2021年9月29日水曜日

映画大好きポンポさん

水曜夜。キネカ大森杉谷庄吾人間プラモ】原作、平尾隆之監督脚本作品『劇場版 映画大好きポンポさん』を観ました。

時代は現代、映画の都ニャリウッド。オープニングシークエンスはミュージカルです。目の下にいつも隈のある主人公ジーン・フィニ(清水尋也)は、ジョエル・ダヴィドヴィッチ・ポンポネット、通称ポンポさん(小原好美)のアシスタント。

伝説的プロデューサーJ.D.ペーターゼン(小形満)の孫娘であるポンポさんは、引退した祖父から映画作りの才能と人脈をすべて引き継いでいたが、わかりやすいB級映画を偏愛し、「海と水着と主演女優のきれいな体を見てもらいたいなって」と、自らもその制作に専心していた。

オーディションに現れた新人女優ナタリー・ウッドワード(大谷凜香)を一度は落としたポンポさんだが、何か気になる彼女を再び呼び、脚本を当て書きした。ポンポさんが書いた "MEISTER" の監督に大抜擢されたのは、助監督経験もないジーン青年だった。

映画作りを描いた映画は古今東西に数多ありますが、21世紀前半を代表する傑作が誕生したと言ってもいいんじゃないでしょうか。

「ものづくりを志している人間がフツウなんてつまんないこと言ってんじゃないわよ」「自分の直感を信じないで何を頼りに映画を撮ればいいのよ」。通常は、脚本執筆、オーディション、スタッフ集め、撮影という過程を中心に描かれることの多いジャンルですが、この映画はその後の編集作業の描写に多くの時間が割かれます。その結果どうしても必要になったシーンの追加撮影のための資金繰り、キャストとスタッフの再アサインという難題をプロデューサーのポンポさんと乗り越えていく。

72時間の撮れ髙のフィルムを劇場公開用にする編集作業は、デスクのディスプレイにひたすら向き合い、編集ソフトをマウスで操作するという、画的には地味な作業ですが、アニメの長所を最大限に活かして、ダイナミズム全開のハイテンポ、ハイテンションな映像表現でまったく退屈しないどころか、新人監督の苦悩と歓喜が最高潮に伝わってきます。

映画は最終的には監督のものと言いますが、華やかに見える俳優の芝居はあくまでも素材であり、編集にこそ真骨頂があると言えましょう。

「2時間以上の集中を現代の観客に求めるのは優しくないわ」というポンポさんには大共感。そりゃまあ『ライト・スタッフ』も『女優フランシス』も『惑星ソラリス』も名作であることは間違いないですが、ウディ・アレンのいつも90分前後の作品が僕は好きです。

 

2021年9月24日金曜日

中田真由美 スペシャルLive こえをうたうひと ❷

秋分の翌日。祖師ヶ谷大蔵ウルトラマン商店街をてくてく歩いてCafe MURIWUIへ。『中田真由美 スペシャルLive こえをうたうひと ❷』に行きました。

1曲目は昨年リリースされたmini album『ざぶん』収録の「いつかお空の上で」。中田さんのライブは2017年11月に阿佐ヶ谷 harnessで開催された『歌劇なワンマンショー!』以来4年ぶりで、その間、2019年に2nd album『ユメノワナ』を発表し、昨年東京から長野に移住されました。

2曲目の「あめおとひかり」は、2013年に下北沢Workshop Lounge SEED SHIPPoemusica Vol.22で初共演した際に最も感銘を受けたナンバーです。今夜は夏秋文彦さんの口琴が加わった『ユメノワナ』ver.で。

細いがクリアなウィスパーからアジアの湿度を感じさせる強いこぶしまで、とその中間的なもの、多彩な声色。誰も思いつかないようなのに懐かしさもある即興的な旋律に乗せる喃語じみたスキャット。変わらない歌声は心地良く響く。

従来の中田さんの音楽の最大の美点と考える、最小限の歌詞と音を用いてミニマルな位相から言葉にすると抜け落ちる何かを繊細に掬い取る力に加え、「夢からさめても」や「zabun」のように大きな展開の曲想もものにして、しばらく会わないうちに前進した姿を頼もしく感じました。

夏秋文彦さんという熟練の良き理解者のサポートが、より自由な領域拡大を可能にしたのだと思います。一方で、投影機材の調整の時間に歌った「すてきをさがス」の鼻歌感も中田さんには失ってほしくない。

途中、夏秋さんのソロ曲「おりる」、俳優椎名琴音さん監督主演のMV「あいをまもるよ」、中田さんの「Jerryfish」をフィーチャーした衣装作家村上美知瑠さんSleeptravellingブランドPVの上映を挟み、フィナーレは「あいをまもるよ」を中田真由美さんと椎名琴音さんの二声のハーモニーで締めました。

