2026年2月13日金曜日

銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き

金曜夜。TOHOシネマズ日比谷亀山陽平監督作品『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』を観ました。

銀京府警察庁ネオ町田警察署で警察官リョーコ(小松未可子)から刑期短縮プログラムの説明を受ける6人の受刑者。カート(内山昂輝)とマックス(山谷祥生)は砂糖の不法所持、族の総長アカネ(金元寿子)と舎弟カナタ(小市眞琴)はスピード違反、チハル(寺澤百花)とマキナ(永瀬アンナ)はスピード違反・公務執行妨害・警察車両爆破の罪状である。

6名に課せられた社会奉仕活動は、宙武鉄道新如月駅に停車している惑星間走行列車のヴィンテージ車両ミルキー☆サブウェイの清掃だったが、ミルキー☆サブウェイは誤発進し、6人を乗せたまま宇宙に飛び出す。暴走は車掌型人工知能O.T.A.M.ちゃん(藤原由林)が社会不適合者に殺し合いをさせるために仕組んだ罠だった。

2025年7~9月期にTOKYO MXTVで木曜22時に12話放送され、YouTubeで同時公開された3DCGショートアニメ作品の劇場版です。放送時の1話が3分31秒、そのうちテーマ曲であるキャンディーズの「銀河系まで飛んで行け!」(1977)が約20秒流れるスタッフロールを除くと3分の放送を毎週録画視聴していました。劇場版は全46分の上映時間。リョーコの後輩警察官アサミ(小野賢章)と上司ハガ(ロバート・ウォーターマン)が新たに加わりました。

9人と1体の登場人物のうち、リョーコだけが人間で、アカネカナタチハルアサミハガが強化人間(宇宙環境に耐えられるよう遺伝子組換えした人類、話中に説明はない)、カートマックスマキナはサイボーグ、O.T.A.M.ちゃんがロボット(Outer Space Animatronics Manager)です。

退役軍人のカートとマックス、ヤンキーのアカネとカナタ、ギャルのチハルとマキナ。3組のバディの各々異なる関係性に魅力があるのと、敵対していたマキナとアカネが推しアイドルで意気投合したり、誰にも感謝されることなく犯罪に手を染めたカートとマックスが殺戮ロボHAIJO-KUNから助けたチハルに感謝されてどぎまぎするなど、別バディとの絡みで生じる感情の変化が心温まります。劇場版新キャラのアサミとハガもリョーコのアツい一面を引き出している。

斬新過ぎるキャラクタービジュアル、昭和レトロなガジェット、リズミカルで小気味よいアクション、早口なキャラクターの声が重なり生まれるグルーヴ感。若きクリエイターのイマジネーションが爆発した才気溢れるメジャーデビュー作に喝采を贈りたいと思います。

 

2026年2月12日木曜日

Chimin TRIO

木曜夜。吉祥寺Stringへ。Chiminさんのライブを聴きに行きました。

1曲目「sakanagumo」のイントロのアルペジオがリヴァーヴのかかったスチール弦のアコースティックギターで奏でられる。その清新な響きに乗せてChiminさんが歌い始めると、地下のジャズバーに澄んだ風が吹き抜ける。

2023年11月の活動再開後はピアニストと歌うことが多かったChiminさんですが、4ヶ月ぶりのライブはギタリストの馬谷勇さんEasy MachineKoUSaGui)との初共演。サックス、フルートの井上 "JUJU" ヒロシさんとは旧知の仲とのことです。

2曲目はサマーソングの「シンキロウ」。アルトサックスに持ち替えたJUJUさんが対旋律を即興的に付ける。乾き切った冬の空気のせいか、アルトの音色がソリッドに聴こえます。元々はスーパースローな「」は若干テンポアップして、Chiminさんの歌声の大きな魅力のひとつだと僕が感じている弱音のロングトーンが隅々まで冴え渡る。2012年の名盤『住処』収録曲のレコーディング時のエピソードも興味深く。

セカンドセットの「茶の味」はあえてシンコペーションを排し、バレンタインデーの前々日というMCに続く「チョコレート」も幾分レガート寄りな新解釈。最終曲「住処」はイントロの3/4拍子からヴァースの6/8拍子、コーラスで3/4拍子に戻る。転調後のウィスパーファルセットの午睡の夢のような儚さ。

近年共演しているピアニストの加藤エレナさんが推進力、岡野勇仁さんが包容力だとすると、馬谷勇さんの正確で綺麗なギターには空間を拡張するような力があり、「上手に歌おうとするのをやめた」と言うChiminさんの歌声に時折僅かに聴こえる揺らぎの美しさを引き出しているように感じます。

アンコールの「悲しくてやりきれない」まで全13曲、充実したライブが終わって地上に出ると、吉祥寺の裏路地の空に冬の星座が見えました。

 

