2019年10月25日金曜日

こんなはずでしたⅡ

激しい雨も18時の開場時刻にはほぼ上がり、谷中工房ムジカさんにてllasushi氏の企画ライブ『こんなはずでしたⅡ』が開催されました。

不安定な気象の中ご来場いただきましたお客様、共演者の皆様、主催者llasushiさん、工房ムジカの葛原りょうさんとスタッフのみなさん、どうもありがとうございました。

今回は、現在プリシラレーベルで新作準備中/制作中のふたり、小夜さん石渡紀美さんと3人セットでの出演オファーをいただきました。共演の多い印象のわたくしたちですが、3人揃ってというのは2017年の『胎動 Poetry Lab0. vol.6』以来、2年半ぶりです。

僕はソロで「」「線描画のような街」「虹のプラットフォーム」の3篇、「無重力ラボラトリー」は小夜さんとデュオ、3人で「風の通り道」を朗読しました。「風の通り道」は小夜さんにアレンジしてもらいましたが、素晴らしいリミックスでした。鼻炎ですこし鼻声の石渡紀美さんの新作、小夜さんの代表中編作「マチネチカ」、小夜/紀美2声のマチネチカアンサリングもよかった。

共演者のみなさんを総合したイベントの振れ幅の大きさも尋常でなく。Diezineさんyvonxhe)はチャイルドギターの弾き語りでブラックメタルの魅力、シリアスなバカっぽさを教えてくれました。井上陽水の「最後のニュース」のカバーも衝撃的で爆笑に次ぐ爆笑。

吉田和史さんは今回の出演者では唯一共演経験があります。リリカルでワイルドでアルコホリックでセンチメンタル。寂しがりなのに誰か近寄ってくるとふっとその場を離れる猫のような男。ガットギターの音色が美しく、渋い美声。夜の音楽。欲しかった新譜もゲットできました。

ブズーキ(ギリシャギター)のyoyaさん。鉄弦の硬質な響きをループマシンで重層化する。ギリシア音楽の中近東風でメランコリックな旋律にコンテンポラリーダンスの要素も入っています。

仕事帰りのスーツ姿で出演時間ぎりぎりに駆けつけたジャストドゥ伊東さん。社会生活に支障がないのか心配になるレベルのハイパーテンション。説明不能でエキセントリックな愛されキャラ。客席が失笑、爆笑のループから全員笑顔というミラクル。

主催者llasushiさんはポエトリースラムジャパン2019のファイナリストにもなっている実力者ですが、ブッキングセンスも振り切っていました。

会場の工房ムジカさんは古書信天翁さんだった場所。今年の2月まで9年間、本当にお世話になりました。このようなかたちで帰ってくることができてうれしかったです。

 

2019年10月20日日曜日

真実

薄曇り。TOHOシネマズ日比谷是枝裕和監督作品『真実』(字幕版)を観ました。

現代のパリ。国民的大女優ファビエンヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)の自伝出版を祝うためニューヨークで脚本家をしている娘リュミール(ジュリエット・ビノシュ)がテレビ俳優の夫ハンク(イーサン・ホーク)と幼い娘シャルロット(クレモンティーヌ・グルニエ)を連れて帰ってくる。

リュミールは母の自伝の内容に不満を持っている。書かれているほど自分は愛されていなかったと感じているし、なによりファビエンヌの姉妹でありライバル女優でもあった伯母サラについて一言も触れられていないから。

母娘の確執の元となった過去の真実に迫るみたいなミステリーテイストの強いプロモーションですが、完成作は毒舌、アイロニー、エスプリ満載でくすっと笑えるフランスらしく上品なコメディ映画といっていいと思います。『真実(La vérité)』というのは自伝のタイトルに過ぎず、しかも相当盛っている。それをリュミールに責められ「私は女優よ。本当のことなんて言わない」と平然と言い切るファビエンヌ。撮影をボイコットしようとして「映画と自分とどっちが大事なの?」という詰問に「私が出ている映画が好き!」と半ギレで即答する。僕的日本最高の女優賛美映画『Wの悲劇』の三田佳子と見まごうばかり。

