2026年9月30日水曜日

マイルス・デイヴィス クールの誕生

霧雨。角川シネマ有楽町 "Peter Barakan's Music Film Festival 2026" で、スタンリー・ネルソン監督作品『マイルス・デイヴィス クールの誕生』を観ました。

シャドウボクシングをするマイルス・デイヴィスのモノクロ映像。上半身裸で筋肉が引き締まっている。

1926年合衆国イリノイ州オールトンでマイルスは裕福な歯科医の家に生まれた。幼少期に同州イーストセントルイス(ミズーリ州セントルイスではない、東久留米みたいなものか)に転居し、はじめて人種差別の存在を意識する。教会のオルガン奏者だった母親はヴァイオリンを勧めたが、13歳の誕生日に父親にねだってトランペットを買ってもらった。中学校の吹奏楽部で頭角を現し、15歳でビリー・エクスタインのビッグバンドに参加。そこには、ディジー・ガレスピー(Tp)とチャーリー・パーカー(AS)が在籍していた。

1991年に65歳で亡くなったKing of Jazzの生涯を紹介するドキュメンタリー映画です。映画の副題になっている1950年のアルバム "Birth Of Cool" でクールジャズの端緒を開いたマイルスですが、その後 "Workin'"、"Steamin'"、"Relaxin'"、"Cookin'"の連作の抒情的ハードバップ期、1959年の "Kind Of Blue" ではモードジャズを発明(?)し、同年の "Sketch Of Spain" におけるロマ音階導入、1970年 "Bitches Brew" のエレクトリック・ファンクビート、遺作となった1991年の "Doo-Bop" はHIPHOP、そのディスコグラフィーはアメリカ音楽の歴史そのものでもあります。

ハービー・ハンコック(Pf)、ロン・カーター(B)、ウェイン・ショーター(TS)、マイク・スターン(Gt)、マーカス・ミラー(EB)、カルロス・サンタナ(Gt)ら撮影時点で存命の共演者たち(ショーターは2023年に死去)、音楽ジャーナリストや研究者がインタビューに答え、俳優カール・ランブリーがマイルスの自叙伝の抜粋を朗読する構成で、ランブリーのしわがれ声が生前のマイルスそのものです。1940年代のテレビ番組の司会者が "Musical noise called Jazz" と紹介するのも面白い。

「マイルスのトランペットの甘い音色がジャズを恋人たちのBGMに変えた」というのもなるほどで、ミュートしたノンビブラートで透明感のある美しいロングトーンは一聴して彼の音とわかります。

私生活についてあまり興味を持っていなかったのですが、16歳でハイスクールの同級生で最初の妻アイリーンを妊娠させ、1949年のパリ公演で女優ジュリエット・グレコと束の間のアバンチュール、名盤 "Someday My Prince Will Come"(1961)のジャケ写になった2人目の妻フランシスはトップダンサーだったがジャズクラブで偶然会ったクインシー・ジョーンズをハンサムだと言ったことでDVを受け離婚、R&Bシンガーのベティ・メイブリーの影響でサイケデリックファッションに傾倒し、薬物依存症からの脱却を助けたのは最後の妻シシリー。アイリーン以外はスクリーンに現在の姿で登場します。

マイルスのあの耳に残るハスキーボイスは30歳のときに咽頭の腫瘍を切除した後遺症だったことも今回初めて知りました。

 

2026年9月20日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

台風25号接近中。西武柳沢ノラバーにて『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック』カワグチタケシ詩集『fragments』リリースツアーファイナルを開催しました。

足元の悪い中ご来場くださったお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくれた全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号さん、あらためましてありがとうございました。

8. ケース/ミックスベリー
10. 11月の話をしよう
12. ビザンティウムへ地下鉄で

■デザートミュージック
1. 白木蓮
3. 路上にまつわる断章
5. 日々

今回はリリースツアーファイナルということで、新詩集『fragments』全10篇に、昨年出版した前作『過去の歌姫たちの亡霊』の10篇を加えた全20篇を90分で朗読しました。2冊の全収録作品を読んだのは、執筆時期が『fragments』は2016~2026年、『過去の歌姫たちの亡霊』は2021~2025年と重なっており、DIVAモチーフと断片の集積という異なるコンセプトであるものの、実は強い繋がりを持っているからです。交互にしたのは、縦糸と横糸というイメージがあったのと、2週前のノラオンナさんのライブ『とまり木にて13 〜鳥と港〜』に刺激を受けた面もあります。