2026年2月10日火曜日

クリーム フェアウェル・コンサート1968

TOHOシネマズ シャンテトニー・パーマー監督作品『クリーム フェアウェル・コンサート1968』を観ました。

「みんなサンシャインを聴きたい?」というエリック・クラプトンの呼びかけに熱狂で応えるオーディエンス。Gibson ES-335のフロントピックアップの角の取れたディストーションで特徴的なイントロを弾き始め、ジャック・ブルースGibson SGベースで応えると満員の観客の熱気は最高潮に。

1968年11月26日火曜日、ロンドンのロイヤルアルバートホールで開催されたクリームの解散コンサートの記録映画です。元グレアム・ボンド・オーガナイゼーションジンジャー・ベイカー(Dr)が元ヤードバーズ、元ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのエリック・クラプトン(Gt)にバンド結成を持ちかけた際、クラプトンはジャック・ブルース(Vo/Ba)の加入を条件にした。

1966年7月にデビューしたクリームは、伝統的なブルースを electrifyし、inprovisationを演奏の中心に置き、僅か2年の活動期間、3タイトルのLP『フレッシュ・クリーム』(原題:Fresh Cream)、『カラフル・クリーム』(原題:Disraeli Gears)、『クリームの素晴らしき世界』(原題:Wheels of Fire)で大衆音楽だったRock'n'Rollをアートに押し上げた。クリームがいなければ、レッド・ツェッペリンガンズ&ローゼズメタリカも今日我々が聴いているような音楽にはなっていなかったと思います。

83分で9曲、1曲平均9分13秒。5曲がオリジナル曲、4曲がトラディショナルブルースのカバーですが、ライブに限ったことではなく、レコードでもそれぐらいの比率です。曲間に挿入されるメンバーのインタビューも面白い。ジャック・ブルースはクラシック音楽のチェリストを目指していた。バッハのベースラインに影響を受け、14歳で弦楽四重奏曲を作曲したが教師に酷評されてクラシックが嫌になった。エリック・クラプトンはギターのトーンコントロールとワウペダルの使い方(ウーマントーンという呼称を数十年ぶりに聞きました)、ジンジャー・ベイカーはツーバスの奏法やシンバルの使い分けなど、テクニカルな話をしています。それに続く"Toad"(邦題:嫌な奴)の10分超のドラムソロ(ライブ)。

このときクラプトンは23歳。1974年の『461 Ocean Boulevard』や大ヒットした1992年の『Unplugged』など枯れた味わいのシンガーとは真逆の粗削りなハードロック・ギタリストがそこにいます。リード・ヴォーカルは「クロスロード」以外はジャック・ブルース、MCはクラプトンです。

カメラは各メンバーの顔アップがほとんどで、3人が同時に画角に収まることがなく、また演奏する手元が見たい方には物足りないかもしれません。俳優パトリック・アランのナレーションは1968年の時代を写し、当時ロックが如何に大人たちに疎まれていたかがわかりますが、マーク・ボイルのサイケデリック映像と共にちょっと邪魔だな、と感じてしまいました。

 

2026年2月6日金曜日

終点のあの子

テアトル新宿吉田浩太監督『終点のあの子』を観ました。

「江ノ島って行ったことある? 私さ、学校さぼってよく行ってる。片瀬江ノ島行の急行ってあるじゃん? いつもの各駅停車じゃなくて」。コンデジ撮影の粗い動画にノイズ混じりの音声。

4月8日、高校の入学式の朝。立花希代子(當真あみ)は、小田急線に乗り換えるため、同じく内部進学した同級生森奈津子(平澤宏々路)たちと下北沢駅の再開発エリアを「いつまで経っても工事中だね」と話しながら歩いていると、鮮やかな青色のワンピースを着た見知らぬ女子が「完成しないからいいんじゃない、サグラダファミリアみたいで」と唐突に話しかけてくる。教室に着くとさっきのワンピースの女子が入ってくる。帰国子女の外部生奥沢朱里(中島セナ)だった。

数日後の昼休み、希代子が購買部で買ったメロンパンを持って学食の席を探していると、制服の朱里が有名ブーランジェリーの紙袋に入ったメロンパンと交換してほしい、一緒に食べようと言う。二人は誰もいない校舎の屋上に出てお互いのメロンパンを交換して食べる。

5月の連休に同級生たちと河原でピクニックし、希代子と朱里は距離を縮める。希代子にとって朱里ははじめて触れる魅惑的なカウンターカルチャーだった。ところが希代子は、夏休みに招かれた神泉のマンションの部屋で朱里の日記に書かれた自身と同級生たちと担任の名村先生(野村麻純)への揶揄を目にして固まり、黙って日記を持ち帰ってしまう。そして同じく日記内でディスられていたクラスの一軍エース恭子(南琴奈)を利用して、朱里をハブる。

