2023年7月30日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック


ふたりの初共演は2018年10月28日。ワンマンライブのすこし前に声帯を痛めたmayulucaさんの負担を減らすため、舞台俳優でヴァイオリンを弾いて歌う西田夏奈子さんにサポートを依頼した。それが予想を超えるケミストリーで、その後もふたりのコラボレーションは継続し、僕も2019年9月22日に池ノ上ボブテイルで共演させてもらいました。

1曲目は「君は君のダンスを踊る」。mayulucaさんのソロより若干体温が高めに感じます。「3am」は夏奈子さんの鼻笛が見た目にも可笑しく、間奏でmayulucaさんも思わず吹き出してしまう。

すこし掠れたMCとは異なる澄んだ歌声のmayulucaさんと低めでざらっとした質感のある夏奈子さんの声の相性が良い。共演の回数を重ねるごとにアンサンブルのバリエーションと一体感が増している。「覚悟の森」のアウトロのダブルストップのリフレイン、「きこえる」のスタッカートの分散和音、mayulucaさんの音楽に隠されているリズムの強度を夏奈子さんのヴァイオリンが外に向けて解放しているように感じました。

本編最後の「花ヲ見ル」の間奏部で僕の詩「クリスマス後の世界」を夏奈子さんがあの美声で朗読してくれたのもうれしかった。同じ大学の一年先輩後輩で別の演劇サークルに所属していたふたりが、音楽と芝居というそれぞれの道に進み、長い空白期間といくつかの偶然を経て再会し、同じ空間でひとつの音楽を奏でる。わずかではありますがその奇跡に関わらせてもらえたことが光栄です。

7月のノラバー御膳は、とうもろこし御飯にメインは焼鳥。御膳では各品の役割があるから単品で提供するときと味付けを変える、という店主ノラオンナさんの言葉は、mayulucaさんのソロと夏奈子さんとのデュオのテクスチュアの違いにも通じて興味深かったです。

楽しい食事のあとはインスタライブの配信デザートミュージック。夏奈子さんがリードをとったカバー曲「みんな夢の中」、最近曲「アネモネ」「日曜日」も素敵。最後に演奏されたノラオンナさんの「梨愛」のカバーは再度の鼻笛にノラさんのバリトンウクレレも加わり、笑い声と溶け合う三声のハーモニーにうっとりしました。

 

2023年7月27日木曜日

世界のはしっこ、ちいさな教室

猛暑日。ヒューマントラストシネマ有楽町エミリー・テロン監督作品『世界のはしっこ、ちいさな教室』を観ました。

ブルキナファソの首都ワガドゥグに幼い子どもたちを残し、600km離れたティオガガラ村へ未舗装の道路をバスとリアカーに揺られて到着した新任教師のサンドリーヌ

ロシア連邦シベリアの遊牧民エヴァンキ族。トナカイとともに大雪原を移動して生きる彼らキャンプ地にテントが張られ、エヴァンキ族出身のベテラン教師スヴェトラーナがトナカイの引く橇に乗って来る。10日間の移動小学校が始まる。

バングラデシュのスナムガンジ地域は、一年の半分は水没している。孤立した村の子どもたちは通学できない。ブリキの船を学校に改装し、生徒たちを迎えに家々を巡る。教えるのは22歳のタスリマ

けっして豊かとはいえない、教育の行き届かない地域の小学校で奮闘する3人の女性教師のドキュメンタリー映画です。フルキナファソは約1年、シベリアは10日前後、バングラデシュは半年程度と異なる撮影期間の3箇所を、82分の上映時間に行き来する、リズミカルで歯切れ良く無駄のない編集が冴える。この夏観るべき趙良作と言っていいと思います。

電気も水道も通っていないティオガガラ村でサンドリーヌが担任した50人のうち、公用語のフランス語を話せる児童は一人だけ。村では5つの異なる言語が使われている。エヴァンキ族の伝統的な詩は退屈だと子供たちは興味を示さない。鮮やかな民族衣装のタスリマは、児童婚で教育機会を奪われそうな5年生のヤスミンの母親を説得する。

貧困や格差を乗り越えるためには教育が重要だということを我々は知識として持っていますが、現実を目の当たりにすると一筋縄では行かないことがよくわかります。イスラムの教義を否定するつもりはありませんが、カメラの前で悪びれることなく行われる児童婚の交渉現場は、西側の目で見れば人身売買そのもの。貧しさに理解を示しながら冷静に正義を伝え、性差別と対峙するタスリマの毅然とした姿。3人の信念と根気と忍耐強さに感銘を受けました。

