2022年12月28日水曜日

かがみの孤城

仕事納め。ユナイテッドシネマ豊洲原恵一監督作品『かがみの孤城』を観ました。

2006年5月、主人公安西こころ(當真あみ)は南東京市立雪科第五中学校の一年生。もともと自己肯定感の高いほうではなかったが、同級生からいじめに遭い不登校に。母(麻生久美子)はそんなこころの気持ちが理解できない。フリースクール心の教室の喜多嶋先生(宮﨑あおい)は優しく接してくれたが、こころの足は向かない。

ある日の夕方、自室の姿見が光を発する。触れてみると吸い込まれ、絶海の孤島に建つ城塞のバルコニーに放り出される。狼の仮面を被った少女オオカミさま(芦田愛菜)に導かれた大広間には6人の先客がおり、いずれも中学生で学校に行っていない。上階には個室、来年3月30日まで9時から17時という時間だけ守れば好きなときに来ても来なくてもいい、17時を過ぎても帰らないと狼に食われる、と言う。

辻村深月が2017年にポプラ社から出版した長編ファンタジー小説のアニメ映画化。7人の中学生の心情が細やかに描かれており好感を持ちました。城に行きっぱなしではなく、自室(現実世界)との間を本人意思で行き来でき、城でも思い思いにしたいことをして過ごせる設定が息苦しさを感じさせません。

願いを叶える鍵を見つけるとそこで仲間と過ごした記憶を失ってしまう。上映時間を30分残した時点でこころが鍵を探し当てるクライマックスが来て、大丈夫かなと思いましたが、そこから他の6人のトラウマになっている事象に焦点を移し、エンドロールまでしっかりつないで飽きさせず、むしろ時間が足りないぐらいでした。

古城の大理石の大広間、厨房、個室の微妙なリヴァーヴ感の違い、仮面越しでわずかにくぐもった話し声、音響効果を担当した庄司雅弘氏の繊細で確かな仕事ぶりが映像のリアリティ作りに大きく貢献しています。

 

2022年12月25日日曜日

クリスマスの午後に

クリスマスの午後に下高井戸ぎゃるりでんぐりにて開催されたPoetry Reading Live "On Christmas Day In The Afternoon"『クリスマスの午後に』に出演しました。

2020年12月27日『クリスマスの翌々日に』、2021年12月26日『クリスマスの翌日に』に続き、さいとういんこさんと共催する朗読二人会が3年目を迎えました。ご来場のお客様、ぎゃるりでんぐりオーナー詩子さん、写真を提供してくださった藤田みち子さん、そしていんこさん、あらためましてありがとうございました。

2. 宿り木(岸田衿子
6. MissingTerry, Blair and Anouchka)カワグチタケシ訳

以上が僕のセットリストです。会場が画廊なのでゴッホラファエロルソーの絵画作品からタイトルをもらった3篇(2、3、4)とクリスマスの詩3篇(1、2、6)で構成しました。"Missing" は12月18日に63歳で逝去した英国のミュージシャンテリー・ホールThe Spacials、ex.Fun Boy Three、ex.Colour Field)のクリスマスソングを翻訳したものです。

いんこさんの朗読が冴えわたっていました。柔らかなユーモアでチャーミングにくるんたプロテストソング。いんこさんにとってマクドナルドは自由経済の象徴。ある意味で災厄をもたらす存在でありながら、孤独を癒す場所でもある。いつまでたっても紛争の絶えない世界で、戦争が現実になってしまった2022年、そこに平和の希望を託す。

いんこさんと編む連詩も3篇目になりました。LINEで1~2行ずつ何十往復する制作過程はどこに向かうかわからないスリリングなものですが、今年の作品『クリスマスの午後に』も穏やかで優しい対話篇に仕上がりましたので、朗読もそのニュアンスを重視しました。

昨年からご希望のお客様に自作他作問わず詩を朗読してもらうコーナーを設けています。「こんなに質の高いオープンマイクある!?」と、いんこさん。作品(選び)も朗読も、そしてなによりひとりひとりの声が素晴らしかったです。

2022年の詩のお仕事の大変良いしめくくりができました。来年も是非ともよろしくお願いいたします。

 

