2020年12月27日日曜日

クリスマスの翌々日に

クリスマスの翌々日に、下高井戸のぎゃるりでんぐりさんで、さいとういんこさんとの二人会 Poetry Reading Live "On Second Day After Christmas"クリスマスの翌々日に』に出演しました。

10月末にいんこさんからお誘いがあり「やりたいです!」と即答しました。限定の席数は早々にご予約で埋まったものの、その後感染者数が増え心配もありましたが、無事に当日を迎えられました。ご来場のお客様、でんぐりのオーナー詩子さん、そしていんこさん、ありがとうございます。

入場者の検温と手指消毒、演者の入れ替えと休憩時に換気、ステージ前にはアクリル板、マスク着用のまま朗読しました。
4. Together(さいとういんこ)
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僕のセットリストは以上です。いんこさんとFlying Books店主山路さんの編集で2002年にSplashWordsから出版してもらった『カワグチタケシ詩集』収録の作品を中心に組みました。前半は僕といんこさんが15分ずつのセット、後半は1篇ずつ交互に、最後にこのライブのために共作した連詩「クリスマスの翌々日に」を聴いていただきました。僕にとっては2月の詩詞奮人以来、10ヶ月ぶりの有観客ライブでした。

いんこさんと出会ってからもう20年以上経ちます。たがいにリスペクトしつつスタンドアローンでずっとやってきたこともあり、共作というのがまず異例なこと。一行ずつ詩想を膨らませていく作業はスリリング且つ信頼から来る安心感もあり、とても楽しかったです。

キュートな外見と声質、シンプルで平易な言葉選び、NHKみんなのうたやアイドルにも歌詞提供していることから、ポップならライトヴァースの書き手と認識されることも多いいんこさんですが、本質はRebelの人だと僕は思っています。体制に抗い、欺瞞に抗い、大資本に抗う。一方で、マクドナルドとスターバックスとユニクロが大好き。倫理だけでなく、矛盾を受容することが、ずば抜けた技術を超えて、作品をリアルに面白くしている。僕に同名の作品があることもあり、いんこさんの初期の代表先ともいえる「希望について」をリクエストして朗読してもらいました。

この日のためにおそろいの老眼鏡と星座柄のマスクをいんこさんがご用意してくださいました。特に打ち合わせしていなかったのにふたりともグレーの衣装で、会場の白い壁と調和していたのもうれしかったです。

2020年はこれで仕事納め。新型コロナウィルスの影響で異例づくめの一年でしたが、終わりよければなんとやらです。来年は感染が収束することを願いつつ、どうぞよろしくお願いいたします。

 

2020年12月22日火曜日

私をくいとめて

猫の日。TOHOシネマズ錦糸町オリナス大久明子監督、のん主演映画『私をくいとめて』を鑑賞しました。

2004年に20歳で芥川賞を受賞した綿矢りさが2017年に発表した小説を実写化。主人公黒田みつ子(のん)は31歳のおひとりさま。隣室の住人の深夜のホーミーに悩まされている。日課は先輩OLノゾミさん(臼田あさ美)と共に必要悪と呼ぶ来客へのお茶出し。取引先の歳下営業担当多田(林遣都)に好感を持つが、お気楽な生活を変えるのは気が進まず、一歩を踏み出せない。

みつ子の脳内にはAという名の相談相手(中村倫也)がいて、困ったときや迷ったときに答えを示してくれる。「無機質かと思えば妙にネガティブなときは感情がこもる」。AはAnswerのA。Aの言葉は客観的だが、脳内人格だからみつ子を決して傷つけることなく、背中を押してくれる。

前所属事務所とのトラブルもあり『あまちゃん』以降は作品に恵まれなかった印象のあるのんさんですが、ようやく代表作と呼べる映画に巡り会えたのではないかと思います。こんなに感情表現できるんだという驚きもありながら、舌打ちしてこその彼女だし、ローマに住む親友皐月(橋本愛)を訪ねる潮騒のメモリーズのリユニオン。お互いの姿をデッサンする無言のシーンは鉛筆と雨音だけが聞こえ、歳月を越えて沁み入るものがあります。

脇役では、ヘッドハントされた上司役の片桐はいりもよかったですが、臼田あさ美の存在感が別格。『架空OL日記』でもそうでしたが、スクリーンに映るだけでコメディ色が滲む。ワンカットだけ登場する山田真歩のお芝居も最高です。今をときめく中村倫也をナレーションだけという贅沢な使い方をして、妄想が像を結ぶと前野朋哉の姿と声(しかも水着姿)に変わる演出も気が利いている。

撮影は大久組の中村夏葉。主人公の心情が揺れる前半は不安定な手持ちカメラ、物語が進む中盤以降は固定カメラを主に使用しています。歯科医との不本意なデートを回想する場面では、帰宅した玄関でグッチのハイヒールを脱ぐ所作をじっくりと時間をかけて撮影するのですが、役を美しく撮るということは、表面上のかわいさだけでなく、狡猾さや打算やその果ての落胆まで、すべてを映し出してしまうものなのだな、と思いました。

 

2020年12月18日金曜日

ノラオンナ 冬のムリウイでひとりウクレレ弾き語り

小田急線の高架沿いをてくてく歩いて祖師ヶ谷大蔵まで。Cafe MURIWUIで開催されたノラオンナさんのライブ『冬のムリウイでひとりウクレレ弾き語り』に行きました。

そぎ落とされた言葉、自己表現よりも音楽であることにひたすら奉仕する歌声、最小限に切り詰められたウクレレのつま弾きによって、ぴんと張り詰めたスリリングな空気を作り出すコンセプチュアルなライブパフォーマンスが2018年のアルバム『めばえ』発表以降は顕著でしたが、今日のステージは「わたしなりの忘年会」と言うように、カバーも多く交えて、楽曲に関するエピソードや日常雑感をMCにはさんで、いつになくリラックスムード。

10. 宮尾と私
11. ぼくのお願い
15. Stay home
16. きよしこのよる(讃美歌)

「ポップスが好きなんですけど、自分の持っている声がポップじゃないという葛藤がいつもあります」と言う。当時マッチの歌う「スニーカーぶる~す」を聴いて、どこがブルーズだよ、と批判的だったブルースマニアも、ノラさんのカバーを聴いたらみんな納得せざるを得ないと思います。

コロナ禍の2020年を通じて制作のお手伝いをさせてもらった4枚のホームレコーディングCD-Rの収録楽曲をはじめて生で聴けたのも感慨深かったです。全18曲、90分のなごやかなライブには温かな包容力があり、年の瀬らしい郷愁とすこし感傷的な気分になりました。

2020年12月13日日曜日

ノラバーサンデーモーニングコンサート VOL.22

晩秋から初冬へ。有楽町線、大江戸線、東西線、西武新宿線を乗り継いで。西武柳沢ノラバーにて開催された配信ライブ、ノラバーサンデーモーニングコンサートVOL.22に出演しました。

ノラバーの店主ノラオンナさんとトーストモーニングを食べながらトーク、ソロライブ、コラボ演奏という構成で、7月12日にも出演させていただいたのですが、そのときに通信系のトラブルがあり、前半のトーク部分しか配信されなかったということがあり、申し訳ございませんでした。

それで今回は7月に聴いてもらえなかったライブパートを、ソロ、コラボともに前回同様のプログラムでお届けしました。ソロの演目は長編詩「Wedding Songs」。2018年3月のノラバー日曜生うたコンサートに出演した際に客席で出会ったふたりのお客様が、その後交際に発展し今年7月7日に入籍したことを聞き、大変うれしくまた光栄に思い、この詩を選びました。エンディングがクリスマスなので今の季節にもちょうどよかったと思います。

ノラさんとのコラボ枠は港ハイライトの「やさしさの出口で」(作詞作曲ノラオンナ)の男声パートを朗読で女声パートをノラさん本人の歌で。ビニールカーテン越しではありましたが、間近で聴くノラさんの歌声が美しく、ひたすら聞き惚れていました。

前半のトークパートでは、モーニングを食べながら、これ以上ないくらい他愛のない話をしています。コロナ禍においてはこの他愛のない話が何より貴重に感じられます。モーニングの白いトースト、ゆでたまご、ノラバーブレンド、おまけのプリンのどれもおいしくいただきました。

配信ライブも回を重ねるごとに勘どころがわかってきましたが、今回はお店の構造上斜め横から撮影しており、マイクに向かうのか、カメラに向かうのか、迷いが出ました。アーカイブは24時間、12月14日(月)10:30まで視聴できます。僕も見直して目線のもっていきどころの最適解を見い出したいと思います。ご視聴いただいたみなさん、ノラさん、ありがとうございました。


2020年11月29日日曜日

IIOT presents "magic hour"

11月最後の日曜日、下北沢へ。CLUB251にて開催された IIOT presents "magic hour" に行きました。

IIOT(アイアイオーティ)は、ヴォーカル/キーボードのエリーニョさんを中心に結成された新バンド。ギター 石川ユウイチさんANIMA / The eri-nyo Quintet)、ベース オギノ祥弌さん(ANIMA)、ドラムス 高橋ケ無さんSOUR / Paris death Hilton)の4人組で、この日が初披露。エリーニョさんが3月に出したCDブック "urion" に2曲収録されている演奏が恰好良くて、楽しみに待っていたデビューライブでした。