タイトルは「世界のはしっこ」ですが、世界が球体である以上「はしっこ」は生じ得ない。日本の過疎地とは違い、本作の舞台になった3地域には子どもたちがたくさんいて、未来がある。複数存在する世界の中心のひとつ(三つ)ではないかと僕には思えました。

 

2023年7月23日日曜日

星くずの片隅で

梅雨明け。TOHOシネマズ シャンテにてラム・サム(林森)監督作品『星くずの片隅で』を観ました。

防護服にゴーグル、防毒マスクを着けた男が休業中の飲食店舗を消毒している。消毒薬の入ったボンベを背負うのは清掃会社ピーターパン・クリーニングの経営者ザク(ルイス・チョン)。清掃用具を積んだワゴン車はエンジンのかかりが悪く、消毒用スプレーのポンプも止まりがちだ。

ある日、清掃会社の事務所を若い女(アンジェラ・ユン)が雇ってほしいと訪ねてくる。事務所と同じマンションの窓のない部屋に娘のジュー(トン・オンナー)と暮らすシングルマザーのキャンディだ。コロナ禍で清掃会社の需要が高まっている。1現場200ドルのアルバイトとして雇われたキャンディはヨロシクオネガイシマスとジューの待つ部屋に帰って行った。

「俺たちは塵より小さくて、神様も見過ごす。でも大丈夫。お互いに見ていればいい」。原題は『窄路微塵(The Narrow Road)』。民主化運動弾圧後、新型コロナウィルスによるロックダウン中の香港の街並みを背景にエッセンシャルワーカーと呼ばれながらも底辺に暮らす人々を照らす、悪役の登場しない優しいお話です。

ザクの老いた母親(パトラ・アウ)は使用済みマスクを蒸し器で滅菌して使いまわしている。コンビニでハーゲンダッツを万引きする盗癖のあるキャンディは、セレブの住むタワーマンションで子供用の不織布マスクを盗み清掃会社を解雇されるが、塾帰りの富裕層の子供が道路に落したマスクを拾わず、新しいマスクを着けるのを見て、キャンディを再度雇用する。母の葬儀で休んでいるザクに代わって会社を任されたキャンディを悲劇が見舞い、ピーターパン・クリーニングはSNSで炎上する。

つくづくツイていないふたりですが、最後に小さな希望が灯されます。モデル出身で長身小顔のアンジェラ・ユンの豊かな表情としぐさがかわいい。キャンディもジューもカラフルなY2Kファッションがかわいい。貧しい者は地味な色の服を着ろ、というのはバイアスです。ラム監督のインタビュー記事を読んだら、香港の夜店で1ドルで売っている東南アジア製の服を衣装に選んだ、と言っていました。

 

2023年7月17日月曜日

詩の朗読会 3K15

猛暑日。古書ほうろうにて開催した『詩の朗読会 3K15』に出演しました。

2000年6月に西荻窪のBook Cafe Heartlandで究極Q太郎小森岳史カワグチタケシ、イニシャルKの3人で始めた3K朗読会。途中12年のインターバルを挟んで2018年10月に再開した3K12の会場は千駄木の古書ほうろうでした。それから4年半。古書ほうろうが千駄木から池之端(最寄り駅は湯島)に転居し、コロナ禍を経て、3Kでまた帰って来ることができました。

一番手はカワグチタケシ。最近数年手掛けている『過去の歌姫たちの亡霊』シリーズから7編を朗読しました。

2.Judy Garlandに(新作)

「春 ~Judy Garlandに」は先週仕上げた新作です。長く続けていると創作の頻度の波がわかって、書かないときも不安はないのですが、僕にとって最も継続しているこの3Kで新しい詩を聴いてもらえるのはうれしいことです。

二番手は究極Q太郎。2017年のライブ復帰以降フィジカルの変化を感じていたのですが、ここにきてまたひとつ次のステージに進んだように思えます。いつものQさんのようでそうでない。だめ連の盟友で先般胆管ガンで亡くなられたぺぺ長谷川さんへのレクイエム『にしこく晩歌』。ぐだぐだに見えてしっかり心を掴まれる。日常の雑感から出発して、途方もない高所に着地するスリリングなアクロバットがますます冴える。

三番手は小森岳史。フィリップ・ロスの小説『ヒューマン・ステイン』にインスパイアされた新作「ステイン」は寺山修司引用から始まる。「灰は灰へ/そうだ/おれは灰になりたい/一つの手のひらにおさまるほどの/一握の灰になりたい」その一節に込められた過去の文学作品への造詣。2000年の俺たちのポエトリー・アンセム「アムステルダム」ではつんのめりまくり、MCは相変わらず締まらない。でもそれでいいじゃないか。

15分程の休憩を挟んで後半は逆順で朗読するいつもの3Kの構成です。

9.捨てられている(小森岳史)
10.待たれた朝(究極Q太郎)

