2024年8月16日金曜日

Chimin Live @吉祥寺Strings

台風7号接近。吉祥寺Stringsへ。Chiminさんのワンマンライブに行きました。

Stringsさんはグランドピアノがある地下のお店。9年ぶりに訪れました。ピアノの側面の曲線に沿ったテーブルが他にはないしつらえです。この日のサポートは、加藤エレナさん(key)と井上"JUJU"ヒロシさん(ssax, fl, per)の二人。夏曲「チョコレート」でスタートしました。

2曲目は4ビートの「シンキロウ」。ジャズの箱らしく、JUJUさんのソプラノサックスとエレナさんのピアノのアドリブの掛け合いがいつもより長め且つ熱めに盛り上げます。

2部構成のワンマンライブとあって、進行もゆったりです。普段のステージではあまり口数の多いほうではないChiminさんが歌詞の成り立ちや十代の頃のエピソードなどを話してくれて、部活のことや「茶の味」のバックグラウンド、どれも面白かったです。

ザ・フォーク・クルセダーズの「悲しくてやりきれない」は、矢野顕子さんがカバーしたものを最初に聴いて僕にとってはそれがスタンダードだったのですが、あの一歩一歩立ち止まるようなメロディを一音ずつ手渡すように歌うChiminさんのバージョンに上書きされました。

自身のオリジナル曲でも基本的に旋律の原型を崩すことがないChiminさんが、「住処」で一箇所だけフェイクを入れていたのはワンマンならではで、とても新鮮でした。

休憩を挟んで2部は新曲「光の方へ」で始まりました。3月のライブの感想で「Chiminさんは理由を歌わない」と書いたのですが、理由はきっと知っている。次の「」は特別に好きで何度も聴いている曲。歌い出しの息の柔らかさがいままでで一番でした。19歳のデビュー盤『ゆるゆるり』収録の「午後」も聴けて、アンコールの「すべて」ではまさかのクラップ。

好きな歌声がたっぷり聴けるワンマンライブがやっぱり好きだなと思いました。Chiminさんのあたたかく澄んだ美声の向こう側になぜかいつも荒涼とした地平を感じてしまいます。その理由を僕なりにいつか解き明かしてみたいと思っています。

 

2024年8月15日木曜日

内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙

終戦の日。上野国立西洋美術館の企画展『内藤コレクション「写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」』を鑑賞しました。

ヨーロッパでは1450年代にドイツのグーテンベルクが活版印刷を発明する以前、書物は人が羊皮紙に羽根ペンで書き写していた(中国では9世紀の唐代に既に木版印刷が存在した)。日本では毛筆で写本が作られた。枕草子や源氏物語もそうです。

13~15世紀の写本が150点以上展示されていますが、大学図書館所蔵の5葉を除き一人の日本人コレクターが40年以上かけて収集し、国立西洋美術館に寄贈したものです。収集家は内藤裕史氏(1932ー)。麻酔学・中毒学が専門の医学博士で札幌医科大学や筑波大学で教えていた。

段落の最初の文字を大きく書きキリスト教的寓意を持つ装飾を加えることをイニシャルと呼ぶ。イニシャルが華美に発展し、枠や行末の余白も装飾され、時代を経るごとに過剰さが増す。本来は綴られた本のかたちをしていたものが切り離され美術品/装飾品として商われた。

展示は、①聖書、②詩編集、③聖務日課のための写本、④ミサのための写本、⑤聖職者たちが用いたその他の写本、⑥時祷書、⑦暦、⑧法関係の写本、⑨世俗写本、の9カテゴリーに分類されており、教会祭壇の書見台に載せるような大きなものもありますが、多くは手帳サイズ。イオセリアーニ監督の『トスカーナの小さな修道院』で現代の修道僧たちも使用していたのが「聖務日課のための写本」、その信徒用ダイジェストが「時祷書」です。

「コレクションが私の手を離れたいま改めて考えてみれば、中世の、無名の画家の無名の作品に夢中になってきた30年だった。そうして集めた自分の分身が、散逸せずに安住の地を得て、しかも多くの人に観てもらえるということは、コレクターとして、何にも優る喜びである」という内藤氏のコメント。僕も詩集の装幀をするので参考になればいいな、ぐらいの気持ちで訪れたのですが、それ以上にコレクターの業というか、熱に打ちのめされ、またコレクター人生の終わらせ方についても考えさせられました。

