2026年10月13日火曜日

セックス・ピストルズ 破壊の設計図

小雨。アップリンク吉祥寺にてアンドレ・レリス/ニック・ミード監督作品『セックス・ピストルズ 破壊の設計図』を鑑賞しました。

「人生ではひとつのことが次につながる。俺の本質はソングライターだね」。2024年、ウエストハリウッドの伝説的ミュージック・クラブ Troubadour から映画は始まる。そして "God Save The Queen" SPUNK ver. が大音量で流れるタイトルバック "I WAS A TEENAGE SEX PISTOLS" へ。

グレン・マトロックは、パンディントン・ベアで有名なロンドン市パディントンで1956年に生まれた。幼少期を過ごした同市西部のケンサル・グリーンは、通りに音楽が溢れ、グレン少年は、ローレル・エイトキンやスカタライツの演奏するスカを好み、10歳のクリスマスにギターをプレゼントしてもらった。

学校を卒業し百貨店勤務の平凡な毎日に退屈していた頃、マルコム・マクラーレンとヴィヴィアン・ウェストウッドがキングスロードにオープンしたテディ・ボーイズ向けのアパレルショップ Let It Rockでアルバイトを始める。1974年に店名をSEXに変え、ボンデージファッションに路線変更したときには、マトロックが看板を掛け替えた。

滅多に買わない客としてSEXに出入りしていたスティーヴ・ジョーンズ、ポール・クック、ウォーリー・ナイチンゲールはベーシストを探していた。フェンダー・プレシジョン・ベースを多趣味な叔父からもらった(入手経路は聞くなと言われた)マトロックはバンドに加入。髪型と眼鏡が変、という理由でウォーリーをクビにし、これまた常連のジョニー・ロットンをスカウトした。SEX PISTOLSの誕生である。

SEX PISTOLSの初代ベーシストで、唯一のオリジナルアルバム『勝手にしやがれ!!』の11曲のうち9曲を書き、レコーディング前に脱退したグレン・マトロックのドキュメンタリーフィルムです。デビュー前から悪い意味で話題のバンドだったため、マトロック在籍時のライブ映像はそれなりに残っていますが、映画館の大音量でまとめて観られるのはよかったです。

ポール・マッカートニーが好きだからクビにした、というのはマルコム・マクラーレンお得意の広報戦略で、実際のところはジョニー・ロットンとの確執が脱退の理由です。スティーヴ・ジョーンズとポール・クックは現在の姿で登場しますが、ジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)は1980年代 P.I.L初期のインタビュー映像が挿入されるだけなのはその裏付けか。現在はブロンディにツアーメンバーとして参加しているマトロック。ビリー・アイドルは相変わらずの姿、ノエル・ギャラガーもワンカットのみ出演し「俺のアルバム10枚でもこの1枚に敵わねえ」とコメントしています。

「(自分が辞めていなければ)あと1、2枚はアルバムを作れたかも。ジョニーがバラードなんか歌っちゃってさ」とマトロックは笑いますが、仮にそんな未来があったとしても、ザ・クラッシュやP.I.Lのような方向に音楽性を広げるのではなく、ザ・ダムドやザ・ストラングラーズのようにポップロック化したのではないかと想像します。

後任のシド・ヴィシャスとの関係性も実は良好で、USツアー中に解散して茫然自失のシドを誘ってライブを開催し(シドがボーカルだったが、レパートリーが足りなくて I Wanna Be Your Dog を3回演奏した)、困窮しているシドにギャラを全額あげたらアメリカに渡った直後に薬物過剰摂取で亡くなったのを後悔しているマトロック。いい人なんでしょうね。

SEX PISTOLS を脱退後、1980年代中盤にULTRAVOXでヒットを飛ばすミッジ・ユーロと組んだ RICH KIDSと元XTCのバリー・アンドリュースと共に参加した Iggy Pop のアルバム "Soldier" (1980) のどちらも好きなので、その点に触れられていたのはうれしかったです。

 

2026年10月12日月曜日

憎しみ 4K

秋晴れ。ヒューマントラストシネマ有楽町でマチュー・カソビッツ監督作品『憎しみ 4K』を観ました。

「撃てよ、俺たちの武器は石だ」。1990年代のパリ郊外。勾留中のアラブ系少年アブデルが警察官の暴行により署内で死亡したことがきっかけとなり、海外ルーツを持つ低所得層が多く暮らす公営住宅バンリューで暴動が起こった。

