2024年12月30日月曜日

私にふさわしいホテル

師走晦日。堤幸彦監督作品『私にふさわしいホテル』を観ました。

相田大樹(のん)は売れない小説家。古今の文豪たちが執筆したお茶の水の山の上ホテルに自費でカンヅメになり、万年筆で原稿用紙に向かう。ドアをノックしたのは文鋭社の文芸編集者で大学の先輩の遠藤(田中圭)。大樹のいる401号室の真上の501号室で執筆中の人気ベテラン作家東十条宗典(滝藤賢一)へ千疋屋のフルーツサンドイッチを差し入れに来たという。

大樹はデビュー作でプーアール社新人賞を受賞したが、その短編小説を東十条が雑誌で酷評したことでその後は鳴かず飛ばず、東十条に恨みを抱いている。遠藤が担当する小説ばるす50周年記念号に今夜中に入稿しなければ東十条の作品は載らず、大樹の短編に差し替わる。バイト先のファミレスのウエイトレスの制服を着てホテルの従業員に扮し、大樹は501号室に潜入する。

昭和末期から平成初期の文壇を舞台にしたスラップスティックコメディです。バーカウンターの黒ダイヤル電話で呼び出される、携帯電話の存在しない世界。破天荒なのんに振り回される滝藤賢一とそれを見守る田中圭という配役の良さと歯切れに良い演出、スピード感のある編集で年末年始に笑って観るのにうってつけの作品だと思います。

のんさんは役の上の本名中島加代子、ふたつのペンネーム相田大樹と有森樹李、思い付きの偽名白鳥氷を絶妙に演じ分け、というより演じ分け切れない加代子をオーバーアクションで表現し、遠藤が自分より新人作家に執心と見るや東十条と結託する。性悪なのになぜか憎めないという古典的なアメリカンコメディのヒロイン像を見事に体現しており、1980年代風のもっさりした髪型や太眉や衣装もとても似合っています。

2020年の『私をくいとめて』に続き、カリスマ書店員を演じた橋本愛さんとのワンシーン限りの邂逅がアツい。東十条の娘役高石あかりさんは本当に表情豊か。ホテルのマネジャー役の光石研さんは360度ホテルマンにしか見えないし、田中みな実さんは銀座のクラブの人気ホステスが超はまり役です。

現在営業休止中の山の上ホテルはウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計し、1954年に開業したエレガントなクラシックホテルです。映画にも登場するバーを20代の頃に何度か利用したことがありますが、だいぶ背伸びしていたな、と自らを顧みて思うのでした。

 

2024年12月28日土曜日

クリスマスの3日後に

晴天。下高井戸ぎゃるりでんぐりで『クリスマスの3日後に Poetry Reading Live "On The Third Day After Christmas"』を開催、出演しました。

さいとういんこさん2020年から毎年末開催している二人会の5回目です。ご来場のお客様、ぎゃるりでんぐりオーナー詩子さんとご令嬢千映さん、いんこさん、ありがとうございました。

僕のソロは以下5篇を朗読しました。

2. Judy Garland
4. 道へのオード(究極Q太郎

つづいて「追悼とか好きじゃないんだけど」と言い添えて、今年8月に39歳で夭逝した京都の詩人chori氏が登場する自作の詩「終のマクドナルド」「ちょりのしっぽ」をいんこさんが朗読。2024年は、いんこさんにとってもひさしぶりの詩集『ハンバーガー関連の詩数編と、その他の詩』を出版した節目の年。同詩集から「アンハッピーセット」で締めました。大きなステージでも常に自然体ないんこさんですが、でんぐりさんはご近所さん(元)ということもあり、いつも以上にリラックスしているように感じます。

お客様ご参加のパートでは、ジュテーム北村さん、あられ工場さんsamiさんURAOCBさんの4人が朗読し、それぞれが詩的と考えるものを、それぞれの語り口で、会場に集まったひとりひとりに丁寧に手渡してくれました。

最後の連詩のコーナーは、今年6月16日に渋谷Flying Booksの『SPOKEN WORDS SICK 5』のために書いた作品、お客様としてご来場いただいたURAOCBさんも交え、3人で12月1日の『NAKED SONGS vol.14 -Beat Goes On, Life Goes On -』で披露したビートニクをテーマにした連詩、そして今回の新作「クリスマスの3日後に」を朗読しました。

