湿った土を踏む足音。木箱を背負った白髪の男が墓地を歩いている。モノクロの画面。古い家屋に入り廊下の突き当りに置かれた椅子に座り、レコードジャケットの原画を木箱から次々に取り出し床に広げ語り始める。男の名はオーブリー・"ポー"・パウエル。
1964年、英国ケンブリッジでポーは、ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの同級生でラグビーのチームメイトだったストーム・トーガソンと出会い、意気投合する。ピンク・フロイドのメンバーがロンドンに移るのと時を同じくしてストームとポーも上京、王立芸術学院に入学し、1968年にピンク・フロイドの2ndアルバム "A Saucerful of Secrets" のジャケットをデザインする。
「ヒプノシス(HIPGNOSIS)は、ヒップ、クール、グルーヴィ、そして霊知的」。「原子心母」「電撃の武者」「狂気」「プレゼンス」「びっくり電話」。1970年代のロックシーンを彩る名だたるレコードアルバムのアートワークを担当したデザインチームの誕生から終焉までを描いたドキュメンタリーフィルムです。
ストームとポーで始まり、ピーター・クリストファーソンが加わる。3名のうち唯一存命中のポーのインタビューを中心にピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズとデヴィッド・ギルモア、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとロバート・プラント、ポール・マッカートニーら、ヒプノシスに発注したミュージシャンたち、同業者ではYESの中期の歴史的名盤群のビジュアルイメージを決定づけたロジャー・ディーン、JOY DIVISIONの "Unknown Pleasures" をデザインしたピーター・サヴィル他が出演しています。
「聖なる館」や「ウィングス・グレイテスト」など、絵画だと思っていたのですが、アイルランドの岸壁やスイスアルプスの山頂でロケした写真をレタッチしているんですね。びっくりしました。スタジオ撮影された「バンド・オン・ザ・ラン」の制作過程の動画が残っているのが、さすが大御所中の大御所ポールです。
パンク全盛期においてオールド・ウェイブと揶揄されたハードロックやプログレバンドのジャケットを多く手掛けたヒプノシスに対して、元SEX PISTOLSのグレン・マトロックは世代的な嫌悪感を隠さないが、ポスト・パンク/ノイズ・インダストリアルのスロビング・グリッスル、サイキックTV、COILに加わるピーター・クリストファーソンには一定の共感を示す。更に一世代下のノエル・ギャラガーになると一周してノスタルジー込みでヒプノシスを高く評価しているのが面白いです(ノエルの娘に至っては「レコードジャケットって何?」「iTunesのアイコンのために打ち合わせをするとか意味わかんない」と言う)。
ヒプノシスのジャケットデザインは静謐で、僕には音楽が聴こえてこない。だからこそレコード盤に刻まれた音楽がより際立つのではないか、とこの映画を観て思いました。
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