大開闢を想起させるアニメーションに "Hallo Spaceboy" が重なるオープニングから暗転して「デヴィッドに会えない」とコンサート会場前で号泣する少女。暗いステージに深紅の照明が差し "Wild Eyed Boy From Freecloud" と All The Young Dudes" のメドレーを歌う若き日のボウイ(左利き)。
1969年の "Space Oddity" から2016年の遺作 "★ (Black Star)"まで、50年近いキャリアを2時間15分に凝縮したフィルムです。故人のドキュメンタリーというと、当時を知る関係者のインタビューを中心に構成されるのが一般的ですが、本作ではそれがなく、デヴィッド・ボウイ本人のライブ映像とテレビの対談番組、自身のインタビュー音声のカットアップで、且つ私生活に関してはイマンとの再婚以外触れられない。共同作業したミュージシャンもベルリン時代のブライアン・イーノ以外の名前は挙げられない。音楽を中心にしたデヴィッド・ボウイの表現活動に本人目線でフォーカスしたレトロスペクティブになっています。
そのため薬物依存に関してはスルー。デヴィッド少年にジャック・ケルアックやジョン・コルトレーンを教え、英国空軍退役後は統合失調症を患い、精神病院で終生過ごした異父兄テリーとの関係性は2021年の劇映画『スターダスト』で仔細に描写されています。
ボウイ本人がナレーションを担当しているような作りになっているが、映画用に録音されたわけではなく、生前のあらゆる時期の多様なインタビューから引用されている。本人が答えているようにコレクター気質によりアーカイブが充実しており(その一部は2017年に寺田倉庫で開催された『DAVID BOWIE is | デヴィッド・ボウイ大回顧展』で展示されている)、各時代においてジャーナリズム視点でも特別に魅力的な人物だったため取材データが残存しているのだと思います。
「僕は人の映し鏡だ」「自分としてステージに立ちたくなかった。だからキャラクターを創造して演じた」「若いころの一番の謎はロックの歌詞だった。ファッツ・ドミノが何を歌っているのか全く理解できなかった」「どこかに到達するのが怖い。自分の能力より少し上を見て、少し深く潜る。底に足がつかない場所が最も心躍る」。どの発言にも深い洞察があり、20代から既に客観的に自身を捉えていた、ただのポップスターではない強靭な知性を感じました。
最先端のカルトヒーローが大衆に迎合したとメディアには叩かれたが大ヒットした "Let's Dance"。日本盤のLPの帯には「時代がボウイに追いついた」と書かれていました。十代だった僕も当時その変節の真意を図りかねた一人ですが(アルバムは好きでよく聴いていました)、記者会見で「ポジティブで人の役に立つことがしたくなった」と話すボウイを見て40年越しの答え合わせができたような気がしました。
カオスと断片こそが自身の居場所だと言い「変化」そのものを表現の軸とした彼にとって、コマーシャリズムに身を投じることも実験のひとつに過ぎなかったのかもしれない。むしろ現在では "The Rise & Fall of Ziggy Stardust & The Spider From Mars" から "Let's Dance" までたった10年しか経っていないことにあらためて驚かされ、またその間に "Diamond Dogs" "Young Americans" のR&B/ソウル期、"Station to Station" "Low" "Heroes" の退廃的欧州期が挟まっていることに更に驚愕します。
いつ誰とどうしてどうなってという説明のない映画なので、はじめてボウイに触れる方向けではないかもしれないですが、ファンにはたまらない映像が満載です。ジェフ・ベックがスパイダーズ・フロム・マーズと共演してザ・ビートルズの "Love Me Do" をカバーしているのも知らなかったです(そのシーンだけなぜか映像が左右反転している)。ブロードウェイで舞台化された『エレファントマン』は是非フル尺で観たいと思いました。
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