ソーシャルディスタンスを意識して普段客席として使用されるフロアに半月型に配置されたバンドセットから放たれる音楽は、既にYouTubeで公開されている "Song 1" "夜の街" のMVのメロウでアーバンなサウンドとは異なり、バキバキにハードエッジです。

デビューとはいえ経験も実力もある4人の演奏はきれいにまとめようと思えばまとめられるものをあえて生のまま差し出している。"夜の街" に象徴されるコロナ禍の世界に対する不安、抑圧、愛情、希求がないまぜのMixed Up Emotionを提示しているように感じました。

特に音の抜き差しが自在でアイデアに溢れ且つソリッドに縦ノリな高橋ケ無さんのドラムプレイがIIOTの音の肝だと思います。豪放磊落なCUICUIRuì Suì Liuさんといい、知的で冷静なThe eri-nyo Quintetのヨシカワタダシさんといい、エリーニョさんのリズムセンスは抜群だと思います。

共演のmothercoatはしいて例えれば James Blake meets 井上陽水といった風情のデュオ。サンプリングされたブレイクビーツと手弾きのベースの重低音の不協和音が心地良いチルアウトミュージック。

ステージを2人のダンサーが躍動する。Yuko Tohyamaさんはコンテンポラリー、Eisakuさんはハウス風味のタップとスタイルは異なりますが、眼前で鍛えられた生身の人間が踊る姿はやはり胸を打ちます。

「身体性」というのが、この日 "magic hour" でエリーニョさんが僕たちに示したかったテーマではないでしょうか。

 

2020年11月27日金曜日

ホテルローヤル

秋の終わりの金曜夜。TOHOシネマズ日比谷武正晴監督作品『ホテルローヤル』を観ました。

第149回直木賞を受賞した桜木紫乃短編小説集を実写映画化。釧路湿原にぽつんと建つ雅代(波瑠)の両親大吉(安田顕)るり子(夏川結衣)が経営するラブホテル。従業員のミコ(余貴美子)と和歌子(原扶貴子)は創業時から20年近く勤務している。

幼い頃から同級生にラブホの娘とからかわれ家業を嫌っていた雅代だが、札幌の美大受験に失敗しホテルの仕事を手伝いはじめる。母るり子は若い恋人(稲葉友)と失踪、父大吉は深酒し元妻のところに入り浸り帰ってこない。

土砂降りに打たれて担任の野島(岡山天音)と雨宿りのためにホテルの部屋に入る親に捨てられた女子高生まりあを演じる伊藤沙莉がとてもいい。錆びついたホテルの死んでいるような登場人物たちのなかで彼女が登場すると画面が生命力に溢れ活気づきます。

しかし、まりあはホテルの部屋で3日間を過ごし野島と心中してしまう。葬式帰りの熟年夫婦(正名僕蔵内田慈)のエピソードは唯一の救いか。心あたたまりました。

松山ケンイチ演じるアダルトグッズの営業マン宮川の立ち居振る舞いが滅茶苦茶格好良く、原作者の理想を擬人化したキャラクターではないか思います。

 

2020年11月23日月曜日

タイトル、拒絶

自宅から徒歩で行ける2つめの映画館。109シネマズ木場山田佳奈監督作品『タイトル、拒絶』を鑑賞しました。

JR山手線鶯谷駅前「悪質なポン引き街娼が増えています。相手の客も処罰の対象です。」と書かれた看板前で黒いブラジャー姿のカノウ(伊藤沙莉)の独白「不特定多数のベーシックスタイル、どうなんですかこの人生?」で映画は始まります。

就活に失敗しデリヘル嬢の面接を受けたカノウだが、最初の客から生理的に受け付けず嬢は辞め、同じ事務所で運営スタッフとして「女の子」たちをサポートしている。

アツコ(佐津川愛美)、キョウコ(森田想)ら、陽キャのデリ嬢がかしましく騒ぐ事務所の片隅で膝を抱えるチカ(行平あい佳)。いつも手放さない大学ノートには「先のないことしか書いてないから。恨みとか辛みとか」。

時折笑いが起こることがあっても殺伐とした空気は常に一色即発の緊張感に満ちている。そのなかで周囲に流されず常に笑顔を絶やさない売上ナンバーワンのマヒル(恒松祐里)。輪には加わらないが、彼女を中心に場が生まれる。

誰もが感情をあらわにするが、カノウだけは感情の外側にいる、そしてそれが気にくわない者になじられる。なのに自分ではなくデリヘル嬢の側に立ち最後の最後に感情を爆発させるカノウ。

荒んだ人間模様にあって、マヒルと妹(モトーラ世理奈)が話す高架橋の背景の空の青の美しさが目に染みる。

テレ朝系深夜ドラマ『女子高生の無駄づかい』で注目したマヒル役、子役出身の恒松祐里の演技が見事です。特にラストシーンの「お腹空いた」の台詞が劇中の惨状をすべて救済している。伊藤沙莉とダブル主演と言ってもいいのではないでしょうか。

入江陽のスコアも地味ながらこの映画にドライな格調を与えています。

 

2020年10月18日日曜日

星の子

曇天。TOHOシネマズ日比谷にて大森立嗣監督作品『星の子』を観ました。

主人公林ちひろ(芦田愛菜)は中学3年生。生後、皮膚疾患で常時泣き叫び続け、母親(原田知世)はストレスMAX、父(永瀬正敏)が勤務先の先輩から紹介された「金星のめぐみ」というペットボトルの水でちひろの皮膚炎はやがて回復。そこから両親はニューサイエンス系の新興宗教にのめり込んでいく。

長姉まーちゃん(蒔田彩珠)は両親との確執から家出し男と暮らしている。「どこが好き?」とちひろに尋ねられ「しいて言えば溜息とか?」と答える。

新任数学教師の南(岡田将生)に憧れるちひろは授業をろくに聞かずに先生の似顔絵ばかり描いているが、その落書きノートはかつて母が産後の苦悩を綴った十年日記の余白だ。

制作会見で記者に「信じるとは?」と訊かれた芦田愛菜さんの理知的な返答はメディアで称賛されました。恋をすることで自分や家族と異なる価値観の存在を知り、葛藤しながらも日常は続き、両親を信じつつ同時に疑問も抱く。

2017年に野間文芸新人賞を受賞した今村夏子の原作が昨年末に文庫化された際、既に映画化が決まっており芦田さんの帯が巻かれていたので芦田さんの顔を主人公に当てて読みました。

もともと口数の多くない役ですが、泣きながら全力で走って帰宅するカット、ホームルームで南先生に叱責されたときの説明のつかない感情がこみ上げて溢れ出す表現など、科白のないシーンでも揺れる思春期の少女を芦田さんが作為を感じさせない自然な演技でリアルに彫り出してくる。親友なべちゃん(新音)の歯に衣を着せぬ感じもいい。

教義について詳細な描写はあえて避けられていますが、中間幹部らしき昇子さん(黒木華)が言う「あなたがここにいるのは自分の意思じゃない、受け取ったメッセージに従っているだけ」という非常に運命論的な科白が印象に残ります。

満点の星空を見上げるラストシーンに重なる世武裕子のピアノ。それにしても、母娘というのは物理的に距離が近いものだな、と思いました。


2020年10月4日日曜日

真夏の夜のジャズ 4K

金木犀の候。恵比寿ガーデンシネマバート・スターン監督作品『真夏の夜のジャズ 4K』を鑑賞しました。
 
米国ロードアイランド州ニューポートはその名の通りの港町。洒落た別荘が建ち並ぶビーチリゾートでもある。1954年に始まり現在も続く野外フェスの第5回1958年の記録映画です。大学生だった1980年代にVHSの粗悪なコピーで断片的には観たことがあるのですが、今回4Kリマスターされたということであらためて全編を通して観ました。

1曲目はジミー・ジュフリー・スリーで "Train and the River"。ジュフリーのテナーサックス、ボブ・ブルックマイヤーのバストロンボーン、ジム・ホールのギターというリズムレストリオの脱構築ブルース。つづくセロニアス・モンク、終盤のチコ・ハミルトン・クインテットあたりのアブストラクトな演奏が当時の最先端音楽だったのだと思います。

際立つカメラワーク。ブルックマイヤーを背景にジュフリーの横顔をひたすら長回しする。ジャズの愛好家なら楽器を操る指先にも注目したいはずだが、完全スルーで画角に入らない。モンクの鍵盤も映らない。撮影当時29歳の気鋭のファッションカメラマン、スターン監督の美学が全編に貫かれています。

そして真っ赤なズートスーツに口の端でリードをハスにくわえる金髪のジェリー・マリガンは、ポール・シムノンか、シド・ヴィシャスか、と見紛う格好良さ。

裕福そうな白人中心のファッショナブルな美男美女を揃えた客席の前列部分は実は仕込みだったという話は以前からありましたが、真偽の程はわかりません。1958年はモータウン創業の年チャック・ベリーの今作への出演に象徴されるロックンロール黎明期、まだぎりぎりジャズがユースカルチャーだった時代。ライブ毎に過剰な即興が課せられるストレスを麻薬と酒でスポイルしたジャズのダークサイド、Rebel Musicの要素を排除したこの作品には、こだわりの蕎麦屋のBGMにジャズが流される現代に続く何かがあると言ってもいいのではないでしょうか。

