寒日和。シネスイッチ銀座でエヴァ・ウッソン監督作品『バハールの涙』を鑑賞しました。
2014年11月、イラク共和国クルド人自治区ゴルディン。フランス人女性戦場ジャーナリストのマチルド(エマニュエル・ベルコ)はiPhoneの着信音で目覚め眼帯を着ける。取材中に破裂弾の破片に当たって左目を失明していた。
ヤズディ教徒のバハール(ゴルシフテ・ファラハニ)はフランスに留学経験のある元弁護士。自宅をIS(イスラミック・ステイト)に襲われ、父親と夫は目の前で銃殺、幼い息子は誘拐され、妹はIS戦士に強姦され手首を切って自殺、自身もISの性奴隷にされた後、四度目の人身売買先から決死の覚悟で逃亡し、ISの元奴隷による女性部隊 Les Filles Du Soleil に加わる。
「無謀だ、相当数の男が犠牲になる」「女はもう犠牲になった」。ムスリムは女に殺されると天国に行けないと信じていて、戦場で女の声を聞くと怯えるという。透徹した眼差しで銃を構えるバハールが美しい。
「女! 命! 自由の新しい世界!」尊厳を侵され家族を奪われた憎しみを忘れることはないが、人を撃つことに葛藤がある女兵士たちを鼓舞する。『パターソン』の妻役、イラン出身のゴルシフテ・ファラハニ(左利き)が熱演しています。
平穏で豊かな家族の暮らし、ISに囚われていた凄惨な日々、そして砂埃にまみれた戦場。3つの時系列をカットアップし、終盤の児童救出のシーンまで息をつかせぬ見事な演出です。マチルドの言う「どんな悲惨な世界も人は1クリックして、あとは無関心だ。それでも危険を冒して報じ続けなければならない」という科白が重く響く。
どうしたら争いを、憎悪の連鎖を断ち切ることができるのか、そのためにできること、すべきことは何なのか。その一方で、過酷な現実をエンターテインメントとして消費してしまうことの是非。深く考えさせられる映画です。
2019年1月5日土曜日
ホイットニー ~オールウェイズ・ラヴ・ユー~
お正月気分も少し薄まってきた小春日和の土曜日。TOHOシネマズ日比谷でケビン・マクドナルド監督作品『ホイットニー ~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』を観ました。
1985年に『そよ風の贈りもの』(原題:Whitney Houston)でレコードデビューして世界中を虜にし、2012年に48歳の若さで不慮の死を遂げた世紀の歌姫ホイットニー・ヒューストンの生涯を家族や友人、スタッフなど、近親者のインタビューと生前の映像によって構成しています。
1963年、米国ニュージャージー州ニューアーク市でホイットニーはソウルシンガーの母シシーと市の都市計画の責任者ジョンの間に生まれた。公民権運動の最中、多数の死者を出したニューアーク暴動の4年前。長兄ゲイリーは元NBAデンバーナゲッツの選手、いとこにはシンガーのディオンヌ・ワーウィックと故ディーディー・ワーウィックがいる。
ブラック・コミュニティ出身でありながら、人種を超えて広く支持され、レーガン~ブッシュ(父)政権下のアメリカ合衆国を代表するポップスターになったが、はじける笑顔の裏側では黒人社会と白人社会のダブルコンシャスネスに揺れ苦悩していた。
サブリミナル的に挿入される暴動、デモ、ダイアナ妃の葬儀、サダム・フセイン、湾岸戦争などディザスターのニュース映像がバッドエンドを暗示させる。なにより印象に残るのは、アメリカのゴシップジャーナリズムのあけすけなまでの容赦の無さ。セクシャリティ、ドラッグ、人種意識。これ本人に訊いちゃうの? ってことをテレビ番組のインタビューで掘り下げます。それが翌朝タブロイド版に載り、昨日までのプリンセスが突如ヒールになる。死後は一転してヒロインに返り咲く。
十代からのコカイン中毒や元夫ボビー・ブラウンによるDV、血縁者の依存、幼少期の性的トラウマなど、複数の要因があったには違いないが、ジャーナリズムも彼女の死の責任の一端を担っている。その先にいる我々視聴者も。
