漆原朔(井之脇海)は京都文化藝術大学美術学科の一回生。初日から遅刻し入学式は終わっていた。キャンパス(ロケ地は京都市立芸術大学)で通りがかった青田(阿部進之介)に巨大な箱を運ぶのを手伝わされる。鴨川の河原で現代音楽研究会の花見が行われており、箱はエオリアンハープ。鴨川の対岸に渡した弦を川を渡る風で共鳴させようとしていた。
宴が終わり、ひとり残された朔は明るい河原に置かれたグランドピアノを即興で奏でる。自転車で四条大橋を渡る浪花凪(松本穂香)はその音色に魅了される。凪はピアノ科の一回生。いつもアンサンブルと揉めていた。
ピアノ教室で教えるシングルマザーの君江(神野三鈴)と暮らす朔は子どもの頃からいろいろなものの色や形が頭の中で音楽として響いていた。母を捨てた作曲家の父(石丸幹二)と兄(山崎育三郎)への反発から音楽の道を選ばなかった。
「京都の庭には音のアンサンブルがある。作曲は庭造りに似ている。どこに山を作り、どこに花を咲かせ、その中を川が流れ、花を映す」。現代音楽に熱中する若者たちを描いたさそうあきらの同名漫画の映画化。京都の春、夏、秋、季節の光を背景に物語が進みます。
映画後半の兄弟の確執と和解がメインテーマだと思いますが、前半の学園群像劇がいい。朔が思いを寄せる幼馴染みのヴァイオリニスト小夜(川添野愛)のプリンセス感。
ワグナー『トリスタンとイゾルデ』の冒頭の不協和音に始まり、シェーンベルク、ケージ、シュトックハウゼン。現代音楽の基礎的な歴史は作曲科教授で現代音楽研究会顧問役の濱田マリが易しく解説してくれるので大丈夫。「京都人の行けたら行くは信用でけへんねん」。いけずな学部長を辰巳琢郎が好演しています。
『鴨川ホルモー』や『夜は短し歩けよ乙女』は京都の学生生活を描きながら標準語ですが、本作の台詞は京言葉。ひとり標準語を話す山崎育三郎演じる貴志野大成がクライマックスで一度だけ京都弁になるのが効いている。
京都の大学に進学して夏休みに再会した同級生が半年足らずで関西弁に同化していたのを映画を観ながら思い出しました。ロストジェネレーションのパリを「移動祝祭日」と表現したのはヘミングウェイですが、青春時代を京都で過ごすということも、その後いつまでもどこで暮らしても続く移動祝祭日なのだな、と周囲の友人知人を見ても感じます。
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