帰宅後に目録を眺めていたら、反復する「内藤コレクション」の文字の中で、「ギステルの時祷書」だけ「内藤裕史氏蔵」とあり、92歳の内藤氏がその1葉だけ手元に残したという事実に、それだけはどうしても棺に入れて旅立ちたいと思っているのかな、と想像し胸が熱くなりました。

 

2024年8月14日水曜日

台北ストーリー

猛暑日。新宿K's Cinemaの『台湾巨匠傑作選2024』にてエドワード・ヤン監督作品『台北ストーリー』を鑑賞しました。

NEC、SONY、FUJI FILM、日本企業のネオン看板が彩る1985年の台北市の中心街のマンションを内見する一組のカップル。大きなサングラスをかけた女アジン(蔡琴)は「ここに決めた」と言うが、男アリョン(侯孝賢)は海外移住するという。

アジンは不動産会社に勤め、大規模な再開発事業に携わっているが、会社が外資系ファンドに買収され尊敬していた女性上司が解雇されたことで、高額の雇用継続オファーをされたにも関わらず自ら退職を申し出る。

原題は『青梅竹馬』。中国語で男女の幼馴染を指します。アジンとアリョンは共に旧市街の繊維問屋街で祖父母の代から付き合いがある家で育った。アジンはせかっく工面した渡米資金をアリョンの父親(吳炳南)の借金返済に充て、取り戻そうとした賭けポーカーで負けて車も失う。

出口の見えない閉塞感に飲み込まれまいともがく若者たち。1990年代の台湾ニューシネマを代表するエドワード・ヤン(楊德昌)監督の1985年公開の初期作は、寒色系のクールな画面、生活音中心の音響、淡々と過ぎる中で時折表出する冷徹な暴力描写、徹底したリアリズムでありながらあらゆる背景が寓意に満ちている、という独特の作風が既に確立されています。

カンヌ映画祭の常連でもありアジア映画の巨匠となった侯孝賢(ホウ・シャオシェン)は本作の撮影以前に既に監督デビューしていますが、本作では俳優として主演しています。現在は苦み走った渋い見た目の77歳ですが、この頃は時任三郎(の若い頃)を縦に圧縮した感じです。

僕は、主人公たちの一世代下、アジンの妹で空きオフィスを非行グループで不法占拠しているアキン(林秀玲)たちと同年代です。ディスコで "FOOTLOOSE" を踊っていた二十歳の頃を懐かしく思い出しました。

 

2024年8月13日火曜日

BLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK] IN CINEMAS

猛暑日。新宿バルト9ミン・グンオ・ユンドン監督作品『BLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK] IN CINEMAS』を観ました。

2022~2023年に世界34都市66公演が開催され180万人を動員したBLACKPINK WORLD TOUR [BORN PINK]。ツアーファイナルである2023年9月17日(日)の韓国ソウル市Gocheok Sky Domeのライブの映像化です。

ツアータイトルにもなっている2022年リリースの2ndアルバム "BORN PINK" 1曲目の "PINK VENOM" のイントロが流れ、逆光で4人のメンバーのシルエットが映ると、35,000人収容のドームスタジアムから熱狂的な歓声が上がる。

続く "Pretty Savage" "Kick It" のチェアダンスの完成度。第2ブロックのソロコーナーでは、白黒ミュージカル映画へのオマージュをダンサー陣とドローンで真上から空撮したROSÉさんのパフォーマンスが素晴らしかった。最年長メンバーのJISOOさんはChristian Diorのグローバルアンバサダー。スチルではクールなのに、ライブ中は隙あらばウィンク、ウエーブ、複数種類の指ハートを繰り出すプロ意識の高さ。グループのキュートな邪悪さを象徴するJENNIEさんは喜怒哀楽を包み隠さず。逆にソロ曲MVでは強面な最年少LISAさんはライブでは終始笑顔を絶やさない。

