2026年5月24日日曜日

ヴィヴァルディと私

曇天。シネスイッチ銀座ダミアーノ・ミキエレット監督作品『ヴィヴァルディと私』を鑑賞しました。

漆黒の画面に小鳥のさえずり。石造りの明るい中庭で制服の少女たちが生まれたばかりで母猫の乳を飲む子猫たちを見つける。嬌声を聞きつけた院長(ファブリツィア・サッキ)は子猫を麻袋に詰め込み、少女たちが懇願するのを一顧だにせず、運河に投げ捨てる。

1716年のヴェネチア共和国。ピエタ養育院は、孤児に専門教育を施した楽団の演奏で収入を得ていた。ライバルのデレリッティ慈善院の楽団の評価が高まり、貴族や豪商の寄付が流れていることに危機感を持った院長は、ピエタ院から独立したものの有力なパトロンを得られず食い詰めていたアントニオ・ヴィヴァルディミケーレ・リオンディーノ)を楽長として呼び戻す。出生直後に捨てられピエタ養育院で育ったチェリチア(テクラ・インソリア)にヴァイオリンの才能を見出し、首席奏者に抜擢する。

中世の暗黒期は脱していたとはいえ、バロック時代の欧州における女性の不自由さをあらためて痛感させられます。孤児たちが教会で演奏する際は祭壇の裏の格子の奥、演奏会で人前に出るときは仮面を着けなくてはならない。職業選択の自由はなく、海を埋め立てた都市国家ヴェネチアにおいて更に閉鎖的な養育院は、貴族や上級軍人に嫁ぐ(実質的には女性側に選択権のない人身売買)か、自分を捨てた母親が迎えに来なければ出ることができない。

母親は一縷の望みを賭けて、捨てる赤子に細密画のカードの半分を握らせ、そのカードは院の書庫に丁重に保管されるが、残り半分を持って引き取りに来られることは稀だ。喘息持ちで病弱なヴィヴァルディの指導の下、婚儀を忌避してピエタ院に残りたいがためにチェチリアがとった行動が悲劇を生む。自由が困窮と一体なのが切ない。

薄暗い養育院、大聖堂のステンドグラス、濡れた石畳と運河の淀んだ水面。貴婦人の絢爛豪華な衣装、男たちのウィッグは地位の象徴。少女たちの舞台衣装と普段着のお仕着せ。美術が素晴らしく、ヴェネチア生まれのオペラ演出家が撮った映画に更なる厚みを与えています。もちろん音楽も。現代のプロ演奏家に慣れた耳には少々粗があるアンサンブルがリアルです。

ヴィヴァルディといえば『四季』とりわけ『春(RV.269)』ですが、作曲されたのは本作の約10年後のこと。劇中で演奏されるのは『ラ・フォリア(トリオ・ソナタ集 作品1 第12番 ニ短調 RV.63)』、『戦勝カンタータ(蛮族の王ホロフェルネスを討伐した勝利のユディータ RV.644)』、デンマーク王に献呈した 『12のヴァイオリン・ソナタ op.2』の3曲です(死の床にある貴族の私室で仮面の少女たちが演奏する鎮魂歌の曲名はわかりませんでした)。

村上春樹の『1973年のピンボール』の中で、ヴィヴァルディの『調和の幻想』のエピソードは最も印象に残る場面ですが、ちょうど映画の時期に作曲されています。

 

2026年5月20日水曜日

mue ワンマン

夏日。吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmueさんワンマンライブに行きました。

先月11日の25周年ワンマンライブ『Story of the 411 Road』から1ヶ月という近年のmueさんにしては異例のハイペース。「今日はタイトルのない気楽なワンマンなので、ゆっくり過ごしてください」というMCで幕を開けました。1曲目の「朝もやのHigh」、続く「共有の時」、チャーリー高橋さんのカバー「田の神さま」と、ライブでは初めて聴く楽曲が続く。いずれも佳曲。

毎年4月11日アニバーサリーライブはリズムセクションと共に可憐且つ大きなグルーヴを届けてくれますが、今日のステージにはmueさんひとりだけ。ガットギターとピアノの弾き語りで、客席と対話しながら、親密で穏やかな空気を作ります。夏にKALDIで買った夏季限定のエスニック袋麵を食べるタイミングを逸して、晩秋を迎えた食卓の悲哀をコミカルに綴った「パクチーで食べた」は客席のクラップに乗せてアカペラで。