日常生活において90分間しゃべり続けるということがないので、長尺のワンマンはペース配分に気を遣います。全体にスローテンポで進行しましたが、雨の夜の空気感には合っていたのではないでしょうか。

前回ノラバーに出演した4月26日のリリースツアー初日は昼公演でした。観客としてお邪魔したChiminさん、mayulucaさんのライブもお昼だったので、夜のノラバーはひさしぶり。夏の御膳もこの夜がファイナル。ポテトサラダ、大根の油あげ巻、たまごやき甘いの、きんぴらごぼうの定番おかずに、つくね焼き、大根切り干しキムチ、カブの一夜漬け、夏のノラバー御膳といえばのとうもろこしごはん、とうふとわかめのみそ汁でした。ずらりと並んだ小鉢にみんなテンションが上がります。

看板インコの梨ちゃん3号もにぎやかにツアーファイナルを盛り上げてくれて、スイカの乗った固めのノラバープリンと香り豊かなノラブレンドコーヒーに会話も弾み、雨の夜が更けていきました。

次回のノラバー出演は来年2月14日(日)バレンタインデーの昼公演です。年内のライブ出演は、10月4日(日)に松戸新八柱のSUNLIT BURGERさんでSUNLIT POET VOL.2、11月14日(土)に祖師ヶ谷大蔵のBOOKSHOP TRAVELLERさんで3K19があり、12月にもう一本入ると思います。いつでもお待ちしておりますので、よきタイミングがあれば是非いらしてください。

 

mue ワンマンライブ

嵐の前の静けさ。吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmueさんのワンマンライブに行きました。

バキバキのスラップベースをフィーチャーした「感覚をつかまえて!」で始まったこの日のラインナップは、mueさん(Gt、Pf、Vo)、8月29日にも出演した市村浩さん(Ba)とタカスギケイさん(Gt)に加え、今年4月に初共演した北村ゆう子さん(Dr)の4人編成、mueさんはES-335ではなく、いつものエレガットです。

4月11日の周年ライブに毎月開催を宣言して6回目。弾き語りデビュー25周年の今年が一番やる気があると言う。歌声もよく届きます。

2曲目の「まだこの世にはないものを作るゲームをしよう」は、あえて解決に向かわない和声進行がmue楽曲のなかでも特にはっぴぃえんど(細野晴臣)味を感じる。「変わり続ける僕たちは同じときばかりではなく」と歌う蔵出し曲「世界が広がる」。

1st setの終わりに長めのトークが迷走した際に「何か名曲を歌わなければ」と歌った「風の谷のナウシカ」の歌い出しの「金色の花びら散らして」の武道の達人のように全身の力の抜けた発声に鳥肌が立ちました。

短い休憩を挟み、衣装&髪型をチェンジしてピアノに向かい「神の示す道しるべ」で再開した2nd setは打って変わってMCをほとんど挟まずストイックに、タイトなバンドアンサンブルで魅了する。北山ゆう子さんの力強いフロアタムとタカスギケイさんのノイズアンビエントが美しい「大きな流れを作る」までのシリアスパートが、直後にカバーされた「炭坑節」への落差も含め、この日の白眉だったと思います。

そして2度目の共演となる北村ゆう子さんのドラムが終始素晴らしかったです。「イシキムイシキ」の軽やかなリムショット、「音楽がやってきた」や「ほんとうの夢をおしえて」の繊細極まりないシンバルワーク、「宝探し」のシェイカーなど、拍節を点ではなく面で捉えるような奥行きの深いビートに震えました。

 

2026年9月15日火曜日

撃たれた自由の声を撮れ

小雨。ポレポレ東中野でザイナブ・エンテザール監督作品『撃たれた自由の声を撮れ』を観ました。

2021年10月、アフガニスタンの首都カーブル。主人公ラシュミンの自宅で母親のインタビューから映画は始まる。女性たちにはデモをする権利がある。しかし娘のラシュミンとナスタランが危険に晒されるのは心配でならない、とも言う。その隣で落ち着かない様子で母の声を聞くラシュミン。

