2018年2月25日日曜日

グレイテスト・ショーマン

三寒四温。ユナイテッドシネマ豊洲でマイケル・グレイシー監督作品『グレイテスト・ショーマン』を観ました。

19世紀初頭の米東海岸。フィニアス・バーナムヒュー・ジャックマン)は貧しい仕立屋の息子。出入りしていたお屋敷の令嬢チャリティ(ミシェル・ウィリアムス)に恋をする。チャリティは寄宿舎に入れられ、フィニアスは父の急死で孤児に。スリや万引きでなんとか糊口をしのぎながら、途絶えることなくチャリティに恋文を書き続ける。

という小さなロマンスは冒頭10分で成就し、妻となったチャリティとのあいだに二女をもうけたものの失業したバーナムはマンハッタンに露悪趣味な私設ミュージアムを開く。幼い娘の一言にヒントを得て始めたフリーク・ショーが大人気となり、英国ヴィクトリア女王に召喚されるまでになったが、バズればおのずとアンチが増える。

セレブレーション・オブ・ヒュマニティ。小人症、巨人症、多毛症、アルビノ、アンドロギュヌス、全身タトゥ、有色人種。ショーのキャストたちがみな魅力的に描かれています。金儲けのために見世物にした側面は否めませんが、マイノリティたちから目を逸らすことしかしない社交界の面々よりも、彼らに居場所と仲間と仕事を提供したことも確か。

それだけに、バーナムに裏切られたと思ったときのレティ(キアラ・セトル)たちの落胆と怒りをプライドに昇華した "This Is Me" はこの映画のハイライトのひとつ。また、アフリカ系の曲芸師アン(ゼンデイヤ)と劇作家フィリップ(ザック・エフロン)の切ない恋のサブストーリーも効いています。

ゴージャスな衣裳とセット、ダイナミックなカメラワーク、キレのあるダンス。ミュージカル映画の王道をテンポよくタイトに100分でまとめました。『ラ・ラ・ランド』のベンジ・パセックジャスティン・ポールの作曲チームが手掛けた音楽は『ラ・ラ・ランド』のジャジーなソフトロックテイストとは事なり、こちらも王道のポップスです。

スティーブン・ミルハウザーの短編小説集『バーナム博物館』は、同作家の『イン・ザ・ペニー・アーケード』『エドウィン・マルハウス』と並んでかつて夢中になって読んだ作品です。あれから僕もずいぶん大人になって、こんなかたちで再会するとは思ってもみませんでした。

 
 

2018年2月9日金曜日

わたしの好きをおはなしします vol.2

高田馬場で西武新宿線に乗り換え西武柳沢へ。今年からノラバーで木曜夜に始まったトークショー『わたしの好きをおはなしします』、第2回目の今夜は池袋の古書往来座の店員さんで、フリーペーパー『名画座かんぺ』の発行人でもあるのむみちさん

彼女と初めて会ったのは2014年10月、白山のJAZZ喫茶映画館さんで。元ハンセン病患者の詩人塔和子さんのドキュメンタリー映画『風の舞』の上映&朗読会でした。

「私がなんでこうなってしまったか」。東京の名画座ファンなら知らない人のいない『名画座かんぺ』。都内の旧作邦画上映館の1ヶ月の上映スケジュールとコラムにミニコーナー。B4コピー用紙両面が手書きの文字でびっしり埋められています。

古書店のお客さんに勧められて旧作邦画のDVDを観始めた2008年当初は「テンポ悪いなって思ったり、寝ちゃったり」していたという。

勤務先から近い新文芸坐にためしに入ってみたあたりから、ずぶずぶとはまり込んでいき、年間300本以上観るほどに。自身の観賞予定をカレンダーに書き入れるのが至福の時だった。ある日ひらめいて2012年1月に『名画座かんぺ』を創刊。当初200部のコピーだったものが、徐々に話題を呼びメディアにも取り上げられて評判になりました。

