2023年12月26日火曜日

朝がくるとむなしくなる

クリスマスの翌日に。シモキタ - エキマエ - シネマ K2石橋夕帆監督作品『朝がくるとむなしくなる』を観ました。

「たとえ私がいなくなっても世界は回っていくわけで」。24歳の飯塚希(唐田えりか)は、新卒で広告代理店の営業職に就くが、毎日終電かタクシー帰宅もしくはオフィス泊という激務に疲れ果て退職し、埼玉県川口市のヤマザキYショップでアルバイトしている。

高圧的な高齢男性客にキレられ、就活中の大学生バイトの代わりの夜勤を店長(矢柴俊博)に頼まれても断らない。自宅アパートの椅子にあぐらをかいてズンスンポイポイラジオ番組を聴きながら辛ラーメンをすする無気力な日々。

千葉県佐原市で中学校の同級生だった大友加奈子(芋生悠)が偶然Yショップを訪れる。両親の離婚で父親の実家に引っ越していた。

「そんなに正しくなんて生きられないよ、みんな」。中学時代も特に仲が良かったわけではないふたりがすこしずつ距離を詰めるが、映画の終わりまで「飯塚さん」「大友さん」と名字で呼び合う距離感がリアルで心地良いです。アフタートークの石橋監督によると、唐田えりかさんと芋生悠さんは同期でプライベートも仲が良い。居酒屋で初めて杯を交わし、酔った飯塚さんが路上で下手なムーンウォークを披露して、大友さんちで宅呑みする一連の心温まるシーンはその関係性を映しているのでしょう。

恋愛スキャンダルで2020年以降干されていた唐田えりかさんの現実の境遇とおそらく重ね合わせて当て書きされたであろうストーリーは、自身を落伍者とジャッジしがちなみんなに寄り添い弱さを肯定してくれる。コンビニの大学生ギャル店員(安倍乙)の「朝起きただけで偉い、バイトに行く私は偉い」という台詞はコウペンちゃんそのものだな、と思いました。

三角座りすると膝が鼻に届きそうな飯塚さんの脚の長さ。劇的な変化はないが僅かずつでも再生していける。優しい気持ちになれる映画です。

 

2023年12月24日日曜日

枯れ葉

冬日。角川シネマ有楽町にてアキ・カウリスマキ監督作品『枯れ葉』を鑑賞しました。

フィンランドの首都ヘルシンキ。業務用スーパーのレジ係アンサ(アルマ・ポウスティ)は一人暮らしのアパートメントで夕飯の弁当をレンジにかけるが、容器が溶けてゴミ箱行き。ウクライナに侵攻したロシア軍がマリウポリとクレメンチュクを攻撃したニュースがラジオから流れる。

金属部品のリサイクル工場勤務のホラッパ(ユッシ・バタネン)は勤務中も隠れて酒を飲んでいる。ある夜、アンサとホラッパはカラオケバーで出会う。後日映画館で再会し、お互いを意識する二人。ホラッパが連絡先のメモを紛失して会えなくなる。その矢先、アンサはホームレスの青年に賞味期限切れ廃棄食品を提供したことで、ホラッパは業務時間中の飲酒による事故により、ほぼ同時期に解雇される。

フィンランドの巨匠による枯れた味わいのあるロマンチック・コメディ。隣国ロシアとウクライナの紛争を背景に、すれ違いまくる中年男女の感情の機微を淡々と描いています。カリウスマキ監督の演出の独特の間。役者たちは表情も動きも声量も抑えられている。そのことによって主人公二人が時折見せる微かな感情の動きがより際立ちます。

幸せな82分間。北欧らしい色彩も品良く綺麗です。音楽もよかったなあ。カラオケバーのZZトップフィンランド・トラディショナルシューベルトセレナーデという選曲、みなさん歌が大変お上手でした。

 

2023年12月23日土曜日

クリスマスイブの前の日に

冬晴れ。クリスマスイブの前の日に下高井戸のぎゃるりでんぐりにて開催されたPoetry Reading Live "On The Day Before Christmas Eve"『クリスマスイブの前の日に』に出演しました。

2020年12月27日『クリスマスの翌々日に』、2021年12月26日『クリスマスの翌日に』、2022年12月25日『クリスマスの午後に』に続き、さいとういんこさんと共催する4回目の朗読二人会です。