おそらく1990年頃のプライベートビデオなのでしょう。当時チャートを賑わしていたC&Cミュージックファクトリー、ジャネット・ジャクソン、ポーラ・アブドゥルを呂律の回らない舌でディスるホイットニー。最晩年のコンサートにおける "I Will Always Love You" の荒れ果てて輝きを失った歌声の痛々しさに胸が潰れる思いがしました。
1985年に『そよ風の贈りもの』(原題:Whitney Houston)でレコードデビューして世界中を虜にし、2012年に48歳の若さで不慮の死を遂げた世紀の歌姫ホイットニー・ヒューストンの生涯を家族や友人、スタッフなど、近親者のインタビューと生前の映像によって構成しています。
1963年、米国ニュージャージー州ニューアーク市でホイットニーはソウルシンガーの母シシーと市の都市計画の責任者ジョンの間に生まれた。公民権運動の最中、多数の死者を出したニューアーク暴動の4年前。長兄ゲイリーは元NBAデンバーナゲッツの選手、いとこにはシンガーのディオンヌ・ワーウィックと故ディーディー・ワーウィックがいる。
ブラック・コミュニティ出身でありながら、人種を超えて広く支持され、レーガン~ブッシュ(父)政権下のアメリカ合衆国を代表するポップスターになったが、はじける笑顔の裏側では黒人社会と白人社会のダブルコンシャスネスに揺れ苦悩していた。
サブリミナル的に挿入される暴動、デモ、ダイアナ妃の葬儀、サダム・フセイン、湾岸戦争などディザスターのニュース映像がバッドエンドを暗示させる。なにより印象に残るのは、アメリカのゴシップジャーナリズムのあけすけなまでの容赦の無さ。セクシャリティ、ドラッグ、人種意識。これ本人に訊いちゃうの? ってことをテレビ番組のインタビューで掘り下げます。それが翌朝タブロイド版に載り、昨日までのプリンセスが突如ヒールになる。死後は一転してヒロインに返り咲く。
十代からのコカイン中毒や元夫ボビー・ブラウンによるDV、血縁者の依存、幼少期の性的トラウマなど、複数の要因があったには違いないが、ジャーナリズムも彼女の死の責任の一端を担っている。その先にいる我々視聴者も。
おそらく1990年頃のプライベートビデオなのでしょう。当時チャートを賑わしていたC&Cミュージックファクトリー、ジャネット・ジャクソン、ポーラ・アブドゥルを呂律の回らない舌でディスるホイットニー。最晩年のコンサートにおける "I Will Always Love You" の荒れ果てて輝きを失った歌声の痛々しさに胸が潰れる思いがしました。
2019年1月4日金曜日
バスキア、10代最後のとき
冬晴れ。東京メトロ日比谷線の乗客たちが心なしかすこし疲れた表情に見えます。恵比寿ガーデンシネマでサラ・ドライバー監督作品『バスキア、10代最後のとき』を鑑賞しました。
1978年、ニューヨーク・ロワーイーストサイド。NY市、NY州共に財政破綻し、富裕なWASP層が去ったマンハッタンは荒廃していた。空室だらけでゴミが散乱した褐色砂岩のビル群に貧しい移民が流入し、ドラッグと暴力がストリートに蔓延した。
シド&ナンシー、パティ・スミス、ラモーンズ。グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータ。パンクロックとヒップホップが同時多発的に起こる。
「そんなこんながどんどん増えて/そのうちみんながブルーズを歌い出すんだ/そうやってまるで絶望的な環境から素晴らしい音楽が生まれるようにそして/素晴らしい音楽ががっちりとネットワークを作って何かを伝承していくように/犠牲になることを頑なに拒絶するための道具として/あのブリクストンの反抗的なレゲエ・ビートのように強烈な言葉だけを頼りに」(Rumbling Under The Rain)