ルーズでドラッギーなジャズを聴き続けた耳に、チコ・ハミルトン・クインテットのチェロ奏者ネイサン・ガーシュマンが薄暗いリハーサル室でひとり上半身裸で弾くJ.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第1番プレリュードが清涼に染み渡ります。

4Kテクノロジーということでは、マヘリア・ジャクソンの吐く息まで映し出しますが、温暖化以前は夏でも夜は息が白くなったのか、昨今の世相を映して飛沫なのかは定かではありません。

この1958年のニューポートジャズフェスティバルにはマイルス・デイヴィスも出演しています。しかも翌年にあの超名盤 "Kind Of Blue" をレコーディングするのと同じジョン・コルトレーンビル・エヴァンスを擁するクインテットですが、映画はそのことには毛ほども触れません。気難しいマイルスが完璧主義を発動させ、すべてボツにしたのだろうと容易に想像がつきます。

 

2020年9月28日月曜日

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

マイルス忌。TOHOシネマズ錦糸町楽天地にて石立太一監督作品『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を鑑賞しました。

架空国家ライデンシャフトリヒ、デイジー(諸星すみれ)は祖母の遺品に亡き曾祖母から送られた50年分のバースデーメッセージを見つける。かつて自動手記人形(ドール)と呼ばれた代筆業。そのひとりヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由依)の仕事だった。

時代はさかのぼり、大戦後の首都ライデンへ。戦闘で両腕を失い義手となった元少女兵士ヴァイオレットは18歳、3ヶ月先まで予約が埋まる人気のドールになっていた。

戦闘地域で拾われ感情を排した兵器として育成されたヴァイオレットが戦後、かつての上官ギルベルト(浪川大輔)の戦友ホッジンズ(子安武人)が経営するC.H郵便社に雇われて、代筆業を通じ依頼者の感情に触れ、自身も感情を獲得する過程が描かれた2018年放送のテレビシリーズ第10話が前述のデイジーの祖母のエピソード)、京都アニメーション放火殺人事件の直後に封切られた劇場版外伝『-永遠と自動手記人形-』、そして今回が完結編となります。

舞台となる20世紀初頭は、日本における言文一致運動の時期と重なります。しかしながら21世紀の現在でも話し言葉と書き言葉が完全一致することはなく、この先もないでしょう。話し言葉、書き言葉にはそれぞれの機能と運動と作用があり、どちらが優れているというものではありませんが、代筆業はその橋渡しをする仕事です。

今作冒頭でヴァイオレットは、港湾都市ライデン主催の海への感謝祭で人気俳優が朗唱する詩を提供する桂冠詩人的な仕事もしています。代筆業は依頼人の口語をそのまま文字起こしするだけではなく、ある程度格調ある文章に書き換える役割を持ち、時には表出しない感情を依頼人から汲み上げてしまうことがあります。

ヴァイオレットが当代人気のドールとなったのは、詩的で華麗な修辞だけではなく、新皇帝の戴冠に相応しい威厳と壮麗さ、少女の無邪気さと純粋な思慕、老母の娘を思いやる包容力、依頼人と受取人が望む関係性を文体化する力が備わったからだと思います。その一方で、いつまで経っても書き言葉のような口調を崩さないヴァイオレットでもある。

不幸な事件の後ではありますが、京都アニメーション制作の映像は終始美しく、雨、朝露、海面など、水の描写は殊に素晴らしいです。余白をたっぷりとった演出で、また細部まで配慮の行き届いた音響設計は是非劇場で鑑賞することをお勧めします。

 

2020年9月22日火曜日

メイキング・オブ・モータウン

秋分の日。ヒューマントラストシネマ渋谷で、ベンジャミン・ターナー&ゲイブ・ターナー監督作品『メイキング・オブ・モータウン』を観ました。

自動車産業の中心地として爆発的な好景気に沸いていたミッドセンチュリーのミシガン州デトロイト。スラム街に育ったベリー・ゴーディ少年は黒人向けの新聞を街頭で売っていた。裕福な白人の住む市街地ならもっと売れるはずと考えそれは実際に成功した。翌日兄を誘ってふたりで白人街に出かけたが今度はさっぱり売れなかった。「黒人の子どもは一人ならかわいいが二人になると脅威だからだ」。

いくつか職を移り3Dレコードマートを開業して失敗したゴーディが次に狙ったのはレコード会社の設立。小さな建売住宅を買って1階をレコーディングスタジオと事務所に改装し、2階を住居とした。そして次々にヒットソングを世に出していった。

関わったミュージシャンやスタッフのインタビューを交え、モータウンレコードの創始者ゴーディとソングライターで歌手で共同経営者でもあったスモーキー・ロビンソンが当時を回想するドキュメンタリー映画ですが、アーティストのサクセスストーリーというよりはビジネスモデル創造を分析する色彩が濃い作りです。

フォード社の製造ラインでバイトした経験から分業制と徹底した工程管理によるクオリティコントロールを取り入れ、消費者に近い感覚を持つ事務方の合議による意思決定をアーティストのエゴより重視する。ゴーディ自身も曲を書くが、マーケットを開拓するためには、ホランド=ドジャー=ホランドアシュフォード&シンプソンホイットフィールドストロングら、大衆受けするソングライティングチームを使うことを厭わず、白人市場に切り込むとなればイタリア系の強面A&Rマンを雇い、実力ある女性たちを躊躇なく幹部登用する。

そういった計算がある一方、電話の取り次ぎの才能が認められ秘書として採用されたマーサ・リーヴスをたまたま歌わせたところ驚くべき歌唱力の持ち主でデビューさせるなど、偶然と直感もけっして軽視しない。

スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズザ・テンプテーションズフォー・トップスメアリー・ウェルズザ・マーヴェレッツ。きら星のごとく輝く才能が集まってくる。ジャクソン5のオーディションフィルムでは9歳のマイケルがすでにえげつないほど滑らかなムーンウォークを披露しています。

そしてクオリティ・コントロールからはみ出してしまう天才。マーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーは、役員と幹部社員による品質管理会議の反対をセルフプロデュース作品の音楽的革新性とセールスでねじ伏せてしまう。

"My Girl" と "What's Goin' On" という60年代、70年代を代表する2曲のマルチトラックを分解してサウンドの解析をするパートはテンションが上がります。両曲の印象的なベースラインはいずれもジェイムズ・ジェマーソンの仕事。フォード財団が文化貢献のために地元の公立校へチケットを配布していたデトロイト交響楽団の管弦楽の記憶が流麗なストリングスアレンジに影響を与えていたというのは目から鱗でした。

深南部のレビューツアーで経験した酷い人種差別は現代のBLMにも通ずるものだが、直接的な抗議行動には加担せず、融和的な浸透を企図する。お行儀良さそうに見えたダイアナ・ロス&ザ・スプリームスが、実は初期は相当パンキッシュで笑わないのを矯正し、エド・サリバン・ショーに出演しエリザベス女王に謁見したりできるほどに育成したことで、黒人の地位向上に貢献。故ホイットニー・ヒューストンが「すべてダイアナが切り開いてくれた道なの」と話すカットは泣かせます。


2020年9月4日金曜日

mue One man Live show in STAX vol.5 with タカスギケイ

残暑。東京メトロ丸の内線2000系に乗って、新高円寺STAX FREDへ。mue One man Live show in STAX vol.5 with タカスギケイに行きました。

mueさんのライブは、昨年10月に吉祥寺MANDA-LA2で開催された『あなたとわたしの間に流れる』以来。今回はギターのタカスギケイさんとデュオです。mueさんにとっても自粛期間後はじめて観客を入れてのライブということです。

今夜も僕だけが君のことを想っている(お月さまと)。こうして待ちつづける時間にも世界は動いているのよ(くもの糸)。

このライブで歌われた言葉たちは、時の奔流のなかで小さな自分を保つため、自身と周囲の人や事物の距離を確認する目的で選ばれているように僕には感じられました。

毎年4月11日MANDA-LA2で開催される周年ライブSTAX FRED不定期に行われるライブは同じワンマンでも趣が異なります。STAY HOME中にfacebookストーリーで自室や公園から1曲ずつ配信することを経て「ちゃんとやんなきゃと思っていたけれど、歌いたいときに歌う気持ちを思い出した」と言うそのままに、内省的で親密な音楽が紡がれる。

いくつか歌われた英語の歌詞を持つ楽曲のうち2曲、Like a wheel と I sing for の訳詞を朗読した際にその空気が際立ちました。歌詞のみではなく詩や散文も含め、mueさんの朗読を聴くのはおそらくはじめてだったと思います。歌ともMCとも違う発声で、彼女の音楽と比べたら、流暢でもリズミカルでもなく、むしろたどたどしいのですが、そのたどたどしさに誠実さ、切実さが溢れ胸を打ちます。

また、ジャズスタンダードナンバー「バードランドの子守唄」の3rdヴァースのスキャットで聴かせたジャジーともポップともカテゴライズできない浮遊感は新感覚。未体験の心地良さでした。

 

2020年8月15日土曜日

パブリック 図書館の奇跡

敗戦記念日。TOHOシネマズ日本橋エミリオ・エステベス監督・脚本・主演映画『パブリック 図書館の奇跡』を観ました。

「本と人間が好きならあなたは図書館員に向いています」。アメリカ合衆国オハイオ州シンシナティ。主人公スチュワート・グッドソン(エミリオ・エステベス)は公立図書館のリファレンスカウンターに座る中間管理職。