ライブというのは、同じ時間と空間にたまたま居合わせた人たちが秘密を共有することだと思います。緊急事態宣言により20時閉店という制約があり、アンコール込み11曲というコンパクトなワンマンライブでしたが、この心地良い秘密の中にもっと長く居たかったです。

 

2021年9月10日金曜日

ショック・ドゥ・フューチャー

ひさしぶりの真夏日。新宿シネマカリテマーク・コリン監督作品『ショック・ドゥ・フューチャー』を観ました。

主人公アナ(アルマ・ホドロフスキー)の朝の目覚めから映画は始まる。カセットテープでCerroneの "Supernature" をかけ、くわえ煙草にTシャツ、ショーツで股関節ストレッチをする。

部屋の片面を埋め尽くすRoland System700(モジュラーシンセサイザー)。インドを放浪中の友人ミシェル・マニャフスキから部屋ごと借り受けている。反対側には自身のYAMAHA CS-80ゴダールポスターパティ・スミスLPジャケット。1978年。クラフトワークが "The Man Machine" をリリースし、Yellow Magic Orchestraが世界デビューする前年のパリで新しい音楽を創造しようと模索する女性ミュージシャンの波乱の1日。84分の映画の大半はパリのアパルトマンの一室を舞台に描かれる。

「80年代になったら新世代はロックに見向きもしなくなる。ロックコンサートは臭くて汚い」。プロデューサー(フィリップ・ルボ)には何度もビズをされ、機材の修理屋(テディ・メリ)には高価なリズムマシン Roland CR-78を貸し出す見返りにキスを求められる。当時の男性優位な業界のセクハラも描かれる一方、スロビング・グリッスルアクサク・マブールの新譜を聴かせてくれる老レコードコレクター(ジェフリー・キャリー)や業界の大御所に酷評されて凹む主人公を「人生で大切なのは転んだ回数より起き上がった回数だ」と励ます弁護士ポール(ローラン・パポ)はいい奴です。

部屋を訪ねてきた歌手のクララ(クララ・ルチア―二)。オープンリールを何度も巻き戻してアナの作ったトラックに歌詞と旋律を当てていく。初対面のふたりが音楽制作を通じて意気投合していくシークエンスにはわくわくしました。

初監督のマーク・コリン自身もミュージシャンで、当時のニューウェーブの名曲、レア曲に違和感のないオリジナル曲と劇伴を自ら制作しています。「スーサイドは好みじゃない」と主人公に言わせるのも好感が持てる。

原題は "Le Choc Du Futur" アナとクララが共同制作する曲名の仏訳ですが、ハービー・ハンコックの "Future Shock" は1983年リリースなのと、歌詞の内容からいってもアルビン・トフラーの『未来の衝撃』(1970)へのオマージュと考えていいと思います。

 

2021年9月9日木曜日

テーラー 人生の仕立て屋


ギリシャの首都アテネ、オーダーメイド紳士服店の二代目ニコス(ディミトリス・イメロス)は父(タナシス・パパヨルギウ)の経営する店で14歳から36年間職人として働いてきたが、オフィスウェアのカジュアル化に加え、リーマンショックとその後のギリシャ経済危機によって店は閑古鳥。融資の返済ができずに差押え寸前なところに創業者の父が病に倒れる。

偶然店の前を通りかかった古書販売のリアカーを見て移動販売をしてみるが、さっぱり売れない。ウェディングドレスは作れる? という客の一言に、はじめは断るが、背に腹は代えられず猛勉強して一着納品したところ評判となり、婦人服で次第に客が増える。

父は「時代は変わった、それが世の常だ」と言うが、職人のプライドから息子の転向を受け入れられない。

喜劇ではあるのですが、とても静かな映画でした。無口な主人公はじめ台詞が極限まで切り詰められており、またニコス・キポロゴスが担当する音楽の使い方が特徴的です。ミシンとオーケストラ、羽箒とシンバルのブラシワークなど、生活音と楽器演奏のシンクロを多用し、ニコスと隣のアパートに住むロシア系移民のタクシードライバーの妻オルガ(タミラ・クリエバ)の50代同士の恋愛のロマンチックで不穏な空気を演出しています。ギリシャには旧ソ連諸国独立以降の内戦状態から亡命した移民が多く流入しているので、その暗示もあるのかもしれません。

トリッキーなカメラアングルにも、本作が初長編映画の女性監督のただならぬセンスが滲む。移動販売の車両が、拾った廃材で自作したリアカー、SUZUKIのオートバイ、シトロエンと出世する、わらしべ長者みたいな展開が楽しく、子役は愛くるしく、郊外の町並みも背景のエーゲ海もただただ美しいのですが、銀行のエレベーターが止まっていたり、父親の入院先の病院にシーツ、タオル、ハンドソープを自前で持ち込まなければならなかったりと、経済危機の深刻さをあらためて感じました。