2024年6月23日日曜日

アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家


森の中に屹立する石膏のウエディングドレス。胴体は空洞で長いベールの襞には汚れた雨水が溜まっている。3Dカメラが移動したビニールハウス内にも空洞のウェディングドレスが数体。ある者は身体中にガラスの破片が刺さり、ある者は肩に重い紙束を乗せ、ある者は有刺鉄線で巻かれている。

パリ郊外クロワジーの倉庫を改装したアトリエで台車に載せた巨大なキャンバスを押すアンゼルム・キーファー。手を離すと台車は慣性で自走する。自転車にまたがり、口笛を吹きながら広大なアトリエ内を移動するキーファー。

戦後ドイツを代表する画家/現代美術作家が主人公の本作には、時代背景や作品の成立過程を説明するナレーションも存命中の画家本人や関係者へのインタビューもない。ドキュメンタリー映画というより、同じ1945年に生まれたドイツ映画の巨匠がその創造性に深く共鳴して制作したインスタレーション作品と言っていいと思います。

キーファーの石膏や鉛、泥、焦げた枯草、鋼鉄などを用いた重量感のある立体もしくは半立体作品、アトリエの奥行き、作品と制作過程のスケールの大きさを見せるうえで、3D上映が強烈な臨場感を生んでいます。リアリズムであると同時に、映像がクロスフェードする場面では立体感のある半透明な物質が非現実的に現前し、軽い目眩を覚える。

僕がはじめてキーファーの作品と対峙したのは1995年。軽井沢セゾン現代美術館でした。平面作品「ヘリオガバル」の陰鬱な均整、人毛を使用したインスタレーション「オーストリア皇妃エリザベート」の不穏な佇まい、とりわけ「革命の女たち」と題された簡素なシングルベッドに鉛のシーツが敷かれ人が寝たの跡の窪みに水が溜まった作品には、隣室に展示されたマグダレーナ・アバカノヴィッチの「ワルシャワーー40体の背中」と並んで強い衝撃を受けました。

また、廃屋に大量の砂が注ぎ込まれて再び運び出されるという、僕の詩作品「Universal Boardwalk」や「永遠の翌日」に現れるモチーフは、キーファー作品(およびジョセフ・コーネル)に影響されています。

本作中でパウル・ツェランの詩篇が複数回引用されます。ナチスの迫害から生き延び、戦後ドイツ語圏の代表的詩人となり、1970年に49歳でパリのセーヌ川に入水自殺したユダヤ人の朗読は、想像していたよりも格段に若々しく青臭ささえ感じさせる繊細な肉声でした。キーファーの師匠筋にあたるヨーゼフ・ボイスもワンシーン登場します。

 

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