色鉛筆で描かれた海と空。足元の波紋と濡れた足音、油蝉の声。美大生になった式森カオル(古川琴音)が真夏の山に穿たれた坑道を抜けるとそこは海中で一頭の鯨が泰然と泳いでいる。
4年前、制服のカオルは下校しても自宅ではなく帯向煙火店の住居兼工場に帰る。赤錆びたベランダには制服を膝までまくったチッチこと帯刀千太郎(入野自由)。弟の敬太郎(萩原利久)が部屋を飛び出して屋根を下る。階下の工場では父親榮太郎(岡部たかし)が市職員と隣近所の住民から立ち退きを説得されている。婿養子の榮太郎は花火師だったが、数年前に妻を亡くし、花火工場もその後廃業していた。市職員に殴りかかる敬太郎とそれを止める榮太郎。カオルの両親も立ち退きを勧めに来ていた。
4年後、東京の美大に進学し、プロジェクションマッピングの新進アーティスト兼インフルエンサーとなったカオルは、二浦市役所に就職したチッチに連れられて網代に帰る。翌日の8月31日に帯刀煙火店は行政代執行により更地にされる。煙火店の前の入り江は埋め立てられメガソーラーが設置されていた。水軍の末裔である失踪した父榮太郎が残した幻の花火シュハリは、猛毒の花緑青を使う500年前に水軍が用いた狼煙。その花火を上げるために敬太郎は4年間を準備に費やしていた。
「花火なんてたとえ世界で一発も上らなくても誰も困らないんだよ」「どんなことにだって終わりは来るよ。問題は終わらせ方だよ」。再開発により失われる伝統工芸という紋切型のテーマと思いきや、映画中盤で示される煙火店廃業の経緯はもっと残酷なものでした。単純な二項対立とならず、物語に広がりを与えているのは兄チッチの存在。開発を推進する公務員でありながら、弟の心情も理解し、且つ板挟みで葛藤することなく、両者の立場を内面化する。
日本画を主たる表現手段とし『君の名は』や『この世界の片隅に』にも関わった四宮監督の作画はあらゆるシーンが美しく、一瞬たりともスクリーンから目が離せません。アメリカデイゴ、ノウゼンカズラ、アザミの花。蝉の死骸、蟹、カマキリ。蜩の声。極端に強調された遠近法と前景の遮蔽物に切り取られた表情は歌川広重の『名所江戸百景』を思わせる。世界のアニメの潮流が3Dに完全移行した現在も、セルタッチの平坦な色彩にこだわる日本のアニメーション表現そのものが浮世絵的ではあります。敬太郎が作った段ボールのジオラマが実写+クレイアニメになるのも面白かった。
劇場アニメ初挑戦の古川琴音さんは、本職の声優さんのように随所に抑揚をつけるような演技をしませんが、それがカオルの性格によく合っていると感じました。蓮沼執太さんの劇伴もよかった。imaseさんの編曲もしていて、聞こえてきたヴィオラは手島絵里子さんかな、と想像しながらエンドロールを聴きました。

