2022年7月12日火曜日

野生の少年

小雨の夜。生誕90周年『フランソワ・トリュフォーの冒険』からもう一本。角川シネマ有楽町で『野生の少年』デジタルリマスター版を観ました。

1798年、南仏アヴェロン。森にきのこ狩りに来た農婦が汚れきった全裸の少年(ジャン=ピエール・カルゴル)を発見する。猟犬を連れた村人に捕らえられた少年は四足歩行し言葉を話すことができない。幼くして親に捨てられ山中で木の実や草を食べ川の水を飲み独力で数年生き延びた。

少年はパリに移送され国立聾唖学校に入れられる。同級生たちに虐げられ、貴婦人たちの見世物にされる。イタール博士(フランソワ・トリュフォー)は少年をパリ郊外クルテイユの自宅に引き取り、ヴィクトールと名付けて、教育を施す。

トリュフォー監督作品の中ではメジャーではなく僕もはじめて観ました。18世紀末、フランス革命直後の啓蒙主義の時代背景を想像すると、イタール博士の指導はもっとスパルタだったのではないかと思うのですが、映画のイタール博士はヴィクトールを力で組み伏せることなく、心理的にも過大な負荷はかけない。できないことをさせようと何度か仕向けてもできないときは絶妙な頃合いですっと引き下がります。2022年の人権意識からするとぎりぎりな感じですが、撮影された1969年の感覚ではヴィクトールの人間性に過不足なく配慮していたのでしょう。

トリュフォー監督の芝居が達者で、イタール博士はヴィクトールのことを単なる研究対象ではなく、家族として愛情をもって接していたことが伝わります。トリュフォー作品はすべからく女性讃美映画だといわれますが、本作も例外ではなく、家政婦ゲラン夫人(フランソワーズ・セニエ)はどんなときでもヴィクトールを100%受容し、近所に住む酪農家レムリ夫人(アニー・ミレール)は食器を壊されても彼を温かく迎え入れます。

それだけに、いつかヴィクトールが野生に戻り、森に帰ってしまうのではないか、と感情移入し、はらはらしながら観ました。

ネストール・アルメンドロス撮影の白黒画面のカメラワークがハイコントラストで美しく、1969年というドローンのない時代にどうやって撮ったのだろうと思う上空からの俯瞰ショットが印象的な映画です。

 

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