2026年3月8日日曜日

花緑青が明ける日に

ミモザの日。ユナイテッドシネマ豊洲四宮義俊監督作品『花緑青が明ける日に』を鑑賞しました。

色鉛筆で描かれた海と空。足元の波紋と濡れた足音、油蝉の声。美大生になった式森カオル(古川琴音)が真夏の山に穿たれた坑道を抜けるとそこは海中で一頭の鯨が泰然と泳いでいる。

4年前、制服のカオルは下校しても自宅ではなく帯向煙火店の住居兼工場に帰る。赤錆びたベランダには制服を膝までまくったチッチこと帯刀千太郎(入野自由)。弟の敬太郎(萩原利久)が部屋を飛び出して屋根を下る。階下の工場では父親榮太郎(岡部たかし)が市職員と隣近所の住民から立ち退きを説得されている。婿養子の榮太郎は花火師だったが、数年前に妻を亡くし、花火工場もその後廃業していた。市職員に殴りかかる敬太郎とそれを止める榮太郎。カオルの両親も立ち退きを勧めに来ていた。

4年後、東京の美大に進学し、プロジェクションマッピングの新進アーティスト兼インフルエンサーとなったカオルは、二浦市役所に就職したチッチに連れられて網代に帰る。翌日の8月31日に帯刀煙火店は行政代執行により更地にされる。煙火店の前の入り江は埋め立てられメガソーラーが設置されていた。水軍の末裔である失踪した父榮太郎が残した幻の花火シュハリは、猛毒の花緑青を使う500年前に水軍が用いた狼煙。その花火を上げるために敬太郎は4年間を準備に費やしていた。

「花火なんてたとえ世界で一発も上らなくても誰も困らないんだよ」「どんなことにだって終わりは来るよ。問題は終わらせ方だよ」。再開発により失われる伝統工芸という紋切型のテーマと思いきや、映画中盤で示される煙火店廃業の経緯はもっと残酷なものでした。単純な二項対立とならず、物語に広がりを与えているのは兄チッチの存在。開発を推進する公務員でありながら、弟の心情も理解し、且つ板挟みで葛藤することなく、両者の立場を内面化する。

日本画を主たる表現手段とし『君の名は』や『この世界の片隅に』にも関わった四宮監督の作画はあらゆるシーンが美しく、一瞬たりともスクリーンから目が離せません。アメリカデイゴ、ノウゼンカズラ、アザミの花。蝉の死骸、蟹、カマキリ。蜩の声。極端に強調された遠近法と前景の遮蔽物に切り取られた表情は歌川広重の『名所江戸百景』を思わせる。世界のアニメの潮流が3Dに完全移行した現在も、セルタッチの平坦な色彩にこだわる日本のアニメーション表現そのものが浮世絵的ではあります。敬太郎が作った段ボールのジオラマが実写+クレイアニメになるのも面白かった。

劇場アニメ初挑戦の古川琴音さんは、本職の声優さんのように随所に抑揚をつけるような演技をしませんが、それがカオルの性格によく合っていると感じました。蓮沼執太さん劇伴もよかった。imaseさんの編曲もしていて、聞こえてきたヴィオラは手島絵里子さんかな、と想像しながらエンドロールを聴きました。

 

2026年2月26日木曜日

パンダのすごい世界

TOHOシネマズ シャンテ梁碧波(リャン・ビボ)監督作品『パンダのすごい世界』を観ました。

中華人民共和国貴州省双河洞。フル装備の発掘隊が縦穴を降りていく。10万年前から800年前に岩盤の隙間に落ちて命を落としたジャイアントパンダの化石が鍾乳洞の底に眠っているという。

雪に覆われた四川省臥龍中華大熊猫苑神樹坪基地。双子を出産したルイルイだが、ジャイアントパンダは1頭しか育てない。双子のうち弟は施設内で同時期に出産したシェンシェンの元に里子に出された。母ルイルイと双子の兄は首にバイオトラッカーを装着し、飼育員の牟さんに見守られながら野生復帰を目指している。

2025年に中国で製作されたジャイアントパンダのドキュメンタリーフィルムは、上映館が多いわけでないですが、パンダロスに沈む上野でも公開されているのは東宝の粋な計らいか。中国語の原題は「熊猫奇遇记」(英題は "The Adventure of the Panda")なので、邦題に間違いはないのですが、宣伝文の「パンダのユニークな生態を記録した貴重映像」に対して、どちらかといえばパンダと飼育員の関係性を中心に描いている映画だと思います。