その翌日。通りに出たサイード(サイード・タグマウイ)は「機動隊くそったれ」とタギングし、幼馴染一家が暮らす団地の中庭で大声でヴィンツ(ヴァンサン・カッセル)を呼び、他棟の老世帯に文句を言われる。ヴィンツの母親の作った朝食を食べたサイードはヴィンツと共にユベール(ユベール・クンデ)に会いに行く。前日の暴動で破壊し尽くされたジムでユベールは黙々とサンドバッグを叩いていた。

1995年に公開された『憎しみ』は、1960年代の『勝手にしやがれ』、1970年代の『バルスーズ』、1980年代の『汚れた血』などと並ぶ仏映画のクラシックと言っていいと思います。ただそこにはゴダールのペーソスもカラックスのロマンティシズムもない。貧困と差別と閉塞感を徹底したリアリズムで描いています。

「路上で学んだのは右の頬を差し出せば殴られるってことだ」。タギング、ダンス、ボクシングという各々の特技がある、ムスリムのサイード、ユダヤ人のヴィンツ、アフリカ系のユベール。異なるルーツのマイノリティの3人の若者の24時間の物語。単独主人公とは異なり、バディものや群像劇においては、上映時間の途中で主人公たちのうち誰かが死ぬ可能性を孕み、画面を常に緊張感が覆ってます。

Bob Marley & The Wailers の "Burnin' and Lootin'" をバックに暴動の報道スチルをスピーディにカットアップしたタイトルバックから、突然の幕引きまで、よく動くカメラで捉えられたモノクロ映像は躍動感がありながら全画角がスタイリッシュ。編集にも無駄がなく物語をきびきびと前に進めます。カソヴィッツ監督は移動の過程を描かない。ひとつの出来事が終わると瞬時に次のシーンが始まる。

裏路地で絡んできたレイシストのスキンヘッズを3人が廃屋でぼこぼこにするシーンがありますが、差別される側もする側も貧困の渦中にある。1995年前後はルペン党首率いる極右政党RN(国民連合)が台頭した時期です。その後、欧州各国が右傾化し、台詞や劇中に登場するヤマハ、ホンダ、カワサキ、ケンウッドなどの日本経済を象徴する製品も廃れた30年後の現在の東京郊外でも起きている同様の事態を鑑みると、本作が告発した問題提起は今もなお有効であると同時に、より広域に悪化している世界に対する無力感を禁じえない。

また、主要な登場人物は男ばかり。男たちの貧困と差別のはけ口として、画面に映らないところでDVに苦しむ女性たちや更に苛烈な差別を受ける性的少数者の存在も想定すべきだと思います。

ユベールが何度か口にする「問題は落下ではなく、着地だ」というキーフレーズが、着地であればまだましであり、落下物が固い地表に激突せんとしているのが現在なのかもしれません。

 

2026年10月8日木曜日

ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実

アップリンク吉祥寺でパコ・ヒーローズ監督作品『ベイ・シティ・ローラーズ ウッディ・ウッドが語る真実』を観ました。

大英帝国スコットランドの首都エディンバラで1957年に生まれたステュアート"ウッディ"ウッドは、小学校で左利きを尼僧に咎められた。幼少期のカラー8mmフィルムが残っていることから、裕福な家庭に育ったと思われます。

ナット・キング・コールに憧れ、15歳のときに同級生とジャズトリオを結成した。ケルト音楽も好きでアンディ・スチュアートのレコードをよく聴いていた。地元の児童館で演奏していたところをベイ・シティ・ローラーズ(BCR)のマネジャーであるタム・ペイトンから声がかかり、17歳で加入した。

ベイ・シティ・ローラーズの初ライブはドンカスター。シェフィールド大学祭ではじめて黄色い声援を浴びた。1970年代後半に世界中のティーンエイジャーを熱狂させたアイドルバンドの誕生である。ハリー・ポッターの作者JKローリングもローラーマニアだったという。

ウッディが設立したThe Music Kitchenにより2007年に制作された本作は、ベイ・シティ・ローラーズというよりウッディが半生を自ら語るドキュメンタリーで、デジタル撮影なのはいいのですが、ズームするとモザイク状になる低解像度で、フッテージの希少性もないので、映画館で観なくてもいいかな、とは思います。