というセルフヒストリーから始まり、話題は昭和の名老け役飯田蝶子に対する濃過ぎる愛へ。けっして流暢ではないが熱のある語り口、楽しい話になると大きく口を開けて笑う。好きなもの、好きなことについて話す人はそれだけでなんと魅力的なのでしょう。

カウンター席を埋めた同好の猛者たちも各々の贔屓筋のこととなると黙ってはおられず、あれこれ掛け合いが始まる。僕はどちらかというと洋画育ちなのでディテールに入ってしまうとわからないことも多いのですが、それでも大層面白い。度を越した愛情はシンプルに最高のエンターテインメントです。

そんなこんなで夜は更けて、初対面のお隣さんとも仲良しに。ノラバー開店から半年で念願のノラ婆カレー(フルサイズ)とハイボール、店主ノラオンナさん(画像左)お手製のアイスクリームを堪能し、幸せな気持ちでまた西武新宿線に乗りました。

 

2018年2月3日土曜日

ロマンス談義

寒さの辺縁にかすかに春が兆す節分の夜。下北沢BAR? CCO で開催されたサトーカンナバンド ワン・マン・ショウ『ロマンス談義』に行きました。

昨年6月のレコ発ライブ "THE SPACE WE LIVE BY" 以来、約半年ぶりに聴いたカンナさんの歌声が力強く、深緑色のフローラルプリントのアンティークワンピースを着てステージに立つ姿は自信に満ちており、現在の充実ぶりを窺わせる内容です。

カンナさんは思索の人。対象を定義し、文献をあたり、自己の解釈を提示する。控えめでありながらポジティブに、相対する人たちの生き方を肯定する。二部構成の前後半それぞれで朗読された「ロマンスについて」「ロマンについて」の2篇の自筆エッセイを聴いて、そんな印象を持ちました。

それはいくつかの曲の歌詞にも共通しています。モーリス・メルロー=ポンティジャン=ポール・サルトルミシェル・フーコーという20世紀の偉大な思想家たちに問いかける「ものごと」。「わたしは誰?」ではなく「わたしはどこ」という存在論的疑問は、相対的且つ客観的でありながら自己消失の危うさも同時に表現している。

ラテンのリズムで夏の情景を歌っても、雪国育ちだからでしょうか。北欧的な趣きがあります。カンナさん自身のmicroKORG有澤太郎さんテレキャスター、ウエグチサトシさん(画像左)のベースとエレガットは品良く的確。そして出しどころ引きどころを完璧にわきまえたドラムスUさんのプロフェッショナリズム。SONOR社製小口径ドラムキットのやや軽めのキック音もマレットワークも箱のサイズとカンナさんの音楽にフィットしていました。

キリンジE,W&FBO GAMBOS小沢健二。4人のメンバーそれぞれが選曲して持ち寄ったカバーは逆にユルく、オリジナル曲との緩急の流れを作る。A.C.ジョビンの「イパネマの娘」をカンナさんが訳した日本語詞もロマンティックで美しかったです。

 

2018年1月27日土曜日

ザ・モニュメント 記念碑

高田馬場駅から早稲田通りを西へ。残雪が凍結する坂道の途中にあるプロト・シアターで、コリーン・ワグナー作、川口典成ピーチャム・カンパニー)演出の二人芝居『ザ・モニュメント 記念碑』を鑑賞しました。

ステージ後方中央に置かれたSONYの液晶テレビに映るファレル・ウィリアムスの "Happy"。そして暗転し、ふたりの役者が登場する。ステッコ(神保良介)は帰還兵。戦場で23人の女性をレイプし殺した罪でいままさに電気椅子で処刑されようとしている。そこに現われたメイラ(西田夏奈子)は「死ぬまで私に従うことを条件に命を救おう」と言う。

ステッコは生命と引き換えに、メイラの暴力を受け、使役し、フィジカル的にもメンタル的にも痛めつけられる。メイラはステッコを詰問するが命じない。選択肢を示してステッコに決めさせる。どの選択肢を取ってもステッコはダメージを受ける。ダメージを受けながらも心から反省や後悔はしない。