成都大熊貓繁育研究基地の公開エリアに暮らす世界的人気の令嬢パンダ花花(ファーファー)の典雅な所作や、赤ちゃんパンダたちの愛くるしさに身悶えする一方、国内外で長く活躍して帰郷し都江堰基地で老後を穏やかに暮らす23~32歳(人間に換算すると80~100歳台)の老パンダたち、特に食道に腫瘍が見つかり治療中の23歳のリンヤンに尺を割いているのは好感が持てる。

1980年代に1000頭以下に減った個体数は1900頭まで増えたが、未だ絶滅危惧種です。これだけ世界中で愛されており、草食で性格も温和なので、犬や猫のように人間の愛玩動物となって共生する道もあったと思うのですが、採れたての笹竹しか食べないという矜持がそうさせなかった。荘厳なオーケストラの劇伴はちょっと重たく感じました。

 

2026年2月23日月曜日

ナワリヌイ This is Navalny

早稲田奉仕園スコットホールギャラリーへ。写真展『ナワリヌイ This is Navalny』に行きました。

アレクセイ・ナワリヌイはロシアのアクティヴィスト。2024年に47歳で獄中死している。2011年のロシア国政選挙を告発する集会から2021年に拘束、投獄されるまでの11年間を1991年生まれのロシア人フォトジャーナリストのエフゲニー・フェルドマン氏が密着取材した。

ナワリヌイ氏の活動についてはこちらのリンクをご参照いただくとして、写真の感想としては、劇的な陰影、安定した画角、細部まで曇りのない解像度により、ヒーロー映画のスチールのように感じました。良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、家族と過ごしていたり、演説会の舞台裏でぽつんとカップ麺を食べていたり、人間臭い日常のひとこまを切り取った写真ですら過剰なまでにドラマチックに映ります。

明治41年建造の美しい煉瓦造りのギャラリーの随所に置かれた黄色のラバーダック(お風呂に浮かべるアヒルのおもちゃ)は反汚職のシンボル。自由で公正な社会の実現を目指した体制告発により支持を集め、賛同者はもちろん、対立勢力の支持者とも対話する真摯な姿勢が見て取れる一方、本展の撮影時期以前にあたる政治活動初期においては、民族主義、排外主義的な発言が記録されている。それを信用ならざる変節者と見るか、悔悛した聖人と見るか、その狭間で鑑賞者も揺れる。

ロシア人、ウクライナ人、日本人が本展のスタッフとして関わる。発起人がウクライナのクリミア半島出身者であることは、反プーチンの共通項からか。会場で話したウクライナ人女性ボランティアスタッフは「ウクライナ侵攻後ウクライナ人はロシア人と相容れない感情があるが、私は国籍ではなく、その人の行動で判断したい」という主旨の意見を聞かせてくれました。

実質的な独裁国家といえるロシア。現時点の日本では言論の自由は担保されていると考えられますが、サイバースペースで庶民同士が思想的分断を煽り合うプレイが、コンテクストを喪失して現実世界に滲出しはじめている。インディヴィジュアリストとして、たとえ少数派であっても、少数派であるからこそ、警鐘を鳴らし続けることを忘れずにいたいです。

 

2026年2月22日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

猫の日。西武柳沢へ。『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックmandimimiさんの回に行きました。

袖口にレースをあしらった白いカットソーには砂糖細工の白猫がプリントされ、小さなリボンがいくつも縫い付けられている。髪を飾る白いリボンは猫の耳。2月22日にこれ以上ないスタイリングです。

1曲目は親友のメロディさんが草原で巨大な猫と輪になって踊る夢を歌詞にした "Pocketz Waltz"。そして "2022 Year Of Years"、"Eight Times Around The World"。2024年秋のギャラリーエキシビジョンで "FLOWER SPELLS" の連作を完成させて、現在取り組んでいる "Dear Dream Diaries" 夢日記をモチーフにした楽曲群で前半は構成されていました。ちなみに夢はいつもフルカラーで見ているそう。

細い指先で奏でられる柔らかくて優しいタッチのピアノ、すこしだけくぐもったアルトの歌声は心地良い湿り気を帯び、冬から春に向かう季節の空気に調和しています。英語の歌詞の前に日本語訳の朗読を添えたことも、時間をスローダウンさせる効果に。台湾系アメリカ人のMandyさんの書く歌詞は、英語を中心に日本語と中国語のミックスです。普段の会話では流暢で完璧な日本語を話すのですが、朗読の声は一語ずつ確かめながら発声しているように聴こえて惹き込まれる。セリーヌ・ディオンのカバーも全然歌い上げないのが逆にmandimimiさんらしさを際立たせています。

