・ツアーから帰国したばかりということですが、ヨーロッパで人気が出るのがよくわかわります。表現力があるってこういうことなんだな、って思いました。自分の声を完璧にコントロールしています。

僕が3人のミューズに捧げた詩。長野出身のYuReeNaさんには「初雪」と「」。山荘を出て東京に帰ってくる男と山荘に残してきた人の詩。さとう麻衣さんには「舗道」「夕陽」「答え」。1曲目の歌詞に出てくる心臓の鼓動につないで。そして小林未郁さんに「Doors close soon after the melody ends」。

2011年12月29日に始まり、2年間毎月続けてきたPoemusicaですが、今年12月はじめてお休みします(そのかわりにSEED SHIPには12/29の年末フェスに出演します)。次回は1月19日。はじめての日曜日のお昼開催です。昼間のSEED SHIPは床から天井まである大きなガラス窓から太陽がさんさんと降り注いでとても気持ちの良い空間です。鳥井さきこさんと京都からの中村佳穂さんの出演が決定。詳細決定しましたらまたあらためて告知しますね。ふだん平日はなかなか足を運びづらい方たちにも是非いらしていただきたいと思っています!




2013年11月9日土曜日

シダの群れ3 港の女歌手編

気づけば長い付き合いになっていました。東京アンダーグラウンドシーン最高のエンターテイナーとしてリスペクトするエミ・エレオノーラさんに誘われて、彼女が音楽を担当している岩松了脚本演出の舞台『シダの群れ3 港の女歌手編』を、渋谷東急Bunkamuraシアターコクーンで観賞しました。

訳あって組織に属さないヤクザ森本(阿部サダヲ)は密航に失敗し、港町のナイトクラブ「スワン」に流れ着く。そこには世界で勝負することを夢見る中年の歌手ジーナ(小泉今日子)がいた。スワンを仕切るのは暴力団都築組。その若頭結城(小林薫)に密輸の手伝いを依頼される森本。都築組の上位組織大庭組の幹部清水(豊原巧輔)。ジーナのマネージャー山室(吹越満)。この5人を軸に物語が進みます。

敵対する組織間の抗争、組内の上下関係と跡目争い、裏切り、スパイ、寝返り、銃撃戦。自ら好んで組織の論理に縛られているように見える男たちに対して、女たちはそれぞれ自分の足でしっかり立ち、踊り、歌う。男たちのなかで唯一組織にコミットしない森本は何処にも馴染むことができない。

ジーナ「最高でしたって何よ! 私のステージはいつでも最高。最低のときも最高なの。それは私が私だからよ!」

森本「走り出したときのまま走り続けないと気が済まない性分でね」

結城「言葉ってものは吐くだけじゃない。吐かれた者の反応ってものがある」

登場人物の相関関係が複雑なうえ、敵味方が入れ替わり続けるストーリーなので、芝居の進行に沿って充分に理解することは困難です。僕は幕が開いてしまえばあとは流れに乗ってしまえというほうなのであまり気になりませんでしたが。また、シリーズ第3作ということもあり、舞台には登場しない人物の名前がいくつか科白のなかに現れます。ライバル組織の構成員だったり、長年のファンだったり。これが舞台の内と外を繫ぐ回路となり、物語に不思議な拡がりを付加しています。

エミ・エレオノーラさん(作曲・ピアノ)と2管のクインテットはスワンのハコバンという体裁で、小泉今日子さんが唄う3曲の挿入歌(1曲は豊原巧輔さんとのデュエット)と劇伴のほぼ全てを生演奏しています。レニー・トリスターノばりのクールでアブストラクトなジャズからGROUPみたいに即興性の強いジャムセッションまで。エレガントに洗練された演奏は、音大で現代音楽を学び、1980年代には銀座の最高級クラブでラウンジピアノを演奏していたエミさんのスキルが遺憾なく発揮され、ともすれば湿っぽくブルージィに流れがちな任侠劇をワンランク上のエンターテインメントに押し上げています。

シアターコクーンでの公演は11月30日まで。その後、大阪シアターBRAVA!(12/6~15)、北九州芸術劇場(12/21~23)へ。クリスマスまで続きます。

 

2013年11月3日日曜日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語

曇り空の日曜日、ユナイテッドシネマ豊洲で、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を観ました。

前作から1年(オリジナルのテレビシリーズからは2年半)。魔法少女たちのその後ということになりますが、実は主要な登場人物5人のうち3人は戦闘中に死亡、主人公まどか(画像中央奥)は「円環の理」となって概念化、残されたほむら(画像中央手前)が荒廃した世界でひとり闘い続ける、というのが前作のエンディング。