前作 "BLACKPINK THE MOVIE" から3年。ガールクラッシュというサブジャンルからK-POPのガールクループの頂点に上り詰めたBLACKPINKの自信に満ちた立ち姿はチャーリーズエンジェルを思わせ、同じ韓国でいえば2010年のバンクーバー五輪フィギュアスケート金メダリスト、キム・ヨナ選手が氷上で演じたボンドガールにも重なる。

4人の黒人男性ミュージシャン、Young(Key)、Chuck(G)、Omar(B)、Bennie(Dr)の生演奏も超グルーヴィ。音声は前述のソウル最終公演のものですが、映像はLA、ニュージャージー、ラスヴェガス、パリ、バンコク等のカットアップが編集されており、曲中で衣装が次々に変わるのが楽しい。ハードボイルドタッチの黒衣装も似合いますが、パリ公演のカジュアルテイストな衣装も好きです。

 

2024年8月12日月曜日

ボレロ 永遠の旋律

真夏日。TOHOシネマズ シャンテにてアンヌ・フォンテーヌ監督作品『ボレロ 永遠の旋律』を鑑賞しました。

泥濘を踏むハイヒールのブーツの足元のクローズアップ。ロシア出身のバレエダンサーのイダ・ルビンシュタインジャンヌ・バリバール)は作曲家モーリス・ラヴェルラファエル・ペルソナ)から郊外の工場に招かれる。バレエ音楽を依頼したものの未だ納品されなず不機嫌なイダに対してラヴェルは機械音こそが音楽だと熱弁する。

「物語なんてどうでもいい。私が欲しいのは官能よ」と舞踏会でイダはラヴェルに言う。豪奢なドレスの衣擦れやダンスの足音がフェードアウトしてピアノだけになり、静寂をより際立たせる。ガブリエル・フォーレクロード・ドビュッシーと並びフランス印象派を代表する作曲家ラヴェル(1875-1937)が代表曲とも言える「ボレロ」を書いた1928年を軸に、学生時代の挫折、第一次世界大戦に従軍し負ったトラウマ、親友シパ(ヴァンサン・ペレーズ)の姉で資産家の妻ミシア(ドリア・ティリエ)への恋慕、晩年の闘病などを描いています。

時空を自在に前後させていますが、周囲の登場人物や舞台となるパリの街が変わらないのでわかりづらいといえばわかりづらい。良く言えば観客の読解力を下に見ない、悪く言えば分かる奴だけ分かればいい、その点においては、実にフランス映画らしい作品だと思います。

「僕の頭の中で鳴っている音楽を僕は書くことができない」。ラヴェルの創作意欲は1920年の「ラ・ヴァルス」でほぼ尽きており、その後1937年に62歳で没するまでの17年間で4曲しか発表していませんが、その内「ボレロ」は最も愛された曲であり「左手のためのピアノ協奏曲」(1930)「ピアノ協奏曲 ト長調」(1931年)の2曲も今日においても演奏機会の多い名曲です。1927年以降は失語症に悩み、最晩年は文字も書けなくなっていました。本作にもその描写があります。

生涯独身を貫いたため、同性愛者説もありますが、人妻ミシアへの強過ぎる思いがそうさせたというのがフォンテーヌ監督のスタンスです。

エンドロールに「世界中で15分に一回、誰かがボレロを演奏している」と字幕が出ます。実際にタイトルバックで次々にカットアップされる世界中の音楽家、オペラや合唱やジャズやロックやレゲエや民族音楽、HIPHOPなどあらゆる様式にアレンジされたボレロの演奏には心躍るわくわく感がありました。フランク・ザッパ&マザーズ・オブ・インヴェンションも一瞬映ります。

 

2024年8月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

猛暑日。西武柳沢へ。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ夏の朗読に出演しました。

尋常ではない暑さに加え、南海トラフ地震の報道もあり、またパリ五輪の最中にノラバーを選んでご来場くださったお客様、配信ライブを視聴していただいた全世界のお茶の間のみなさん、いつもおいしいお料理とおもてなしで迎えてくれるノラバー店主ノラオンナさん、看板インコ梨ちゃん2号、どうもありがとうございました。