外は大寒波。市が用意しているシェルターは満杯で、路上生活者の凍死が続出している。馴染みの老ホームレス、ジャクソン(マイケル・ケネス・ウィリアムズ)が図書館利用者である70人以上のホームレス仲間に呼びかけ「閉館時間後も退去させないでほしい」と主張し3階閲覧室を占拠する。グッドソンは一瞬の躊躇ののち協力するが、市長選とマスメディアの思惑が交錯し予想外の大事件になる。

社会派シチュエーションコメディといっていいと思います。人種差別、格差社会における公共施設の役割、情報公開とプライバシー、マスメディアのコマーシャリズムとテーマは重たいですが、科白と演出が軽妙、穏やかで落ち着きと品があります。

1980年代に思春期を過ごした人にとって『セント・エルモス・ファイア』はひとつの指標。青春群像劇の主要人物のひとりを演じたエミリオ・エステベスがあの不安定なまなざしそのままに歳を重ねているのが感慨深いです。オピオイド依存の息子を探す人間味溢れる交渉人役にアレック・ボールドウィン、嫌みな検事役にクリスチャン・スレーターと当時の人気同世代俳優が脇を固める。

ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』が引用されます。リーダー格のジャクソンはじめホームレスの多数が退役軍人。世代的には湾岸戦争従軍者でしょうか。志願兵が貧困層中心であること、戦時PTSDの後遺症による社会不適合など、複合的な課題を内包している。一方、テレビニュースを観た一般市民が自主的に支援物資を寄付するなどノブレス・オブリージュ的な面も描きます。

エミリオ・エステベスのブレーク作『ブレックファスト・クラブ』が、高校図書館を舞台にした作品であること、最後に大合唱されるジョニー・ナッシュの "I Can See Clearly Now" が常夏の国ジャマイカの冬季五輪ボブスレーチームの映画『クール・ランニング』のテーマ曲(こちらはジミー・クリフカバー)であること、など洒落た仕掛けも。

タイトルバックエンドロールは(妄想の)レーザー・アイを持つホームレスを好演しているシカゴのラッパーライムフェストの楽曲です。
 

2020年7月24日金曜日

ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

長梅雨。TOHOシネマズ六本木ヒルズグレタ・ガーウィグ監督作品『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』を鑑賞しました。

1870年代のNY。原作では『続若草物語』の時代。文芸誌ボルケーノに短編の原稿を持ち込んだ主人公ジョー(シアーシャ・ローナン)は編集者ダッシュウッド(トレイシー・レッツ)に「主人公が女なら最後は結婚させるか死なせること」と言われる。

舞台は7年前の『若草物語』期にさかのぼり、南北戦争中のマサチューセッツ州コンコード。姉妹劇で主演を務める長女メグ(エマ・ワトソン)は心配性、おてんばな文学少女の次女ジョー、病弱でピアノが上手い三女ベス(エリザ・スカンレン)、絵が得意でヨーロッパに憧れる四女エイミー(フローレンス・ピュー)。十代の四姉妹と母親(ローラ・ダーン)が暮らす家。

ガーウィグ監督とシアーシャ・ローナンの組み合わせは『レディ・バード』に続き2作目。脚本も監督自身が手がけていますが、現実と記憶を往復するときのトリガーがエピソードに自然に組み込まれており、上手いなあ、と思いました。

『若草物語』の主人公ジョーは原作者ルイーザ・メイ・オルコットの分身であり、オルコット自身は生涯独身を貫いたフェミニストだが、ジョーは小説のなかで結婚し家庭に入る。その原稿を持ち込む映画のジョーは未婚でコマーシャリズムのために物語の主人公を結婚させる。二重の入れ子構造となっています。

ベスが弾くブラームス、シューベルト、ショパンのクラシカルな響きに調和するコリン・ファウラーのスコア。ベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」の使われ方もいい。2020年アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞したカントリーテイストとエレガンスのバランスが絶妙なスタイリングが画面を重厚かつ可憐に彩ります。『追憶』でもそうでしたが、シアーシャ・ローナンのブルーの瞳にはブルーの衣装が映える。

ロングスカートでもシアーシャ・ローナンのランニングフォームは『ハンナ』のときと変わらず見事だし、隣家の豪邸の御曹司ローリー(ティモシー・シャラメ)は顔も性格もパーフェクトな王子様。ラストシーンが『若草物語』(原題:Little Women)の箔押し革表紙の初版本の製本過程というのもよかったです。

 

2020年7月19日日曜日

レイニーデイ・イン・ニューヨーク

4ヶ月ぶりに映画館へ。ユナイテッドシネマ豊洲ウディ・アレン監督作品『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』を観ました。

NY州北部のヤードレー大学に通う主人公ギャツビー・ウェルズ(ティモシー・シャラメ)は、アリゾナ州ツーソン出身の同級生で新聞部員アシュレー・エンライト(エル・ファニング)と付き合っている。

大物映画監督ローランド・ポラード(リーヴ・シュレイバー)の取材のアポイントを獲ったアシュレーに地元マンハッタンを紹介したいギャツビーだが、それぞれの身に起こるドタバタにつぎつぎ巻き込まれ、ふたりは物理的にも気持ち的にもすれ違ってしまう。

「現実は夢を諦めた人の住む世界よ」。アレン監督得意の洒脱な恋愛喜劇。タイトルの通り約1日の出来事で、背景にはいつも雨とジャズ。エロル・ガーナーの自作自演曲 "Misty" が主題曲ということになるのかな。元カノの妹チャン(セレーナ・ゴメス)のアパートメントでギャツビーがピアノを弾いて歌う "Everything Happens To Me" もチェット・ベイカーみたいで素敵です。

そして一夜の終わりにギャツビーの母(チェリー・ジョーンズ)が明かす自身の秘密がこのロマンチックコメディをビシっと締める。

タートルニットとミニ丈のプリーツスカートもエル・ファニングが着るとまったくもっさりしないしむしろ魅力的で強いなあ、と思いました。ラストシーン近くのセントラルパークを馬車で遊覧するときのニットポンチョとボルサリーノも最高にチャーミング。

アレン監督自身の養女に対する性的虐待疑惑により本国アメリカではお蔵入りしてしまい、出演を後悔しギャラをマイノリティ支援団体などに寄付するコメントが俳優陣のSNSで続出する曰くつきの作品になってしまいました。現時点ではあくまでも疑惑であり、たとえ敗訴したとしても、作者の罪を作品に償わせるべきではない、と僕は考えます。

 

2020年7月12日日曜日

ノラバーサンデーモーニングコンサートVOL.5

梅雨の晴れ間。約3ヶ月ぶりのブログ更新です。西武柳沢ノラバーで開催された配信ライブ、ノラバーサンデーモーニングコンサートVOL.5に出演しました。

視聴してくださったみなさま、ノラバー店主ノラオンナさん、ありがとうございました。

ノラバーでは毎週日曜日の夜に「生うたコンサート」という名前で食事付アンプラグドライブが開催されており、僕も5/24に出演予定でした。それが3月以降すべて延期になってしまい、6月から時間帯を午前中に変えてネット配信をするようになったのが「ノラバーサンデーモーニングコンサート」です。

ノラバーは店名はバーですが、ライブの日以外はモーニングとランチを出す喫茶をしています(現在はテイクアウトのみ)。JAZZ喫茶映画館で主催したライブ「The Last Day Of Our Vacation」の打ち合わせをノラバーで小夜さん、ノラさんとしたのがちょうど1年前。そのときごちそうになった白いトーストモーニングのおいしさが忘れられず、今回ひさびさの再会となったのです。

前半はトークライブ。といってもトーストやサラダ、ゆでたまごをいただきながら、ノラさんと他愛のない話をする。これが楽しかった。コロナ禍により不足していたことに気づかずにいた大切なもののひとつが他愛のない話だったのかもしれません。

約20分の朗読のコーナーでは「病院船」「Wedding Sings」の2篇を、ノラさんとのコラボ枠は港ハイライトの「やさしさの出口で」(作詞作曲ノラオンナ)の男声パートを朗読で女声パートをノラさん本人の歌で聴いていただきました。

昨今自分でもいろいろな配信ライブを視聴してきましたが、ひさしぶりに身近で聴く生うた生演奏が素晴らしくて、ウクレレの音色やノラさんの歌声が身体にすーっと沁み込むようでした。

途中機材のトラブルがあり、視聴者のみなさまを長時間お待たせしてしまい申し訳ございませんでした。すこし間を置いて再度生配信をしましたが、多くの視聴者のみなさまが根気よくお付き合いくださいました。

レス・ポールがはじめてソリッドボディのエレクトリックギターを弾いたとき、クラフトワークがはじめてライブ会場にパッチシーケンサーを持ち込んだとき。過去のテクノロジーの黎明期にも同じようなアクシデントがあったのだと思います。寛大な気持ちで時代の転換期にお立ち会いいただけたら幸いでございます。


 

2020年4月26日日曜日

夜、詩情の夜

日曜日の夜、21時。オンライン朗読ギグ【夜、詩情の夜】に出演しました。全世界のお茶の間でご視聴くださいました皆さま、素晴らしい共演者の詩人たち、主催の川方祥大さん、どうもありがとうございました。