トーキョーポエトリーシーンの伝説的詩人故カオリンタウミが1997年に書いたこの詩句を地で行くような当時のNYで、まだ何者でもなかった18歳のジャン=ミシェル・バスキア(1960-1988)がコンテンポラリーアート界のアイコンになるまで、同時代人たちのインタビューによって構成し検証したドキュメンタリーフィルムです。
グラフィティチーム "SAMO" をバスキアと組んでいたアル・ディアス、ヒップホップカルチャーの先駆的映画『ワイルド・スタイル』に出演したファブ・ファイブ・フレディとリー・キュノネス(レイモンド・ゾロ)。バスキア、ヘリングと並び称されたケニー・シャーフ。彼らは現在の自身の作品を背にインタビューを受けているが、いずれも技術があり、アブストラクトなファインアート寄りの作風に変貌している。生きていれば58歳のバスキアが当時のまま粗野な新鮮さを保っているのかは知る由もないが、夭折によりその勢いが真空パックされ価値を高めたことも事実なのだと思う。
そしてバスキアの元カノたち。ミュージシャン、画家、映像作家、研究者。クラブ57、マッドクラブ。当時を語る彼ら、彼女らの姿にNYという街自体の青春時代を共有したんだなあ、という感慨が湧きます。そして服飾デザイナーのパトリシア・フィールドを除いて、登場する全員(の現在の姿)が誰一人としてファッショナブルではない。
バスキアが当初、画家(グラフィティ・ペインター)としてよりも詩人(グラフィティ・ポエット)として評価されていたこと(その流れで、ニューヨリカン・ポエトリーの父と言われるホルヘ・ブランドンのスポークン・ワード・パフォーマンスが数秒ですが写ります)、ヒップホップよりもテスト・デプトやノイバウテンなどノイズインダストリアル音楽が好きで、その後チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらのビバップジャズに傾倒したことなど、この映画を通して知りました。
バスキアの作品は2019年現在の目で見てもとてつもなく格好良い。でもその魅力を論理的に伝えることは大変な困難を伴う。「鑑賞者が作品を前にして、なぜ自分がその作品の前に立っているのかを自問することこそがアートだ」というリー・キュノネスの言葉が本質を突いています。
1978年、ニューヨーク・ロワーイーストサイド。NY市、NY州共に財政破綻し、富裕なWASP層が去ったマンハッタンは荒廃していた。空室だらけでゴミが散乱した褐色砂岩のビル群に貧しい移民が流入し、ドラッグと暴力がストリートに蔓延した。
シド&ナンシー、パティ・スミス、ラモーンズ。グランドマスター・フラッシュ、アフリカ・バンバータ。パンクロックとヒップホップが同時多発的に起こる。
「そんなこんながどんどん増えて/そのうちみんながブルーズを歌い出すんだ/そうやってまるで絶望的な環境から素晴らしい音楽が生まれるようにそして/素晴らしい音楽ががっちりとネットワークを作って何かを伝承していくように/犠牲になることを頑なに拒絶するための道具として/あのブリクストンの反抗的なレゲエ・ビートのように強烈な言葉だけを頼りに」(Rumbling Under The Rain)
トーキョーポエトリーシーンの伝説的詩人故カオリンタウミが1997年に書いたこの詩句を地で行くような当時のNYで、まだ何者でもなかった18歳のジャン=ミシェル・バスキア(1960-1988)がコンテンポラリーアート界のアイコンになるまで、同時代人たちのインタビューによって構成し検証したドキュメンタリーフィルムです。
グラフィティチーム "SAMO" をバスキアと組んでいたアル・ディアス、ヒップホップカルチャーの先駆的映画『ワイルド・スタイル』に出演したファブ・ファイブ・フレディとリー・キュノネス(レイモンド・ゾロ)。バスキア、ヘリングと並び称されたケニー・シャーフ。彼らは現在の自身の作品を背にインタビューを受けているが、いずれも技術があり、アブストラクトなファインアート寄りの作風に変貌している。生きていれば58歳のバスキアが当時のまま粗野な新鮮さを保っているのかは知る由もないが、夭折によりその勢いが真空パックされ価値を高めたことも事実なのだと思う。
