2019年12月30日月曜日

この世界の(さらにいくつもの)片隅に

師走の新宿駅地下コンコースの大雑踏に揉まれて。テアトル新宿片渕須直監督『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を鑑賞しました。

昭和8年(1933年)12月の広島。商店街のスピーカーから "O Come All Ye Faithful"(神の御子は今宵しも)が流れてくる。既に大日本帝国軍はアジア各国の侵略を始めているが、クリスマスの街はいつもどおり賑わっている。

昭和19年(1944年)2月、主人公すず(のん)は18歳で軍港の街、呉に嫁ぐ。「冴えんのお。広島から来たからもっと垢抜けとると思うとった」と義姉径子(尾身美詞)に言われる。闇市への途上すずは花街に迷い込む。道案内してくれたリン(岩井七世)は、すずの夫周作(細谷佳正)がかつて思いを寄せていた遊女だった。

「あっけらかんとしていても、姿が見えなければ声は届かなくなる」。2016年に単館から始まり全国的に大ヒットした『この世界の片隅に』に約40分のシーンを追加したディクターズカット。すずと径子、姪の晴美(稲葉菜月)3人の関係を軸にして、前作にはなかったリンのエピソードを加えることで物語の陰影が深まった印象を持ちました。すずとリンの幼少期の出会いのシークエンスによって、すずと周作の出会いのファンタジックな設定をより自然に受け取ることができたように思えます。

戦時下にあっても日々の暮らしは続いており、すずは迷いも失敗も「うーーん」「ぐぬぬぬ」「あちゃー」でやり過ごします(玉音放送後に一度だけ声を荒げる)。のほほんとしたキャラクター造形は、のんの声と演技に拠るところが大きく、描かれる深刻な状況に救いをもたらしています。しかし戦争は次第に日常を浸食していく。市街地にも爆撃や機銃掃射が行われる。配給の食糧は減り、防空壕で眠れぬ夜を明かす。

そんな過酷な環境においても、4月になって桜が咲けば、大勢の人たちが集まって、ござを敷いて花見をする。花は見上げるだけなら無料だしなあ、と思いましたが、花見とは花の盛りを楽しむよりも、散りゆく春を惜しむ行事なのだ、とあらためて気づかされました。


2019年12月22日日曜日

カツベン!

曇り空。クリスマス前のショッピングモールの喧噪を抜けて。ユナイテッドシネマ豊洲周防正行監督作品『カツベン!』を観ました。

舞台は大正4年(1915年)の滋賀。貧しい少年染谷俊太郎は活動寫眞の作品よりも弁士が好きなヲタク。撮影現場で友だちとふざけて警官に追われて、撮影中のオープンセットに入ってしまう。一緒に逃げた梅子に万引きしたキャラメルをあげる。

10年後、ふたりが再会したとき、梅子(黒島結菜)は端役の活動女優、俊太郎(成田凌)は窃盗団の一味になっていた。俊太郎は才能を発揮し、国定天聲という人気活動弁士になる。

少年少女時代の冒頭シーンがとてもナチュラルなコメディタッチで周防監督も大人になったものだなあ、と感心しました。10年後、竹中直人渡辺えり徳井優田口浩正正名僕蔵らおなじみの脇役陣が勢揃いすると、一気に空気はいつもの周防組のテンポに。それでも過去作に顕著だった説明のための台詞(そしてそれは学生相撲、競技ダンス、芸妓というマイナージャンルに観客を引き込むために必要だった)が極力排されており、役者の芝居にすべてを語らせようという監督の意欲が伝わってきます。

「うたかたと心に刻む秋の聲、闇の詩人、不肖山岡秋聲でございます」酒に身をやつした往年の名弁士を演じる永瀬正敏。愛する活動寫眞を汚す偽弁士と盗賊団の逮捕に執念を燃やす刑事を演じた竹野内豊(左利き)。2人のベテラン俳優がセクシーな芝居で画面を引き締めます。女優陣では、めずらしく悪役の妖艶な娘を演じた井上真央が良い。

活動弁士がスターだったこと。その話術で無声映画を大胆にアレンジしてより魅力的に見せていたこと。和洋楽器混成の生演奏アンサンブル。映写技師との共同作業であること。いずれトーキーに取って代わる存在であることを自覚していたこと。などを知ることができました。

エンドロールに流れる「カツベン節」を聴いて、奥田民生も以前なら桑田佳祐あたりが受注していたであろうこういった落ち着いた仕事をする年代になったのだなあ、と同年生まれとして思ったのでした。

 

