2026年5月16日土曜日

霧のごとく

夏日。ヒューマントラストシネマ有楽町チェン・ユーシュン(陳玉順)監督作品『霧のごとく』を鑑賞しました。

1953年(民国42年)戒厳令下の台湾中部嘉義近郊の農村。14歳の阿月(ケイトリン・ファン)は、反体制運動に加担して追われサトウキビ畑に隠れている兄育雲(ツェン・ジンホア)に食事を届けに来た。潜伏して3カ月。育雲は、阿迷と阿水、2つの水滴が蒸発し、雲になって砂漠に雨を降らせる物語を聞かせ、腕時計を阿月に残し逃げるが、秘密警察に捕えらえられる。

1年後、両親の墓参から帰宅した阿月に兄の訃報が届く。銃殺刑で遺体は台北の極楽斎場にあるが、引き取りには銃弾料、保管料、埋葬料、運搬料などで一家の数ヶ月分の生活費にあたる大金が必要と言われる。僅かな貯金と兄の形見の腕時計を持ち、汽車を乗り継いで到着した台北で、女衒に騙され遊郭に売られそうになった阿月は、輪タクの車夫の趙公道(ウィル・オー)に助けられる。

人間は異なる思想の人間を恐れ、排斥しようとする。現在も世界中で起こる軍事独裁による粛清が、悪意のない市民を巻き込む。公道は退役軍人であるが、広東省出身の外省人。上官が反体制分子だったこともあり、台北ネイティブからも軍部からも疎まれ社会の底辺に追いやられている。

100%の善人も100%の悪人もいない本作の空気感は、どこか滑稽味があります。阿月と公道が共に過ごしたのはわずか3日間。その数日間が永遠の礎となる。華やかな観光要素こそなく、むしろ重苦しい題材ではあるが、これは『ローマの休日』の翻案なのではないでしょうか。自転車二人乗りで貧しい裏通りを疾走し、間抜けな悪党たちやお人好しの巡査と大捕り物を演じる。

阿月の長姉で台北に養子に行きナイトクラブ蝶彩のショーガールになった秀霞を演じる9m88R&Bミュージシャン。同時代の日本に置き換えたら吉永小百合がやりそうな役です。阿月たちを2度助ける高金鐘(リウ・グァンティン)は実在の義賊をモデルにしており、彼が登場するコメディパートもローマの休日感を補強しているように感じました。2026年の私的ベストムービー候補に挙げたい傑作です。

 

2026年5月8日金曜日

ビリー・アイリッシュ HIT ME HARD AND SOFT : THE TOUR (LIVE IN 3D)


開演18時間前、カナダのケベック市にある18,000人収容のアリーナCentre Vidéotron のステージセットの設営から映画は始まる。2024年9月から2025年11月に開催され150万人を動員したビリー・アイリッシュのワールドツアー "HIT ME HARD AND SOFT : THE TOUR" の劇場版映画化です。

360度客席に囲まれたステージ中央に設置された発光する巨大な立方体は『2001年宇宙の旅』を思わせる。シンセベースの重低音が会場を震動させ、自身のツアーグッズのバスケットシャツとベースボールキャップを身に着けたビリーの姿が立方体のLEDに透けて、"Chihiro" を歌い出すと客席のヴォルテージはマックスへ。レコーディングされたアンニュイなウィスパーはライブ仕様のストレートなシャウトに置き換えられている。

10代から20代前半の白人女子が中心の観客は、"when the party's over" でステージにしゃがみこんだビリーが一人コーラスのループを作る際に黙らせる以外、全曲シンガロング。もしくはスマホを掲げて動画を撮るか、泣くか、それら全タスクを同時にこなすか。

最初は気になった観客の歌声が、ギリシャ悲劇のコロスやゴスペルのコーラスにも似た聖性を帯びて聞こえてくるミラクル。「誰もがここでは安全」とビリーは言う。SNSで時折見かける「隣席の歌がうるさい。あんたの歌を聴きにきたわけじゃない」論争に対するひとつのアンサーを見た気がします。

インサートされるジェイムズ・キャメロン監督によるインタビューショットで「嫌なことがあると最後列の観客のことを考える」と答えるビリー。『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』(2021)のチック症に悩む自己肯定感の低い猫背の少女はそこにはもういない。

女声コーラスのエイヴァとジェインは背中に名前が刺繍されたラルフローレンの赤いポロシャツとチャコールグレーの膝丈プリーツスカート。4人の男性ミュージシャンもおそろいのネイビーのポロシャツ。ピックと指弾きを使い分け超重厚な低音部を支えるソロモン・スミスのベース。終盤2曲に登場しピアノとギターを弾く兄フィニアスの慈愛のまなざし。

なによりビリー本人がこれだけ短期間でビッグネームになったにも関わらず、少しも自分を見失っていないように見える。ハンディカムを掲げ、熱狂する観客と自撮しながら疾走する姿を見てそう感じました。

3D映像に関してはそこまででもないな、2Dでもよかったかも、と思って観ていたのですが、エンディングの紙吹雪が手に届きそうなくらい近くまで舞ってきたとき、会場にいる一体感を得られたので、やはり3Dで観てよかったです。

 

2026年5月5日火曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ③

子供の日。すっきり晴れて東京国際フォーラムは大賑わい。クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES(大河)」最終日3日目は有料公演を3本鑑賞しました。

■公演番号:322〈川辺での沈思
ホールC(ヴルタヴァ)12:00~13:00
ショパン:夜想曲op.37-1
ショパン:子守歌 op.57

2023年2024年と同様に、まず演奏者本人によるプログラムの意図の解説あり。全14曲60分構成は、ショパンの3曲を中心に、前半はショパンが愛した1685年生まれのバロックの3巨匠、「主よ、人の望みの喜びよ」で短調から長調に眩しく転換して、ショパンに影響を受けた印象派の作品を並べています。それは小品集というよりひと続きの組曲。1500人の観衆が水を打ったように聞き耳を立てていました。

■公演番号:344〈セーヌ川
ホールG409(ガンジス)15:15~16:05

図らずもピアニスト母子を続けて聴くことに。こちらはフォーレとその弟子筋を中心としたアンソロジープログラムです。たまたま最前列センターやや下手のピアニストの両手がよく見える良席でした。近距離とドライな音場が相俟ってクリアに響きます。演奏技巧は確かなのですが、ピアノがめちゃ上手い同級生が放課後に音楽室でリクエストに応えて弾いてくれているような親しみやすさがあります。

ホールA(ロワール)18:30~19:15
小林愛実(Pf)

LFJ2026の仕上げは再びホールAでオーケストラを。この冬ピアノ小品をずっと聴いていたシベリウス(フィンランド)とイントロは誰でも知っているグリーグ(ノルウェイ)の北欧詰め合わせです。これもたまたま最前列で、ペダルを踏む音まで聞こえる。小林愛実さんのピアノがパワフルなこと。そして弱音が可憐。20年近く前に同じホールで確かチャイコフスキーを聴いた故ブリジット・エンゲラーの記憶が重なります。

今年も充実した3日間になりました。出演者、スタッフならびに会場ボランティアのみなさん、どうもありがとうございます。来年また会えますように。

 

2026年5月4日月曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ②

みどりの日。新緑の東京国際フォーラムへ。クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES(大河)」2日目は有料公演2本を聴きました。

■公演番号:233
ホールD7(ポー)13:30~14:20

2009年パリ生まれのアリエル・ベックは17歳。技術に裏打ちされた理知的なアプローチと正確無比なタッチはシフの若い頃を思わせ、ロマン派よりバッハが似合う感じがします。フレッシュで明晰なイギリス組曲でした。ミックスルーツなのかな、きれいにカールした長い黒髪にラメの入ったダークグレーのタイトなワンピースは実写版リトル・マーメイドのリアル版(実写版のリアル版って…)。アンコールはメンデルスゾーン舟歌でした。お父上は詩人のフィリップ・ベック氏だそうです。

■公演番号:247
ホールG409(ガンジス)21:45~22:30

G409はホールというよりも会議室。演奏の始まりは音響が超ドライだったのに、徐々に残響を増したのはベテランカルテットの技術。アンコールで再度演奏されたヴァルタヴァは、チェロのピチカートで表現される水源の一滴から並々と流れる悠久の大河を眼前にするようでした。神経質な天才肌、お母さん、パーティガールの女子3人、チェロのギョームはポニーテール、髭、眼鏡、Uネックシャツ、素足にローファー、というフランス人イケオジ要素全部盛りです。

桐朋学園大学で20~21世紀音楽を研究している沼野雄司教授講演会『〈流れ〉から読む現代音楽の世界』を11:00~12:00にホールB5(黄河)で聴講しました。ジョン・ルーサー・アダムススティーヴ・ライヒジェルジ・リゲティなど。日中戦争時に抗日カンタータがさかんに作られたとか。沼野先生のユーモラスな語り口は学生さんたちにもきっと人気だと思います。