夏目漱石、村上龍、池澤夏樹などの例に漏れず、柚木麻子の小説デビュー作も自らの思春期の青く苦い経験をモチーフにしています。近年映像化されたうちでは『私にふさわしいホテル』のコメディ路線ではなく、この気まずさは、大学生が主人公の『早乙女カナコの場合は』(原作:早稲女、女、男)、アラサーのサイコパスを水川あさみが怪演したテレ東ドラマ『ナイルパーチの女子会』に通じます。

流れていく日常の中で、突出した感情を書き残しておくことは否定されるべきではない。朱里は希代子のことが好きで全否定する意図などないのに、希代子は朱里をフルシカトした。個々の同級生との関係性は100:0ではない。同一人物に対する好嫌にも幅があり、揺れる思春期において感情の振幅は特別に大きい。そのことを体感して理解することが僕の中学高校時代だったんだなと、この映画を観て認識させられました。

日々の通学路線である小田急線の終点に非日常の象徴たる江ノ島が存在する。ストイックな映像と音楽。海水でずくずくに濡れたローファーのカットは、画面に映らない帰宅時の侘しさを強烈に想起させる。果たして3年後に和解は叶ったのか。ラストシーンの真夜中の美大の教室におけるダンスは希代子と朱里の集合的無意識の映像化だと思いたいです。

 

2026年1月27日火曜日

万事快調〈オール・グリーンズ〉

新宿ピカデリー児山隆監督作品『万事快調〈オール・グリーンズ〉』を観ました。

「受験を投げ出したか私立に行く金がない奴が行く学校」茨木県立東海工業高校機械科2年A組の朴秀美(南沙良)は、教室後方のロッカーにもたれて床に座り文庫本を読んでいる。「美しく過度にコミュニケーション能力が高く足も速い」陸上部の矢口美流紅(出口夏希)は秀美の机に乗ってクラスメートたちに囲まれている。

「文化を足蹴にする奴はいつかバチが当たる」。夜は時給953円のボーリング場でアルバイトしている岩隈真子(吉田美月喜)は秀美同様カースト下位。何を読んでいるか真子に聞かれた秀美は、マーガレット・アトウッドの『侍女の物語』の表紙を見せる。

秀美のMCネームはニューロマンサー。モラハラ父に怯える母と引きこもりの弟と在日2世の祖母。自宅に居場所のない彼女は夜ごと駅前ロータリーで開かれる東海村サイファーに出かける。美流紅は授業の旋盤実習で右手小指を失う。美流紅の父親は東海原発の職員だったが数年前に自死し、母時子(安藤裕子)は精神を病んだ。

ひと気のない夜の交差点で3人はひき逃げ事件を目撃する。被害者は夫のDVに耐え兼ね自宅に放火した母親とその赤子。この救いのない村を出るためには金が要る。秀美が地元のトラックメーカーノスフェラトゥ金子大地)の金庫から盗んだ大麻の種を校舎の屋上のビニールハウスで育てて売るため、前年に不祥事で廃部になった園芸部を3人は再興する。

というような設定からはヘヴィでブルージィでダウナーな映画を連想すると思いますが、意外にも爽やかで痛快な青春活劇に仕上がっているのは、引き締まった脚本とテンポの良い編集とストーリーの中心となる女子高生役の3人の好演の賜物かと思います。

THA BLUE HERBジョン・カサヴェテス岡崎京子。3人のヒロインたちにはヒップホップと映画と漫画というそれぞれの得意分野があるが、敵と対峙する武器としてではなく、お互いを理解し関係性を深めるためのフックとして描かれているのも物語に深みと広がりを与えています。上級生のゲイカップルが全く麗しくないのもいい。

ナレーションも担当する秀美役の南沙良は主役と狂言回しを兼ね、美流紅の家庭環境を伝えるシーンでは、美流紅宅のキッチンで、そこにいないはずの秀美がスクリーンから観客に語りかける。「万事快調」のタイトル通りジャン=リュック・ゴダールへのオマージュか。映画の舞台は現代ですが、多数登場するサブカルアイコンは1990年代に我々世代が夢中になったもの。

原発をバックに荒涼とした砂浜でピクニックをし将来像を共有するシュールなカット。東海村東海村観光協会が地元ディス満載の本作に特別協力しているのは、自虐なのか、危機感なのかわかりませんが、器の大きさを感じます。

美流紅は秀美と真子をフルネームで呼び捨てする。仲のいい同級生にもフルネーム呼びされる女子陸上部のエースが僕の高校にもいたのを懐かしく思い出しました。

 

2026年1月16日金曜日

モディリアーニ!