ボーカルのレスリーの尊大さに対して不満を貯めていたウッディが、コンサートのサックスソロのときに前に立ったレスリーを突き飛ばして解散するまでで映画の半分。残りはウッディのその後の音楽活動について(元BCRのダンカンと組んだKARU、南アフリカのヨハネスブルグで加わったNeil Solomon & The Passengersはどちらも悪くないバンドです)。最年長のアラン・ロングミュアー(左利き)脱退後に加入した人気メンバーのイアン・ミッチェルとパット・マッグリンは1mmも出てきません。

劇伴はウッディ自身がアコースティックギターでセルフカバーしたインストゥルメンタルバージョンのBCR楽曲で、これを聴くと本当に名曲ばかりだなと思います。"Saturday Night" "Yesterday's Hero" "Rock and Roll Love Letter" といったプロのソングライターが書いたヒットナンバーだけでなく、ギターのエリック・フォークナーとウッディが共作した "Just a Little Love" "Angel Baby" "Rock 'N Roller" などオリジナル曲もいいし、Dusty Springfieldの "I Only Want To Be With You" 、The Four Seasonsの "Bye, Bye, Baby" 、Raspberriesの "Let's Pretend" とカバー曲も実にセンスがある。

ベイ・シティ・ローラーズはザ・ビートルズの楽曲はカバーしていないと思いますが、終盤にギターインスト版の "In My Life" が流れるのは自分語りのご愛嬌といったところでしょうか。

 

2026年10月4日日曜日

SUNLIT POET VOL.2

秋晴れ。新木場でJR武蔵野線に乗り換えて約30分。新八柱駅から徒歩2分のSUNLIT BURGERさんで開催されてポエトリー・リーディング『SUNLIT POET VOL.2』に出演しました。

ご来場のお客様、SUNLIT BURGER大吾さん、共演者の皆様、主催者のURAOCBさんと君嶋復活祭さん、あらためましてありがとうございました。

8組のゲストにオープニングのURAさん、クロージングの君嶋さん、全10組のライブは3時間に及びましたが、いずれも熱のあるパフォーマンスで、インターバルのURAさんの選曲も良く、ハンバーガーが美味しくて、全体としてはゆったりとした空気感のライブでした。

僕は一番手で、オープンマイクや多人数のライブでは好きなポジションです。はじめてギャラを頂戴して朗読したのが1997年。今年2026年は30年目にあたるので、30年前に書いた「ANGELIC CONVERSATIONS」、20年前に書いた「無題(静かな夜~)」、10年前に書いた「花柄」、昨年出版した『過去の歌姫たちの亡霊』から「夜警 Billie Eillishに」、今年4月に刊行した『fragments』最終頁掲載の「日々」の5篇を朗読する、プチレトロスペクティブなセットリストで臨みました。

続くPENYOさんはグリーンのヘアメイクが印象的。音楽もされているということですが、今回の出演者のなかでは最も散文的な朗読だったと思います。大島健夫さんの安定感。ちょうど前週のTOKYOポエケットで購入した詩集『詩なのかもしれない』から2篇とその派生作品を聴けました。ぬくみりゑさんの圧巻のステージ。テキストの精度と声の良さ、感情の乗せ方、陰影。スキルとパッションが高い次元で結実しています。

リアをハムバッカーにカスタムしたレッドメタリックのムスタングで作ったループに乗せてリーディングする北村灰色さんは、tsu白ma yukoさんとのユニット白灰も。リヴァーヴの深い轟音に言葉が埋もれていく様子を鑑賞しながら、意味の溶解をイメージしつつ、それでも声は聴こえてきて人の存在を示す。そこにポエジーを見出そうとしているのかな、などと考えました。

坂本樹さんは、メタ認知を基盤に置いた自己言及の長編散文詩。あえてなのか、能動的に視野を狭めて集中を強いるような意志を感じました。最後、大林いくおさんはブラスボディのリゾネーターギターで弾き語り、トーキングブルーズ、ボトルネック、体温のある歌声。前後のアクトに自然にリスペクトを示す姿勢は見習いたいところです。

「きっとこの歌が終わるころ私たちは未来を失う」。2000年代前半からフリースタイルラップの影響もあり、若い世代を中心に散文化していった詩の朗読ですが、最近若干リバウンドがあり、カジュアルな筆致は保ちながら古典的な形式性に回帰しつつあるように思います。君嶋復活祭さんもそのひとりであり、彼女のセレクトで現在進行形のポエトリーを感じる日でもありました。