「結局痛みが決め手になるんだよ、何につけても」「謝るってそういうこと。俺が謝る。世界が許す」。命じられて(あるいは空気を読んで)女性たちを殺したステッコだが、ウサギを殺すこと、自傷することは拒む。非戦闘員に対する性暴力と殺戮を倫理の側から告発するメイラ。組織の論理で正当化しようとするステッコ。その応酬は最後まで噛み合わない。噛み合わなさを暴力で埋めようとする。

西田夏奈子さんの舞台は『俊読2017』で共演する以前から、劇団フライングステージの客演などで何度も拝見しています。今回の役はほとんどの場面で大声の命令口調ですが、声がしっとりしていて品があるので全然やかましさを感じません。「嘘だ」という嘘の空々しさ、「許さない」と言いながら心のどこかで許している深い悲しみを湛えた眼差し。良いお芝居をしていました。ステッコ役の神保良介さんが翻訳した台詞も素晴らしいです。

終演後、ファレル・ウィリアムスの "Happy"のMVが再度流れるのですが、その意味合いが開演前とはまったく違うものに感じられました。

戦争や災害、事故などの慰霊碑は旅先でときどき目にしますが、いままであまり気に留めす過ぎてしまっていました。集団や人数ではなく、ひとりひとりの犠牲者とご遺族に思いを馳せ、立ち止ろうと思います。

 

2018年1月24日水曜日

TRIOLA a live strings performance

路肩に残る雪が夜気をしんと冷やしています。下北沢leteTRIOLA a live strings performance に行きました。TRIOLA波多野敦子さん(作曲、5st Viola)と須原杏さん(Violin)の二人による最小単位弦楽アンサンブルです。

二部構成のワンマンライブの前半は即興中心のセット。深めのリバーブをかけた無調性のピチカートのループからスタートし、そこにポルタメント、スラーを多用したロングトーンが幾層にも重なり響く "Yellow Boys" からサンプルディレイによる二声のフーガがまどろみを呼ぶ "Parade 2"、そしてtriolaが大文字のTRIOLAになってから長いイントロダクションが加えられた三拍子のタンゴ「雨」へ。いずれも10分を超える長尺アンビエントナンバーでした。

短いインターバルを挟んで後半は強いビートを持つ楽曲を矢継ぎ早に繰り出す。ビートといっても打楽器やベースが入るわけではありませんが、9本の弦と2本の弓が生み出す律動性はやはりビートとしか呼びようのないもの。

2016年の再起動後に創られた作品には表題がなく "tr6"、"tr8" とナンバリングされていますが、その印象のまま抽象化/記号化されたパルスと小刻みにゆらぐ調性を持つ音楽は他にはないものだと思います。

波多野さんのヴィオラのメランコリックな肉声と長調も短調も適切に輝かせる杏さんのヴァイオリンの音色の重なり合いの妙。特に最近書かれた等拍のリフレインにきらめく旋律の断片が絡む "tr10"、"tr11"、"tr14" など2桁の楽曲群のテクノ/エレクトロニカの影響を感じさせる緻密なスコアを自らカッターナイフで切り刻むような生々しい演奏は新生TRIOLAの真骨頂か。

木箱のようなleteと小さな木箱でもあるヴァイオリンとヴィオラの共鳴。不協和音。表層的な意味ではなくコアの部分で「美しくあろうとする意志の強さ」そのものを実体化したような音楽が現在のTRIOLAなのだと僕は感じています。


2018年1月20日土曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

寒さがすこし和らいで、街路樹の沈丁花や白木蓮のつぼみが膨らんできました。来週はまた気温が下がるようですが、春は確かに近づいています。

3/4(日)ミシンの日。早春の大潮の十六夜の夕刻に、西東京市保谷町(最寄は西武柳沢駅)のノラバーで、生声の朗読と美味しいお食事とハイボールをお楽しみいただける完全予約制先着11名様限定のお食事付ワンマンライブがございます。只今絶賛ご予約受付中です!