リュミールも負けじと芝居がかった科白を書いて登場人物たちに演じさせるのだが、そのなかにはファビエンヌも含まれており、二重三重の入れ子が観客を戸惑わせ笑わせます。そしてスクリーンには一度も登場しない故人サラの存在感の大きさ。

紅葉のパリの風景も美しく、執事リュック(アラン・リボル)、サラの再来と呼ばれる若手女優マノンを演じるマノン・クラベル、子役クレモンティーヌ・グルニエら脇役たちも大変魅力的でした。

 

2019年10月13日日曜日

ブルーアワーにぶっ飛ばす

台風一過。テアトル新宿箱田優子監督作品『ブルーアワーにぶっ飛ばす』を観ました。

舞台は21世紀の東京。30歳のCMディレクター砂田友佳(夏帆)は寛容な夫(渡辺大知)と平穏に暮らしているが、職場の上司冨樫(ユースケ・サンタマリア)と不倫関係にある。仕事では、使えない代理店に苛立ち、わがままな俳優に振り回されるが、その鬱憤を酒を吞んで毒舌を吐くことで晴らしている。

そんな酒に吞まれる日々、中古車を買った後輩で親友の清浦あさ美(シム・ウンギョン)の運転で、入院中の祖母を見舞うため、嫌いな故郷茨城に数年ぶりに帰省することになった。

「その笑顔、私は嫌い。かわいいって言われるかもしれないけどブスだからね。癖になるから気いつけな」と場末のスナックのママに言われ、「私を好きって人あんまし好きじゃない」と強がる。周囲が羨むクリエイティブな仕事に就きながら、生きづらさを抱えたアラサー女子を夏帆(左利き)がナチュラルにリアルに演じています。

シム・ウンギョン演じる天真爛漫なキヨは主人公スナさんのアルターエゴ。少女時代のひとり遊びのパートナー。家族にはその両方の姿が見えている。

酪農を営むがさつな両親をでんでん南果歩が好演。兄役黒田大輔は超怪演。キャストが奇跡的に素晴らしいです。

僕自身が千葉で生まれ育って東京で仕事をしているので、犬を轢きそうになったり、トンボを殺してしまったり、老描が死んだり、生き死にが生々しく存在する中途半端な田舎の幼少期の記憶は胸に迫るものがありました。

ブルーアワーとは、夜明け直前、日没直後の短時間に訪れる薄明、トワイライト、誰そ彼時のこと。東京に帰る常磐道を飛ばすエンドロールでかかる松崎ナオさんのざらっとした歌声がやさぐれた心に染みます。


2019年10月6日日曜日

アジア オーケストラ ウィーク 2019

小雨降る日曜日。新宿中央公園のダイバーシティパーク2019をちょっとだけ覗いて、徒歩で初台まで。

東京オペラシティで開催している令和元年度(第74回)文化庁芸術祭主催公演 アジア オーケストラ ウィーク 2019 東京公演の2日目に行きました。

アジアの各都市からオーケストラを招くこの意欲的なプログラムに参加するのは、2014年2018年に続いて3度目です。

香港シンフォニエッタ
指揮:イップ・ウィンシー(葉詠詩)
ヴァイオリン独奏:ツェン・ユーチン(曾宇謙)
ダンス・語り:ウーカン・チェン(陳敏兒)
ダンス:ウォン・マンチュイ(黃磊)、ジェイ・ジェン・ロウ(劉傑仁)、白井剛

ロ・ティンチェン(盧定彰) / オータム・リズム
モーツァルト / ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219「トルコ風」
ストラヴィンスキー / 兵士の物語(バレエ付)

