固定電話の呼び出しベルの音。受話器に串刺しにされた蜥蜴。制服の少女(青山吉能)が同級生にスクールバッグを奪われ橋の下に投げ捨てられると、夥しいカッターナイフが降ってバッグに突き刺さる。
「ないしょのないしょのだれにもないしょ」「あなたの骨をひとつくださいね」。ソウルジェムを持たない少女は呪いと引き換えにトカゲさん電話から力を得て、四足歩行する髑髏の姿をした魔獣を次々に殺戮し、その過程で都市は跡形もなく破壊される。
鹿目まどか(悠木碧)は中学2年生、同級生美樹さやか(喜多村英梨)と通学中。その後ろを歩く佐倉杏子(野中藍)は、魔法少女ではない少女が魔獣を倒す昨今の問題と絡めて、魔法少女のさやかが魔法少女ではないまどかとつるむのはまずいのではないか、と3年生の巴マミ(水橋かおり)に愚痴る。階段状の噴水に頭を下にしてびしょ濡れで仰向けに横たわる暁美ほむら(斎藤千和)と同じ顔の上級生(坂本真綾)が、まどかに「あなたに会いたかった、マルグリート」と話しかけてきた。
2011年に東日本大震災による中断を挟んで放送された全12話を、2012年に劇場版前後篇として再構成した『魔法少女まどか☆マギカ』は、運命的な渦に巻き込まれ望まずに魔法少女になった主人公まどかを救うために、ほむらが「円環の理」に閉じ込める話。翌年劇場公開された『魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』では、ほむらによってまどかは「円環の理」の概念と化し、魔女との戦闘で命を落とした魔法少女たちは悪魔になったほむらによって再構成された世界で再生する。
その後を描いた本作では、テレビシリーズでは凄惨な戦闘との激しいギャップを形成していた中学生としての日常、 寝坊した主人公がトーストを咥えて走るような学校生活や家庭生活はほとんど描かれません。劇団イヌカレー(泥犬)が手掛ける魔女空間の造形は更に異形性を増し、戦闘シーンの映像の迫力はすさまじい。 テーマパークの傾いた塔、傾いたドアはむやみに不安を煽り、その空間で魔法少女たちは前作のように技名を華麗にコールすることもなく、ひたすら黙々と戦う。
ところが、物語の抽象度を極限まで追求するあまり、魔法少女たちがいったい誰と何と戦っているのかがわからない、という現象が起こってしまう。すくなくとも僕にはわかりませんでした。その感情を肯定するか否定するかで本作の評価が変わってくると思います。 天真爛漫な百江なぎさ(阿澄佳奈)が美樹さやかに問いかける「誰のために何がしたいのですか?」。現実世界において、殊更思春期において、我々は誰のために何と戦っているのかを見失い、葛藤しながらも戦いから逃がれることができない。それがリアルな肌感覚として迫ってくる作品ではあります。
造形的な面白さ、アクション、音響、梶浦由記の劇伴は、文句なしに最高なのですが、同じように最高な例えばスパイダーマンと比較して、ひりひりするリアリティを持ちながら、同時にカタルシスの絶望的なまでの欠如を感じるのは、観客である我々の現実世界が既に円環の理に幽閉されてしまっている、ということなのかもしれません。







