2026年7月14日火曜日

海辺の一日 4K

猛暑日。角川シネマ有楽町エドワード・ヤン(楊德昌)監督作品『海辺の一日 4K』を観ました。

波の音。朝日の逆光に6人のシルエットが浮かび上がる。場面は転じて佳莉(シルヴィア・チャン)の部屋、ベッドサイドのデジタル表示は11:44を指している。ラジオからベートーヴェンのピアノ協奏曲。ウィーンを拠点に欧州で活躍するピアニスト蔚青(フー・インモン)が13年ぶりに帰国し台北で演奏し、明日は日本公演だという。

調律を確認する蔚青にオーストリア人のマネジャーが佳莉のメッセージを伝える。蔚青は対談をキャンセルし、佳莉とホテルのラウンジで会う。佳莉は、蔚青と13年前に別れた恋人佳森(ミンシ・アン・ツォー)の妹である。

佳莉が語り始める空白の13年間の物語。佳森は蔚青と別れ、開業医である兄妹の父親(ナン・チュン)の勧める相手と結婚して家業を継いだ。医者の息子との縁談を持ちかけられた佳莉は大雨の夜に家出し、同級生の徳偉(デビッド・マオ)と台北の安アパートで暮らし始める。徳偉が勤務する不動産投資ファンドは成功し、暮らし向きは飛躍的に向上したが、夫婦関係はぎくしゃくしている。

1980年代の台湾ニューシネマを代表するエドワード・ヤン監督の長編第一作は日本では今回が劇場初公開です。60年代の仏ヌーヴェルヴァーグ、70年代の米ニューシネマにも共通するパッションは、商業映画とは一線を画したリアルな手触りをフィルムに活着させること。

監督デビュー作としては異例の2時間47分という長尺がまったくダレないのは、過去の話の中で更に過去を回想する三重構造を見事に提示してみせた監督の力量はもちろんですが、同じく撮影監督デビューとなった豪州出身のクリストファー・ドイルの画面構成、色彩感覚、動体捕捉力によるものが大きいです。全カットがクールで危うい均衡を保っている。このあと香港に拠点を移し、ウォン・カーウァイ監督作品に画期的なカメラワークで貢献し、世界的にブレークします。『欲望の翼』のスローモーションや『天使の涙』の広角レンズには衝撃を受け、心底痺れました。

本作でも、徳偉が荒々しく運転するメルセデスベンツのカーチェイスは終始運転手目線という斬新なもの。「時間の力は絶対だ。恐ろしいほどに」と、病室の徳偉が最期の力を振り絞って、シーツやベッドのフレームやステンレスの什器をなぞる指先のクローズアップの残酷なまでの美しさ。

回想シーンの冒頭でまだ高校生だった佳莉が着ている緑色の制服は『ヤンヤン 夏の想い出』や『ひとつの机、ふたつの制服』でヒロインたちが通う名門、台北市立第一女子高級中学のもの。早世したヤン監督の長編映画は全7作。『海辺の一日』(1983)『牯嶺街少年殺人事件』(1991)『台北ストーリー』(1985)『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)を観たので、残り3本でコンプリートです。

 

2026年7月13日月曜日

ヌーヴェルヴァーグ

真夏日。ヒューマントラストシネマ渋谷にてリチャード・リンクレイター監督作品『ヌーヴェルヴァーグ』を観ました。


エリック・ロメールコーム・ティユラン)、ジャック・リヴェットジョナス・マルミー)がタイプライターを叩くカイエ編集部で、ゴダールはデスクの引き出しの金庫から紙幣をくすね、トリュフォーの『大人は判ってくれない』が出品されているカンヌ映画祭へ行く。

1959年のパリ。ヌーヴェルヴァーグの創成期を舞台に、ジャン=リュック・ゴダールが監督第一作『勝手にしやがれ』を製作する過程を追った、史実に基づくフィクションは、『勝手にしやがれ』と同じ白黒1:1.37の画角で撮影され、フィルム上のノイズやキューマークまで再現されています。

「最高の批評方法は自分で映画を撮ること」。戦場カメラマンのラウル・クタールマチュー・パンシナ)を雇うが、これが当たる。戦闘中の動体を追っていたクタールは、街中でのゲリラ撮影にうってつけ。手持ちカメラはリール音が大きくて同録ができないが、それを逆手に取り、カメラの背後で思いついたセリフやアクションをリアルタイムで役者に大声で伝え、演じさせるゴダールの即興演出が生まれる。