2024年に巻いた上記3篇に加え、過去4年の連詩4篇を加えた7篇を編んだ連詩集 "before and after Christmas" も多くのみなさんに手に取っていただきました。ライブ朗読という、その場で消えてしまう音声によってのみ存在した連詩作品たちが、読者を得ることができ幸いです。

おかげさまで今年の詩のお仕事の良い締めくくりができました。2024年のライブは12本、よくがんばりました。そのうち4本がいんこさん関連。いつもお声がけいただきありがとうございます。

 

2024年12月22日日曜日

【推しの子】The Final Act

小春日。TOHOシネマズ池袋スミス監督作品『【推しの子】The Final Act』を鑑賞しました。

さりな(稲垣来泉)は小児がんで宮崎県総合病院に入院している。アイドルグループB小町の絶対的センターであるアイ(齋藤飛鳥)を推すことを生きる力にしてきたが、病の前に力尽きてしまう。その死を看取った研修医のゴロー(成田凌)はアイの魅力にはまりオタクになる。

産婦人科医になったゴローの元に事務所の社長壱護(吉田鋼太郎)に連れられて診察に訪れるアイは世間に隠して双子を妊娠している。アイの陣痛が始まった夜、病院に忍び込んだ不審者を追ったゴローは崖から突き落とされて死ぬ。アイは無事に出産したが、男女の双子にはゴローとさりなが転生していた。

アクアとルビーと名付けられた双子と共に東京に戻ったアイはB小町に復帰する。東京ドーム公演の朝、マンションを訪ねてきた男にアイは刺され、アクアの前で息絶える。

赤坂アカ原作、横槍メンゴ作画の人気コミックの実写化です。劇場版の主人公はアクア(櫻井海音)ですが、新生B小町のルビー役、元イコラブ齊藤なぎさの脇を固める有馬かな役原菜乃華、MEMちょ役あのが好演しているほか、成田凌、吉田鋼太郎、尾美としのり要潤金子ノブアキ倉科カナ二宮和也ら、脇役陣の重厚な芝居で成立させた感があります。

転生というファンタジー要素、復讐劇というサスペンス要素を下敷きに、最も紙幅を割いているのが、アイドルビジネス、恋愛リアリティショー、2.5次元舞台(実写版では月9連ドラ)制作など、芸能界の内幕なのですが、実写劇場版では映画制作のさわり以外ほとんど描かれません。サブタイトルの通り、物語を終わらせる機能に徹しているため、あらかじめAmazon Prime実写ドラマもしくはアニメ第2期までを観ておくとよいでしょう。

新生B小町ステージシーン、特に有馬かな卒業公演の完成度が高く、感動的です。3人のメンバーでひとりだけ現実世界でアイドル経験のない原菜乃華さんが、元天才子役でアイドルグループのセンター有馬かなとして輝いているのは、相当な努力をしたんじゃないかと思います。

 

2024年12月21日土曜日

Hope and Future EKODA GOSPEL CHOIR CHRISTMAS CONCERT 2024

冬至。江古田聖書キリスト教会で開催された EKODA GOSPEL CHOIR CHRISTMAS CONCERT 2024 "Hope and Future" にお邪魔しました。

昨年に引き続きmueさんご出演のクワイヤ(聖歌隊)を教会の礼拝室で聴いて、ポジティブなバイブスに打たれました。というよりむしろ打たれに行きました。

"We've Come To Praise" のグルーヴィなビートに乗り、走って登場した約70名の男女混声クワイヤが、テンションMAXのMaster Of Ceremonyの指揮で、生バンドと一体になり、パワフルにぶちアゲる。アフリカ系アメリカ人由来のゴスペル・クラシックに加え、日本語詞のオリジナル曲も交え、クラップはひたすら裏拍。とにかく盛り上げます。

「賛美します」と曲紹介し、ステージ後方のスクリーンに投影される歌詞と翻訳は神への愛、感謝、賞讃、献身。2024年のサブタイトル "Hope and Future" はユダヤ民族のバビロン捕囚を描いたエレミア書29章11節「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ― それはわざわいではなく、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ」より。

