9月21日は賢治忌。宮沢賢治80年目の命日に故郷花巻を訪ねました。その折に東北新幹線新花巻駅から程近い宮沢賢治童話村に隣接した花巻市博物館で開催中の『藤城清治 光のファンタジー』を鑑賞しました。
藤城清治といえば、日本を代表する影絵作家です。小人やサーカスをモチーフにしたメルヒェンな作品は、CMや雑誌で誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
正直僕はメルヘンとか童話とか申し訳ないぐらい興味がなくて、宮沢賢治でも『銀河鉄道の夜』『グスコーブドリの伝記』以外はどうもピンとこない。もちろん『春と修羅』は大好きで(除く「無声慟哭」詩篇群)、それで忌日にゆかりの地を巡ったりしているわけですが。
そんな残念な賢治読者である僕でも、この作品群には圧倒されました。
展示はクロニクルになっており、1950~60年代のモノクロ作品群から。『西遊記』の『いかだに乗る悟空』。水面の波紋のグラデーションにまず驚く。微妙な濃淡と奥行を、何層にも貼り付けたトレーシングペーパーで表現している。その正確さ、美しさ。影絵の原画ですから、すべての作品が裏側から光を当てられ、内側から輝いているように見えます。
そしてトレーシングペーパーがセロファン紙に変り、以降はカラー作品になります。カミソリで数ミリ単位のすべてのパーツを切り、透明な台紙に貼り付けていく。それが描線を形成し、色彩と遠近法を生成する。と書いてしまうと簡単ですが、原画を仔細に注視すればそこには、偏執的なまでに構築された細部があります。自由なイマジネーションとそのヴィジョンを実現するために費やされる気の遠くなるような作業の手間と時間を思わざるを得ない。
初期の頃には真っ黒な横顔のシルエットに切り取られた白眼だけの表情でしたが、2010年以降に描かれた絵本『セロ弾きのゴーシュ』『風の又三郎』などの連作群では黄色人種の肌色と顔面の凹凸、皺や汚れまで陰翳だけで表現しています。80歳代後半になっても明らかに技巧が上がっているし、制作ペースがまったく落ちていない。
陸前高田、気仙沼、福島第一原発など、東日本大震災の被災地を描いた作品がプリントだったことが唯一残念でしたが、1960年代に劇団木馬座が上演した影絵劇『銀河鉄道の夜』の動く現物セットも楽しい、本当に充実した素晴らしいレトロスペクティブです。
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