2025年5月29日木曜日

今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は

緑雨。テアトル新宿にて大九明子監督作品『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』を観ました。

本降りの雨が傘に当たる音。キャンパスを歩く後ろ姿。背の高い男子学生には不釣り合いな小さな傘。もうひとつの後ろ姿はヘッドホンをかけたお団子髪の女子学生。

主人公小西徹(萩原利久)は関西大学文学部の二回生。横浜出身で出町柳のワンルームで一人暮らし、銭湯の閉店後の清掃のアルバイトをしている。友人と呼べるのは大分出身の同級生山根(黒崎煌代)だけ。陽キャたちが人工芝の中庭でにぎやかにはしゃぐ昼休みは、誰もいない屋上庭園で過ごしている。銭湯のバイト仲間のさっちゃん(伊東蒼)は軽音サークルでFender Mustangを弾いている。小西に思いを寄せているが、軽口を叩き合う現在の関係も心地良く感じている。

花曇りの朝の階段教室でひとりで講義を聴き、終了のチャイムと共に誰とも群れずに教室を出る桜田花(河合優実)の姿に小西は目を奪われる。山根と入った学食で背筋を伸ばしざる蕎麦を食べる花を見つける。別の雨の日、小西は花に声を掛け、授業の途中でふたりは教室を出る。

小西は屋上庭園を案内し、花は大学アーカイブでSP盤に刻まれた北村兼子の肉声を小西に聴かせる。セレンディピティ。いくつかの偶然が重なり、大切にしていた秘密を分け合うことで関係を深めていく。

NHKの名作ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』で大九監督と組み、現在乗りに乗っている河合優実さんはもちろんですが、伊東蒼さんの演技が圧倒的です。特に中盤の長台詞がすごい。愛おしさも自己嫌悪も嫉妬心も羞恥も思いやりも少々の保身もなにもかもがないまぜになった感情の奔流をリミッターを外してぶつけてくる。その逆説的な揺るぎなさを固定アングルで、受け止めきれない小西の表情を揺れる手持ちカメラの逆光で捉える大九監督の冷徹な演出。

夜は短し歩けよ乙女』『鴨川ホルモー』『ワンダーウォール』『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』。京都で過ごす学生時代は移動祝祭日。そんな憧れが僕にはあります。思春期後半のイタさは輝き、陽キャ体育会もサブカルもそれは同じ。銭湯の主人の妊娠中の娘役で松本穂香さんがカメオ的に出演しているのが『ミュジコフィリア』の世界線上にあるように感じました。

スピッツの「初恋クレイジー」が重要なモチーフになっていますが、萩原利久さんは草野マサムネの若い頃になんとなく似ています。

 

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