 

2026年5月3日日曜日

ラ・フォル・ジュルネ TOKYO 2026 LES FLEUVES ①

憲法記念の日。毎年ゴールデンウィークに東京国際フォーラムで開催されているクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ TOKYO」。今年のテーマは「LES FLEUVES(大河)」、河川をモチーフにしたプログラムが組まれています。

3日間のフェスの初日は有料公演3本を鑑賞しました。

ホールA(ロワール)12:45~13:30
山下一史(指揮)

わが郷里千葉県で唯一のプロオケは1985年創立。僕は1986年に東京に転居したので1年しか重複しておらず、今回はじめて演奏を聴きました。ゆったりとしたテンポで始まった田園交響楽は、甘く優しく優雅な音色ですが、第四楽章の雷雨の場面はちゃんとどかどかしています。ソリストとしても活躍しているコンサートマスター神谷未穂さん、上品な響きのファゴット奏者柿沼麻美さんほか女性の活躍が目立つオケです。

■公演番号:144〈ステュクス~三途の川
ホールG409(ガンジス)15:30~16:15

展覧会の絵に川のイメージはなかったのですが、生死を分ける川ですね。ムソルグスキーが親友の鎮魂のために書いた曲です。1960年代生まれの僕たちにとって、EL&P冨田勲がこの曲のベンチマーク。生きているうちに原曲を生演奏で聴けてよかったです。五十嵐薫子さんのキレのある演奏。テュイルリーの庭のスタッカートがころころしています。アンコールのレスピーギの「甘美なワルツ」も素敵でした。

ホールC(ヴルタヴァ)18:00~18:45

去年も同じ組み合わせでシューマンを聴き、とてもよかったので楽しみにしていました。プラハ近郊の湖畔の別荘で書かれた楽曲は、第一、第三楽章はチェロ、第二楽章をヴィオラ、カルテットではバックアップにまわりがちな楽器が主題を演奏します。舞台上手から、伏し目がちなシャイボーイ、社交的な元気女子、お調子者のムードメーカー、冷静沈着なリーダー、後方から見守る顧問、みたいな絵面も面白かったです。

20年以上フェスをリードしてきた総合プロデューサーが第一線を退いて、少々雰囲気が変わりましたが、演奏のクオリティはしっかり保たれていると感じました。明日はバッハとスメタナです。


2026年4月29日水曜日

オールド・オーク

曇天。ヒューマントラストシネマ有楽町ケン・ローチ監督作品『オールド・オーク』を観ました。

2016年、英国北部ダラム近郊、炭鉱が閉鎖されて荒廃した海辺の町にシリアからの難民の乗せたバスが到着する。それを見た町の住人たちは「ここはまるでゴミ捨て場だ」と不快感を隠さない。旧英国領キプロスの不動産投資会社が空家を安く買い叩き、難民支援団体に転売している。

バスの窓から一眼レフを向けた若い女性ヤラ(エブラ・マリ)が降りてくると、ニューカッスルユナイテッドFCのレプリカシャツの男がヤラのカメラを奪い、手を滑らせてアスファルトに落ちたカメラは壊れてしまう。

寂れた町の最後に残ったパブ THE OLD OAK のボックス席では、中年の常連客たちが昼からビールを飲み、移民に対するヘイトを吐き出しており、店主TJバランタイン(デイブ・ターナー)は苦い顔はするものの口を挟まない。更に高齢の常連が「彼女がお前に何も迷惑をかけてないだろ」と窘める。

ヤラが壊れたカメラを持って THE OLD OAK を訪ね、弁償させたいので壊した男を教えてほしいと言う。TJは不景気になってから長く開けていない奥の広間にヤラを案内し、叔父の形見のカメラを3台見せるが、ヤラは受け取らない。2台売れば修理代になる、とTJはヤラのカメラを預かる。

シングルマザーと社会保障をテーマにした『わたしは、ダニエル・ブレイク』、宅配ドライバーと介護従事者の夫婦が主人公の『家族を想うとき』に続く本作は、昨今の欧州諸国の右傾化と排外主義が如何に市民生活を蝕み、分断しているのか、という点を浮き彫りにするのみならず、産業の空洞化、プアホワイト、子どもの貧困、ジェンダーギャップ、ブレクジット、古参と新規、など同時並行し10年後の現在も解決しておらず、むしろ苛烈さを増している社会課題を、その中で生きなくてはならない市井の人々の日常を通じて描くことで、2026年の日本においても我々は切実な自分事としてスクリーンに向き合わざるを得なくなる。

小学生の女の子に「大丈夫、いいことは長く続かない」と嘆息させてしまう社会に絶望するのではなく、「慈善ではなく連帯を(Solidarity, not charity)」「共に食べ連帯しよう(Eat together, stick together)」繰り返されるこれらのメッセージ、難民たちが感謝を込めて店に贈ったタペストリーに刺繍された「Soridarity, Strength, Resistance」の文字は、90歳を超えたケン・ローチ監督が次世代に託した祈りなのでしょう。

TJが飼っているジャーマンシェパードの子犬マラ(本名Lora)の愛くるしさはもうひとつの救い。マラ(Marra)は英国北部炭鉱地方の方言で「親友」「相棒」「仲間」を意味するそうです。

 

2026年4月26日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

初夏の日差し。『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックカワグチタケシ新詩集『fragments』刊行記念ライブにご来場のお客様、ライブ配信をご視聴くださった全宇宙のお茶の間の皆様、いつも素敵なおもてなしで迎えてくれるノラバー店主ノラオンナさん、看板インコ梨ちゃん3号、ありがとうございます。

春分を超え夏至にはまだ早い、一番ちょうどいい季節に新しい詩集の門出をみなさんに祝っていただきました。  

昨年秋に出版した『過去の歌姫たちの亡霊』は2021~2025年に書いた詩が収録された、2015年の『ultramarine』以来10年ぶりの詩集でした。その半年後に完成した『fragments』の10篇は2016~2025年に書いたものです。10人の女性シンガーをモチーフにして書いた「歌姫」とは異なり、タイトル通り複数の言葉の断片を並べたときに生まれる響きを(それは意味であったり、音であったり、色彩や温度であったりするのですが)掬いあげるような書き方をしています。


今回のライブは、過去10作の各詩集から冒頭の一篇を年代順に並べ、そのあとに新詩集の全篇を朗読するという構成を取りました。30年の変化と変らないコアを感じてもらえたのではないかと思います。生後6か月を迎えますます語彙の増えた梨ちゃん3号が元気に合いの手を入れてくれました。僕の気持ち的には2MCでしたが、3号はどう思っていたのかな。

春らしく甘く熟した苺をあしらった季節の野菜とフルーツのサラダノラバーさわやかポークカレーノラバープリンにも苺が乗ってノラブレンドコーヒー、というお昼のライブの定番メニューは何度でも食べ飽きないおいしさです。配信ライブのデザートミュージックでは、新刊の後半5篇を朗読しました。

1. ビザンティウムへ地下鉄で
3. 白木蓮
4. 路上にまつわる断章
5. 日々

みなさん『fragments』を手に取ってくださって、 自分の詩集の奥付にこんなにまとめてサインをしたのはいつぶりだろう。ライブのあとは、綺麗なネイルで3号を手なずける方、ノラバーのオリジナルキャップを試着して嬌声を上げる方、静かにワイングラスを傾ける方、思い思いに今日を楽しむ姿を眺めて幸福な気持ちになりました。

今日から始まったリリースツアーのファイナルは9月20日(日)。再びノラバーに帰ってきます。初秋の4連休の2日目の夜をいまから開けておいてくださいね。

 

2026年4月21日火曜日

ノラオンナ59.9ミーティング「ピンスポット」

吉祥寺STAR PINE'S CAFEで開催された『ノラオンナ59.9ミーティング「ピンスポット」』にお邪魔しました。

受付から更にワンフロア降りると、ぐっと明度を抑えた会場に流れる郷愁を帯びたアイリッシュの調べ。ステージ右下の物販テーブルで矢島絵里子さん(Fl)と橋本安以さん(Fdl)の生演奏です。白い衣装のふたりは、ノラオンナさんが事前にSNSで「奏でる物販天使」と紹介していたのですが、想像以上に天使です。

2004年4月21日に松本隆氏風待レコードからデビューしたノラオンナさんは、2016年以降は毎年STAR PINE'S CAFEで特別なライブを開催しています。還暦イヤーの2026年は上述の矢島絵里子さん橋本安以さんに加え、外園健彦さん(Gt)、中川五郎さん(Vo&Gt)と5人編成のライブを予定していましたが、外園さんの長期療養により12月に延期、今年の4月21日は小西康陽さんとノラさんのツーマンに変更になりました。

