ゲルギオス・キリアコス・パナイオトゥは1963年、キプロス系ギリシア人の父とユダケ系イギリス人の母のもと、ロンドン郊外の労働者階級の家で生まれた。子どものころからスターになってみんなに愛されたかったが、鏡に映る眼鏡をかけた少年には無理に思えた。夢を叶える理想の別人格を内面化し、ジョージ・マイケルと名付けた。
1981年に"Wham Rap! (Enjoy What You Do)"でデビューすると、またたくまに全英女子のハートを掴み、イギリスのポップグループとして初の中国公演を敢行する。FILAをスポンサーにつけて真冬の北欧公演にも短パンのテニスウェアで臨んだ。
1998年にLAの公衆便所で男性(実はおとり捜査の警官)に対する猥褻行為未遂で逮捕された際に同性愛者であることをカミングアウトし、その後は性的少数者やHIV感染者を支援するアクティヴィストの側面が強くなる。薬物依存によりロンドン市警に数回検挙拘束される一方で、匿名で高額の寄付を繰り返した。
僕の思春期にリアルタイムで売れていたワム!は、いかにもアイドル然とした佇まいで、それは彼らのメディア戦略でもあったと思うのですが、現在の耳目で捉え直すと、素晴らしい歌声を持ち、シンプルで美しい楽曲を書く音楽家であったことがわかります。恋人アンセルモ・フェレッパがエイズで死の床に就いていたとき、フレディ・マーキュリー追悼コンサートのスタジアムの大観衆の前で熱唱したクイーンの「愛にすべてを」は本家フレディに優るとも劣らない美声です。
映画の作りとしては、ジャーナリストや研究者、レーベル関係者などのインタビューが中心で、字幕を追い切れないほど情報量が多い。ワム!時代はさらっと流して後半生にウエイトを置いているため、自身のセクシャリティに対する葛藤と克服、社会活動が中心ですが、音楽や歌詞も絡めています。僕自身、ソロ2作目の "Listen Without Prejudice: Vol.1" 以降あまり作品を追うことがなくなってしまい、ゴシップが聞こえてくるばかりでしたが、その後のグルーヴィなクラブサウンドもメローなバラードも佳曲揃いでした。
ミュージシャンでは、テレンス・トレント・ダービー(現サナンダ・マイトレイヤ)の姿を久々に見たほか、スティーヴィ・ワンダー、トム・ロビンソンのインタビューも。同じくゲイでありジョージ・マイケルに "Going to a Town" を楽曲提供しているルーファス・ウェンライトの声が聴けたもうれしかったな。


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