「私たちはひるまない、決してひるまない」。2021年8月の米軍撤退により政権を奪還したスンニ派イスラム原理主義組織タリバンが、女性に対する教育や就業を禁じたことに抵抗して街頭で声を上げた女性たちを、女性監督がヒジャブに隠したスマートフォンで撮影したドキュメンタリーフィルムです。十数人規模の小さなデモは、自動小銃を持つタリバンの兵士たちに常に監視されている。

「沈黙は強要、合意ではない」「口をつぐんだままだと幸福でいまの暮らしに満足していると思われる」。シュプレヒコールは「仕事! パン! 教育!」。逃げ遅れた仲間の電話が繋がらない。デモに誘った叔母がタリバンの空砲に驚いて転び眉間を切って流血したことでパニックになるラシュミン。タリバンにマークされスーツケースひとつで親類や友人宅を転々として暮らす。

同時公開された『ハワの手習い』と共通する主題を扱いながら、本作の切迫感、緊張感は格別。街路の緊迫感に対して、留学経験のあるラシュミンが、女子校の閉鎖により教育機会を失った妹たちにTOEFL400のテキストで英語を教える家庭内には笑いもあるのが救いです。「あなたが殺されたら赤いスカーフをちょうだい」「やだ、あげない」という自虐的な笑いであっても。

「アフガン女性の最初の敵は父親と兄弟。自分と闘い、家族と闘い、ご近所と闘い、タリバンと闘う」とラシュミンは言う。彼女たちのイスラム原理主義との闘いは、家父長制との闘いでもあります。

この映画に対してというより、この映画が告発する世界の在り方について、ふたつの観点で掘り下げたくなりました。

①タリバンは理屈の通じない獰猛な獣だとラシュミンの母親は評しますが、隠し撮りされたタリバンの兵士たちは組織化されて冷静に見えます。また家庭に帰れば血の通った人間なのでしょう。到底容認し難い思想を持つ人々がどのようなロジックで行動しているのか、そこに葛藤はないのか、逆の立場のドキュメンタリーを観てみたいです。

②家父長制を信奉している層は日本にも根強く存在しています。男性の既得権益を守りたいという欲求はあるにせよ、彼らの大半は女性たちを苦しめたいわけではなく、女性は家庭に収まっているほうが幸福だと信じている側面があるのではないかと思います。その裏側には、勉学や仕事は苦行だという感情があるように思えてなりません。

 

2026年9月12日土曜日

ルックバック

小雨。ローソンユナイテッドシネマアーバンドックららぽーと豊洲で是枝裕和監督作品『ルックバック』を観ました。

画用紙を鉛筆がこする音。夜の窓に向かって、にかほ市立院内小学校4年1組の藤野歩(七瀬ふうり)が勉強机で4コマ漫画を描いている。漫画は学年新聞に毎号掲載され、同級生たちに人気がある。「忙しかったから5分で描いたんだよね」と嘯くが、実は毎号頭を抱えて夜更けまで執筆していた。

放課後、担任(宮藤官九郎)に職員室に呼ばれ、次号の一枠を4年2組の京本奏(岡田六花)に譲ってくれないか、と打診され、「私は別にいいですけど、不登校の軟弱者に漫画が描けるんですかね」と藤野は承諾する。翌週配られた学年新聞を見て京本の画力に敗北を感じた藤野は、書店兼文具店に走り、デッサンやパースの教則本やスケッチブックなどの画材を買い込み、帰宅すると自室に篭り、ひたすら絵を描き続けた。

2024年にアニメ化された藤本タツキの読み切り漫画の実写版を是枝監督が撮る。アニメ版の完成度が素晴らしかっただけに、同じく漫画原作の『海街diary』のように上手くいくのかな、というのは杞憂でした。出口夏希さんの藤野、蒔田彩珠さんの京本も、アニメ版の河合優実さん、吉田美月喜さんと甲乙つけがたいキャスティング。ちなみに、原作とアニメの京本は左利きで、実写版では右利きです。

