2020年9月28日月曜日

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

マイルス忌。TOHOシネマズ錦糸町楽天地にて石立太一監督作品『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を鑑賞しました。

架空国家ライデンシャフトリヒ、デイジー(諸星すみれ)は祖母の遺品に亡き曾祖母から送られた50年分のバースデーメッセージを見つける。かつて自動手記人形(ドール)と呼ばれた代筆業。そのひとりヴァイオレット・エヴァーガーデン(石川由依)の仕事だった。

時代はさかのぼり、大戦後の首都ライデンへ。戦闘で両腕を失い義手となった元少女兵士ヴァイオレットは18歳、3ヶ月先まで予約が埋まる人気のドールになっていた。

戦闘地域で拾われ感情を排した兵器として育成されたヴァイオレットが戦後、かつての上官ギルベルト(浪川大輔)の戦友ホッジンズ(子安武人)が経営するC.H郵便社に雇われて、代筆業を通じ依頼者の感情に触れ、自身も感情を獲得する過程が描かれた2018年放送のテレビシリーズ第10話が前述のデイジーの祖母のエピソード)、京都アニメーション放火殺人事件の直後に封切られた劇場版外伝『-永遠と自動手記人形-』、そして今回が完結編となります。

舞台となる20世紀初頭は、日本における言文一致運動の時期と重なります。しかしながら21世紀の現在でも話し言葉と書き言葉が完全一致することはなく、この先もないでしょう。話し言葉、書き言葉にはそれぞれの機能と運動と作用があり、どちらが優れているというものではありませんが、代筆業はその橋渡しをする仕事です。

今作冒頭でヴァイオレットは、港湾都市ライデン主催の海への感謝祭で人気俳優が朗唱する詩を提供する桂冠詩人的な仕事もしています。代筆業は依頼人の口語をそのまま文字起こしするだけではなく、ある程度格調ある文章に書き換える役割を持ち、時には表出しない感情を依頼人から汲み上げてしまうことがあります。

ヴァイオレットが当代人気のドールとなったのは、詩的で華麗な修辞だけではなく、新皇帝の戴冠に相応しい威厳と壮麗さ、少女の無邪気さと純粋な思慕、老母の娘を思いやる包容力、依頼人と受取人が望む関係性を文体化する力が備わったからだと思います。その一方で、いつまで経っても書き言葉のような口調を崩さないヴァイオレットでもある。

不幸な事件の後ではありますが、京都アニメーション制作の映像は終始美しく、雨、朝露、海面など、水の描写は殊に素晴らしいです。余白をたっぷりとった演出で、また細部まで配慮の行き届いた音響設計は是非劇場で鑑賞することをお勧めします。

 

2020年9月22日火曜日

メイキング・オブ・モータウン

秋分の日。ヒューマントラストシネマ渋谷で、ベンジャミン・ターナー&ゲイブ・ターナー監督作品『メイキング・オブ・モータウン』を観ました。

自動車産業の中心地として爆発的な好景気に沸いていたミッドセンチュリーのミシガン州デトロイト。スラム街に育ったベリー・ゴーディ少年は黒人向けの新聞を街頭で売っていた。裕福な白人の住む市街地ならもっと売れるはずと考えそれは実際に成功した。翌日兄を誘ってふたりで白人街に出かけたが今度はさっぱり売れなかった。「黒人の子どもは一人ならかわいいが二人になると脅威だからだ」。

いくつか職を移り3Dレコードマートを開業して失敗したゴーディが次に狙ったのはレコード会社の設立。小さな建売住宅を買って1階をレコーディングスタジオと事務所に改装し、2階を住居とした。そして次々にヒットソングを世に出していった。

関わったミュージシャンやスタッフのインタビューを交え、モータウンレコードの創始者ゴーディとソングライターで歌手で共同経営者でもあったスモーキー・ロビンソンが当時を回想するドキュメンタリー映画ですが、アーティストのサクセスストーリーというよりはビジネスモデル創造を分析する色彩が濃い作りです。