今年生誕百年の田村隆一、小森さんとQさんの比較的最近の作品をカワグチタケシ的発語で上手く表現できたと思います。

中年から初老、そして老境を迎えようとしている我々の姿は若いもしくは同世代の聴衆にどのように映ったでしょうか。何か自慢できるような人生を歩んできたわけではない3人ですが、それでも作品は最高だと思ってもらえたら、あるいは朗読表現の諸相を単純に面白がってもらえたら幸いです。

床から天井までの書棚に囲まれて朗読するのは心底楽しい。定休日にも関わらず前日遅くまで準備し最良の環境を提供していただき、また終演後に愛のあるレビューを書いてくれた古書ほうろうの宮地さんミカコさん、猛暑の中、集まってくださったたくさんのお客様、どうもありがとうございました。来年3K16でまたお会いしましょう!

 

2023年7月16日日曜日

遊戯にまつわるエトセトラ

猛暑日。下北沢BASEMENTBARにて開催されたCUICUI死んだパンダ噛んだズの共同企画ライブ『遊戯にまつわるエトセトラ』にお邪魔しました。

TUBE1986 OMEGA TRIBE石川優子&チャゲプリンセス・プリンセス。開演前のSEは往年の夏曲たち。

客電が落とされ松田聖子に乗って登場するやBGMに被せオンマイクで「青い珊瑚礁」をAYUMIBAMBIさん(b、vo)が熱唱。からの7/8変拍子「ダンゴムシは右左交互に曲がる」へとなだれ込む。人を喰ったオープニングはCUICUIの真骨頂。

CUICUIの前回ライブ2022年10月のCUICUIのTENMEIはAYUMIBAMBIさんが病欠だったため、メンバー4人揃ってのライブは2019年9月のCUICUIのSHINGEKI以来。約4年ぶりということもあってか、終始笑顔でハイテンション。AYUMIBAMBIさんのボーイッシュな歌声と破天荒なステージング、勢いのあるMCあってのCUICUIだなあ、とあらためて。

そこにガーリィなERIE-GAGA様(Key)、しっとり艶やかRuì Suì Liuさん(Dr)と個性の異なる三声のハーモニー。リーダーマキ・エノシマさんのアーバンなカッティング・ギター。新曲「ぼくたちのナツ」に陰キャのサマーアンセム「サマーガール日本」と来れば、そりゃあ団扇も振りますとも。

死んだパンダ噛んだズは、AYUMIBAMBIさんとマキ・エノシマさんがサポートしているApril in 85アベユウイチさん(vo、g)の別ユニットです。モノトーンの衣装は背中に手書きの朱字で「死」、メイクはブラックメタルが入っていてBEHEMOTHみたいな感じでちょっとおっかないんですが、バンド名の通り、コミカルな雰囲気もあり。

デスというより、初期のロンドンパンクに近い粗削りなサウンドで、CUICUIの「僕にはカレーがあるからね」のカバーは、GUNS’N’ROSESがカバーしたThe Damnedの "New Rose" みたいでした。

 

2023年7月15日土曜日

幕が上がる

猛暑日。池袋サンシャイン劇場平田オリザ原作、久保田唱脚本演出の舞台『幕が上がる』を鑑賞しました。

高校演劇の地区大会が終わり、2年生のさおり(森本茉莉)、ユッコ(山口陽世)、ガルル(高井千帆)の3人は大道具を燃やす伝統のセレモニーをしている。部活を引退した3年生に代わり、消去法的にさおりが部長を引き受ける。

新任美術教師で大学演劇界のスターだった吉岡先生(片山萌美)の指導を受け、高校演劇の強豪校で顧問と対立して転校してきた中西さん(浜浦綾乃)を仲間に加え、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を下敷きにしたオリジナル戯曲で再スタートを切った演劇部の1年間を描く舞台です。

W主演の2人は今回が初舞台となる日向坂46の2020年デビューの3期生。膨大な台詞量のさおりと天性の演技力を持つユッコをド直球で演じる。現役アイドルで今はまだ3列目だからこその輝きと必ず卒業を迎えなくてはならない有限性が高校演劇と重なります。ライバルの強豪校で準主役級の演技派だった転校生中西さん役の浜浦彩乃さんはセンターを務めていたこぶしファクトリー解散後は舞台経験を積んでいる元ハロプロアイドル。今年4月でB.O.L.Tを解散し10年間のアイドル生活を卒業したスターダスト所属の高井千帆さん(画像)が、高校卒業後、芝居の道に進む3人とは違い看護師を目指すガルルを演じる。