最後になりますが、君嶋復活祭さん、ShaLonさん、ご入籍おめでとうございます。お幸せに。

  

2026年9月30日水曜日

マイルス・デイヴィス クールの誕生

霧雨。角川シネマ有楽町 "Peter Barakan's Music Film Festival 2026" で、スタンリー・ネルソン監督作品『マイルス・デイヴィス クールの誕生』を観ました。

シャドウボクシングをするマイルス・デイヴィスのモノクロ映像。上半身裸で筋肉が引き締まっている。

1926年合衆国イリノイ州オールトンの裕福な歯科医の家でマイルスは生まれた。幼少期に同州イーストセントルイス(ミズーリ州セントルイスではない、東久留米みたいなものか)に転居し、はじめて人種差別の存在を意識する。教会のオルガン奏者だった母親はヴァイオリンを勧めたが、13歳の誕生日に父親にねだってトランペットを買ってもらった。中学校の吹奏楽部で頭角を現し、15歳でビリー・エクスタインのビッグバンドに参加。そこにディジー・ガレスピー(Tp)とチャーリー・パーカー(AS)が在籍していた。

1991年に65歳で亡くなったKing of Jazzの生涯を紹介するドキュメンタリー映画です。映画の副題になっている1950年のアルバム "Birth Of Cool" でクールジャズの端緒を開いたマイルスですが、その後 "Workin'" "Steamin'" "Relaxin'" "Cookin'"の連作の抒情的ハードバップ期、1959年の "Kind Of Blue" ではモードジャズを発明(?)し、同年の "Sketch Of Spain" におけるロマ音階導入、1970年 "Bitches Brew" のエレクトリック・ファンクビート、遺作となった1991年の "Doo-Bop" はHIPHOP、そのディスコグラフィーはアメリカ音楽の歴史そのものでもあります。

ハービー・ハンコック(Pf)、ロン・カーター(B)、ウェイン・ショーター(TS)、マイク・スターン(Gt)、マーカス・ミラー(EB)、カルロス・サンタナ(Gt)ら撮影時点で存命の共演者たち(ショーターは2023年に死去)、音楽ジャーナリストや研究者がインタビューに答え、俳優カール・ランブリーがマイルスの自叙伝の抜粋を朗読する構成で、ランブリーのしわがれ声が生前のマイルスそのものです。1940年代のテレビ番組の司会者が "Musical noise called Jazz" と紹介するのも面白い。

「マイルスのトランペットの甘い音色がジャズを恋人たちのBGMに変えた」というのもなるほどで、ミュートしたノンビブラートで透明感のある美しいロングトーンは一聴して彼の音とわかります。

私生活についてあまり興味を持っていなかったのですが、16歳でハイスクールの先輩で最初の妻アイリーンを妊娠させ、1949年のパリ公演で女優ジュリエット・グレコと束の間のアバンチュール、名盤 "Someday My Prince Will Come"(1961)のジャケ写になった2人目の妻フランシスはトップダンサーだったがジャズクラブで偶然会ったクインシー・ジョーンズをハンサムだと言ったことでDVを受け離婚、R&Bシンガーのベティ・メイブリーの影響でサイケデリックファッションに傾倒し、薬物依存症からの脱却を助けたのは最後の妻シシリー。アイリーン以外はスクリーンに現在の姿で登場します。

マイルスのあの耳に残るハスキーボイスは30歳のときに咽頭の腫瘍を切除した後遺症だったことも今回初めて知りました。

 

2026年9月29日火曜日

オペレーション:カブール 極限救出48時間


冒頭に、ハンガリー国立映画研究所、ハンガリー国防軍協力のクレジット。早朝の原野で草を食むうさぎ、横たわり煙草を吸う兵士たちの姿が徐々に明らかになる。アフガニスタン・イスラム共和国バグラム州の空軍基地。フレッド中佐(タマーシュ・ボロビチ)の号令で立ち上がる兵士たち。

2021年8月8日、米軍の撤退によりタリバンが覇権を握ったアフガニスタンの首都カブールで、本国から送られてきたリストに基づきハンガリー大使館員と現地採用した職員計200名を、48時間以内にウズベキスタンに移送するミッションが与えられた。