2019年12月14日土曜日

Smoke デジタルリマスター版

師走の小春日和。シネマイクスピアリウェイン・ワン監督作品『Smoke デジタルリマスター版』を観ました。

舞台は1990年夏、NY市ブルックリン3丁目7番街の角に建つ煙草屋の店主オーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)。常連客で作家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は4年前の銀行強盗事件で妊娠中の妻を亡くしている。ある夜、閉店直後の店に煙草を買いに来たポールは、オーギーが毎朝自分の店の街角を撮った4000枚以上の白黒写真を見せられる。そこに偶然写り込んだ亡き妻エレンが通勤する姿を見つけたポールは慟哭してしまう。

その余韻で覚束ない足取りのまま通りに出たポールは車に轢かれそうになり、ラシードと名乗るアフリカ系の家出少年(ハロルド・ペリノー・ジュニア)に助けられる。

ポール・オースターの短編小説『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』を基にして、オースター自身が脚本を書いたこの映画を劇場で観るのは、1995年の公開当初、2016年のデジタルリマスター版公開時、そして今回が3度目。25年に亘りスクリーンで見続けていることになります(ちなみにいままで劇場で一番回数多く観たのはウォン・カーウァイ監督の『天使の涙』で4回なのですが、いずれも公開時とその翌年です)。

2時間弱の上映時間は「1. ポール」「2. ラシード」「3. ルビー」「4. サイラス」「5. オーギー」と、登場人物の名を冠した5章立てになっていますが、それ以外にもすべての登場人物、エピソード、伏線が絡み合い、過去の不幸な体験も最終的に貸し借りなしのイーブンに収まる気持ち良さは、舞台が夏でも、衣装やセットがきらびやかでなくても、クリスマス映画と呼ぶに相応しい。

時が経ち、主要登場人物たちと自分の年齢が同じぐらいになり、感じ方も変わってきました。今回はクラック依存症のフェリシティ(アシュレイ・ジャッド)が、心配してスラム街を訪ねてきた両親を罵倒し追い返したあとに見せるなんとも言えない複雑な表情にぐっときました。そして書店員エイプリル(メアリー・B・ウォード)は何度観ても可愛い。

素晴らしい脚本、無駄のない演出、あたたかなユーモアを感じさせるカメラワーク、達者な役者たち、魅力的な音楽がパーフェクトに調和した傑作であることは、回を重ねるごと実感しています。

 

2019年12月8日日曜日

ノラバー日曜生うたコンサート

数日続いた冷たい雨が上がり、よく晴れた日曜日、郊外私鉄に乗って西武柳沢まで。リスペクトするミュージシャン、ノラオンナさんのお店ノラバーで毎週開催されている『ノラバー日曜生うたコンサート』に出演しました。

前回出演は6月16日のバースデーライブ。約半年ぶりのワンマンライブとなりました。遠くから、近くから、ご来場のお客様、いつも素敵なお料理でおもてなししてくださるノラさん、どうもありがとうございます。

 1. ジェラス・ガイ(ジョン・レノン)
 2. (タイトル)
 3. 永遠の翌日
 4. スターズ&ストライプス
 5. 名前
 6. ケース/ミックスベリー
 7. 11月の話をしよう
 8. Doors close soon after the melody ends
 9. 虹のプラットフォーム
10. コインランドリー
11. 観覧車
12. 水玉
13. 花柄
14. fall into winter
15. クリスマス後の世界
16. ウーマン(ジョン・レノン)

以上16篇、約1時間の朗読を聴いていただきました。この日、12月8日はジョン・レノンの命日ということで、The Beatlesから5曲、ソロになってから5曲、計10曲を選曲してカワグチタケシ訳ジョンレノンソングブック "sugar, honey, peach +Love (is real)" を製作し、ご来場のみなさんにプレゼント。プログラムの最初と最後にそのなかから2曲、特に甘いラブソングを選んで朗読しました。

「永遠の翌日」「スターズ&ストライプス」「名前」「ケース/ミックスベリー」「11月の話をしよう」の5篇は、前作詩集『ultramarine』出版後に書いたもので、次の詩集の骨格をなす作品群と考えています。いまのところライブでの朗読のみで、ネットにテキストも上げていません。早くみなさんの目に届くようにできたらと思います。

後半は『ultramarine』収録作品とその他冬の詩を中心に。建物があたたまってくるのか、特に終盤はマイクを通さない生声がよく響いているのが自分でも感じられました。

終演後はノラさんのおいしい手料理をみんなでいただきながら、楽しくおしゃべりしました。お客様の近況がいちいち面白くて、笑いの絶えない夜に。出汁の効いたおでん(大好きなうずら卵が入っていてうれしかった)、豆腐のみそ汁のフレッシュな味わいが深く印象に刻まれました。

2019年の詩のお仕事はこれで終了。今年も大変お世話になりました。現場で会えた方、この惑星のどこかで気にかけてくださったみなさん、ありがとうございました。2020年もどうぞよろしくお願いいたします。