照明が落ちて客席は完全な闇の中に。金ボタンのブレザーを着た猫背の小西さんが座るピアノスツールにピンスポットが一本。ヘンリー・マンシーニ名曲野宮真貴さんのために小西さんが和訳した「ムーンリバー」。続いて夏木マリさんへ楽曲提供した「決められた以外のせりふ」は芥川比呂志氏のエッセイ集のタイトルから。有近真澄さんに書いた「女の都」は長崎市のバスの終点(町名は「めのと」と読むらしいです)。Kenny Rankinの "Haven't We Met" は、古川麦さんmueさんの軽快な演奏とは180度方向性が異なり、Leonard Cohenのような趣きがあります。

ビックリマンシールの仙人のような白髪に白髭の小西さんは、老いに抗わない覚悟を決めたかのよう。その一方でかつて東京の風景をきらきらと輝かせた瑞々しさを現在も保ち続けている。

代わってバリトンウクレレを抱いたノラオンナさんの1曲目はピチカート・ファイヴの1996年のヒット曲「ベイビー・ポータブル・ロック」。続いて「夜にもたれて」をアカペラで歌い始めると空気は夜の匂いを纏う。「バニラの香り」から「流れ星」まで新旧のグッドメロディ11曲を弾き語りで。いつものノラさんでありつつ、より濃密で凝縮された空気感は、STAR PINE'S CAFEの高い天井を波打つ水面に見立てて海の底で歌うセイレーンを思わせる。「」「めばえ」と中盤に続けて歌った2曲には確かに hymn(聖歌)の響きがありました。

人間は群で暮らす動物なのに、時にひとりになりたがる。ひとりの時間の豊かさ。その豊かさをまた誰かと分かち合い、再びひとりに戻る。矢島絵里子さんと橋本安以さんが加わったアンコールの「野菜のはしっこ」を聴きながら、そんなことを考えた春の夜でした。

 

2026年4月18日土曜日

Doodle Do

下北沢MOZAiCで開催された Oh my! 1st full album "Doodle" RELEASE TOUR "Doodle Do" (BAND SET / 3MAN)CUICUIを聴きに行きました。

レコ発ツアーの初日とあって、地下フロアはぎっしり。二番手CUICUIの1曲目は2017年のデビューシングル曲「彼はウィルコを聴いている」。ボーカル&キーボード ERIE-GAGA様の頭サビからRuì Suì Liuさんのフロアタム4連打が響くと空気が一転 CUICUI色に染まる。

ぼくたちのナツ」「サマーガール日本」とメローな夏曲が続き、ハードドライヴィンな「ゆびさしちゃん」「僕にはカレーがあるからね」の2曲で会場のテンションをマックスまで押し上げて、ラストはOh my!モリユイさんのフェイバリットだという「皆殺しの天使」で締める30分全6曲、メインアクトに対するリスペクトを感じるセットリストです。

2024年10月以来、1年半ぶりのライブは、ベースAYUMIBAMBIさんの歌声の透明感とMAKI ENOSHIMAさんの主張あるギタープレイ、終始最前列で踊るモリユイさんの満面の笑顔が印象に残りました。

惑星アブノーマルは現在、ボーカルTANEKOさんのソロプロジェクトってことでいいのかな。ドSなステージキャラを演じているのに品の良さが滲む。サポートピアノはジャジーなのですが、声のピッチが測ったように正確なのはクラシック音楽の素養がある方なのでしょうか。ソングライティングにシューベルトみを感じます。

本日の主役oh my!モリユイさんの圧倒的センター感。王道の8ビートロックンロールに歌声が本当によく通る。立ち姿が端正で、技術がとんでもなく高いうえにパッション全開なので、応援せずにはいられない。自身のレコ発だからといってつらつら聴かせず、びしっとタイトに決めて余韻を残すスタイル。勉強になりました。

レコ発ライブはやはりお祝いムードが和やかで、いいものだなと思います。僕の前作詩集『過去の歌姫たちの亡霊』のいくつかある制作動機のひとつが、ココ・シャネルの評伝チューンでもあるCUICUIの「皆殺しの天使」であることを終演後、ソングライターのERIE-GAGA様に直接お伝えできたこともうれしかったです。

 

2026年4月12日日曜日

カルテットという名の青春

シネスイッチ銀座浅野直広監督作品『カルテットという名の青春』を観ました。

2008年1月の小樽。バルトークを演奏するジュピター・ストリング・カルテット。1stヴァイオリン植村太郎、2ndヴァイオリン佐橘マドカ、ヴィオラ原麻理子の3人は当時23歳、チェロ宮田大21歳。いずれも国内外のコンクールでソリストとして華々しい成果を上げている。

ロックファンでクラシック音楽には明るくないと自認する浅野監督が、どれぐらい練習するのかと尋ねると、リーダーの太郎が「1曲100時間以上」と答える。譜面に基づき、テンポやアクセントなど細部の解釈を4人で擦り合わせるのに多くの時間を費やすという。カルテットにおける自分をおでんのタネに例えるという質問に、太郎は大根、マドカは昆布、麻理子は玉子、大は出汁だと言う。

東京のスタジオで口論の末に完成した録音を、優勝か最低でも入賞が期待されていた器楽の最高峰ミュンヘン国際コンクールに送るが、テープ審査で落ちてしまい「世界が僕たちの良さに気づいていないだけ」と強がる。国内の演奏会は毎回盛況だが、先行して単身ジュネーブ音楽院に留学した麻理子は3人との演奏に窮屈さを感じ脱退したいと告げる。

将来を嘱望された若手弦楽四重奏団を4年に亙り取材したTVドキュメンタリーを劇場版に再編集したフィルムは、タイトル通り、青春の輝きと苦さがスクリーンから溢れています。

ヴォルフイタリアン・セレナーデシューマン弦楽四重奏曲第3番。「カルテットを完璧に弾くということは、弦楽器奏者として最高と言われている」。その後、太郎はハノーファー、マドカはジュネーブ、大はクロンベルクに留学してソリストのディプロマで学び、カルテットとしては、東京では今井信子氏、ジュネーブではガボール・タカーチ=ナジ氏に師事する。

指揮者のヴィジョンの実現に向かって一丸となるオーケストラや作曲家の亡霊と対話し自己の表現をひたすら研ぎ澄ますピアニストと異なり、カルテットが音楽を磨き上げる過程は民主主義そのもの。言葉と音で対話を重ね、微調整を繰り返す。個を尊重しつつ全体に奉仕することは、相反する概念を同時に成立させ、調和させるというデモクラシーの持つ美しさと困難さを体現しているように思えます。先生は「自由に」というが、幼少期から音楽に全集中してきたスーパーエリートの彼らも、自由で且つ調和のとれた演奏とは、と思い悩み行き詰ってしまう。

2010年10月ジュネーブ、活動休止を決めた最後のレッスンで、ベートーヴェン弦楽四重奏曲第12番第2楽章をタカーチ師が弾くのを聴いて「音楽は(楽譜の段階で)既に美しいんですね。美しく弾こうしなくていいんだ」と落涙する姿が深く心に刻まれます。

最初の取材から3年半後、同じ質問に4人は、がんも、私、玉子、つみれ、と答えました。

 

2026年4月11日土曜日

Story of the 411 Road

4月の夏日。吉祥寺MANDA-LA2で開催されたmue25周年ワンマンライブ『Story of the 411 Road』に行きました。

「今日一日をとても楽しみたい♪」というイントロダクションに導かれて1曲目は「around the town」。mueさんがデビューした日である4月11日に毎年MANDA-LA2開催されるバンドセットのワンマンにはじめて行ったのは2013年。それから長い年月が経ちましたが、mueさんの音楽の持つフレッシュネスはすこしも損なわれていない。

2曲目の「話をつづけよう」を歌い終えると照明の熱で額に汗が浮かび「1枚脱いできていいですか」と楽屋に下がる。その間無音のステージに戻り「25年やってる人の状態や態度じゃない」と笑うmueさんが自由過ぎて、客席も啞然からの爆笑。

毎年変わるバンドメンバー、今年は北山ゆう子さん(Dr)とTaroさん(B)。ポップミュージックとしては最小単位で、各々の領域で貢献しつつ、音作り、ライブ作りの細部にともすれば拘泥し過ぎる傾向のあるmueさんの音楽を柔軟に解放する、4.11史上一の構築的で民主的なアンサンブルだと思いました。

futtong×mueのセルフカバー「僕らのかけら」のブライトな声の響き、「trigger」のカントリーブルースのリズム、The Beatles の"Lucy In The Sky With Diamonds" の悠久を感じさせるウッドベースのボウイングや随所で聴かせるベースソロ。名手北山ゆう子さんのドラムは音色が清潔で正確、mueさんとのアイコンタクトで決めてほしい適切なタイミングで適切なリズムを綺麗に気持ち良く決めてくれる。サイケデリックな浮遊感のある「大きな流れをつくる」の終盤のフリーな連打は実質ドラムソロでした。

