相田大樹(のん)は売れない小説家。古今の文豪たちが執筆したお茶の水の山の上ホテルに自費でカンヅメになり、万年筆で原稿用紙に向かう。ドアをノックしたのは文鋭社の文芸編集者で大学の先輩の遠藤(田中圭)。大樹のいる401号室の真上の501号室で執筆中の人気ベテラン作家東十条宗典(滝藤賢一)へ千疋屋のフルーツサンドイッチを差し入れに来たという。
大樹はデビュー作でプーアール社新人賞を受賞したが、その短編小説を東十条が雑誌で酷評したことでその後は鳴かず飛ばず、東十条に恨みを抱いている。遠藤が担当する小説ばるす50周年記念号に今夜中に入稿しなければ東十条の作品は載らず、大樹の短編に差し替わる。バイト先のファミレスのウエイトレスの制服を着てホテルの従業員に扮し、大樹は501号室に潜入する。
昭和末期から平成初期の文壇を舞台にしたスラップスティックコメディです。バーカウンターの黒ダイヤル電話で呼び出される、携帯電話の存在しない世界。破天荒なのんに振り回される滝藤賢一とそれを見守る田中圭という配役の良さと歯切れに良い演出、スピード感のある編集で年末年始に笑って観るのにうってつけの作品だと思います。
のんさんは役の上の本名中島加代子、ふたつのペンネーム相田大樹と有森樹李、思い付きの偽名白鳥氷を絶妙に演じ分け、というより演じ分け切れない加代子をオーバーアクションで表現し、遠藤が自分より新人作家に執心と見るや東十条と結託する。性悪なのになぜか憎めないという古典的なアメリカンコメディのヒロイン像を見事に体現しており、1980年代風のもっさりした髪型や太眉や衣装もとても似合っています。
2020年の『私をくいとめて』に続き、カリスマ書店員を演じた橋本愛さんとのワンシーン限りの邂逅がアツい。東十条の娘役高石あかりさんは本当に表情豊か。ホテルのマネジャー役の光石研さんは360度ホテルマンにしか見えないし、田中みな実さんは銀座のクラブの人気ホステスが超はまり役です。
現在営業休止中の山の上ホテルはウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計し、1954年に開業したエレガントなクラシックホテルです。映画にも登場するバーを20代の頃に何度か利用したことがありますが、だいぶ背伸びしていたな、と自らを顧みて思うのでした。