そしてバスキアの元カノたち。ミュージシャン、画家、映像作家、研究者。クラブ57、マッドクラブ。当時を語る彼ら、彼女らの姿にNYという街自体の青春時代を共有したんだなあ、という感慨が湧きます。そして服飾デザイナーのパトリシア・フィールドを除いて、登場する全員(の現在の姿)が誰一人としてファッショナブルではない。
バスキアが当初、画家(グラフィティ・ペインター)としてよりも詩人(グラフィティ・ポエット)として評価されていたこと(その流れで、ニューヨリカン・ポエトリーの父と言われるホルヘ・ブランドンのスポークン・ワード・パフォーマンスが数秒ですが写ります)、ヒップホップよりもテスト・デプトやノイバウテンなどノイズインダストリアル音楽が好きで、その後チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピーらのビバップジャズに傾倒したことなど、この映画を通して知りました。
バスキアの作品は2019年現在の目で見てもとてつもなく格好良い。でもその魅力を論理的に伝えることは大変な困難を伴う。「鑑賞者が作品を前にして、なぜ自分がその作品の前に立っているのかを自問することこそがアートだ」というリー・キュノネスの言葉が本質を突いています。
2019年1月3日木曜日
アリー/ スター誕生
お正月は映画館で過ごすのが恒例です。2019年はユナイテッドシネマ豊洲でブラッドリー・クーパー監督出演、レディー・ガガ(左利き)主演『アリー/ スター誕生』を観ました。
アリー(レディー・ガガ)は売れないシンガー。高級ホテルの配膳スタッフで糊口をしのぎ、週末はゲイクラブ"BLUE BLUE"のドラァグショーで歌っている。レコード会社のオーディションを受けても「鼻が大き過ぎてスターになれない」と言われて落とされる。ロックスターのジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)はアルコール依存症。移動中のリムジンが渋滞に巻き込まれ、酒を求めてたまたま入った "BLUE BLUE"で、アリーの歌うシャンソン「バラ色の人生」に涙してしまう。
ジュディ・ガーランド(1954)、バーブラ・ストライサンド(1976)らが主演し、何度も映画化された原作に基づくが、設定を現代に移して、楽曲もレディー・ガガとブラッドリー・クーパーが新たに書き下ろしています。ナレーションやモノローグを排し、回想シーンもない。音楽はほぼ演奏シーンのみ。役者の表情と科白、カメラワークと見事な編集で全てを語らせている。シンプリシティの勝利はクーパー監督の手腕。
加えて、ブラッドリー・クーパーが曲が書けて、歌えて、ギターも達者という驚きと、映画初主演のガガ様がこんなにもお芝居が出来るのかという驚き。
自己肯定感の低いアリーが初めてジャクソンのステージに呼び込まれ大観衆の前で自作曲 "Shallow" を歌い始めるときの不安で一杯な眼差し。オーセンティックなロックンロールからダンスミュージックにセルアウトしていく自分に対する恋人ジャクソンのアンビバレンツな想いを敏感に感じ取り、己の才能が愛する人を潰してしまうことに気づくアリー。
19歳で Def Jam Recordings と契約したガガ様にショービズ界で下積みのイメージはあまりないですが、それでも最初から世界的なスターだったわけではない。演技が本業ではないだけに、才能を信じ人並外れた努力で運を掴みステップアップしていった自身のキャリアをアリーに映じたはずで、我々もそのふたりを重ね合わせて観るというメタフィクションでもあると同時に、ガガ様がアリーという役を演じることで自己を再肯定する過程を観客と共有する感動的なドキュメンタリーフィルムと言ってもいいのではないでしょうか。