小春日。TOHOシネマズ シャンテジョニー・デップ監督作品『モディリアーニ!』を観ました。

日の光の差す水底に胸像が沈んでいる。高級レストランル・ドーム・モンパルナスでは32歳のユダヤ系イタリア人アメデオ・モディリアーニリッカルド・スカマルチョ)が客の貴婦人たちの似顔絵を描いてチップを得ていた。

上級将校を揶揄したモディリアーニ(通称モディ)は、激高して剣を振りかざした将校に追われ、ル・ドームのステンドグラスを全身で割り、通りに逃げ出す際に、利き手の左の掌を切り、ワインバケットの氷に左手を突っ込んだまま逃走し、メトロに降りる階段で激しく喀血する。ジャーナリストである恋人のベアトリス(アントニア・デスプラ)のアパルトマンに助けを求めるが、締め切り前なのに何も書けない、と追い返される。

1916年、第一次世界大戦下のパリ。アートの中心はモンマルトルからモンパルナスに移った。明日に出征を控えたモーリス・ユトリロブリュノ・グエリ)はアルコール依存症、ロシアから亡命してきたシャイム・スーティンライアン・マクパーランド)はカフェでゴキブリを捕獲し牛乳瓶で飼っている。そしてモンパルナスの王子と呼ばれたモディリアーニ。プライドと自己否定、出自に対するコンプレックス、画商や批評家への依存と確執、死の不安とペスト医師の幻影。まだ名声を得る前の3人の画家の3日間を描いた青春群像劇です。

ウディ・アレン監督の『ミッドナイト・イン・パリ』の数年前。この時代のパリの海のものとも山のものともわからない熱量と石畳の背景は、現代から見ても充分魅力的ですが、スーティンの人としてのヤバさに全部持って行かれてしまった印象が残ります。

ジョニー・デップ監督はそこに1970~90年代のオルタナティブロックを当てているのですが、去年観たW.S.バロウズ原作ルカ・グァダニーノ監督の『クィア QUEER』同様、描かれている時代からみて未来の音楽が流れることで、脳内の時系列が混乱する。

同じくトム・ウエイツの名曲 "Tom Traubert's Blues (Four Sheets To The Wind In Copenhagen)" (1976) を使用し、無名の画家が時代の寵児となり転落するまでを描いたジュリアン・シュナーベル監督の『バスキア』(1996)とどうしても比較してしまいます。

 

2026年1月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

鏡開きの夜。『ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ新春の朗読に出演しました。

去年最も回数多く出演させていただいたお店の新年最初のライブを、4年連続で務めさせていただき大変光栄です。ご来場のお客様、デザートミュージックの配信を視聴してくださいました全世界のお茶の間の皆様、ノラバー店主ノラオンナさん、新人バイトのセキセイインコ梨ちゃん3号、あらためましてありがとうございました。

松の内を過ぎれば世間の正月気分もだいぶ薄まりますが、何かはじまりを予感させるような空気を受け取ってもらえたら幸いでございます。本編は下記17篇を朗読しました。

8.
15. 白木蓮
 
敬愛する詩人・作詞家の故岸田衿子さんの「十二か月の窓」から一月の詩で始まり、前日1月10日が10回目の命日だった故デヴィッド・ボウイの歌詞のカワグチタケシ訳で終わるセットリストで、ソネット「声」6篇を連続して読むという以前からやりたかったことを実現しました。同じタイトルで別の詩を書くのは、北村太郎の「センチメンタル・ジャーニー」や吉本隆明の「恋唄」など戦後詩世代に倣ったものでもあり、詩作品のタイトルを識別の役割から解放する試みでもあり。「朝」「月の子供」「観覧車」「白木蓮」も合わせて10篇のソネットを聴いていただきました。

このところ出演者としても観客としても昼間のノラバーが続いたので、ひさしぶりのノラバー御膳は落ち着くおいしさでした。定番のポテトサラダ、大根油あげ巻、たまごやき甘いの。メインは煮込みハンバーグ。小松菜のごまあえ、やきなす、さつまいもごはん、とうふのみそ汁。新メニューの切干しキムチはありそうでなかった新食感です。そしてノラバープリンとバニラアイスノラブレンドコーヒーをいただき、30分のインスタライブ配信、デザートミュージックへ。

4. 日々(新作)

本編以上に、梨ちゃん3号と対話できたように感じます。ノラバーの真赤なカウンターに並んだお客様は、気持ちの良い方ばかりで、終演後も夜更けまで、楽しいおしゃべりが尽きませんでした。

昨年は10年ぶりの新詩集『過去の歌姫たちの亡霊』を出版しましたが、今年もう1冊新詩集を出したいと考えており、初披露した「日々」はその最後のピースになる作品と考えています。ともあれ還暦を過ぎて健康で、ライブ出演のオファーをいただけることが当たり前ではなく、感謝の気持ちを持って過ごしていきたい所存です。皆様にとっても良い一年となりますよう祈念しております。