2022年12月11日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

郊外私鉄で西武柳沢まで。ノラバー日曜生うたコンサートmayulucaさんの回に行きました。

12月らしく「きよしこの夜」で始まったこの日のライブ。由木康訳の歌詞は2タイプあるのですが「すくいのみ子は/まぶねの中に/ねむりたもう/いとやすく」という文語調の初期バージョンで歌うところがmayulucaさんらしい。ミニマルな旋律が清澄な歌声によく似合います。

つづいて "The First Noel" 17世紀のクリスマスキャロルをオリジナルの英詞で。mayulucaさんの歌声に店主ノラオンナさんがバーカウンターからハーモニーを重ねる。その流れで演奏された自作のオリジナル楽曲も心なしかholyな響きを帯びて聴こえます。

2022年はノラバーで3回mayulucaさんのライブを聴きましたが、そのときどきのコンディションをMCで話してくれて、楽曲制作や演奏に関する微細な感覚の違いはあれど、発見と安心を同時に感じ、また聴きたいと思わせてくれるのは、音楽に対する誠実さ、真摯な姿勢が常に変わらないからだと思います。

前回9月の台風の夜のライブでは、作者とデュオで披露されたノラさんの「梨愛」を今回はソロで歌って、オリジナル曲とは違う声域も新たな魅力でした。

12月のノラバー御膳は、かぼちゃサラダ、さばのみりん煮、きんぴらごぼう、つくね山葵添え、玉子焼、大根の油揚げ巻、茄子味噌、さつまいもごはん、豆腐とわかめの味噌汁。

食後のInstagram Live「デザートミュージック」はまだレコーディングされていない最近の作品中心に最後は再び "The First Noel" でしめやかに終え、年末らしいライブになりました。

年末の話をしたあとで恐縮ですが、新年早々に僕もノラバーで朗読します。ご予約受付中ですので、ご都合よろしければ是非お越しください。

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ノラバー日曜生うたコンサート
出演:カワグチタケシ
日時:2023年1月8日(日)
   18時開場、18時半開演
会場:ノラバー
   東京都西東京市保谷町3-8-8
   西武新宿線 西武柳沢駅北口3分
料金:6,000円
  ●ライブチャージ
  ●7種のおかずと味噌汁のノラバー御膳
  ●ハイボールとソフトドリンク飲み放題
  ●デザートプリンとノラブレンドコーヒー
   以上全部込みの料金です。
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 ご予約⇒ nolaonna@i.softbank.jp
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 歌姫たちに捧げる作品集です!
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2022年12月10日土曜日

ハロー、ハロー、ネイバーズ

師走。白山の名店JAZZ喫茶映画館にて、Pricilla Label presents 石渡紀美 新詩集『ハロー、ネイバーズ』刊行記念朗読会 "ハロー、ハロー、ネイバーズ" を開催しました。

ご来場のお客様、年末のお忙しい中、ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます。

『ハロー、ネイバーズ』は石渡紀美さんの第五詩集にあたります。2021年秋から打ち合わせを始め、収録作品選択、編集、荒木田慧さんの表紙画と挿画、装幀、紙選び、製本の仕上がり確認、これらすべてをオンラインと郵送を用いて非対面で進行させた初めてのプリシラ製品です。

2022年3月5日の初版刊行以降も10月のTOKYOポエケットまで紀美さんとお会いする機会がありませんでした。このたび実際に同じ空間を共有してみなさんにこの詩集の誕生を祝っていただけたことを大変うれしく思います。

ミュージシャンでいえばレコ発ライブ。新作の収録作品を収録順にお披露目するという僕の一番好きなスタイルの構成でした。朗読だけではなく、その作品の成り立ちや込められた思いをMCで話してもらい、僕自身含め、会場のお客様もより理解を深め、詩集への愛着が湧いたのではないかと思います。

素晴らしい挿画を描いていただいた荒木田慧さんも会場にいらして、詩の言葉から受け取ったものを平面作品にしてアウトプットする過程を開示してくださったのも印象に残りました。

石渡紀美さんのすこし癖のある低めの声の朗読は生で聴いてこそ最大の魅力が伝わります。ゆるめで楽しいMCから詩作品の朗読に入るときの第一声で会場の空気が変わるのがひしひしと伝わり「ああ、これこれ! この感じ!」と静かにテンションが上がりました。