フォード社の製造ラインでバイトした経験から分業制と徹底した工程管理によるクオリティコントロールを取り入れ、消費者に近い感覚を持つ事務方の合議による意思決定をアーティストのエゴより重視する。ゴーディ自身も曲を書くが、マーケットを開拓するためには、ホランド=ドジャー=ホランドアシュフォード&シンプソンホイットフィールドストロングら、大衆受けするソングライティングチームを使うことを厭わず、白人市場に切り込むとなればイタリア系の強面A&Rマンを雇い、実力ある女性たちを躊躇なく幹部登用する。

そういった計算がある一方、電話の取り次ぎの才能が認められ秘書として採用されたマーサ・リーヴスをたまたま歌わせたところ驚くべき歌唱力の持ち主でデビューさせるなど、偶然と直感もけっして軽視しない。

スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズザ・テンプテーションズフォー・トップスメアリー・ウェルズザ・マーヴェレッツ。きら星のごとく輝く才能が集まってくる。ジャクソン5のオーディションフィルムでは9歳のマイケルがすでにえげつないほど滑らかなムーンウォークを披露しています。

そしてクオリティ・コントロールからはみ出してしまう天才。マーヴィン・ゲイスティーヴィー・ワンダーは、役員と幹部社員による品質管理会議の反対をセルフプロデュース作品の音楽的革新性とセールスでねじ伏せてしまう。

"My Girl" と "What's Goin' On" という60年代、70年代を代表する2曲のマルチトラックを分解してサウンドの解析をするパートはテンションが上がります。両曲の印象的なベースラインはいずれもジェイムズ・ジェマーソンの仕事。フォード財団が文化貢献のために地元の公立校へチケットを配布していたデトロイト交響楽団の管弦楽の記憶が流麗なストリングスアレンジに影響を与えていたというのは目から鱗でした。

深南部のレビューツアーで経験した酷い人種差別は現代のBLMにも通ずるものだが、直接的な抗議行動には加担せず、融和的な浸透を企図する。お行儀良さそうに見えたダイアナ・ロス&ザ・スプリームスが、実は初期は相当パンキッシュで笑わないのを矯正し、エド・サリバン・ショーに出演しエリザベス女王に謁見したりできるほどに育成したことで、黒人の地位向上に貢献。故ホイットニー・ヒューストンが「すべてダイアナが切り開いてくれた道なの」と話すカットは泣かせます。


2020年9月4日金曜日

mue One man Live show in STAX vol.5 with タカスギケイ

残暑。東京メトロ丸の内線2000系に乗って、新高円寺STAX FREDへ。mue One man Live show in STAX vol.5 with タカスギケイに行きました。

mueさんのライブは、昨年10月に吉祥寺MANDA-LA2で開催された『あなたとわたしの間に流れる』以来。今回はギターのタカスギケイさんとデュオです。mueさんにとっても自粛期間後はじめて観客を入れてのライブということです。

今夜も僕だけが君のことを想っている(お月さまと)。こうして待ちつづける時間にも世界は動いているのよ(くもの糸)。

このライブで歌われた言葉たちは、時の奔流のなかで小さな自分を保つため、自身と周囲の人や事物の距離を確認する目的で選ばれているように僕には感じられました。

毎年4月11日MANDA-LA2で開催される周年ライブSTAX FRED不定期に行われるライブは同じワンマンでも趣が異なります。STAY HOME中にfacebookストーリーで自室や公園から1曲ずつ配信することを経て「ちゃんとやんなきゃと思っていたけれど、歌いたいときに歌う気持ちを思い出した」と言うそのままに、内省的で親密な音楽が紡がれる。

いくつか歌われた英語の歌詞を持つ楽曲のうち2曲、Like a wheel と I sing for の訳詞を朗読した際にその空気が際立ちました。歌詞のみではなく詩や散文も含め、mueさんの朗読を聴くのはおそらくはじめてだったと思います。歌ともMCとも違う発声で、彼女の音楽と比べたら、流暢でもリズミカルでもなく、むしろたどたどしいのですが、そのたどたどしさに誠実さ、切実さが溢れ胸を打ちます。

また、ジャズスタンダードナンバー「バードランドの子守唄」の3rdヴァースのスキャットで聴かせたジャジーともポップともカテゴライズできない浮遊感は新感覚。未体験の心地良さでした。