2019年12月21日。バーリント中尉(ガボール・ヤスベレーニ)はカブール郊外の山麓の駐屯地にいた。薬不足の市街地のクリニックから助けを求めに来たハンガリー人女性医師エステル(ブランカ・メサロス)。駐屯地はタリバンの襲撃を受け、爆風で吹き飛ばされたバーリントに襲い掛かったタリバンの戦闘員をエステルが医療用ナイフで切りつけ、バーリントは一命をとりとめる。

ほぼ同時期に公開された『ハワの手習い』『撃たれた自由の声を撮れ』がアフガニスタンにおける反タリバンの立場で製作されたドキュメンタリーなのに対して、ISAF(国際治安支援部隊)側から見た本作は役者が演じる劇映画なのでタッチがかなり異なります。

とはいえ、決死の覚悟で国外脱出を求めカブール国際空港のゲートに殺到する大群衆から対象者を選別するある意味残酷なミッションを遂行する過程で、選別されない人を作ってしまう。輸送機の搭載重量の上限があるため避けようのないことではあるが、選別された人、されなかった人、選別する隊員各々に傷を残すことになるでしょう。

司令部はハンガリー本国のケチケメート空軍基地に設置されており、救出人数が200名から急に590名に増やされたりして傍迷惑なのですが、結果的に現場の裁量が尊重されているのはいいと思います。

空港内で使用する輸送車や乗機用のタラップの調達を命じられて、他国軍からパクってくるところや、NATO軍の中でも、アメリカ人は嫌いで、イタリア軍のことはちょっと下に見ていたり、イギリス兵の皮肉にはイラっとするけれど一目置いていたりするのが面白いです。ハンガリー国防省の公式クレジット付きなのに大丈夫なのかな、と要らぬ心配をしてしまいます。

 

2026年9月20日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

台風25号接近中。西武柳沢ノラバーにて『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック』カワグチタケシ詩集『fragments』リリースツアーファイナルを開催しました。

足元の悪い中ご来場くださったお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくれた全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号さん、あらためましてありがとうございました。

8. ケース/ミックスベリー
10. 11月の話をしよう
12. ビザンティウムへ地下鉄で

■デザートミュージック
1. 白木蓮
3. 路上にまつわる断章
5. 日々

今回はリリースツアーファイナルということで、新詩集『fragments』全10篇に、昨年出版した前作『過去の歌姫たちの亡霊』の10篇を加えた全20篇を90分で朗読しました。2冊の全収録作品を読んだのは、執筆時期が『fragments』は2016~2026年、『過去の歌姫たちの亡霊』は2021~2025年と重なっており、DIVAモチーフと断片の集積という異なるコンセプトであるものの、実は強い繋がりを持っているからです。交互にしたのは、縦糸と横糸というイメージがあったのと、2週前のノラオンナさんのライブ『とまり木にて13 〜鳥と港〜』に刺激を受けた面もあります。

日常生活において90分間しゃべり続けるということがないので、長尺のワンマンはペース配分に気を遣います。全体にスローテンポで進行しましたが、雨の夜の空気感には合っていたのではないでしょうか。

前回ノラバーに出演した4月26日のリリースツアー初日は昼公演でした。観客としてお邪魔したChiminさん、mayulucaさんのライブもお昼だったので、夜のノラバーはひさしぶり。夏の御膳もこの夜がファイナル。ポテトサラダ、大根の油あげ巻、たまごやき甘いの、きんぴらごぼうの定番おかずに、つくね焼き、大根切り干しキムチ、カブの一夜漬け、夏のノラバー御膳といえばのとうもろこしごはん、とうふとわかめのみそ汁でした。ずらりと並んだ小鉢にみんなテンションが上がります。

看板インコの梨ちゃん3号もにぎやかにツアーファイナルを盛り上げてくれて、スイカの乗った固めのノラバープリンと香り豊かなノラブレンドコーヒーに会話も弾み、雨の夜が更けていきました。

次回のノラバー出演は来年2月14日(日)バレンタインデーの昼公演です。年内のライブ出演は、10月4日(日)に松戸新八柱のSUNLIT BURGERさんでSUNLIT POET VOL.2、11月14日(土)に祖師ヶ谷大蔵のBOOKSHOP TRAVELLERさんで3K19があり、12月にもう一本入ると思います。いつでもお待ちしておりますので、よきタイミングがあれば是非いらしてください。