1873年、フランス共和国ドローム県オートリーヴ。郵便局員のシュヴァル(ジャック・ガンブラン)は無口で人嫌い。映画の冒頭で妻を亡くし、一人息子はリヨンの親戚に引き取られていく。しばらく経って新しい担当地域に住まう未亡人フィロメーヌ(レティシア・カスタ)と再婚し、娘アリス(ゼリー・リクソン)が誕生する。
しかし寡黙なシュヴァルは娘に愛情を示すことができない。新聞で読んだアンコールワット寺院発見の記事、郵便配達中に崖からを滑らせたときに掘り出した奇妙な形状の石をヒントに、郵便配達の傍ら、愛する娘のためにたったひとりで石を集め石灰を溶いて宮殿を作りはじめる。
「自然の生命から学びました。木々や風や鳥たちがはげましてくれます」「君が目にするのはある田舎者の作品だ」。実在の人物ジョゼフ・フェルディナン・シュヴァル(1836-1924)の後半生を描いた実話です。1879年に始まった宮殿建設は娘アリスの病死後も1912年まで33年間に亘って続く。ガウディと同時代ですが、建築の知識も経験もなく、設計図すら書かなかったシュヴァルの宮殿は、過剰で偏執的な外観を持ち、現代の用語でいえばアウトサイダーアートということになると思います。
はじめは幼い娘のために公園の遊具のようなものを自作していたつもりが、情熱がエスカレートしてしまう。我々が日々建築を見て言う、耐震性が、とか、機能性が、とかどうでもいいな、と思わされます。映画の作りそのものも本当に必要な要素だけで構成されており、例えば2人の妻も息子も死因の説明がない。それもまたこの素晴らしい作品の成立のためにはどうでもいいな、と感じました。
ニルス・タヴェルニエ監督は1965年生まれの54歳。僕と同い年です。お父上のベルトラン・タヴェルニエ監督が1980年代に撮った『田舎の日曜日』や『ラウンド・ミッドナイト』には当時夢中になりました。調べてみたらまだご存命でしたが、その子ども世代がベテランの領域に入ってきているのが感慨深いです。
これまた『家族を想うとき』と比較してしまうのですが、現代の宅配便が企業から消費者への味気ない一方通行なのに対して、郵便は個人から個人へ、そしてまたその返信であり、時間をかけて繰り返される往還と、それを支える郵便配達人の存在は、失われつつあるロマンティシズムであると思いました。
0 件のコメント:
コメントを投稿