この日の入場料は当日4.110円。これは4月11日にちなむものとすぐに理解できたのですが、予約3,350円の謎が解けたのは最終盤。再度楽屋に下がったmueさんが真赤なGibson ES-335を連れて登場しました。以前から赤いセミアコを買うか迷っており、諦めるつもりで試奏したらこれだ!と思ってしまったと、新曲「さあ一旦社会生活を置いて本当の自分で生きる」を新しいギターで歌う。タイトルに反して渋谷系。白いワンピースに赤が映えます。

2時間半のステージで演奏されたのは、2曲のアンコールを含め充実の全24曲。アンコールの「東京の夜」とカバー2曲を除くとまだレコーディングされていない楽曲ばかりです。昨年はYouTubeの毎日更新にチャレンジしていましたが、作り込まれた公式録音もそろそろ聴きたいな、と思いました。

 

2026年4月10日金曜日

1975年のケルン・コンサート

春の雨。ヒューマントラストシネマ有楽町イド・フルーク監督作品『1975年のケルン・コンサート』を観ました。

ヴェラ・ブランデススザンネ・ウォルフ)は50歳の誕生日をホームパーティで祝われていた。スピーチを促されたが、それを制止して父親(ウルリッヒ・トゥクール)が「お前は私の人生の最大の失敗」と言う。

1973年のドイツ連邦共和国(旧西ドイツ)第四の都市ケルン。16歳の高校生ヴェラ(マーラ・エムデ)はアイスクリームパーラーCampiで開催された英国人サックス奏者ロニー・スコットダニエル・ベッツ)のライブ会場にいた。終演後、ヴェラは馴染みの店員からアイスを奪いロニーに手渡す。積極的なヴェラにロニーは、自身の西独ツアーを組んでくれないか、と言う。ヴェラは父の歯科医院で真夜中に英国人のふりをして西独のライブ会場に手あたり次第電話をかけた。

1974年、西ベルリンのジャズフェスティバルで29歳のキース・ジャレットのソロピアノを聴き、衝撃を受けたヴェラはキースをケルンに呼ぶために奔走する。

1975年1月24日、ローザンヌで演奏を終えて楽屋で腰痛のコルセットを外し、ECMレコードマンフレート・アイヒャーアレクサンダー・シェアー)の運転する小型車で8時間かけてケルンに着いたが、オペラハウスのステージには指定していたべーゼンドルファー・グランド・インペリアルはなく、ペダルが壊れ調律されていないリハーサル用のピアノが置かれていた。演奏を拒否するキース。キャパ1,300人のオペラハウスに1万マルク(当時のレートで約100万円)の会場費は既に払ってしまった。23時の開演まであと7時間、19時から21時はベルクのオペラ『ルル』の上演でステージが使えない。

「これはキース・ジャレットの映画でも『ケルン・コンサート』の映画でもない。『足場』についての映画だ」。ガールエンパワーメントムービーの惹句の通り、世紀の名盤誕生の過程における高校生ヴェラの活躍と家族との確執と和解、仲間たちとの連帯をスピーディでタイトな編集で小気味よく魅せる青春映画。いつもベレー帽を被っているアナーキストの同級生イザ(シリン・リリー・アイサ)がとてもいいです。

とはいえ、権利の関係なのかキースのソロ演奏シーンがベルリンのコンサートホールの数分だけなのはちょっと物足りない。『ケルン・コンサート』のあの冒頭の4音と6′30″あたりの踵落としドーンはあってもよかったのではないでしょうか。オペラハウスの幕が上がるとビージーズの "To Love Somebody" のニナ・シモンcover(名演!)がかかります。キースの実際の演奏はYouTubeでもサブスクでも聴けるので、そこは映画館を後にした観客に委ねられているということなのかもしれません。

米国人音楽ライターのマイケル・ワッツマイケル・チェルナス)がいい味を出している。スクリーンからしばしば客席に語り掛けるのは『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』でも使用されていた演出(いわゆる第四の壁)。ジャズの歴史を超ざっくり解説してくれるので、ジャズ初心者でも大丈夫。レコーディングが演奏ミスで中断すると、クランプスはスタッフを罵倒し、ディランは笑い、スタン・ゲッツは平謝り、フリートウッド・マックは口論する、というくだりも面白かったです。

 

2026年3月29日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

春爛漫。西武柳沢『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックmayulucaさんの回へ。

「ねぇバスの運転手さん/こんな僕でもどこか行けるの?/尋ねたら答えはなくて/前を指差してただ/出発って言ったんだ」。定刻をすこしだけ過ぎて「出発」から演奏は始まりました。

昨年8月に聴いた前回ライブのナイロン弦からD'Addarioの鉄弦に張り替えられていくぶんソリッドになったが、mayulucaさんのフィンガーピッキングは正確で柔らかい。淡々としながらも体温と質量のある歌声は「鳥の声がきこえたら」と続き「アネモネ」ではノラバーのカウンター席に配られた小さなベルを思い思いに鳴らし、我々観客とノラバー店主ノラオンナさんもコーラスに加わります。

mayuluca的死生観を綴った「青空」「ペールグレイの空」「日曜日の彼女」「箱庭」「空ばかり見ていた」。前作『幸福の花びら』から気づけば10年が経過し、未レコーディングの佳曲たちが増えてきました。ノラさんの「ぼくのお願い」とヘンリー・マンシーニの「ムーンリバー」、2曲披露されたカバーも原曲の良さをそのままにmayulucaさんらしいミニマルな表現にアレンジされている。

全11曲、60分の本編が終わる頃、カウンターに食欲をそそるいい匂いが流れ、ノラバーさわやかポークカレーが供されます。添えられた季節のサラダには真っ赤に熟したつやつやのいちご、ノラブレンドコーヒーと共に味わうノラバープリンに乗るチェリーも、この季節だけいちごに変わります。

そして30分間のインスタライブ「デザートミュージック」は五分咲きの桜にぴったりな「花ヲ見ル」で再開しました。mayulucaさんの音楽は季節を選ばず生活に寄り添ってくれるものですが、春先の薄曇りの午後のすこし湿った心地良くも気怠い空気が一番似合う気がするのです。

mayulucaさんのノラバーライブの終演後の会話はいつも意外性があって楽しい。生後6か月を迎えたセキセイインコパステルレインボーの梨ちゃん3号も元気一杯。1月に初めて会ったときより更にヒトの語彙が増えて、かわいいおしゃべりが止まりませんでした。

 

2026年3月28日土曜日

本に囲まれた音楽室

秋津町の図書喫茶カンタカへ、CIATONE presents『本に囲まれた音楽室 うたとピアノで楽しむジブリ音楽』に伺いました。

カフェの奥の階段から2階に上がると、左側は大きなガラス窓に春の午後の陽が差し込み、右側は高い天井まである書架。ステージでベーゼンドルファーのグランドピアノが静かに開演を待っています。

ピアニストの大竹久美さんがジブリ映画の楽曲を演奏するシリーズにはじめての歌のゲストとしてChiminさんが出演し全編カバー歌唱というレアな機会でした。

1曲目は『となりのトトロ』から「風のとおり道」。ふんわりとした見た目の印象と異なり大竹さんのタッチは意外にもハードエッジで、ショスタコーヴィチやムソルグスキーなんかも似合いそうです。続いて『ハウルの動く城』の「人生のメリーゴーラウンド」、『もののけ姫』より「アシタカとサン」、『魔女の宅急便』の「海の見える街」とピアノソロで久石譲の哀愁を帯びた旋律が続く。映画で流れるシーンの解説により、脳内でアニメーションが再生されます。

そしてマスタード色のシャツを着たChiminさんが登場し、森山良子の「さよならの夏」。『コクリコ坂から』では手嶌葵さんが歌っています。『かぐや姫の物語』に二階堂和美さんが書き下ろした「いのちの記憶」。Chiminさんの歌声には原曲の持つ陰影を深めて、生と死のあわいを際立たせる力がある。「さみしい さみしい 僕ひとりぼっち/ねェ 振り向いて こっち向いて/たべたい たべたい 君 たべちゃいたいの」。宮崎駿が書いた歌詞に久石譲が重ねた明るいリズム。

アンコールは荒井由実の「ひこうき雲」。『風立ちぬ』のエンドロールで流れるこの名曲をChiminさんの歌声で聴いたことをずっと忘れることはないでしょう。

 