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ノラバー日曜生うたコンサート

出演:カワグチタケシ
日時:2018年3月4日(日) 17時開場、18時開演、19時~バータイム
会場:ノラバー 
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
   ○吉祥寺からバスもあります。
料金:4,500円
   ●ライブチャージ
   ●6種のおかずと味噌汁のノラバー弁当
   ●ハイボール飲み放題(ソフトドリンクもあります)
   ●スナック菓子3種
   以上全部込みの料金です。
   
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銀座のノラの物語アサガヤノラの物語でお世話になり、超リスペクトしているミュージシャンのノラオンナさんが、昨年7月にご自身のお店ノラバーを持ちました。とても落ち着いた雰囲気のあるお店です。こちらには昨年9月に続いて2度目、銀ノラ、アサノラと通算すると10回目の出演になります。

西武柳沢? どこそれ遠そう、ってお思いの方、高田馬場から約20分です。うちからだと阿佐ヶ谷に行くのと10分しか変わりません。

恒例のご来場者全員プレゼントは、大変ご好評いただいているノラバー限定カワグチタケシ訳詞集の第4弾 "suger, honey, peach +love4"(CD付)。トッド・ラングレンELOダン・フォーゲルバーグなど、1960~80年代の甘いラブソングの名曲をカワグチタケシ訳で(この訳詞シリーズを始めた経緯はこちらのリンクをご覧ください。

そしてお料理は必ずご満足いただけるクオリティ。ノラバー弁当は季節ごとの素敵なメニューをノラさんが考えてくださいます。

*銀ノラ、アサノラより1人増えた先着11名様限定の完全予約制です。
 ご予約は rxf13553@nifty.com まで。お名前、人数、お電話番号を
 お知らせください。お席に限りがございます。どうぞお早目に!

 

2018年1月3日水曜日

新世紀、パリ・オペラ座

今年も三賀日は映画館へ。渋谷Bunkamuraル・シネマで、ジャン=ステファヌ・ブロン監督のドキュメンタリーフィルム『新世紀、パリ・オペラ座』を鑑賞しました。

パリ・オペラ座には、ガルニエ宮オペラ・バスティーユというふたつの建物があります。そこで350年以上にわたり毎晩上演されている世界最高峰のオペラとバレエ。

新キャストのオーディション、プレス対応、主役級の突然の降板、従業員のストライキ、演出家の無茶振り、悩める芸術監督、降りかかる大人の事情。ステファン・リスナー総裁はじめとする裏方たちの奮闘の日々を記録しています。

昨年同館で観た『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』はバレエダンサーに焦点を当て、身体表現者たちの息づかいや足音をダイナミックに切り取った思い切りの良いドキュメンタリーでした。本作は、入場料設定会議からキャスティング、リハーサル、本番に至る過程に関わる膨大な人数のスタッフ、清掃係やランドリー担当者まで、ひとりひとりの表情を素早いテンポの編集できめ細かく見せる。

インタビューカットやナレーションはまったく入らず、テロップも最小限。日本の地上波テレビの説明過剰に慣れた目にはあまりにそっけなく感じられるかもしれませんが、それでも関係者個々の心情が痛いほど伝わってくるのは撮影と編集に力があるからでしょう。

キャストの出ハケから照明の切り替えまで、舞台袖から秒単位で目まぐるしく指示を投げ続ける女性舞台監督が、お気に入りのアリアになると全力で歌い出す。微笑ましくも愛情溢れるシーン。

フランス、イタリア、ドイツ、ロシア、アメリカ、カナダ、アジア系、アフリカ系。世界最高峰を目指すことでキャストは完全にグローバル化しており、会話も仏語、英語、独語。国立の施設においても自国人の雇用より至高の芸術を優先するのがフランスの懐の深さか。

2015年、パリ市内で起きたシャルリー・エブド紙襲撃事件とサッカースタジアムおよびコンサート会場における同時多発テロの直後に、旧約聖書の出エジプト記を題材にしたシェーンベルクの未完のオペラ『モーセとアロン』を上演するにあたり「公演を続けることが無差別テロに対する最大の抗議。芸術を、表現を止めてはならない」というリスナー総裁のスピーチは感動的です。