先々週の『同行二人#言葉とともに』につづき、今月2度目の生配信ライブとなりました。今回は自宅のキッチンテーブルから。15分の持ち時間で以下3篇を朗読しました。

1. 希望について
2. 病院船
3. 白木蓮

2時間を8人で構成するこの番組。川島むーさんの安定した語り口、暁方ミセイさんの自然で流麗な発声、桑原滝弥さんの生身のテンション、和合亮一さんの緩急の技術、カニエ・ナハさんのライブ感溢れる脱構築性、大島健夫さんの低い重心。どれも僕にはないものです。ライブ会場とは違う環境でどのようなパフォーマンスをすべきか模索中の現在、共演者のみなさんに大変刺激を受けました。

川方祥大さんのけっして饒舌とはいえないけれど嘘のないMCは、番組に誠実な色彩を与えていました。2時間を超える番組を進行しながら、並行してワンオペで映像と音声をつなぐのは並大抵の集中力ではなかったと思います。お疲れ様でした。

アーカイブはこちらからご覧いただけます。これも配信のいいところ。

僕は Google Hangouts をキャプチャして TwitCasting.tvYouTube に配信してもらいました。Stay Homeの昨今、各々異なる環境を連携させて番組が成立し、世界中に届けられるのは、インドの大気汚染が解消されヒマラヤが見えるようになったり、ヴェネツィアの運河の水が澄んだりするのと同じように、疫病の世界的蔓延がもたらした恩恵のひとつかもしれません。

一方で、エモーションの交換やすべてのアートが電子の編目に封じ込められてしまうことには抵抗をしたい。サヴァイヴしてまた握手できる日のために。


 

2020年4月12日日曜日

同行二人#言葉とともに A POETRY READING SHOWCASE X

東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄大江戸線清澄白河駅A3出口の階段を上がり清澄通りを南下。清澄庭園の真向かいの Cafe GINGER. TOKYOさんは、店主髙山聡さんがセレクトしたレコード盤と書籍に囲まれる居心地の良いお店。

10回目の同行二人無観客配信ライブになりました。ご視聴くださったみなさん、ありがとうございました。一週間前に急遽決まったはじめてのことで、不慣れな点もあったかと思いますが、お楽しみいただけたなら幸いでございます。

1. Universal Boardwalk
2. 花を育てる人へ村田活彦
**
3. 月の子供
4. ANGELIC CONVERSATIONS
5. 病院船(新作)
6. 白木蓮
7. We Could Send LettersRoddy Frame)

以上が僕のセットリストです。今回はイラストレーター佐久間真人さんの作品展『言葉とともに』と同時開催。『言葉とともに』が12ヶ月それぞれ1枚ずつの連作ということで僕も12ヶ月の連作詩篇「Universal Boardwalk」を最初に朗読しました。

「病院船」は、新型コロナウィルス被害が甚大なニューヨークに、純白の船体に赤い十字がペイントされた米国海軍艦が入港するニュースを見て書きました。アーサー・C・クラークの小説『都市と星』からの引用を含んでいます。

村田さんはいつになく終始落ち着いた声で淡々と言葉を紡いでいました。カメラ慣れしているというか、その安定感には見習うところが多かったです。

生の朗読に比べてニュアンスが伝わりにくいという先入観があり、配信に関して正直消極的だったのですが、遠方や外国に暮らしている方、育児やその他個々の事情で家を空けづらい方が視聴できるのはとてもいいと思いました。佐久間さんの12枚の展示作品をふたりで6作ずつ紹介したのも配信ならでは。

アーカイブはこちらからご覧いただけます。⇒ https://twitter.com/i/broadcasts/1YqKDEdYOLYGV

撮影はiPhone、配信はTwitterを通じて行いましたが、画質音質も良好で、こんなふうに誰もがブロードキャストできる21世紀がくるとは思ってもいませんでした。スティーブ・ジョブスジャック・ドーシーにも感謝の意を表したいと思います。

そしてまたライブ会場でみなさんとお会いできる日が来るように、一日も早い事態の収束を願ってやみません。どうかそれまでご安全に。

 

2020年4月4日土曜日

同行二人#言葉とともに

畏れ多くも自らを芭蕉と曽良になぞらえてオトナ系男子二人の詩の道行き。村田活彦カワグチタケシによる毎春吉例朗読二人会「同行二人」のお知らせです。

2010年春に深川から出発して谷中白山渋谷吉祥寺。2017年秋に深川に戻り再出発。田原町を経て昨年は門前仲町のchaabeeさんで開催しました。

10回目となる今回は清澄白河のCafe GINGER.TOKYOさんから、同行二人としては初の試み、無観客配信ライブを全世界のお茶の間にお届けします。

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同行二人#言葉とともに
Dōgyō-Ninin#excursion_with_language
A POETRY READING SHOWCASE X

日時:2020年4月11日(土) 17時半開始
配信:https://twitter.com/katsuhikomurata/
料金:無料
出演:村田活彦a.k.a.MC長老、カワグチタケシ

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Cafe GINGER.TOKYOさんでは我々ふたりが敬愛するイラストレーター佐久間真人さんの個展「言葉とともに」を開催中(4/5~5/10)。今日、搬入のお手伝いをしてきました。言葉とともに旅をする12ヶ月の連作を展示しています。画像はそのうちの1枚、4月の作品です。カフェの営業中いつでもご覧いただけますので、お茶やランチの際には是非ご覧ください。僕も何か佐久間さんの展示にちなんだ作品を朗読したいと考えています。

視聴はこちらのリンクから。当日たくさんのみなさんに画面を通してお会いできることを楽しみにしています。「#同行二人」「#言葉とともに」で感想をつぶやいていただけるとうれしいです。

 

2020年3月21日土曜日

Sunny

春分の翌日。サニーデイ。品川駅前のメガネのネハシ跡地で本日から開催している eri-nyo 5th album『urion』発売記念 植田陽貴 原画展にお邪魔しました。

エリーニョさんとはじめて出会ったのは下北沢 Workshop Lounge SEED SHIP、2012年2月に Poemusica Vol.2で共演したとき。あれから8年の月日が経ち、彼女は結婚して2児の母となりました。

5枚目のアルバム『urion』は、リード曲 "Sunny" の歌詞から派生したオリジナルストーリーをエリーニョさんが書き、植田陽貴さんが描いた絵本とセットアップされた形式で、その原画展がリリースイベントを兼ねています。

白うさぎの幼い兄妹が人をよろこばせるためのものを探す旅に出る。旅の途中で無垢な子どもたちが汚れていく。池の水で汚れを落とそうとしても落とせない。変わってしまった自分たちを世界は受け入れてくれるのか。森の奥に灯りが見えて、両親が子どもたちを汚れたままの姿で迎え入れる。

"Sunny" は、第1子の産休明けとなった2015年9月のPoemusica Vol.42で初披露された、僕にとっても思い出深い楽曲です。植田陽貴さんの油彩画を観ながら、昨日聴いた石渡紀美さんの詩「家」の「帰る場所をなくしたのではない/わたしが/帰る場所になった ということ」という一節を思い出していました。

兄妹を迎える両親が描かれたオレンジ色の背景に午後3時半の会場に差し込む春のやわらかな西陽がきらきらとあたたかく反射してとてもきれいでした。

会場のメガネのネハシはエリーニョさんの引退したお父様が営んでいたお店。まもなく再開発でなくなるそうです。JR品川駅高輪口徒歩1分。実家も程近い港区高輪とのこと。エリーニョさんの音楽に通底する洗練された都会的な空気にはそのルーツがあったのだな、と納得です。

 

2020年3月20日金曜日

あなたの好きな花の名前

春分の日。Pricilla Label presents 石渡紀美 新詩集『「ママは、ばらの花が好きだな」と彼女は言った。』出版記念ライブ “あなたの好きな花の名前” が幡ヶ谷jiccaさんにて開催されました。

路地に面した大きな窓から差し込む午後3時の明るい陽光のなか、まるで縁側にいるように椅子に腰掛けて、新詩集に収録されている全20作品を頁順に、各篇の創作の動機や書いているときの身の回りのできごとなどを交えて約70分間。落ち着く声でゆったりと語りかけました。

前作『十三か月』は東日本大震災後を描いていましたが、今作のモチーフになっているのは子どもとの日々です。ありがちな子ども子育て賛美でもなく、苦労譚でもなく、日常に潜む不穏な感情、本来理性的な性格でありながらもそこからどうしてもはみ出してしまう動揺をポジティブなものもネガティブなものも等しく見つめ、名前をつけることに力を注いでいます。

紀美さんの端正な文字表現で読むぶんには淡く感じられるそのまなざしが、声に乗せることで生々しく増幅され伝わってくる。

イベントタイトルにちなんで紀美さんが客席のみんなに好きな花の名前を尋ねる場面で僕はうまく答えることができませんでした。ここで故岸田衿子氏のエッセイから引用させてもらいます。

 “木の名前や、草の名前を、正確に覚えたほうがいいと思っているが、いくら調べても、すぐに忘れてしまう花の名がある。そんな時は、かりに自分でつけた名前のほうは本当らしくなって、気にいってしまう――。「コギツネアザミ」などもそうだった。何度も人に聞かれるので、本名を調べてみるが、すぐに忘れてしまう困った名前だったので、やっと覚えた今でもそのかりの名前を使っている。”「花の名前」(1999)