「あなたに会えない今日の私は/どう過ごしたらいいのかな」と歌う25年前に書いてライブでは一度、もしくは一回も歌っていない無題の曲。現在は二人称に「君」を使うことが多いが「あなた」と歌うとラブソング味が一気に増す。初共演した2012年以来、mueさんのライブには結構通っているほうだと思いますが、聴いたことのない作品がまだまだあって、引き出しの多さが伺えます。

また、思い出深い2015年のカバーライブ sugar, honey, peach +love でも歌ってもらった "(They Long To Be) Close To You"、"Smile" の2曲は染み入るものがありました。

「アウトプットが圧倒的に足りないので、25周年イヤーの今年はライブをたくさんしたい」と言うが、2023年は固定メンバーで四半期毎バンドセットワンマン、2025年前半はYouTubeを(ほぼ)毎日更新していました。ミュージシャンのアウトプットはオーディエンスにとってのインプット。好きな音楽がいろいろな形態で聴けるのは喜ばしいことです。

次回は6月29日(月)に同じくMANDA-LA2にて。2015~2016年に新高円寺STAX FREDで聴いたレア曲満載ライブガラクタの城』の続編ということで、期待が高まります。

 

2026年5月16日土曜日

霧のごとく

夏日。ヒューマントラストシネマ有楽町チェン・ユーシュン(陳玉順)監督作品『霧のごとく』を鑑賞しました。

1953年(民国42年)戒厳令下の台湾中部嘉義近郊の農村。14歳の阿月(ケイトリン・ファン)は、反体制運動に加担して追われサトウキビ畑に隠れている兄育雲(ツェン・ジンホア)に食事を届けに来た。潜伏して3カ月。育雲は、阿迷と阿水、2つの水滴が蒸発し、雲になって砂漠に雨を降らせる物語を聞かせ、腕時計を阿月に残し逃げるが、秘密警察に捕えらえられる。

1年後、両親の墓参から帰宅した阿月に兄の訃報が届く。銃殺刑で遺体は台北の極楽斎場にあるが、引き取りには銃弾料、保管料、埋葬料、運搬料などで一家の数ヶ月分の生活費にあたる大金が必要と言われる。僅かな貯金と兄の形見の腕時計を持ち、汽車を乗り継いで到着した台北で、女衒に騙され遊郭に売られそうになった阿月は、輪タクの車夫の趙公道(ウィル・オー)に助けられる。

人間は異なる思想の人間を恐れ、排斥しようとする。現在も世界中で起こる軍事独裁による粛清が、悪意のない市民を巻き込む。公道は退役軍人であるが、広東省出身の外省人。上官が反体制分子だったこともあり、台北ネイティブからも軍部からも疎まれ社会の底辺に追いやられている。

100%の善人も100%の悪人もいない本作の空気感は、どこか滑稽味があります。阿月と公道が共に過ごしたのはわずか3日間。その数日間が永遠の礎となる。華やかな観光要素こそなく、むしろ重苦しい題材ではあるが、これは『ローマの休日』の翻案なのではないでしょうか。自転車二人乗りで貧しい裏通りを疾走し、間抜けな悪党たちやお人好しの巡査と大捕り物を演じる。

阿月の長姉で台北に養子に行きナイトクラブ蝶彩のショーガールになった秀霞を演じる9m88R&Bミュージシャン。同時代の日本に置き換えたら吉永小百合がやりそうな役です。阿月たちを2度助ける高金鐘(リウ・グァンティン)は実在の義賊をモデルにしており、彼が登場するコメディパートもローマの休日感を補強しているように感じました。2026年の私的ベストムービー候補に挙げたい傑作です。

 

2026年5月8日金曜日

ビリー・アイリッシュ HIT ME HARD AND SOFT : THE TOUR (LIVE IN 3D)


開演18時間前、カナダのケベック市にある18,000人収容のアリーナCentre Vidéotron のステージセットの設営から映画は始まる。2024年9月から2025年11月に開催され150万人を動員したビリー・アイリッシュのワールドツアー "HIT ME HARD AND SOFT : THE TOUR" の劇場版映画化です。