ご来場のお客様、ぎゃるりでんぐりオーナー詩子さん、そしていんこさん、今年もありがとうございました。

4. Judy Garland
5. Life On Mars? (David Bowie) カワグチタケシ訳

僕のセットリストは以上です。田村隆一生誕百年のしめくくりは、北軽井沢の冬を描いた作品を選びました。2023年は5回ライブ出演をさせていただき「新年の手紙」「帰途」「四千の日と夜」「三つの声」「見えない木」を朗読しました。「雪の上の足跡」は、当時北軽井沢の別荘で田村隆一と同居していた岸田衿子が書いたエッセイです。

さいとういんこさんは「アンハッピーセット」「終のマクドナルド」「永遠すぎて、ねむい」の3篇を朗読しました。いんこさんのマクドナルド詩篇はいくつも聴いてきましたが「終のマクドナルド」は終の棲家でこの先訪れる老境を軽妙に描いて、同世代として染み入るものがありました。「永遠すぎて、ねむい」はいんこさん史上最長編詩ということで、2000年代の「希望について」や「trap」と並び、あるいはT.S.エリオットの「荒地」やアレン・ギンズバーグの「吠える」のように、回を重ねるごとに時代のアンセムに育っていくのではないでしょうか。

一昨年から始めた参加者の持ち寄り朗読のコーナーは、10代から70代まで4名の方の声に耳を傾けました。みなさん素敵でしたが、13歳のわかなうさんの初々しく澄んだ声の朗読にこちらまで初心に返りました。

最後はいんこさんとふたりで書いた連詩、2021年の「クリスマスの翌日に」と今年の「クリスマスイブの前の日に」を聴いてもらいました。アンケートでも連詩に触れていただく方が多く、今回で4篇になりましたので、あとひとつできたら冊子にまとめたいと考えています。

終演後にはぎゃるりでんぐりオーナーの詩子さんからビールやお茶が振舞われ、みなさんと創作や朗読やもろもろについて楽しくおしゃべりしている間に冬至翌日の短い日が暮れて、暗くなった街路に世田谷線の踏切音が響き、歳末らしい気持ちになりました。

 

2023年12月21日木曜日

私が私である場所

冬至前日。アップリンク吉祥寺にて今尾偲監督作品『私が私である場所』を鑑賞しました。

プロデューサーの榎本桜が質問に答える。「売れることは大事ですよ。俺も20代の頃は早く売れたかった」。「売れたいですよ。キムタクさんや広瀬すずさんみたいに唯一無二の存在になりたい」と映画の小道具係で脇役を兼ねる伊藤由紀が扇風機の回る自室で言う。

先月観た『シンデレラガール』の撮影期間である2022年11月11日~20日に俳優を中心とした関係者を追ったドキュメンタリーフィルムです。

「セリフを覚えるときは声に出さない。頭の中に自分の声で再生する」。撮影時16歳だった主演俳優の伊礼姫奈は子役から数えて10年以上のキャリアを持つ。

「自分がいい芝居をしたときって、自分のエゴを捨てたときなんですよ」。主役のオーディションに落ちるが、小道具係として作品に関わり続け、セリフひとつの看護師役をキャスティングされ、その悔しさを隠すことなくカメラに向かって吐露して涙し、唯一の出演場面の自分の演技に納得できず涙する。感情の揺れと矛盾と逡巡を監督も見逃すことができず、このドキュメンタリーの主役に躍り出た。映画製作のドキュメンタリーという制約の中、おそらく今尾監督の当初の意図を超えて、脇役である伊藤由紀が輝き出したのだと思います。

その過程に関わる膨大な人数の各々異なる思いを背負って一本の映画が作られる。脚本が存在し、ある程度決められたゴールを目指して撮影が進む劇映画とは異なり、ドキュメンタリー制作は作り手と被写体の即興性溢れるスリリングなセッションなのだな、と思いました。

 

2023年12月16日土曜日

Great Joy ~喜びの歌声

インディアンサマー。江古田聖書キリスト教会にて開催されたEKODA GOSPEL CHOIR CHRISTMAS CONCERT『Great Joy ~喜びの歌声』に行きました。

ソロミュージシャンンとして演奏活動しているmueさんが昨年からクワイアに参加したというので出掛けて行きました。教会の礼拝堂でゴスペルを聴いて、このうえなく12月らしいHollyな気分になりました。

