オーバーオールの青年労働者(ギア・チラカーゼ)と白いワンピースに三つ編みが可憐な娘(タティアナ・チャントゥリア)は恋仲になる。裏路地やアパートのドアの陰でキスをしようとすると必ず邪魔が入る。ふたりがようやくキスをして強く抱きしめあったのは、牧人たちが笛を吹く丘の大樹のもとでした。
イオセリアーニ監督28歳の1962年に制作された『四月』は、白黒無声映画のフォーマットを借りて若い恋の成就とすれ違いそして再出発を瑞々しく描いた47分のチャーミングな実験映画です。恋するふたりに言葉は要らない。恋人の足音は竪琴の響き。自然音は用いず、役者の動きにも風景にもすべて音効が当てられる。
古いバラックを出て里山を潰して新築された真っ白な公営住宅に引っ越すふたり。キスを交わすと電球が点灯し、水道が流れ、ガスコンロが点火する。階下のせむし男に古い布張りの椅子を贈られ、次々に家具が増え、物質的には豊かになったが、ふたりの気持ちがすれ違う。口論になりはじめて役者は台詞を発する。愛のないキスでは電灯は点かない。
『水彩画』は1958年のデビュー短編作品(10分)。仕事をせず酒浸りの夫(ゲンナジー・カラシェニニコフ)がへそくりを持ち出し追う妻(ソフィコ・テアウレリ)と共に美術館で出会う一枚の水彩画。貧しい家族の諍いと和解を描いた心あたたまるリアリズム映画です。
1959年の『珍しい花の歌』(16分)は監督の意に反してソ連の検閲によりナレーションが追加されたため字幕を表示しない旨のテロップが冒頭に流れる。野の花には東欧の伝統歌の合唱、品種改良された温室の花にはショパンの軍隊ポロネーズが官製管弦楽団の荘厳な響きで重なる。造園家の庭の多肉植物、花柄のテキスタイルデザイン、抽象化されたレリーフや絨毯の模様の花。ロードローラーに踏みつぶされる花は『皆さま、ごきげんよう』にも続くモチーフであり、アスファルトの割れ目に咲く花は希望の象徴か。
イオセリアーニ監督の最初期作品を通じて思ったのは、監督は言語による伝達を映像ほどには信じていないんだろうな、ということです。背景にはソ連の圧政があり、ジョージアの民衆とソ連政府の対立を民衆側に立って象徴的に表現していますが、家具運搬人も育種家も民衆なので割り切れない気持ちがあって、それを抽象化された映像を通じて我々観客に問いかけているように思いました。
『四月』のオープニングの俯瞰はドローンのない時代にどうやって撮影したんだろう。『水彩画』の独表現主義や伊リアリズムの影響を感じさせる表情のクローズアップ。『珍しい花の歌』の月明かりに照らされる美しい花々。など、政治的思想的背景とは別に映像表現としても大変面白かったです。
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