 1.
 4.
 5. エコー
 6. 半島
 8. 八月(Universal Boardwalkより)
12. 水玉
13. 花柄
16. オランピア ~Édith Piafに(新作)

夏の詩を2005年からほぼ書いた順で、本編のセットリストを組みました。詩集『都市計画/楽園』収録の「声」「エコー」「半島」は十数年ぶりに朗読しましたが、表題詩「都市計画/楽園」の重要な序章だということにあらためて気づきました。「オランピア ~Édith Piafに」はパリ五輪の開会式と数日後にNHK-BSで放送したシャンソン歌手エディット・ピアフ伝記映画を観て書きました。現在進行中の連作『過去の歌姫たちの亡霊』中の一篇になります。

上記60分のライブが終わり、夏のノラバー御膳をみんなで美味しくいただきます。定番メニューのたまご焼き甘いの、大根の油揚げ巻、ポテトサラダ、きんぴらごぼう。季節のおかずトマトのやまかけ、きゅうりの酢の物、煮込みハンバーグ。豆腐と油揚げの味噌汁、とうもろこしごはん。僕はノラさんの炊くとうもろこしごはんが大好きです。

食事のあとはノラバープリンとバニラアイスノラブレンドコーヒーのデザートタイム。スイーツじゃなくてデザートなのがノラさんらしくていい。20時半からのインスタグラム配信ライブ「デザートミュージック」は以下5篇を聴いていただきました。

1. ケース/ミックスベリー
2. 路上にまつわる断章
3.

「虹」は2008年の北京五輪のときに書いた詩です。同じ時期に中国人民解放軍がチベットのラサに、ロシア軍がジョージアのコドリ渓谷に侵攻していました。現在のウクライナやガザの状況と重ねてしまいます。

今回ご来場者様へのお土産に、このブログに書いている音楽ライブの感想のうち、店主ノラさんが毎年4月21日に吉祥寺STAR PINE’S CAFEで開催している周年ライブの2016~2024年分を再編集して『カワグチタケシ ライブレビュー選集vol.1』を制作しました。次回作もお楽しみに。

次回ノラバー生うたコンサート&デザートミュージックへの出演は2025年1月12日(日)に決まりました。少し気が早いですが、2025年がより良い世界になることを祈りつつ、還暦イヤーの幕開けをみなさんと乾杯できたら幸いです。

 

2024年8月4日日曜日

POETS on SUNDAY

猛暑日。町屋のサロン統べ手で開催されたオープンマイク POETS on SUNDAY に参加しました。

さいとういんこさんURAOCBさんがホストで整体院が会場のオープンマイク。前回6/9(日)には僕をゲストに呼んでくださいました。今回はあられ工場さんです。

約20分間、7篇朗読された自作詩のなかでは桃月堂本舗米菓工場の2階にある吹き寄せ製造所通称ひなの巣を舞台にした中盤の4篇が魅力的でした。

「いくつかの資料を重ねて/席を立とうとしたときだった」。実在しない工場の実在しない人たちが朗読によって目の前に立ち上がってくるのは、ディテールの書き込みの解像度が高いから。長々と説明しているわけではない。一発で仕留める力があるのだ。脳内で構築された精妙なミニチュア。細部が明確になれば登場人物はひとりでに動き出す。柔らかな語り口に仄かな不穏さを滲ませて。

後半の掘り下げトークも今日意味深い内容でした。幼い子どもたちが寝る前に即興で紡いだ長大な物語、誰かが何かを上手くやるのを手伝うのが好き、オンラインのオープンマイクのMCを継続しているのは誰よりも自分が楽しいから、もやもやしたときは大量の食玩をデスクに並べる。あられ工場さんの作品と人柄がみんなに愛される理由の一端を掴んだ気がします。

あられ工場さんの「川を渡る仕事」の「冬が終わりかけるころ/戦闘機がよその国でひとを殺す」という一節と現在開催中のパリ五輪にちなんで僕は「」を聞いていただきました。

筒渕剛史さんが朗読した二篇の蝉の詩。「木は僕でせみは心」という長谷忠さんの「せみ」が素晴らしかったです。