JAZZ喫茶映画館さんにはいつも最高のライブ環境をご用意いただき感謝しております。あらためまして大変お世話になりました。2023年1月にも同店にて石渡紀美さんと小夜さんのツーマンライブが予定されております。みなさま是非お越しください。

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出演:小夜石渡紀美
日時:2023年1月28日 (土) 
   16:00開場 16:30開演
料金:1500円+ドリンクオーダー
会場:JAZZ喫茶映画館
   東京都文京区白山5-33-19
ご予約・お問い合わせ:

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2022年12月4日日曜日

ザ・メニュー

冬晴れ。ユナイテッドシネマ豊洲マーク・マイロッド監督作品『ザ・メニュー』を鑑賞しました。

小型船に乗り込み短いクルーズをする11人。ホーソン島にある予約の取れない超高級レストラン・ホーソンに渡る。主人公マーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)は若き美食家タイラー(ニコラス・ホルト)に連れられて来た。メートルドーテルのエルサ(ホン・チャウ)が船着き場からレストランまで、帆立貝の漁場、畑、燻製小屋、従業員寮を案内する。

「ひとつだけお願いがあります。食べるな。味わうのです。すべてを受け入れ、赦してください」。天才シェフ・スローヴィク(レイフ・ファインズ)の哲学が詰まったフルコースが供されるが、皿が進むごとに不穏な空気が高まり、スーシェフ・ジェレミー(アダム・アルダークス)考案の料理「混乱」でカタストロフに一気呵成になだれ込む。

「金持ちの傲慢は文化だが、私の店にも責任がある」。レストランの客席とオープンキッチンが舞台のシチュエーション・ブラック・コメディ。行き過ぎたシェフのこだわり、軍隊のように統率の取れた厨房、俗物しかいない客席。富裕層はステータスの奴隷となり、ステータスに殉死する結末を最後には自ら選択してしまう。

その中で唯一の招かれざる客マーゴだけが料理に手をつけない。チーズバーガーを食べる指に黒いマニキュア。『ラストナイト・イン・ソーホー』ではお人形然としていたアニャ・テイラー=ジョイの生命力溢れる演技が光ります。

厨房スタッフの幾何学的に計算され完璧にシンクロしたアクションとメタリックな意匠は、デイヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』みたいでいた。

 

2022年12月3日土曜日

ミセス・ハリス、パリへ行く


1956年、ロンドン。家政婦のエイダ・ハリス(レスリー・マンヴィル)の元に第二次世界大戦を英国空軍で戦った夫の遺品の指輪が届く。失意の中でも仕事の手を抜かないハリス夫人は雇い主のセレブ(アナ・チャンセラー)の部屋でクリスチャン・ディオールのドレスに一目惚れし、パリでオートクチュールを作ることを決心する。

ポール・ギャリコ原作小説をロマンチックコメディ映画のフォーマットに乗せて極上のエンタテインメントに仕立てた本作。ドレス代と渡航費の金策、パリのメゾンでの冷遇、帰国後に親切心が招いた悲劇。繰り返し訪れる窮地に、ハリス夫人は持ち前のポジティブ思考と利他精神で周囲の人々の好意を呼び、胸のすくような解決を導きます。

時代背景も絶妙で、清掃員のストライキでゴミが山積するパリの街で廃れていく貴族文化の矜持を保とうとするサシャーニュ侯爵(ランベール・ウィルソン)、オートクチュールの伝統を頑なに守りたいマダム・コルベール(イザベル・ユペール)、ブランド存続のために香水やストッキングなど庶民が買えるアイテムの導入を主張する会計係のフォーベル青年(リュカ・ブラボー)とサルトルの『存在と無』を通じて意気投合する専属モデルのナターシャ(アルバ・バチスタ)の瑞々しい恋心、ハリス夫人の心の支えであるアフリカ系の親友バイ(エレン・トーマス)ら、魅力的な脇役たちも時代の転換点をいきいきと動く。

「ドレスは驚きと歓びのためにデザインされている」。ディオールが全面協力した華やかな衣装、弦楽中心の典雅で流麗なラエル・ジョーンズスコアは『ローマの休日』や『麗しのサブリナ』などロマンチックコメディの伝統を継承していますが、主人公が若者ではなく、初老の未亡人というところもいまの時代にマッチしていると思います。鑑賞後にあたたかく幸せな気持ちになれる、2022年クリスマスのデートムービー決定版と言っていいのではないでしょうか。