2026年3月27日金曜日

ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。

薄雲り。TOHOシネマズ錦糸町オリナス田口トモロヲ監督作品『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』を観ました。

Based on true events. ユーイチ(峯田和伸)は売れないカメラマン。東京で食い詰めて福島の農家を手伝っていた。養豚場の糞の搬出業務の休憩中にトランジスタラジオからSEX PISTOLSの "God Save The Queen" が流れるのを聴き雷に打たれたようになった。

そして再度上京。音楽雑誌の表3にミニコミ誌「ロッキンドール」の手書きの広告を見て購読料を現金書留で送ると、ぺらぺらの手書きコピーのリーフレットが届き、発行人サチ(吉岡里帆)のイラスト入りの手紙には、パンクバンドTOKAGEが渋谷屋根裏に出演すると記してあった。屋根裏の椅子席はまばらだったが、TOKAGEのフロントマンのモモ(若葉竜也)の鬼気迫るライブパフォーマンスとひとり立ち上がってふらふらと踊る少女、ライブハウスの妖しい熱気に今まで感じたことのない何かを見て、ユーイチは一心にシャッターを切る。

舞台は1978~1982年。インディーズという言葉もなかった時代に六本木S-KEN STUDIOのライブイベント『東京ロッカーズ』に集ったバンド、リザードFRICTION、次の世代のザ・スターリンZELDAなど、新しいロックを創造しようとした若者たちの青春群像劇をリアルタイムで当時の熱気を知る田口トモロヲ監督が撮った作品は、制作陣も俳優陣もオリジネーターたちへのラヴ&リスペクトに溢れた気持ちの良い映画です。上記の主人公3人以外にも、軋轢のDEEP(FRICTIONのレック)の間宮祥太郎、解剖室の未知ヲ(ザ・スターリンの遠藤ミチロウ)役の仲野太賀も大熱演。ロボトメイアのカヨコ(ZELDAのサヨコ)を演じた中島セナさんもよかったです。

僕的ハイライトは、自らレーベルを立ち上げ、第一弾となるTOKAGEのシングル盤がサチの実家の印刷屋に納品された深夜、モモの実家のレコード店 ROXY HOUSEまでシャッターの下りた商店街を爆笑&疾走するユーイチとサチ。吉岡里帆とじゃれ合いながら全力でダッシュしたらそりゃもう楽しかろうよ。

1979年、オムニバス盤『東京ロッカーズ』リリース時、僕は13歳。現代で言うところの厨二病をしっかり患っており、貸レコード屋でLP盤を借りてカセットにダビングして聴いていました。なかでも「最高にイカしたダンスバンド」FRICTIONは別格で1st『軋轢』は今聴いてもざわざわします(中学生にはパンク系のライブは敷居が高かったので、生演奏を聴いたのは恒松正敏脱退後の4人編成になってからです)。リザードは当時はそれほど推していなかったのですが「サ・カ・ナ」「ガイアナ」など映画を観ながら歌詞をなぞれる自分にびっくりしました。

十代の多感な時期に僕が最もライブに通ったのは、突然段ボールPerspective期のP-MODEL、20歳前後だとユーイチが映画の最後に立ち上げるTELEGRAPHレーベルから派生したヴェクセルバルクSADIE SADS有頂天筋肉少女帯、田口監督のばちかぶり、などナゴム系もよく観に行っていました。当時の新宿ロフトの市松模様の床が再現されていたのもアツかったです。

 

2026年3月22日日曜日

あなたと私、そして世界のすべての人たち

東京オペラシティ・アートギャラリーへ。アルフレド・ジャー展『あなたと私、そして世界のすべての人たち』に行きました。

1957年チリ共和国の首都サンティアゴで生まれたジャーは、幼少期をフランス領マルティニークで過ごし、1973年に帰国。その年にチリはピノチェト将軍プリンプリン物語ルチ将軍のモデル)による軍事クーデターで独裁政権となった。1982年以降はニューヨークに拠点を移し政治性と詩学を共存させた作品を発表し続けている。

A. アメリカ(大陸)、B. 1970年代後半のゴールドラッシュに沸くブラジル・セーラベラーダ、C. ボスニア紛争、D. スーダン内戦、E. 広島。展示は5つのブロックに分かれています。

ジャーの作品は鑑賞者が当事者であることを強いる構造を持っている。鏡を覗き込まなくては見られない写真作品「エウロパ」(1994)の被写体はボスニア紛争の被害者ですが、写真と写真の間の鏡には鑑賞する自らの姿が映る。最新作の「明日は明日の陽が昇る」(2025)は床に置かれた日章旗と天井から吊られた星条旗が水平に向き合う。星条旗は大人の胸の高さにあるため、腰を屈めて下から覗き込まなければ見えないが、子どもや車椅子ユーザーは視線の高さで見ることができます。

展示作品で強く印象に残ったのは、2つの巨大な映像作品です。サイモン&ガーファンクルの名曲と同題の「サウンド・オブ・サイレンス」(2006)は、飢餓に喘ぐスーダンで撮影した「ハゲワシと少女」で1994年にピュリッツアー賞を受賞したが批判に晒されて同年ガス自殺した写真家ケヴィン・カーターの生涯を白抜きの文字だけで綴り、受賞作をストロボの一瞬だけ映す作品。パラグラフの間に繰り返し挿入される「ケヴィン/ケヴィン・カーター」という無音のリフレインの痛切な響きに詩を感じる。その写真の版権をビル・ゲイツの米コービス社が握っているというアイロニー。

ヒロシマ・ヒロシマ」(2023)は都市の上空から早朝に撮られたと思われるドローン映像。真上から見下ろす原爆ドームのあの美しい円蓋は意外にも楕円でトゲトゲしているんだな、と思う。背景が暗転しドームの骨格が高速で回転すると楕円は真円に錯視され、スクリーンが上がって裏に隠されていた工業用扇風機から我々は風を受ける。大18+小5=計23基のファンから吹く風はイカツい見れくれに反して優しい。

作品を鑑賞する、あるいは享受する、ということに対する疑念をジャーは呈しているのですが、その間接的な提示の手法を無意識に分析し、批評してしまう自身を顧慮させるというループに世界のままならなさを感じることこそが "YOU AND ME AND THE OTHERS" だと思い至るのでした。

 

2026年3月21日土曜日

未来は今

桜咲く。早稲田RINEN未来は今』に現代夫婦のライブを聴きに行きました。

CUICUIERIE-GAGA様ことエリーニョさん(Vo、Pf)とRuì Suì Liuこと筒井みづほさん(Dr)とそれぞれの配偶者である石川ユウイチさん(Gt)とRYOSUKEさん(b)の二組の夫婦で結成されたバンド現代夫婦。昨年11月のデビューライブに行けず涙を飲みました。2ndライブとなる今回はじめて生演奏を聴くことができました。

1曲目は中村文則の小説に着想を得た「」。YESみを感じる変拍子ナンバーです。続く「誰もいない夜の広場」は吉田修一から。現代夫婦の各楽曲は、川上未映子益田ミリ谷川俊太郎など現代日本文学作品からインスパイアされて書かれたことが明示されており、10人の女性シンガーをモチーフにした詩を編んだカワグチタケシ詩集『過去の歌姫たちの亡霊』の音楽→文学とは逆ベクトルながら、強いシンパシーを感じます。

エリーニョさんが描くCUICUIより若干ダークな調性の楽曲にいつも寡黙な石川さんのパッショネイトでエキセントリックなギターが絡んで、RYOSUKEさんは終始クールでステディなビートを刻み、それらを束ねるみづほさんのエモーショナルなドラム。

ひとつ特徴となるのはウッドベースの存在。70年代ならLou Reedの "Walk On The Wild Side"、80年代はStray Catsの "Storm The Embassy"、90年代の a tribe called quest "Excursions"。ウッドベースをフィーチャーした楽曲たちのインテリジェンスを継承しているように感じます。

サブスクリリースされた1stアルバム『群像』の7曲に未発表曲を加えた全8曲。ラストを飾るサイコビリーナンバーの「家族の容れ物」でウッドベースによじ登ってフロアを煽るエリーニョさん。「過去は今につながっている/今は未来につながっている」という歌詞もイベントコンセプトに呼応していました。

共演した2バンドもDJ AMAUUのアブストラクトな選曲もよかったです。主催のNECO ECHOの1曲目「窓辺の水槽」は、シューゲイザーを通過したはっぴいえんどという風情。一転、John Lennonの "Woman" のカバーは浮遊感のあるダブ。訳詞がピュアでキュートです。

トリのごのせんはよりカオティックな、MC、キーボード、ドラムス、セレクターの4ピース。ステージの床に直置きにされた2基のマシンの左手、ARTURIA MiniBrute 2のシンセベースの暴力的なグルーヴが強烈。右手はAKAI MPC KEY37です。