[未熟な詩人は模倣し、成熟した詩人は盗む(T.S.エリオット)]。上映開始から40分は、資金集めやキャスティングなど、ドタバタな準備を描く。クランクイン後は「○日目」とテロップが入り、撮影の20日間を日別に描くのは、リンクレイター監督らしい表現です。

天才の型破りで予測不能なわがままに振り回される、という見方もできますが、ゴダールも役者たちも裏方もみな一様に無邪気で前向きで楽しそうな印象が強く残りました。決められた手順に沿って清々と撮影を進めるより「今日はアイデアが尽きた」と突如打ち切るのは、はた迷惑ではありますが誠実な態度にも思われます。

当時を演じる役者陣の衣装、ヘアメイク、細かな動きや画角、パリの街並み、自動車、インテリア、小道具などの再現度が偏執狂的で、その意味ではゴダールの即興性とは対極の細部まで緻密に設計され作り込まれた作品です。アメリカ人女優のジーン・セバーグゾーイ・ドゥイッチ)の夫との会話以外の台詞はすべてフランス語で、トリュフォーもロメールもリヴェットも、いかにも言いそうなことを言うのが楽しい。ジャン=ポール・ベルモンドを演じたオーブリー・デュランの顔真似はちょっとやり過ぎなぐらいですが、だんだん笑えてきました。

 

2026年7月12日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

真夏日、西武柳沢へ。『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックmayulucaさんの回に行きました。

開演時刻14時半にmayulucaさんが取り出したのは、円筒形のオルゴール。赤いきのこの傘の下でうさぎたちが、W.A.モーツァルトのオペラ『魔笛』のプリンセス・パミーナと鳥刺しパパゲーノの二重唱「愛を知る者たちには」に乗って踊るイントロダクションから「君は君のダンスを踊る」へ。

2曲目の「きこえる」の「陽の沈む音だろう」という歌詞は、僕の「森を出る」という詩で引用させてもらっています。続く新曲「虹の中にいる」は今年4月に東京に大きな虹が出たときに、普段は強い言葉で罵り合うSNSにそのときだけは多くの虹の画像が共有されているのを見た「わたしなりのPeace Song」だと言う。

「彼と彼女のそれぞれ」は3人の登場人物がいるんですね。物語を描く彼と遠い町を旅する彼は同一人物だと勘違いしていました。「昼下がり」の「君のこと/好きになってしまったようで/君も僕を/好きになってくれるといいな」という歌詞に「大好きよ、トリラブユー」と答えるノラバーのバイトインコの梨ちゃん3号も絶好調。毎週カウンターでGOOD MUSICを浴びて、音楽の機微を会得しつつあるようです。

青空」「あなたにとって光とは」「箱庭」の3曲は、おそらく次回作の軸になる楽曲群だと思っています。本編ラストの「アネモネ」は恒例になった客席参加型。「デザートミュージック」では、インスタライブのコメント欄にコーラスで参加する方も。

そして、ノラバー店主ノラオンナさんのアイデアが光る季節の果物と野菜のサラダはしゃきしゃきのスイカとベビーリーフとかいわれ。先々週のChiminさんのライブでもいただいたノラバーさわやかポークカレーもダークチェリーが乗ったノラバープリンもまったく飽きのこない味です。

ノラバーの東向きのすりガラスの大きな窓から優しい光が差し込んで、空を見上げる人と空を描いたmayulucaさんの歌声と正確なギターを柔らかく照らす。鳥のおしゃべりとコーヒーの香り。穏やかな時間の流れに身を任せる夏の午後のノラバーでした。

 

2026年7月11日土曜日

癒しのサロンコンサート vol.1 ~ Summer 2026

真夏日。西武池袋線でひばりが丘へ。Studio La Subalaで開催された『癒しのサロンコンサート vol.1 ~ Summer 2026』で、Chiminさん(Vo)、野本晴美さん(Pf)、井上 "JUJU" ヒロシさん(As、Fl)の演奏を聴きに行きました。

La Subalaさんは住宅街の一戸建て。一部吹き抜けの広いダイニングルームのステージに野本さんJUJUさんが登場し、6/8拍子のスウィングナンバーで会場をあたため、Chiminさんを呼び込む。リリカルなピアノのイントロに導かれた1曲目は2004年のデビュー盤収録の「たどりつこう」。野本さんの左足の踵がバックビートを踏む。

言葉ひとつ」は先々週ノラバーで聴いた繊細な表現から一転、力強く歌い上げる。そして「まるで昔のことのように」「茶の味」と2012年の名盤『住処』収録曲が続く。野本晴美さんこそが『住処』でピアノを弾いているご本人。今日のライブではトリオ用にリアレンジされているものの、要所要所で立ち現れるアルバムのフレーズに心震えます。