アリー(レディー・ガガ)は売れないシンガー。高級ホテルの配膳スタッフで糊口をしのぎ、週末はゲイクラブ"BLUE BLUE"のドラァグショーで歌っている。レコード会社のオーディションを受けても「鼻が大き過ぎてスターになれない」と言われて落とされる。ロックスターのジャクソン・メイン(ブラッドリー・クーパー)はアルコール依存症。移動中のリムジンが渋滞に巻き込まれ、酒を求めてたまたま入った "BLUE BLUE"で、アリーの歌うシャンソン「バラ色の人生」に涙してしまう。
ジュディ・ガーランド(1954)、バーブラ・ストライサンド(1976)らが主演し、何度も映画化された原作に基づくが、設定を現代に移して、楽曲もレディー・ガガとブラッドリー・クーパーが新たに書き下ろしています。ナレーションやモノローグを排し、回想シーンもない。音楽はほぼ演奏シーンのみ。役者の表情と科白、カメラワークと見事な編集で全てを語らせている。シンプリシティの勝利はクーパー監督の手腕。
加えて、ブラッドリー・クーパーが曲が書けて、歌えて、ギターも達者という驚きと、映画初主演のガガ様がこんなにもお芝居が出来るのかという驚き。
自己肯定感の低いアリーが初めてジャクソンのステージに呼び込まれ大観衆の前で自作曲 "Shallow" を歌い始めるときの不安で一杯な眼差し。オーセンティックなロックンロールからダンスミュージックにセルアウトしていく自分に対する恋人ジャクソンのアンビバレンツな想いを敏感に感じ取り、己の才能が愛する人を潰してしまうことに気づくアリー。
19歳で Def Jam Recordings と契約したガガ様にショービズ界で下積みのイメージはあまりないですが、それでも最初から世界的なスターだったわけではない。演技が本業ではないだけに、才能を信じ人並外れた努力で運を掴みステップアップしていった自身のキャリアをアリーに映じたはずで、我々もそのふたりを重ね合わせて観るというメタフィクションでもあると同時に、ガガ様がアリーという役を演じることで自己を再肯定する過程を観客と共有する感動的なドキュメンタリーフィルムと言ってもいいのではないでしょうか。
2018年12月22日土曜日
メアリーの総て
小雨降る冬至の午後、クリスマス前の大通りは着飾った人たちで一杯。シネスイッチ銀座でハイファ・アル=マンスール監督作品『メアリーの総て』を鑑賞しました。
19世紀初頭のロンドン。アナキストの書店主ウィリアム・ゴドウィン(スティーヴン・ディレイン)の娘メアリー(エル・ファニング)は夢想的なゴス少女。ホラー小説を書き、墓地で過ごすのが好きな16歳。
フェミニズムのアクティヴィストだった母親はメアリーの出産時に死亡。継母との折り合いが悪く、スコットランドに住む父の友人に預けられる。その邸宅で開かれたポエトリーリーディングで気鋭の詩人、21歳のパーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と出会い、おたがいひと目で恋に落ちる。
『フランケンシュタイン或いは現代のプロメテウス』の作者メアリー・シェリーを主人公にした史実に基づくフィクション。重厚なコスチュームプレイをサウジアラビア初の女性映画監督が静謐で精妙な筆致で描く。感触としてはジェーン・カンピオンのフィルムに近いです。
タイトルバックの滝や渓流のスローモーションがその後のメアリーの奔流に巻かれるような人生を象徴している。夜のシーンが多いのと昼間でもほとんどの日が雨か曇り。実際この時期の欧州は火山灰の影響で寒冷化し、飢饉に見舞われた。スクリーンの物理的な暗さにエル・ファニングの瞳のブルーグレイが一層際立ち美しい。