ところが新作では魔法少女が5人揃って学園生活を送っているシーンから始まります。そして夜な夜な力を合わせて華麗に敵(ナイトメア)を倒しています。そのなかで、ほむらひとりが「私達の闘いってこれでよかったんだっけ?」と疑問を抱いている。

それは仮想された街に魔法少女たちを閉じ込める罠だった。

「あなたはこの世界が尊いと思う? 欲望よりも秩序を大切にしている?」という問い。世界中の魔法少女たちの運命を救う「円環の理」よりも強い「愛」によって、ほむらは宇宙を崩壊させてしまう。「愛」は美しく優しいいだけではなく、嫉妬も独占欲も含んでいるから。

現代日本のアニメーション技術が世界最高レベルであることは間違いなく、その粋を極めたダイナミックかつ繊細な映像美で魅せますが、ストーリーは混沌を極め、カオスを収拾しないまま映画が終わります。挑戦的な問題作。もう一度仔細に検証してみたくなる。はたして次作が製作されることはあるのでしょうか。



2013年10月27日日曜日

川俣正・東京インプログレス-隅田川からの眺め

初対面の楽屋トークで「どこに住んでますか?」っていうのは定番ですが、先月のPoemusicaでもそんな話になり、僕が「豊洲ですよ」と答えると、古川麦くんが「来月豊洲で演奏します」と言うのです。彼の参加しているプロジェクトのひとつ、オルタナティブ・フォーク・ユニット「表現(Hyogen)」が、現代美術家川俣正氏のイベントに出演する。会場は僕の自宅から徒歩10分。聴きに行ってきました。

川俣氏の『東京インプログレス-隅田川からの眺め』という作品は、一種のパブリックアートで、2010年から2012年にかけて、南千住、佃島、豊洲の3箇所の公園に巨大な木造のオブジェを設置しています。そのオブジェを巡る3度のツアーの過程で公開制作された楽曲を、オブジェの設置期間が終了するこのタイミングで披露しようというもの。

表現(Hyogen)は、権頭真由 (アコーディオン)、佐藤公哉 (ヴァイオリン)、古川麦 (ギター)、園田空也 (コントラバス)の4人組。全員が歌います。今日は現代舞踊家の酒井幸菜さんが加わって、5人のパフォーマンスでした。

その音楽は風景に溶け込まず、むしろ対峙しているように思えました。それはナチュラルな素材であるがゆえにコンクリートだらけの景色に融合しない豊洲ドームの存在感にも呼応する。酒井さんのダンスが海鳥を思わせる優美な動きで、音楽と風景のあいだを取り持っているようでした。

音楽の途中で麦くんがギターをホルンに持ち替えてステージを離れ、ボードウォークの突端で吹き始めたとき。豊洲に越してきて最初の大晦日のことを思い出しました。1993年ですから、ちょうど20年前。この関東大震災の瓦礫による埋立地に住み始めた頃、ここは造船所の町で、建設資材工場や砂糖工場、冷凍倉庫などが建つ、様々な国籍の屈強な港湾労働者たちの町でした。年が明ける時に除夜の鐘のかわりに停泊している貨物船が一斉に汽笛を鳴らします。船によって微妙に音程が異なり、その不協和音を僕は美しく感じました。

5年ほど前から再開発が進み、今ではタワーマンションが立ち並ぶアーバンレジデンスにすっかり生まれ変わりました。おかしなことに、自分の知っているこの土地の風景が失われてしまってはじめて、自分が豊洲ネイティブだと感じられるようになりました。いままでの生涯で一番長く暮らしている場所ですが、そういうことではなくて。風景が記憶として固定されたときに、新しくそこに住まう人の知らない風景を持ったときに、はじめて人はその土地をホームタウンと感じるのではないでしょうか。

台風の翌日、東京湾岸は快晴。空気が乾燥してクリアです。まだ雨の名残りで湿った芝生にシートを敷いて寝転んで。風は少々ありますが、空にはゆりかもめが飛んで気持ちの良い日曜日の午後。そんなことをぼんやりと考えていました。

 

 

2013年10月26日土曜日

日曜音楽バー「アサガヤノラの物語」

今年も早いもので残りふた月ちょっとですね。たくさんライブに出させていただきました。ありがたいことです。

というわけで、カワグチタケシ2013年最後のソロライブは、リスペクトするミュージシャン、ノラオンナさんが日曜店長をつとめる「アサガヤノラの物語」にて。2月6月にも呼んでいただいた「銀座のノラの物語」が阿佐ヶ谷にお引っ越し。おかず2品と炊き込みご飯が増えて、しかも500円お得になりました。中央線特価!

