2022年3月26日土曜日

ガンパウダー・ミルクシェイク

春の宵。TOHOシネマズ錦糸町オリナスのレイトショーでナボット・パプシャド監督作品『ガンパウダー・ミルクシェイク』を鑑賞しました。

「ファーム(会社)と呼ばれる男たちがいてずっと昔から商売している。後始末が必要になると私が呼ばれる」。サム(カレン・ギラン)は腕利きの殺し屋。シリアルを食べながら現場で負った腕の傷を自分で縫っている。ターゲットは数名の軽装の男たちとファームの人事部長ネイサン(ポール・ジアマッティ)に言われたが、実際には数十名の武装集団に囲まれ、殲滅させる。サムが殺した男たちの中にファームの上顧客の一人息子がいた。

次の指令はファームの資金を横領した公認会計士(サミュエル・アンダーソン)を処分し金を取り戻すこと。ホテルの一室で彼を撃ち重傷を負わせるが、誘拐された8歳9ヶ月の愛娘の身代金のために盗んだことを知り、かつて母親に捨てられた過去を持つサムはその娘メアリ(クロエ・コールマン)の救出を決意する。メアリは奪還したが金を失い、サムはファームとマフィアの両陣営から追われる身となる。

アメリカン・ダイナーと重厚な煉瓦造りの図書館が共存し、キッチュなネオンが煌めくクライムシティで繰り広げられるノンズトップガンアクションとカリカチュアライズされたシスターフッド。3人の図書館司書はかつてファームの殺し屋だったサムの母スカーレット(レナ・ヘディ)の元同僚。堅実で優しいマデリン(カーラ・グギーノ)は白人、口が悪くて血気盛んなアナ・メイ(アンジェラ・バセット)はアフリカ系、無口でクールなフローレンス(ミシェル・ヨー)はアジア系と人種の偏りを回避する配慮がある。

腕力だけで頭が悪い白人男たちに、賢くて強い女たちが立ち向かい倒していくのがとにかく痛快。麻酔を打たれ両腕が利かないサムが幼いメアリにハンドルを握らせるカーチェイスなどアイデア溢れるアクションシーンの数々に興奮します。

図書館の分厚いハードカバーの頁をくりぬいて武器を隠してあるのが、ヴァージニア・ウルフジェーン・オースティンシャーロット・ブロンテら英国出身女性作家の著書ばかりというのもいい。

図書館のシーンではメアリに銃撃戦の掃射音を聞かせないようにBig Brother & The Holding Companyジャニス・ジョプリン)の "Piece of My Heart" をヘッドホンから爆音で流す。ダイナーの戦闘シーンのスローモーションにはボブ・ディランの "It's All Over Now, Baby Blue" のThe Animalsバージョンが重なります。歌詞とバンドサウンドとシーンのシンクロを狙った意図は理解できますが、ここは女性ボーカルのジョーン・バエズによるカバーという選択肢もあったのではないかと思います。

 

2022年3月25日金曜日

余命10年

桜の候。TOHOシネマズ日比谷藤井道人監督作品『余命10年』を観ました。

2011年春、まつり(小松菜奈)は10年後生存率数%の難病である肺動脈性肺高血圧症を患い、大学を中退して入院中。同室の患者(安藤聖)からハンディカムを遺品として譲り受ける。

2013年8月に退院、翌2014年初頭、生まれ育った静岡県三島市で中学校の同窓会に出席し、和人(坂口健太郎)と再会する。

和人と次に会ったのは病院。三島で会社を経営する父親と断絶して東京で就職したが、鬱病で解雇され、ベランダから投身した和人。命に別状はなかったが足を骨折して入院していた。和人の父親が同級生のタケル(山田裕貴)に病院に行くように依頼し、タケルがまつりに知らせた。和人の希死念慮を前に「真部君のことよく知らないけど、それってすごくずるいと思う」と言い放ち、まつりは病室を飛び出す。

文学とは、美女が死んで男が生き残る物語のこと。小説家の藤谷治氏の言説であるが、その意味では『ボヴァリー夫人』以後使い尽くされた定型であり、日本映画にも枚挙にいとまない。

原作者の小坂流加自身が循環器系の難病を患い、2017年に38歳で亡くなっている。『新聞記者』の藤井道人監督だが、「中学ぶり」「ぶっちゃけ」といった現在ではあまり使われなくなった口語表現をあえて使用しており、2007年刊行の原作小説に対するリスペクトを感じました。