ハイテンションなMaster Of Ceremonyに先導されて約50名の男女混声聖歌隊が "GONNA HAVE A GOOD TIME" を歌いながらステージに上がる。上手に大きなクリスマスツリー、オケピにドラムス、ベース、ギター、キーボードのカルテット、背後の巨大なスクリーンに歌詞が投影されます。
 
全身で歌う喜びを表現するクワイア、独唱者はそれぞれ個性があって達者、タイトなバンドサウンドと相まってグルーヴィなドライヴ感が礼拝室の空気を震わせる。

教会音楽なので(三位一体説に基づく)神を賛美するわけですが、スクリーンに投影される訳詞を読んでいると無条件な賛美がひたすら続き、イエスも天国で気恥ずかしくないのかな、と思ってしまいます。

ノーマン・メイラーパール・バック遠藤周作矢内原忠雄らが福音書に基づき書いた伝記小説の影響を強く受け、迷い悩み矛盾を抱えた複雑なパーソナリティを持つ僕のイエス像とゴスペルの歌詞中で賛美されるイエスにギャップがあり過ぎて戸惑ったのですが、長い布教の歴史において、またアフリカ系アメリカ人コミュニティにおいて、シンプリファイされたんだな、と落ち着きました。

冒頭の "GONNA HAVE A GOOD TIME" のようなワンコード系統はJames BrownからParliament Funkadelicを経由して現在のHIPHOPに繋がり、もう一方でバラード系の流れはAretha FranklinWhitney Houstonを経てSZAまで連なる。ブラックミュージック史を一気に遡る感覚が爽快です。

ソリストでは、本編ラストの "We Wish You a Timeless Christmas" を歌ったmueさんがいつものmueさんらしさ全開でしたが、「主の愛に満たされて」をリードしたMiyabiさんのまっすぐで嘘のない歌声が心に響き、もっと聴きたいと思いました。

 

2023年12月3日日曜日

私がやりました

小春日。TOHOシネマズ シャンテにてフランソワ・オゾン監督作品『私がやりました』を鑑賞しました。

中庭の大きなプールが画面一杯に広がる。邸宅から男女の争う声。しばらくして玄関を出る金髪の若い女性。黒髪の高齢女性にぶつかりそうになりながら足早に去る。

駆け出しの弁護士ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)は家賃5ヶ月分3000フランを滞納し、立ち退きを迫られている。そこにルームメイトのマドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)が血相を変えて帰って来る。金髪の新人女優は大物プロデューサー・モンフェラン(ジャン=クリストフ・ブヴェ)に役と引き換えに愛人になることを迫られ、断ってきたという。その日、モンフェランが殺害されたという報せを受け、ポーリーヌとマドレーヌは起死回生の博打を打つ。

モンフェラン殺しで自首したマドレーヌを弁護する法廷で、男性だけの陪審員に正当防衛を主張するポーリーヌの見事な弁舌とマドレーヌの名演技で無罪を勝ち取り、一躍有名になって出演オファーが次々舞い込むがその矢先、往年の大女優オデット(イザベル・ユペール)が二人の新居を訪れ自分は真犯人だと告げる。1935年のパリが舞台ですが、近年の#MeToo運動を踏まえた社会派コメディと言っていいと思います。

被告人と弁護士というバディを組む女性主人公二人以外の登場人物がことごとく頓珍漢な言動を繰り広げる。なかでもマドレーヌの恋人(元彼?)アンドレ(エドゥアール・シュルピス)の見当違いぶりが甚だしく客席は大爆笑に。

愛想の良い美人だが喜怒哀楽が薄く、ポーリーヌが用意した台詞を演じているときだけ感情がこもるマドレーヌの人物造形が面白い。ポーリーヌがマドレーヌに抱く恋愛感情に、異性愛者のマドレーヌは信頼と友情で応える、というのも今日的です。

ココ・シャネル最盛期のパリに相応しいシンプルでエレガントな衣装、ノスタルジックなスウィングジャズ、よく練られた脚本に小粋で軽妙な台詞の応酬。ウディ・アレンみが強い。児童虐待スキャンダルで半引退状態の本家に代わって、映画の楽しさを存分に味あわせてくれます。