JR中央線阿佐ヶ谷駅南口徒歩4分35秒「Barトリアエズ」にて。生声の朗読とノラオンナさんの絶品手料理をお楽しみください!

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日曜音楽バー「アサガヤノラの物語」

出演:カワグチタケシ
日時:2013年11月24日(日)
   17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:Barトリアエズ 東京都杉並区阿佐ヶ谷南3-43-1 NKハイツ1F
料金:4,500円
   ライブチャージ
   5種のおかずと炊き込みご飯のアサノラ弁当(味噌汁付)
   ハイボール飲み放題(ソフトドリンクはウーロン茶かオレンジジュース)
   スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。

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更に御来場の皆様にはもれなく1997年に私家版で製作し現在入手困難となっているカワグチタケシ第一詩集『1996~1997』完全復刻版をプレゼント!

『1996~1997』は、藁半紙、ボール紙、アクリルシート、ブリキのペーパーファスナーで構成されています。経年劣化しやすい素材をあえて用いることで、書籍、特に詩集の重厚さや永続を願う想いから遠ざかりたいというデザインコンセプトを持っていました。プリシラレーベル設立以前のことです。

1997年当時に500冊ほど販売しましたので、お手元にまだ残っているという方もいらっしゃると思いますが、16年経っていますから、通常の保管状態であれば、黄ばみ、錆などが生じているはずです。是非この機会にもう一冊。はじめて手にする方ももちろん。アサノラ限定です!

せっかくなので、最近あまり朗読していない、当時の作品も取り上げてみようかな、と思っています。冬の入り口をみなさんといっしょに過ごせたら幸いです。

*完全予約制、先着10名様限定の超プレミアム・ディナーショー!
 ご予約は nora_onna@hotmail.co.jp まで。お名前、人数、
 お電話番号をお知らせください。
 お席に限りがございます。どうぞお早目に!

  

2013年10月14日月曜日

Poemusica Vol.22

台風で下北沢駅の地下プラットフォームが冠水した前々日は体育の日の祝日。金木犀の香る緑道を通り Workshop Lounge SEED SHIPへ。詩と映像と音楽の夜 Poemusica が開催されました。Poemusicaにライブペインティングが入るのは3月21日神田サオリさん以来。とても楽しみにしていました。

今回のオープニングには10月の詩を2篇。「風の通り道」と「山と渓谷」を選びました。

そして今夜のライブペインター Rio Nakanoくんの紹介に続いて、登場したMinakoさん。弱冠21歳。若さと成熟の軋みがあって、それが音楽の陰影を形作っています。スチール弦のアコースティックギターの可能性を最大限に引き出そうとしている。歌も技術が高く、しかも切実な響きを持っている。内面に向かって発せられる攻撃的な曲調なのに深い包容力を感じさせる。ループマシン使いもエレガントな安定感がありました。

唄子さんは、4月18日8月22日に続き、3度目のPoemusicaです。繊細で壊れやすい音楽なのに、ゆるぎない世界を持っている稀有なミュージシャン。3度目にして気づきましたが、ガットギターの奏法にその秘密があるようです。ブレスと右手のフェルマータが完全に同期しており、緩急が自在で呼吸をするような演奏です。金木犀の香りに導かれた新曲「10月の初恋」のブルガリアンヴォイスを思わせる多重録音された和声も美しかった。

3組目は9×9。ギター辻岳人さん、ボーカルyuco*さんのユニットで「くく」と読みます。R&Bテイストもあるウェルメイドなポップミュージック。yuco*さんの低い地声から確かな音程の高音への伸びが心地良く、ギターとのスリリングな駆け引きもあり。辻さんもガットギターですが、唄子さんとは対照的に、ソリッドなカッティングとリリカルなオブリガートを手際よく繰り出して飽きさせません。yuco*さんの明るくキュートなキャラクターはブレークの予感がします。