コールリッジ、シェリー、バイロン。実在の詩人たちの粗野で淫蕩でインモラルな日々。バイセクシャルとして描かれたバイロン卿(トム・スターリッジ)のクズっぷりは特に振り切れており、むしろ清々しいほど。詩人=ダメンズというスレテオタイプは19世紀ロマン派がその極みだったのだなあ、と思いました。が、バイロンもシェリーも最後の最後に文学に対してだけは誠実さを見せるのが救いです。
19世紀初頭のロンドン。アナキストの書店主ウィリアム・ゴドウィン(スティーヴン・ディレイン)の娘メアリー(エル・ファニング)は夢想的なゴス少女。ホラー小説を書き、墓地で過ごすのが好きな16歳。
フェミニズムのアクティヴィストだった母親はメアリーの出産時に死亡。継母との折り合いが悪く、スコットランドに住む父の友人に預けられる。その邸宅で開かれたポエトリーリーディングで気鋭の詩人、21歳のパーシー・シェリー(ダグラス・ブース)と出会い、おたがいひと目で恋に落ちる。
『フランケンシュタイン或いは現代のプロメテウス』の作者メアリー・シェリーを主人公にした史実に基づくフィクション。重厚なコスチュームプレイをサウジアラビア初の女性映画監督が静謐で精妙な筆致で描く。感触としてはジェーン・カンピオンのフィルムに近いです。
タイトルバックの滝や渓流のスローモーションがその後のメアリーの奔流に巻かれるような人生を象徴している。夜のシーンが多いのと昼間でもほとんどの日が雨か曇り。実際この時期の欧州は火山灰の影響で寒冷化し、飢饉に見舞われた。スクリーンの物理的な暗さにエル・ファニングの瞳のブルーグレイが一層際立ち美しい。
コールリッジ、シェリー、バイロン。実在の詩人たちの粗野で淫蕩でインモラルな日々。バイセクシャルとして描かれたバイロン卿(トム・スターリッジ)のクズっぷりは特に振り切れており、むしろ清々しいほど。詩人=ダメンズというスレテオタイプは19世紀ロマン派がその極みだったのだなあ、と思いました。が、バイロンもシェリーも最後の最後に文学に対してだけは誠実さを見せるのが救いです。
2018年12月16日日曜日
くるみ割り人形と秘密の王国
師走の日曜日のショッピングモールは家族連れやカップルや同級生で大賑わい。ユナイテッドシネマ豊洲でラッセ・ハルストレム、ジョー・ジョンストン監督作品『くるみ割り人形と秘密の王国』を観ました。
舞台は20世紀初頭(?)のロンドン。母親を亡くして初めてのクリスマスを迎えるシュタールバウム家の二女一男。次女のクララ(マッケンジー・フォイ)は屋根裏部屋でピタゴラ装置を自作するリケジョ。
伯父ドロッセルマイヤー卿(モーガン・フリーマン)のパーティで引き当てた母の形見の卵型のジュエリーボックスを開くピンタンブラー錠の鍵を奪ったネズミを追いかけて並行世界へ迷い込んでしまう。
チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』(原作E.T.A.ホフマン)とは主人公の家族親族の設定が同じだけで全く別のストーリーです。サウンドトラックはチャイコフスキーを引用したジェームズ・ニュートン・ハワードのオリジナルスコアと言っていいと思います。原曲にはないピアノ演奏は『のだめカンタービレ』の吹き替えでお馴染みラン・ラン。また開始15分程で「花のワルツ」が流れます。
とはいえディズニー映画ですから、スケールが大きく、セットや衣装がゴージャス、ジョー・ジョンストンの手掛けるVFXやアクションも派手で飽きさせない。まあ元々の『くるみ割り人形』自体、ダンスありきの割とどうでもいいストーリーですから問題ないです。
スウェーデン出身のハルストレム監督はハリウッドの巨匠がすっかり板につきました。『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』(1986)以降ずっと「母親の不在と子供の成長」というテーマに取り組んでいますが、今回もブレません。本作で描かれる並行世界は亡き母の妄想によって築かれている。