メインキャスト4人のリアルな境遇と役柄がシンクロし、それを支える3人の教師たち、なだぎ武片山萌美酒井敏也の熟達したサポートも相まって、アイドルと元アイドルという枠を超え、6日間9公演を共にするカンパニーとして成立させようという強い主体性を生み出しているように感じました。

B.O.L.Tと前グループのロッカジャポニカで何度もライブを観ている高井千帆さんは、体幹が綺麗に通った立ち姿とエレガントな身のこなし、特徴的な甘いハスキーボイスが良く通り、一所懸命さに適度な軽さを添えて演劇部のムードメーカー役ガルルを演じ、ひときわ眩しく光を放っていました。


2023年7月11日火曜日

どんな気持ちも感じたままに踊る

猛暑日。吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmue夏がはじまるワンマンライブどんな気持ちも感じたままに踊る』にお邪魔しました。

1曲目は、はっぴいえんどの「夏なんです」をギター弾き語りで。熊谷太輔さん(dr)、市村浩さん(b)、タカスギケイさん(g)。2023年4月11日と同じメンバーが加わって、ジェリー・リー・ルイスの「火の玉ロック」カバーからオリジナル曲「雑音に埋もれて」の流れがエモく、こんな大きな声で歌うmueさんははじめてかもと思ったていたら、左耳のイヤリングが外れ肩に落ちたのを虫と勘違いして叫んだのが、この日一番の声量。

休憩を挟んで第二部は自身のピアノをフィーチャーしたインスト曲「star tour」、メンバー紹介を兼ねて再開しました。演奏力に定評ある3人の楽曲と歌声の良さを最優先したバックアップが優しい。ピアノの話で「習うのが下手、上手に習えない」というMCがあり、僕には無い感覚だったので、目から鱗でした。

「大きな流れをつくる」のサイケデリック・アンビエントな音像、八重山の島唄から炭坑節の盆ダンスチューンで夏感はいや増しに増す。2012年にはじめて共演したときに聴いた「knock my shell」から最近作「まだこの世にないゲームをしよう」まで、複雑な和声と曲展開もあの柔らかく明るい声質でポップに昇華するソングライティングとライブの多幸感は唯一にして不変。

20年以上のキャリアを持つmueさんですが、近年はバンドセットによるライブは毎年4月11日に同じMANDA-LA2で開催されるアニバーサリー公演のみで、そのせいか僕の中では春のイメージが定着しつつありました。3ヶ月インターバルに短縮することで逆に余裕が感じられ、季節の彩りのmue musicを発信してくれるのは大変よろこばしいことです。

 

2023年7月2日日曜日

遺灰は語る

真夏日。ヒューマントラストシネマ有楽町にてパオロ・タヴィアーニ監督作品『遺灰は語る』を鑑賞しました。

1934年スウェーデンの首都ストックホルム。イタリアの劇作家ルイジ・ピランデッロのノーベル文学賞授賞式のニュース映像から映画は始まります。白く広い部屋にドアを開けて入って来る2人の少年と1人の少女。父の横たわる病床に近づくにつれ3人は青年から壮年、初老の外見に変わる。

「遺体はなるべく質素な霊柩車に乗せ、火葬した遺灰は散骨し身体の一部分でも残さないように。それができないときは故郷シチリアの岩石に閉じ込めること」という遺言を残しピランデッロは1936年に亡くなるが、ムッソリーニは遺言に反しファシスト流の豪奢な葬儀を上げ、遺灰はローマに埋葬される。

第二次世界大戦の終結、独裁政権の崩壊により、ピランデッロの遺灰は故郷へ帰されることになる。その任に就いたのがアグリジェント市の特使(ファブリツィオ・フェラカーネ)だった。ローマからシチリア島へ。ドタバタ珍道中がモノクロ画面で美しく描写される。遺言に従い、彫刻家が巨石に穴を穿つまで15年間を費やし、墓穴から溢れた遺灰を特使が海に撒くと画面は深い海のブルーに彩られる。

ここまでが約60分。残り30分はNY市ブルックリンのイタリア系移民の少年(マッテオ・ピッティルーティ)を主人公にしたピランデッロの遺作小戯曲『釘』の映画化。同監督による2本立て上映とも捉えられるが、エンドロールがひとつなので合わせて1本の作品と考えられ、映画の構成としては明らかにバランスを欠いています。しかしながら、例えば夏目漱石の『こころ』の破綻した構成のように、アンバランスさが強い引力を持つことがある。

ヴィットリオとパオロのタヴィアーニ兄弟の監督作品といえば『カオス シチリア物語』(1984)がまず挙がるだろう。同作の破調に詩情を感じ、当時夢中になって繰り返し観ました。2018年に兄ヴィットリオが亡くなり、91歳になった弟パオロが撮った『遺灰は語る』もまた同様に、夢のような映画です。