2008年1月の小樽。バルトークを演奏するジュピター・ストリング・カルテット。1stヴァイオリン植村太郎、2ndヴァイオリン佐橘マドカ、ヴィオラ原麻理子の3人は当時23歳、チェロ宮田大21歳。いずれも国内外のコンクールでソリストとして華々しい成果を上げている。
ロックファンでクラシック音楽には明るくないと自認する浅野監督が、どれぐらい練習するのかと尋ねると、リーダーの太郎が「1曲100時間以上」と答える。譜面に基づき、テンポやアクセントなど細部の解釈を4人で擦り合わせるのに多くの時間を費やすという。カルテットにおける自分をおでんのタネに例えるという質問に、太郎は大根、マドカは昆布、麻理子は玉子、大は出汁だと言う。
東京のスタジオで口論の末に完成した録音を、優勝か最低でも入賞が期待されていた器楽の最高峰ミュンヘン国際コンクールに送るが、テープ審査で落ちてしまい「世界が僕たちの良さに気づいていないだけ」と強がる。国内の演奏会は毎回盛況だが、先行して単身ジュネーブ音楽院に留学した麻理子は3人との演奏に窮屈さを感じ脱退したいと告げる。
将来を嘱望された若手弦楽四重奏団を4年に亙り取材したTVドキュメンタリーを劇場版に再編集したフィルムは、タイトル通り、青春の輝きと苦さがスクリーンから溢れています。
ヴォルフのイタリアン・セレナーデ、シューマンの弦楽四重奏曲第3番。「カルテットを完璧に弾くということは、弦楽器奏者として最高と言われている」。その後、太郎はハノーファー、マドカはジュネーブ、大はクロンベルクに留学してソリストのディプロマで学び、カルテットとしては、東京では今井信子氏、ジュネーブではガボール・タカーチ=ナジ氏に師事する。
指揮者のヴィジョンの実現に向かって一丸となるオーケストラや作曲家の亡霊と対話し自己の表現をひたすら研ぎ澄ますピアニストと異なり、カルテットが音楽を磨き上げる過程は民主主義そのもの。言葉と音で対話を重ね、微調整を繰り返す。個を尊重しつつ全体に奉仕することは、相反する概念を同時に成立させ、調和させるというデモクラシーの持つ美しさと困難さを体現しているように思えます。先生は「自由に」というが、幼少期から音楽に全集中してきたスーパーエリートの彼らも、自由で且つ調和のとれた演奏とは、と思い悩み行き詰ってしまう。
2010年10月ジュネーブ、活動休止を決めた最後のレッスンで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番第2楽章をタカーチ師が弾くのを聴いて「音楽は(楽譜の段階で)既に美しいんですね。美しく弾こうしなくていいんだ」と落涙する姿が深く心に刻まれます。
最初の取材から3年半後、同じ質問に4人は、がんも、私、玉子、つみれ、と答えました。