主人公クララを演じるマッケンジー・フォイは『インターステラー』の子役。いい感じに仕上がっています。赤い軍服姿が大変凜々しい。くるみ割り人形(ジェイデン・フォーラ=ナイト)の助けを待たず、ブリキの兵隊たちをハイキックで次々に倒すのが爽快で、21世紀のディズニープリンセス像を体現しています。
ミスティ・コープランドとセルゲイ・ポルーニン。当代きってのプリンシパルふたりが踊るエンドロールはクリスマスモチーフのアニメーションも可愛らしくバレエファン必見です。
舞台は20世紀初頭(?)のロンドン。母親を亡くして初めてのクリスマスを迎えるシュタールバウム家の二女一男。次女のクララ(マッケンジー・フォイ)は屋根裏部屋でピタゴラ装置を自作するリケジョ。
伯父ドロッセルマイヤー卿(モーガン・フリーマン)のパーティで引き当てた母の形見の卵型のジュエリーボックスを開くピンタンブラー錠の鍵を奪ったネズミを追いかけて並行世界へ迷い込んでしまう。
チャイコフスキーのバレエ『くるみ割り人形』(原作E.T.A.ホフマン)とは主人公の家族親族の設定が同じだけで全く別のストーリーです。サウンドトラックはチャイコフスキーを引用したジェームズ・ニュートン・ハワードのオリジナルスコアと言っていいと思います。原曲にはないピアノ演奏は『のだめカンタービレ』の吹き替えでお馴染みラン・ラン。また開始15分程で「花のワルツ」が流れます。
とはいえディズニー映画ですから、スケールが大きく、セットや衣装がゴージャス、ジョー・ジョンストンの手掛けるVFXやアクションも派手で飽きさせない。まあ元々の『くるみ割り人形』自体、ダンスありきの割とどうでもいいストーリーですから問題ないです。
スウェーデン出身のハルストレム監督はハリウッドの巨匠がすっかり板につきました。『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』(1986)以降ずっと「母親の不在と子供の成長」というテーマに取り組んでいますが、今回もブレません。本作で描かれる並行世界は亡き母の妄想によって築かれている。
主人公クララを演じるマッケンジー・フォイは『インターステラー』の子役。いい感じに仕上がっています。赤い軍服姿が大変凜々しい。くるみ割り人形(ジェイデン・フォーラ=ナイト)の助けを待たず、ブリキの兵隊たちをハイキックで次々に倒すのが爽快で、21世紀のディズニープリンセス像を体現しています。
ミスティ・コープランドとセルゲイ・ポルーニン。当代きってのプリンシパルふたりが踊るエンドロールはクリスマスモチーフのアニメーションも可愛らしくバレエファン必見です。
2018年12月7日金曜日
吉増剛造 -ヒノシシュウ ノ Ciné ノ ケッカイ-
京王新線幡ヶ谷駅南口の商店街もjiccaさんを過ぎて数ブロック歩くと静かな住宅街に入ります。更に奥まったどん詰まりに赤提灯が目印のギャラリーがあります。
ATAMATOTE 2-3-3で開催の日本文化デザインフォーラム活動プログラム「JIDFラボ」第22回ことばラボ『吉増剛造-ヒノシシュウ ノ Ciné ノ ケッカイ-』に行きました。
一応トークショーという名目ではあるが、実質的には詩人吉増剛造によるソロライブパフォーマンス。主催のクリエイティブディレクター榎本了壱氏と1960年代の接点となった天井桟敷やビックリハウス、また榎本氏が十代で出版した詩集『粘液質王国』の話から吉原幸子の回想。「震災以降私たちにとって水とは何か」京都の地底には琵琶湖の6割に相当する水が隠れている。それをハンモックのように宙に吊り上げるビジョン。ポール・ヴァレリィの「海辺の墓地」の詩句、萩原朔太郎の『氷島』。空一面に銀紙がきらめいた幼時の戦争の記憶。ワレリー・アファナシエフ。けっして張らない声で時系列を無視して果てしなく紡ぎ出される呟きは吉増さんの詩作品の頁を埋め尽くす割註を音声化したかのようです。