 

2026年3月14日土曜日

ひなぎく 4Kレストア版

晴天。シアター・イメージフォーラムヴェラ・ヒティロバ監督作品『ひなぎく 4Kレストア版』を観ました。

雨に濡れて回転する歯車と爆撃機の爆弾投下にミュートされたトランペットが重なるタイトルバックが終わると、主人公二人がチェックのビキニ姿で木材の壁にもたれて座り「どれも無駄、みんな無駄、全部駄目」「朽ちていく世の中で、私たちも悪くなる」と言うと、場面は草原に変わる。

金髪ショートボブにひなぎくの花冠をかぶったマリエ1(イヴァナ・カルバノヴァー)と黒髪ツインテールのマリエ2(イトカ・ツェルホヴァー)。パパ活相手の高齢男性にはヤルミラ、マルジェラなどと呼ばせている。

1966年にチェコスロバキア社会主義共和国で製作された本作は、1991年の日本公開以降お洒落ガーリィムービーとしてサブカル勢に支持されてきました。残念ながら僕は未見でしたが、今回60周年にあたり4Kレストア版が公開されたので、張り切って初日に鑑賞しました。

手足を動かすと木の関節の軋む音がする水着の二人が、草原に生えた一本のりんごの樹からもぎとった果実を食べるとアパートメントの一室という現実世界に転生するのは、旧約聖書のモチーフを男女ではなく、女女で再現している。日本公開当時、1990年代のライオットガール(米)、ガールパワー(英)ムーブメントに重ねてフェミニズムの文脈において語られました。もちろんその色彩も濃いのですが、オープニングの無音の爆撃がエンディングに爆発音を伴い再生される、また随所に社会主義体制下における抑圧の象徴と体制を挑発するような語気を感じます。

例えば「怖いのは私たちが誰からも見えていないこと」と言う主人公たちの台詞から、二人は生きていない(どんなに暴れても現実社会に影響がない)のでは、いないことにされているマイノリティの存在を代弁しているのかも、など多面的な解釈ができるのも名作たる所以でしょう。

チェコ・ヌーヴェルバーグの女性監督ヴェラ・ヒティロバは本作で発禁処分を受けると7年間の活動停止を強いられた。『地下鉄のザジ』(1960)に近いテイストですが、表現手法が雑多で前衛的。モノクロと単色カラーとフルカラー、3Dを眼鏡をかけずに観るような色彩のずれ、カットアップ、コラージュ、カラフルな悪夢のように脈絡を無視したストーリー展開、青りんごや飽食の寓意。アヴァンギャルドではあるのですが、映像にドライヴ感があるので飽きずに観られます。

当時、社会主義国チェコスロバキアでは、映画は国家予算で製作され、国の所有物だったため権利関係が複雑で、というお話がアフタートークでありました。権利関係はもちろんですが、政府の意向に沿う作品しか作れないというのはとても息苦しいだろうな、と思いました。

 

2026年3月13日金曜日

パリに咲くエトワール

曇天。109シネマズ川崎谷口悟朗監督作品『パリに咲くエトワール』を観ました。

1907年(明治40年)、横濱西洋劇場で佛國領事主催の『ジゼル』。客席から乗り出して夢中でバレリーナたちをスケッチするフジコ當真あみ)の姿があった。終演後、客席に忘れた手提げを取りに戻ったフジコは、道着姿でバレエを踊る千鶴嵐莉菜)に目を奪われる。


1912年、大戦の足音が忍び寄るパリにフジコは渡った。9区のパサージュ・ジュフロワで日本画のギャラリーを構える叔父若林尾上松也)を手伝いながら、画家になるために勉強している。街中で暴漢に襲われた際になぎなたでフジコを助けてくれた千鶴と再会する。武家の出でなぎなた道場の跡取り娘である千鶴は、道場をパリに進出させた両親について来ていたが、バレリーナになる夢を捨てられずにいた。

「自分のやりたいことをやるのが人生じゃないの?」。フジコのアパルトマンの階下にロシアからの移民で元バレリーナの母オルガ門脇麦)と暮らすピアニストのルスラン早乙女太一)に背中を押され、ガルニエ宮のオペラ座を目指して千鶴の奮闘が始まる。

クライマックスは戦時下1916年12月のオペラ座公演『ジゼル』。家父長制が絶対の時代に、夢を追ってパリに渡ったふたりの日本人少女の挑戦を、第一次世界大戦を背景にしたオリジナルストーリーで描こうという気概は評価したいですが、物語はバランスとまとまりを欠いていると思います。主人公フジコが途中から絵を描かなくなり、千鶴のサポート役に回ってしまう。マティスミュシャモンドリアンなど、当時気鋭の現代美術作家たちの才能に圧倒されて、と涙ながらに訴えるが、エンドロールの絵画作品の列挙だけでは薄く感じました。

画商の叔父のジブリ風味のカーアクションはちょっとやり過ぎですが、キャラクター造形はとてもよく、「パリのリストランテでは」などと言わせ胡散臭さをさりげなく示唆しています(リストランテはイタリア語)。

當真あみさん嵐莉菜さんの『ちはやふる -めぐり-』コンビは、9歳分の成長を一所懸命表現していて、とてもがんばったと思います。なぎなたの殺陣は小気味よく、パリ国立高等音楽院出身の服部隆之が手掛けるアコーディオンと管弦楽の劇伴、ベルエポック期のパリの街並みと絢爛豪華なオペラ座の外観内装をはじめとした背景美術が素晴らしかったです。

 

2026年3月8日日曜日

花緑青が明ける日に

ミモザの日。ユナイテッドシネマ豊洲四宮義俊監督作品『花緑青が明ける日に』を鑑賞しました。

色鉛筆で描かれた海と空。足元の波紋と濡れた足音、油蝉の声。美大生になった式森カオル(古川琴音)が真夏の山に穿たれた坑道を抜けるとそこは海中で一頭の鯨が泰然と泳いでいる。

4年前、制服のカオルは下校しても自宅ではなく帯向煙火店の住居兼工場に帰る。赤錆びたベランダには制服を膝までまくったチッチこと帯刀千太郎(入野自由)。弟の敬太郎(萩原利久)が部屋を飛び出して屋根を下る。階下の工場では父親榮太郎(岡部たかし)が市職員と隣近所の住民から立ち退きを説得されている。婿養子の榮太郎は花火師だったが、数年前に妻を亡くし、花火工場もその後廃業していた。市職員に殴りかかる敬太郎とそれを止める榮太郎。カオルの両親も立ち退きを勧めに来ていた。

4年後、東京の美大に進学し、プロジェクションマッピングの新進アーティスト兼インフルエンサーとなったカオルは、二浦市役所に就職したチッチに連れられて網代に帰る。翌日の8月31日に帯刀煙火店は行政代執行により更地にされる。煙火店の前の入り江は埋め立てられメガソーラーが設置されていた。水軍の末裔である失踪した父榮太郎が残した幻の花火シュハリは、猛毒の花緑青を使う500年前に水軍が用いた狼煙。その花火を上げるために敬太郎は4年間を準備に費やしていた。

「花火なんてたとえ世界で一発も上らなくても誰も困らないんだよ」「どんなことにだって終わりは来るよ。問題は終わらせ方だよ」。再開発により失われる伝統工芸という紋切型のテーマと思いきや、映画中盤で示される煙火店廃業の経緯はもっと残酷なものでした。単純な二項対立とならず、物語に広がりを与えているのは兄チッチの存在。開発を推進する公務員でありながら、弟の心情も理解し、且つ板挟みで葛藤することなく、両者の立場を内面化する。

日本画を主たる表現手段とし『君の名は』や『この世界の片隅に』にも関わった四宮監督の作画はあらゆるシーンが美しく、一瞬たりともスクリーンから目が離せません。アメリカデイゴ、ノウゼンカズラ、アザミの花。蝉の死骸、蟹、カマキリ。蜩の声。極端に強調された遠近法と前景の遮蔽物に切り取られた表情は歌川広重の『名所江戸百景』を思わせる。世界のアニメの潮流が3Dに完全移行した現在も、セルタッチの平坦な色彩にこだわる日本のアニメーション表現そのものが浮世絵的ではあります。敬太郎が作った段ボールのジオラマが実写+クレイアニメになるのも面白かった。

劇場アニメ初挑戦の古川琴音さんは、本職の声優さんのように随所に抑揚をつけるような演技をしませんが、それがカオルの性格によく合っていると感じました。蓮沼執太さん劇伴もよかった。imaseさんの編曲もしていて、聞こえてきたヴィオラは手島絵里子さんかな、と想像しながらエンドロールを聴きました。

 