花は自身の名前を認識していない。親の願いを託した名前を子どもにつけるように、花にも自分の好きな名前をつけたらいいですよね。

MCで紀美さんも言っていたように、どんな状況下でも子どもは生まれてくる。詩も詩集も生まれる。それを絶やさないこと、各々が最良と考える方法で祝福すること、それこそが希望であると僕は考えます。

新しい詩集は正方形で濃いピンクの表紙。僕が装幀デザインし、用紙を一枚ずつカッターで裁断して、インクジェットで出力して手折りしたものをホチキスでとめました。これらの作業はすべて自宅のキッチンテーブルで行っています。

外出してライブイベントに参加する判断が難しいときにご来場くださったお客様、jiccaのトリちゃん会場展示する原画と今日のために特別なスタンプを作って貸し出してくださったはんこのこまちさん、どうもありがとうございました。

詩集『「ママは、ばらの花が好きだな」と彼女は言った。』の通信販売も始まっております。詳細は こちら をクリックしてご覧ください。

 

2020年3月14日土曜日

星屑の町

みぞれ降るホワイトデーの午後。丸の内TOEI②杉山泰一監督作品『星屑の町』を観ました。

久間部愛(のん)には父親がいない。歌手を夢見て上京したが挫折し、岩手県の小さな町で母親(相築あきこ)が経営するスナックを手伝っている。

ムード歌謡グループ山田修とハローナイツの唯一のヒット曲は大阪市生野区の有線チャートで6位になった「MISS YOU」。リーダーでMC担当の山田修(小宮孝泰)の故郷でキティ岩城(戸田恵子)とともに歌謡ショーを開くために帰ってくる。前後のドタバタを描いた喜劇映画です。

オリジナルはコント赤信号ラサール石井と小宮孝泰が立ち上げた星屑の会の舞台作品。大衆演劇のフォーマットを丁寧になぞる笑いと涙の物語に誰もが知っている昭和歌謡の名曲をちりばめる。

山田修とハローナイツのメンバーはオリジナルキャスト通りとのこと。全員芸達者で、特にボーカル天野真吾役の太平サブロー師匠はけっして美声というわけではありませんが、心に残るハスキーボイスで歌も上手。のんが主人公というより、群像劇の色合いが濃いです。

映画化にあたりのんを起用したわけですが、フレッシュな演技はバラエティや報道番組でのハラハラさせる姿と表裏一体か。『あまちゃん』では猫背の印象が強かったのんですが、手足の長い長身がスクリーンにとても映えます。それと田舎道を自転車立ち漕ぎで全力疾走するのがやっぱり似合う。

愛の父親探しという物語の伏線は「もう振り返んのはやめだ」の一言で終わってしまうのですが、ハローナイツを出て行く真吾と入れ替わりに加入する愛のすれ違いが親子関係を示唆しているのでしょうか。

 

2020年3月8日日曜日

ジュディ 虹の彼方に

ミモザの日。ユナイテッドシネマ豊洲ルパート・グールド監督作品『ジュディ 虹の彼方に』を観ました。

1939年のミュージカル映画『オズの魔法使』の主役ドロシーを演じ、圧倒的な歌唱力と可憐な容姿で16歳にしてハリウッドを代表するスターのひとりとなったジュディ・ガーランド(1922-1969)。

映画は少女時代のジュディ(ダーシー・ショウ)の画面一杯の顔のアップから始まります。しかしその生涯をつぶさに描くのではなく、47年の短い人生の最晩年のエピソードが少女時代の回想を交えて進行するという脚色です。

1968年のLA。薬物とアルコール依存症に伴う度重なる現場放棄によってハリウッドで食い詰め、一緒にドサ回りさせていた幼い姉弟は元夫に親権を獲られる。起死回生を狙って単身挑んだロンドン公演。リハーサルに用意された教会が気に入らず1曲も歌わずに帰ってしまうが、いざ本番となると生来のエンターテイナーぶりを発揮して観客を魅了する。

「子役時代はほとんど寝られなくて、フォークの使い方を覚えたのが奇跡」。長時間の撮影に耐えるために映画会社から与えられ10代の未熟な身体を蝕んだ向精神薬アンフェタミンから生涯逃れられず、うつ病に深酒も加わって千鳥足でステージに上がり、野次を飛ばした客をマイクで罵倒してしまう。

「会いたくなったらかかとを鳴らして、願いが叶う」初恋の人ミッキー・ルーニーと同じ名前の若い恋人ミッキー・ディーンズ(フィン・ウィットロック)と公演中に婚約して有頂天になれば最高のパフォーマンスで魅せ、痴話喧嘩で気持ちが荒れれば舞台も荒れる。

不安定で難しい役柄をレネー・ゼルウィガーがアカデミー主演女優賞に相応しい流石の熱演。ロンドンの劇場付マネージャーのロザリンを演じたアイルランド出身のジェシー・バックリーもチャーミングです。

スターの身勝手な振る舞いが才能の名の下に許された時代。ハイパーゴージャスなステージの裏で繰り広げられる重苦しい物語のなかで、心温まるシークエンスはロンドン在住のゲイカップルとの交流。ラストシーンの「虹の彼方に」で声を詰まらせたジュディに客席から起こるシンガロングも彼らの先導あってのこと。その後LGBTQのアイコンとなったジュディ・ガーランド(左利き)のジェンダー観を掘り下げてみてもよかったかも、と思いました。

 

2020年3月1日日曜日

架空OL日記

映画の日。ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場で、住田崇監督、バカリズム脚本・主演『架空OL日記』を観ました。

「月曜日の朝はみんないつもより性格が悪い」。11月25日、地方銀行の東京郊外の支店勤務の主人公「私」の月曜のモーニングルーティンから始まる。スマホのアラームで目覚め、トイレのドアを足で閉め、バナナを食べ、化粧をして家を出る。主人公を演じるのはバカリズムで、衣装は婦人服だが、メイクも髪型も声色も男性のまま。

「いまのうちらに必要なのは、真実じゃなくて矛先だからさ」。上映時間の半分以上は、同期のマキちゃん(夏帆)、先輩行員の酒木さん(山田真歩)と小峰様(臼田あさ美)、天然な後輩サエちゃん(佐藤玲)と女子更衣室で繰り広げられる5人の会話劇です。女子同士は空気を読み合いつつ役割を演じ、男性行員には容赦がない。

21世紀の土佐日記。OLたちの日常を毒気のある視点で描くバカリズムの脚本がリアルで、息苦しくなりそうなところを、女装の中年男が演じることで巧みにファンタジー風味に転換しているのと、いろんな方向性の女子のガサツさ、ズボラさが魅力的に撮られていて救われます。

主要キャスト5人に加え、『ブルーアワーにぶっ飛ばす』に続き夏帆(左利き)と共演したシム・ウンギョン、主人公の高校時代の同級生役の志田未来、仕事は出来るが何かちょっとズレてる課長役の坂井真紀もよかったです。

日記なので、基本的にバカリズムのモノローグによって進行しますが、最後の最後に来る設定の反転を説明する科白がなくて、エンドロールのスマホ動画に吉澤嘉代子さん主題歌のアコースティックバージョンを重ねてくるところなんか上手いなあ、と思いました。


2020年2月29日土曜日

VIOLA VIOLA ~2つのヴィオラのコンサート

triolaの初期メンバーで、現在は 蓮沼執太フィル や F.I.B Journal Ghetto Strings でも活躍中のヴィオラ奏者手島絵里子さん。オルタナティブで実験的なユニットと並行して、オーセンティックなクラシック音楽のリサイタルも不定期に開催しています。

ピアノとデュオ弦楽三重奏など、いくつかのアンサンブルを聴きに行ったことがありますが、今回は深堀理子さんとヴィオラ2棹というレアな組み合わせを楽しみにしていました。

J.ブラームスワルツ op.39-15 "ワルツ集"より
W.F.バッハ2つのヴィオラの為の二重奏曲 第2番 ト長調 Fk.61
B.バルトーク2つのヴィオラの為の44の二重奏曲より
・作曲者不詳:猫ふんじゃった
J.S.バッハメヌエット BWV Anh.114
F.W.シューベルト野ばら D.257
・F.W.シューベルト:魔王 D.328
W.A.モーツァルト2つのヴィオラの為のソナタ K.292
・アンコール アイルランド民謡:ロンドンデリーの歌

会場のカルラホールは世田谷区経堂の住宅街に建つ個人邸の地階。無造作に置かれたスタインウェイ。簡単な曲紹介なども交えながら、カジュアルな雰囲気のサロンコンサートという趣です。

1曲目のブラームスはNHK-Eテレ『2355トビーのテーマでも使われていたキャッチーなメロディでつかまれ、アンコールのロンドンデリーの歌(ダニーボーイ)まで、終始安定感のある演奏でした。

同じでヴィオラでもふたりの音色とタイム感が異なり、深堀さんの滑らかな音運びに対比し、バルトークや魔王のバッキングのリフではザラっとしたノイジーなボウイングで攻める手島さんはオルタナ魂を感じさせ格好良かったです。

「なかなか曲数が少なくて」とおっしゃっていましたが、あたたかくてちょっととぼけた風合いのヴィオラの音色が堪能できるこの組み合わせをまた聴いてみたいと思いました。

 

2020年2月23日日曜日

THE NORTH WOODS

春一番の翌日。六本木ミッドタウン富士フイルムフォトサロン東京で開催中の大竹英洋写真展『THE NORTH WOODS ノースウッズ ― 生命を与える大地』を鑑賞しました。