ノラバーの昼公演のお楽しみといえば、ノラバー店主ノラオンナさん秘伝のノラバーさわやかポークカレーです。『リアリティ・バイツ』『ブレックファスト・クラブ』『プリティ・イン・ピンク』など、アメリカの青春映画の話題とともにおいしくいただいたあとは、ノラバープリンノラブレンドコーヒーを味わいつつ、30分間の配信ライブ「デザートミュージック」へ。

ポーラ・コールラナ・デル・レイ、映像作品で使用された2曲のカバーと "FLOWER SPELLS" から "Yours &  Mine"と最新曲 "Always Tomorrow" のオリジナル2曲。すこし伸びた日脚に、猫の日は暮れていきました。

 

2026年2月13日金曜日

銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き

金曜夜。TOHOシネマズ日比谷亀山陽平監督作品『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』を観ました。

銀京府警察庁ネオ町田警察署で警察官リョーコ(小松未可子)から刑期短縮プログラムの説明を受ける6人の受刑者。カート(内山昂輝)とマックス(山谷祥生)は砂糖の不法所持、族の総長アカネ(金元寿子)と舎弟カナタ(小市眞琴)はスピード違反、チハル(寺澤百花)とマキナ(永瀬アンナ)はスピード違反・公務執行妨害・警察車両爆破の罪状である。

6名に課せられた社会奉仕活動は、宙武鉄道新如月駅に停車している惑星間走行列車のヴィンテージ車両ミルキー☆サブウェイの清掃だったが、ミルキー☆サブウェイは誤発進し、6人を乗せたまま宇宙に飛び出す。暴走は車掌型人工知能O.T.A.M.ちゃん(藤原由林)が社会不適合者に殺し合いをさせるために仕組んだ罠だった。

2025年7~9月期にTOKYO MXTVで木曜22時に12話放送され、YouTubeで同時公開された3DCGショートアニメ作品の劇場版です。放送時の1話が3分31秒、そのうちテーマ曲であるキャンディーズの「銀河系まで飛んで行け!」(1977)が約20秒流れるスタッフロールを除くと3分の放送を毎週録画視聴していました。劇場版は全46分の上映時間。リョーコの後輩警察官アサミ(小野賢章)と上司ハガ(ロバート・ウォーターマン)が新たに加わりました。

9人と1体の登場人物のうち、リョーコだけが人間で、アカネカナタチハルアサミハガが強化人間(宇宙環境に耐えられるよう遺伝子組換えした人類、話中に説明はない)、カートマックスマキナはサイボーグ、O.T.A.M.ちゃんがロボット(Outer Space Animatronics Manager)です。

退役軍人のカートとマックス、ヤンキーのアカネとカナタ、ギャルのチハルとマキナ。3組のバディの各々異なる関係性に魅力があるのと、敵対していたマキナとアカネが推しアイドルで意気投合したり、誰にも感謝されることなく犯罪に手を染めたカートとマックスが殺戮ロボHAIJO-KUNから助けたチハルに感謝されてどぎまぎするなど、別バディとの絡みで生じる感情の変化が心温まります。劇場版新キャラのアサミとハガもリョーコのアツい一面を引き出している。

斬新過ぎるキャラクタービジュアル、レトロフューチャーなガジェット、リズミカルで小気味よいアクション、早口なキャラクターの声が重なり生まれるグルーヴ感。若きクリエイターのイマジネーションが爆発した才気溢れるメジャーデビュー作に喝采を贈りたいと思います。

 

2026年2月12日木曜日

Chimin TRIO

木曜夜。吉祥寺Stringへ。Chiminさんのライブを聴きに行きました。

1曲目「sakanagumo」のイントロのアルペジオがリヴァーヴのかかったスチール弦のアコースティックギターで奏でられる。その清新な響きに乗せてChiminさんが歌い始めると、地下のジャズバーに澄んだ風が吹き抜ける。

2023年11月の活動再開後はピアニストと歌うことが多かったChiminさんですが、4ヶ月ぶりのライブはギタリストの馬谷勇さんEasy MachineKoUSaGui)との初共演。サックス、フルートの井上 "JUJU" ヒロシさんとは旧知の仲とのことです。