野本さんとChiminさんの共演は、表参道にあったPRACA112014年に聴いていますが、その後Chiminさんがライブから離れていたけっして短いとは言えない数年間、何百回とリピートして聴いていた『住処』のアトモスフィアが2026年の初夏に、瑞々しい輝きを保ったままアップデートして再現されていることに胸が熱くなりました。

後半の「残る人」「時間の意図」「」も『住処』のナンバー。サンバのリズムの「残る人」ではJUJUさんがフルートの歯切れ良いタンギングで応え、スローな「時間の意図」「」は野本さんの左足の四分音符が床伝いに響くことで、楽曲に内在する静かなグルーヴを感じる。そしてリハーモナイズされた「住処」のイントロ。

「野本さんのピアノありきでJUJUさんが編曲した」というMCの通り、Chiminさんの濁りないロングトーンに寄り添うJUJUさんの管楽器のウォームな息遣いと野本さんのピアノのひんやりとしたタッチがアルバムのトーンを決定づけていましたが、ライブでは、あるいは十数年後に聴いたためか、野本さんのピアノから乾いているのに柔らかい優しさを受け取りました。

2部冒頭のデュオはCarla Bleyの "Lawns"。以前、同曲の加藤エレナさんのピアノを「夏の夜露を含んだ芝生」と形容したことがありますが、野本晴美さんのピアノに、日の傾きかけた公園の芝生を駆ける子どもたちの姿を想像しました。

 

2026年7月10日金曜日

トロフィー

真夏日。テアトル新宿孫明雅監督作品『トロフィー』を観ました。

木製の床に西日が差している。バレエシューズの足元、軽やかなターン。カメラは視線を上げ、生徒たちの満面の笑顔を写す。舞台は現代、荒川沿いの東京下町。東京朝鮮第一初中級学校の中等部3年生のソヒ(恒那)は在日コリアン4世、朝鮮舞踊部に所属している。全国大会に向けて顧問(ちすん)が発表したテーマは「芽生え」、主役に親友リョニ(原田花埜)が選ばれ、ソヒは二番手を務めることになった。

地元の公立中学との交流会が開かれ、ペアを組んだ日本人中学生未来(梨里花)とソヒはBTSの同じバッジをつけていることで意気投合する。未来は観光でソウルに行ったことがあり、BTSの東京ドーム公演にも当選していた。ソヒの父サンジュ(井浦新)は朝鮮民主主義人民共和国籍でソヒたちの学校の校長だが学校経営は厳しく、大韓民国籍の母ミリョン(市川実和子)はパートで家計を支えているが、故障した洗濯機を買い換えられないほど困窮している。

未来はソヒにハングル語を教わるかわりにフリマサイトの使い方を教え、ソヒの自宅にある中古品を売ってファンクラブの会費とライブのチケット代を作ろうと提案する。父が所有していた北朝鮮歌謡のCDが5,000円で売れたことで勢いづいたソヒは、父が引き出しに保管していた勲章を無断でオークションに出品したところ50,000円の値が付いた。

長編第一作となる孫監督は大阪出身の在日コリアン3世。是枝裕和監督の弟子筋です。大きな事件は起きないが、ささいな表情や仕草に登場人物たちの感情の揺れを映すことに長けています。未来を初めて自宅に招いたとき、帰宅したサンジュの表情の変化を見て「未来も在日だよ、言葉はアレだけど。ソン・ミレイ」と噓をつく。そう言われた未来の微妙な表情。母ミリョンは嘘をすぐに見抜き、未来の帰宅後、コインランドリーの帰り道にソヒに尋ねるが決して責めない。

テレビからミサイル発射のニュースが流れ、家族の食卓に割り切れない空気が流れる。排外主義者のYouTubeを視聴して「北朝鮮って悪い国なの?」と小学生の弟テイリ(千就)に聞かれ「北朝鮮って言うなよ。ウリナラだよ」と答えるサンジュ。ミリョンは「アッパ(パパ)は遠くを見ているの。昔はそれがかっこいいと思ってたんだけどね。足元も見てほしいよね」と言う。3世である親世代は、自身のコミュニティを「同胞」と呼ぶ。かつて住居や就職で差別された過去があるのだ。

