2023年6月25日日曜日

怪物

真夏日。ユナイテッドシネマ豊洲是枝裕和監督作品『怪物』を観ました。

JR中央本線上諏訪駅前。雑居ビルから火の手が上がり、複数台の消防車がサイレンを鳴らして駆けつける。自転車で消防車を追いかける小学生男子たち。火事の様子をすこし離れた自宅のベランダから見物する小学5年生の麦野湊(黒川想矢)とシングルマザーの早織(安藤サクラ)。「豚の脳を移植した人間は人間? 豚?」と湊は母親に尋ねる。

諏訪湖のほとりの小学校。湊は担任の保利(永山瑛太)に暴力を受けていると言う。校長(田中裕子)に抗議に行く母親だが、教師たちの対応には誠意が感じられず、湊が同級生の星川依里(柊木陽太)をいじめていると保利は言う。

地方都市で起きた事件を、母親、担任教師、子どもの3つの視点で描く。視点の切り替わりにより時間が巻き戻される際に象徴的に画面を占める湖の不穏に凪いだ水面。3つの異なる背景で響く無秩序なトロンボーンとホルンが時間軸を繋ぐ。坂元裕二の緻密な脚本。

映画序盤の母親視点のシークエンスの画面の緊迫感がすごい。いつ誰に残酷な災厄が訪れてもおかしくない空気が充満しています。中盤の担任視点をフラットに演出することで観客の価値観を揺さぶり、後半のディザスターになだれ込むのは是枝監督の真骨頂。そしてラストシーンのまばゆい光に包まれる画面ともつれた指で弾くレクイエムのような響きの坂本龍一劇伴。トラジディととるか、ハッピーエンドととるかは観客に委ねられる(中間的あるいは複合的解釈も当然可能である)。そもそもどんな現実の一場面も、光を当てる方向によって喜劇にも悲劇にもなる、ということか。

「誰かにしか手に入れられない幸せは幸せっていわないの」。無気力に見えるが、何かを隠している校長はスーパーマーケットではしゃぎまわる幼子に足をかけて転ばせる。坂元裕二作品の常連でもある田中裕子の怪演。底知れない闇と時折見せる慈しみの振り幅に目眩を覚えます。

 

2023年6月18日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージック

真夏日。西武柳沢ノラバー日曜生うたコンサート&デザートミュージックmandimimiさんの回にお邪魔しました。

今回のテーマはlol(エルオーエル)。ノラバーのサイトに掲示された本公演のキービジュアルmindimimiさんのチェシャ猫のような満面の笑顔(2023年3月19日撮)だったことから。lolは一般にはLaugh Out Loud、大爆笑の意ですが、頭文字をmandimimi流に展開した3つのパートによって構成されたセットリストです。

1st set は "Languages Of Longing"。The distance between us というリフレインが印象的なオリジナル曲 "Yours & Mine" からスタートしました。山崎まさよしThe 1975のカバーも交えて6曲。憧憬、希求、切望、郷愁。それぞれニュアンスが違い、Longingは日本語に訳しにくい単語だと思うのですが、mandimimiさんの音楽の根底にいつも流れている感情であることは間違いないです。

2nd setは "Letters Of Love"。英語、日本語、中国語(Mandarine)の歌詞が交錯する楽曲たち。台湾高雄、シアトル、NY、八戸、神戸、そして東京。ここでいうloveは恋愛に限らず、かつて暮らしたあるいは訪れた土地への恋慕、その土地で今も暮らす人々への私信を感じました。

約60分のパフォーマンスのあとは出演者も観客もカウンターで一列に並んでノラバー御膳を賞味しながらわいわいします。前回4月のたけのこご飯がとうもろこしご飯に変わり、ノラバーに夏が来ました。とろとろの火加減の焼きなすの出汁と糸生姜のマリアージュも夏感。

食事とおしゃべりと楽しんだあとは30分間のデザートミュージック。インスタライブ配信併用の3rd setは "Life Of Light" 。他の出演者にも感じたのですが、本編よりぐっとリラックスした空気が流れます。BTSの "Spring Day" のmanidimimi訳中国語ver.、新曲 "Take Two" もよかった。

「中国語詞はエモーショナル、英語で歌うとクール、日本語だと優しい」「胸の奥深いところで癒しを感じる」。いずれも慧眼だと思います。たったいま目の前で響いた音楽に対する他のお客様の感想が直接聞けるのもノラバーならでは。ライブに行って初対面の方と話すことはなかなかないですよね。

mandimimiさんの音楽に感じる優しさ。sweetであり、tenderであり、kindでもあり、時にgentleでもある。mandimimiさんの優しさは世界に対する信頼。僕はそこに魅力を感じ、惹かれるのだと思います。

ライブが終わり、先頃お亡くなりになったブラジルの歌姫アストラッド・ジルベルトのレコード "A Certain Smile" (邦題:ある微笑み)をノラバー店主ノラオンナさんがプレーヤーに乗せ、lol(エルオーエル)な日曜の夜が更けていきました。
 

2023年6月14日水曜日

ガール・ピクチャー


金曜日。高校のホッケーの授業で「全然動かない」と非難されたミンミ(アーム・ミロノフ)は同級生にキレて、手にしたスティックで彼女のすねを打ち、体育館を出る。放課後、ミンミを宥めるロンコ(エレオノーラ・カウハネン)。ふたりは同じスムージー店でアルバイトする親友だ。

その店にフィギュアスケートのヨーロッパ選手権出場を目指すエマ(リンネア・レイノ)がやって来る。優柔不断でオーダーを決められないエマをミンミがからかい、怒るエマ。その夜、同級生宅のパーティで再会したミンミとエマ。ふたりでパーティを抜け出しクラブで踊る。おたがいに一目惚れだった。ロンコは毎週末違うイケメン男子といい感じになっても、いつも言動がズレていて引かれてしまう。アセクシュアルを自覚しつつあるが、まだ性にも興味があり揺れている。