360度客席に囲まれたステージ中央に設置された発光する巨大な立方体は『2001年宇宙の旅』を思わせる。シンセベースの重低音が会場を震動させ、自身のツアーグッズのバスケットシャツとベースボールキャップを身に着けたビリーの姿が立方体のLEDに透けて、"Chihiro" を歌い出すと客席のヴォルテージはマックスへ。レコーディングされたアンニュイなウィスパーはライブ仕様のストレートなシャウトに置き換えられている。

10代から20代前半の白人女子が中心の観客は、"when the party's over" でステージにしゃがみこんだビリーが一人コーラスのループを作る際に黙らせる以外、全曲シンガロング。もしくはスマホを掲げて動画を撮るか、泣くか、それら全タスクを同時にこなすか。

最初は気になった観客の歌声が、ギリシャ悲劇のコロスやゴスペルのコーラスにも似た聖性を帯びて聞こえてくるミラクル。「誰もがここでは安全」とビリーは言う。SNSで時折見かける「隣席の歌がうるさい。あんたの歌を聴きにきたわけじゃない」論争に対するひとつのアンサーを見た気がします。

インサートされるジェイムズ・キャメロン監督によるインタビューショットで「嫌なことがあると最後列の観客のことを考える」と答えるビリー。『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』(2021)のチック症に悩む自己肯定感の低い猫背の少女はそこにはもういない。

女声コーラスのエイヴァとジェインは背中に名前が刺繍されたラルフローレンの赤いポロシャツとチャコールグレーの膝丈プリーツスカート。4人の男性ミュージシャンもおそろいのネイビーのポロシャツ。ピックと指弾きを使い分け超重厚な低音部を支えるソロモン・スミスのベース。終盤2曲に登場しピアノとギターを弾く兄フィニアスの慈愛のまなざし。

なによりビリー本人がこれだけ短期間でビッグネームになったにも関わらず、少しも自分を見失っていないように見える。ハンディカムを掲げ、熱狂する観客と自撮しながら疾走する姿を見てそう感じました。

3D映像に関してはそこまででもないな、2Dでもよかったかも、と思って観ていたのですが、エンディングの紙吹雪が手に届きそうなくらい近くまで舞ってきたとき、会場にいる一体感を得られたので、やはり3Dで観てよかったです。

 

2026年5月5日火曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ③

子供の日。すっきり晴れて東京国際フォーラムは大賑わい。クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES(大河)」最終日3日目は有料公演を3本鑑賞しました。

■公演番号:322〈川辺での沈思
ホールC(ヴルタヴァ)12:00~13:00
ショパン:夜想曲op.37-1
ショパン:子守歌 op.57

2023年2024年と同様に、まず演奏者本人によるプログラムの意図の解説あり。全14曲60分構成は、ショパンの3曲を中心に、前半はショパンが愛した1685年生まれのバロックの3巨匠、「主よ、人の望みの喜びよ」で短調から長調に眩しく転換して、ショパンに影響を受けた印象派の作品を並べています。それは小品集というよりひと続きの組曲。1500人の観衆が水を打ったように聞き耳を立てていました。

■公演番号:344〈セーヌ川
ホールG409(ガンジス)15:15~16:05

図らずもピアニスト母子を続けて聴くことに。こちらはフォーレとその弟子筋を中心としたアンソロジープログラムです。たまたま最前列センターやや下手のピアニストの両手がよく見える良席でした。近距離とドライな音場が相俟ってクリアに響きます。演奏技巧は確かなのですが、ピアノがめちゃ上手い同級生が放課後に音楽室でリクエストに応えて弾いてくれているような親しみやすさがあります。

ホールA(ロワール)18:30~19:15
小林愛実(Pf)

LFJ2026の仕上げは再びホールAでオーケストラを。この冬ピアノ小品をずっと聴いていたシベリウス(フィンランド)とイントロは誰でも知っているグリーグ(ノルウェイ)の北欧詰め合わせです。これもたまたま最前列で、ペダルを踏む音まで聞こえる。小林愛実さんのピアノがパワフルなこと。そして弱音が可憐。20年近く前に同じホールで確かチャイコフスキーを聴いた故ブリジット・エンゲラーの記憶が重なります。