1曲目のロ・ティンチェンは1986年香港生まれの新進作曲家。オータム・リズムはジャクソン・ポロックの同名の絵画作品にインスパイアされ香港シンフォニエッタのために書かれたとのこと。チェロの低音弦の細かいパッセージから未来派風のリズム、管楽器に息を吹き込む音程のない音でホワイトノイズを表現する。アジア人女性指揮者の先駆けともいえるイップ・ウィンシーが木管アンサンブルの精緻な響きを引き出しています。

モーツァルトは、台湾出身の25歳ツェン・ユーチンのヴァイオリンの光沢感、若々しい躍動感がまぶしい。オケも管楽器が若干前に出ている感はありましたが、終始安定した演奏でした。全体にゆったりしたテンポで、2楽章は特に遅め。たっぷり間をとって美しい音色を聴かせようという意図の感じられるものでした。

ストラヴィンスキーは、ヴァイオリン、コントラバス、クラリネット、ファゴット、コルネット、トロンボーン、打楽器の7名編成にダンサーが4人(男3、女1)。そのうちのひとりウーカン・チェンが中国語のナレーションというよりも詩的な韻文を語る。バレエ付という紹介でしたが、スポークンワーズに乗せたコンテンポラリーダンスという趣向で、前2曲は深く腰掛けて大人しく聴いていた小学校低学年の女の子が乗り出して舞台に釘付けになっていたのが印象的です。

香港市内は現在デモ隊と警察の衝突による緊張状態が続いています。そんなときにクラシック音楽なんてどうなの、という意見もあるかもしれません。しかしながら自由で平和な日常を守るために抗議をしている彼らのために、音楽の流れる日常の継続を支援するのも、僕らにできることのひとつではないかと思います。

 

2019年10月4日金曜日

あなたとわたしの間に流れる

10月最初の金曜日の夜、井の頭線に乗って吉祥寺まで。MANDA-LA2で開催されたmueさんのワンマンライブ『あなたとわたしの間に流れる』に行きました。

予定の19時半から約10分押しでタカスギケイさん(g)、市村浩さん(b)、RINDA☆さん(per)の3人が登場。mueさんのグルーヴィなピアノに先導され、心を使ってこの世界を見る、と歌う「パラダイス」から。2曲目は「笑ってほしい」(言いたいことは全部言っておきたい性格)。

毎年4月11日に同じMANDA-LA2ワンマンライブをしているmueさんバンドメンバー毎年変わりますが、2019年4月の顔ぶれでの再演のリクエストを受け、秋に同じ4人でワンマンを開催することが発表されたのは『その先のうた』の直後のことでした。

普段弾き語りスタイルで演奏しているミュージシャンがバンドセットのワンマンライブをするのはよくあることですが、mueさんは実に興味深い人選をするなあ、と常々感じていました。mueさんが実現したい音楽のビジョンがあり、そのビジョンが緩やかに変化している。それは彼女の内面にだけ存在し明確に言語化されることはないが、メンバー選びとライブ本番でアウトプットされる音楽にしっかり反映している。

明確に言語化できないが故の自信なさげなMCに反して、演奏と歌声から我々が受け取るのは確信に満ちた心地良さです。

RINDA☆さんのパンデイロとスルド、市村浩さんの5弦ベース、タカスギケイさんのギターは、いずれも手数、音数の多いアレンジになっており、レースのように繊細なテクスチュアで会場の空気を包み込み、mueさんの柔らかく澄んだ声と溶け合って客席に多幸感が満ちる。僕はmueさんの音楽に恋しているし、これからもしつづけるのだと思います。

春のワンマンの細部まで作り込まれたショーに比べて、1曲毎に込めた思いを口にしながら緩く進行する、よりインティメイトでリラックスした雰囲気。今夜初披露の2つの新曲をはじめ、バンドセットではレアな選曲も多く、コアなファンにとってもお得感満載のライブでした。