2026年2月26日木曜日

パンダのすごい世界

TOHOシネマズ シャンテ梁碧波(リャン・ビボ)監督作品『パンダのすごい世界』を観ました。

中華人民共和国貴州省双河洞。フル装備の発掘隊が縦穴を降りていく。10万年前から800年前に岩盤の隙間に落ちて命を落としたジャイアントパンダの化石が鍾乳洞の底に眠っているという。

雪に覆われた四川省臥龍中華大熊猫苑神樹坪基地。双子を出産したルイルイだが、ジャイアントパンダは1頭しか育てない。双子のうち弟は施設内で同時期に出産したシェンシェンの元に里子に出された。母ルイルイと双子の兄は首にバイオトラッカーを装着し、飼育員の牟さんに見守られながら野生復帰を目指している。

2025年に中国で製作されたジャイアントパンダのドキュメンタリーフィルムは、上映館が多いわけでないですが、パンダロスに沈む上野でも公開されているのは東宝の粋な計らいか。中国語の原題は「熊猫奇遇记」(英題は "The Adventure of the Panda")なので、邦題に間違いはないのですが、宣伝文の「パンダのユニークな生態を記録した貴重映像」に対して、どちらかといえばパンダと飼育員の関係性を中心に描いている映画だと思います。

成都大熊貓繁育研究基地の公開エリアに暮らす世界的人気の令嬢パンダ花花(ファーファー)の典雅な所作や、赤ちゃんパンダたちの愛くるしさに身悶えする一方、国内外で長く活躍して帰郷し都江堰基地で老後を穏やかに暮らす23~32歳(人間に換算すると80~100歳台)の老パンダたち、特に食道に腫瘍が見つかり治療中の23歳のリンヤンに尺を割いているのは好感が持てる。

1980年代に1000頭以下に減った個体数は1900頭まで増えたが、未だ絶滅危惧種です。これだけ世界中で愛されており、草食で性格も温和なので、犬や猫のように人間の愛玩動物となって共生する道もあったと思うのですが、採れたての笹竹しか食べないという矜持がそうさせなかった。荘厳なオーケストラの劇伴はちょっと重たく感じました。

 

2026年2月23日月曜日

ナワリヌイ This is Navalny

早稲田奉仕園スコットホールギャラリーへ。写真展『ナワリヌイ This is Navalny』に行きました。

アレクセイ・ナワリヌイはロシアのアクティヴィスト。2024年に47歳で獄中死している。2011年のロシア国政選挙を告発する集会から2021年に拘束、投獄されるまでの11年間を1991年生まれのロシア人フォトジャーナリストのエフゲニー・フェルドマン氏が密着取材した。

ナワリヌイ氏の活動についてはこちらのリンクをご参照いただくとして、写真の感想としては、劇的な陰影、安定した画角、細部まで曇りのない解像度により、ヒーロー映画のスチールのように感じました。良いことなのか悪いことなのかわかりませんが、家族と過ごしていたり、演説会の舞台裏でぽつんとカップ麺を食べていたり、人間臭い日常のひとこまを切り取った写真ですら過剰なまでにドラマチックに映ります。

明治41年建造の美しい煉瓦造りのギャラリーの随所に置かれた黄色のラバーダック(お風呂に浮かべるアヒルのおもちゃ)は反汚職のシンボル。自由で公正な社会の実現を目指した体制告発により支持を集め、賛同者はもちろん、対立勢力の支持者とも対話する真摯な姿勢が見て取れる一方、本展の撮影時期以前にあたる政治活動初期においては、民族主義、排外主義的な発言が記録されている。それを信用ならざる変節者と見るか、悔悛した聖人と見るか、その狭間で鑑賞者も揺れる。

ロシア人、ウクライナ人、日本人が本展のスタッフとして関わる。発起人がウクライナのクリミア半島出身者であることは、反プーチンの共通項からか。会場で話したウクライナ人女性ボランティアスタッフは「ウクライナ侵攻後ウクライナ人はロシア人と相容れない感情があるが、私は国籍ではなく、その人の行動で判断したい」という主旨の意見を聞かせてくれました。

実質的な独裁国家といえるロシア。現時点の日本では言論の自由は担保されていると考えられますが、サイバースペースで庶民同士が思想的分断を煽り合うプレイが、コンテクストを喪失して現実世界に滲出しはじめている。インディヴィジュアリストとして、たとえ少数派であっても、少数派であるからこそ、警鐘を鳴らし続けることを忘れずにいたいです。

 

2026年2月22日日曜日

ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージック

猫の日。西武柳沢へ。『ノラバー日曜お昼の生うたコンサート&デザートミュージックmandimimiさんの回に行きました。

袖口にレースをあしらった白いカットソーには砂糖細工の白猫がプリントされ、小さなリボンがいくつも縫い付けられている。髪を飾る白いリボンは猫の耳。2月22日にこれ以上ないスタイリングです。

1曲目は親友のメロディさんが草原で巨大な猫と輪になって踊る夢を歌詞にした "Pocketz Waltz"。そして "2022 Year Of Years"、"Eight Times Around The World"。2024年秋のギャラリーエキシビジョンで "FLOWER SPELLS" の連作を完成させて、現在取り組んでいる "Dear Dream Diaries" 夢日記をモチーフにした楽曲群で前半は構成されていました。ちなみに夢はいつもフルカラーで見ているそう。

細い指先で奏でられる柔らかくて優しいタッチのピアノ、すこしだけくぐもったアルトの歌声は心地良い湿り気を帯び、冬から春に向かう季節の空気に調和しています。英語の歌詞の前に日本語訳の朗読を添えたことも、時間をスローダウンさせる効果に。台湾系アメリカ人のMandyさんの書く歌詞は、英語を中心に日本語と中国語のミックスです。普段の会話では流暢で完璧な日本語を話すのですが、朗読の声は一語ずつ確かめながら発声しているように聴こえて惹き込まれる。セリーヌ・ディオンのカバーも全然歌い上げないのが逆にmandimimiさんらしさを際立たせています。

ノラバーの昼公演のお楽しみといえば、ノラバー店主ノラオンナさん秘伝のノラバーさわやかポークカレーです。『リアリティ・バイツ』『ブレックファスト・クラブ』『プリティ・イン・ピンク』など、アメリカの青春映画の話題とともにおいしくいただいたあとは、ノラバープリンノラブレンドコーヒーを味わいつつ、30分間の配信ライブ「デザートミュージック」へ。

ポーラ・コールラナ・デル・レイ、映像作品で使用された2曲のカバーと "FLOWER SPELLS" から "Yours &  Mine"と最新曲 "Always Tomorrow" のオリジナル2曲。すこし伸びた日脚に、猫の日は暮れていきました。

 

2026年2月13日金曜日

銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き

金曜夜。TOHOシネマズ日比谷亀山陽平監督作品『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き』を観ました。

銀京府警察庁ネオ町田警察署で警察官リョーコ(小松未可子)から刑期短縮プログラムの説明を受ける6人の受刑者。カート(内山昂輝)とマックス(山谷祥生)は砂糖の不法所持、族の総長アカネ(金元寿子)と舎弟カナタ(小市眞琴)はスピード違反、チハル(寺澤百花)とマキナ(永瀬アンナ)はスピード違反・公務執行妨害・警察車両爆破の罪状である。

6名に課せられた社会奉仕活動は、宙武鉄道新如月駅に停車している惑星間走行列車のヴィンテージ車両ミルキー☆サブウェイの清掃だったが、ミルキー☆サブウェイは誤発進し、6人を乗せたまま宇宙に飛び出す。暴走は車掌型人工知能O.T.A.M.ちゃん(藤原由林)が社会不適合者に殺し合いをさせるために仕組んだ罠だった。

2025年7~9月期にTOKYO MXTVで木曜22時に12話放送され、YouTubeで同時公開された3DCGショートアニメ作品の劇場版です。放送時の1話が3分31秒、そのうちテーマ曲であるキャンディーズの「銀河系まで飛んで行け!」(1977)が約20秒流れるスタッフロールを除くと3分の放送を毎週録画視聴していました。劇場版は全46分の上映時間。リョーコの後輩警察官アサミ(小野賢章)と上司ハガ(ロバート・ウォーターマン)が新たに加わりました。

9人と1体の登場人物のうち、リョーコだけが人間で、アカネカナタチハルアサミハガが強化人間(宇宙環境に耐えられるよう遺伝子組換えした人類、話中に説明はない)、カートマックスマキナはサイボーグ、O.T.A.M.ちゃんがロボット(Outer Space Animatronics Manager)です。