58分のアニメ版に対して、実写版の上映時間は99分。アニメ版は前半30分で高校を卒業しプロの漫画家になるのですが、実写版はふたりが一緒に漫画を描き始めるまでに約40分を費やす。ロケ地秋田県にかほ市の季節の移ろいや、藤野の両親、小中学校の教師、雑誌編集者(菅田将暉)など、大人たちとの関係性をより丁寧に描いています。

山田真歩さんの使い方が贅沢。また出演時間こそ少ないですが、藤野の母親役の野呂佳代さんの存在感が際立っています。小学校の卒業式のあと、雨に降られた藤野が帰宅した廊下を雑巾で拭いて、捨てておいてと言われ一度は縛ったスケッチブックの束の紐を鋏で切る無言のシーンは野呂佳代さんのためのもの。『怪物』『箱の中の羊』に続く是枝作品への出演で、故樹木希林さんのポジションを今後担っていく気がします。

卒業証書を京本に届け、はじめてファンを得た藤野が、急に降り始めた雨の中、農道をスキップしながら鼻歌が劇伴のギターにシンクロし、びしょ濡れで全力疾走する一連のシークエンスは、『海街diary』で当時十代前半の広瀬すずさんが自転車二人乗りで桜のトンネルを通過するスローモーションに匹敵する美しさです。

無音の使い方もいい。膝まで埋まる雪を踏み締めて真夜中のローソンへ向かう二人。カメラは店外から二人を映し、少年ジャンプの新人賞掲載号を開く二人の緊張と興奮を無音の画面が増幅している。

複数の音楽作品、映像作品などへのオマージュが指摘される原作漫画ですが、実写版においても、隣県の美大に進学した京野の作品が壁に多数貼られ、風でめくれるカットはエドワード・ヤン監督の『恐怖分子』の悲劇を予感させるものでした。

 

2026年9月11日金曜日

リンカリンカ~あの夏の先

小雨。ヒューマントラストシネマ有楽町でカンドゥルン監督作品『リンカリンカ~あの夏の先』を観ました。

交通量の少ない一本道を走るVOLVOを運転しているのは26歳の新人映画監督サムキ(ツェリン・ヤンキ)。免許を取り立てのサムキの運転は危なっかしく助手席の父(ノルブ・ツェリン)は運転を替われと言う。サムキが路肩に寄せると、野生のヤクがVOLVOを追い越して行く。

中華人民共和国チベット自治区の首府ラサ。故郷を舞台にした映画を製作するために北京から帰郷したサムキは、撮影可能なリンカ場を探している、リンカとは、チベット族が短い夏を楽しむために家族や友人たちと屋外で食事や飲酒をしたり、歌ったり踊ったりすること。

12歳のサムキ(ツェキィ・メトック)は、幼馴染の親友ラモ(デチェン・バンゾム)の家に泊まった夜、ラモの部屋にあったネパール刺繍の財布の美しさに魅了され、盗んでしまう。翌日も一緒に登校するふたりだが、天真爛漫なラモは「財布が見つからない。幽霊に取られた」と言う。ある日のリンカで、サムキは財布を拾ったと父に告げる。ドキュメンタリー番組を制作している父は、娘が財布を拾った経緯をインタビューしテレビで放送する。

成績優秀なサムキは選抜され上海の中学校に入寮する。高校受験を控えた15歳の夏、祖父の法要のためラサに帰省し、ラモと再会する。

ラサ出身の女性監督カンドゥルン氏は1995年生まれの31歳。自然光の捉え方が抜群に上手い。少女期の映像は大人になった主人公が撮影している映画という、三重の入れ子になっています。実体験をモチーフにしているものの、合コンで再度再会したラモ(タンサン・ラモ)と自身の記憶に齟齬が生じる。実体験はモチーフに過ぎず、映画はフィクションなので、制作側に都合よく作っても問題ないのだが、それは自身の苦い経験に対して誠実な態度と言えるのだろうか。高地で空気の薄いラサの短い夏の眩しい逆光を背景に、静かに葛藤するサムキは、監督の姿でもあるのでしょう。