詩の教室の講師をしていたときに、象徴派詩人の作品理解のために聖書は多少読み込みました。ここで言う「主(Lord)」はダヴィデであり、エホヴァ(ヤハウェ)であり、イエスである(三位一体説に基づく)のは理解しているのですが、現代的な評伝として再解釈された新約聖書物語に描かれるイエスの一筋縄ではいかないパーソナリティに肩入れしてしまっているので、やはりギャップは感じます。

しかしながら、そのギャップを跳ね返すビートやグルーヴを19~20世紀の被虐の民が強靭に磨き上げた結果が現代のゴスペルだとすると納得せざるを得ないし、それが音楽の力だとも思うのです。同様に、HANAさんのHIPHOPダンスはエンタメ要素だけではなく、歌詞という言語表現を超えた身体性による祈りを体現していると感じ、「とりなし(他人のために祈ること)」のお話もすっと入ってきました。

去年も感じましたが、生バンド演奏、音響、照明のクオリティが半端ないです。特に堀木健太さんのベースはヘヴィなタイム感が心地良く、いつまでも聴いていたくなります。mueさんはエモーショナルな歌唱でアンコール曲 "Freedom" のソリストのひとりを務めていました。コーラス時の楽しそうに歌う表情が見られたのもよかったです。

 

2024年12月13日金曜日

Chimin live concert in 吉祥寺Strings

冬本番。吉祥寺Stringsで開催されたChiminさんのライブに行きました。

「静かに燃える炎をみんなで見つめているような時間にできたらいいなと思います」と始まった2024年3回目で最後の単独公演は加藤エレナさんのコンストラクティブなピアノの左手のベースラインが印象的な「茶の味」が一曲目。

この日唯一のアップテンポ曲「残る人」のアウトロに入る際に井上 "JUJU" ヒロシさんが湯舟に浸かったように「あ゛ー」と声を上げる。そしてJUJUさんのフルートとエレナさんのピアノのスリル溢れるコレスポンダンス。「sakanagumo」の歯切れい良いピッコロ。

Chiminさんの歌も「住処」のコーダで転調後のリフレインの繊細なボイスコントロール、「午後」や「」のロングトーンの息を呑むような透明感、歌詞のワードセンスが抜群なうえに、オリジナル曲もカバー曲も一語一語をしっかり確実に手渡そうという姿勢がある。谷川俊太郎作詞の「死んだ男の残したものは」の「平和ひとつ」という一言に乗せる思いも心に迫るものがありました。

2023年11月にライブ活動復帰以来、2024年は全7公演を聴くことができましたが、今回のStringsのワンマンライブは、Chiminさんの歌の表現力とサポートの2人の強固なミュージシャンシップの相乗効果によって、2024年のベストアクトになったのではないでしょうか。

もうひとつうれしかったのは、昨年の復帰後は歌に専念していたChiminさんのギター弾き語りが聴けたこと。在日コリアン3世という自身のルーツに向き合った「アリラン」のハングル語原詞カバーは10年程前にSEED SHIPでも歌ってくれた曲です。JUJUさんやエレナさんのようにわかりやすい上手さではないのですが、その歌声同様に一音一音を丁寧に鳴らすChiminさんのギターが僕は大好きです。

 

2024年12月4日水曜日

BACK TO BLACK エイミーのすべて

小春日。TOHOシネマズ シャンテにてサム・テイラー=ジョンソン監督作品『BACK TO BLACK エイミーのすべて』を観ました。

2001年ロンドンの下町カムデン・タウン。18歳のエイミー(マリサ・アベラ)が父方の祖母のホームパーティで "Fly Me To The Moon" を歌い始めるとその声に一同聞き耳を立てる。

祖母シンシア(レスリー・マンヴィル)はロンドンの老舗ロニー・スコッツで歌っていた元ジャズシンガー、母と別居している父ミッチ(エディ・マーサン)は歌の上手いタクシ―ドライバー。中流階層のユダヤ系の家で育った。

アイリッシュ・パブで歌っているところをスカウトされるが、アイランド・レコードでプロデューサーやA&Rにストラトキャスターの弾き語りスタイルを否定されてキレたエイミーはオフィスを飛び出す。パブGOOD MIXERのカウンターで酒をあおっているところにフレッド・ペリーを来たイケメンが登場。ジュークボックスでザ・シャングリラズの "Leader Of The Pack" をかけたブレイク(ジャック・オコンネル)に一目惚れする。