真冬のフィンランドの3つの金曜日と1つの土曜日をハイティーン3人を主役にして描いた本作。LGBTQ、クイア、フェミニズムがこの世代の行動様式のデフォルトとなっているのがわかります。クラブですこし年上のパリピに「女性アスリートをリスペクトしている」と言われて「女性って必要?」と噛み付くエマ。ハンバーガーを美味しそうに頬張りながら「酔ったときだけまだ肉なんか食べてるの」と笑うミンミ。

エマとの恋の成就に高揚しつつ、競技よりも自分との時間を選ぶエマに対してうしろめたさを感じるミンミ。複雑な家庭環境を背景に、鼻ピアスで周囲にもとがりまくる、繊細で多感で同時に粗野という役柄を撮影当時20歳のアーム・ミロノフがリアルに演じています。ロンコのイタさも時代こそ違えど我がことのように思い出して共感できました。

恋愛は上手くいかなくても友情は永遠。という青春映画の基本は押さえつつ、2023年らしいチャーミングな一本に仕上がっています。

 

2023年6月10日土曜日

水は海に向かって流れる

曇天。TOHOシネマズ日本橋にて前田哲監督作品『水は海に向かって流れる』を鑑賞しました。

雨の夜、部妻川駅(ロケ地は小湊鐡道の上総牛久駅)。駅舎を出る色とりどりの雨傘の俯瞰ショットから映画は始まる。

高校入学を期に叔父(高良健吾)の家に居候することになった直達(大西利空)。タータンチェックの傘を持って駅に迎えに来た26歳の会社員榊さん(広瀬すず)に連れていかれた先は、いつのまにか漫画家になった叔父、女装の占い師泉谷(戸塚純貴)、文化人類学教授成瀬(生瀬勝久)と榊さんが暮らす古民家シェアハウスだった。

翌朝、通学中に直達は河原に捨てられた子猫を見つけ、クラスのアイドルで陸上部員の楓(當間あみ)と帰り道に連れて帰る約束をする。いつも不機嫌で不愛想な榊さんも子猫には優しく話しかける。

子供はわかってあげない』の田島列島の漫画が原作、親の事情でわだかまりを持つふたりが次第に理解し合う物語です。「泣いてないし、怒ってないし、恥ずかしくなっただけ」と言い感情を抑え込む榊さんがまっすぐな直達に結果的にかき乱され「怒ったってしょうがないことばかりだけど 怒らなければ許してるのと同じよ」と変化する。感情を殺して生きることを決めた人は、仏頂面になるか、薄笑いになるか。広瀬すずの榊さんは前者です。

食事のシーンが多い。すき焼き肉を切らずに玉ねぎとめんつゆで煮ただけのポトラッチ丼、BBQのかたまり肉、カレーに生卵、大量のゆで卵など榊さんの雑な料理。トップバリュの500mlの牛乳パックにストローを刺して教室で飲む直達。

原作漫画の最終話のひとつ手前で映画は終わります。それがとても映画的。というのも、最後の数分で共感から恋愛感情に移行する過程が省略されるのがいささか性急なのを、広瀬すずの魅力で捻じ伏せて、スピッツが追い討ちをかける、主演女優ありきの演出に振り切った前田監督の勇気を讃えたいと思います。

 

2023年6月4日日曜日

ウィ、シェフ!


主人公カティ・マリー(オドレイ・ラミー)は、カリスマシェフ、リナ・デレト(クロエ・アスター)の店のスーシェフ。メディアで人気のリナと料理の味付けで対立し、店を辞めてしまう。

40歳のカティは同業への転職を試みるが上手くいかない。「魅惑の空間」という施設長ロレンゾ(フランソワ・クリュゼ)が盛りに盛った求人に応募した先は、査証を持たずに密入国した未成年男子移民に職業訓練を行う辺鄙な海辺の街の収容施設の料理人だった。

エチオピア、アルジェリア、バングラデシュ、ジョージアなど出身国も様々、各々の事情でフランスに来た少年たちは、18歳の誕生日までに進学か就職しなければ強制送還となる。前半40分はずっと不機嫌で頑なだったカティが、孤児である自らの境遇と重ね、彼らをチーム化し、調理と接客のプロフェッショナルとして育成することを決意したとき初めて笑顔を見せる。

移民、難民問題を扱う点では先日観た『トリとロキタ』と共通しますが、ダルデンヌ兄弟の徹底したリアリズムと比較して、コメディタッチの本作は基本サクセスストーリーではあるものの、すべて上手く収まりました、とならないところがフランス映画だな、と思います。

カティの旧友で女優志望のファトゥ(ファトゥ・キャバ)、施設の国語教師サビーヌ(シャンタル・ヌービル)、TV司会者ミカエル(ステファヌ・ブレル)のコメディ芝居に館内爆笑だったし、家族と離れ離れになっても素直で明るい10歳のギュスギュス(ヤニック・カロンボ)、料理の才能を発揮するママドゥ(アマドゥ・バー)、鬱屈したサッカー選手ジブリル(ママドゥ・コイタ)ら、本当の移民からキャスティングされた少年たちの自然な演技も素晴らしい。皮肉たっぷりなマスメディアの描かれ方も実にフランス的。

どの登場人物も嘘をつかず、他人とぶつかっても主張すべきことは主張し、一度約束したことは守る。鑑賞後の印象が爽やかなのはそういうところだな、と思います。97分のコンパクトな上映時間に収めるために、軽快なロックンロールで主人公を躍らせて端折るところは端折る。コメディ映画の定型を外さないのも好印象でした。