写真家大竹英洋さんとの出会いは古く、2002年頃。当時原宿明治通りのセレクトショップの従業員サロンで隔月開催されていたBOOKWORMです。その頃既に北米の森で写真を撮っていた大竹さんの物静かな語り口と過酷な野外撮影の話のギャップが深く記憶に刻まれていました。

先月のBOOKWORMでカズエさんからこの個展のことを聞き、十数年ぶりに会いに行きました。

大きな作品は長辺2メートルを超えようかというサイズのオリジナルプリントはネットや印刷物とは異なる感動がありました。アメリカ北部からカナダ、北極圏近くまで広がる広大な森林。野生動物たち。凍てつく冬景色。春の訪れを告げる可憐な花々。先住民アニシナベの暮らし。細部まで正確に合わされたフォーカスに大竹さんの几帳面な性格が表れ、被写体を見つめる眼差しは優しく、且つ適切な客観性を持つ。

写真とは現実世界にフレームを当てて切り取るもの。鑑賞する我々が写真家の提示するフレームに共鳴するとき、プリントされた画面を超えて五感が拡張し、写真家が現実に観た世界を体感する。暖房の効いたギャラリーにいながら、極寒の大地に僕は立っていました。

特に印象に残ったのは、レッド・パイン(アカマツ)の樹皮のレンが色と幼いオジロジカが目を閉じて新芽の生えた地面に伏せている写真です。「じっと気配を消すフリーズという行動で、オオカミの棲む森で生き延びるためのの本能だ」というキャプションを読み、以前BOOKWORMで大竹さんから聞いた、森の中で何日も身じろぎせずムース(ヘラジカ)を待つ話を思い出しました。

その話をしたところ「いまでは鳴き真似でヘラジカを呼べるようになりました」と笑う大竹さん。フィジカル的にもメンタル的にもハードに違いない現場をいくつも乗り越えて、初対面の20代の繊細さを保ちながらも数段タフになった姿がまぶしかったです。

 

2020年2月16日日曜日

となりの猫のたのみごと

雨上がりの昭和通りを銀座二丁目で渡って、ギャラリー銀座へ。佐久間真人展『となりの猫のたのみごと』の最終日にお邪魔しました。

ノスタルジックにくすんだ色彩で描かれるメカ。風景に点在する猫たち。変わらない安心感、遊び心と生真面目さ。

鯨統一郎著『テレビドラマよ永遠に 女子大生 桜川東子の推理』の表紙に描かれた丸く膨らんだブラウン管のガラス面に、同シリーズ第一作『九つの殺人メルヘン』の表紙画が反転して映り込んでいるという手の込みよう。

佐久間さんのなかで自作群をつなぐ物語があり、20年超のキャリアを紡ぐ縦糸になっています。旧国鉄の電気機関車をモチーフにした「EF10 ぶどう色の機関車」という作品も印象に残りました。

毎年2月の一番寒い時期に開催される個展に通って10年以上経ちました。最近数年は書籍の表紙絵や雑誌の挿画のお仕事がとても増え、書店で目にする機会がありますが、こうしてまとまった数の作品をかためて鑑賞することができるのはやはりいいものです。

佐久間さんは愛知県在住。個展最終日ということで、作家ご本人が在廊されていましたので、ご挨拶とすこしお話させていただきました。

 

2020年2月14日金曜日

TRIOLA 02/14 lete Shimokitazawa

雨上がりの夜に、小田急線に乗って。下北沢leteTRIOLAを聴きに行きました。

2010年にneutron tokyo(現白白庵)で開催された足田メロウ展『mellow tone』のオープニングパーティで共演して以来、2012年までの旧体制、4年のブランクを経て2016年以降の新体制と何度もライブに足を運んでいます。2019年は7年ぶりのアルバムリリースイヤーであったにもかかわらずタイミングが合わず。1年ぶりになってしまいましたが、今回もまた新しいTRIOLAを体験することができました。

1曲目「Yellow Boys」の水琴窟を想起させる不規則なピチカートのループから重層的に歪んだ全音符のつらなりへなだらかにつながり、エンディングは巻き取るように鮮やかなカットアウトで締める。つづいてアルバム『Chiral』の「Twin Spirals」から数曲シームレスに。

波多野敦子さん(作曲、5弦ヴィオラ)が描く脳内ビジョンを須原杏さん(ヴァイオリン)とふたりで実現させていく過程で生じるコレスポンダンス、アクシデントを再度作品にフィードバックさせていくスタイルが更に磨かれ、緻密なスコアに基づきながらも偶発性と新鮮な驚きに満ちた音楽が目の前で展開されます。

「雨」のしわがれたボウイング、「新曲2」のスローダウンさせた破調、幾重にも深くエフェクトのかかった「Parade2」と完全生音で演奏される「Masdevallia」の断崖のようなコントラスト。アンコールの「Coral」の主題はトレモロに置き換え。旧曲のリアレンジは定石を逸脱すればするほどクラシカルに響く。

酔わせるのではなく、思考に作用し覚醒させる音楽。最高難度の技がつぎつぎに繰り広げられ、着氷が乱れることがあってもそれすらスリリングなアトラクションにして魅せる。僕が体験したどのライブでも異なる旬を表現してきたトリオラ。現在は初期衝動と円熟味のバランスが絶妙と言えるのではないでしょうか。

 

2020年2月8日土曜日

詩詞奮人

東京メトロとJR線を乗り継いで西千葉へ。およそ35年ぶりに降り立った街は佇まいがほとんど変わってないように見えます。駅前に千葉大学があり、その存在感が大きいせいかもしれません。

千葉大から道路を挟んですぐ近く、カフェ平凡で開催された詩と詞のライブ『詩詞奮人』第10回に出演しました。ご来場のお客様、共演の沼田謙二朗さん(画像)、主催川方祥大さん、オープンマイクご参加の舟虫/TAP/GAMAKATSUさん、カフェ平凡さん、どうもありがとうございました。

昨年10月に予定していた日程が台風19号の上陸により延期になったものですが、どのアクトからも今日のライブに対するコミットメントが強く感じられ、またそれがおのおのの良さを活かした方法で表現さており、お客様にもあたたかく受容していただけて、結果高揚感のあるライブになったと思います。

40分の持ち時間で下記の作品を朗読しました。

ANOTHER GREEN WORLD
新しい感情
Doors close soon after the melody ends
・日々の美(石渡紀美
音無姫岸田衿子
都市計画/楽園
・永遠の翌日
吉本隆明
・白木蓮(新作)

偏見、差別、殺戮、死体、腐乱、埋葬といった強めのワードを持ち、普段のライブでは終盤の山場に置くことの多い長尺の詩篇を、あえてかためて前半にもってきました。後半はカバー多めのセットです。

「日々の美」はプリシラレーベルで現在制作中の石渡紀美さんの新詩集『「ママは、ばらの花がすきだな」と彼女は言った。』収録作品。手のひらにのるような本当に美しい一篇。

1月に越谷で沼田謙二朗さんにはじめてお会いしたときに好きな詩人とおっしゃっていた吉本隆明の初期の代表作「恋唄」三篇。それに対して僕が好きだと挙げた岸田衿子の散文詩を朗読しました。どちらも1950年代、会場の家屋が建った頃に書かれた作品です。

先週書いた新作「白木蓮」は、越谷のライブで沼田さんが歌った「三千年紀の鳥」の歌詞の一部を引用しています。ソネットの14行中、4行が沼田さんの言葉です。

書棚に囲まれて朗読するのは一番好きなシチュエーション。石油ストーブの燃える匂いが三角地に建つ築60年余の元蕎麦屋の木造建築に満ちてとても懐かしい気持ちになりました。

遅ればせながら2020年の初ライブとなりました。ありがたいことに今年も楽しみなライブが既にいくつか決まっています。詳細は都度お知らせいたします。どうぞよろしくお願いします。


2020年1月26日日曜日

BOOKWORM Library 1/26 at 幡ヶ谷Jicca

冷たい雨が降り出しそうなぎりぎりの曇り空。幡ヶ谷jiccaで開催された BOOKWORM Library に参加しました。

「人は自分の好きなものについて語るとき、とても上手く語ることができる」というミヒャエル・エンデの言葉をコンセプトとするオープンマイクBOOKWORMに参加するようになってから20年以上経ちます。

DJが自分のアガる曲を回すように、言葉や知をシェアする。この日は16人がマイクに向かい声と言葉を発しました。

それはアクトやパフォーマンスというよりも日常会話に近い。ひとりが話しているのをみんなが聴いているから狭義の対話とは言えないのだが、BOOKWORMにおいては聴くという行為に対して皆が自然と能動的になり、それぞれの聴き方で受容しようとする。そのことによって生まれるコレスポンダンスは音声による対話よりも豊かだ。

「家族の日常をネパールを通して確認しに行っている」という写真家飯坂大さん坂井あおさんが朗読した木皿泉。主催のひとり山﨑円城さん(画像)がかけた出来立ての12inch「灰色と惑星」。totoさん(左利き)が紹介した羽生善治と吉増剛造の対談。「好きなものがひとつに決められないのが自分だからカフェをやっている」といういな暮らし鈴木萌さん。僕は最近読んだ2冊、今村夏子さんの『星の子』と芦田愛菜著『まなの本棚』を紹介しました。芦田さんは『星の子』映画化の主役が決まっています。