是枝組の常連俳優であるYOU、未来の祖父で鉄工場の社長を演じるきたろう。ふたりのベテランの示す矜持がいい。主役の恒那さんの透明感。思春期の生意気さと不安定な感情。冒頭の朝鮮舞踊の練習場面では貼り付けたような不自然な笑顔が、主役リョニの怪我により不意に任されたセンターの重圧と自身の嘘によって失われるが、ラストの競技会の舞台では心からの表情に感じられました。

 

2026年6月29日月曜日

ガラクタの城 meets 廃品回収車

月曜夜。吉祥寺MANDA-LA2へ。mue×タカスギケイガラクタの城 meets 廃品回収車』を聴きに行きました。

「アウトプットが足りないから」と始まったmueさんの毎月ライブの3回目は、4月11日のバンドセット、5月20日のソロ弾き語りに続き、ギタリストのタカスギケイさんとのデュオ。「今ごろ君は知らず/お月さまと眠ってる/今夜も僕だけが/君のことを思ってる」という歌詞のmueさんにはめずらしいラブソング「お月さまと」でスタートしました。

続く4ビートの「蜘蛛の糸」。いつものエレガットではなく、4月に初披露した真赤なGibson ES-335を全編にフィーチャーし、直挿ししたRoland Jazz Chorus 120(ギターアンプ)のコーラスエフェクトできらきらした音色を響かせます。煙草やコカコーラといったシンボリックなアイテムが歌詞に描かれた3曲目のブルースナンバーでは1弦のグリッサンドのみで押し通す豪快なギターソロも。

共演機会の多いタカスギケイさんと呼吸の合ったアンサンブル。「Woman "Wの悲劇"より」の空間処理、「朝の15分の静寂」のサビではピッチシフターを通した重厚なベース音が効果的でした。

後半はピアノの前にポジションを移し、Jackson5の "Never Can Say Good-Bye" で再開。「ボロボロ」の的確なオブリガート、曲の入りでキーを見失い迷走するかに見せてきっちり着地した「大きな流れをつくる」など、ピアノ演奏技術の向上が昨今著しい。

英語詞の「Light Up The Future」では歌詞の和訳を、ジャズとアンビエントを揺らぎながら行き来するようなタカスギケイさんの流麗なソロギターインプロヴィゼーションに乗せて廃品回収車に寄せた自作詩を、朗読する場面がありました。僕は朗読が本職ではない人の朗読が大好物なので、とてもよかったです。また聴きたい。

「ガラクタの城」を冠したライブは過去2回、2015年2016年にいずれも新高円寺STAX FREDで聴いています。そのジャンク感、未完成な輝きと比較すると、2026年のガラクタの城は円熟味がありました。最低限の決めごとが必要なアンサンブルというフォーマットのせいもあるとは思いますが、mueさんご自身の10年間の経験に裏打ちされた音楽家としての成熟を感じました。

 

2026年6月28日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

台風の翌日。西武柳沢駅に着くころに雨は上がり『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックChiminさんの回に行きました。

1曲目の「うたかた」は2006年の2nd『ぽむぽむ』収録曲。アルバムでは特徴的なスティールパンの分散和音が、Chiminさんの爪弾くガットギターで再現されます。自分で曲を作り始めたばかりで簡単なコードしか知らなかったと言うが、音楽の豊かさがそこには確かに存在しています。

いまの季節にぴったりな「雨が止んだら」「目と目」をしっとりとメドレー構成で繋ぎ、ノラバー店主ノラオンナさんのリクエストで「」。近年はピアノで歌われることが多いスーパースローナンバーをギターのリフに乗せると原型がビートレスではないことに気づかされる。改題した新曲「ひとつのページ」も雨にまつわる歌です。

前回6月11日のライブでは冒頭1曲だけだったガットギターの弾き語りが全編という僕の希望が叶ったのと、楽曲のコアがダイレクトに感じられるのも弾き語りの醍醐味です。例えて言うなら、アリーナ級の技術と表現力を持つシンガーが奏でる極上のリビングルームミュージック。「言葉ひとつ」のサビの抑制されたウィスパーボイスにも痺れました。

Chiminさんがひとつのライブで4曲もカバーを歌うのもレアなこと。どんとドリヴァル・カイミザ・フォーク・クルセダーズヴァン・モリソン、いずれも原曲は男声ですが、Chiminさんの澄んだ声で聴くとまったく違う表情を見せます。

ノラバーの看板インコ梨ちゃん3号の語彙は4月に会ったときより更に増え、お昼の生うたコンサートの定番メニュー、大きな白いお皿に三日月型のカレーと半球状に盛られた白飯のノラバーさわやかポークカレーはさながら魔法陣のようでおいしさもマジカル。どの季節にも合いますが、梅雨時は格別です。