吉本隆明の「日時計篇」を筆写して気づいた「ガリを切る人の手の動き」。「書いた字の記憶が語りかけてくる。オフボイスの中からとんでもない結界が生じるんです」。目隠しをして筆写原稿にインクを零す。彫刻家若林奮の遺品の金槌で、ギャラリーの床を、ブルーシートを、半乾きの原稿を、叩くときのそれぞれ異なる鈍い残響。それを自らの左手に持ったビデオカメラで撮影する間もずっとしゃべりつづけている。
2007年に当時編集スタッフをしていた『東京リーディングプレス』というフリーペーパーでインタビューをしたときに「自分の内側に詩は存在しない。外側からやって来るものへの感応が詩だ。だからいつもいくつもアンテナを立てている」とおっしゃっていたのが、79歳という老境に至り、ますます先鋭化している。
「未達成の方向に線を引いていく。消えてしまう一瞬一瞬を自分の中でどう処理するのか。完成じゃないし、プロセスでもない」「瞬間を重ねること、時差を作ること、時差を重ねて心の中にため込むこと」「色に対して我々の言葉は足りない」「読めないような小さな字を書くことがどれほど豊かなことか」「どれだけ文字を書いても空白のほうが大きい。空白は向こう側の光」。
吉増さんのチャーミングな語り口と人となりも相俟って会場は時折笑い声に包まれますが、論理で解析できないことを作品化して伝達しようといまも模索する姿から同じ詩人としてたくさんの大事な伝言を手渡されたような気がします。
ATAMATOTE 2-3-3で開催の日本文化デザインフォーラム活動プログラム「JIDFラボ」第22回ことばラボ『吉増剛造-ヒノシシュウ ノ Ciné ノ ケッカイ-』に行きました。
一応トークショーという名目ではあるが、実質的には詩人吉増剛造によるソロライブパフォーマンス。主催のクリエイティブディレクター榎本了壱氏と1960年代の接点となった天井桟敷やビックリハウス、また榎本氏が十代で出版した詩集『粘液質王国』の話から吉原幸子の回想。「震災以降私たちにとって水とは何か」京都の地底には琵琶湖の6割に相当する水が隠れている。それをハンモックのように宙に吊り上げるビジョン。ポール・ヴァレリィの「海辺の墓地」の詩句、萩原朔太郎の『氷島』。空一面に銀紙がきらめいた幼時の戦争の記憶。ワレリー・アファナシエフ。けっして張らない声で時系列を無視して果てしなく紡ぎ出される呟きは吉増さんの詩作品の頁を埋め尽くす割註を音声化したかのようです。
吉本隆明の「日時計篇」を筆写して気づいた「ガリを切る人の手の動き」。「書いた字の記憶が語りかけてくる。オフボイスの中からとんでもない結界が生じるんです」。目隠しをして筆写原稿にインクを零す。彫刻家若林奮の遺品の金槌で、ギャラリーの床を、ブルーシートを、半乾きの原稿を、叩くときのそれぞれ異なる鈍い残響。それを自らの左手に持ったビデオカメラで撮影する間もずっとしゃべりつづけている。
2007年に当時編集スタッフをしていた『東京リーディングプレス』というフリーペーパーでインタビューをしたときに「自分の内側に詩は存在しない。外側からやって来るものへの感応が詩だ。だからいつもいくつもアンテナを立てている」とおっしゃっていたのが、79歳という老境に至り、ますます先鋭化している。
「未達成の方向に線を引いていく。消えてしまう一瞬一瞬を自分の中でどう処理するのか。完成じゃないし、プロセスでもない」「瞬間を重ねること、時差を作ること、時差を重ねて心の中にため込むこと」「色に対して我々の言葉は足りない」「読めないような小さな字を書くことがどれほど豊かなことか」「どれだけ文字を書いても空白のほうが大きい。空白は向こう側の光」。
吉増さんのチャーミングな語り口と人となりも相俟って会場は時折笑い声に包まれますが、論理で解析できないことを作品化して伝達しようといまも模索する姿から同じ詩人としてたくさんの大事な伝言を手渡されたような気がします。
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