最後に話したカズエさんの「好きなことについて話すならBOOKWORMの話をしたい」という語り出しから、写真家大竹英洋さんとの偶然の再会に至るストーリーも印象に残りました。

jiccaのトリちゃんの最高なお料理と同じように、誰もが自分だけの声と語り口を持っており、そのこと自体に価値があるのだと思います。今回BOOKWORMとLibraryのダブルネームということでMCを務めたリュウくんもお疲れさまでした。

 

2020年1月19日日曜日

リチャード・ジュエル

冬晴れ。ユナイテッドシネマ豊洲クリント・イーストウッド監督作品『リチャード・ジュエル』を観ました。

1986年、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ。中小企業庁の備品係23歳のリチャード・ジュエルポール・ウォルター・ハウザー)は、法執行官を目指す正義感の強い堅物だが妙に気が利くところがある。弁護士ブライアント(サム・ロックウェル)の好物であるスニッカーズを絶妙なタイミングで補充し、信頼関係を築いていた。

いくつか職を変えたジュエルは10年後の1996年、AT&T社が受託したアトランタオリンピック記念公園の野外ライブの警備員になった。ケニー・ロジャースのあと、当時大流行していたマカレナ、そしてジャック・マック&ザ・ハート・アタックの演奏中に爆弾事件が起きた。死者2名、怪我人100名以上を出したが、不審物を発見し観客を避難させたことで被害が最小限に食い止められたため、ジュエルは一躍英雄扱いされる。

犯人像のプロファイリングと前職の上司の証言により、FBIはジュエルを容疑者のひとりとして秘密裏に捜査を進めていたが、枕営業により捜査官ショウ(ジョン・ハム)が特ダネ記者キャシー・スクラッグス(オリビア・ワイルド)にリークしてしまい、一転ジュエルはマスメディアに追われる立場になってしまった。

母ボビ(キャシー・ベイツ)と弁護士ブライアントとジュエルの3人ががっちりと組み、無実を勝ち取るまでの88日間の実話に基づきます。デブでマザコンで愛国的で銃砲を愛好するホワイトトラッシュ(日本的に言うとワーキングプア)の主人公は、リベラルな知識層から見たら怪しいの一言。その先入観と視聴率ありきのメディアの暴力に対してイーストウッド監督は一石を投じています。

研ぎ澄まされた脚本、重厚な演出、俳優陣もみな気持ちの入った熱演をしています。なかでもイケイケのゴシップハンターが真実に気づき改心する様を視線と表情で演じたオリビア・ワイルドは上手いなあ、と思いました。

監督自身ジャズを好み、作曲や演奏をたしなむそうですが、本作のアルトゥーロ・サンドヴァルのスコアは緊迫感がありながら出過ぎず埋もれすぎず『グラン・トリノ』や『ジャージー・ボーイズ』に比肩する素晴らしさです。
 
 

2020年1月13日月曜日

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢

2日続けて角川シネマ有楽町へ。ニルス・タヴェルニエ監督作品『シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢』を観ました。

1873年、フランス共和国ドローム県オートリーヴ。郵便局員のシュヴァル(ジャック・ガンブラン)は無口で人嫌い。映画の冒頭で妻を亡くし、一人息子はリヨンの親戚に引き取られていく。しばらく経って新しい担当地域に住まう未亡人フィロメーヌ(レティシア・カスタ)と再婚し、娘アリス(ゼリー・リクソン)が誕生する。

しかし寡黙なシュヴァルは娘に愛情を示すことができない。新聞で読んだアンコールワット寺院発見の記事、郵便配達中に崖からを滑らせたときに掘り出した奇妙な形状の石をヒントに、郵便配達の傍ら、愛する娘のためにたったひとりで石を集め石灰を溶いて宮殿を作りはじめる。

「自然の生命から学びました。木々や風や鳥たちがはげましてくれます」「君が目にするのはある田舎者の作品だ」。実在の人物ジョゼフ・フェルディナン・シュヴァル(1836-1924)の後半生を描いた実話です。1879年に始まった宮殿建設は娘アリスの病死後も1912年まで33年間に亘って続く。ガウディと同時代ですが、建築の知識も経験もなく、設計図すら書かなかったシュヴァルの宮殿は、過剰で偏執的な外観を持ち、現代の用語でいえばアウトサイダーアートということになると思います。

はじめは幼い娘のために公園の遊具のようなものを自作していたつもりが、情熱がエスカレートしてしまう。我々が日々建築を見て言う、耐震性が、とか、機能性が、とかどうでもいいな、と思わされます。映画の作りそのものも本当に必要な要素だけで構成されており、例えば2人の妻も息子も死因の説明がない。それもまたこの素晴らしい作品の成立のためにはどうでもいいな、と感じました。

ニルス・タヴェルニエ監督は1965年生まれの54歳。僕と同い年です。お父上のベルトラン・タヴェルニエ監督が1980年代に撮った『田舎の日曜日』や『ラウンド・ミッドナイト』には当時夢中になりました。調べてみたらまだご存命でしたが、その子ども世代がベテランの領域に入ってきているのが感慨深いです。

これまた『家族を想うとき』と比較してしまうのですが、現代の宅配便が企業から消費者への味気ない一方通行なのに対して、郵便は個人から個人へ、そしてまたその返信であり、時間をかけて繰り返される往還と、それを支える郵便配達人の存在は、失われつつあるロマンティシズムであると思いました。

 

2020年1月12日日曜日

ティーンスピリット

寒さが緩んだ曇天の日曜日。角川シネマ有楽町で、マックス・ミンゲラ監督作品『ティーンスピリット』を鑑賞しました。

2018年、英国ワイト島。酪農を営むポーランド系移民の娘ヴァイオレット・ヴァレンスキ(エル・ファニング)は17歳。高校に通いながら家業を手伝い、夜と週末はウェイトレスのアルバイト。母マーラ(アグニェシュカ・グロホウスカ)に聖歌隊以外で歌うことを禁じられていたが、酔っ払った老人がピアノ伴奏でダニーボーイを歌うようなパブで時々こっそり歌い家計の助けにしていた。

そんな場末のパブで彼女に声をかけた老酔客ヴラド(ズラッコ・ブリッチ)は、実はクロアチア出身の元有名オペラ歌手ヴラジーミル・ヴラコヴィッチ。ふたりは二人三脚で全国的なオーディション番組 UK TEEN SPIRITの頂点を目指す。

スクールカーストの下層にいて、ロンドンの本戦に向かうときも左手の甲にはバイトのメモがびっしり。ありがちなシンデレラ・ストーリーで主人公の葛藤も薄口ですが、エル・ファニングがスクリーンに投影されると、その画力の強さですべて帳消しにしてしまう。テンションが炸裂する決勝の歌唱シーンにはぞくぞくしました。

一方、山羊の乳搾りをしたり、馬の世話をしたり、草原で寝転んだりするヴァイオレットも美しい自然光で撮影されており、どっちが幸せなんだろうな、と考えてしまいました。英国の経済格差を描いた点は先週観た『家族を想うとき』と共通しますが、ケン・ローチ作品の直後だけに、本作のブレークスルーはファンタジーに見えます。

鮮やかな色彩、ドライヴ感溢れるカット割り、ブリブリの重低音を強調した音響設計はめちゃ格好良く、いまの十代に受け入れられると思いました。

 

2020年1月3日金曜日

家族を想うとき

三賀日のひとときを映画館の暗闇で過ごすようになって10数年。2020年の1本目はユナイテッドシネマ豊洲ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』を鑑賞しました。

2018年英国北部の旧炭鉱街ニューキャッスル。職を転々としているリッキー・ターナー(クリス・ヒッチェン)は、職業安定所の紹介で宅配業者と業務委託契約を結び、訪問介護士の妻アビー(デビー・ハニーウッド)の乗用車を売ってフォルクスワーゲンの大型バンを手に入れる。

個人事業主なので日報もノルマもないと言われたが、実態は過酷な長時間労働であり、社員マネジャーのマロニー(ロス・ブリュースター)の裁量によって業務量と収入は大きく左右されてしまう。

「懸命に探しても、もがけばもがくほど大きな穴に落ちていく」。eコマースの隆盛と高齢化を下支えする物流と介護。現代の先進国が最も直面している課題が労働者階級を蝕んでいます。夫婦の気持ちのすれ違い、反抗期の息子セブ(リス・ストーン)との断絶、理不尽なクレーム、居眠り運転、配達中の暴漢。つぎつぎに降りかかる災難。社会構造の問題でもあるのですが、「主人公は運に見放されているなあ」と思ってしまうのは、僕がとても恵まれた境遇にいるからなのでしょう。

原題の "Sorry, we missed you" は、不在票に印刷されているメッセージ。幼い娘ライザ(ケイティ・プロクター)がそこに「パパの下着を弁償して」と書き加える。純粋で素直なライザの存在が、救いのない物語で唯一の光明です。

役者はいずれもオーディションで選ばれた労働者階級出身者だそうです。みな気持ちの入った熱演で、83歳の巨匠ローチ監督の手腕も光る。ニューカッスルサポーターの配達先の住人が、リッキーのマンチェスターユナイテッドのユニフォームに気づき、20年以上前の試合のことを持ち出し本気で罵倒するシーンは笑えます。