中国語の原題は『一个夜晚与三个夏天』。一つの夜と三つの夏の日です。タイトルバックとエンドロールはチベット語、漢語、英語のトリリンガルで、オープニングテーマはレゲエ、エンディングテーマはヒップホップ。現代のラサのユースカルチャーが垣間見られる一方、伝統的なチベットらしさといえば、背景に聳える峻険なヒマラヤ山脈、5色のタルチョ(祈祷旗)、仏塔を周回して巡拝するコルラ、民族楽器の独特の音階など。グローバルな観客のニーズに応えるバランス感覚に優れています。背の高い並木道の両側に平坦な田園が広がる俯瞰ショットは『勝手にしやがれ』や『気狂いピエロ』のオマージュでしょうか。

唯一気になったのが、静謐な映像に対して音が若干うるさいことです。Wang Chuan のアンビエントな劇伴は耳に心地良いのですが、街角の喧騒や住居内の生活音が結構なボリュームで常に収録されています。都会の暮らしではそれがリアリズムでもある反面、映画館の密室においては圧が強い感じがしました。

 

2026年9月4日金曜日

猫たちと7000マイルの旅

小雨。ヒューマントラストシネマ有楽町でマイ・ホン監督作品『猫たちと7000マイルの旅』を観ました。

排水溝に雨水を落とすパイプから顔を出す子猫。カタールの首都ドーハは雨のほとんど降らない砂漠の都市。街頭のスピーカーからアザーンが響き、駱駝に乗ったターバンの男たちと超高層建築が同居する。夜の路上を徘徊するひどく瘦せこけた野良猫たちに、仕事を終えたパキスタン人の施工管理技士ウマイルがキャットフードと安全な水道水を配っている。

画面は急に明るくなり、星条旗を映す。客室乗務員のケイティは航空機操縦士の妻でティーンエイジャー2人の母親。ウィスコンシン州ミルウォーキーで猫カフェSIP & PURRを経営し、過去に国内外から1390匹の保護猫の譲渡を仲介している保護活動家でもある。航空会社のコールセンターに電話を掛け「ドーハからシカゴに猫を25匹搭乗させるカーゴの代金を支払いたい」と言うとオペレーターは絶句する。

25基のクレート(運搬用ペットキャリー)と共にハマド国際空港に降り立ったケイティがウマイルと協力して、4日間の滞在で25匹の野良猫を保護するために奔走する様子を追ったドキュメンタリー映画です。

世界有数の富裕国カタールの人口は300万人。その89%は外国人が占める。急速な経済発展を支えるために雇用され渡航して来た出稼ぎ労働者たちが、スーク(常設市場)のペットショップで子猫を買い帰国時に捨てる。人口とほぼ同じ300万匹の野良猫がいるという。

300万匹のうち25匹なので、比率にしたら僅かなものですが、救われる猫が一匹でも増えればという強い気持ちで動くケイティ。命に軽重はないのに「選ぶ」という行為が付随してしまう。現地の保護活動家たちを訪ね、保護されている多数の猫のうち連れ帰る数匹を選ぶ。スークに出掛け、無数の野良猫たちの中から数匹を選んでクレートに収納する。

そこには選ばれなかった者が存在する。保護する側にも観客である我々にも葛藤は生じると思います。ケイティは帰国後に里親を探すにあたり、引き取り手がつくような猫を選ばなくてはならない。救いは、その基準が容姿や描種や健常さだけではなく、フライトに耐える最低限の体力は必要だが、事故で四肢の一部や視力を失った猫やFIV(猫エイズ)陽性の猫、栄養失調の猫など、路上で生き延びることが困難な猫たちが多く選ばれていることです。

印象に残ったのは、ドーハの保護活動家たちの国籍が、インド、ヨルダン、シンガポール、フィリピン、ほか多岐に亙ること。イスラムの戒律の関係なのか、カタール人は獣医師しか登場しません。25匹の予定が、スークでクレートを買い足して27匹と帰国、その後妊娠していた雌猫レディが4匹の赤ちゃんを産んで、結果的に31匹になりました。障害を持つ猫も含めその多くは、ミルウォーキーとその周辺に暮らす富裕な白人家庭に引き取られました。