中田真由美さん(画像)。天衣無縫で天真爛漫で天然で天才。歌詞、旋律、声、編曲、そのどれもが中田さんです。クラスでも無口であんまり笑わない女子っているじゃないですか。でも実はたくさん引出しを持っていて、ときどき口を開くとびっくりするような面白いことを言う子。スチール弦のミニマルなリフをちょっとだけねじれたメロディに効果的に絡めて、切れ味鋭い詞をあっけらかんと歌います。歌と語りのあわいも絶妙でした。あ、中田さん自身はよく笑うかわいらしい人です。

Rioくんには昨年11月16日にもPoemusicaで描いてもらいましたが、約1年経って更にスケールアップした感がありました。4組の奏でる音楽や歌詞に呼応して。中太マジックのノイジーなドローイングでスタート。腐刻画に描かれた古代都市、夥しい文字と記号。そして掌と指で原色の黄色い曲線が引かれ、ノイズのなかから赤と白の小さな花が何輪も開く。ライブの後半に差し掛かるとノイズは白色のペンキで塗り潰され、はじめは性別のわからない横顔の輪郭。次に剥がされたマスキングテープの下から近過去の痕跡と身体の線が現われ、長い髪とドレスが加わって女性と判別する。伸ばした右手からこぼれるキャンディ。トリックオアトリート!

約3時間休みなく描き続けてくれました。歌い手たちもペインティングの進行や絵具の匂いを間近に感じながら。新たな視点を提示されるごとに客席からは静かな感嘆のため息が聞こえる。

そんなパフォーマンスを観聴きしながら、僕がクロージングの朗読に選んだのは、戦闘美少女讃歌でもある「星月夜」と時間と空間の多重性を主題とした「」という2篇の詩。濃密なのになぜか風通しの良い、とても不思議な一夜でした。

さて来月のPoemusicaはこれまた大注目の女性アーティスト3組をお迎えしてお届けします。どんな夜になるのか、いまからとても楽しみです。

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Poemusica Vol.23
日時:2013年11月21日(木) Open 18:30 Start 19:00
会場:Workshop Lounge SEED SHIP
    世田谷区代沢5-32-13 露崎商店ビル3F
    03-6805-2805 http://www.seed-ship.com/
    yoyaku@seed-ship.com
料金:予約2,500円 当日2,800円(ドリンク代別)
出演: 小林未郁 *Music
    さとう麻衣 *Music
    YuReeNa(ex.武井ゆりな) *Music
    カワグチタケシ *PoetryReading

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2013年10月12日土曜日

そして父になる

10月も半ば近くでようやく秋らしくなってきました。ユナイテッドシネマ豊洲で、是枝裕和監督、カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作品『そして父になる』を鑑賞しました。

前橋の総合病院で同じ日に生まれたふたりの男児。ひとりは福山雅治演じるゼネコンのエリート社員と専業主婦尾野真千子の一人息子として、もうひとりは前橋で電器店を営むリリー・フランキー真木よう子の三人兄妹の長男として育てられるが、6歳のときに血液型から取り違えられたことが発覚する。民事訴訟が進むなかで、それは病院側のミスではなく当時勤務していた看護師の故意によるものだったことが判る。

血のつながりを選ぶか、ともに過ごした時間を選ぶか、という選択に揺れるふたつの家族。という重たいテーマですが、是枝監督作品らしく、感傷に流れることなく、エピソードを淡々と積み重ねて、静かに描かれています。

僕自身は血統や親族というものに対して、非常に薄い感覚しか持ち合わせていないので、迷わず後者を選ぶと思います。ただ、相手がいることなので実際のところはわからないし、映画の中でも明確な答えは提示されません。東京と地方、年収格差、高層マンションと古い庭付き一戸建て、多様な価値観について考えさせられる映画です。

自然光を活かした陰翳のあるカメラワークが登場人物の心情を丁寧に画面に定着させています。そして、全編に流れるグレン・グールドのピアノ(J.S.バッハゴルトベルク変奏曲』)。東京と前橋のあいだに自動車で移動するシーンが必ず挿入されますが、エンジン音などは一切排して、ピアノだけが流れる。その静謐さが物理的なまた心情的な距離を強調しています。

ふたりの子役(二宮慶多黄升炫)の芝居がどこまでも自然で、前作『奇跡』でもそうでしたが、是枝監督は子供を撮るのが本当に上手い。ちょうど同じ日にNHKで放送していた姜尚中との対談番組を観て、子役の演出法についての話を聞き、なるほどなあ、と思いました。