ハンディカムが恋愛の幸福な瞬間を切り取る小道具となり、死の間際メモリをひとつひとつ消去する痩せこけたまつりの悲しみを強調する。総じて抑制の効いた演出で、声量的にもとても静かで好印象です。

小松菜奈の長いまつげと坂口健太郎の不安げな口元。確かな芝居も含め、主役ふたりの魅力を鑑賞する映画。そして、まつりの家族役の松重豊原日出子黒木華、大学の同級生役の奈緒、主治医役の田中哲司、脇を固める名優たち。

主人公家族の自宅が日暮里という設定で、夕焼けだんだんや谷中ぎんざ商店街が映り、ガストと谷中霊園を結ぶJR日暮里駅の陸橋の以前は橋上の喫煙所で現在は撮り鉄スポットになっているあたりが恋人たちの重要な場面に使われます。

脚本は、岡田惠和と『ムチャブリ! わたしが社長になるなんて』の渡邉真子。『にじいろカルテ』『ファイトソング』と難病ものが続く岡田惠和には、『泣くな、はらちゃん』や『スターマン・この星の恋』みたいに変てこな作品をまた書いてほしいです。

 

2022年3月13日日曜日

ブルーノート・ストーリー

晴天。角川シネマ有楽町エリック・フリードラー監督作品『ヴィム・ヴェンダース プロデュース ブルーノート・ストーリー』を観ました。

モダンジャズの名門レーベル「ブルーノート」は、アルフレッド・ライオンフランシス・ウルフというふたりのユダヤ系ドイツ人によってニューヨークで始まった。1939年の会社創立から1965年の売却まで、ライオン&ウルフにフォーカスしたドキュメンタリーフィルムです。

1925年、ヨーロッパ巡業中のSam Wooding & His Chocolate Dandiesをベルリンの劇場で観て十代のアルフレッドはジャズに出会い、幼馴染のカメラ少年フランシスとともに劇場やホールに忍び込んでむさぼり聴く。

ヒトラーが政権を握り、ユダヤ人迫害から逃れ、1937年にアルフレッドはニューヨークに渡る。だがそこは夢に描いていたジャズの楽園ではなかった。ジャズはrace musicと呼ばれて蔑まれ、黒人たちは貧困と暴力と人種差別に苦しんでいた。

翌1938年、ジョン・ハモンドがカーネギーホールで開催したフェス"From Spiritual To Swing"で聴いたAlbert AmmonsMeade "Lux" Lewis、二人のピアニストにアルフレッドがレコーディングをオファーしたのがブルーノートのはじまり。

フランシスがアルフレッドを頼ってニューヨークに辿り着いたのは1939年。ナチスドイツの猛威に対して国際社会は国境を封鎖、フランシスが乗ったのがハンブルグ港を出航した最後の渡米船だった。

プロデューサーのアルフレッドがミュージシャンに要求したのはただ一点「もっとシュウィーングさせて」。生涯ドイツ訛りが抜けず、スウィングがシュウィーングと聞こえたと複数のミュージシャンが微笑ましく答えています。

アルフレッド・ライオンが演奏家たちに自由を与える一方、レコーディングエンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダーの精緻でクリアなサウンドメイキング、フランシス・ウルフのモノクロ写真とリード・マイルスのグラフィックによる圧倒的にクールなパッケージデザイン、4人の白人たちがブランディングの成功を導いた。

アレフレッドの最初の妻ロレインが後にヴィレッジヴァンガード(名古屋の書店ではなくNYのジャズクラブのほう)のオーナーになるんですね。出演する女性ミュージシャンはシーラ・ジョーダンのみ。映画館の客席も60~70代男性ばかりなのは、当時のジャズ界のミソジニー的な空気を反映しているのでしょう。

当時を知り存命中のミュージシャンが限られているので、インタビューの顔ぶれは、ハービー・ハンコックウェイン・ショータールー・ドナルドソンロン・カーター、『ジョン・コルトレーン/チェイシング・トレーン』とほぼ重複。ソニー・ロリンズはこっちでも真っ赤なサテンのシャツでキメている(帽子は白い)。当時の動画が存在しない部分は本人たちのインタビュー音声とカクカクした動きのアニメーションで補完されています。