2曲目はサマーソングの「シンキロウ」。アルトサックスに持ち替えたJUJUさんが対旋律を即興的に付ける。乾き切った冬の空気のせいか、アルトの音色がソリッドに聴こえます。元々はスーパースローな「」は若干テンポアップして、Chiminさんの歌声の大きな魅力のひとつだと僕が感じている弱音のロングトーンが隅々まで冴え渡る。2012年の名盤『住処』収録曲のレコーディング時のエピソードも興味深く。

セカンドセットの「茶の味」はあえてシンコペーションを排し、バレンタインデーの前々日というMCに続く「チョコレート」も幾分レガート寄りな新解釈。最終曲「住処」はイントロの3/4拍子からヴァースの6/8拍子、コーラスで3/4拍子に戻る。転調後のウィスパーファルセットの午睡の夢のような儚さ。

近年共演しているピアニストの加藤エレナさんが推進力、岡野勇仁さんが包容力だとすると、馬谷勇さんの正確で綺麗なギターには空間を拡張するような力があり、「上手に歌おうとするのをやめた」と言うChiminさんの歌声に時折僅かに聴こえる揺らぎの美しさを引き出しているように感じます。

アンコールの「悲しくてやりきれない」まで全13曲、充実したライブが終わって地上に出ると、吉祥寺の裏路地の空に冬の星座が見えました。

 

2026年2月10日火曜日

クリーム フェアウェル・コンサート1968

TOHOシネマズ シャンテトニー・パーマー監督作品『クリーム フェアウェル・コンサート1968』を観ました。

「みんなサンシャインを聴きたい?」というエリック・クラプトンの呼びかけに熱狂で応えるオーディエンス。Gibson ES-335のフロントピックアップの角の取れたディストーションで特徴的なイントロを弾き始め、ジャック・ブルースGibson SGベースで応えると満員の観客の熱気は最高潮に。

1968年11月26日火曜日、ロンドンのロイヤルアルバートホールで開催されたクリームの解散コンサートの記録映画です。元グレアム・ボンド・オーガナイゼーションジンジャー・ベイカー(Dr)が元ヤードバーズ、元ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのエリック・クラプトン(Gt)にバンド結成を持ちかけた際、クラプトンはジャック・ブルース(Vo/Ba)の加入を条件にした。

1966年7月にデビューしたクリームは、伝統的なブルースを electrifyし、inprovisationを演奏の中心に置き、僅か2年の活動期間、3タイトルのLP『フレッシュ・クリーム』(原題:Fresh Cream)、『カラフル・クリーム』(原題:Disraeli Gears)、『クリームの素晴らしき世界』(原題:Wheels of Fire)で大衆音楽だったRock'n'Rollをアートに押し上げた。クリームがいなければ、レッド・ツェッペリンガンズ&ローゼズメタリカも今日我々が聴いているような音楽にはなっていなかったと思います。

83分で9曲、1曲平均9分13秒。5曲がオリジナル曲、4曲がトラディショナルブルースのカバーですが、ライブに限ったことではなく、レコードでもそれぐらいの比率です。曲間に挿入されるメンバーのインタビューも面白い。ジャック・ブルースはクラシック音楽のチェリストを目指していた。バッハのベースラインに影響を受け、14歳で弦楽四重奏曲を作曲したが教師に酷評されてクラシックが嫌になった。エリック・クラプトンはギターのトーンコントロールとワウペダルの使い方(ウーマントーンという呼称を数十年ぶりに聞きました)、ジンジャー・ベイカーはツーバスの奏法やシンバルの使い分けなど、テクニカルな話をしています。それに続く"Toad"(邦題:嫌な奴)の10分超のドラムソロ(ライブ)。

このときクラプトンは23歳。1974年の『461 Ocean Boulevard』や大ヒットした1992年の『Unplugged』など枯れた味わいのシンガーとは真逆の粗削りなハードロック・ギタリストがそこにいます。リード・ヴォーカルは「クロスロード」以外はジャック・ブルース、MCはクラプトンです。

カメラは各メンバーの顔アップがほとんどで、3人が同時に画角に収まることがなく、また演奏する手元が見たい方には物足りないかもしれません。俳優パトリック・アランのナレーションは1968年の時代を写し、当時ロックが如何に大人たちに疎まれていたかがわかりますが、マーク・ボイルのサイケデリック映像と共にちょっと邪魔だな、と感じてしまいました。