2008年のグラミー賞で5部門受賞し、"FRANK"と"BACK TO BLACK" 2枚の名盤を残して2011年に27歳で亡くなった不世出のミュージシャン、エイミー・ワインハウスの伝記映画です。生前はアルコールとドラッグの影響による奇行でメディアをしばしば賑わしました。本作では、音楽と同じかそれ以上の比重で私生活を描いており、不実な恋人ブレイク(のちにマイアミで結婚)との破滅的な共依存関係は見ていて少々滅入りますが、音楽は素晴らしいです。

サラ・ヴォーンダイナ・ワシントンに憧れているが、ローリン・ヒルマッシヴ・アタックも好き。そのバランス感覚がノスタルジックなソウル/R&Bを2000年代の最新テクノロジーで再構築する。1990年代のレニー・クラヴィッツや2010年代の藤井風にも通じるセンス。デビュー前のソロステージはフロレンシア・ルイスフアナ・モリーナらアルゼンチン音響派の影響も感じます。アルバム・アートワークや使用するフォントが近未来的なのはSPICE GIRLSのプロダクション19 Entertainmentサイモン・フラーが関わっているからなんですね。

劇伴とエンドテーマニック・ケイブが担当。カムデン・タウンは東京で言えば下北沢みたいな感じなのかな。台詞は全編コックニー訛りで、エイミーはアイミー、ブレイクはブライクと聞こえます。

 

2024年12月1日日曜日

NAKED SONGS vol.14 -Beat Goes On, Life Goes On -

師走。高円寺ShowBoatsami "PRESENTS"
NAKED SONGS vol.14 - Beat Goes On, Life Goes On - にPOETS on SUNDAYの一員として出演しました。

早世した音楽ライター下村誠さんの遺志を継いでsamiこと若松政美さんが主催し続けているライブ NAKED SONGS。12年前のvol.4 -Rolling Words Revue- にも呼んでいただいたことがあります。

今回は、さいとういんこさんURAOCBさんとユニットを組み、ビート・ジェネレーションをテーマにしたパフォーマンスというsamiさんのリクエストを受け、ユニット名はいんこさんとURAさんが町屋で隔月開催しているリーディングイベント "POETS on SUNDAY" からいただきました。

はじめにソロ朗読を数篇、いんこさんの自然体なのに華のあるステージ、URAさんのよく通る声でアクションを交え緩急をつけた朗読、僕は「スターズ&ストライプス」「夜警 ~Billie Eilishに」を、そして今回のために共作した連詩を3人で朗読しました。

連詩の面白さのひとつに、制作の過程でその作品内における自身の役割が像を結ぶ瞬間があるというのがあります。今作の場合は、いんこさんの問いかけに応えて僕が具体例を挙げてURAさんが修飾するというリフレインを書いているときが楽しかったです。

高橋研 & the acoustic gentlemen。小泉今日子さんの「スターダスト・メモリー」や故中村あゆみさんの「翼の折れたエンジェル」など多数のヒット曲を持つソングライターとしても一流の高橋研さんのバンドは、ベース、フィドル、アコーディオンというドラムレスの編成ながら強靭且つ柔軟なグルーヴ。時にフォークロア、時にアイリッシュなテイストを持つ楽曲のキャッチ―さが、リベラルなメッセージを搭載する高性能なヴィークルになっている。以前、港ハイライトのゲストで拝見していたアコーディオンの佐藤史朗さんに楽屋でご挨拶できたのもうれしかったです。

ジャック・ケルアック小説のタイトルを冠したThe Subterraneansはトリプル・ボーカル&ポエトリーリーディング。NAKED SONGSがきっかけで生まれたバンドです。ベースの篠原太郎さんTHE BRICK'S TONE)、ギターのCROSSさんthe LEATHERS)のふたりはvol.4でもお会いしていました。CROSSさんの「失われた言葉〜LOST WORD〜」はそのときに初披露されたポエトリー作品の発展形。センターの黒水伸一さんThe Shakes)も大変チャーミングな方です。1980年代からシーンに立ち続けるベテランロッカーたちの本気の遊び心に痺れました。

2022年末の「クリスマスの午後に」で再会し、今回お声掛けくださったsamiさん、ありがとうございます。地下のライブハウスに満杯のオーディエンスに声と言葉を届けることができて幸せでした。