今年も充実した3日間になりました。出演者、スタッフならびに会場ボランティアのみなさん、どうもありがとうございます。来年また会えますように。

 

2026年5月4日月曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ②

みどりの日。新緑の東京国際フォーラムへ。クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES(大河)」2日目は有料公演2本を聴きました。

■公演番号:233
ホールD7(ポー)13:30~14:20

2009年パリ生まれのアリエル・ベックは17歳。技術に裏打ちされた理知的なアプローチと正確無比なタッチはシフの若い頃を思わせ、ロマン派よりバッハが似合う感じがします。フレッシュで明晰なイギリス組曲でした。ミックスルーツなのかな、きれいにカールした長い黒髪にラメの入ったダークグレーのタイトなワンピースは実写版リトル・マーメイドのリアル版(実写版のリアル版って…)。アンコールはメンデルスゾーン舟歌でした。お父上は詩人のフィリップ・ベック氏だそうです。

■公演番号:247
ホールG409(ガンジス)21:45~22:30

G409はホールというよりも会議室。演奏の始まりは音響が超ドライだったのに、徐々に残響を増したのはベテランカルテットの技術。アンコールで再度演奏されたヴァルタヴァは、チェロのピチカートで表現される水源の一滴から並々と流れる悠久の大河を眼前にするようでした。神経質な天才肌、お母さん、パーティガールの女子3人、チェロのギョームはポニーテール、髭、眼鏡、Uネックシャツ、素足にローファー、というフランス人イケオジ要素全部盛りです。

桐朋学園大学で20~21世紀音楽を研究している沼野雄司教授講演会『〈流れ〉から読む現代音楽の世界』を11:00~12:00にホールB5(黄河)で聴講しました。ジョン・ルーサー・アダムススティーヴ・ライヒジェルジ・リゲティなど。日中戦争時に抗日カンタータがさかんに作られたとか。沼野先生のユーモラスな語り口は学生さんたちにもきっと人気だと思います。

 

2026年5月3日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ①

憲法記念の日。毎年ゴールデンウィークに東京国際フォーラムで開催されているクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」。今年のテーマは「LES FLEUVES(大河)」、河川をモチーフにしたプログラムが組まれています。

3日間のフェスの初日は有料公演3本を鑑賞しました。

ホールA(ロワール)12:45~13:30
山下一史(指揮)

わが郷里千葉県で唯一のプロオケは1985年創立。僕は1986年に東京に転居したので1年しか重複しておらず、今回はじめて演奏を聴きました。ゆったりとしたテンポで始まった田園交響楽は、甘く優しく優雅な音色ですが、第四楽章の雷雨の場面はちゃんとどかどかしています。ソリストとしても活躍しているコンサートマスター神谷未穂さん、上品な響きのファゴット奏者柿沼麻美さんほか女性の活躍が目立つオケです。

■公演番号:144〈ステュクス~三途の川
ホールG409(ガンジス)15:30~16:15

展覧会の絵に川のイメージはなかったのですが、生死を分ける川ですね。ムソルグスキーが親友の鎮魂のために書いた曲です。1960年代生まれの僕たちにとって、EL&P冨田勲がこの曲のベンチマーク。生きているうちに原曲を生演奏で聴けてよかったです。五十嵐薫子さんのキレのある演奏。テュイルリーの庭のスタッカートがころころしています。アンコールのレスピーギの「甘美なワルツ」も素敵でした。

ホールC(ヴルタヴァ)18:00~18:45

去年も同じ組み合わせでシューマンを聴き、とてもよかったので楽しみにしていました。プラハ近郊の湖畔の別荘で書かれた楽曲は、第一、第三楽章はチェロ、第二楽章をヴィオラ、カルテットではバックアップにまわりがちな楽器が主題を演奏します。舞台上手から、伏し目がちなシャイボーイ、社交的な元気女子、お調子者のムードメーカー、冷静沈着なリーダー、後方から見守る顧問、みたいな絵面も面白かったです。

20年以上フェスをリードしてきた総合プロデューサーが第一線を退いて、少々雰囲気が変わりましたが、演奏のクオリティはしっかり保たれていると感じました。明日はバッハとスメタナです。