退役軍人のカートとマックス、ヤンキーのアカネとカナタ、ギャルのチハルとマキナ。3組のバディの各々異なる関係性に魅力があるのと、敵対していたマキナとアカネが推しアイドルで意気投合したり、誰にも感謝されることなく犯罪に手を染めたカートとマックスが殺戮ロボHAIJO-KUNから助けたチハルに感謝されてどぎまぎするなど、別バディとの絡みで生じる感情の変化が心温まります。劇場版新キャラのアサミとハガもリョーコのアツい一面を引き出している。

斬新過ぎるキャラクタービジュアル、レトロフューチャーなガジェット、リズミカルで小気味よいアクション、早口なキャラクターの声が重なり生まれるグルーヴ感。若きクリエイターのイマジネーションが爆発した才気溢れるメジャーデビュー作に喝采を贈りたいと思います。

 

2026年2月12日木曜日

Chimin TRIO

木曜夜。吉祥寺Stringへ。Chiminさんのライブを聴きに行きました。

1曲目「sakanagumo」のイントロのアルペジオがリヴァーヴのかかったスチール弦のアコースティックギターで奏でられる。その清新な響きに乗せてChiminさんが歌い始めると、地下のジャズバーに澄んだ風が吹き抜ける。

2023年11月の活動再開後はピアニストと歌うことが多かったChiminさんですが、4ヶ月ぶりのライブはギタリストの馬谷勇さんEasy MachineKoUSaGui)との初共演。サックス、フルートの井上 "JUJU" ヒロシさんとは旧知の仲とのことです。

2曲目はサマーソングの「シンキロウ」。アルトサックスに持ち替えたJUJUさんが対旋律を即興的に付ける。乾き切った冬の空気のせいか、アルトの音色がソリッドに聴こえます。元々はスーパースローな「」は若干テンポアップして、Chiminさんの歌声の大きな魅力のひとつだと僕が感じている弱音のロングトーンが隅々まで冴え渡る。2012年の名盤『住処』収録曲のレコーディング時のエピソードも興味深く。

セカンドセットの「茶の味」はあえてシンコペーションを排し、バレンタインデーの前々日というMCに続く「チョコレート」も幾分レガート寄りな新解釈。最終曲「住処」はイントロの3/4拍子からヴァースの6/8拍子、コーラスで3/4拍子に戻る。転調後のウィスパーファルセットの午睡の夢のような儚さ。

近年共演しているピアニストの加藤エレナさんが推進力、岡野勇仁さんが包容力だとすると、馬谷勇さんの正確で綺麗なギターには空間を拡張するような力があり、「上手に歌おうとするのをやめた」と言うChiminさんの歌声に時折僅かに聴こえる揺らぎの美しさを引き出しているように感じます。

アンコールの「悲しくてやりきれない」まで全13曲、充実したライブが終わって地上に出ると、吉祥寺の裏路地の空に冬の星座が見えました。

 

2026年2月10日火曜日

クリーム フェアウェル・コンサート1968

TOHOシネマズ シャンテトニー・パーマー監督作品『クリーム フェアウェル・コンサート1968』を観ました。

「みんなサンシャインを聴きたい?」というエリック・クラプトンの呼びかけに熱狂で応えるオーディエンス。Gibson ES-335のフロントピックアップの角の取れたディストーションで特徴的なイントロを弾き始め、ジャック・ブルースGibson SGベースで応えると満員の観客の熱気は最高潮に。

1968年11月26日火曜日、ロンドンのロイヤルアルバートホールで開催されたクリームの解散コンサートの記録映画です。元グレアム・ボンド・オーガナイゼーションジンジャー・ベイカー(Dr)が元ヤードバーズ、元ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのエリック・クラプトン(Gt)にバンド結成を持ちかけた際、クラプトンはジャック・ブルース(Vo/Ba)の加入を条件にした。

1966年7月にデビューしたクリームは、伝統的なブルースを electrifyし、inprovisationを演奏の中心に置き、僅か2年の活動期間、3タイトルのLP『フレッシュ・クリーム』(原題:Fresh Cream)、『カラフル・クリーム』(原題:Disraeli Gears)、『クリームの素晴らしき世界』(原題:Wheels of Fire)で大衆音楽だったRock'n'Rollをアートに押し上げた。クリームがいなければ、レッド・ツェッペリンガンズ&ローゼズメタリカも今日我々が聴いているような音楽にはなっていなかったと思います。

83分で9曲、1曲平均9分13秒。5曲がオリジナル曲、4曲がトラディショナルブルースのカバーですが、ライブに限ったことではなく、レコードでもそれぐらいの比率です。曲間に挿入されるメンバーのインタビューも面白い。ジャック・ブルースはクラシック音楽のチェリストを目指していた。バッハのベースラインに影響を受け、14歳で弦楽四重奏曲を作曲したが教師に酷評されてクラシックが嫌になった。エリック・クラプトンはギターのトーンコントロールとワウペダルの使い方(ウーマントーンという呼称を数十年ぶりに聞きました)、ジンジャー・ベイカーはツーバスの奏法やシンバルの使い分けなど、テクニカルな話をしています。それに続く"Toad"(邦題:嫌な奴)の10分超のドラムソロ(ライブ)。

このときクラプトンは23歳。1974年の『461 Ocean Boulevard』や大ヒットした1992年の『Unplugged』など枯れた味わいのシンガーとは真逆の粗削りなハードロック・ギタリストがそこにいます。リード・ヴォーカルは「クロスロード」以外はジャック・ブルース、MCはクラプトンです。

カメラは各メンバーの顔アップがほとんどで、3人が同時に画角に収まることがなく、また演奏する手元が見たい方には物足りないかもしれません。俳優パトリック・アランのナレーションは1968年の時代を写し、当時ロックが如何に大人たちに疎まれていたかがわかりますが、マーク・ボイルのサイケデリック映像と共にちょっと邪魔だな、と感じてしまいました。

 

2026年2月6日金曜日

終点のあの子

テアトル新宿吉田浩太監督『終点のあの子』を観ました。

「江ノ島って行ったことある? 私さ、学校さぼってよく行ってる。片瀬江ノ島行の急行ってあるじゃん? いつもの各駅停車じゃなくて」。コンデジ撮影の粗い動画にノイズ混じりの音声。

4月8日、高校の入学式の朝。立花希代子(當真あみ)は、小田急線に乗り換えるため、同じく内部進学した同級生森奈津子(平澤宏々路)たちと下北沢駅の再開発エリアを「いつまで経っても工事中だね」と話しながら歩いていると、鮮やかな青色のワンピースを着た見知らぬ女子が「完成しないからいいんじゃない、サグラダファミリアみたいで」と唐突に話しかけてくる。教室に着くとさっきのワンピースの女子が入ってくる。帰国子女の外部生奥沢朱里(中島セナ)だった。

数日後の昼休み、希代子が購買部で買ったメロンパンを持って学食の席を探していると、制服の朱里が有名ブーランジェリーの紙袋に入ったメロンパンと交換してほしい、一緒に食べようと言う。二人は誰もいない校舎の屋上に出てお互いのメロンパンを交換して食べる。

5月の連休に同級生たちと河原でピクニックし、希代子と朱里は距離を縮める。希代子にとって朱里ははじめて触れる魅惑的なカウンターカルチャーだった。ところが希代子は、夏休みに招かれた神泉のマンションの部屋で朱里の日記に書かれた自身と同級生たちと担任の名村先生(野村麻純)への揶揄を目にして固まり、黙って日記を持ち帰ってしまう。そして同じく日記内でディスられていたクラスの一軍エース恭子(南琴奈)を利用して、朱里をハブる。

夏目漱石、村上龍、池澤夏樹などの例に漏れず、柚木麻子の小説デビュー作も自らの思春期の青く苦い経験をモチーフにしています。近年映像化されたうちでは『私にふさわしいホテル』のコメディ路線ではなく、この気まずさは、大学生が主人公の『早乙女カナコの場合は』(原作:早稲女、女、男)、アラサーのサイコパスを水川あさみが怪演したテレ東ドラマ『ナイルパーチの女子会』に通じます。

流れていく日常の中で、突出した感情を書き残しておくことは否定されるべきではない。朱里は希代子のことが好きで全否定する意図などないのに、希代子は朱里をフルシカトした。個々の同級生との関係性は100:0ではない。同一人物に対する好嫌にも幅があり、揺れる思春期において感情の振幅は特別に大きい。そのことを体感して理解することが僕の中学高校時代だったんだなと、この映画を観て認識させられました。

日々の通学路線である小田急線の終点に非日常の象徴たる江ノ島が存在する。ストイックな映像と音楽。海水でずくずくに濡れたローファーのカットは、画面に映らない帰宅時の侘しさを強烈に想起させる。果たして3年後に和解は叶ったのか。ラストシーンの真夜中の美大の教室におけるダンスは希代子と朱里の集合的無意識の映像化だと思いたいです。